日常 | 今のところではありますが…
じゃない方の悩み

【2020.04.13 Monday 09:28

3月のある日、

リアルに集合の研修が、

オンラインでの研修になった日の朝、

covid-19に関連のないことで

ショックな出来後があった。

私はそれを引きずったまま研修に参加した。

 

信頼できる仲間たちだけの研修で、

まずは「最近どう?」的な話からスタート。

 

私はそのショックな出来事について話した。

みんなはオンラインごしに、

しっかり聞いてくれた。

でも、

話しながら、

私は心のどこかで、

今この時期に開催する研修で、

covid-19とは全く関係のないことについて話すことが、

なんだか申し訳ないような気持ちになっていた。

私以外のみんなは、

「最近どう?」にcovid-19を絡めて話している。

 

研修に参加されたみんなは、

誰もそんなことは考えてなかったと思うけど、

私は、

批判の矢印を

心の中で

自分に向けた。

「こんな非常時に、

 自分のショックな出来事について

 シェアするなんて

 なんてダメなやつなんだ」

 

その日の研修はとても有意義で、

実際は、

その「罪悪感」について考えたのも

ほんの一瞬だったけど、

そのあと、

このことを思い出して、

今、covid-19関連じゃないことで

悩みや困惑を抱えているけれど、

そのことに対する罪悪感のようなもので

自分を責めている人が結構いるかもな・・・

と考えた。

 

そして、自分に言い聞かすように

「これだけのことが起こっているけれど、

 生きているんだもん、

 他のことで悩んでいい!」

と大きな声で言いたくなった。

 

 

特に今は年度のスタート時期。

異動があって、

 まだ新しい環境にまったく慣れていない

 なんて方もいると思う。

 どこに何があるか、

 誰かに質問しないとならないとか、

 お昼のタイミングをどうしようかとか、

 チーム内の人間関係はどうなっているかとか、

 日々、少しずつであっても

 気をつかっていることが

 つもりつもると

 結構な疲れとなって

 心身に影響が出ている人もいると思う。

新しい管理職が異動されてきて、

 その方がどいう考え方、

 どういう表現方法を使われるのか、

 わからないからこそ、

 気を使われて、

 ヘトヘトの方もいると思う。

 

また、

もともと家族や親戚や仕事先での

人間関係で何か困っている方は、

緊急事態だからって、

急に「絆」って訳にもいかず、

これまでと変わらずに

ご苦労されていると思う。

 

ご自分の病気や家族の病気に

 苦しんでらっしゃる方もいると思う。

 

恋の悩みもあれば、

勉強についての悩みもある。

 

 

新聞には、

 事件や事故の記事が掲載されている。

 ってことは、被害にあわれた方や、

 そのご家族がいて、

 加害者の家族だって苦しいと思う。

 

他にも

まだまだいろいろの

covid-19関連じゃないことで

心を痛めたり、

困ってらしたり、

悩んだりされている方が、

「あ〜しんどい」

「本当にショックだ」

「腹が立つ」

「辛い」

「さみしい」

など、

湧いてくる感情を

ちゃんと持っていいと知っててほしいし、

私のように、

瞬間忘れて自分を責めたとしても、

「あっそうだ、責めなくても

 いいんだっけ」

と考えてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

もちろんcovid-19関連の困り事も

 たくさんある。

 感染したら・・・という不安や、

 経済的な心配や、

 集団で集まれないことで

  諦めたことはいろいろあるだろうし、

 強力「stay home」実践中の方もしんどいし、
 こういう中仕事に出かけないとならない方も
 しんどい。

 それはそう。

 

ただ、そうじゃないことでの悩みも、

 自分に制限しなくていいって、

 ちゃんと言語化しとかないと、

 緊急時って、

 上記の私のように、

 「そうじゃない悩みを持つのはダメなこと」

 の考えになりやすいから、

書いときました。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以下、

休刊になった

全国教職員組合発行「JTU]の5月号向けに

書いたものの中の一部。

(教職員じゃなくても、当てはまると思う)

 

● covid-19の影響があまりに強く大きく、

 それ以外のことで困ったり、悩んだりすることを、

 自分に許さない方がいるかもしれません。

 しかし、人間の生活には、

 いろいろなことが起こるもの。

 病気や仕事上のこと、人間関係、

 その時々の悩みや困惑を

 ないものとしなくていいのです。

 
● 誰かと比べなくていいです。

 (最前線で戦っている医療関係者と比べれば、

 こんなの大したことない)とか、

 (副担なんだから担任より余裕あるはず)とか、

 誰かと比べる癖がある方は、

 そのことを自覚して、

 始まったらストップかけましょう。

 「あ〜しんど」ってつぶやいてOKです。


● 「不安」という感情は、

 抑えれば大きくなるし、

 あおっても大きくなります。

 誰かに話すなら一度しっかり聴いてもらい、

 その後はリラックスする方法を使ってみましょう。


● 誰かの話を聴いてあげるのはいいこと。

 でも、常に聴いてあげないとならない

 ということはありません。

 相手を思うのならば、

 自分が安定している時に聴いてあげましょう。


● 自分に優しくする方法を使いましょう。

 (学年で、お互いのストレス解消法を

 シェアしあうと、「おっ、それいい!真似しよう」

 なんてことがみつかるかも)


 ・・・いろいろあるけど

 とにかく

 今を、

 今日を、

 休業時期を

 乗りきりましょうね。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

今日のカルクラ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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まだまだぬるい。

【2020.04.10 Friday 09:16

4月に入ってから、

もし自分が感染していたら、

感染経路が正確にわかるように、

その日の行動のメモを手帳にしている。

 

これまでとは明らかに違う。

買い物も以前は仕事帰りに

ほぼ毎日のように行っていたが、

今は、5日分くらいのメニューを決めて

買い出しに行くようになってはいる。

春休みなど長い休みは、

図書館やスタバで読書することも

多かったが、

今年は家で読んだ。

 

それでも、夜、手帳に

1日を振り返ってメモするときに、

結構外出してるなあと考える。

 

昨日も美容院に

「これは早急な対処が必要じゃ!」と

言い聞かせ、白髪染めに行った。

オーナーは

「もしかするとこれから、

 お休みさせていただくかも。

 お客さまと従業員を守らないと

 ならないので。

 その場合は連絡させていただきますね」

と。

そうなんだなあ。

こりゃ、

夫に染めてもらう日もありかもな。

(私、めちゃ不器用なもので)

 

で、

正直、静岡は、

多分、ちょっとぬるいと思う。

いや、「静岡」のせいにしちゃダメ。

私が、こんな感じでぬるい。

 

メモをしながら

あ〜まだまだ減らせるなあ、

そう考え、

急に、

東京大阪始め7都市プラス愛知県の方の

積極的に自粛をしてくれている方へ

ありがとう!と

叫びたいような気持ちになった。

 

ありがとう!!!!!

ありがとう!!!!!

ありがとう!!!!!

 

SNSで繋がっている友だちは、

リモートで仕事をする中で、

朝早い散歩を始めたらしい。

居酒屋を経営する友だちは

夜の営業はやめ、

昼にテイクアウトのみ扱うらしい。

先輩の勤める百貨店は休業になり

ご自宅にいらっしゃる様子。

私が属するアサーティブジャパンも

事務局はリモートで仕事。

毎年5月に開催する総会のために

話し合わないとならないことは

いっぱいあると想像するが、

それをオンラインで

やってくれているんだな。

 

感染拡大地域に

たまたま住んで

仕事しているってことだけで

いろいろ制限して、

やりたいことを諦めて、

やるべきことを工夫してくれている方々がいる。

 

その方々は

会社からの指示でってことも

あるかもしれないけれど、

多分多くの方は、

「自分を守るし、

 自分を媒介させない」と

「人として正しい行動」を

自分で決めてやってくれていると思う。

 

 

 

15年くらい前、

ある学校の職員研修で

アサーティブを伝えた時のこと。

人権の話をした。

「私たち全員に、

 感じて、考えて、決めて、表現する

 権利があります。

 私たち全員、

 つまり、自分にあるんです」

のような説明をすると、

当時多分50代後半の一人の教員が

「『自分にある』と考えるのが難しい。

 でも『隣の人にある』とか

 『子どもたち全員にある』とか

 そう考えることはできる。

 自分の理解は、

 『自分にある』より

 『あなたにある』

 その方がしっくりくる」

と話してくれた。

私は、

(この方は、

 自分の権利など一ミリも考えず、

 他者、特に子どものため、

 その向こうにいてくれる保護者のために、

 責任を全うしてこられたんだなあ)

と考え、話してくれたことに感謝した後、

「そうなんです。隣の人にあり、

 子どもたち全員にあり、

 そして、あなたにもあるんですよねえ」

的に受けた覚えがある。

 

その時に、

日本人の中には、

この方のように考える方は多いかもと考えた。

っていうか、私もどちらかというと、

アサーティブで人権を深めて考えるまで

そうだったと思う。

その元を

農耕民族まで遡って考えた方がいいかどうかは

わからない。

でもとにかく、

「自分<周り」と考える方は多い。

 

今回自粛されている方は、

自分を守るためというよりは

「自分<周り」で、

「それが今、

 社会の中で生きる人間として

 正しい行動だから」

と考えてされている方も多いのではないか。

 

なんか、そのことが、

すごくすごくありがたい。

 

 

もう世界中繋がっているから、

自分の人権(今回は「生きる権利」)を守ることは、

それが地域に住む方の人権を守り、

日本に住む人の人権を守り、

世界に住む人の人権も守る。

 

 

そんな中で、

本当は人と会うのを8割減らすべきだけど、

組織からの命令や、

家族の生活を守らねばならなくて、

バスや電車に乗りながら、

ものすごく心を痛めている人のことも考える。

やっぱりしんどいよなあ。

葛藤な毎日だろうなあ。

 

 

 

もちろん、

医療従事者の方や、

検査を担ってくださっている方々は、

ヒーローだけど、

やりたいことを諦めたり、

やるべきことを工夫してくれている方々にも、

葛藤しながら生活されている方にも、

やっぱり頭がさがる。

 

 

 

 

そんなこと考えたら、

すごく心が温かくなって、

これでいいか・・・的な感じになってきて、

やばいやばい、

ダメなことはきちんとダメということも大事だと、

「マスク全戸2枚配布分のお金を

 他に使って欲しい旨」は

政治家に伝えなくては!と

身を引き締める朝。

 

 

 

 

満席になりました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お知らせ

<オンラインで

 アサーティブ・カフェ>

 

アサーティブトレーニング基礎編

(谷澤相談室またはアサーティブジャパン主催)に

参加したことがある方にお知らせです。

 

ZOOMを使って、

アサーティブについて

おしゃべりする会を開催します。

 

人と会って話すってことに

制限かけている今、

オンラインではあっても、

顔を見ながら話せることは

案外いけます。

 

 

・5月9日(土)午前10時〜12時

・10名(と考えていますが、最大12名まで可)

・無料

 

お申し込みはEメールでお願いします。

kumikotanizawa@gmail.com

 

 

 

 

 

こんな時ですが

昨日は結婚記念日。

31年ですなあ。

お互い、がんばりました!

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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感染予防生活中の発見や確認。

【2020.04.06 Monday 14:26

感染拡大を予防する生活し始めて、

気づいたこと、考えたこと、確認したことを

まとめておこう。

 

<マスク編>

1)日常、何気なく顔に触っていることに気がついた。

 「もしかすると手にウイルスが付着しているかも。

  目鼻口に触らないように」

 と注意喚起された途端、

 あれ、意外に触っているじゃん・・・と気がついた。

 自覚の力ってすごい。

 そう意識した途端に、

 一旦手を目に持って行ったところで、

 「やばっ」と引っ込める。

 

2)スマホのFace ID、

 ちゃんと機能してる。

 当たり前なんだけど、

 マスクしてると、使えない。

 

 

3)日常的にマスクをしたまま人と関わる

 ということをし始めて、

 表情などによって考えや感情を察していたし、

 自分も伝えていたと、

 改めて確認する。

 

 犬の散歩の時に、

 向こうから歩いてくる方が、

 犬好きかどうか、

 今は、非常にわかりづらい。

 子どもの場合は、

 大人の影に隠れたりしてくれて、

 わかりやすいので、

 ロープをめちゃ短くして

 すれ違ってもらう・・・

 などするけれど、

 大人は、なかなか分かりづらいから、

 全員が犬を怖いと思っているという

 設定で散歩する。

 

 話をしていて、

 その方が話してくれた出来事を、

 その方が

 「悲しい」と思ってるのか、

 「辛い」と思っているのか、

 「悔しい」と思っているのか、

 「寂しい」と思っているか、

 目や

 マスクごしに伝わる頬の筋肉の

 かすかな動きだけでは、

 なかなかわからない。

 

 わからないから、

 「悲しい?」と訊くと、

 「ううん、悔しい、

  だってね〜〜〜」

 と話し始めてくれて、

 逆によかったりもする。

 

 つまり、

 表情などから察するのも大事

 しっかり、確認するのも大事と、

 再確認。

 

4)3)に関して、

 マスクをすることで察することが難しい、

 事実に基づいた考えや感情を確認することは、

 マスクをしてない時でも、

 大切な場合はあるだろう。

 自分が察したことが、

 正しいかどうかはわからないからだ。

 

5)コーディネートを考えてる方を

 時々発見するようになった。

 エリザベス女王の、

 ピンクの装いにはピンクのマスク、

 グルーンの時はグリーンのマスクの写真

 (もしかしてフェイク?)

 ほどではないけれど、

 スーパーでの買い物で会う方の中に

 ちらほらとマスクをコーディネートの中に

 入れてる人をみつける。

 先週は藍染の手ぬぐい的な手作りマスクで

 全体的に紺色の装いの方が。

 一昨日はベージュのワントーンで

 マスクもベージュ。

 手作りマスク作りたくなってきた。

 

6)ずっと前にある小学校で、

 6年生のAさんとその保護者を

 チームになってサポートした担任の先生が、

 私が異動をする時に、

 箱でくださったマスク。

 それがあるから、

 今、学校の仕事に行くことができる。

 なんだか、改めて感謝だ。

 

7)口紅やリップクリームの減りが

 ゆっくりになってる。お得感。

 

8)ふざけて、

 マスクの中で、

 めちゃ口をへの字に曲げてみたり、

 思いっきり変な顔をしてみた。

 バレない。

 後でバラして、大笑い。

 

9)あまりにも馴染んでしまって、

 マスクしてるままで、

 水筒からお茶を飲もうとしたことが

 あるのは、

 きっと私だけではないはずだ。

 

 

<手洗い>

10)これほど手を洗う生活は

 これまでなかった。

 アルコール消毒も、

 こんなにしたことがない。

 自分の手で、自分の手を

 これほど触ることはなかった。

 なんとなく、

 大事にしないとな!って

 思える。

 

11)それで、お風呂に入った後、

 しっかりクリーム塗ったり

 してみている。

 それで、昔、

 雑誌のインタビュー記事中で、

 宮沢りえさんが

 手の美しさの秘訣のようなことを聞かれ、

 毎日入浴中に手をマッサージしながら、

 「今日はおつかれさま」などと

 声をかけてる的なことを

 言っていたのを思い出す。

 「そうやって大事にしていると、

 もっともっと大事になってきてる」

 のように言っていたような記憶が。

 

 

 

<stay at home>

12)免疫力高める食材を調べたりしてる。

 発酵食品や、きのこ類、旬のもの、

 根菜・・・。

 今までもよく食事に登場させてたもので、

 よかったんだ。

 

13)ZOOMでのイベントのホストになるために、

 いろいろ探っていると、

 結構ワクワクする。

 新しいことを始めるのって、

 自分にあっていたんだ!と

 思い出した。

 

14)「身近なところにも楽しいことはある

  ってことを、

  思い出させてくれる機会になった」

 と教えてくれた方がいた。

 「自分の小さい頃、

  泊りがけの旅行に行く機会など、

  年に何度もあることではなかった。

  でも、近所に、居心地の良いお宅があって、

  幼い自分がそこに毎日のように行ってたのは、

  そこが楽しかったんだと思う。

  新幹線や飛行機を使って遠くまで出かけなくても、

  楽しいことはある。

  それを思い出させてくれたし、

  落ち着いてきたら、

  そういう場を作りたい」

 と話してくれた。

 

 あ〜そうだなあ、

 確かに、私も2軒隣の美容院に

 幼い頃、毎日通っていた。

 お昼をいただいちゃうのは申し訳ないと

 母親がお弁当をもたせてくれてくれたりした。

 そこで特別何かをするって訳ではなかったけど、

 その家のおじさんが、とてもとても

 優しくって、そして面白い人だった。

 

 その方の話を聞きながら、

 重苦しい気持ちになる予防生活だけど、

 昔のことを思い出せた。

 

15)静かな午後に、

 こういう状況になる前

 聞こえてきてたものは何だろうと

 考えると、

 近くの中学校の吹奏楽部の音だと

 気がついた。

 放課後になると、

 最初は各楽器でまずは音を出して・・・

 のような音が聞こえてきて、 

 その内段々パート練習が始まる感じ。

 最後に合奏する時もあったりしたな。

 なんか、さみしいものだな

 と思う。

 

16)大好きなパン屋さんが夕方行くと

 売り切れになっていることが多く、

 だからって午前中に行くと、

 すっごく混んでる。

 様子を聞いてみたら、

 「朝昼晩家で食べる分、

  お一人が買われていく分が

  多くなっていることと、

  昼も家で、という方が

  その分を午前中に買いに来られる」

 という分析。

 人の動き方が、

 いろいろなところで、

 ちょっとずつ

 ここ静岡でも、

 変わってきているんだなあ。

 

17)不要不急の買い物にはいかない関係もあり、

 洋服を見に行ってない。

 で、せめてと思い、

 ここずっと買ってなかったのに、

 ファッション誌を

 なぜか2冊も買ってしまった。

 さらに、そこに出ていたパンツを、

 いつ履くの?という感じのデザインなのだが、

 ネットで買ってしまった。

 しかも、散々悩んで

 あれやこれやカスタマイズを試した

 ナイキのスニカーも、

 今朝起きがけに注文してしまった。

 ただ、考えてみれば、

 こうなる前も、

 そんなに洋服を見に行っていたわけではない。

 抑制している、我慢しているという考えが、

 「だから少しくらいいいだろ・・・!」を

 生んでいると思う。

 危ない。

 

18)関連して食べ物も、

 すこ〜しだけ余分なものを買ってしまう。

 今日は「道明寺」と「どら焼き」を

 昨日は「スルガエレガント」を、

 特にすごく食べたいという訳ではないのに、

 買った。

 「少しぐらいいいだろ・・・」現象と呼ぶ。

 

 

<covid-19関連>

19)SNSで情報をおっかけていて、

 食事の時にテレビをつけると、

 情報番組で「今日の感染者数」などを

 放送している。

 意識しないで、

 ダラダラと情報に浸っていた時期をすぎて、

 厳選してみて、少し落ち着いてきた。

 今、した方がいいこととして、

 ,Δ舛撚瓩瓦修

 感染時に備えよう

 戦う相手は人でなくてウイルス

 と示してくれてる

 「専門家有志の会」(尾身先生たち)の情報

がとってもいい。

 

 

20)スーパーの近くの、旅行代理店さんが

 店を閉めていた。covid-19関係でかどうか

 はわからない。

 でも、この代理店さんの前から

 お遍路の旅に行く亡き義父を

 バスで見送った思い出とともに、

 胸がつぶれるような思いだ。

 私の関わっている子どもの中にも、

 保護者が飲食店を営んでいるお宅があり、

 医療関係のお宅もある。

 観光業のお宅もある。

 子どもたちは今、どうしているだろうか。

 保護者の方々の思いはどんなだろう。

 十分な保障やサポートかどうかは疑問だけれど、

 それでも、まったく足りないとしても、

 少しでもたしになるなら、

 情報が上手に届くように!と、

 あ〜祈るばかりだ。

 

 

 

 

これからも続くこの生活の中で、

どんなふうに考えが変化し、

どういう感情を持つようになるのか、

言語化していけるといい。

 

今日のところは、

こんな感じです。

 

 

 

 

 

 

季節は進んでおります。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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イラッとスイッチ、入りやすいぞ。

【2020.04.02 Thursday 10:21

銀行で

反応が鈍くなったキャッシュカードの

対処を依頼した。

「お待ちください」

とのことだったので、

読書を始めるとすぐに、

「10番の番号札の方」

と呼ばれた。

カウンターに行くと、

担当してくれた女性ではなく

男性が何やら説明を始め、

聞いていると

「目的別のローンを組むと、

 金利が安いのでお得」

という営業のようだった。

「せっかく説明してもらったんだけど、

 今のところ、車もリフォームも

 全く考えてないから、

 必要ないんです。ごめんなさいね」

と言うと、

「あっそうですか。

 ではまた、

 必要になられた時に、

 いつでもおっしゃってください」

と言って、

彼は後ろのデスクに戻って行った。

すぐに

キャッシュカードの状態を見てくれていた

女性がやってきて、

本題の方の説明をしてくれた。

 

対処して、

車に戻り、

仕事に向かいながら、

何だか、

腹がたってきた。

 

あれ?

さっきって、

大事な読書の時間を、

断りもしないで、

奪われたんだなあ。

なんか、やり方汚いな。

特に私にとって必要な情報じゃないし、

でも必要だったとしても、

「こうこうこういう説明したいですが、

 今いいですか?」と聞いて欲しいよ。

もう!腹たつ。

 

と考えて、

その瞬間、

(私、疲れてるかも・・・)

と思った。

 

 

 

同じ出来事があったとしても、

普段なら、

その場で自分の苛立ちに気づいて、

一旦腹は立つが、

(ま、向こうも仕事だし、

 仕方ないか)

で終了、、、

だったかもしれない。

 

昨日は、

その場で自分を観察、認知することが

弱まってた感じで、

そのため

後まで引きずったのかな・・・

 

〜〜〜それで、気付いたんだ、

自分の疲れ(ストレス)に。

 

 

こんなに家に居られる時間が

たっぷりある時ってないから、

読みたい本を読んで、

お料理して、

部屋片付けて、

資料をまとめて、

新しいプログラム作って・・・

なんては頭で考えていても、

ちゃんと、負担は来ているなあ。

 

 

自分のストレスに気付くには、

 

身体はどうか、

 (疲れやすい・食欲不振・眠れない

  便秘・下痢・胃の不快感・めまい

  など)

心理面はどうか、

 (怒りっぽい・不安が続く・

  憂鬱・不機嫌・やる気なし

  など)

行動はどうか、

 (お酒の量が増える・食べ過ぎ・

  ミスが増える・暴言・暴力、

  など)

 

など、

いつもとちょっと違う自分を意識した時に、

キャッチできることがある。

 

そしたら、

ちゃんと

「あ〜自分は今、ストレスを感じている」

とキャッチできるといいなあ。

 

 

 

多かれ少なかれ、

ストレスが溜まってきてるじゃないか?

みんな。

「NYやパリなど封鎖されてる街を

 思えば、自粛疲れなんて言ってられない」

という考えがあるの分かるけど、

それでも、やっぱり、

正直、大変だよ。

 

終わりが見えない中、

やりたいことができなかったり、

計画していたことがやめになったり、

したくないことをせねばならなかったり、

これはなかなか、しんどいことだよ。

 

まして、

初めての経験だから、

これからのことを、

どうなるか予測し、判断し、決定しなくてはならない。

昨年通りに・・・と行かないことが多い。

決断していく、その責任が重くって、

なんだか肩がバキバキに凝っている。

 

さらに、

こういう時だからこそ、

安心できる人と、

話したり、食べたり、笑いあったりしたいし、

こういう時だからこそ、

思いっきり体を動かしたりしたけど、

それも、

感染拡大をストップするため「stay home 」だ!

 

あ〜きつい。

 

 

ま、

だからこそ、

自分のストレスと

上手に付き合っていくことを

やっていきたいよな。

 

 

試したいこと

✔「なんで、こんなことが起こったんだ!」

  と問いかけても、無駄だ。

  犯人探しの不毛なスパイラルに陥るだけ。

  「自分は今不安であり、

   肉体的にはしんどい」という、

  自分の状態は認めつつ、

  「現状に対し、どういう態度をとるか」

  をトライするという考え方を採択してみよう。

 

✔四六時中情報に浸らない

  →常に情報に触れ、常に「不安」と

  という感情を持ち続けるのは、

  リスキー。

  「不安」は、表現しすぎると

  相手や自分を巻き込み、

  次を呼んだり、大きくしたりする。

  →自分が信用できる情報元を決めよう

  (私は「スマートニュース」「山中教授」)

 

✔講師としての仕事の延期や中止のメールの返信で

 プラスアルファ、余分なことだけど、書く。

 力いっぱい考えて書く。

  「決めるのも、大変だったと思います」とか

  「お疲れではないですか?」

  など、その方に向けてのメッセージ。

 

✔自分に優しくする時間を持つ

 ・小説を読む。次は「結婚の奴」。 

 ・アマゾンプライムで、

 「THIS IS US」のシーズン2が

  無料になったので、見る。  

 ・2月〜3月はまり続けた

  アメリかのドラマ「THE OC」。

  終了シーズン4まで見おわった。

   (ゲームをやめられない、

   子どもの気持ちがわかった)

  その主人公のその後を考える

 ・マスクに一滴アロマオイルを垂らす

 ・犬の散歩、いつもより、少し長く 

 ・夜か昼、炭水化物を抜くため、

   ネットや料理本を見ながら

   メニューを決める

 ・ナイキのスニーカーのカスタマイズを、

   あれやこれや、いろいろ試す 

 ・いろんな種類のお茶を試す

 ・ぼ〜っと、好きな洋服のHPを

   ただただダラダラ見る

 ・服を決める時、

   縛りをつけて決める。

  (今日は「古い服を一つ入れる」で

   6年前に買ったシャツを着てみた。

   「白を中心」「ガラ物」などその日に

   自分でわざわざ縛る)

 

   

✔仕事の準備も進めてみる

 ・仕事のための本を読む。
   今「子どもがしあわせになる言葉」
   次は「日常診療に蹴る成人発達障害の支援
    10分間で何ができるか」

 ・ZOOMでミーティングの
   ホストになる練習をする

 ・新しいプログラム(小中学生むき)
   をロゴセラピーをもとに考える

 

 

 

ま、何とか工夫しながら、乗りきりませう。

 

 

 

さ、私は今日が勤務始め。

生徒指導の会議で、

カウンセラーの立場から

お話ししてくる。

 

 

 

水筒と、アロマオイルを持って、

行ってきま〜す。

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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コマンド「切りかえろ」

【2020.03.23 Monday 08:59

他者との間で

考えや方法論などの違いから

きまづい雰囲気になった時に

どうするか?

 

たとえば

 

Aさんと問題解決の方法が違っていて

話し合っていたら

喧嘩みたいな感じになってしまったとか、

 

Bさんからの指摘が的外れで

落ち込んでしまったとか、

 

Cさんのやり方があまりにも適当で

口もききたくないとか。

 

 

そういうような時、

人間は主に2つの方法を使うと思う。

 

1 待ってみる

2 話し合う

 

それにプラスして

3番目の方法「切りかえる」の使い勝手が

最近、

めっちゃよい感じがしてる。

(個人の感想です)

 

以下、

夫との雑談の中で、
私の、

エビデンスがない情報や
広い視野に立ってない情報に対し、
厳しい彼に対し、

 

コマンド「切りかえろ」が

成功した事例。

 

 

私「(コロナウイルス感染により)

 医療が崩壊することを心配してる

 医者が、

 退院の条件をゆるめるタイミングが

 いずれ必要になる的なこと言ってたよ。

 今は症状が治まってからPCR検査を2回陰性に

 ならないと退院できないんだって。

 でさ、私の考えは、

 とりあえず一回陰性になったら退院して

 自宅待機1週間。そのあと

 新潟のドライブスルー方式のPCR検査で、

 陰性だったら自宅待機解除。陽性だったら

 再入院とかいう考えどうかな?」

夫「それエビデンスある話なの?」

私「ないよ」

夫「それじゃ、いいとも悪いとも言えないね」

私「それはそうだけど・・・」

私の心の中

 (ムッ。

  エビデンスって、

  ここ、対策会議じゃないし・・・。

  私たち夫婦でオーバーシュートを防ぐための

  方向性を示さねばならないわけじゃないし。

  雑談じゃん。

  なんなの?エビデンス!

  はらたつ〜

  ・・・

  やばい!

  このままいくと

  どっちが正しいか悪いか論争に行くぞ。

  ・・・

  コマンド「切りかえろ!」)

私「そうそう、

 昨日カルクラの散歩の時なんだけどさ、

 おやつくれるおじさんの家、わかったよ。

 でも会えなかったよ。

 これから毎回、あそこに前通りたがるかも」

夫「おやつに関しては執念あるしね。

 そうかもね」

 

みたいなことだ。

 

 

他にも、

私「教職員の方々ってさ、

  異動の時に新聞で公表されるじゃない。

  あれって拒否できるのかな?

  載せたくないって人は

  拒否できるとかないのかな?」

夫「その話し、俺全く興味持てないから」

私「そうか、がーん(ショック)」

私の心の中

 (興味ないッてバッサリきたな。

  結構ショックさ。

  ま、コマンド「切りかえろ!」

私「買い物、まず、どうする?」

夫「いつもの駐車場でいいよね」

私「うん」

 

みたいな感じ。

 

 

このポイントは、

それまでのすれ違った話しを、

まるでなかったことのように

一切、引きずらずに

次のフェーズにいくことだ。

 

この「一切引きずらない」ために

効果的だったのが、

感情の言語化だった。

 

 

それが顕著だった出来事は、
森友学園事件で亡くなった赤木さんの遺書について

夫と話していた時のことだ。


私「(18日時点で)
 あの遺書はものすごいことだけど、
 マスコミの取り上げ方が小さいみたいな気がする。

 コロナがあるから仕方ないけど、
 なかったことにされてしまったら、
 どうなるんだろう?」
夫「取り上げ方が小さいって、
 あなたの情報量の中で話しされたくない。

 俺の方が圧倒的に情報量はあるから」
私「そう?私のツイッター上だと、
 昨日の夜ちゃんと取り上げたニュースは
 ニュース23くらいだったみたいよ」
夫「確かじゃない情報に基づいた話には
 乗れない」

私「ふ〜ん。

 そうかもしれないけど、
 相当な覚悟でオープンにしたことだと
 思うから、スルーなんてことに
 なったらと心配なんだよ」

夫:とくに返事なし。

 

の時のことだ。

私の頭の中は、

怒りでいっぱいだった。

 

それで

コマンド「待て!」を使った。

 

待ちながら

なぜこんなに腹が立ったんだろうと考えてみると、

「残念」だったんだと気がついたんだ。

夫は、これまで、

断定的なもの言いをすることがあまりなかった。

でもここのところ、

忙しいからか、何なのか、

反対意見を

(私からすると)強い口調で言う。

そのことが、

本来は

あまり

そういう物言いを使わない彼

と思ってただけに、

私には「残念」だったんだ。

 

そして

「そうか、私『残念』だったんだ」

と気がついた途端に、

ハッとした。

私だって彼に、

きっと「残念」な思いをさせてるよな。

片付けが下手なこと、

朝カルクラの散歩に間に合うように起きないこと、

彼も私の行動に関して「残念」な思いを

重ねているよなあ。

もしかすると、

彼は、夫婦間の雑談だとはいえ

きちんとしたエビデンスと、

ある程度の情報量のある中で

話し合いたいのに、

相変わらずな私に対して、

私が彼に抱く以上に「残念」な思いを

持っているかもしれないなあ。

お互い様かもしれないし、

お互い様以上かもしれないなあ。

 

そんな考えに至ってから後、

コマンド「切かえろ」が

めちゃくちゃいいのだ。

 

多分、

その時々の感情を言語化せずに、

1「待ってみる」だと、

結構モヤモヤすると思う。

2「話し合う」だと、

喧嘩になってしまい、

相手を攻撃して、

あるいはやり込められて

後味悪そうだ。

 

その場で感じた感情を、

たとえ口に出さないとしても、

自分でしっかり捕まえておくこと。

とっても

とっても大事だなあ。

 

 

 

さて、

「切りかえる」のは、

「心」じゃない。

「行動」だ。

 

具体的にいうと、

・立ち上がる

・その場から移動する

・お茶を一口飲む

・話題を変える

などなどかな。

 

いくら「心」を切りかえようと

自分に一生懸命に言い聞かせても、

なかなか難しいだろう。

でも「行動」は

まあまあの確率で

「心」に影響与えてくれる。

 

結論、

まずは感情を頭の中で言語化して、

自分にコマンド出そう。

「待つ」のか

「話し合う」のか

「切りかえる」のか。

 

「切りかえる」も

上手に使えるようにしておこう。

 

 

 

 

 

あ〜日常って、

なんて面白いんだろう。

 

 

 

 

 

お土産にいただいたもの。↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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「ぼ〜っとする」チャンス。

【2020.03.04 Wednesday 15:48

静岡市の小中学校は

3日から15日まで休業となりました。

自宅で過ごすことが困難なお子さんの

一時預かりを学校が担い、

私が昨日活動した学校も、

子どもたちは静かに自習していて、

先生方は見守っていました。

14時までが一時預かりで、

ちゃんと終了近くには掃除をしていて、

こうやって急な出来事にも

粛々と、淡々と対応していく学校、

子ども、先生って、

本当に本当にすごいなあ!と

思ったのでした。

 

 

私自身は、通常通りの勤務。

小中学校はほとんど相談者が保護者であることから、
通常とほぼ変わらない活動です。
子どもの予約が入っていたところには、
担任の先生などとの情報共有の時間をとる予定です。

早速昨日は、

日常、した方がいいとわかっていながら、

時間的な制限があってできなかったこと、

外部の方と電話でケースについて話し合え、

ありがたかったです。

 

先生方は、

クラスに子どもが来ていれば、

8時半から14時までは

見守っています。

それ以外の先生や、14時以降は、

職員室でいろいろな仕事をされています。

 

 

昨日、

カルとクラの夕方の散歩の時に、

縄跳びをしている子どもをふた組見ました。

もしかしたら、

運動不足にならないように、

「縄跳びとかいいね」的な指導が

あったのかも。

 

今日は午後から確定申告のため

休みを取っていたのですが、

めちゃ早く終わり、

読書しようとスタバに入ると、

高校生の3人組が勉強してました。

えらいなあ。

 

姉弟で歩いている子の姿も見ましたが、

お姉ちゃんが弟の手をしっかり握って、

お稽古袋的なものを持っていて、

普段なら特に何も感じなかったでしょうが、

こんな時だからこそ、

健気さを感じ、

しんみりとしたのです。

 

 

 

中学高校生がカラオケに行ってるという

ニュースがありました。

そりゃこの1〜2週間が感染拡大するかどうかの

瀬戸際ということを考えると、

「そこはちょっと考えようよ」とも思いますが、

自分が中学高校生だったら?と考えると

無理ないなあと思います。

 

思春期って、

心理的リアクタンス、大爆発の時期だもの。

「〜しなさい」には「したくない」

「〜するな」には「したい」

となってしまうわけです。

「家で勉強しろ」

「カラオケとか人の集まるところに行くな」

と言われれば言われるほど、

反対をするんだよなあ。

それがある意味、健康だよなあ。

 

 

 

さて、そんな中、

スタバで読書を休んで

ぼ〜っとしてたら、

いいこと思いついちゃいました。

 

ぼ〜っとするのも

脳に良いようですよ。

 

ぼ〜っとしてるからって、

脳を使ってないわけじゃないようですよお。

 

 

 

以下考えたこと。

 

仕事には

「やるべきこと」、

「やった方がいいこと」、

「やってはいけないこと」がありますが、

 

「やるべきこと」は、

それで対価をいただくわけですから

やらなくてはなりません。

また「やってはいけないこと」は

信用に関わりますから、

やってはいけません。

「やった方がいいこと」、

これはやった方がいいけれど、

絶対ではないようなこと。

やるに越したことはないけど、

やれなくても仕方ないこと。

 

その「やった方がいいこと」の中で

時間的な余裕がなくてできなかったことは、

今、チャンスだ!ってことです。

 

学校の中だったら、

各種研修があるかもしれません。

・より良い学級経営や授業改善のための研修

・貧困が子どもに与える影響の研修

・これから増えるであろう

 トラウマ障害に関する研修

・保護者とのコミュニケーションの取り方の研修

などなど、

通常の放課後の、やるべきことに追われている中では

落ち着いて学べないことを学びあえたら

とってもいいと思います。

 

 

私はスクールカウンセラーとして、

ケース会議を開催してもらえるといいです。

そのケースの子どもが元気になることはもちろんですが、

先生方とケースを通して何かを学びあえたら

すっごくすっごく嬉しいです。

 

 

さて、以下が

私の思いついちゃった中での

超おすすめなんですが、

もし可能なら、

「クラスの子どもとの個人面談」はいかがでしょうか?

いわば学校版1on1。

 

静岡市の場合、あと7日休業期間があるわけです。

クラスに30人の子がいるとしたら、

1日4〜5人と担任がゆっくり話す!

8:2で子どもが話すのを

聴く時間!!!

 

目的は、

もっともっとその子を知ること。

そして、信頼してもらうこと。

つまり、

わかろうとしてもらえる経験を

 してもらうこと。

 

 

インテルやグーグルなど、

シリコンバレーの有名企業が導入し、

人材育成に効果を発揮したことから、

ヤフー、パナソニック、日清食品、ソニー、楽天など

日本の大企業が導入している1on1。

 

多様な家庭で育まれた、

多様な個性の、

多様な子どもたちが学ぶ学校なのに、

学校の中では

まだまだ「集団で育てる」ことに

価値観を置かれてる場合も多いようです・

ですが、

だんだんと「個」を大切にする価値観も

入ってきているのは事実。

とはいえ、

日常の中ではあまりにも時間がなく、

一人一人の生徒とじっくりと向きあう時間は

取れないのではないでしょうか?

 

「急に自宅学習になって、

 どう?」

「心配なことある?」

くらいから始めて、

この一年を振り返って、

「良い点」を伝え、

「成長したと自覚している点」を訊く。

「改善したいと思っている点」を質問し、

「先生のアイディア」も話す。

「今困っていること」

「目標」などを、

じっくりと話し合えれば

とても素敵。

 

来年度にむけてのエールになり、

もしかしたら、

大人っていいな、

聴いてもらえるっていいな、

整理できたな、

人間って、

生きているっていいな

という瞬間を与えることができるかもしれないのです。

 

 

話すことが苦手な子どもや、

その子が、

話し合いより他のことを望めば、

一緒にバスケをしたり、

音楽を聴いたり、

ボードゲームもいいかも。

そこから、

その子のことを

深く知りたいという思いが

伝わる可能性もあります。

 

 

 

そういう中で、

本当は困ってることがあっても、

言えないことがある子は、

助かるかもしれません。

 

 

もちろん先生方は

「困ったら、いつでも相談して」と

言ってくれています。

でも、相談が成立するまでに必要なステップって

子どもによっては、

とってもハードルが高いんですよね。

(必要なステップとは

 〆い辰申侏荵や自分の気持ちを

  ことばにできる

 ∩蠱未諒法がわかる

 0多瓦靴届辰擦訃譴篆佑いる)

 

 

大企業に入った高い能力のある方々だって

心を開いて話せるためのシステムが

必要だったわけで、

ましてや子どもには、

「いつでも相談にのるよ」だけでは

不十分だと思うんです。

 

どこかの学校の、

どこかのクラスで

学校版1on1、

やらないかしら!!!

 

 

 

 

ででで、

それ以外の時間、

私は、

先生がたにも、

保護者の方にも、

もちろん

子供たちにも、

何もしない、

何も見も聞きもしない、

ぼ〜っとした時間を持とう!と言いたいです。

 

 

新型コロナウイルス(COVID -19)に

感染されて苦しんでらっしゃる方やそのご家族や、

また

医療や福祉の現場の方々、

学童保育や放課後デイで、

いつも以上に気を使い、

 負担を強いられている方々、

また、

影響で経済的な問題を抱えられた方々、

修了式や卒業式が見送られてショックを

受けてらっしゃる方にとっては、

「ぼ〜っとするなどとんでもない」と思われる方も

いらっしゃると思います。

不謹慎かもしれないです。

 

 

とはいえ、

常に次に何かやらなくてはならないと

追いまくられる日常の中では、

持ちにくいぼ〜っとする時間。

それも必要なことと思うのです。

 

 

 

・・・とぼ〜っとしてたら

いいこと思いついてしまって、

少し前に話題になった

脳の

「デフォルトモード・ネットワーク」について

納得した私でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼ〜っとするのが得意なのはカル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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庭の木の枝にみかん

【2020.02.17 Monday 08:55

土曜の夕方、

カルクラの散歩を、

いつもより早い時間にできた。

 

あるお宅の庭の木の枝に

みかんが刺してあった。

それを見た瞬間に

義母との思い出が

頭の中にうわあ〜っと広がる。

義母も

みかんを半分に切って、

庭の木の枝に刺し

鳥たちに振舞っていた。

 

キレイな鳴き声を聞かせてくれると、

私が

「お義母さんのみかんのおかげだね」

と言う。

彼女はほほ笑む。

義母との暮らしの中では、

そんなこともあった。

 

 

 

2013年の夏。

義母がグループホームに入って

2か月経ち、

やっと会いに行くことが解禁された。

 

久しぶりに会えた時、

「お義母さん。

 週刊文春と新潮、

 定期購読する?」

と聞くと、(それまでよく読んでいた)

「いいわ、いらない。

 そういうの読んで、

 楽しいとか、面白いとか

 そういうこと感じてしまうと、

 寂しいも感じてしまうから」

と言った。

 

 

それから

何度か訪ねた、

その何度目かのこと。

 

 

私はみかんの話をした。
「みかんがある間は
 春先まで
 お義母さんは鳥たちに
 おすそ分けしてたね」
と言うと、
「そんなこともあったね」
と答えてくれて、
その後、
言ったのだ。
「最近、生きていることがうすいの」
「ひとつひとつのことを
 立ち止まって考えてしまうと、
 いろいろ引きずり出して
 考えてしまいそうだから、
 あまり考えないようにしているの」
と言うのだ。
「新聞とか週刊誌とかも読まないし、
 TVも見ない。
 ここにいる人たちと、
 すごく関係を濃くするような話も
 しないのよ」
と言う。
「腹を立てたりすることとか、
 苦しいとか思うこともないの。
 そういことがないのよ。
 うすいの」
と言う。
それを話してくれている時、
義母は淡々としていて、
「うすい」という言葉、
そのものを表現しているようだった。

 

 

 

腹がたつとか、苦しいとか、
ネガティブなことを感じ始めてしまったら、
特に「さみしさ」みたいものを
感じ始めてしまったら
どうにもならなくなるから、
義母の命が脳にストップをかけて、
感情に制限をかけているんだと
その時私は考えてた。
義母のグループホーム入所は、
最初は少し唐突だったけど、
その後、義父、姉夫婦、夫と
話し合って納得して進めたことだ。
納得したとはいえ、
私はとてもとても申し訳なくって、
この話を淡々とする彼女を
見てられないような気持ちになった。
ただ、
「アパシー」(無気力・無感情)
というものを
身をもって教えてくれている
この彼女の言葉を
しっかりと聞かなくては!と聞き、
車に戻った後、
すぐにメモをしたのだ。

 
命は、
時々
こういうことをする。
人間は
その環境で生き延びるために
ものすごい
適応能力を発揮する。
ずっと長いこと、
私は、
義母の防衛本能が、
「アパシー」を招いたと考えていたけれど、
土曜日、
近所のお宅の庭の木の枝のみかんを見た途端に、
「そうだ!あれは意思だったんだ」
と7年も経って、
やっと確認したんだ。
グループホームでの生活の中で、
さみしさを感じないかわりに、
喜びも幸せも、
自分に感じさせなかった義母。
自然にそうなってしまったのではなくって、
「感じさせない」ことを
自らの意思で選んだ義母。
そして、私に
「なぜここに入れたか!」とか
「早く家に戻してほしい」とか、
一度も言わなかった義母。
今朝、
私は彼女の真似をして、
庭の枝にみかんを置き、
改めて、
彼女の覚悟が
厳かで
勇ましくって
潔くて
高邁だと思った。
そんな風にできるのかな?私は。
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褒めるということ。

【2020.02.10 Monday 09:05

素敵だな!いいな!と思った時に、

それをすぐに口に出したいと思う。

とはいえ、

それもなかなか難しい。

 

褒めることが難しいのは、

一つは、

褒め言葉が

まっすぐに届くかどうかという

難しさと、

もう一つは

誰かを褒めることで、

その場の他者に与える影響を考えるからだ。

 

まっすぐに届くかどうかが難しい

ということについては、

日本教職員組合が編集している

月刊「JTU」に以前書いたことが

あるので、

それを最後に紹介しようと思う。

(一ヶ月後であれば

 シェアOKと説明を受けているので

 大丈夫)

 

 

で、ここでは、

その場にいる他者への影響のことを

考えてみたい。

 

小さい頃、

兄弟姉妹が褒められると、

いやな気持ちになった経験はないだろうか?

私は妹が褒められると、

ちょっと凹んだりした思い出がある。

妹と私はまったく違っていて、

私が真面目、妹はひょうきんだった。

何かの集まりの時など、

「この子は面白いねえ」

などと妹は褒められる。

すると

別に自分が叱られているわけでもないし、

自分に対して「妹のようになりなさい」と

 暗に言われているわけでもないのに、

なんとなく落ち着かなくなったものだ。

 

私も自分の良さをアピールしないと!

というような考えになったことを

思い出す。

 

そして、きっと妹も、

私の「コツコツっぷり」を褒められている時、

同じような思いをしていたと思う。

 

 

 

また、こんな思い出もある。

ある宿泊を伴う研修に参加した時のことだ。

多分15年くらい前のこと。

最後のセレモニーで動画が流された。

1泊2日の間に

スタッフが撮影した

いろいろなスナップ写真をつなげて

一本の動画にしたもの。

私はいつ自分が出てくるか、

楽しみに見ていた。

・・・出てこなかった。

研修自体はとても有意義なものだったけど

何だかその瞬間ちょっと気持ちが冷めた。

その時受けた研修は、

1泊2日の間の様々なプログラムが

今もいろいろな場面で役立っているけれど、

それは

その最後の「写ってなかったこと」も含めてだと、

今は思う。

 

 

先週土曜日、

あるところで

私は1時間半の講演を行った。

講演の前に30分ほど主催者側の会があり、

それにも参加させてもらった。

その中で研修旅行の成果発表を

二人の方が行った。

お二人の発表は、

それぞれとっても勉強になる内容と

 発表の仕方だった。

いろいろ勉強になったが、

お一人一点だけに絞ると、

お一人目はパワポの作り方が

 ユニバーサルデザインでわかりやすく、

お二人目は研修先の国と日本の、

 教員の環境についての違いを明確に

 伝えてくれたのが素晴らしかった。

その二つのステキな点は、

ちょうどその時の私の講演に

親和性が高かったので

話に取り入れようと考えた。

で、瞬間迷った。

というのは、

お一人めの話を取り入れる時間は

話のめちゃ前半部分。

もう一人の方の話は、

最後になる。

「その約1時間半くらいの間、

 もう一人の方は

 嫌な思いをされないか?」

と考えたからだ。

しかし、結局、実行。

その決め手は、

最後に取り上げさせていただく方が

自己信頼感が高い方だ

と考えたからだった。

(というか、

 お一人めの方も

 同じようにお見受けした)

もちろん、

確認したわけではない。

(判断の決め手は

 お二人とも、

 ご自分の考えや気持ち、

 ネガティブなことも含めて

 口にされていたこと。

 自己開示の力は、

 自己信頼と関係する)

 

それらのことを、

頭の中でぐるぐるっと考えた上で実行し、

講演終了後、

お二人に簡単に挨拶し、

その後

帰りの車の中で考えた。

 

あの15年くらい前の研修の主催者の方も、

全て折り込み済みだったのではないかと。

全員をカヴァーできるわけではないけど、

たとえ写ってない方がいたとしても、

その方々は、

他者からの評価だけで

自分のことを決めつけるほど、

自己信頼感は薄くないのではないかと

考えたのかもしれないな。

 

言ってみれば、

主催者は、

「参加者の自分を信頼する気持ち」を

信じてたのかもしれない。

 

〜なんて、

私の考える癖が始まって、

帰りの車の中

一人盛り上がりだ。

 

 

 

 

 

さて、「JTU」6月号7月号のご紹介↓

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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もっと複雑なグレイで。

【2020.01.01 Wednesday 17:22

年が明けました。

 

 

年を重ねるって、

「明けましておめでとうございます」と、

なんとなく

言いにくくなるということですねえ。

「おめでとう」って言ってる場合じゃない方も

たくさんいるって、

わかっているからですねえ。

 

そういうことわかった上で、

それでも

「おめでとう」と挨拶を交わしてきた先人や、

今交わし合っている方々を、いいな!と思う。

 

 

あっけらかんと言えるのもいいし、

言わなくても、いい。

そして、

あっけらかんを装って言うのも、いい。

 

 

「あっけらかんを装う」の

「装う」は「フリをする」ということだ。

 

 

 

 

年末に書類の整理をしていて、

友人と交わした25年くらい前のFAXが

でてきた。

病気を患った彼女へ

お見舞いのFAXを送ったものと、

彼女からの返事の

両方を取っておいてあったのだ。

 

「強いふりをしていたら

 本当に強くなっていた」

 

と彼女は書いてあり、

病気の診断と治療と手術とその後を

気丈にすごしている様子が書かれていた。

 

私は返事に

「すごいと思う。

 たださ、

 ず〜っと強くなくてもいいよ。

 時々強くて、時々弱くて、

 それでいいと思うよ〜」

なんて書いている。

 

その頃は「ふり」をすることに

ちょっとした抵抗感があったんだなあ。

 

良い子のふりしてやってきた私だけど、

心の中は意地汚いって

自分でちゃんとわかってしまって、

自分との関係、

他者との関係の

うまくいかないことの根本に

「ふり」があると、

考えていたんだよな。

 

いっぱいいっぱいなのに

大丈夫なふり

わからないのに

知ってるふり・・・

そういうことに嫌気がさしていて、

極端に敏感だった時期。

 

今は、

時々は

平気なふりも必要だし、

時々はちゃんと

それはイヤだというのもありと思う。

 

年を重ねるということは、

「時々はそれもありかも」と

考えられることなのかもなあ。

 

 

 

 

「それもありかも」の反対は

「すべき・すべきじゃない」

という考え方だと思う。

 

今現在、

「すべき・すべきじゃない」という

考え方を採用している方々は、

背景があってのことだと思うから、

それがいいと思う。

 

ただ、

「すべき」と「すべきじゃない」の間には、

いろいろな選択肢があって、

それはそれでありだと考えてみるのも

またいいと思う。

 

「学校は行くべき」

でもないし、

かといって

「絶対に無理はすべきではない」

でもない。

行けたら行けたでいいし、

行けない時は、

その時できることを考えよう

くらいがいいのではないか?

 

「自己肯定感がないとダメ」

というよりは、

あったらいいけど、

絶対的なものでもないしね・・・、

くらいがいいのかな。

 

ストレスを感じた時に

コーピングを活用するのはいい。

おふろにゆっくり浸かったり、

誰かに話しを聞いてもらったり。

ただ、ストレスの元に挑むのも

いいよなあ。

努力したり、

話し合いをこちらから依頼したりと。

 

ぼ〜っとする時間は無駄

ってよりは、

ぼ〜っとする時間もあったり、
シャキッと行動することもあり、

「ぼ〜っ」から「シャキ」までの

いろいろな選択肢が、

あればあるほど豊かなことなのではないか。

 

「働く」もよし。

「働かない」もあり。

ただ「働かざる者食うべからず」という

メッセージの中成長してきた私にとっては、

「働かない」もありという考え方は、

なかなか受け入れられなかった。

 

とはいえ

AIがディープラーニングで

どんどんと仕事ができるように

なっていくこれから、

全員に働く場は

いき渡らなくなっていくらしい。

 

そういう情報の中、

「働く」と「働かない」の間の選択肢も、

想像力を使ってもっておきたいと

思う。

 

また、

「働きアリの法則」は参考になる。

 (以下wikipediaより)まとめ。

 

 北海道大学の長谷川英祐氏の

 研究により、

 働きアリのうち、

 よく働く2割のアリが

 8割の食料を集めてくると

 わかったそうだ。
 しかも、よく働くアリのうち、

 本当に働いているのは全体の8割で、

 残りの2割のアリはサボっているとのこと。

 

 働くアリと働かないアリの差は「腰の重さ」、

 専門的に言うと「反応閾値」(はんのういきち)

 によ流んだそうだ。

 アリの前に仕事が現れた時、

 まず最も閾値の低い(腰の軽い)

 アリが働き始め、

 次の仕事が現れた時には

 次に閾値の低いアリが働く、

 という形で、

 仕事の分担がなされている。

 仕事が増えたり、

 最初から働いていたアリが

 疲れて休むなどして

 仕事が回ってくると、

 それまで仕事をしていなかった

 反応閾値の高い(腰の重い)アリが

 代わりに働きだす。
 疲労が存在する以上、

 一見サボっているようにみえる

 アリの存在が、

 コロニーの存続に

 大きな役割を果たしている。

 仮に全てアリが同じ反応閾値だと、

 すべてのアリが同時に働き始め、

 短期的には仕事の能率が上がるが、

 結果として全てのアリが

 同時に疲れて休むため、

 長期的には仕事が滞って

 コロニーが存続できなくなることが

 コンピュータシミュレーションの

 結果から確認されている。

 閾値によっては

 一生ほとんど働かない結果となる

 アリもいるが、

 そのようなアリがいる

 一見非効率なシステムが

 コロニーの存続には必要だという」

 

なんとまあ!面白い。

 

もし全員で働いてしまって、
留守のコロニーに敵が襲来したら
打撃は大きいし、
もっといい食料が見つかったとしても、
全員で一直線に前に見つけた食料のために
働いていたら、
もったいないことになるんだそうだ。

つまり、働かないことにも意味がある。

 

なんてことをそのまま、
「だから人間の組織も・・・」と短絡的に
考えるのもどうかと思うけど、
「働く」「働かない」の間にも、
相当多彩なグレイがありそうな気もする。

 

 

白と黒の間に

無数にある

グレイ。

 

いろいろなグレイを

見つけたいなあ。

 

私に関わってくださる方々の、

多彩なグレイも見つけたい。

 

(関係ないけど、

 タートルもグレイが好きだわ)

 

 

 

面白いなあ、

ゆるーい捉え方。

 

そんな今年にしたいなあ。

今年はついに還暦イヤー。

いろんなグレイを楽しむぞ。

 

 

 

昨年中は大変お世話になりました。

今年もよろしくお願いいたします。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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不寛容の背景

【2019.12.20 Friday 08:59

10月の終わりに見た

フジテレビの「ボクらの時代」のことが

ずっと頭にひっかかってる。

 

キンコンと又吉さんの鼎談の中での言葉が

ずっとぐるぐるとしているんだ。

 

西野さん「知らないとか、理解できないの先に

     嫌いがある(時代)」

又吉さん「共感できる と 好き が一緒になってる」

 

今、そんなことになっているのは、

なんとなくわかるけれど、

なんか、

残念だなあ。

 

そこには対話がないように思う。

 

 

もちろん

「好き」とか「嫌い」という感情も、

大切な感情だ。

 

「好き」は関わりを促進する感情。

脳が、

「そのコトやそのモノ、その人に

関わっていると、

あなたは気持ちいいんだよ」と

いうことを教えてくれる感情だ。

 

 

「嫌い」は、脳が

そのコトやモノや人と、

近づきすぎて痛い目に遭わないように

自分を守るための感情。

(実際、私も

 はずきルーペのCMから

 自分を守るために、

 即チャンネル変える)

そのコトやモノや人と

適切な距離を取らせるために

自分に送ってくれている

メッセージのようなものだろうか。

 

とすると、

西野さんの発言によると、

「知らない」とか

「理解できない」

コトやモノと人とは、

対話がなくなってしまう・・・。

遠ざけることになるわけだから。

 

 

 

 

このことを

ちょっと考えたくなった。

 

そのために、

自分にとって衝撃的だった、

つまり

「それまで考えもしなかったことや考え方」

に対しての

自分の反応を振り返ってみる。

 

 

古い記憶の方からいうと、

1997年の、

確か終戦記念日に放送された

「筑紫哲也のニュース23」の中で、

17歳の少年が発言した

「なぜ人を殺してはいけないのですか?」

という問いだ。

 

この日は戦争について、

東京と沖縄(という記憶だが、あやふや)の

17歳の男女が語り合うもので

その途中に出てきた言葉。

この問いにコメンテーターの方も凍りついたが、

私も夫も、言葉が出なかった。

しばらくして

夫が、

「パンドラの箱を開けちゃった

 って感じだな」

のようなことを言い、

私も同感だった。

 

そこに疑問を持つことに

ショックでビックリして、

当時すでに36〜7歳だった自分が

この問いに

まっすぐには答えられないことが

情けなかった。

 

その時の自分のことを思い出すと、

自分にとっては

「人間として生きていくことの前提」

のようなことに疑問を持つ

その17歳の背景が知りたいと

考えたと思う。

 

そして、その問いの自分なりの答えを

見つけないと・・・と思ったものだ。

 

当時、

このコトは大きな話題で、

確か社会学者や哲学者も

このことをテーマにした本を書いていたし、

高校の小論文のテーマとしても

取り上げた学校があり、

関わっていた子どもから

相談を受けた記憶もある。

 

 

 

 

 

2つ目は、

湾岸戦争。

 

その頃私は

祖父が入院してた高齢者対象の病院に

仕事の行き帰りに寄っていた。

玄関入って、すぐのロビーにテレビがあって、

その画面に

夜の空と、

その中で時々光る赤く早い光が映っていて、

そんな風に戦争の始まりの実況中継を見ることに

なるとは!と衝撃だった。

 

あの時は、

イランやイラクなど中東のことや

中東とアメリカとの関係も

あまりにもわからなすぎた。

わからなすぎて、

始めてしまったブッシュに対しての何かの

激しい感情というよりは、

困ったことになったなあという

ぼんやりとしたネガティブな感情。

 

確か9・11の時も

この時と同じような

落ち着かないような心持ちになり、

それは

戦争やテロを起こした人や考え方やグループを

「嫌い」というものとは

私自身は違ったと思う。

 

ただ、なぜこういう事が起こっているのか

知りたいとは思った。

 

 

 

3つ目は

東日本大震災での

 原子力発電所の事故と

 その後の原子力発電に対しての行政。

 

私は3月12〜13日が仕事で、

名古屋にいた。

2日間仕事に集中して13日の夜に

静岡に戻り

ニュースに映った街や畑を飲みこんでいく

津波の映像に驚いた。

東京の公共交通機関で帰宅できない方々

が延々と歩く様子も、

こういうことが起こるんだ!と

目が覚めた感じだった。

そしてそこから

原子力発電所の事故の様子が

刻々と報告される画面やインターネットから

離れられなかった。

 

確かに

浜岡の原子力発電所に

反対する署名活動では

何度も署名はしてきた。

しかし、

では自分の暮らしはどうだったか?

最終処分場のことも、

誰かに任せ、

自分事とはせずに棚上げし、

なんとかなるような気になって、

電気を使い続けていることが

突きつけられた感じだった。

 

それと同時に、

一旦事故が起きてしまうと、

手がつけられない事態となり、

どうなってしまってるかも把握できず、

コントール不能になる原子力の怖さ。

 

私が理解できないのは、

あれだけのことが起こってなお、

原子力発電所を再開しようと

されている方々の考えだ。

 

それは「嫌い」なんだろうか。

 

うーむ。

難しい。

 

もし、再開を望む人々と

会うことになったとしたら、

「嫌い」と距離を置くより、

私は議論を選ぶと思う。

ただ、

そう考える背景を理解したいというより、

多分、

「考えを改めさせたい」と

説得したいがための議論だろうな。

 

それは「嫌い」とは

少し違うと思う。

 

 

 

 

4つ目が

津久井やまゆり園の事件だ。

植松被告の

「障害者は不幸を作ることしかできません」

という言葉。

 

私はもちろんそう考えていないし、

その考えには心の底から反対だけど、

世の中に、そう考える人がいることは

知っている。

 

5年くらい前に

若い頃毎日一緒に過ごした友人と

そのパートナーと一緒に食事した時、

彼が、

確か乙武さんに対して、

まだ彼の不倫事件が公になる前だったけど、

「障害者は生きている資格がない」的な

発言をした。

私と友人と彼の3人は

若い頃の一時期同じ会社に属していて、

毎日のようによく飲んだ仲間だ。

その間、一度もそういう話はしなかった。

あの頃は、もっともっと世俗的なことで

忙しかったんだな。

私は

自分の知人の中に、

そういう考えの人がいることが

ただただ衝撃で、

彼がいつからそういう考えになったのか、

なぜそう考えるに至ったか、

まったく質問できなかったことが、

今となるとめちゃ悔やまれる。

 

ただ、そのことがあったので、

植松被告の考えは、

「とうとう、表に出てしまった」

というやばい感。

 

全く理解できないし、

理解したいとも思えないけれど、

その前の

性別違和を持つ方に対しての

「生産性がない」発言などとともに、

背景は知りたいと思う。

 

そういう考えに至るには、

そう考えざるをえないような

何かがあったのではないか?

 

 

そして直近では、

元農水事務次官の父親による

息子殺人事件を擁護する考えは、

私には受け入れられない。

 

それでも、

「だから擁護する人たちが『嫌い』」

というのとはちょっと違う。

 

行政の中の様々な書類を

 破棄させた考え方も、

同意なしの性行為を正当化しようとして

 いる記者やその取り巻きの人も、

理解はできない。

 

書いていて

やっとやっとたどり着いた。

 

はずきルーぺのCMに関しては、

単純に「嫌い」で、

あのCMを一生懸命作っている方が

いることもわかるけど、

私は「ノー」!!!

なんだけど、

 

そのほか、

ずらずら書いてきたことは

「嫌い」で片付けられない、

「怒り」があるんだな。

 

 

 

 

そこにあるのは、

「嫌い」というより、

「怒り」なんだな。

私の中には「怒り」があるんだな。

 

 

自分の中にある「怒り」の正体を

私はちゃんと見たいから、

知りたいんだろうな。

 

 

 

知らないで「嫌い」としてしまい、

瞬間的にシャッター下ろしてしまうことは

もったいないことがあると私は思う。

 

理解できない・知らない 

だから嫌い 以上!

という循環ではなく、

だからまずは知ってみよう

できたら理解しようとしてみよう

があって、

その先に

やっぱ

自分には理解できない、

距離起こう・・・

だとしたら、

ちょっと安心。

 

 

 

 

そういう時代とか、

そういう社会とか、

それを情けなく思ったり、

批判するってよりは、

まずは自分からだと

ほんと思う。

 

 

 

 

 

 

ハイタッチ!のカルクラ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor