今のところではありますが…
避雷針スキル

【2017.06.13 Tuesday 09:02

誰かから

感情をぶつけられることって、

ある。

 

 

子どもに

「塾、間に合わないよ。

 早くご飯食べちゃって」

と言ったら、

「何でお母さん、いつも怒ってるわけ!」

って逆ギレされたり。

 

後輩に仕事の依頼したら

「それ、自分の仕事ですかね・」と

キレ気味に言ってきて、

びっくりしてる間に、

過去のことまで持ち出して

不満をタラタラ浴びせられたり。

 

 

生きてりゃ、こういうこと、

あるものだ。

 

 

 

そんな時どうしたらいいかのヒントは

2つある。

 

ひとつは「どう対処したらいいか」方法を知ること

(これはアサーティブトレーニング応用編の

 メインテーマのひとつ)

 

もうひとつは、

「客観的になるコツ」を知っておくこと

だと思う。

 

今回は後者を取り上げ、

それを「避雷針スキル」と呼ぶことにする。

 

避雷針とは

雷による被害を避けるために立てる金属の棒。

 

相手からぶつけられた感情によって

必要以上のダメージを受けないために、

知っておくと良いと思う。

 

相手のネガティブなエネルギーを受けて

す〜っと地面に流すような、

そんなイメージかな。

 

 

 

人間の中には、

他者に共感する力があって、

それは、誰かが困っている時に

助ける行動をする優しさの元に

なっていたりする。

また他者の話を聞き共感することは、

その方の心を整理する手伝いにもなり、

人としてすごく大切な力だと思うけど、

それは時々、

高じると同感になってしまったりして、

相手の怒りや不満や心配を自分ことのように

考えてしまうことにつながり、

日常生活に支障をきたしてしまっては、

誰のためにもならない。

 

その場で瞬間の対応で

すり抜けられたらそれに越したことないけど、

そうもいかない時もある。

 

そんな時、

避雷針スキルを

思い出してくれるといいな。

 

避雷針スキルとは、

相手がぶつけてきた感情を

特定することだ。

 

つまり、

「この方は、

 〜〜〜の件に関して

 これだけ怒りが湧くほど、

 心配なんだな」

などと捉えること。

 

 

怒りって感情は

面倒で、複雑なものだ。

 

怒りは二次感情とか未分化の感情とか

言われているが、

それは怒りの奥に違う感情があるからだ。

 

 

サッカーの試合で点が決められず、

迎えに行った車の中で、

シートをボコボコけっている息子に対して、

「何やってんの!

 次がんばればいいだけでしょ」

と口に出す前に、

頭の中で

「この子は、

 シュートを外したことが

 悔しいんだな」

と言葉にした方が、

巻き込まれない。

 

営業がうまくいかなかったことに

めちゃ激高してる上司に対しては、

「〜〜の仕事が本当に欲しかっただけに

 残念で仕方ないんだな」

と頭の中で言葉にしておく。

 

 

これは

不安の感情にも効く。

不安は伝染しやすいから、

共感してるうちに、

なんとなく自分まで

不安定になってしまいそうに

なることもあるだろう。

 

 

でも

相手の不安は相手のもの。

 

頭の中で、

「目の前のこの方は

 〜〜のことで不安に

 なっている」

と明確に言語化することで、

相手と自分は違う人間なんだと

確認することができるから、

巻き込まれにくくなるらしい。

 

 

 

感情的になっていて、

それをぶつけられた時、

丸ごと受け止めちゃうと、

大きすぎて、

細い避雷針を通って地面に流すことは

出来ない。

「〜〜のことで困ってるんだ」

「〜〜に対して情けない思いを

 してるんだな」

避雷針に通るくらいの細さに

特定する感じにできるといいな。

 

 

それには、

感情のこと、

特に、

感情名を

いろいろ知っておくといいんだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「今日の人生」

【2017.06.05 Monday 18:12
益田ミリ
ミシマ社
¥ 1,620
(2017-04-20)

土日は盛岡。

 

盛岡駅の朝6時半オープンのカフェで

7時から、

増田ミリさんの「今日の人生」を

クスクスしながら読む。

勉強会の開場が8時半で、

それまでの間に読んでしまった。

 

日常の中のささやかで

見逃しちゃいそうな出来事を、

そ〜っと差し出してくれるような本。

 

もともと出版社ミシマ社さんの

ホームページに連載されていたものを

まとめたもの。(継続中)

 

「初めて

 電車の中で

 盲導犬を見ました

 足下で

 小さく伏せて

 いる姿を見ていると

 わたしはこれほどまでに

 誰かの役に立ったことは

 あるのだろうかと

 思った今日の人生」

みたいな感じ。

 

 

読んだら誰もがきっと、

自分の1日の一コマを

「今日の人生」と題して書いてみたくなると思う。

 

 

早速やってみる。

 

「会場に向かおうと、

 まずはリュックの右肩を背負い、

 左腕を通そうともたもたして、

 それでも

 やっと立ち上がりかけて

 『よいしょっと』と言いそうになった時に、

 隣に座っていた若い女性が

 すっと立ち上がりながら

 しなやかにリュックの右を通し、

 歩きながら左の腕を通す姿に

 見惚れ

 『よいしょっと』を飲み込んだ

 今日の人生」

 

ミリさんはこれを漫画で

描くから、いいんだよなあ。

 

 

「キャリーバックを引きずって、

 to goの一番大きいサイズを右手に持って、

 なんとかドアを開けたら、

 はずみで、

 プラスチックの蓋の飲み口から

 一滴溢れて道に落ちたカフェオレ。

 すごく綺麗に

 🌟に広がる!!!

 おっ!な

 今日の人生」

 

 

「狭いところが苦手な私は、

 ホテルのあまりの狭さに

 息がつまって

 『酸素〜』と言いながら

 窓を開けると、

 ちょうどその時着信音。

 知人が就活一次を通ったという

 ニュースに

 『よかったね』と返信して

 顔を上げると

 部屋がちょっとだけ

 広くなったような

 今日の人生」

 

「小さい文字でメモをとる。

 意外に読める字。

 今日の人生」

 

以上、

盛岡での

谷澤久美子「今日の人生」。

 

 

毎日いろいろなことがあって、

辛いこともあるし、

期待に応えられない情けないこともあるし、

忙しすぎてパニックな時も、

大失敗しちゃうことも、

ほんといろいろあるんだけど、

探すと、

1日の中には、

ほっとしたり

何かを発見したり

くすっとした瞬間があったりする。

 

100%真っ暗やみじゃないなって思う。

 

もし真っ暗やみって思ったら、

それはまだ見つけてあげてない

「今日の人生」があるんだと思う。

 

それは、

探してくれるのを

待ってると思う。

 

どうしても見つからないほど

ひどい状況の時は、

探すのを、

誰かに手伝ってもらうといいと思う。

 

 

 

 

 

調子に乗って、

細かいことを忘れないように

これ用のノート購入。

 

 

6月5日

「小4の社会の授業。

 先生と子どもたちのやり取りが

 楽しい中、

 じっとしている女の子。

 男の子が

 『かねんごみってなんですか?」

 と質問。

 先生が

 『日本語はすごいよね。

  漢字で書くとみんなわかっちゃうかも』 

 と黒板に『可』と書き出した途端、

 ひらめいたらしい彼女が

 小さく『あっ』って言った時、

 目があっちゃった

 今日の人生」

 

 

 

さて、ミリさんのこの本の中で、

超ロゴ的な「今日の人生」がある。

 

「わたしの、

 わたしの人生に

 降りかかってくる

 面倒なできごと

 すべて作品に

 昇華してみせる

 と、改めて思った

 今日の人生」

 

どの歌歌っても

♪唐獅子牡〜丹♪でしめると演歌になるみたいに、

「〜〜〜な今日の人生」でしめるのは、

山あり谷あり時の

おまじないになりそうだな。

 

 

私バージョンは続く。

「カルの散歩の途中に寄った公園で、

 そろばん帰りの兄妹にあう。

 小6と小3くらい?

 『お座りとお手やってみる?』ときくと、

 パッと走り出した兄。

 猫じゃらしを手にして全速力で

 戻ってきて、妹に

 『これでやってみな』と

 手渡す。

 残念ながら、犬なんだけど、

 猫じゃないんだけど、

 それでも

 妹想いの行動に

 ぐっとくる

 今日の人生」

 

 

「ブロッグ塀の中に

 魚を見つけた

 今日の人生」

 

 

 

 

「小学生用『コミュニケーション』と、

 高校生用『ストレスマネージメント』と、

 小中学校の保護者用『子育てについて』。

 何としてもレジュメを3本作らねばならない。

 なのに、

 なかなか進まない

 というよくある

 今日の人生」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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道にしちゃう。

【2017.06.03 Saturday 05:42

田口ランディさんの

「『ありがとう』がエンドレス」は、

大学生になり一人暮らしをする

娘さんに向けて書いた言葉集。

 

例えば、

「大事なことを

 じっくり考える時間を作るために、

 些細なことは、

 さっさとやるように

 脳を仕込むんだよ。

 やってみれば簡単だから、

 実験してごらん」

は、行動療法系の私としては大好きな考え方だし、

 

「いま私って怠慢?

 はっとした瞬間に、

 どこからか元気な自分が現れて、

 がんばれ、

 もうちょっとだから、

 いまやっとこうよ

 って言ってくれる。

 その人が自分を育てるリーダー。

 一人暮らしをすると、

 その人と仲良くなれるよ」

は、メタ認知を、

子どもに伝える時に、

使わせてもらいたい言葉だなあと思う。

 

それらの中でも、

とても深く心に刻まれた言葉は、

「お釈迦様は心を他者にむけて、

 幸せになる道を選んだ人。

 答ではなく道を選んだ。

 悟りを得てからずっと
 その道を歩まれたんだよ」

「お釈迦様に悩みはなかったのかな?」

「道を選ぶと悩みが喜びに転換するの。
 悩みは智恵の種になるから、

 悩みを得たことを心から
 喜ぶようになるの」

「へえ」

という娘さんとのやりとりだ。

 

このポイントは二つあって、

「心を他者にむける」

という部分と、

「答ではなく道を選ぶと

 悩みが喜びになる」

という部分だ。

 

前者は

ロゴセラピーの

自己超越や

過剰自己観察という理論を通して、

いつか語れると思う。

 

 

 

今日は後者について考えてみる。

 

相談の仕事の中で、

時々答を求められることがある。

例えば、

「A社とB社、両方から内定を

 もらったのですが、

 どちらを選べば幸せになれるでしょうか?」

的なことだ。

相談の仕事はそれに答えることではない。

(っていうか、そんなこと決められないし)

 

この場合でいったら、

「働く場の選択」という課題に対して、

どんな風に考えていくかとか、

どういう態度で取り組むかとかを、

見守る。

 

つまり、

その課題を通して、

その方自身の中に、

自分で考えをまとめたり、

自分で決断したり、

迷う自分を認めたり、

 

決定した後で方向転換したくなる自分を

なだめたり、

いやいややっぱり方向転換だ!と

なった時には、

それを伝える自分の背中を押したり、

 

自分で自分を励ましたり、

慰めたり、

助けたりする

力を育んでいただく手伝いをするのが

相談の仕事だと思う。

 

それは道の「歩き方」なんだと思う。

 

答ではなく道を選んだということは、

例えば幸せをが目的だとすると、

「幸せ自体」を求めることではなく、

幸せであろうと「努力すること自体」を

選び続けるってことだと思う。

 

人間はお釈迦様じゃないから、

悩みを喜びにまで転換することもないと思うし、

私自身、できれば悩まないで歩きたいとは思ってるけど、

同時に、悩みはいかせることや、

悩みがあったことでより良くなることも

知ってるから、

何かが起こっちゃった時には、

どうせしんどいなら得しよう!

という考えはわく。

 

たとえば

アサーティブのトレーナーとして

自分自身をもトレーニングし続けているんだけど、

それは

「アサーティブであろうと努力し続けること」

を選んでいるんだと思う。

 

そうなると、

他者との間での

難しい場面は、

「いやな出来事」から

たちまち

「きたな!アサーティブチャンス」

に変わる。

 

ロゴゼミナールで

ステキなロゴセラピストの先輩方と共にいると、

彼らはロゴセラピストになる事が

目的じゃなくって、

ロゴ的な生き方をする事を

選んでいるんだとわかる。

彼らは、

理不尽な出来事が起こった時には、

理不尽な出来後という人生からの問いかけに

どう答えようかと考えてらっしゃる。

 

悩みを喜びに転換・・・

てのは、

そういう意味なんだと思う。

 

それって、カッコいいな。

憧れる。

 

 

「『ありがとう』がエンドレス」の中には、

しばらく浸っていたい言葉が

ぎっしりだ。

 

最近、硬い本ばかり読んでたので、

新鮮!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

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クリームソーダは働きもの

【2017.05.27 Saturday 19:02

私のfaceboookで流れてくる情報だと、

アメリカ大統領は今頃サンダース氏だったし、

原発の再稼働なんて絶対ないし、

前川前事務次官の行動には「いいね」、

み〜んなが村上春樹好きで、

犬猫好きで、

力を使うより対話を使う方が多数派のはずだ。

 

今、情報は

じゃんじゃん入ってくるように思えるが、

自分が選んでる、

自分が欲しい情報が

集まってきているだけ。

 

だから、私とは正反対の

考え方や価値観の方のところには、

原発は安全だし、

共謀罪は当たり前だし、

前川前事務次官は

人格的におかしいという情報が

集まっているんだと思う。

 

 

 

自戒を込めて、

危ないよなあ

と思う。

自分の考えが、

いちばん正しくて、

「みんな」もそう思ってる、

ってことを疑わないのは、

危険だ。

 

 

 

 

 

5月27日毎日新聞、

「武田砂鉄の気になるこの人」のゲストは

ライターのブレディみかこさん。

 

彼女はイギリスで保育士の資格を取り

保育士として働いたとのことだが、

その資格を取る背景に驚いた。

 

ブレアさんが首相の時代のこと。

外国人保育士を

大量採用する政策があって、

それは保育士不足解消とともに、

ダイバーシティ(多様性)政策を兼ねて

いたというのだ。だから、外国人。

一度社会に出た人が保育士になるための

講習を受けるのも、当時は無料で、

講習は、学期ごとに

障がい児教育、

学習能力と進み、

全てのテーマが

ダイバーシティーと

インクルージョンに

結びつけて論じられていたのだそうだ。

 

あ〜もうびっくりだ。

幼児期から、

多様性や共生を価値観に持つ大人に、

イギリスの子どもたちは保育を受けるんだなあ。

 

しかし、そうであったとしても

移民を排除しようという動き、

そして、

EUからの離脱かあ・・・。

難しいものだ。

 

 

 

自分好みの情報にまみれながら、

それでも

多様性を認めようとする考えは、

どうやったら育まれるのだろうか?

 

 

 

NHK朝の連ドラ「ひよっ子」で、

主人公のみね子と、

みね子の行方不明の父親を探してくれている警察官綿引の

別れのシーンがあった。

 

みね子は高卒後、地元奥茨城で家を手伝うつもりでいたが、

東京に出稼ぎ中の父親が行方不明になったことから、

家族のために東京に出てきて働いている。

そのことを恨むわけでもなんでもなく、

自分で選択して、ガンバってる。

警察官の綿引は、

茨城から出てきて東京で働いていたが、

父親が大怪我をしたことで、

茨城に帰ることになった。

 

喫茶店でクリームソーダを飲みながら

彼はみね子に言う。

 

「二人とも、似てる。

 親のことで、

 人生が変わってしまった。

 でも、よくないことばっかじゃないね」

 

みね子は最初から

親のせいで人生変わってしまった、

なんてこれっぽっちも思ってなかったけど、

でも、それでも、

改めて、

「どうしようもない出来事で、

 思った通りにいかないことがあったとしても、

 よくないことばかりではない」

という見方を言語化されたことは、

大きいと思う。

 

しかも綿引は

アイスが溶けたクリームソーダを

前に言うんだ。

 

「働きものだな、クリームソーダ。

 溶けてもまだ美味しい」

 

この二人は考え方も価値観も、

多分似ている。

なんだけど、

それでも、

こういう見方、考え方を得られることは、

すこーし、みね子を広げると思う。

 

 

 

コーヒー豆の焙煎に能力を発揮して、

販売店を始めた

アスペルガー症候群を持つ

岩野響さん(15歳)がネット上で話題だ。

5月26日の毎日新聞の夕刊にも記事が

出ていた。

中1から学校には行かず

家で食事作りを担当していたそうだ。

幼い時から鋭敏な味覚と臭覚を持っていた彼は。、

コーヒーに興味を持ち始め、

のめり込んでいったとのこと。

ただ、高校進学の選択も捨てきれずに

迷っていた時、

家族旅行でいったタイで船から水平線を眺め、

「世界ってこんなに広大なんだ。

 他の人と違う生き方もいいのかな」

と思えて、今に至ったとのこと。

 

引っ張りだしてくれるのは、

やっぱり

「他」なんだなあ。

 

 

自分の中でぐるぐるしているのではなく、

誰かと会ったり、

読んだり、見たり、

多様性に関する

「他」の影響は大きい。

 

 

 

 

 

そして、

最もすごい「他」は、

案外近くにいる。

 

嫌いな人、

苦手なこと、

理解できない考え、

違和感ある行為は、

自分の想像力を鍛えてくれるもの、

と言えそうだぞ。

 

好きになる必要はないけど、

観察して、

背景など考えてみるのも

よいのかも。

 

 

 

 

 

 

 

多様性の中を生きるには、

自分の知っていることは

偏ってるかもしれない

って理解しておくこと。

これがスタートラインなんだろう。

 

それから、

自分の考え方以外に

いろんな考え方があることをわかって、

想像したり、調べたり、

そうしてみたい。

 

で、向こうからやってきた

違和感ある「他」は、

チャンス!

と捉えることなんだよな。

 

 

 

岩野さんのお店のキャッチコピーは、

「ぼくができることから

 ぼくにしかできないことへ」。

「他」と出会いながら、

人間はそこに至れるんだよな。

 

 

 

「クリームソーダは働きもの」、

ひっかかったセリフという

「他」と出会って、

多様性について

こんなこと考えた。

 

 

そして私は苦手なパワポ作りに

取り組むのだ。

がむばるぞ〜!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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組織の一員として。

【2017.05.19 Friday 08:56

大好きな ちょんせいこさんが

GWに「ザ・チーム」という本を読んだという記事が

facebookにアップしてあって、

真似して読んだ。

せいこさんは

ホワイトボードミーティグなどの手法を使って、

組織をチームにしていくことや、

一人ひとりがファシリテーターになることが、

組織の持つ課題を解決することにつながるし、

個人のエンパワーメントにもつながると

考えているんだと思う。

 

やはりGWの1日、

「わたしは、ダニエルブレイク」という映画を見た。

心臓に病を患ったダニエルは、

医者から仕事を止められたので、

国からの援助を受けようとしたが、

複雑な制度のため支援を受けられないストーリー。

人間の尊厳の視点や、

あるべき福祉の姿という視点や、

ダニエルのスキルを活かした

ベンチャーは?という選択肢の視点など、

まとめておきたい感想はいろんな視点であったが、

私が最初に浮かんだ感想は、

「映画の中の行政の仕事が局所重視で、

 チームになってない」

という視点だった。

映画の中では仇役のような役所の方々だって、

自分の仕事に忠実だっただけで、

それでうまくいかない理由は、

仕事の評価が本来の目的とあってなかったから

なんだと思う。

仕事の現場にいれば、

しょっちゅう起きる「支援を受けたい人」との

トラブルで、

シズテムに問題があることを感じている人は、

複数いたと思う。でも、改善に動かない。

つまり、

大きな目的に向かって、

情報を共有しあい、

それぞれが助け合って、自分の責任で動く・・・

というチームとは、

かけ離れた仕組みだった。

 

 

最近、

「それがちょうどいい」

と言う言葉を教えてくれた

 (ネガティブなことがあった時、

  今の自分にちょうどいい出来事!と

  考えると自分にチャンスが生まれる)

長尾彰さんがfacebookで

「チームをつくりたい人へ」と題して

ファシリテーターのあるべき姿を73

あげてくれてた。

ふむふむと読みながら、

自分に足りない番号をチェックし、

おお、挑戦し続けないとなあ!と

少々慌てる。

 

同時に、

以前、彼がファシリテートしてくれた

チームビルディングの研修で学んだ、

チームが成長していくプロセスを

確認する。

そして、

今自分が属してるいろいろな組織を振り返り、

そのプロセスのどこにいるかを考える。

 

 

・・・と、

第一段階の「形成期」にある組織が

多いことに気づく。

第二段階の「混乱期」には、

個人の意見を主張し合うことで

ぶつかり合いも生まれる、

厳しい段階だけど、

チームが成熟していくには欠かせない段階。

 

そういうことになってない、

つまりは、

表面的な穏やかな会議のあとに

数人で何かを決めたり、

気になることがあっても

それを見なかったことにしたりするって現状は、

第二段階には進めてないってことだ・・・

と考えたりする。

 

 

 

5月16日の毎日新聞朝刊に、

千葉県の高校が20年に渡り、

不適切な授業と評価の方法をしていたことが

出てた。

びっくりした。

 

20年の間には、

きっと誰かが気づいていて、

まずい、やばいと思ったのではないか。

 

それでもそれを進言できない何かがあったか?

校長に伝えても動けない事情があったのか?

 

昨年度から改めたとのことだが、

それは職員内からの意見からだったのか?

それとも外からの圧力からだったのか?

 

どっちにしても、

大きな問題をほおっておけてしまったということは、

その学校は「チーム」ではなかったのだろうな。

 

いやいや、

この高校を、

そして、

「ダニエルブレイク」に出てきた役所の対応を

私には批判できない。

 

我が身として考えた時に、

会議の席で言わなかったこともあるし、

今現在、進言したくて、

言いよどんでることもある。

方法は知っているのに、

ファシリテートの動きを

選んでいない時もある。

 

他者をどうこう言ってる暇はないんだよな。

 

 

 

 

新しいプロジェクトを進めるにあたって

チームを作る・・・って場合以外は、

大概既存の組織が行き詰まった時に、

改革を必要とすると思う。

 

既存の組織には、組織自体に歴史がある。

そして属している方々にも

歴史がある。

組織としても個人としても、

今までのやり方の中で

成功体験があるかもしれないし、

何より慣れ親しんだ方法は使いやすい。

 

同僚へのパワハラ的な発言に心痛めたとしても、

その人の立場が上位でキャラが立ってる人だと

そのままにしてきた歴史。

 

会議では発言力がある方だけが発言し、

その方の意見で様々なことを決めてきた歴史。

 

それに納得いかないと、

日常的に不満を言い、

時々は手を抜くことで気持ちを収めてきた歴史。

 

何人かの人間的な魅力をベースにした

コミュニケーションに依存して

問題を解決してきた歴史。

 

「この組織のことは

 誰よりも自分が一番よく知っている。

 他の人にあ〜だこ〜だ言われたくない」

というリーダーが

本当に自分の全てをかけて、責任も負って、

引っ張ってき(てくれ)た歴史。

(そして、行き詰まった現在)

 

その歴史を受け入れつつも、

風通しの良い、

助け合いができる、

一人一人が問題を自分のこととして考え行動できる、

そんなチームにしていくには、

やはり、

強い意志と、

方法論は必要なんだろうな。

 

そのままにしていても、

第二段階には進まないし、

組織は成熟していかない。

 

 

私は、

これまで、

今属している様々な組織で、

プラスの動きをしないという方法で

加担してきたと思う。

 

確かに、

どの組織においてもリーダ的な立場ではないので、

やれることは限られてる。

ただ、組織に属する一人の人として、

ファシリでいることを決め、

やれることをやることはできたはずだ。

 

 

こう思った時に、

長尾さんに教えていただいた

「チームビルディング・ファシリテーション」で

それぞれの段階で

やった方がいいことが明確なのが嬉しいし、

あの時、研修を受けた自分に「えらかったじゃん」って

言いたい気持ち!!

 


 

木の芽時からこっち、

「チーム」を意識する波が

めちゃくちゃきてしまったので、

せっかくなので捉えることにして、

この記事を書きながら

改めて考えてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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祝辞

【2017.05.17 Wednesday 17:53

GW明けを一週間ゼイゼイ言いながら走りぬけて、

2週目、気温が安定しない関係か、

それとも年齢的なものか、

水曜日まできて

くったくたです。

 

さ、なんとか、ガンバ!と自分を励まし、

机の上を片付けていたら、

春の初めに列席した結婚式で

スピーチさせていただいた、

その時の原稿が出てきて、

その時の二人の晴れがましい様子や、

ご家族の温かい雰囲気を思い出し、

なんだか元気になってきました。

 

辛くなったり、しんどいと、

自分の頭や心の中を観察することばかりに

夢中になってしまい、

結局ぐるぐるして、一層しんどくなるけれど、

そんな時に、

他者の方に頭や心を向けることをすると、

たまってたものが流れるような気がします。

 

あの結婚式の前の、

Aくんやご家族を思い、

結婚するBさんのことを考え、

二人を応援することに一生懸命になった、

あの春の日の私が、

今日の私を励ましてくれたよう。

 

で、

カルの散歩に行くこと、できました。

 

 

それで、

招待くださったA君にラインしたら、

祝辞をブログにアップしていいってこと

なので、そうしてみます。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

Aくん
Bさん

ご結婚おめでとうございます。

ご両家の皆さま、本当におめでとうございます。

 

私がAくんに最初に会った、

Aくんの中学1年の時のことを思います。
そして、結婚の報告に来てくれた時に、

その立派に成長された姿に、本当に感激しました。

 

Aくんには、宝物があります。

それはご家族です。

Aくんが自分自身を発揮することを信じ続けたご兄弟。

どーんと構えてらしたお父さま。

そしてどんな時も、見守り続けたお母様。

 

私は学校で相談の仕事をしているんですが、

ある中2の男子と話している時、

彼が急に「ドラえもん」の話をしました。

彼が言うんです。

「先生。のび太に必要だったのは、

 ドラえもんの道具じゃないんだよ。

 どこでもドアもタケコプターも便利だったし、

 助けてはくれた。

 でも、のび太の成長に絶対的に必要だったのは、

 それはドラえもんの道具じゃないんだ」

私は、

「えっ、そうなの?

 じゃ、何?」

ってきいたんです。

そしたら彼は答えた、

「のび太に必要だったのはね、

 絶対に、

 なにがあっても味方って存在なんだ。

 そういう存在が近くにいてくれれば、

 人は成長していける」

中2の男子がその話をしてくれてる、

その話を聞きながら、

私の頭の中にあったのは、

Aくんのお母様でした。

そして私は、

深く深くうなづきました。

 

そして、今日Aくんは、

もう一人のそういう存在と結ばれた。

よかったね、Aくん。

そして実はBさんも、

「絶対に何があっても味方でいてくれる存在」

を得たんですね。

 

 

もう一つの宝物は「笑顔」だと思います。
私はAくんが苦しくて、辛くって、

不安でいっぱいの時も

一緒にいたことがあったのですが、

なぜか、Aくんのことを思い出す時、

いつも、この笑顔、

ニコニコしていた顔を思うんです。

(結婚式の新郎入場の時も、

 ニコニコ素敵な笑顔でしたね!)

 

なぜAくんの笑顔が素敵なのか?

それはAくんには、

幸せを見つける力があるからだと思います。
幸せはなるものでもありますが、

実は、

見つけるものなんじゃないかなと

私は思っています。

どんなに苦しい時も、

その中から、

小さくて、

ささやかで、

ほのかな幸せを見つけることってできます。

 

彼は中1の時から、

それをやってきたと思うんです。

お料理、

テニス、

家庭教師できてくれていた大学生のお兄さんのバイク旅行話、

そしてギター、

バンド活動。

ファストフード店でのバイトや、

ガソリンスタンドでのバイト。

今は、お父様から任された仕事と音楽。


どんな時でも、どんな中でも、

幸せを見つけることができる力は、
Bさんという、大切な大切な幸せの種を見つけました。

Aくん、大切なもの、見つけたね。

 

そして、Bさんにも幸せを見つける力があったんですよね。
凹んでいた時にAくんの音楽を見つけて、

元気になったんですのもね。

 

 

 

人生なかなか甘くないです。

私は今年57歳になりますが、

時々ありえないような失敗します。

理不尽な出来事に

巻き込まれてしまうこともあります。

二人の前途も、

良いことだらけとはいかないでしょう。

でも、二人が持つ、幸せを見つける力で、

見つけた幸せを大事に育てていってくださいね。

 

私も、

そして、

今日ご列席の皆様方も、

ご家族のような訳にはいきませんが、

ドラえもんになったつもりで

二人を応援したいですよね。

 

Aくん。Bさん。ご結婚おめでとうございます。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

この後、彼の先輩が、

「自分はドラえもんじゃなく、

 ジャイアンでビシビシいきます!

 それが自分の応援方法です」

のようなことをスピーチされ、

それがまた私は嬉しくって、

Aくんは、

強くて深い愛情がある先輩に

可愛がってもらえているんだな。

そういう関係を作れた彼が、

ほんと素敵!って思ったのです。

 

 

 

 

あ〜あの日と、

その前何日か、

ほんとに一生懸命、

祝辞を考えた私よ、よくやった。

 

私にスピーチを依頼してくれたAくん、ありがとう!!!

 

 

 

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社会化と個人化

【2017.05.09 Tuesday 19:28

GW前に、真新しい制服を着た、

中一の男の子が、

うちの前の家の犬に

「モモ〜、癒してええええ〜」と叫んでた。

 

中学校に進学して、

中学生活に合わせていくのが、

大変なんだなあ。

 

彼がGW、ゆっくり休めたらいいなあ!と思った。

 

 

人は社会化を果たしながら自分というものを

作っていく。成長させていく。

 

犬に癒して!と言いたくなるくらい、

社会の中で、

社会の中に合わせていくことは、

しんどいことであるけれど、

でも、

そうやって社会の中に馴染んでいくプロセスは、

同時に

個人が自分自身の力をつけていくプロセスにもなる。

 

 

今日はある小学校で、

小一の男子に

「先生、なんでおしゃれメガネをかけてるの?」と

質問された。

「へっ?これおしゃれメガネ?」

「うん、だって、大きいし、緑だし」

「確かに縁が緑だよね。

 おしゃれって言ってくれて嬉しいけど、

 実は老眼鏡なんだよ」

「老眼鏡って何?」

「年をとると、小さい文字とか見えにくくなったり

 するわけ。そういときにかけるやつ」

「年とるって、何歳から?」

「それは人それぞれ。私の場合は今56歳なんだけど、

 50歳くらいからかけたと思う」

「ふーん。56歳。○○先生より一歳下か。

 もう行っていい?」

 

彼は校内探検の最中で、

ちょっと話しかけたつもりが、

意外に長くかかったんで、

途中で、面倒になったと思う。

話に合わせないとならない自分と、

飽きてきた自分。

 

「もう行っていい?」って言えるって素晴らしい。

社会化の中で、

個人化も進むんだよなあ。

 

 

で、夕方、カルと散歩してると、

公園で、

日曜にあった女子二人がブランコに乗っていて、

カルを見つけて駆け寄ってきてくれる。

しばらくカルと遊んでくれていたら、

一人が

「犬はいいよね。

 面倒な友達付き合いがなくて」

とつぶやいた。

私が

「人間同士はいいこともあるけど、

 面倒なこともあるよね。

 何年生?」

と聞くと、

「5年。

 身長は3年くらいだけど」

と一人が言う。

「5年かあ。

 いろいろあるんだね」

と応えると、

「男子はガキだし、

 女子は面倒なんですよ」

「そうか、大変だね。

 でも、こうして遊べる子がいていいね」

「まあ」

 

一回りして、

帰りに寄ると、

まだ二人はいて、

そのうち一人が走ってきて、

「すみません。

 犬の種類がどうしても覚えられなくって、

 略して言うと何ですか?」

って質問してくれる。

「プチ・バセット・グリフォン・バンデーンが

 正式名称で、略すと

 プチバセだよ」

と言うと、

「ありがとうございます。

 この公園であった犬の

 犬カード作ってるんで」

「へえ、宿題?」

「違います。

 ただやってます」

「そうか、

 見たくなちゃうよ」

なんて、話した。

 

友達関係がなかなか面倒な中でも、

そうやって自分の好きなことに関して、

やろうとすること、

なんか、

人間ってすごい!と思ってしまう。

 

組織の中で生きながら、

個人を育てている。

 

 

先週の土曜日は「アサーティブカフェ」を開催。

10年選手から、

昨年始めた方まで集まって、

日頃のコミュニケーションを振り返る。

 

義理の母親との関係が変わった方、

技術系から事務系の仕事に移り、

新たなコミュニケーションの課題を見つけた方、

春の異動で出会った先輩に

言いにくいことを言う必要のある方・・・。

みんな社会の中で、

自分を社会に合わせながらも、

自分の中から湧き出てくる言いたいことや、

言わなくてはならないことをもっていた。

 

挑戦していくこと。

それは、自分を育てていくことになる。

 

自分の思ったまま、

思ったようにやっていけたら楽だけど、

そんなことはないし、

万が一そんなことあったとしても、

それでは「昨日のままの自分」でよくなってしまう。

 

制限の中でこそ、

人は、

苦しいけど、

自分ってものを

引き出していけるんだ。

 

 

 

 

社会の中で活動していると、

無言だけど結構きつい同調圧力や、

必要以上に空気を読むことを期待されることや、

自分で自分に役割を果たすことを強要してしまうこともある。

心をすり減らす出来事だって多い。

 

そのなかで、

それでも自分をないがしろにしないで

ちゃんと自分を守って育てていくには、

ある程度安心できる組織を作ることと、

(これは、学校の場合は、

 大人の責任だ!)

時々自分をメンテナンスできる空間や

支えてくれる人(または犬)が必要なんだと思う。

 

「モモ、癒してえええええ〜」

って言いながら、

また、

彼も学校に行く。

 

そういうエネルギーがある時は、

そうする。

 

でも、

今はそのエネルギーがたまってなくって、

今はまだ社会の中に入って行かれない人は、

まずは今いられる場所で、

できることをやることだ。

まずは、

今いる場所で、

自分を守ったり、育むことを、

してほしいよなあ。

そしてエネルギーがたまるといい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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どれだけ言い聞かせても。

【2017.04.19 Wednesday 15:36

新年度スタートと共に、

これから、

コミュニケーション研修を

いろいろ担当する。

 

講師として「伝える力」の能力を

あげるためのプログラムを提供しているし、

多くの方が欲しているコミュニケーション能力も、

どちらかというと、

「聴く力」より、「伝える力」のように思う。

 

「伝える力」をつける時に、

「アサーティブ・トレーニング」はとても有効で、

なんといっても、

考え方とスキルがすっきりと整理されているのが

手前味噌だが、

本当、良いプログラムだと思う。

 

根性論、例えば

「勇気を出して言葉にしてみよう」とか、

道徳的、例えば

「思いやりを持とう」

などでは

実践しにくいところを、

具体的にしてるところが良いと思う。

 

 

なんだけど、

上手に伝えないと、

参加者が「言う」ことだけに意識的に

なってしまうのが、

ジレンマなのだ。

 

 

私自身が、実際に、

日常の中で

どなたかとコミュニケーションをするとき、

気をつけている点がある。

 

それは、

自分の伝えたいことは、

アサーティブのスキル「整理方法」を

使ってまとめる。

でも、これはまだ言葉に出す前のことだ。

つまり準備。頭の中にメモる。

(時々は、書く)

 

そして、

話しあいを始め、

相手が話しているときは、

相手の言葉、相手の感情、

相手の様子、相手の動き、

そのことに焦点を当てて受け取る。

 

「何を伝えてくれようとしてるのか」

それを理解しようと意識して

「聴く」。

 

もちろん、それを受けて話すときは、

再び、

自分が本当に伝えたいことに

意識的になる。

 

で、相手がそれを受けてくれて

話してくれているときは、

相手中心だ。

 


自分の内側を探って、

本当に伝えたいことは何なのか、

考えまとめることは大事だけれど、

それだけではダメで、

相手中心に受け取る姿勢もないと

相手に安心して話してもらえない。

安心のないところでは、

肝心な話ができないことの方が多い。

 

 

なんだけど、

「伝え方」を学ぶと、

陷りがちな罠がある。

それは、

「伝えたい」ことのみに

集中してしまうことだ。

 

自分の言いたいことを

言い切ろうとしてみたり、

相手の言葉を、

ろくに聞いてないか、

聞いたとしても、

付け入る隙を見つけるために聞いたり。

 

これは注意しないとダメなんだな。

 

 

 

 

ただ、

自分と相手、

どちらも大切にするってことが

本当の意味でできるようになるには、

私にも時間が必要だったと思う。

 

私は昔、

「言えない」と思い込んでいたり、

輪を乱さないためには心にしまっとこうとしたり、

態度で表して悟らせようとしたり、

つまり長い間、

「言わない」ことを選んでいた。

だから

「伝え方」を知ったら嬉しくって、

ついつい「言う」方ばかりに

軸足を置いたと思うんだ。

 

それで、今でも、

ここ一番の自分にとって大切なことや、

余裕がない時などは、

気がつくと

自分の内側ばかり

頭の中でぐるぐると探ってしまっていることもある。

だから

何度でも言い聞かすのだ、

「相手は何を伝えようとしうてくれているのか、

 意識しろ、自分」。

 

 

 

自分の内側を探るのも大事。

相手の背景や意図を汲み取るために、

ちゃんと聴くのも大事。

 

どれだけ言い聞かせても

足りないな。

 

 

 

そんな私なんだけど、

教育雑誌と会報で

対談の依頼を受け、

掲載されたものが、

リリースされた。

 

 

ひとつは、

「静岡県司法書士会 会報

 HO2 (ホーツー)」

で、

「未来を切り開く

 コミュニケーションのチカラ」

と云う特集。

司法書士の方、弁護士の方、私、

そして

コーディネーターの方で

コミュニケーションをテーマに

話している。

 

 

 

もうひとつは

「ファミリス 4月号」の中で

「あなたは大丈夫?

 親同士のコミュニケーション」

という特集。

 

読者からの質問、

例えば

「PTAの会合で反対意見を

 言ったら気まずくなりました。

 上手に反対意見を言う方法はありますか?」

とか、

「子どもの友達の親が

 高額なプレゼントをくれる。

 断りたいんだけど、

 どう言ったかいいですか?」

などに

保護者代表3名の方と共に、

対談方式で一緒に考え、

最後に

「保護者同士の上手な

 コミュニケーションのコツ」

について、

私の言葉をまとめてくれている。

 

 

前者の中で、

弁護士の大澤さんが

「常に省察しながら

 次の行動のあり方を手探りで模索し、

 修正を繰り返していきたい」

と言っている。

心から同意する。

 

失敗しながらでよくって、

それを振りかえりながら

次に生かしていくことが、

コミュニケーションのチカラを

磨いていくことだ。

 

そして振り返る時のポイントを

言語化できていると、

改善点が明確になるので、

何か一つコミュニケーションの方法を

学んでおくといいと思う。

 

 

後者では、

3名の保護者の方々は、

みんなコミュケーション上手だった。

彼らの何気なくやっていることが、

アサーティブなこと、

いっぱいあって、

ステキだなあと思った。

 

自然にできちゃってる人はいいし、

私みたいに、

それこそ泣きながら習得してきた人も、

それはそれでいい歴史のように思う。

ま、ある時、

始めた自分に、拍手だな。

 

 

 

どこかで見かけたら、

どうぞ、

読んでやってくださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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変わり目上手。

【2017.04.12 Wednesday 09:32

朝、通勤の車の中から、

母親らしき方が、

自転車で出かける子どもさんを

いつまでも見送っている姿を見た。

初めての自転車通学の息子さんを

見届けたい親の気持ちが伝わってくる。

 

4月も中旬。

進級進学した方は、

始業式、入学式から一週間。

 

友達ってどうしたらできるのだろう。

出席番号近い子と話してみたけど、

ちょっとツボが違う感じ。

この先生がキレる境界って

どのあたりかな?

この制服、肩凝る。

仲良しとクラスが離れ離れだ、やばい。

高校広すぎ。

大学、わからないこと、だらけ。

 

子どもたちは慣れるプロセスを、

なんとかやっているんだと思う。

それを見守る親も、

落ち着かない日々かもしれない。


 

新入社員、職員の方々は、

研修真っ最中かな。

ハッパかけられたり、

時々ちょっと脅されたり、

そうして学んでいる最中だと思う。

 

 

春というのは、変化の季節。

 

 

子どもが大学で家を離れた、、、

などは、

親にとっては大きな環境の変化だ。

 

自分の異動もあれば、

チームに異動があった場合もあるから、

多くの方々に、

なんらかの変化ってのがある春。

 

 

 

新しい環境に

上手に適応していかれるといいなあと思う。

 

 

そのために

意識しておきたいことは、

変化の時は、

人によって程度の違いはあっても、

誰でも緊張してるってこと。

 

人だって、動物だもの、防衛本能がある。

それが働いて、

この場やこの人は、

自分にとって安全か、

感じとろうとする。

 

感覚を研ぎ澄ます。

 

その上で、

失敗したくない、

高評価を得たいって欲求が

あるからこそ湧く。

 

それが緊張。

 

で、

緊張して、気を張っている時は、

自分の体調や心の変化に

気がつきにくいってのを

知っておきたいものなんだ。

 

それは、

外に対しての感覚を敏感にしてることで、

自分の内側で起こっていることに対しては、

鈍感になるからじゃないかなと

私は考えてる。

 

 

 

さて、

この「変化」ってことに対して、

慣れるのが得意な人と、苦手な人がいる。

 

 

 

多分、私は慣れるのは得意だ。

得意なので、スタートダッシュしちゃうタイプ。

いつもより大きめの声で挨拶したり、

新しく配属された方の仕事を手伝ったり、

ニコニコ、元気120%で、

「ハイっ、頑張ります!」という感じ。

 

「もうちょっと肩の力ぬいていいよ」

とか、

「いいかげんは、いい加減だよ」と

アドバイスされたりすることも多かった。

見てられなかった人もいるんだろうなあ。

 

このタイプが陥りがちなのが、

過剰適応。

 

周囲に、

自分の意見や行動を無理に合わせる感じ。

面倒な人って思われないようにしよう、

ちゃんと受け入れてもらおう、

できれば身の丈以上に評価されたい・・・

他者からの評価を

唯一の基準にして

物事を思考し行動する。

 

私がここから抜け出ることができたのは、

アサーティブ・トレーニングのおかげなんだけど、

それは置いといて、

そんな方々が知っといた方がいいのは、

「ちゃんと休む」ってことだと思う。

 

土日、体を休めよう。

好きなことする時間を持とう。

 

緊張がちょっと溶けた後、

溜まった疲れが

ど〜っと出ないよう、

 

緊張しつつ、

適度にがんばりつつ、

同時に

力の抜き場所・時間を作っておこう。

 

(アサーティブ・トレーニングで

 抜け出ることはできたけど、

 もともと持ってるこの傾向は、

 朝のランニングでも、

 時々、坂で現れる。

 急な坂だとすごい力が出るんだけど、

 それは駆け上がっててっぺんまで。

 その後平坦になった途端、

 歩いちゃったりする私。

 ドッと出るんだなあ)

 

 

 

慣れるのに苦手な方もいる。

 

この方々は、

変化の時期、

新しい環境に身を置くだけでも

相当疲れているはずだ。

 

普通に、

そこに行き、生活、仕事、勉強、

活動をしているだけで、

結構な負担がある。

 

その上で、

「新しい自分になるチャンスだから、

 明るく振舞ってみよう」

と無理したり、

あるいは、

「苦手がばれないように」

と普段なら断る飲み会に参加したり、

そうして予定を目一杯入れてみたり・・・。

なんてのも、

「待て待て」と

自分にブレーキかけてあげてほしい。

 

「徐々に慣れていけばいい」

「ゆっくり流も素敵」

「伸びきったゴムより、

  ちょっと緩めで!」

なんでもいいから、

そんな言葉を自分にかけて、

急ぎ足になったら、

自分のペースに戻してほしいな。

 

 

 

 

発達のアンバランスで

「環境の変化」が苦手な方々は、

自身の情報が、

次の環境に

ちゃんと引継ぎされててほしいと思う。

(本人・保護者が了解のもとで)

 

小学校→中学校はもちろん、

中学校→高校も、

高校→大学も引き継がれることで、

受けられるサポートはたくさんある。

 

 

 

 

 

もちろん、がんばることは大切だよなあ。

我慢も、しなくてはならない時もある。

 

ただ、

「がんばる」「我慢」は、

エネルギーを大量消費するから、

24時間365日は無理なのだ。

 

頑張り時、我慢のし時に、

ちゃんとその力を使えるよう、

「適度」を使えるようになりたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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永遠の記録

【2017.04.08 Saturday 22:10

ここのところ、

過去のことを

あれやこれや思い出すことが多い。

 

いやあ、

56歳だもの、

あってもいいいよね、そんなことも。

 

 

 

 

先日、

神奈川県に住む友人と

甲府あたりで待ち合わせた。

 

2時間弱の道のりを、

私は車で出かけた。

 

興津から山梨に向かって走る道は、

家族との思い出がいっぱい詰まった道。

実家が営んでいた商売の関係で、

父の運転で、何度も何度も通った道。

 

途中、道の脇に停めた車を見ると、

あんな風に車を停めて、

蕗を摘んだことを思う。

灯油のストーブをしまう前に

お醤油とみりんで

母は「きゃらぶき」を煮て、

灯油を使い切っていた。

 

潰れてしまったドライブインは、

そのまま残っている。

 

春には枝垂れ桜を見に、

2月には節分で訪れた

身延山。

 

あの頃、まだ携帯電話などなかったから、

手書きの伝言看板が出てた。

「(車のナンバー)の

 〇〇さん、

 至急家に電話してください」

それを見ると、

私たちは、

「見逃さないといいね」と

話したものだ。

 

父の好きだった干し柿屋さんの前も通る。

そのあたりでは「ころ柿」って呼ばれてた。

 

母がトイレを借りたお寺は、

すっかり様変わり。

 

このあたり特有のモツ煮は

甘辛い味付けで、

みりん?でテカテカとしてた。

父が一人で配達した日は、

お土産で買ってきてくれたものだ。

 

思い出をたどりながら運転していると、

懐かしさと、

寂しさと、

ありがたさと

切なさで、

胸がいっぱいになって、

涙がこみ上げてきた。

 

もっともっとこの道を

父や母や妹と走りたかった・・・

なんて考える。

少し大人になって

友達と遊ぶ方が楽しくなって、

配達についていくのを

断った過去の自分を責めたくなる。

そんなこと考えても仕方ないのに。

 

 

 

 

4月から始まったNHKの連ドラ

「ひよっこ」を見ながら、

毎朝涙が出てしまう。

うちは農家ではなかったけど、

成長の過程で出会った大人がみんな、

健気で精一杯生きていて、

それが

「ひよっこ」の登場人物たちと重なって、

郷愁にかられるんだと思う。

 

忘れてしまっていた大切なこと、

例えば、

いただき物の包装紙の

セロテープを丁寧に剥がし、

綺麗にとっておいたことを思い出す。

お弁当の包み紙や、

本のカバーなどにしたのだ。

 

そういう暮らし方をした大人たちの中に

育ったこと。

それを大声で自慢したくなる。

 

 

 

甲府で待ちあわせた友人と出会ったのは

22年前。

彼女は、バーのカウンターで一人で

ジャックダニエルをロックで飲んでいて、

私が、

彼女の隣に座っていいかどうか

訊いたことが始まり。

確か私もバーボンを注文した。

私も彼女も呑んべえだった。

 

その頃、私は友達とパーティを

企画主催したりしていて、

そのバーは、スタッフの打ち上げというか、

二次会で行った。

そこに、一次会のクリスマスパーティで

見かけた彼女が一人で飲んでいたんだ。

 

実家が食品の製造をやっていること、

そこを手伝っていること、

でも一時期夢があって東京で、

ちょっとだけ派手な感じの仕事をしていたこと、

とにかく共通点が多く、

5歳下の彼女は

すぐに大切な友達になった。

 

私はその後、父を亡くし、家業を廃業し、

彼女の身にもいろいろな変化があり、

お互い、苦い涙も流したけど、

それらをほぼ全部知っていて、

見守りあっているような存在

だと思う。

ここのところ会えなくって、

1年ぶりのランチだった。

 

近況を話し合ったが、

何も話さなくってもよかった。

一緒にいる時間ってのが、

尊い。

 

 

 

 

今日は

静岡ロゴセラピー研究会だった。

いろいろ学んだ中で、

「時間」、

とりわけ「過去」についてと、

「責任」を

学べたことがタイムリーだった。

 

「すべては永遠の記録として

 書き込まれる。

 私たちの人生すべて

 創り出した作品、

 成し遂げた行為、

 出会いと経験、

 愛と苦悩。

 これらすべては永遠の記録に

 刻まれ、残されるのである」

「人生は、日々私たちに

 問いを投げかけてくる。

 それゆえ、この記録は

 ドラマチックである。

 私たちは、人生の方から

 問われているのであり、

 それに答えていかなければ

 ならない。

 言わば、

 『人生とは、生涯にわたる

  問いと答えの繰り返し』

 である。

 そして、答えに関しては、

 生涯をかけて答えていくこと

 だけが可能なのだ、

 と何度でも行っておこう。

 このようにして人生に

 『応えていく』ことこそ、

 自分の人生に対して 

 『責任を持つ」という

 ことなのである」

(「<生きる意味>を求めて」より)

 

 

 

 

ぎっしりと詰まった

記録があるからこそ!だ。

 

後悔も

不安も

恐れも

あるからこそ!だ。

 

忘れたいことも、

しまっておきたいことも

全部含めて、

大切な過去があるからこそ、

 

今の問い、

そして

これからやってくる問いに

 

意味ある答を見つけられるんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor