今のところではありますが…
丁寧な振り返りは、前を向かせる。

【2019.04.01 Monday 15:02

新年度がスタートした。

早速学校での仕事もスタート。

 

異動されてこられた方も含めた

メンバー全員で

「生徒指導における取り組み方」

について確認しあう会議の中、

子どもや保護者の方との

コミュニケーションでの

大切なことを話すよう

依頼があった。

 

時間は15分。

 

短い時間だからこそ、

色々な中から

1点に絞って話そうと考えたのは、

今までの数々の失敗のおかげだ。

 

といっても

今日、特に上手に話せた訳でもない。

これから自己内フィードバックして、

それをメモしておこう。

 

 

 

さて、

先月の終わり、

30日は

「アサーティブ・カフェ」という

アサーティブを学んだ方々で、

学びを深めたり、おしゃべりしたり、

ロールプレイで練習しあったり・・・

という時間を持った。

 

今回は

受講生の皆さんにスピーチを

していただく時間を作った。

〇笋肇▲機璽謄ブ

∋笋鮖戮┐討れるもの

最近の成功とその背景

というテーマの中から

一つを選び

5分程度にまとめてきて

いただいていたものを、

2つの班に分かれて発表。

 

そのあとは、

自分の課題を

・ロールプレイを使って練習する人、

・聞いてもらうことで整理する人、

・聞いてもらった上でアドバイスを

 もらいたい人

がそれぞれ入った班に分かれて

活動をした。

 

 

フィードバックシートを

提出してくださった方で

シェアokの方の感想などを

交えながら振り返ってみたい。

 

 

Pさんは、

スピーチの発表を2班に分けて行うことを

伝えた時に、

私のところにきて、

「ゆっくり読んでも4分でまとまるよう

 作文を書いてきた。

 宣言のようなつもりで書いてきたので、

 自分は全員の前でスピーチしたい。

 今まで一緒に学んできた仲間みんなに、

 聞いてもらいたい」

のようなことを伝えに来てくれ、

私は、

「班での発表が終了した後で、

 そういう時間を持つ」

と伝えた。

 

彼女のフィードバックシートには

 

「私のわがままを通してくださり、

 そのための時間を設けてくださったこと、

 心より感謝します。

 私はその思いを、誠実に率直に講師に

 伝えられたこと自体が、

 アサーティブを学んできてよかった

 ことだと思います。

 皆の前で、私のこれまでの人生を

 駆け足で、作文を読むという形で

 表現できたこと、私の作文を聴き、

 心動かせてくれている方が何人か

 いらっしゃる姿を見て、

 私自身のこれまでが丸ごと肯定された

 気がして、あーこれは勇気を持って

 やってよかったと思いました。

 ありがとうございました。」

とある。

 

苦しい時期も理不尽な出来事も乗り越え、

逆に、それがあったからこそ、

アサーティブを含めて色々な学びに出会え、

色々な人に出会えたことを、

静かに話してくれた彼女。

多くの方が感銘を受けていた。

 

アサーティブのイギリスでの第一人者

アン・ディクソンさんが来日された時、

アサーティブジャパンの会員研修、

「自己信頼」についての

セミナーの中で、

無力感に陥らないために必要なものの

4つの中の一つとして、

「インスピレーション」をあげてた。

 

Pさんのスピーチは、

みんなを勇気づけ、

みんなを明日に向かわせた。

多くの人に「インスピレーション」を

与えたと思う。

 

 

 

きんぎょさんは、

自分の問題への取り組み方を、

「話を聞いてアドバイスが欲しい」

という選択をした。

 

連絡してこない長男に対して

不満があるが、それを伝えたいのか、

会いたいのかどうかも正直わからない

ということだった。

では、会うと仮定して、

会ったら何をどう言うか、

とにかくロールプレイしてみよう

ということになった。

 

「(ロールプレイをしてみて)

 長男はもう大人。自立したのだから

 干渉はしないと大分割り切れた。

 また、もし長男に会うとしたら

 ほめずに育てたことを謝りたいし、

 今自立していることを褒めたい。

 そういうロールプレイをしてみたら、

 改めて長男に会いたいんだという

 自分の気持ちに気がついた」

 

先のアンさんの話に戻るが、

無力感に陥らないために必要なことの

4つのうちのもう一つが

「スキル」だ。

 

「伝える時の整理の仕方」という

アサーティブのスキルを使うと、

大分整理でき、それを

「伝える時のポイント」というスキルを使って

ロールプレイで練習するうちに、

自分の本当に言いたかったことが

浮き出てくるのは、よくあることだ。

 

どんなに伝えたくても、

何を伝えたいのか自分でわかってなかったら、

伝えようがない。

その時、

ただ「何を伝えたいの?」と

自分に問いかけ続けるより、

整理方法を知っているのは、

パワフルなことだと思う。

 

きんぎょさんは

「(ずっと)母親に向き合える気が

 しなかったけれど、

 自己信頼を高めれば、何を言われても

 ひるまずに向かい合えるかもしれない

 という希望が持てた」

と書いてくれている。

 

スキルを得て、

一歩ずつ進んでいる彼女が、

本当に素敵!!!

 

 

 

さて、今回の

アサーティブカフェは、

12月の基礎編でアサーティブを知り、

日常の中で葛藤しながら使ってきた方に、

7〜8年来学んでこられた方が、

アドバイスしたり、

励ましたりしている姿もあった。

それは

心を打つものがあった。

 

 

Cさんのフィードバックシートより。

「今回、宿題もあったため

 私はアサーティブにふれてから

 どのくらいたつのか考えました。

 おそらく7〜8年になるかと思います。

 その間いろいろなことがあり、

 自分なりの理解を

 おそらくしてきたのだと思いますが、

 今回のカフェに参加させていただき、

 その7〜8年の間におきていった

 自分の気持ちの変化を

 改めて思い起こしました。

 アサーティブの講座に参加し始めた頃、

 言いにくい話をする練習をして

 実生活に生かそうとがんばったこと。

 それをしない、

 できない自分を責めたこと、

 同時に相手のせいだと

 心の中で責めていたこと。
 そのうち、

 整理して練ってチャレンジ、

 時には時期を待ち、

 棚上げにしたり

 また取り出したり…
 そういう一貫してない自分を

 さほど責めることもなくなっていったこと、

 同時に相手を責める気持ちも

 薄れていったこと。
 ゴチャゴチャしてる悩みの種を

 整理して

 『何とかしたい、

  やるならどこからだ?』

 と優先順位をつけたりしながら、

 いつのまにか過ぎていった

 年月だったんですね。
 今回、他の参加者の方々から

 それを思い出させていただきました。

 『4つの柱』を知った頃より、

 今は『4つの柱』を身近に感じます。

 結局そこに返ります。

 さすが最初に勉強するモノですね。
 自分に誠実になるところから始めると、

 次にどうしようかと

 少しずつ進んでいくみたいです。
 『自分に誠実』の答えを

 ゴールにおくばかりではなく、

 必ずしも思いのとおりにいかなくとも、

 『私の本当の気持ちはここにある』

 とわかっていたいです。

 そして『だけどこうする』のも自分だと、

 その責任についても

 心に留めておきたいです。」

 

 

アンさんが教えてくれた

無力感に陥らないための4つの中の

もう一つが「孤立させないこと・

孤立しないこと」。

 

アサーティブを学び、

言えるようになったがための葛藤に

難しさを抱えている方に、

自分の体験も踏まえて

寄り添っていたCさん。

そして自分の

振り返りにつなげているCさん。

 

 

私はただただ感じ入る。

みんなすごいなあ。

 

丁寧な振り返りは、

前を向くための発奮剤になるんだなあ。

 

 

 

アサーティブの視点で

振り返りを行った翌日

3月31日は父の命日。

いやあ、私、

なんとか22年やってきましたわ。

 

母が亡くなったのは

昭和の最後の年だから、

31年。

いやあ、

踏ん張ってきましたわ。

 

うまくいかないことも多いけど、

それでもなお、

ちょっとずつ進んできましたわ。

 

わからないことも多いけど、

本を読み、

人に聞き、

勉強に出かけと、

なんとかやってきたんですわ。

 

そんな中、

傷つけてしまった人や

迷惑かけてしまった人も

いると思う。

あ〜本当、

いつまでも

こんなんですわ。

 

こんなんで、

いきますわ。

 

 

 

 

2019年度の

スタート地点です。

 

 

 

・・・・・・・・・・

次回のアサーティブカフェは、

8月3日(土)13:30〜16:45

お申し込みは→

 

 

なお、

8月3日(土)の10:00〜12:00に

アサーティブ・トレー二ング紹介講座を開催。

2時間で、気軽に学んでいただけます。

お申し込みは→

 

 

 

 

 

 

レモンの花が咲きました。

 

 

 

author : tanizawa-k
| アサーティブトレーニング | - |

結び目はどこにあるのか?

【2019.03.23 Saturday 11:58

学校の先生方との世間話の中で、

講座や講演会の後、

主催者の方やスタッフの方々との話の中で、

あるいは知人との話の中でも、

最近、

「発達障がい、ちょっとあるんだよね」系

の話がよく出る。

 

 

私は、

幼い頃

「おっちょこちょい」

とよく言われていた。

忘れ物やケアレスミスが多く、

落ち着きのない子だったし、

夜尿症も結構な年まで続いた。

ADHDの不注意の

特性がグレーにあるのではないかと思う。

 

後述する神田橋先生が

発達障がいの最近の増加の原因の一つに

幼児の遊び(日常生活の中での

トレーニング)の貧困化を

上げているけれど、

それでいくと、

私がその後、生活の中での困り感が

そこまでないのは、

近所の子たちとの毎日の昭和の遊びと、

大勢の人の中で育てられたことが

背景としてあるのかもしれないな。

 

とはいえ、

もともと

不注意がある訳で、

大人になっても

その特性は

いろいろな面で不便だった。

 

鍋はいくつも焦がしたし、

片付けがめちゃ下手だし、

一回の買い物で済まないことも

多かったが、

煮物を始めたら

キッチンタイマーを押すことや、

1か月に一度書類を処分する日を作ったり。

スマホのメモ機能を使うことで

「普通」な生活を営めている。

 

ま、

私がそんな感じの話をすると、

「俺も、あるかも。

 会議の時にメモ取れないんだよね」

とか

「なかなか新しい環境に慣れなくて。

 スケジュールを立てるのも苦手だし、

 優先順位も、なんか、めちゃくちゃに

 なってしまうんだよね。

 私って、発達障がいかな?」

などという話になったりするんだ。

 

 

そんなこともあり、

発達障がいについて

学び直していて、

これがとっても充実した時間となってる。

 

 

読んだ本などは以下↓

当事者による
「発達障害当事者研究」
(感覚を統合することの困難さ、
 そして行動を選択する時に
 常に「普通」を意識することのしんどさ。
 人と共にいることが彼らにとっては
 疲れることだと
 知識としては理解していたことが
 ほんの少しだと思うけど

 具体的にわかった)


「ソーシャル・マジョリティ研究
(多数派=定型発達の人が
 無意識にやっていることを
 めちゃ細部化してくれている。
 当たり前にやっているから疲れないけど、

 これをわざわざ意識してやるとなると、

 ものすごい思考量と選択力と行動力を
 使うことになると思う。

 学校へ行くこと自体がストレスという

 言葉の意味の背景には、

 こういうことがあったのか!驚き)

 


大好きな神田橋先生の
「発達障害をめぐって」
(先生の2018年10月時点での
 考えを惜しみなく披露してくれてる。
 発達障がいの原因、脳に効くサプリや
 体操。
 何よりも支援する人の姿勢というか
 考え方に引き締まる。
 どんな現れにも背景があり、
 それをその人にとって役立つ行動に

 結びつけてあげるストーリーを
 考えられるかどうか。
 脳は70歳まで発達する。
 脳自身の発育努力を援助し、
 妨げないことが正しい援助
 という考え方に共感)

 


いつか開きたいな、グレーゾーンの会
「発達障害 グレーゾーン」
(診断をされてはいないが、
 定型発達とも言い切れない

 何らかの特性により

 日常生活の困難を抱えている

 グレーゾーンの方々。
 定型発達の人のように
 できることも多いが、
 どんなに頑張っても
 できないこともあり、
 「普通であるために」
 相当無理をするので疲労も
 蓄積しやすい。
 診断をされることで受けられる

 支援やサービスもあるが、

 それもない中、

 何とか頑張っている方々が、

 その困難について寄り添い合える会

 をいつか開いてみたい!と

 思った)


講義動画を見ながら勉強
「公認心理師のための
『発達障害』講義」

(発達障がいを正しく理解し、
 適切に支援していくための
 テキスト。
 特に自閉スペクトラム症に
 ついての特性や、アセスメント法、
 支援方法について詳しくて、
 新しく知ったことも多い。
 著者のお一人田中康雄先生との

 出会いは私にとって大きい。
 彼の考え方の優しさと、
 謙虚な姿勢には
 何度か涙が出てきた。
 彼は『生活障害』という言葉を
 使っている。『発達』が障害
 されているというよりは、
 生活のしづらさ、生活上の困難
 だから。
 支援者は、
 生活のもつれた糸をほどきながら
 一本ずつつないでいける結び目を
 探し続けることも大事と。
 フットワーク(よく動く)し、
 ネットワークを作り、
 ヘッドワークを続けながら
 支援し、
 私たち専門職がフェードアウトして
 いける状態を目指しましょう、

 と書かれている。納得)

 

 

これらを読み学び直したことで、

はっきりしたことがある。

 

私はこれまで、

発達障がいを抱えた方だけではなく、

様々な困難を抱えて相談に来てくださる

方々に対して、

 

コントールできることとできないことを分けて、

コントロールできないことはそのまま受け止め、

(ありのままのあなたで OK)

コントロールできることに関しては、工夫し、

スモールステップで実践していこう

 (そのあなたが、今できること

 やっていこう)

 

というスタンスでやってきたつもりだが、

これからもそれでいっていいと

明確になった感じだ。

 

ただ、コントールできないことの中に

辛さやしんどさがあるわけだから、

小さい頃であるならば、

 丁寧で計画的な療育を提供できるよう

支援者同士のネットワークを広げることは大切だし、

私自身の強化が必要な部分だと思う。

 

 

また、

田中先生が質問に答えて、

「うつ病や双極性障害で治療をしている方に

 発達障害が隠れている可能性がある方が

 青年期以上の方に多いです」と言っていて、

それは、

子どもの頃から

自分ではどうしようもないこと(発達の特性)への

コントールを社会(周りの大人)から求められたり、

自分で自分に強いたりしてきたことの

積み重ねからの現在の困難であると、

一旦考えてみるのも

ひとつの方法だと示してくれていると思う。

そうなると、

うつ病や双極性障害などの治療はしながらも、

発達の特性に関しても含めて

トータルなサポートを受けることで、

生きやすくなる可能性がある。

そしたら本当に素敵だ。

 

 

そして、

今なんとなく自分の中にグレーな部分を

認めている方は、

私を含めてだけど、

「だからダメ」ではなく、

「その自分でできること」を考え、

その「できること」のひとつには

「助けを求めること」も入ることを

頭に入れておきたい。

 (物に頼っていいし、

  人に相談するのもいいし、

  スキルを学んだり、

  社会的サービスの機会を

  伺ったりもあり)

 

 

 

いずれにしても

他者に対しても

自分に対しても、

「やる気がない」とか

「他者を思いやる気持ちがうすい」とか

「人とうまくやれない」とか

「だらしない」とか

「マルチタスクに弱い」とか

「人をまとめられない」

など、

「心の問題」や「努力の問題」

としてしまうと

にっちもさっちもいかなくなってしまうことが、

発達の特性(脳の機能)であり、

直接コントールできないこととと認めることが

有効な場合は多い。

 

 

支援者としては

その特性と、

日常生活をまあまあ上手くやっていってもらうための

結び目を探し続けよう。

そして、

支援者はその方の人生の物語から

フェードアウトしていくことの

意識も必要なんだよなあ。

 

 

 

年度変わりだ。

今年度の私も、

ダメなことが多かったけど、

私としては精一杯だった。

来年度も、

自分のダメさを恐れつつ

でも、いく!!!

 

そして神田橋先生オススメのサプリを

とりあえず1か月飲んでみるぞ。

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| SC | - |

正しいことを口にする時。

【2019.03.16 Saturday 02:28

静岡駅から新幹線に乗ると、

隣の座席の青年が電話でしゃべっていた。

 

注意しようかな?と考えながら、

そのうち切るだろうと、

そのままにしていた。

 

読書に集中していたので

気にもならなかったが、

フッと気づくと

三島をすぎても話してる。

 

居心地悪くなってきた。

 

ここは

大人として

注意した方がいいだろうか。

しかし、自分だって若い頃、

電車の中で友達と騒いだ記憶がある。

マナー違反なんていっぱいしてきた。

自分のことを棚にあげるの、

かっこ悪いなあ。

しかも

注意して逆ギレされても嫌だしなあ。

それに今しとかないとならない話なら、

仕方ない。

そう思っとこうか・・・。

 

なんて考えながら

聞き耳立ててみると、

横浜の大学に入学が決まったようで、

この春から一人暮らしをするらしい。

どういうバイトをしようかと

友達に相談してる。

 

って、それ、

今じゃなくてもいいじゃん。

 

私はノートに

「新幹線の中でスマホで話す時は、

 デッキでね!」

と書き、

肩をチョンチョンとした。

びっくりした様子で

こっちを向いた彼にそれを見せると

困った顔でぺこんと頭を下げ、

すぐに電話を切った。

私は、

「喋りたいの、わかるけど、

 切ってくれて、ホッとした」

と言い、

読書に戻ろうとした。

 

と、

彼はSNSだろうか、

めっちゃ入力してる。

 

もしかして私のことをディスってる?

Twitterで

「隣 ばばあ 文句」と検索してみた。

出てこない。

「ばばあ」を「おばさん」にしてみた。

出てこない。

「うるせえ ばあさん」にしてみたが、

出てこない。

 

ラインで友達との間では

いろいろ言ってるかもしれないけど、

公につぶやいてないのが、

いいヤツに思えてくる。

(それとも、私の検索能力が低いのか!)

 

とにかく

私は無事読書に戻った。

 

その後、

横浜駅で立った彼に

「素直に聞いてくれて、

 ありがとね」

というと、

「すいませんでした」

と言って降りてった。

 

後ろ姿を見送りながら、

私が若い頃だったら?と考えてみた。

 

私だったら

席を移動したと思う。

気まずくって

いたたまれなかったと思う。

 

指定席ってのもあったと思うけど、

あの席にとどまった彼。

 

とどまれるってすごいなあ。

 

これから、

いろいろな人に

いっぱい

いろんなことを教わるんだろうな。

自分のことを正当化したり、

マナーに反抗したり、

常識を疑ったり、

私もそうだったように

きっと周りに迷惑かけながら、

恥ずかしい思いもしながら、

ゆっくり大人になっていくんだろうな。

 

 

 

それにしても、

正しいことを言うのって

難しい。

 

 

以前、自治会の組長の時に、

組内のアパートに越してきた若いカップルに

「組に入って欲しい」と伝えにいった時の

苦い思い出。

 

 ゴミ、出しますよね?

 びんや缶やペットボトルも

 出したいですよね?

 災害の時の避難場所などの確認を

 回覧板で回しますが、

 それなくていいんですか?

 組費はかかりますが、

 近くに住む者どうし、

 何かあった時には助け合うんだし、

 組に入った方がいいんじゃないですか!

 

 

面倒臭そうな相手の表情を見ながら、

それでも説得をしながら、

ふっと途中で浮かんだのは、

詩人吉野弘さんの「祝婚歌」の一節だった。

 

「正しいことを言うときは
 少しひかえめにするほうがいい

 

 正しいことを言うときは
 相手を傷つけやすいものだと
 気づいているほうがいい」

 

思い出せてよかった。

私はその後、

ちゃんと詫びることができた。

 

 ごめんなさい。

 なんか、熱くなっちゃいました。

 もし入ってくれるなら、

 書類に記入して、

 うちのポストに入れておいてください。

 入らないなら、

 この書類は処分してくださいね。

 

この件を夫に言うと、

「あなた、東京で一人暮らししてた時、

 勧誘されたら入ってた?

 入らないでしょ」

 

本当にそう。確かにその通り。

そういうもんだわ、若い時って。

 

 

 

正しいことを言うのは、

難しいなあ。

「自分が正しい、相手が間違ってる」

「間違ってる相手を正したい」

という思いでいっぱいの時は

「正論」を武器にして

戦ってしまっている可能性に気がつこう。

相手に

「マナーに反する非常識」

「周囲に合わせられない未熟者」

などとレッテル貼ってるうちは、

発信するのを控えよう。

 

レッテルを剥がし、

「そういう人」ではなく、

「その行動」に的が絞れた時、

発信し時なんだろうなあ。

 

 

 

4月になると、

新人さんがいろいろな場に入ってきてくれる。

緊張でいっぱいだろう。

不安もあるだろうな。

せめてその場に慣れている者は、

正論を振りかざし、

正しさで追い詰めるのではなく、

 

「正しいことを言うときは
 少しひかえめにするほうがいい」

 

を頭に入れておきたいな。

 

 

 

 

彼が隣で電話してくれていたおかげで

いろいろ考えたぞ。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

ホワイトデイに夫からお返しでもらった↓

何はなくとも「柿の種」!

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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フィードバックのフィードは

【2019.03.08 Friday 10:21

フィードバックという言葉を

しっかりと知ったのは25年くらい前に受けた

アサーティブトレーニング基礎編の時だった。

 

それまで私は、

何かを指摘されることを、

極端に避けて生活していたと思う。

でも

避けていても、

指摘されちゃうことがある。

そしたら

すぐに「すいません」と謝って

その場をしのぐパターンを繰り返していたか、

あるいは言い訳をいっぱいして正当化した。

 

 

例えば料理。

結婚する前、実家の家業の仕事をしながら

料理をつくる役割を担当していたが、

「どう?」と絶対に聞かなかった。

「味が薄い」とか、そういうことを

言われたくなかったんだと思う。

ある日、何かを作って、

そのまま出かけ(自分は外で友人と食事)、

翌日母親に

「昨夜の、なにあれ?

 味を整えるの、大変だったよ」

と言われ、

「講談社の家庭料理全集の

 レシピ通りに作ったはずだし、

 急いでいたし、

 今更言われても困るし・・・」

と言い訳したシーンが蘇る。

 

洋服を買いにいく時に

誰かと一緒に行かないのは、

自分が気に入っているのに

「よくない」「似合わない」と

言われたくないという考えが

あったんじゃないか。

 

教育相談員として

中学校での活動を始めた当初。

「DON'T WORRY」

という相談員便りを

毎月配布させてもらっていたが、

これについても、

担当の先生にも管理職にも

「これ。どうですかね?」と

尋ねたこともない。

「役に立ってないよ」的な反応が

怖かったと思う。

 

 

指摘を受けないよう、

こちらから訊くことをしないで、

(無意識なんだけど)

逃げ回ってた当時の自分は、

今思うと可愛いけれど、

今思うと変えたくなかったんだな、

と思う、自分を。

人間の脳は

ほっておくと

現状維持を好むっていうけど、

ホントだ。

 

 

 

 

そんな私に

アサーティブトレーニングの

フィードバックのやり方は、

とても安心できるものだった。

 

ロールプレイをしたあと、

同じグループのメンバーから、

良かった点と改善点を一つずつもらう。

 

良かった点を教えてもらえることが、

「丸ごとダメだったわけではなかったんだ」

と安心する。

改善点は具体的に!

が基本なので、

次にどうしたらもっと良くなるのか

明確になる。

(もちろんスタッフもサポートする)

 

こうやってフィードバックを受けて、

そのあと、

以前よりも

ちょっとマシになっていく自分を

実感していくと、

面白いものだな、

フィードバックをもらうことが

楽しみになる。

 

このことはコミュニケーションだけではなく、

いろいろなところに影響を与えてくれた。

 

 

ここ何年か、

年度末には、

スクールカウンセラーと活動している学校の管理職に

「来年度に、

 もっと役に立てるには

 どうしたらいいか」

を質問にいくようになってるし、

(全ての学校ではないけれど)

 

アサーティブの仲間から

フィードバックを受ける時間は

大切だ。

 

 

 

 

 

さて、

フィードバックの「feed」は

食物を与えるという意味。

「back」は返す。

フィードバックは

それを与えられた者が

栄養として日常(仕事や現場)に

活かせるものにしたいもの。

 

また、

他者から与えられるだけでなく、

自分で自分にフィードバックする機会も持ちたい。

 

 

他者からも

自分からも、

自分に栄養を与える場。

明日からに活かせるように

何をどうしたらいいか明確にする場。

 

時々、自分にそういう場を与えたいものだ。

 

 

 

 

「アサーティブカフェ」

そんな風にも使ってくれるといいな。

3月30日に静岡市で開催する

「アサーティブカフェ」は

午前中は「自己信頼について」

午後は「アサーティブコミュニケーション」

がテーマ。

 

年度末でもあるし、

今年度を振り返る時間を過ごしたいと計画してる。

 

どうぞ、参加のご検討を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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雛と土筆とベーコンと。

【2019.02.17 Sunday 23:22

 

「NHK俳句」の中で紹介された

「雛飾りつゝふと命惜しきかな

          星野立子」

という句に

せつなくなる。

 

 

雛人形を飾るのは、年に一度のこと。

顔を包んでいた薄い紙を剥がし、

太鼓など小さな道具を丁寧に並べ・・・

としながら、

あと何回飾れるんだろうなどという考えが

ふっと頭に浮かんできたことを

詠んだのだろう。

その後で

何考えちゃってるんだろう・・・

などとハッと我にかえるような

そんな感じを

私はイメージしたのだが、

どうだったのだろうな。

 

 

 

この句が心に残ったのは、

少し前の休みの朝、

ベーコンを焼いていたら

夫が

「ベーコンを焼いてる匂いって、いいね」

と言ったことが関係していると思う。

 

私は

「そうだね。なんか幸せな匂いだよね」

と言いながら、

泣きそうになった。

 

いつか、

私が一人で残ってしまったら、

自分だけのための朝食を用意しながら

今日のこの時のことを思い出して、

泣くだろうなと

急に思ってしまったんだ。

なぜかその日のことが

ちゃんと想像できた。

 

すごく天気のいい朝で、

陽が降り注いでいて、

静かで、

温かいもので包まれているのに、

涙がとまらなくって、

でも

「ベーコンの焼いている匂いって、いいね」

という言葉と

そこから膨らむたくさんの思い出に

心の中でめちゃ感謝してる・・・

という一瞬が絵になって浮かんだ。

 

あるいは私が先に逝って

夫が一人でベーコンを焼きながら、

この日のことを思い出すのだろうか?

 

 

私の両親はとっくに亡くなってしまっているが、

夫の両親も一昨年昨年と亡くなってしまい、

なんだか寄る辺ない気もして、

命や死や生のことなど、

意識する機会が

ここのところ増えている。

 

夫の大切な友達が昨年暮に一人、

今年に入ってまた一人亡くなった。

夫は中高一貫の男子校で育ち、

彼らはその時からの友達で、

子どもから大人になる過程を

一緒に過ごした方々だ。

 

夫は

優しい人で、

決してひけらかしたりはしないけれど、

地味に

友達をすごくすごく大切にしてる。

だから2人の死は本当にキツそうで、

そんな彼の様子から

私もいろいろ影響を受けている。

 

ちゃんとしないとな!と思う。

 

 

 

昨日は

「静岡ロゴセラピー研究会」に参加した。

琉球大学の草野先生が

画面を通して、

難しい文章をわかりやすく解説してくれた。

「フランクルは

 全くどうしようもない ということはない

 と言ってるわけです」

という草野先生の声が

耳に残っている。

 

 

うん!

これから先の命がどうであっても、

一人残されても、

全くどうしようもないってことは

きっと、ないよなあ。

どうしようもなく困って寂しくて苦しくても、

全くどうしようもないってことは

ないように、

最期まで生きられるな、私。

 

そうするだろうと

少し自分を信じられる。

 

 

 

 

今日のNHK俳句のテーマは

「土筆」で

視聴者からの応募の中から

選ばれたものの一つに

「つくしんぼう

 みんなどうして

 いるのかな」

ってのがあった。

 

 

池江璃花子さんは、

今朝はどんな目覚めだったのだろう。

見守るお母様は

毎日どういう心持ちでいらっしゃるだろう。

 

NYにいる妹と姪っ子に

楽しいことがあるといい。

 

最近会えてない友人の腰の具合はどうで、

一緒に学んでる仲間は

今年はどういうチャンレンジを考え、

父方母方の親戚たちは、

季節の変わり目をどう過ごすのだろう。

 

私が関わらせてもらってる

学校の子どもたちやその親御さん、

先生方や相談員の方々の

日曜はゆっくりできたのか?

 

相談室に来てくださる方、

講座に参加してくださる方、

どんな夜を過ごしているのか?

 

心愛ちゃんの妹さんは

安心した環境の中にいるのか?

 

沖縄の県民投票まであと一週間。

どんな毎日になるのだろう。

 

パートナーとあまり良い関係ではない友人は

この時間、リラックスできてるか?

重い責任を背負って仕事をしている友人は

夕飯を食べたか?

 

病の中にいる知人、

送った本を読むエネルギーはあるか?

 

あ〜

みんな、

みんな

どうしているのかな?

 

 

 

夕方散歩しながら

夫が

「会いたいねって話しながら

 会ってない人がいる」

って言ってた。

 

会えるといいな。

会ってほしいと、

心から願う。

 

そして私も会いたい人には

会いにいこう。

 

 

 

 

 

昨年暮れから

義母のものを整理している。

たくさんの洋服とアクセサリーと

帽子とバック・・・。

ストッキングは、

封を開けてない新しいものが、

数え切れないほどあった。

それほどあったのに、

電線の入ったものや

右左で微妙に色の違うものを履いてたりした。

そうやって始末をして

子どもを育て家を守った彼女の人生を思う。

 

たくさんの物を残して彼女は旅立ち、

それらを整理して部屋は随分片付いたが

私の中には、

たくさんの義母がちゃんと残ってる。

 

 

私の両親もそうだ。

存在してくれていたら

それにこしたことはないけれど、

現実に存在するかどうかは

それほど重要ではないようにも思う。

 

それぐらい存在が濃い。

 

私も

そうであるように!

 

 

 

 

今朝の「NHK俳句」に選ばれてた俳句。

「人類も

 いずれは消えて

 つくしんぼ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ちゃんと腹が立てるようになったなあ。

【2019.02.08 Friday 00:47

腹が立てるようになったなあ、私。

それもわりと上手く。

 

一月に

誤解をされ、

ひどく非難をされたことがあった。

カッチーンときた。頭に血が上った。

あ〜腹立ったと、

自分の感情を捕まえた次の瞬間、

「こんなに腹が立つほど、

 本当は理解されたかったんだ、自分・・・」

と考えた。

そして、

誤解されるような言動を詫びる文章を

考え始め、

そうしたら心は静まっていった。

 

一月中には他にも、

私の考えとは反対の意見を言われて

がっかりしてイラッときたり、

ペースを乱されて急かされたりして

焦ってカチンときたり、

さざ波クラスの怒りもあった。

 

こんな風に

「私は腹が立っている」と

しっかり自覚できるようになったのは、

約20年前に

アサーティブトレーニング応用編で

怒りの取り扱いについて学んだおかげだ。

 

それまでは、

誰もが怒って当然のこと、

例えば社会的な問題への怒りは表しても、

日常の中の、

家族や、

友人や、

活動の仲間や、

仕事先の関係者との方との間の出来事では、

怒りを自分の中に押し込め、

怒ってないことにしていたと思う。

 

怒りは大人げないこととか、

腹が立つのは未熟な証拠と考えていた。

 

「このくらいのことはよくあることだ」

「こんなことで怒っては子供っぽい」

そういう考えで、

怒りという感情をないものとしていたと思う。

 

ないものとしていたけれど、

そこにある。

 

ざわつく感じは自分でわかり、

ないふりをしているけれど、

あることがわかっちゃっているから、

そういう自分に自信が持てないでいたと思う。

 

 

腹を立てないようになるんじゃなくって、

うまく腹立てるようになればいい。

 

アサーティブトレーニング応用編は

そう教えてくれた。

 

この講座は、

私のように怒りを押し込める傾向ばかりではなく、

爆発させる傾向を使う方にも有効だ。

 

 

で、

アサーティブはそれだけじゃない

怒りの元になった原因を、

対話で解決するためのスキルがある。

 

 

 

自分にとって大きな意味を持つ怒りを、

そのまま放っておいて解決への努力を

しないでいると、

人間ってのは、無力感を覚えるものだ。

どうせどうにもできないし・・・という

無力感が積み重なると、

できないことだけではなく、

自分の存在そのものをダメ(自分=ダメな人)

としてしまいがちだ。

 

これはもったいない。

解決のために一歩動き出しただけで、

無力感から外に出ることができる。

そしてそれは

自分を信頼する気持ちの回復につながる。

 

それだけでもすごいことだが、

その上で成果を出せたら、最高だ。

 

成果を出すための「伝えるスキル」が

アサーティブトレーニングにはある。

 

 

アサーティブトレーニング応用編の講師を

2月には大阪

月には静岡で担当する。

 

基礎編を終了された方は、

ぜひ参加のご検討を!

 

 

 

 

さて、二月の怒り。

 

 

車での移動中、国会中継を聞きながら

車の中で一人っきりなのをチャンスに

思いっきり罵倒しつつ運転した。

 

あ〜腹立つ。

 

心愛さんの虐待の案件も

本当に腹が立った。

目黒区の結愛さんが

「もっとあしたはできるようにするから

 もうおねがいゆるして」

と残して亡くなった衝撃がまだ新しい上に、

またしてもだ。

心愛さんは

「先生、どうにかできませんか」と書いている。

絞り出すような言葉だ。

野田市の児童相談所や

教育委員会の対応は

ひどいもので、そこに対する怒りも

多くの人が感じたと思う。

ただ、

確かに、

してはいけないことだったけれど、

少なくとも彼らは会見の場で、

率直に、してしまったことを述べた。

手紙が「書かされた手紙」だとわかっていて、

危険を察知しながらも家に戻してしまったことを

率直に認めた。

教育委員会も

彼女のアンケートを父親に渡した背景を

「威圧的な態度に恐怖を感じ、

 屈して渡してしまった」と言っている。

したことは本当にダメなことだけれど、

彼らが事実を伝えたことで

課題はある程度明確になった。

今後は、

威圧的な家族に対しては

児相や教育委員会や学校だけで対応するのではなく、

警察など別組織との連携に義務化が

検討されることになるだろう。

とはいえ、

検討などと、悠長なことを言ってる場合じゃない。

結愛さんも心愛さんも亡くなってしまったし、

今も、苦しんでいる子どもはいる。

 

あ〜それにしても

悲しくって

腹が立つなあ。

 

国会での統計不正の審議を聞いていると、

二度と起こらないように、原因を探って、

改善策を考えることに努力しているというよりは、

なんとかごまかして、一番傷がつかないように

まとめるにはどうしたらよいかに努力してるように

思える。

本当、腹立つ。悔しいわ、なんか。

 

朝のニュースで

日本で働く外国人の方が、

母国から呼び寄せた子どもたちの

勉強の環境について報道していた。

夜間中学で学ぶ彼らの姿勢がまっすぐで

応援したくなった。

そして、

能力はあって高校で学びたくても、

言葉の壁で合格できない

器量の狭い日本の学校のシステムに

がっかりする。

腹が立つ。

 

あ〜腹が立つ。

 

 

 

時々、学校の中で

不登校の子どもや別室登校の子どもを

単純に「わがまま」と捉える声を聞くと、

すごく腹が立つ。

理解してもらえてないことが悲しくって

腹が立つ。

同時に自分に腹が立つ。

彼らの背景をちゃんと説明できていない自分に

腹が立つ。

情けなくって腹が立つ。

でも、

これはすぐに解決にむかえる怒りだ。

実は今朝、

電話で

「わがままとは言えない背景があること」を伝えることができた。

 

 

あ〜アサーティブを知っていてよかった。

 

 

 

 

 

*このウェブサイトは、
NPO法人アサーティブジャ パン認定講師である谷澤久美子が個人で開いているホームページです。このウェブサイトに関する全ての責任は谷澤久美子にあります。NPO法人アサーティブジャパンが運営・管理しているウェブサイトではありませんので 予めご了承ください

 

 

仲良しっていいなあ、カルクラ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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めざせ、ひとり駅そば!

【2019.02.01 Friday 11:37

自分の文字があまりにも読みにくく、

何年か手帳を持たず

全てをiphoneにお願いしていたが、

昨年からまた手帳に

メモるようになっている。

 

これ以上、字を汚くしたくない

 そして字を忘れたくない!

という理由が主なところ。

 

昨年は途中4月くらいから

つけ忘れが出始め危なかったが、

6月の終わりに

ある中学校の学校保健委員会で

「心の健康」について講師を務めるにあたり、

「感情は沸くけど

 感情に振り回されない選択肢を持とう」

という話をする講師が、それでどうよ?と

自分つっこみ。

再スタート。

ただ右肩あがりじゃないんだな、私。

また途中でだらけ、

だらけだらけながらも、

12月までなんとか続けた。

 

そして2019年、

今年も1か月、

無事続けることができた。

 

メモしていることは、

「何をしたか」

「気になったこと」

「忘れたくないこと」

「思いついたこと」

など。

 

 

√1月の初め頃メモしたことは、

「人は相反する二つの感情を

 同時に感じることはできないを

 体験」

アメリカに住む妹と姪っ子が帰国。

妹は15年ぶりの帰国だ。

彼らと2日過ごし、

彼らを見送り

もうさみしさでいっぱい。

あれもしてあげたかった。

これも食べさせたかった。

あそこにも行きたかった。

後悔も押し寄せる。

移動の車の中で泣けて泣けて・・・。

しばらくすると

午後からの仕事先の学校から電話。

連絡がとりにくかった保護者の方と

電話でき、

その日に来てくれることになったとのこと。

なんというか、

嬉しさややる気のようなものでいっぱいになって、

気がつくと、

エンジンをかけアクセルを踏んでた。

『よ〜し、ちゃんと話を聴くぞ〜」

 

ただ、仕事が終わり帰宅。

二人っきりの食卓では

またまたぶり返すさみしさ。

 

ウォルビさん、あなたの説はほんとです。↓

 

 

 

√一月2週めにはある中学校で

「アサーティブ」の授業をした。

終わりの挨拶をしてくださった教頭先生が

同僚とのコミュニケーション上で工夫している

ことを話してくれた。

その話を聞いている子どもたちは

しっとりという感じで、

きっと

「大人も苦労してんだな」

と安心したのではないかと思ったんだ。

そこから思いついたこととして、

「先生方へのインタビュー」を

授業の中に取り入れるのも面白いかも・・・

と思った。

やっぱ

身近な存在は説得力が違うもの。

 

 

√ある日のメモでは

古い服を引っ張り出して着ている

自分を分析してる。

「あまりもnewが来るから

 疲れちゃったのかもしれないな。

 またほおっておいた時期が長い分、

 新鮮さもある。

 そういうものをほりおこす作業は

 今年の私にはいいのかも

 夏に誕生日が来ると59歳。

 暦一巡の最後の歳だもんね」

ただそう書いた2週間後に

新しい服をセールで購入。

矛盾してるわ。

 

 

√1月25日は

脳科学者の中野信子さんの言葉の

要旨をメモった。

なぜ人はスーパーボランティアの

尾畠さんに会いたくなるのか?

という問いに答えて。

〜人間にはもともと誰かのために

 何か役に立つことをしたいという

 思いがある。

 でもそれを目一杯使ってしまうと、

 競争に負けてしまうかもしれないし、

 自分がどうなってしまうのか不安も

 ある。それでセーブしている。

 尾畠さんに会いたくなるのは、

 もともとの湧き出る自分の心に

 従っていいんだと

 素直に思えるからではないか」

これは非常にロゴに関する話題。

 

 

√少し高邁なことを書いた翌日

1月26日のメモに

「今年の目標の一つに加える」

と仰々しく宣言してるのが

我ながら残念な目標。

「ひとり駅そば実施」

(特に名古屋の新幹線のホームの)

 

 

√先週末行った講座では

講師の事例がわかりやすかったという評価も

いただいたが、

これもメモのおかげだな。

SNSで流れてくる言葉たちや新聞記事などから

講座で理解を促しそうな事例をメモしてるし、

自分の行動をアサーティブ的に、

あるいはロゴ的に説明するとどうなるか、

時々だけど、ほんと、時々だけど、

書いたりしてるのが

役に立てたのかも。

 

 

√1月28日毎日歌壇より

「苦しさはおのが心の主観なり

  エスプレッソはやさしく苦い」」

 

 

√今日書いたことは、

NHK-BS「世界ふれあい街歩き」

ワシントンDC編での

ひとコマ。

番組はホワイトハウスを見学していた

ある家族(ミズーリ州から観光で)

に声をかける。

その中の10歳くらいの少女の答えが素敵。

番組「ホワイトハウスの中で働きたい?」

少女「ううん。

   この中の人たちが私のために働くの」

「私のため」ってのは、

「私たちのため」って意味だろう。

公の仕事の意味を知ってるのは、

教育の力なんだろうか・・・。

 

 

・・・な感じでちょっとずつ。

忘れっぽくなってきた私を、

手帳よ、補ってくれたまえ。

 

さて2月へと。

 

 

 

 

 

1月30日は富士市で仕事。

前から行きたかった佐野菓子店さんへ。

ここのモンブランは私史上ベスト。

 

 

 

 

 

 

 

 

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前向きに生き、後ろ向きに理解する。

【2019.01.15 Tuesday 10:05

12日〜13日は盛岡で行われた

ロゴセラピーの勉強会に参加した。

 

この勉強会はロゴセラピストの方々の

発表の場。

皆さんの素晴らしい発表の中、

私は、なんだか、全然ダメだった。

 

何がダメって、

発表後の検討の時間

(フィードバックをいただける時間)の

自分の態度が頑固だった。

そして

皆さんからのネガティブな指摘の鋭さに、

めっちゃ凹んだ。

最近にはあまりない凹みっぷりだった。

 

私の後で発表された方々も

またまた素晴らしく、

激しく心揺さぶられ、

圧倒され、

これも

最近にはあまりないほど

泣いた。感動でいっぱいだった。

感想をコメントする時、

めちゃくちゃ泣きながらに

なってしまうほどだった。

 

泣きすぎて、

帰りの盛岡駅でトイレに入った時は、

頭がボ〜っとして

しばらく立てなかった。

 

 

で、

冷麺屋さんに入り、

コートを脱ぐと

ゲゲっ!

えっ?

パンツの前全開!

ベルトも閉めてなく

バックルが垂れ下がってる。

トップスが少し長めで、

しかもぴったりしたタイプのパンツだったから

足元に溜まってる・・・

なんてことはなかったけれど、

もうほんと、

ここまでぼ〜っとしていたか!と。

情けないやらおかしいやらだ。

 

 

だがそれで一気に冷静になり、

冷麺をいただきながら、

また東北→東海道新幹線での長い帰路、

自分の課題に向き合ってみた。

 

 

 

それでつくづくと

私に足りないものは、

「じっくりと時間をかけること」

と確認した。

 

元来せっかちではある。

性分のせいにするのはいかんが、

とにかく

学んだものは

早く身に付けたいし、

早くものにしたくなってしまう傾向は

確かに私にある。

 

早くものにしたくなりながらも、

私が学んでいる

ロゴゼミナールでは、

ドイツに住む勝田先生が年に3回帰国され、

その際に2日かけて学ぶテーマを

10テーマ学んで試験・・・というシスムテムだから、

それだけで3年以上かかり、

私にしてはじっくりと取り組んできたつもりだ。

 

勝田先生のゼミとゼミの間には、

読書会に参加したり、

フランクルの本を読んだりしてきた。

また

様々な出来事があるたびに、

学んだことを実践してきてもいた。

 

そして、

10テーマを学び終え、試験を経て

C級ロゴセラピストになることができ、

次の段階の「発表」の、

今回は2回目ってわけだった。

 

私にしてはじっくりと

取り組んできたつもりだったが、

足りなかったと思う。

 

 

新幹線の中で読んだ本は

「日本ロゴセラピスト協会論集第10号」

その中に2017年9月に行った

ロゴセラピスト講演会における

オットー・チョック氏の講演録があった。

(南ドイツ・ロゴセラピー/実存分析研究所所長)

 

「ここでデンマークの哲学者、

 セーレン・キルケゴールの文章を

 味わってみましょう。

 『人生というのは前向きに生き、

  そして後ろ向きに理解することだ』。

 この意味は、人生を前向きに生きるためには、

 過去に起こった事柄を理解し、受容し、消化し、

 そして自分のものにしていかなくてはならない、

 ということです。別の言葉で言えば、

 意味を軸にして未来へ前向きに生きていくことが

 できるように、私たちは過去を振り返ってみるよう

 (つまり、かつて体験した苦しみや罪を見直すように)

 人生からいざわなれてる、というふうに考える

 こともできます」

 

ここを読んだ時に、

まだ十分に

振り返っていないことがあることがわかった。

私は「かつて体験した苦しみ」については

振り返ってきたが、

「罪」に関しては、

見ないようにしてきたことに

気がついてしまった。

 

そしてこの一週間、

折に触れて、

私の犯した罪について考えてきた。

考えれば考えるほど、

罪悪感でたまらなくなるが、

きっと、

この抱えきれないほどの罪悪感に

どういう態度で立ち向かうかが

できるようになった今だからこそ、

「罪」について考えるのに

ちょうど良い時だったのかもしれない

と思っている。

 

 

そうやって

後ろ向きに理解を深めながら、

やっぱり、

前向きにも行こう!と決めた。

 

過去の罪とじっくりと付き合いながら、

ロゴセラピーを伝えて行こうと

思うんだ。

 

 

 

ロゴセラピーを実践するための

ワークシートを作った。

これを使って

2019年度に勉強会(谷澤相談室主催)を

4回開催しようと計画をしている。

 

 

理不尽な出来事があっても、

思い通りにいかない事があっても、

絶望しても、

真っ暗やみでも、

「それでも人生にイエス!」

というために、

一緒に学べたら嬉しいです。

詳細決まり次第、

お知らせします。

 

 

一足早く学び始めたい方は、

 静岡で読書会が開かれています。

 2月16日(土)開催。おすすめです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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本からスタート

【2019.01.07 Monday 10:24

 

さて、今年に入って読んだ本。⇩

いやあ、2冊ともよかったわあ。

 

 

学校の「当たり前」をやめた。

これは、現職の公立中学校の校長先生が、

今まで当たり前とされてきた

「服装頭髪検査を行わない」

「宿題を出さない」

「中間・期末テストの全廃」

「固定担任制の廃止」

などの取り組みを行った

その背景や経過についてと、

未来の学校についての本。

 

その基本を流れているのが、

学校の目的。

工藤氏はそれを

「社会の中でよりよく生きていけるようにする」

ことだと言っている。

そのために

「自ら考え、自から判断し、

 自らから行動する」力を

つけさせてあげたいと考えて、

学校で当たり前に行ってきたこと、

ひとつひとつ、

それがこの目的に向かっているかを考え、

取りやめたり工夫したりした。

 

そうだよなあ。

「自ら考え、自から判断し、

 自らから行動する」力を育成したいのに、

・宿題を出す

・出してないと催促する

のは、

「勉強する項目は与えるよ。

 できなかったら、叱ってあげるよ。

 自分で考えなくていいよ!」

って言ってるようなものだものな。

 

 

以前、学校のことを話題にしたブログ記事、

要約すると

「今の学校のシステムに、

 子供があってないのではないか?」

には、

たくさんの先生方から

個別にコメントをいただいき、

先生方も悩んでいることが

一層はっきりわかった。
何が悪いのか?
どこが間違っているのか?
何をどうしていけばいいのか?
コメントの中で先生方は

葛藤されていた。
 

この本は

それにある程度

応えてくれている本だと思う。

考え方を示してくれている。

 

でもだからってこれそのまま真似したら、

(ってそれは難しいけど)

それは次の「当たり前」を

生むだけなんだよな。

 

工藤氏は書いている。

「目的と手段が一致しないものや、

 手段が目的化しているものは廃止・

 見直しをする。

 その上で本来の『目的』を再確認して、

 最適な『手段』を再構築する。

 そうしたプロセスで改善を図っていくことが

 大切です」

 

本当、そうだ。

そういうプロセスを踏んで、

悩み、葛藤し、行動する大人の姿こそが、

子どもたちに特別の影響を与えると思う。

 


 

 

前回、
私が

今の学校というシステムが
今の子どもたちにあっていないと書いた
理由のひとつに、
「一律の目標」ってのがある。

通常学級で勉強するすべての子どもたちが
「その学年一律の目標をクリアすること」
を求められているように思えることが

いろいろあるんだ。無理なのに。

学習の到達でも、

人間関係の作り方でも、

行事への取り組み、

挨拶の仕方、

他者への思いやりの示し方、

問題解決の方法・・・

などなど、

「この学年なんだから、

 これくらいできないと」

という考え方。

 

 

例えば
「漢字」。
A 美しく整った字を書ける
B 正確に書ける(トメハネハラエも含め)
C ほぼ合っている字を書ける
D その字と分かる字を書ける
E 書こうとしている
のような段階があったとすると、
漢字テストではB以上が○になる。

「一律の目標」でいくと,

それはB。

ただ書くことが苦手な子もいる。
その子にもB以上を求めると、
宿題の漢字をやるのは時間がかかり、
やってもやっても
テストでは点が取れなくて、
漢字嫌い、

書くこと嫌いを
生んでいくのではないか?

 

「天気がいい」

「天」

の上の一をちょっとだけ突き出て

しまってるから、

どの子にも一律✖ってしてしまって、

本当にいいのか?

そこ、悩みたいものだ。

だって、それで「夫気」って読まないもの。

 

私は、この本を読んで、

「自ら考え、自から判断し、

 自らから行動する」力を育成したいと

考えると、

自ら自分の目標を先生に申告する方式。

「先生、自分は今年は

 今のところ、漢字はCに挑戦します」

的なことはどうだろうか?

 

 

学級の中でのトラブルの処置、

行事を通しての指導、

保護者の方とのコミュニケーション、

教科の教え方、

様々な場面で、

「それは、

 その子が良いよく生きることに

 繋がっていくのか?

 って考えてもいい」

という意識を

先生方が持てるような仕組みに

なるといいんだろうな。

 

ただ先生によっては、

これまでと違う方法をとることに

困難を感じるかもしれない。

先生によっては、

「今までの成功の体験」を

繰り返せないことへの怒りもあるかも。

 

そこのサポートは絶対必要。

そして、先生方も多様でokで、

もちろん目的は共有するけど、

ある程度フレキシブルにできる

そういう人数があるといい。

 

 

 

 

先生方には、

指導の根拠「指導要領」は絶対で、

その学年で教えることの保証をするのが

公教育としてのあり方だという認識は

強くあると思う。

 

とはいえ、この本によって

その公教育でこれだけのことが

できてしまう事実を知ってしまった。

 

 

私も公立小中学校に関わる一人として、

帯に書かれてる言葉を意識しなくては

やばい。

 

「何も考えずに『当たり前』ばかりを

やっている学校教育が、

自分の頭で考えずに、

何でも人のせいにする大人を作る」

 

 

私は以前、

あるセミナーで聞いた大切なことを

思い出した。

「学校教育のお客様は誰でしょう?

 もちろん、目の前の子どもたちは大切。

 でも、本当のお客様は、

 手塩にかけて育てた彼らを送り出す、
 『社会』だ。

 『未来の社会』です」

 

相談室で関わる子どもたち、

学校保健委員会などで出会う子どもたち、

未来の社会を構成する一人ひとりに

できることはなんだろう。

考え続けたいし、

先生方と協力してやっていきたいものだ。

 

あ〜すっごく興奮する本だった。

 

 

 

 

 

葛藤し、

苦悩し、

色々悩める先生方への励ましは、

次の本にも。

(もちろん、教員ではない方にも

 悩めるすべての人にオススメ)

君が生きる意味

これは、ロゴセラピーを実践するには

どうしたらいいのか?

を具体的に示してくれている本。

 

そしてロゴセラピーでは

「苦悩は人間の能力の一つ」

「苦悩には意味がある」

という。

 

理論を知る

実践してみる

難しい場面で葛藤し

わかってないことがわかる

学ぶ

実践する

理解が深まる

 

私はそうやって

ロゴセラピーに取り組んできた。

 

いよいよ今年は

これを伝える活動をしたいと

考えている。

 

 

「最善の自己」を実現するための

ヒントがいっぱい詰まっている

ロゴセラピーを

悩みながら伝えていこうと思うんだ。

 

結局は上の本と根っこで同じ。

 

こっちも結構興奮した。

 

 

 

 

というわけで、

この2冊からスタートした2019年。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

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水仙の香りとともに。

【2018.12.31 Monday 15:54

2018年。

手帳にメモした心に残った言葉は、

いましめ系が多し。

 

 

「物事を単純化して伝えることの恐怖」

 1月14日放送の「ボクらの時代」の市川沙耶さん

 ニュース番組でキャスターを務めていた時のことを

 聞かれて。

→私も、単純化して何かを言うとき、誰かを

 傷つけているような気がしてならない。

 

 

「これを味わえるのは僕だけですから」

 (有馬記念 キタサンブラックのラストランに

  騎乗する武豊氏)

→緊張に巻き込まれないで、今の自分の状況に

 どういう意味があるのかを考えてる。

 

 

「大家族の中だと21通りのやり方を使うが、

  核家族の中だと6通りのやり方でいい。

  コミュニケーションの訓練の機会が

  核家族の中では少なくなっていく」

 (静岡市のスクールカウンセラー連絡協議会で)

 

 

「お母さんは怒ってたんじゃないの。

  悲しんでたの。

  我慢できないほど悲しいから

  怒ってることで

  悲しみを減らすの」

 (ドラマ「anone」)

→これ、無意識の中でやっている方は

 多いと思う。

 あんまり悲しかったり、不安だったり

 困ったり、寂しかったりすると、

 それをまともに感じちゃうとダメージ大きいと

 防衛本能が働いて、

 怒ってることにして攻撃することで

 自分を守る心の仕組み。

 それをドラマの中で、こうやって

 言葉にしてくれて、

 あ〜こう説明すればいいのかと

 すごく納得した。

 

 

 

「自己注目がうつの要因の一つって

 いうけど、大学教育で、大分学生に

 そう仕向けている気がするのだが。

 内省とか自己調整学習とか」

 (下坂剛氏 twitter より)

→ロゴセラピーの過剰自己観察のことだなあ。

 内省も自己調整学習も大切なんだけど、

 それだけのみでは困るんだな。

 バランスだな。

 

 

・「悲しい自分が見る景色は悲しい

 (朝日新聞折々の言葉・関川夏央氏)

→同じようなことを田口ランディ氏も

 「逆さに吊るされた男」の中で

 「あなたに闇があるんじゃない。

  私があなたの闇に意識を向けて

  いたということなの。私がそれを

  見ようとしていた」と。

 

 

「大筋で合意し何も決まらない」

 (毎日新聞万能川柳より)

 

 

・「フィルターバブル」

 (見たくない情報を遮断する機能のせいで、

  まるで泡の中に包まれるように、

  自分が見たい情報しか得ることが

  できなくなること)

→私のSNSは思い切り偏っていることを

 意識してないとなあ。

 

 

・「すぐ怒鳴る人はおちょこのキャパシティ」

 (毎日新聞万能川柳より)

 

 

「成功パターンは十人十色だが、

  失敗パターンは共通要素がある。

  『カミングアウトせずに、一人で

  抱えこむ』

  介護はネガティブな内容なので、

  どうしても口が重くなる。

  ストレスが雪だるま式に膨らんで

  つぶれやすい」

 (渥美由喜氏 毎日新聞)

→介護サービスを受けるためにしっかり相談する

 ことも大事。周りの誰かに助けを求めることも

 大事。ちょこっと愚痴るのも、すごく大事。

 時々、ゆっくりだれかに話しを聴いてもらって

 欲しい。

 

 

・「今のところ、すべて完璧!」

 (サッカーW杯でハーフタイムに昌子選手に

  声をかけた牧野選手の言葉)

→私も、ビビる後輩に、

 実施最中はそういう声をかける人で

 ありたいさ。

 

 

「私ってほんと、勝手。

  子供が遊んでばかりいると、

  なんで遊んでばっかり!とキレるし、

  家にいると、なんで友達と遊ばないの!

  とキレちゃう」

 (フードコートで隣に座ってた女性の会話)

→なんか、私はすっごくわかって。

「そんなに自分を責めなくていいよ」と

 声かけそうになった。

 もちろん抑えた。

 でも、その方が、そうして

 日頃を振り返ってる彼女が

 愛しくって、愛しくって。

 「甘いものでも食べな」

 って言いたかったけど、

 我慢した。

 

 

・「会議中言えばいいのに飲んで言う」

 (毎日新聞万能川柳)

 

 

「なんか、違和感がある」

 (私の夫の言葉。

  TVのCMで夫が家事を手伝ったことを

  妻が「ありがとう」と言うシーンを見て)

→彼の中では家事はもう当たり前で、手伝うもの

 でもないってのが、我が夫ながらあっぱれ。

 (と、こういう考えも彼にとっては

  違和感なのかも)

 

 

「せっかくできたシワだからさ、

  もったいないじゃない」

  (樹木希林氏)

→ほうれい線が気になってたけど、

 そうだよなあ、58年かけて作って

 きたんだもんなあ。育ててやるか、シワ。

 

 

・「優しさでやっつけろ」

 「優しくない人にも優しくしろ」

 (小学生の時、いじめられて帰ってきた

  レディガガに母親が言った言葉)

→そうだよなあ。そうありたいよなあ。

 真っ当な言葉に背筋が伸びる。

 

 

 

「グレートの最大の敵はグッド」

 (ミッシェル・スミス氏

 「奇跡のレッスン」ソフトボール編)
→これイタかった。なんで私のそのこと、

 知ってるの?と考えたのと同時に、

 それ私だけではなかったんだ!とも思う。

 失敗したり、ダメだしもらったり、

 めちゃクチャ凹むと、必死にそこから

 何かを学ぼうとして、

 つまり悔しさは原動力になるけれど、

 まあまあの出来だと、それでよしとしてしまう。

 危機感は準備につながるけど、

 ちょっとした成功体験は、単純な繰り返しを呼び、

 「こんな感じでいけるか!」的な考えが

 どうしてもちらつく。

 あ〜2018年最後に出会った言葉が、

 これ。

 

 

これらが、

引っかかったということは、

2018年の私には

必要だった言葉だったんだと思う。

 

噛み締めます。

 

 

 

 

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さて、

今年は

義母をなくしました。

喪中でもあり、

お正月の花は静かな水仙にしてみました。

そしたら

なんと清々しい香りだこと。

 

 

清々しい香りの中、

2018年も

無事に締めくくることができたことが

本当に本当にありがたいです。

 

みなさま、

いろいろお世話になりました。

 

お世話になっただけではなく、

この一年の間に、

私の何かで、

傷つけてしまった方がいるかもしれません。

私、全く悪気はないんだけど、

それでも私の何かで、

いやな思いをされた方もいると思うんです。

あ〜申し訳ないです。

 

年が変わるのを機に

許してくださいとは

あまりにムシがよくて言えないけど、

また関わってもらえたら、

とお願いするのみです。

懲りずによろしくお願いします。

 

 

今年もお世話になりました。

 

2019年、

良い年にしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor