日常 | 今のところではありますが…
「愛と誠」反芻デイ

【2019.05.14 Tuesday 17:50

「愛と誠」という漫画に、

幼い時にハマった。

 

 

いくつかの印象的なシーンの中で、

今も時々想起するエピソードがある。

 

 

愛の父親はある事件で汚名を着せられたが、

その事件の真相を話そうと

会見の場を設定した。

しかし、

真実がバレることを恐れた人たちが、

不用意に行動していた

愛の母親を誘拐してしまった。

父親は彼らからの取引に応じて、

会見をとりやめた。

返された母親に対し、

父親は「浅はかな真似をしてくれたな」と

責める。

 

その次の瞬間の愛の言動が、

子どもだった私にとっては

衝撃だったんだ。

 

優しくって、周囲をいたわり、

天使みたいな心の愛が、

なんと、

母親を罵倒したんだ。

 

謝る母親に対して、

「謝ってすむことではない」

とか、

「自分の夫の面目を丸つぶれにした」

とか、

「なぜ誘拐された時、夫の名誉を守るために、

 舌を噛み切って死ななかったのか」

とか・・・。

結構な剣幕で、結構なことを言う。

 

すると、それまで責めていた愛の父親が、

「そこまで言わなくても」と

母親をかばうのだ。

 

愛は、

「やってられない」のようなことを

つぶやき

家を飛び出る。

 

 

私は、驚愕!

そう驚愕って言葉がぴったりくるような

気持ちを味わい、

愛は一体どうしてしまったのかと思った。

 

 

続いて

誠が愛の言動を解説する。

 

誰かが憎まれ役をやらないと、

父の恨みが母親に集中する。

もしかすると夫婦は

うまくいかなくなるかもしれない。

それを見越して愛が憎まれ役を熱演したと。

 

「自分は、

早乙女愛に対して、

ずっと悪役を演じ続けてきた

悲しい三文ピエロだから、

愛の気持ちがよくわかった」

と告白するんだ。

 

薄く見積もっても

40年以上前のことだから、

細かいところは勘弁してもらって、

大筋こんな感じで、

このシーンは、

初めて誠が愛に、

愛を告白するシーンでもあるんだけど、

私にとっては、

その前の、

「憎まれ役をやることで

 その場の弱い立場の人を守る」

という行為が、

なんというか、

神聖で、

尊くて、

美しくって、

高邁で、

演じるとしたら「いい子」しか

知らなかった自分に、

もう

本当、ズドンときた。

刺さった。

 

そのあと、

小説やドラマで

憎まれ役が登場するたびに、

「愛と誠」のこのシーンを

思い出してた。

 

そして、今日のNHK朝ドラの

「なつぞら」だ。

 

 

血が繋がっていない自分を

育ててくれた家族(北海道で)に

「東京に行きたい」という主人公。

 

草刈正雄演じる祖父は、

主人公を愛しく思うばかりに、

本当の家族になりたいし、

主人公の牛飼いという仕事に

期待していて、

だからこそ

「お前の顔は

 もう二度と見たくない」

と言い放す。

 

あ〜おじいちゃん。

なんてぶきっちょな

憎まれ役。

 

「申し訳なくていられない」

という主人公に

愛で溢れてる分かりやすい憎まれ役の

松島菜々子演じる母親は、

ビンタ!

 

「申し訳ないなんて

 言われるくらいなら

  憎まれたほうが、

 よっぽどましだわ。

  一人で苦しみたいなら、

  家族はいらないっしょ」

 

 

そんなわけで、

今日は

「愛と誠」反芻デイ。

 

 

人生の中で一度は、

誰かのために、

憎まれ役やれると

少しは大した人になれるとちゃうか?

なんて、今日は思う。

しかも誰にもばれずに。

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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自分のタイミング

【2019.04.23 Tuesday 19:52

私の住んでいる地区の

ビン缶など不燃ゴミの回収日は

朝6時から8時までの間に

決められた場所に持参する。

立会う人が通常2名で

それを見守る。

この見守り役は、

何年かごとに回ってくる。

 

今月はなぜか4名の方が

立ち会ってくれていた。

 

ペットボトルは

ラベルをはがし水洗いして踏み潰し、

缶はアルミとスチールを別に、

ビンは色ごとに分けてコンテナーに

入れる。

 

見守り役は

何年か前までは、

前の晩から出してあったものを

分別することで最初の30分くらいは

忙しかった。

 

その日、

私は6時になるとすぐに

出しに行ったが、

立会う人たちは、

すでにおしゃべりをしていて、

つまり時間を持て余している感じで、

それは4人いたからという訳ではなさそうで、

というのは

回収されているビン缶など、

量が圧倒的に少ないのだ。

 

最近は、

スーパーマーケットの

常時オープンしてる回収場所に

出す人が多いんだと思う。

 

私も、時々はそこに出す。

 

古新聞も同じで、

以前は、

自治会が回収して活動費にしていたので、

その日に出したり、

引き取りを仕事にしているNPO法人の

回収日に家の前に出したりしていたが、

最近は、

いろいろな場所にできた古紙ステーションに

出してしまうことが多い。

 

なぜそうするのか?

 

私の場合は、

「自分のタイミング」だ。

決められた日に合わせて出すのではなく、

出したい時に出したいんだ。

 

きっと多くの人が、

そうじゃないかと思うのだが、

どうなんだろう?

 

考えてみると、

いろいろなことで、

相手に合わせるのではなく、

自分のタイミングでできることが

多くなっている・

 

テレビの番組も、

とにかく録画をしておいて、

自分のタイミングで、

しかもCM飛ばしてみる。

 

 

今度初の

スクールカウンセラーなどが集まる

大人数の会議に参加した時も、

それぞれの机の上には水筒があり、

休み時間を待たずに

それぞれのタイミングで飲む。

 

会議の中で分からないことがあったが、

その言葉をメモっておいて、

休み時間に調べる・・・

ではなく、

机の下でスマホで検索。

私はそうした。

決して

会議や話している方を軽んじているわけではなく、

そこでつまづいているより、

そうした方が会議の内容は

私にとってはより意義深くなる。

 

 

我が家は、人間は二人しかいないし、

一緒のタイミングで食べる方が効率的なので、

(いや効率的だからというより、

 私が一緒に食べたいからなんだけど)

そうしているし、

なにしろ昭和だから、

家族全員一緒に食事が当たり前の中で

育ってきたけど、

今、塾があったり、部活があったり、

残業があったり、

働き方改革で逆に早かったりで、

家族全員一緒に食卓を囲まない家庭も

多いだろう。

一緒にとなれば、

みんながその時間にちょっとずつ努力して

合わせるのだけど、

そうではなく自分のタイミングを

大切にできているんだと思う。

 

電話もそうだ。

自分が自分のタイミングを大事にしているから、

相手に煩わしい思いをさせたくなく、

まずラインで

「電話したいけど、今日空いている時間ある?」

と聞いてからにしている人は多いと思う。

 

 

 

さて、

今年度も私は小学校中学校高校で

スクールカウンセラーとして活動してる。

スタートして約3週間。

慣れるスピードは人によって違うけど、

3週間経つと、慣れたとは言えなくなても、

だいたいどんな感じかは、

ちらっとはわかってきた頃だろう。

 

わけがわからない時は

緊張でいっぱいだったとしても、

ちょっとわかってきただけに、

「違い」や「合わない」など意識することもあり、

それがしんどさにつながっている子もいると思う。

 

その中で、

学校の、

学年の、

クラスの、

班の、

隣の子の

タイミングに合わせないとならないことは、

疲れるだろうな。

 

何しろ、自分のタイミングを優先できることが

いっぱいある中で生活をしてきていて、

折り合いをつけるトレーニングの機会は、

年々少なくなっているんだもんなあ。

 

 

そう考えると、

みんな、よくやっているんだよなあ。

 

 

なんとかかんとか頑張ってきて、

世間はあと3日でGW。

私はあと4日で。

 

 

社会のタイミングに合わせて

ガンバってきた人が、

少し緩めるといいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもここで会う、

おやつをくれる男性が、

今日はいなかった。

彼を待つカルクラ。

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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正しいことを口にする時。

【2019.03.16 Saturday 02:28

静岡駅から新幹線に乗ると、

隣の座席の青年が電話でしゃべっていた。

 

注意しようかな?と考えながら、

そのうち切るだろうと、

そのままにしていた。

 

読書に集中していたので

気にもならなかったが、

フッと気づくと

三島をすぎても話してる。

 

居心地悪くなってきた。

 

ここは

大人として

注意した方がいいだろうか。

しかし、自分だって若い頃、

電車の中で友達と騒いだ記憶がある。

マナー違反なんていっぱいしてきた。

自分のことを棚にあげるの、

かっこ悪いなあ。

しかも

注意して逆ギレされても嫌だしなあ。

それに今しとかないとならない話なら、

仕方ない。

そう思っとこうか・・・。

 

なんて考えながら

聞き耳立ててみると、

横浜の大学に入学が決まったようで、

この春から一人暮らしをするらしい。

どういうバイトをしようかと

友達に相談してる。

 

って、それ、

今じゃなくてもいいじゃん。

 

私はノートに

「新幹線の中でスマホで話す時は、

 デッキでね!」

と書き、

肩をチョンチョンとした。

びっくりした様子で

こっちを向いた彼にそれを見せると

困った顔でぺこんと頭を下げ、

すぐに電話を切った。

私は、

「喋りたいの、わかるけど、

 切ってくれて、ホッとした」

と言い、

読書に戻ろうとした。

 

と、

彼はSNSだろうか、

めっちゃ入力してる。

 

もしかして私のことをディスってる?

Twitterで

「隣 ばばあ 文句」と検索してみた。

出てこない。

「ばばあ」を「おばさん」にしてみた。

出てこない。

「うるせえ ばあさん」にしてみたが、

出てこない。

 

ラインで友達との間では

いろいろ言ってるかもしれないけど、

公につぶやいてないのが、

いいヤツに思えてくる。

(それとも、私の検索能力が低いのか!)

 

とにかく

私は無事読書に戻った。

 

その後、

横浜駅で立った彼に

「素直に聞いてくれて、

 ありがとね」

というと、

「すいませんでした」

と言って降りてった。

 

後ろ姿を見送りながら、

私が若い頃だったら?と考えてみた。

 

私だったら

席を移動したと思う。

気まずくって

いたたまれなかったと思う。

 

指定席ってのもあったと思うけど、

あの席にとどまった彼。

 

とどまれるってすごいなあ。

 

これから、

いろいろな人に

いっぱい

いろんなことを教わるんだろうな。

自分のことを正当化したり、

マナーに反抗したり、

常識を疑ったり、

私もそうだったように

きっと周りに迷惑かけながら、

恥ずかしい思いもしながら、

ゆっくり大人になっていくんだろうな。

 

 

 

それにしても、

正しいことを言うのって

難しい。

 

 

以前、自治会の組長の時に、

組内のアパートに越してきた若いカップルに

「組に入って欲しい」と伝えにいった時の

苦い思い出。

 

 ゴミ、出しますよね?

 びんや缶やペットボトルも

 出したいですよね?

 災害の時の避難場所などの確認を

 回覧板で回しますが、

 それなくていいんですか?

 組費はかかりますが、

 近くに住む者どうし、

 何かあった時には助け合うんだし、

 組に入った方がいいんじゃないですか!

 

 

面倒臭そうな相手の表情を見ながら、

それでも説得をしながら、

ふっと途中で浮かんだのは、

詩人吉野弘さんの「祝婚歌」の一節だった。

 

「正しいことを言うときは
 少しひかえめにするほうがいい

 

 正しいことを言うときは
 相手を傷つけやすいものだと
 気づいているほうがいい」

 

思い出せてよかった。

私はその後、

ちゃんと詫びることができた。

 

 ごめんなさい。

 なんか、熱くなっちゃいました。

 もし入ってくれるなら、

 書類に記入して、

 うちのポストに入れておいてください。

 入らないなら、

 この書類は処分してくださいね。

 

この件を夫に言うと、

「あなた、東京で一人暮らししてた時、

 勧誘されたら入ってた?

 入らないでしょ」

 

本当にそう。確かにその通り。

そういうもんだわ、若い時って。

 

 

 

正しいことを言うのは、

難しいなあ。

「自分が正しい、相手が間違ってる」

「間違ってる相手を正したい」

という思いでいっぱいの時は

「正論」を武器にして

戦ってしまっている可能性に気がつこう。

相手に

「マナーに反する非常識」

「周囲に合わせられない未熟者」

などとレッテル貼ってるうちは、

発信するのを控えよう。

 

レッテルを剥がし、

「そういう人」ではなく、

「その行動」に的が絞れた時、

発信し時なんだろうなあ。

 

 

 

4月になると、

新人さんがいろいろな場に入ってきてくれる。

緊張でいっぱいだろう。

不安もあるだろうな。

せめてその場に慣れている者は、

正論を振りかざし、

正しさで追い詰めるのではなく、

 

「正しいことを言うときは
 少しひかえめにするほうがいい」

 

を頭に入れておきたいな。

 

 

 

 

彼が隣で電話してくれていたおかげで

いろいろ考えたぞ。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

ホワイトデイに夫からお返しでもらった↓

何はなくとも「柿の種」!

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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雛と土筆とベーコンと。

【2019.02.17 Sunday 23:22

 

「NHK俳句」の中で紹介された

「雛飾りつゝふと命惜しきかな

          星野立子」

という句に

せつなくなる。

 

 

雛人形を飾るのは、年に一度のこと。

顔を包んでいた薄い紙を剥がし、

太鼓など小さな道具を丁寧に並べ・・・

としながら、

あと何回飾れるんだろうなどという考えが

ふっと頭に浮かんできたことを

詠んだのだろう。

その後で

何考えちゃってるんだろう・・・

などとハッと我にかえるような

そんな感じを

私はイメージしたのだが、

どうだったのだろうな。

 

 

 

この句が心に残ったのは、

少し前の休みの朝、

ベーコンを焼いていたら

夫が

「ベーコンを焼いてる匂いって、いいね」

と言ったことが関係していると思う。

 

私は

「そうだね。なんか幸せな匂いだよね」

と言いながら、

泣きそうになった。

 

いつか、

私が一人で残ってしまったら、

自分だけのための朝食を用意しながら

今日のこの時のことを思い出して、

泣くだろうなと

急に思ってしまったんだ。

なぜかその日のことが

ちゃんと想像できた。

 

すごく天気のいい朝で、

陽が降り注いでいて、

静かで、

温かいもので包まれているのに、

涙がとまらなくって、

でも

「ベーコンの焼いている匂いって、いいね」

という言葉と

そこから膨らむたくさんの思い出に

心の中でめちゃ感謝してる・・・

という一瞬が絵になって浮かんだ。

 

あるいは私が先に逝って

夫が一人でベーコンを焼きながら、

この日のことを思い出すのだろうか?

 

 

私の両親はとっくに亡くなってしまっているが、

夫の両親も一昨年昨年と亡くなってしまい、

なんだか寄る辺ない気もして、

命や死や生のことなど、

意識する機会が

ここのところ増えている。

 

夫の大切な友達が昨年暮に一人、

今年に入ってまた一人亡くなった。

夫は中高一貫の男子校で育ち、

彼らはその時からの友達で、

子どもから大人になる過程を

一緒に過ごした方々だ。

 

夫は

優しい人で、

決してひけらかしたりはしないけれど、

地味に

友達をすごくすごく大切にしてる。

だから2人の死は本当にキツそうで、

そんな彼の様子から

私もいろいろ影響を受けている。

 

ちゃんとしないとな!と思う。

 

 

 

昨日は

「静岡ロゴセラピー研究会」に参加した。

琉球大学の草野先生が

画面を通して、

難しい文章をわかりやすく解説してくれた。

「フランクルは

 全くどうしようもない ということはない

 と言ってるわけです」

という草野先生の声が

耳に残っている。

 

 

うん!

これから先の命がどうであっても、

一人残されても、

全くどうしようもないってことは

きっと、ないよなあ。

どうしようもなく困って寂しくて苦しくても、

全くどうしようもないってことは

ないように、

最期まで生きられるな、私。

 

そうするだろうと

少し自分を信じられる。

 

 

 

 

今日のNHK俳句のテーマは

「土筆」で

視聴者からの応募の中から

選ばれたものの一つに

「つくしんぼう

 みんなどうして

 いるのかな」

ってのがあった。

 

 

池江璃花子さんは、

今朝はどんな目覚めだったのだろう。

見守るお母様は

毎日どういう心持ちでいらっしゃるだろう。

 

NYにいる妹と姪っ子に

楽しいことがあるといい。

 

最近会えてない友人の腰の具合はどうで、

一緒に学んでる仲間は

今年はどういうチャンレンジを考え、

父方母方の親戚たちは、

季節の変わり目をどう過ごすのだろう。

 

私が関わらせてもらってる

学校の子どもたちやその親御さん、

先生方や相談員の方々の

日曜はゆっくりできたのか?

 

相談室に来てくださる方、

講座に参加してくださる方、

どんな夜を過ごしているのか?

 

心愛ちゃんの妹さんは

安心した環境の中にいるのか?

 

沖縄の県民投票まであと一週間。

どんな毎日になるのだろう。

 

パートナーとあまり良い関係ではない友人は

この時間、リラックスできてるか?

重い責任を背負って仕事をしている友人は

夕飯を食べたか?

 

病の中にいる知人、

送った本を読むエネルギーはあるか?

 

あ〜

みんな、

みんな

どうしているのかな?

 

 

 

夕方散歩しながら

夫が

「会いたいねって話しながら

 会ってない人がいる」

って言ってた。

 

会えるといいな。

会ってほしいと、

心から願う。

 

そして私も会いたい人には

会いにいこう。

 

 

 

 

 

昨年暮れから

義母のものを整理している。

たくさんの洋服とアクセサリーと

帽子とバック・・・。

ストッキングは、

封を開けてない新しいものが、

数え切れないほどあった。

それほどあったのに、

電線の入ったものや

右左で微妙に色の違うものを履いてたりした。

そうやって始末をして

子どもを育て家を守った彼女の人生を思う。

 

たくさんの物を残して彼女は旅立ち、

それらを整理して部屋は随分片付いたが

私の中には、

たくさんの義母がちゃんと残ってる。

 

 

私の両親もそうだ。

存在してくれていたら

それにこしたことはないけれど、

現実に存在するかどうかは

それほど重要ではないようにも思う。

 

それぐらい存在が濃い。

 

私も

そうであるように!

 

 

 

 

今朝の「NHK俳句」に選ばれてた俳句。

「人類も

 いずれは消えて

 つくしんぼ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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めざせ、ひとり駅そば!

【2019.02.01 Friday 11:37

自分の文字があまりにも読みにくく、

何年か手帳を持たず

全てをiphoneにお願いしていたが、

昨年からまた手帳に

メモるようになっている。

 

これ以上、字を汚くしたくない

 そして字を忘れたくない!

という理由が主なところ。

 

昨年は途中4月くらいから

つけ忘れが出始め危なかったが、

6月の終わりに

ある中学校の学校保健委員会で

「心の健康」について講師を務めるにあたり、

「感情は沸くけど

 感情に振り回されない選択肢を持とう」

という話をする講師が、それでどうよ?と

自分つっこみ。

再スタート。

ただ右肩あがりじゃないんだな、私。

また途中でだらけ、

だらけだらけながらも、

12月までなんとか続けた。

 

そして2019年、

今年も1か月、

無事続けることができた。

 

メモしていることは、

「何をしたか」

「気になったこと」

「忘れたくないこと」

「思いついたこと」

など。

 

 

√1月の初め頃メモしたことは、

「人は相反する二つの感情を

 同時に感じることはできないを

 体験」

アメリカに住む妹と姪っ子が帰国。

妹は15年ぶりの帰国だ。

彼らと2日過ごし、

彼らを見送り

もうさみしさでいっぱい。

あれもしてあげたかった。

これも食べさせたかった。

あそこにも行きたかった。

後悔も押し寄せる。

移動の車の中で泣けて泣けて・・・。

しばらくすると

午後からの仕事先の学校から電話。

連絡がとりにくかった保護者の方と

電話でき、

その日に来てくれることになったとのこと。

なんというか、

嬉しさややる気のようなものでいっぱいになって、

気がつくと、

エンジンをかけアクセルを踏んでた。

『よ〜し、ちゃんと話を聴くぞ〜」

 

ただ、仕事が終わり帰宅。

二人っきりの食卓では

またまたぶり返すさみしさ。

 

ウォルビさん、あなたの説はほんとです。↓

 

 

 

√一月2週めにはある中学校で

「アサーティブ」の授業をした。

終わりの挨拶をしてくださった教頭先生が

同僚とのコミュニケーション上で工夫している

ことを話してくれた。

その話を聞いている子どもたちは

しっとりという感じで、

きっと

「大人も苦労してんだな」

と安心したのではないかと思ったんだ。

そこから思いついたこととして、

「先生方へのインタビュー」を

授業の中に取り入れるのも面白いかも・・・

と思った。

やっぱ

身近な存在は説得力が違うもの。

 

 

√ある日のメモでは

古い服を引っ張り出して着ている

自分を分析してる。

「あまりもnewが来るから

 疲れちゃったのかもしれないな。

 またほおっておいた時期が長い分、

 新鮮さもある。

 そういうものをほりおこす作業は

 今年の私にはいいのかも

 夏に誕生日が来ると59歳。

 暦一巡の最後の歳だもんね」

ただそう書いた2週間後に

新しい服をセールで購入。

矛盾してるわ。

 

 

√1月25日は

脳科学者の中野信子さんの言葉の

要旨をメモった。

なぜ人はスーパーボランティアの

尾畠さんに会いたくなるのか?

という問いに答えて。

〜人間にはもともと誰かのために

 何か役に立つことをしたいという

 思いがある。

 でもそれを目一杯使ってしまうと、

 競争に負けてしまうかもしれないし、

 自分がどうなってしまうのか不安も

 ある。それでセーブしている。

 尾畠さんに会いたくなるのは、

 もともとの湧き出る自分の心に

 従っていいんだと

 素直に思えるからではないか」

これは非常にロゴに関する話題。

 

 

√少し高邁なことを書いた翌日

1月26日のメモに

「今年の目標の一つに加える」

と仰々しく宣言してるのが

我ながら残念な目標。

「ひとり駅そば実施」

(特に名古屋の新幹線のホームの)

 

 

√先週末行った講座では

講師の事例がわかりやすかったという評価も

いただいたが、

これもメモのおかげだな。

SNSで流れてくる言葉たちや新聞記事などから

講座で理解を促しそうな事例をメモしてるし、

自分の行動をアサーティブ的に、

あるいはロゴ的に説明するとどうなるか、

時々だけど、ほんと、時々だけど、

書いたりしてるのが

役に立てたのかも。

 

 

√1月28日毎日歌壇より

「苦しさはおのが心の主観なり

  エスプレッソはやさしく苦い」」

 

 

√今日書いたことは、

NHK-BS「世界ふれあい街歩き」

ワシントンDC編での

ひとコマ。

番組はホワイトハウスを見学していた

ある家族(ミズーリ州から観光で)

に声をかける。

その中の10歳くらいの少女の答えが素敵。

番組「ホワイトハウスの中で働きたい?」

少女「ううん。

   この中の人たちが私のために働くの」

「私のため」ってのは、

「私たちのため」って意味だろう。

公の仕事の意味を知ってるのは、

教育の力なんだろうか・・・。

 

 

・・・な感じでちょっとずつ。

忘れっぽくなってきた私を、

手帳よ、補ってくれたまえ。

 

さて2月へと。

 

 

 

 

 

1月30日は富士市で仕事。

前から行きたかった佐野菓子店さんへ。

ここのモンブランは私史上ベスト。

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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水仙の香りとともに。

【2018.12.31 Monday 15:54

2018年。

手帳にメモした心に残った言葉は、

いましめ系が多し。

 

 

「物事を単純化して伝えることの恐怖」

 1月14日放送の「ボクらの時代」の市川沙耶さん

 ニュース番組でキャスターを務めていた時のことを

 聞かれて。

→私も、単純化して何かを言うとき、誰かを

 傷つけているような気がしてならない。

 

 

「これを味わえるのは僕だけですから」

 (有馬記念 キタサンブラックのラストランに

  騎乗する武豊氏)

→緊張に巻き込まれないで、今の自分の状況に

 どういう意味があるのかを考えてる。

 

 

「大家族の中だと21通りのやり方を使うが、

  核家族の中だと6通りのやり方でいい。

  コミュニケーションの訓練の機会が

  核家族の中では少なくなっていく」

 (静岡市のスクールカウンセラー連絡協議会で)

 

 

「お母さんは怒ってたんじゃないの。

  悲しんでたの。

  我慢できないほど悲しいから

  怒ってることで

  悲しみを減らすの」

 (ドラマ「anone」)

→これ、無意識の中でやっている方は

 多いと思う。

 あんまり悲しかったり、不安だったり

 困ったり、寂しかったりすると、

 それをまともに感じちゃうとダメージ大きいと

 防衛本能が働いて、

 怒ってることにして攻撃することで

 自分を守る心の仕組み。

 それをドラマの中で、こうやって

 言葉にしてくれて、

 あ〜こう説明すればいいのかと

 すごく納得した。

 

 

 

「自己注目がうつの要因の一つって

 いうけど、大学教育で、大分学生に

 そう仕向けている気がするのだが。

 内省とか自己調整学習とか」

 (下坂剛氏 twitter より)

→ロゴセラピーの過剰自己観察のことだなあ。

 内省も自己調整学習も大切なんだけど、

 それだけのみでは困るんだな。

 バランスだな。

 

 

・「悲しい自分が見る景色は悲しい

 (朝日新聞折々の言葉・関川夏央氏)

→同じようなことを田口ランディ氏も

 「逆さに吊るされた男」の中で

 「あなたに闇があるんじゃない。

  私があなたの闇に意識を向けて

  いたということなの。私がそれを

  見ようとしていた」と。

 

 

「大筋で合意し何も決まらない」

 (毎日新聞万能川柳より)

 

 

・「フィルターバブル」

 (見たくない情報を遮断する機能のせいで、

  まるで泡の中に包まれるように、

  自分が見たい情報しか得ることが

  できなくなること)

→私のSNSは思い切り偏っていることを

 意識してないとなあ。

 

 

・「すぐ怒鳴る人はおちょこのキャパシティ」

 (毎日新聞万能川柳より)

 

 

「成功パターンは十人十色だが、

  失敗パターンは共通要素がある。

  『カミングアウトせずに、一人で

  抱えこむ』

  介護はネガティブな内容なので、

  どうしても口が重くなる。

  ストレスが雪だるま式に膨らんで

  つぶれやすい」

 (渥美由喜氏 毎日新聞)

→介護サービスを受けるためにしっかり相談する

 ことも大事。周りの誰かに助けを求めることも

 大事。ちょこっと愚痴るのも、すごく大事。

 時々、ゆっくりだれかに話しを聴いてもらって

 欲しい。

 

 

・「今のところ、すべて完璧!」

 (サッカーW杯でハーフタイムに昌子選手に

  声をかけた牧野選手の言葉)

→私も、ビビる後輩に、

 実施最中はそういう声をかける人で

 ありたいさ。

 

 

「私ってほんと、勝手。

  子供が遊んでばかりいると、

  なんで遊んでばっかり!とキレるし、

  家にいると、なんで友達と遊ばないの!

  とキレちゃう」

 (フードコートで隣に座ってた女性の会話)

→なんか、私はすっごくわかって。

「そんなに自分を責めなくていいよ」と

 声かけそうになった。

 もちろん抑えた。

 でも、その方が、そうして

 日頃を振り返ってる彼女が

 愛しくって、愛しくって。

 「甘いものでも食べな」

 って言いたかったけど、

 我慢した。

 

 

・「会議中言えばいいのに飲んで言う」

 (毎日新聞万能川柳)

 

 

「なんか、違和感がある」

 (私の夫の言葉。

  TVのCMで夫が家事を手伝ったことを

  妻が「ありがとう」と言うシーンを見て)

→彼の中では家事はもう当たり前で、手伝うもの

 でもないってのが、我が夫ながらあっぱれ。

 (と、こういう考えも彼にとっては

  違和感なのかも)

 

 

「せっかくできたシワだからさ、

  もったいないじゃない」

  (樹木希林氏)

→ほうれい線が気になってたけど、

 そうだよなあ、58年かけて作って

 きたんだもんなあ。育ててやるか、シワ。

 

 

・「優しさでやっつけろ」

 「優しくない人にも優しくしろ」

 (小学生の時、いじめられて帰ってきた

  レディガガに母親が言った言葉)

→そうだよなあ。そうありたいよなあ。

 真っ当な言葉に背筋が伸びる。

 

 

 

「グレートの最大の敵はグッド」

 (ミッシェル・スミス氏

 「奇跡のレッスン」ソフトボール編)
→これイタかった。なんで私のそのこと、

 知ってるの?と考えたのと同時に、

 それ私だけではなかったんだ!とも思う。

 失敗したり、ダメだしもらったり、

 めちゃクチャ凹むと、必死にそこから

 何かを学ぼうとして、

 つまり悔しさは原動力になるけれど、

 まあまあの出来だと、それでよしとしてしまう。

 危機感は準備につながるけど、

 ちょっとした成功体験は、単純な繰り返しを呼び、

 「こんな感じでいけるか!」的な考えが

 どうしてもちらつく。

 あ〜2018年最後に出会った言葉が、

 これ。

 

 

これらが、

引っかかったということは、

2018年の私には

必要だった言葉だったんだと思う。

 

噛み締めます。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、

今年は

義母をなくしました。

喪中でもあり、

お正月の花は静かな水仙にしてみました。

そしたら

なんと清々しい香りだこと。

 

 

清々しい香りの中、

2018年も

無事に締めくくることができたことが

本当に本当にありがたいです。

 

みなさま、

いろいろお世話になりました。

 

お世話になっただけではなく、

この一年の間に、

私の何かで、

傷つけてしまった方がいるかもしれません。

私、全く悪気はないんだけど、

それでも私の何かで、

いやな思いをされた方もいると思うんです。

あ〜申し訳ないです。

 

年が変わるのを機に

許してくださいとは

あまりにムシがよくて言えないけど、

また関わってもらえたら、

とお願いするのみです。

懲りずによろしくお願いします。

 

 

今年もお世話になりました。

 

2019年、

良い年にしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

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飛んでった10月。

【2018.10.29 Monday 08:04

10月も終わる。

ほんと、いろいろあって、

10月は

飛んでった感じだ。

 

 

<エピソード1>

12日の金曜日夕方、

磐田市の小学校での講演を終え帰宅すると、

いつものようにカルとクラが

私の帰宅を喜んでか、ほっといた不満爆発か、

とにかく飛びついてきて、

とくにクラは私の顔の辺りを舐めまくった。

その瞬間、

ヤバっと思う。

 

耳を触るとピアスがない。

 

後ろのキャッチは残っているが、

大切なゴールデンパール、

結納の少し前に母が買ってくれた

リングとネックレスとピアスがセットになったもの、

いわば形見と言っていい

ピアスのゴールデンパールの部分がない。

 

え〜〜〜〜!まじですか!

と叫びながら、

その辺りをめちゃ探す。

 

一応、

車に戻って、車からの経路をたどりながら探す。

 

が、ない。

 

小学校の体育館で

ジャケットをぬいだ時かもとか、

いろいろ考えながらも、

クラが飛びついてきた時の

ヤバっと思った、

あの感触で、

心のどこかでクラの仕業を考えてた。

 

夫帰宅後一緒に探してもらうが、

ない。

 

夫はネットで調べて

犬が飲みこんでしまった場合を調べる。

 

ピアスの針の部分で

大きなことになるかも・・・情報に、

とにかく朝一で病院へ!ということに。

 

 

はい、ありました。クラの体の中に。

 

 

胃のあたりは過ぎているので、

大丈夫という見立てに

ひとまず安心。

あとは翌日の排泄物に注意せよとのこと。

 

 

で、出てきました。↓下

 

がーん、一回り小さくなっている。

 

パールはカルシウムで、

クラの胃酸?によって

消化されてしまったらしい。

 

しかし、このピアスは不死身だ。

どんなになくしても

必ず戻ってくる。

 

 

 

<エピソード2>

京都に出張した時に

仕事の前にパンを買ってしまった。

しかも気になっていたパン屋さん2件まわり、

しかも、バケットやらカンパニューやら

がさばる物を結構な量買ってしまい、

さすがに講師がこれ持って会場に行くのはどうかと考え、

風呂敷屋さんに入った。

 

風呂敷を袋みたいにする使い方を習っていると、

4人の欧米系の私くらいの年齢の女性たちが

「自分にもやれせてくれ」

「自分の選んだ物でやってみてくれ」

など大賑わい。

6枚売れていた。

 

貢献してしまった。

 

 

 

<エピソード3>

静岡県東部の小学校で講演をした後、

急いで戻り、

カルクラの散歩をし、

翌日朝早くからの仕事で前泊するため移動をしようと

新幹線のホームについた途端に、

山陽新幹線の駅で事故があり、

その影響で東海道新幹線も当分動かないという情報が。

 

えええ〜!!!どうするんだ、私。

 

ホームにのぞみが滑り込んできて、

そのまま動かず。

 

スマホの充電は切れそうで、

情報も得られない。

 

「感情だだ漏れ注意報」を

発令しそうだったが、

そこは

冷静に考えて、

「明日朝一番の新幹線で行くと

 会場準備に10分ほど遅れそうだが、

 講座の開始時間には必ず間に合う」と確信。

仕事の関係者に連絡をし、

一旦家に帰ることにした。

 

その間、

静岡駅には、

切符払い戻しの長い列ができていて、

私も判断するまでに時間がかかったので

20分ほど並んだ。

その間、私は心から感動していて、

誰一人、見苦しい行動を

している人がいなかったからだ。

駅員さんに詰め寄る人もいないし、

やけになってるそぶりの人もいない、

何人かのグループの方々も

大きな声で文句を言っているわけでもないし、

待合室の充電のところは、譲り合って使ってる。

 

なんか、すごい。

すごい、みんな。

 

 

 

<エピソード4>

10月は小学生や中学生、

また大人向けにも、

講演講座の講師を務める機会が多かった。

 

ある時、

小学校5年生に授業をしたあと、

その場で、子ども達が授業の感想を書いてくれた。

「心の健康」がテーマの授業。

 

 ネガティブな方の感情もダメな感情じゃないよ。

 どんな感情もあなたの大切な感情だよ。

 ただ、行動は選ぼう。

 自分を生かす方向の選択ができるといいね。

 とはいえ、ネガティブな感情を

 心の中に溜め込んでしまうと、

 時々苦しくなってしまうから、

 マネージメメントも大事だよ。

 そのひとつが相談。

 友だちに相談しても、もやもやしてたら

 大人に相談するのもいいよ。

 (もちろん子どもにわかる言葉で)

 

子ども達が床に置いた感想用紙に向かって

真剣に鉛筆を動かす様子に、

なんだか涙。

私の話を聞いて、

こんなに真剣に何かを書いてくれてる!!!

 

この小学校の5年生には毎年この時期、

もう7年も

ほぼ同じ話をしている。

そのあと、保護者の方にも授業の意味や、

家庭での子どもとの接し方について話す。

 

すると、

一人の保護者の方から、

「今5年生の子の姉が二人いて、

 二人ともこの授業を受けている。

 長女の方が高2で、

 この授業を受けて心理に興味を持ち、

 今大学の心理の学部を目指して勉強している」

と教えてもらった。

 

わたしゃ、

ありがたくって。

ありがたくって。

 

 

 

<エピソード5>

義母の納骨も行った。

 

この間毎日、

祭壇へお膳をお供えした。

「お精進で」と葬儀会社の方には

言われていたが、

そこは、すみません、

私たちと同じもの。

バケットとチーズと生ハムの日もあれば、

おでんの日も、

焼きそばの日もあった。

夫は木曜ごとに塔婆を表にする。

 

お膳をお供えするたびに

義母とはいっぱい語り合った。

 

今まで思い出さなかったことも

思いだした。

 

例えば食べ残しのこと。

義父母と夫と私で食事をしている時、

その時は私の作った

コロッケかなんかだったと思うが、

それが大きかったんだと思う。

義母は1個食べ、

2個目を半分食べて、

「食べられなくなっちゃった」と

大皿に戻した。

正直、私は、心の中で、

「大皿に戻さないで〜」と思った。

それを夫がすっと手を伸ばして取り、

普通に食べたのだ。

 

お膳を供え、お線香をあげながら、

「食べ残しを食べるまでには、

 親子にならなかったね」

まだそこにあった

骨壷に話しかける。

 

納骨が終わり、

位牌が仏壇の中に入った。

 

こうやって一つ一つ喪の作業を

積んでいく。

 

 

 

<エピソード6>

妹と妹の子が

年末年始に帰ってくることになった。

 

ここからは

そのことで忙しくなるんだと思う。

 

嬉しくって

幸せな

忙しさだ。

 

 

 

 

平成最後の秋は、

そんなこんなで

深まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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蚊と。

【2018.09.16 Sunday 22:32

14日の朝5時、広島のホテルで目が覚めた。

朝早くからの研修講師の仕事のため、

前泊していた。

 

夫から

夜中にラインが入っていて

「母が亡くなりました」

とあった。

 

びっくりして、

心臓はばくばくして、

頭は固まり、

すぐに夫と連絡を取った。

 

 

夕方16時半までの

1日研修の講師の仕事はやり遂げた。

義母は(一昨年亡くなった義父も)、

私の仕事を応援してくれていて、

特に彼女は

私の仕事の話を聞きたがってくれたものだ。

私は、この日の報告も、

帰宅したらめいっぱいできるように、

すべての瞬間を心に焼き付けるよう

集中することができた。

 

 

義母は5年前から

グループホームで暮らしていた。

私と夫は月に一度会いに行っていたが、

ここ2年ほどは、私のことはわからなかった。

ここのところは夫のことも

わかったり、わからなかったり。

食事もあまり取れなくなっていて、

うつらうつらしていることが多かったから、

覚悟はしていた。

 

14日金曜の夜10時、

帰宅すると、

穏やかな顔で彼女は横たわっていた。

 

91歳。

 

すべてのエレルギーを

使いきるようにして

義母は逝ってしまった。

 

 

義母と初めて会ったのは、

夫と結婚する前、

夫の祖母のお通夜だった。

笑顔が柔らかい、

優しい印象。

 

夫と結納をすませ、

その2週間後に私の母親が脳梗塞で倒れ入院。

夜、仕事を終えて見舞いに来てくれた夫は、

「うちの母親から預かってきた」

と私に靴下をくれた。

ピンクの靴下だった。

病院で泊まり込んでいる私の足が

冷えないようにと考えてくれたんだと思う。

 

 

母が亡くなった後、

義母の前で

病院への恨みや、

自分のいたらなさを、

わあわあ声をあげて

泣きながら話して、

目は腫れたが、

全部吐き出せスッキリしたことも

しっかり覚えている。

 

 

そうして

夫と結婚し、

彼女と家族になって、

会えば会うほど、

彼女はいろいろな面を見せてくれた。

 

 

びっくりしたのは、

義父母、夫の姉夫婦と私たちで

家でお寿司の出前をとっていただいた時だった。

彼女は真っ先に

「いくらいただきます」

とお皿にとった。

 

私は

「男が先。特に嫁、母親は最後」

的な家で育っていたから、

びっくりして、

そしてすごくすごく嬉しかった。

 

ケーキも和菓子も、

真っ先に彼女が選び、

最後の一つも

「いい?」ってみんなに聞いて

みんなは

「どうぞ」と言い

にっこりして食べた。

 

私は、このことが、

なんか自慢で、

「うちのお義母さんね」

と友達に話していたと思う。

 

 

 

ず〜っと前のある時、

二人でバス旅行に参加した。

何か勉強もかねているような、

そんな感じのバス旅行。

浜松方面に向かって走りながら

その勉強会の先生が

「セイタカアワダチ草は、

 いつの間にか日本に入ってきて、

 今ではそこら中に根を生やしてしまった」

のような説明をしてくれた。

それからも しばらくバスに乗り、

目的地に着いた時、

先生が、

「何か気がつくことありますか?」

と参加者に問いかけた。

すると

彼女は手を上げ

「ここにはセイタカアワダチ草が

 生えてません」

と言ったのだ。

私はその時のことを

今でも時々思い出す。

目の前にあるもののことを見ることは簡単でも、

ないもののことを思うのは、

それほど易しいことじゃない。

先生も

「よく気がつかれました」

と褒めてくれていた。

そういう義母だった。

 

 

年をとって、

デイサービスにお世話になるようになってから、

よくデイサービスに行く行かないでもめた。

行かせたい私と、

行きたくない彼女。

その時すでに

コミュニケーションの講師をしていた私は、

彼女とのやりとりは、

本当に本当に訓練になった。

もちろん、それはコミュニケーションの

問題だけではない。

彼女は元々年寄りっぽいことが嫌いで、

杖も絶対につかなかったから、

デイサービスでお年寄りの中にいることが

きっと嫌だったんだと思う。

 

おしゃれが好きで、

アクセサリーは絶対につけていた。

月に一度医者への通院の時、

出かける時になって

「くみちゃん、大変」

と。

何事かと思ったら

「ネックレスしてない」

と言った時は

本当可愛くてたまらなかった。

 

 

グループホームに入所して、

最初の2か月は

会いに行くことを禁止された。

久しぶりに会いに行った時、

「お義母さん。

 週刊文春と新潮、

 定期購読する?」

と聞くと、(それまでよく読んでいた)

「いいわ、いらない。

 そういうの読んで、

 楽しいとか、面白いとか

 そういうこと感じてしまうと、

 寂しいも感じてしまうから」

と言った。

2か月の間、

いろいろ考え、

どう自分を納得させようか、

あれやこれや思い悩んで、

その間、

なんとか楽にいるために、

いろいろ工夫したんだと思う。

ネガティブな方の感情を麻痺させるには

ポジティブな方の感情も

持たせない方がいいと、

自分を抑えこんだんだなあ。

その時のことを考えると

とってもとっても切なくなる。

 

 

 

 

昨日の夜、

お通夜やお葬式に流す動画のための

写真を選び、

棺に入れるものを探している時に、

また新しい彼女の姿を知った。

 

彼女がこれほど俳句をやっていたとは

知らなかったのだ。

 

「亡き母に 似て来し嫁と 栗を剥く」

 

「『お母さん』と 悩み抱えて 嫁(こ)の来る」

 

私のことを詠んでくれているものがあって、

涙が止まらなくなった。

 

 

そして、詠んでくれていて

本当によかった!と思ったのが、

「孫自慢 輪の外ひとり 残り蚊と」

 

紙切れに書かれてた。

 

いつか推敲しようと思ってたのかな?と

想像できる

紙切れにメモった感じのものが

いっぱい入った箱の中に、

ひっそりとあった。

 

義母は、

たったの一度も

「孫の顔が見たい」と言わなかった。

「子ども、まだ」とも、

「不妊治療進んでる?」とも、

とにかく

子どもに関すること、

ほんのちょっとも、

全く、

全然、

私に言わなかった。

 

そのことで

私がちょっとでも引け目を感じないよう

細心の注意を払ってくれていたと思う。

 

でも、孫がいないことで

さみしさを感じたことは

絶対にあったと思う。

だからこの句を詠んで

ほんのすこ〜し表現して、

ほんのすこ〜し

胸の中を、

もしも落ち着かせることが

できたとしたなら、

よかったなあと思うんだ。

 

そして、なんだか、その「蚊」に

そんな時のお義母さんと一緒にいてくれて

ありがとう!と言いたい気持ちだ。

 

 

 

お義母さんという人は、

本当に面白い人だった。

 

魅力的だった。

 

インスパイアされた。

 

お義母さんを通して、

私はいっぱい考えた。

 

いっぱい想像した。

そうさせてくれる人だった。

 

 

夫と結婚したら、

彼女がもれなくついてきた。

夫の母親が彼女で

本当によかった。

出会えてよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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リーダー

【2018.09.12 Wednesday 07:28

大坂なおみ選手がUSオープンで優勝し、

そのことは、

いろいろな視点でSNS上で話題になった。

 

そんな中、

テレビ番組の中で

彼女は松岡修造さんのインタビューを

受けていた。

質問のひとつ、

「窮地に陥った時

 どんな言葉を自分にかけていた?」(あやふや)

に対して

彼女が言ったのが

 

「You can do it」

 

これが、

私としては面白かった。

 

自分に言い聞かす

「I can do it」ではなく、

もう一人の自分から呼びかけるような

「You can do it」なんだなあ〜と、

 

勤務校の英語の先生や、

アメリカに住む妹に尋ねると、

私がそこに興味を持つこと自体に驚いていて、

 

「そういう時には

 『You can do it』

 が普通」

 

って教えてもらって、

 

ってことは、

英語のその感覚っていいなあと思ったんだ。

 

 

以前読んだ

田口ランディさんの本

「ありがとうがエンドレス」

(著者が一人暮らしを始める娘に

 送った言葉集)の中に、

 

「いま私って怠慢?
 はっとした瞬間に、
 どこからか元気な自分が現れて、
 がんばれ、
 もうちょっとだから、
 いまやっとこうよ
 って言ってくれる。
 その人が自分を育てるリーダー。
 一人暮らしをすると、
 その人と仲良くなれるよ」

 

という一節があった。

 

 

冷静になろう。

感情に巻き込まれずに

客観的に考えてみよう。

誰かがいないとダメではなく、

一人であったとしてもなんとかしていく、

つまり、「自分で考える」って

自分の中で

Aにしようか、

イヤイヤBのがいいかもと

話し合うこと。

一人暮らしをすると

その人と仲良くなるってのは、

アドバイスしてくれたり、

小言を言ってくれる人がいなくなるから、

「こういう時、どうしたらいいんだっけ?」

「もう一人の自分」

と話し合うことが

多くなるってこと。

 

田口ランディさんは

そういうことを

メッセージしたかったって思う。

 

 

それで

英語圏では、

普通にその感覚を

使っているとしたら、

とってもいいなって思ったんだ。

(そんな感覚もないほど

 無意識だったとしても)

 

 

 

 

ちなみに、

「You can do it」

を無意識に使っていたとしても、

その後のインタビューで、

「どこからか現れる元気な自分」が

大坂さんの中にいたことがわかった。

 

試合中、

セリーナ選手にも彼女の事情があるから、

審判に主張をせねばならない時間があり、

同時に、彼女の応援者たちが騒然とする場面で、

彼女は

それらに背を向け

壁の方を見ていたそうだ。

 

松岡さんは

「なぜ、背を向けていたの?」と質問した。

 

その時の答は

「私には手に負えないと思ったから 

 (そっちを)見ないで、

 次のプレイのことに集中していた」

と答えたんだ。

 

 

「手に負えない」って

自覚できるところが

本当にすごい。

 

それを、観客性にいる

コーチから指示されたのではなく、

自分の中のリーダーと決めたのが、

本当に素敵。

 

自分の感情に巻き込まれないで、

ちゃんと俯瞰して自分を見ていると思う。

 

 

 

大坂なおみ選手には

彼女を支えるチームの中に

ご家族や、コーチに加え

自分自身

(どこからか現れる元気な自分

 =リーダー)

もちゃんと入ってる。

 

 

 

 

 

人間だから、

いろいろな欲求がある。

またいろいろな感情も持つ。

 

緊張したり

怒りが湧いたり、

心配でたまらなくなったり、

めんどうだったり

恥ずかしかったり

辛すぎたり。

 

そんな時に、

 

リーダーが出てきて、

 

時々慰めをささやき、

時々励まし、

時々罵倒し、

時々共感し、

時々鼓舞する。

 

自分自身に対して。

 

 

 

そういうリーダーを

自分の中に持ち、

そのリーダーが

できるだけ的確な呼びかけを

自分にしてくれるように育てる

ってことが、

より良く成長していく

ってことなんだろうなあ。

 

 

 

私「もうちょっと食べたい」

リーダー「体重計に乗ってる自分を思ってみよ」

 

私「そうじ、めんどくさっ」

リーダー「本当にそれでいいの?」

 

私「仕事があるけど、とりあえず

  ネットで楽天に・・・

リーダー「締め切りまで あと1時間、

     いつやるの!」

 

 

58歳になっても、

まだまだ

リーダーに出てきてもらわないと

えらいことになる私だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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撃沈

【2018.09.10 Monday 08:44

昨日、私の仕事にとっては大きな試験があり、

受験をした。

解答速報と照らし合わせてみたが、

多分、ダメだったと思う。

 

昨晩は開放感!というよりは、

情けなさと悔しさでぐちゃぐちゃ。

 

自分のダメさを呪ったり、

「模試と全然違うやん」と問題のせいにしたり、

「やっぱ甘かったわ。ナメてたわ」と凹んだり、

「正解はそうでも、現場でそれは無理だよ」と

事例問題に文句いったり、

頭の中はいったりきたりで忙しかった。

 

 

落ち着いてる状態で解けば、

「なんでこれ選んだか?(笑)」的な苦笑な解答や

最後の最後まで迷って変えちゃったら、

前の方が正解だったという解答や、

不注意すぎるポカミスもある。

 

あ”〜ぐやじい。

 

悔しいけど、

これが実力なんだよなあ。

 

 

一晩たって、

今朝、カルクラの散歩を終え、

真っ青に広がった空を仰ぐと、

「また、1日が始まったな」

と思った。

 

 

そして仕事。

集中できることがあるって、

ありがたいことだ。

後悔や凹みに浸っている時間がなく、

切り替えることができた。

 

 

 

 

それで負け惜しみ?ついでに、

今回の経験でのいろいろを

まとめておこうかと思う。

 

 

受験を前にした9月4日。

交通事故を起こしてしまった。

「起こした」ってのは、

納得いかない言い方で、

私としてはぶつけられた印象。

 

信号が変わり、直進の車がなかったので

右折し、追い越し車線に入った直後に

左の後ろのタイアのあたりを、

駐車場から出てきて走行車線に入った車に

ぶつけられたのだ。

 

お相手は、すごく謝ってくれた。

駐車場から出ようとすると、

左折してきた車があったので、

待とうとしたら譲ってくれて、

思わず焦って

大きく回ってしまったということだった。

 

この日は台風の影響で仕事が早く終わったので、

「よーし勉強だ!」と張り切っていたところに

これ。

縁起悪!って思いながらも、

そうやって物事を

複雑にしてしまいそうになる自分を戒め、

 

ま、人間、

誰でもミスするから仕方ないかと、

淡々と事故処理を進めた。

 

しかし、

翌日、保険会社から

お相手が

過失割合を「2:8」と主張していると聞き、

混乱。

 

確かに私も動いていたわけだから、

「1」は仕方ない。

でも「2」はどうよ!

 

・・・とそのことに怒りと、

「あんなに謝ってくれてたのに、なぜ?」

という悲しみのようなもので、

そっちにひっぱられそうになる自分を

めちゃくちゃ自覚しながら

勉強をした。

 

 

いささか付け焼刃だけど、

10日間くらいは、

仕事から帰り、家事を終えた後、

夜中1時半くらいまで勉強した。

大学受験の時より集中はできてたかも

とさえ思う。

記憶力はめちゃ落ちたけど、

年齢を重ねることで

ついてくる力もあるものだ!

などと考えたりした。

 

 

・・・というように、

今回、

「受験」をテーマに、

勉強中〜試験会場で〜試験後と、

自分を、

めちゃモニタリングした。

これが結構おもしろくなっちゃう。

忘備録として書いておく。

 

 

 

 

試験会場で、

朝、

何と、

トイレで、

受験票を

床に

落とした。

 

「落とす」って何事?だ。

 

「うわっ、よりにもよって

 受験票落とすって、

 前触れですか?

 暗示ですか?

 何かしましたか?私」

と頭の中でつぶやきながら、

またまた複雑にしようとする自分を制し、

 

「重力重力」と言い聞かせ、

受験番号の席に着く。

 

 

すると、尊敬するスクールカウンセラーの方々が

同じ教室に3人いらっしゃる。

この方々と同じ資格に

チャレンジしようとしているのか・・・と思うと、

感慨&武者ぶるい&手の平に汗。

 

同時に、

合格発表はオープンってきいてるから、

私が落ちるのバレちゃうじゃん。

同じ教室でトライできるのはありがたいけど

恥ずかしいぞ・・・

と考える。

 

 

係の方からの説明や注意事項などが終わり、

試験開始時刻まで15分くらい、

そのまま、

何もせず、

じっとスタートの合図を待つ時間があった。

 

高まる緊張で手が震えてくるのを、

「あ〜私、緊張してるなあ。

 そりゃそうだよ。

 それだけ大切な試験だもん。

 ただ、このまま手が震えてると

 マークシート、

 はみ出しちゃってもいけないし、

 呼吸法をやってみよう」

と。

 

まずは、息を口をすぼめてゆっくり吐いて、

鼻から吸う。

3回繰り返し、息を吸いながら

体に力をこめる。肩を思いっきり上にあげ、

口をすぼめてゆっくり吐きながら

力を徐々に抜いていく。

集中を高める呼吸法だ。

すると、

す〜っと震えが止まった。

 

効く、効く。

よし、中三生へ受験前に授業をする機会があったら、

これは紹介必須だ。

 

 

 

頭の中に

受験に協力してくれた人々の顔が

浮かんでくる。

励ましあった仲間の顔も、

私のことを信じて

相談をしてくれる方々の顔も浮かぶ。

去年受験しようかどうしようか迷ってた時期、

ある小学校の5年生の授業に行き、

彼らが音楽発表会で緊張しながらベストを尽くそうと

頑張っている姿に背中を押してもらったことを思い出す。

そのあと、

私よりずっと年上の方が受験するって聞き、

そのことも力になった。

受験する資格の認定のために、

骨を折ってくださった教育委員会の方・・・。

 

考えてみれば、事故にはあったけど、

車をかすっただけで、

体調には何の影響もない程度に

ぶつけてくれた事故のお相手にも、

『ありがとう!」という気持ちがわいてきた。

 

夫は、

夜遅くまで勉強している私を

おそらく寝かしておいてくれようとして、

カルクラの朝の散歩を

毎日、

何の不機嫌さも現さずに担当してくれた。

 

 

 

係の方から

「始めてください」

と指示があった時は

温かい気持ちでいっぱいで、

ちょっと泣きそうで、

しかしすぐに、

問題に集中できた。

 

 

午前2時間のテストを終え、

ランチをとりながら、

自分モニタリング。

午後のために確認しときたい箇所があるのに、

午前の問題の中で、

正解かどうか気になる答にこだわってしまう私。

 

今は過去を振り返ってる時じゃない!と

自分にツッコミを入れるけど、

落ち着かない。

結局調べて、

「残り10分です」

と示された後で直した3問が

どうやら成功とわかりホッ。

しかし、ダメな部分も

それ以上に見つかってしまい、

これ以上こうしていると

もっと落ち着かなくなると判断。

ストップし、

午後のための

確認作業に入る。

 

 

午後2時間を終え、

午後は、全くもって手応えなし。

会場から駅に向かう途中、

今度は情けなさで泣きそうだ。

 

どうしよう、

どうしよう、

どうしよう。

 

がっくりしながら新幹線に乗ると、

受験関係の本しか持ってないことに気づく。

なんてことだ!

終わったら、

あれほど小説読んでやろうと思ってたのに。

終わった瞬間を、

あれほど待ち焦がれてたのに。

ご褒美の本を、

すでに4冊準備してたのに!!!

 

仕方ないので、

自己採点を始めてしまい、

一層落ち込む。

 

 

それが私の昨日。

 

はあ〜、だ。

ため息だ。

 

 

 

ただね、

今、改めて考えると、

受験には(多分)失敗したけれど、

得たものもあったさ。

 

それは、

学ぶことが楽しかったこと。

 

体験的に学ぶ楽しさは知っていたけど、

机に向かって勉強することの楽しさについては

びっくりだ。

 

わからないことがわかっていく時の

繋がっていく感覚は、

すごくワクワクするってこと。

 

そして

勉強したことと実践がいったりきたりして、

ストンと腑に落ちる感覚が

何にもまして得難いってこと。

 

さらに、

時間を忘れるくらい

勉強に集中することが、

まだまだ自分にもできるんだ!

ってわかったこと。

 

それは嬉しかったなあ。

 

考えてみると

エキサイティングな挑戦だったなあ。

 

これで受かってれば言うことないけど、

ま、

今日のところは、

受けただけでよし

ってことにしておいてやろう。

 

 

撃沈しても、

ただでは済まさない

これが年齢力かもな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor