2015年03月の記事 | 今のところではありますが…
揺さぶり。

【2015.03.26 Thursday 14:52
「脳の強化書」という本を読んで、
年齢のせいにばっかりしてなくっていいんだ!
まだまだやれることがいっぱいある!
って嬉しくなっている。

この本のすごいのは、
鍛えたい部分(著者は脳番地と呼んでいる)
によって、
具体的な方法をいろいろあげてくれているところ。
たとえば、
「思考系脳番地」を鍛えるためには
「一日の目標を20文字以内でつくる」
のような方法を、
これ以外に8つ紹介している。
もちろん
なぜそれが効果的なのかも明確。

各脳番地によって、
トレーニングの方法は違うけど、
「脳」というものを効果的に鍛えるためには
3つの重要なポイントがあるらしい。
①日常の習慣を見直す
(同じことばかりしてないで!
 「それまで偏った脳番地の使い方を
  していたとしても、
  生活習慣を変えて新しい経験を
  作りだすことで、眠っていた
  脳番地が刺激を受けたり、
  無関係だった脳番地同士が
  リンクしたりします」)
②脳の「癖」を知る
  (万人に共通する癖と
   各人がもっている癖があるが、
   万人の方は・・・
   1/ほめられると慶ぶ
   2/数字でくくると認識しやすい
   3/デットラインを儲けることで
    「オン・オフが明確になる」
   4/睡眠によってパフォーマンスが
     高まる)
③「したい思考」で発想する
  (「させられ思考」を
   「したい思考」に転換する)


私は、日常的に②はやっているし、
③に関しても、
もともとが「損得」で考えるタイプだから、
(↑私の脳の癖1)
「やらされているのはもったいない」と考えるところが
あると思う。
今の自分にチャレンジさせたいことは①だ。


この本を読む前、
3月の初めにアサーティブカフェの参加者の方々に、
懇親会の席で、宣言したことがある。
(私は「宣言」しちゃった方が実行する派)
   ↑私の脳の癖2
それは「断捨離」。
その席でなんと4tトラック2台分捨てた
断捨離先輩の話も聴けてやる気まんまんだ。

しかしその時までは、
とにかくすっきりしたい
というのが考え方だった。

その後、この本を読んで、
それは同時に、
すでに習慣になってしまっている
「物をためておく」
「出したら出しっ放し」
「整理しない」
「捨てられない」
を変えるチャンス=脳を鍛えるトレーニング
でもあることがわかり、
超嬉しい。

「生活習慣をほんの少し変えて、
 脳番地に『揺さぶり』を
 かけること」(本の中から)
ができたらいいなあ。



そんなことを考えてる中、
久しぶりに邦画を映画館で見た。
「繕い裁つ人」という
中谷美紀さん演じる仕立て士さんの物語だ。

彼女は、祖母の仕立て屋さんを引き継いで、
祖母の作った服のお直しや、
ちょっとしたリメイクを仕事としてる。

その仕事っぷりは、
丁寧で、妥協のない、
こだわりの職人気質。

二代目の仕事は一代目の仕事を
まっとうすることと、
毎日、変わらず、
祖母の作ったデザインを向き合う日々。

しかし、大手デパートの服飾担当を務める
藤井(三浦貴大さん)が
ブランド化の話をもちかけ、
オリジナルの服を作ってほしいと
依頼してきたことから、
彼女の内面に変化が起こっていく。

藤井が言い、
後に、彼女も口に出すセリフがある。
「簡単にあきらめないでください。
 自分のスタイルを変えることも
 しないで」
私は、このセリフを耳にして、
なんだか痛くて痛くて、
同時に
自分の中に自分で作ってしまった限界を、
超えていくもいかないも、
自分で選択できるのに、
それをこれまでの自分のせいにしてしないのは、
あきらめるってことなんだと思った。

あきらめることが悪いこととも思わないけど、
いつも「あきらめる」を選択ばかりするのは
いやだと思った。

自分のスタイルや、
昨日までの自分がとってきた
方法や考え方や傾向は、
すごく大切なものだから、
それをなかったものにするのではなく、
まるっきり変えてしまうのでもない。
でもそのせいにして
希望や目標や自分に対する期待や可能性に
目を向けないでもない。

大切にしながらも、
守りながらも、
変えていくこと。


いやあ、
「変える」こと、
きてるな。
私の周りに。


・・・と思ったら
「脳の強化書」の中の
「伝達系脳番地」の鍛え方に
「目的を定めておくと、
 脳は必死にキーワードを探すようになり、
 その言葉が見つかると、
 伝達系脳番地が即座に反応するのです」
とある。

「変える」とか「変化」というキーワードを
私の脳は必死に探し、
いくつかを結びつけたのか。

おもしろいな、脳。



 
仕立て士の彼女を揺さぶったのは、藤井。

私を揺さぶってくれるのは、
本や
映画や、
出会った方々、
新しい体験などなど。

揺さぶり、大歓迎だな。

そりゃ、やなこともあるけど、
言っとこう。

揺さぶり、乾杯!
 
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電車を舞台のいくつかのこと。

【2015.03.21 Saturday 22:30
草薙駅からJRに乗ると、
優先席が空いていた。
そこに座る。
向かいの4人席には3人の男性が座っていた。
一緒に乗り込んだ大学生のような感じの
男性3人組が少し大きめの声で話している。
すると、向かいの優先席の3人のうちの
一番右に座っていた方
(眠ってらしたようにみえた方)Aさんが、
「うるせえな」と言う。
その声は3人組には聞こえなかったようで、
あいかわらず彼らは大きな声で話す。

そこにもっと大きな声で話す
多分70代後半くらいの女性たち4人組が
乗り込んでらした。
そして私の向かいの優先席の空いていた席に
一人が座る。
その前に他の女性三人が立つ。
それぞれが持つ荷物を、
「ここに置きましょう」とか、
○○さんの着ていた着物がどうだとか、
しゃべる。
Aさんはもぞもぞからだを動かしていたが、
突然、
「あっ、ここは優先席か」
とはっきりした声で言い、
立ち上がり、席をゆずった。
すると、他の二人の男性も、それに
つられて立ち上がる。
女性たちは口々に
「そんな、申し訳ない」とか
「私たちがよろよろしているから、
 すみませんね」と
これまたすっごく大きな声で笑いながら
話す。
結局女性たち全員座ることができた。
Aさんは違う車両に歩いていった。

女性たちはしゃべるしゃべる。

すると今度は、私の隣に座ってらした男性が、
「うるせ〜な」と言う。
向かいの女性たちには聞こえないくらいの、
でも、結構ドスのきいた低い声で。
その声のトーンの攻撃性に、
私はちょっと怖くなる。

この方、何かしでかしたら、
怖い・・・そんなこと考えるくらいの
尖った声。

その方は、合計で4回、
その声で「うるせ〜な」と言うが、
女性たちには、多分聞こえず、
彼女たちのおしゃべりはとまらない。

私は恐怖を感じながら考える。

この男性の背景には、
どんなことがあるんだろう?
なぜこんなにいらいらしているんだろう?

もしかすると、
夕べなにかの理由で眠れなくって、
電車の中で
うとうとしかけたところだったからかも。
あるいは、
聴覚が過敏で、
私の何倍も音を捉えてしまうのかも。

そんなこと考えてると恐怖は消え、
次に、
その場で私ができることって何だろうと
考える。
①そのまま
②その方に共感してみる
 次に「うるせ〜な」と言ったら、
 「ですよね」って感じで
③彼女たちに
 「もう少し声のボリューム落としてください」
 とお願いする
④男性に
 「うるさいと言ってる、
 そのあなたの声がうるさいです」と
 言ってみる

ま、①だな。

という間に乗り換えの駅に着き、
私は下りる。


それにしても
あのくらいの声で「うるせ〜な」と言う方に
2人会ったということは、
ちょっとしたことが許せない方が増えているのか?
いらいらしてる方が増えているのか?


静岡駅では、
新幹線までの時間が結構あった。
待ち合いで、
コーヒーを飲みがら座っていると、
隣のイスの若い男性が
何やら一生懸命に書いている。
大学を卒業したばかりという感じの彼。
あんまり必死に書いている様子に、
失礼ながらそっとのぞきこむと、
「マスターへ」という文字。
鉛筆で下書きしたものを、
もう一度読み直し、
口の中でぶつぶつ言いながら、
ペンで清書している。
インクをこすらないように、
ティッシュを手と便せんの間に敷いて、
涙をこらえるような感じで書いている。

私は想像する。

きっと、
大学時代バイトでお世話になったマスターに
お礼の手紙を書いているのではないか。
マスターに叱られたり、励まされたり
したんだろうか。
いっぱい、いろんなことを
教えてもらったんだろうな。

メールでもなく、
パソコンでタイプしたものでもなく、
手書きの丁寧な文字で書いていた青年。

別れの時に、
若者に、
こんなに必死に手紙を書かせるような
そんなマスターとはどんな方なんだろ。

憧れてしまうな。



人間って、本当におもしろい。
うるさいと文句を言いながらも
席を譲ったり、
イライラを、相手にはぶつけない程度に
小さくはらしてみたり、
感謝を丁寧にしっかりと伝えようとしたりする。



今日は神戸で仕事をした。
市営地下鉄には
終日女性専用車両があり、
そこに外国からの男性の旅行者が
並んでいたので、
「このラインは女性オンリー」
と英語で伝えてみた。
一応通じて、
彼は日本語で「ありがとうございます」と言い、
違うラインに向かっていった。

あちゃ〜、
facebookで流れてきた記事を
思い出す。

私たちは外国の方と出会うと
「ハロー」のように英語を使おうとするけど、
その方が英語圏の方ではない可能性もある。
まずは日本語でいい。
という日本に住む外国籍の方の記事だった。


そして帰り。
新神戸駅のホーム。
何気に乗り込むと、
指定の席にはどなたかが座っている、
ムッとした瞬間、
アナウンスでその新幹線は「のぞみ」と知る。

やっちまうところだった。

私が乗るのは次の「ひかり」。
何くわぬ顔で
通路をダダ〜っとかけぬけおりて
事なきをえた。

あ〜危なかった。




他者のことをあれこれ考えるけど、
冷静になれよ、自分・・・
なんてことを考える本日。
今日もおもしろい一日であったぞ。







 
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循環の元。

【2015.03.12 Thursday 23:21
ちょっと前の毎日新聞のコラム「発信箱」に
ヨーロッパのカフェでお茶していた記者さんが、
トイレに立って帰ってきたら、
隣に座っていたご夫婦が
「ありがとう」と言ってくれてびっくりしたという
話がでていた。

「ありがとう」の理由は、
「信用してくれたから」。

記者さんはトイレに立つとき、それまで使っていた
パソコンをそのままにしていた。
そのご夫婦のリオデジャネイロに住む息子さんが、
カフェでちょっと目を離した隙に
パソコンを盗まれたとのことで、
そんなこと簡単に起こってしまう世の中で、
自分たちが近くにいることを分かっていた上で、
パソコンを放置したってことは、
自分たちを信用してくれたことってことだと、
そのことへの感謝だったということだった。

これね、幸せの極意だよなあと思う。

信用されなかったときに
腹立たしい思いやさみしい想いで
それを相手にぶちまけることはあるかもしれない。
でも、
この感じの信用を、特別なこととして感じることが
まず、とてもとても幸せ上手だ。
さらに、
「ありがたいなあ」と感じただけに留めず、
記者さんに感謝を言葉で表現するってことで、
この記者さんのことも幸せにした。
相手を幸せにする感じは、
反響して自分にも戻ってくる。
ますます幸せ上手だと思う。



特別なことをしてもらったときに、
感謝を感じたり、
感謝をあらわしたりすることは、
比較的楽だよな。

たとえば
プレゼントや手紙をもらったり、
特別の褒め言葉や、
親切な行為や、
思いやりある言葉をかけてもらったりした時なんか。

そんな中で、
ささやかで
ほのかで
かすかで
ちょっとした
見逃してしまいそうなこと、
当たり前のように目に入らなくなってしまっているようなこと、
そういうことを感じられるって温かいことだと思う。


義父は、私が彼の朝食の支度をしていると、
時々、「二重になって悪いな」と言う。
朝食は、私たち夫婦は2階で、
義父は1階で食べているので、
そう言ってくれると思う。
毎日のことなのに、当たり前にしないで、
そう言ってくれることは、
私の体温を上げる気がする。
なんか、報われる。



どうやったら、
ささやかで
かすかで
ほのかなことは見えてくるのかな?

それは、
意識していることではないか。

そして、
やればやるほど、みつけ上手になると思う。

それを言葉に出して伝えることで、
さらに良い循環をうむ。


今日、
スーパーのレジの方が、
おつりのためにお札を手にとって、
それを渡そうとしてくれたけど、
一瞬迷って、きれいなお札を探して
渡してくれたこと。
私はあっ!と思ったけど、
それをわざわざ「嬉しい!ありがとうございます」と
今日の私は伝えなかったな。

次は良い循環の元に
なってみたいな。

このカフェのご夫婦のように。
義父のように。










 
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「でもね」というより「だよね」から。

【2015.03.06 Friday 19:24

子育ての講座に参加してくださった
Aさんは、2人のお子さんを育てるお母さん。
学校の役員の仕事などを
責任もって果たそうとされる
本当に素敵な方。

その方が子育て講座参加後の変化を
話してくれた。
(この話をここに書くことを許可いただきました)
それまでは、
「早く〜〜〜しなさい」
「ちゃんと〜〜しなざい」が多かったけど、
それをやめてみたんだそうだ。

子育て講座では、
まず気持ちは受け止めて、
行動に関しては、
指示したり、相談したり、アドバイスしたり
しようってことを、
繰り返しやる。

たとえば、
「あ〜もうやだ。
 塾いくの、やだ」
と子どもが言ったら、
「そんなこと言ってないで、行きなさい」でも、
「だめだよ、休んじゃ」でも、
「そうやってまたなまけようとしてるね」でもなく、

「そうかあ、いくの、いやなんだ」と
一旦は受け止め、
「じゃ、何時に出る?」
と行動は応援してあげよう!
って感じ。


Aさんは、それをやってくれた。

幼稚園の年中さんの娘さんが
お片づけが苦手なんだそうだ。
これまでは「早く片付けようね」というと、
「だってまだ遊ぶもん」という会話が多かったそうだ。
Aさんは夕飯の支度をしながら、
ちらかったままの部屋を見ると、
だんだんイライラが募り、
「早く片づけなさい!」と
大きな声になってしまっていたんだそうだ、

私は、大きな声になってしまうことが
あったとしても、
全然いいと思うけど、
でも、Aさんは、
そうじゃない方法を考えた。

そこがすごい!
ほんと、すごい!

娘さんを変えようとするのではなく、
自分の方法を変えて、
娘さんの行動にいい影響を与えようとしている。

「もうすぐ夕飯だよね?
 どうしようか」
と言うと、
案の定娘さんは
「だってまだ遊ぶもん」

その次のAさんの対応がすごいんだけど、
「そうか、遊ぶんだね」
(受け止めてる!!!)
でもそのままでいいにしてしまわないで、
「使わないものだけ、カゴに入れよう」
と一緒にカゴに入れることを
何日が続けたそうだ。

そしたら、
ある日、
夕飯の支度をしているAさんの目に
さんざん遊んだあと、
一人でカゴにおもちゃを入れている
娘さんの姿が飛び込んできた。

 えええっ?
 私が何も言わないのに、
 自分で考えて、自分から行動してる?

Aさんは嬉しくって嬉しくって、
娘さんを抱きしめて、
「お母さんが何にも言わないのに、 
 自分で考えてお片づけして
 エラかったね」
と言ったそうだ。


この件をまとめて、
彼女は私に、
「『でもね』じゃなくて、
 『だよね』から始める
 会話にしたほうがいいんですよね」
と教えてくれた。

こんなに分かりやすい言葉で
まとめてくれたAさん。


親「宿題まだやってないでしょ、やりなさい」
子「あとでやるし」
親「でも、いつもそういって、
  結局遅くなって、困るのはおまえでしょ」

親「ママ、これ買って」
子「でもね、今日はもうひとつ買ったでしょ、
  何個も買えないよ」

そういう会話が、絶対悪い訳ではない。
ただ、違う方法を知っておくのも悪くない。

「でもね」の次にくるのは、
相手を否定する言葉がほとんどだろう。
それとは逆に、
「だよね」は、
相手を受け止める言葉だ。

ちょっとだけ同感の匂いがするから、
同感できない時のために、
「そうなんだね」
という、
共感を示すような言葉ももっておくのも
いいかも。


「だよね、今やりたくないんだね。
 おし、何からやる?」
みたいな。

「だよね、ほしいの、わかるよ。
 次はそれ買おうか」
みたいな。


これは、大人同士の会話にだって
使える。

夫「あ〜もう、
  また上司が言いたいこと言うし、
  おれがどれだけ企画だしても、
  却下だよ」
妻「でもさ、それ乗りこえてこそじゃん」

というよりは、
「そうなんだ。
 それはしんどいね。
 出し続けてるってすごいじゃん」


妻「は〜、またママ友のランチで
 なんだか疎外感だよ」
夫「でも、おまえが行くからだろ?
 なんで断らないんだ?」
妻「断れる訳ないじゃん」
夫「じゃ、文句言うな」

というよりは
「そうか。それはやだったな。
 子ども繋がりは、大変だな」
なんて言ってもらえたら、
「もうちょっとがんばってみようかな」
なんて思えたりする。


人は否定されると、
自分を守るために
心のシャッターをおろしたり、
スルーして聴かなかったことにしたり、
言い訳しようとすることが多い。
なので、そこにある問題そのものの
解決に近づかないこともある。

受け止めてもらえると、
安心して、
自分でどうしたらいいか考えられるもの。


Aさんに教えてもらった
「『でもね』というより
 『だよね』から」
これ使えるようになると、
楽になる人多いだろうな。

ありがと、Aさん。






 
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フィードバック月間。

【2015.03.03 Tuesday 08:15
3月だ。
今年度の活動も、あと一ヶ月。
 
今年度の私はどうだったんだろうか?

役に立てたか?
迷惑なことしちゃったこと、
あっただろうな?

せっかく勇気をふりしぼって
相談室のドアをたたいてくれた方に、
ちゃんと寄り添えたか?
その方の言いたいことを、全部聴けたんだろうか?

余計な一言、言った時もあったと思う。
自分の話を、
最初はその方の今の課題にあっているからと始め、
いつのまにか
目的を忘れていた・・・ってことはなかったか?

いろいろなことを振り返る。

うっかりじゃすまされない忘れ物で、
恥ずかしかったこと、
うまく助言ができなくって情けなかったこと、
もっともっと分かりやすく伝えたいと
悔しくて奥歯を噛み締めたこと・・・。




確定申告が終わり、
昨年1月〜12月の働きの
経済的な数字は出た。
質的な評価を
ちゃんとしなくちゃ!だな。



今年度から
高校でのスクールカウンセラーとしての
活動を始めた。

私のかかわった高校3校は
昨日卒業式だった。
そのうちの1つの高校の校長先生が
式辞の中で、
1月の初めに講師をした
「心の健康」講座の中で発表した
子どもが作った川柳
「朝7時 毎日できてた お弁当」
を取り上げて
保護者の方への敬意を表されたそうだ。

行ったことに反応してもらえたこと、
ラッキーだと思う。ありがたい。

そういうこともある反面、
力不足をものすごく、
ものすごく認識したこともあった。

高校で活動することで、
小学校、中学校でのやった方がいいことが
分かりかけてきて、
分かりかけてきたのに、
そのとっかかりをつかむことができなくっての、
悔しい思い。

次から次へと表れる課題に、
真摯に向き合っているか?私。



昨晩のNHK「プロフェッショナル」は、
仙台のスーパー、主婦の店「さいち」さんの
経営者ご夫妻の話だった。
おはぎやお総菜で有名なスーパーで、
私も行ったことがある。

夫は79歳、妻80歳のご夫妻が、
なんというか、命をかけて仕事をしている感じが
伝わってきた。
東京にいい果物があるときくと
夫は仙台から車を走らせて見に行く。その日のうちに
帰ってこられるよう朝早く出る。
妻は心臓にペースメーカーが入っているからだで、
夜中の1時に起きて総菜の仕込みをする。
夫は毎日天気と来店者数と売り上げの記録をつけ、
妻は総菜部門を引き継げそうな人材を育てる。
常に、ベストを探して
お互いの意見を言い合う。

そこまでやってるか?私。



とんねるずの石橋さんが、
女性芸人たちとのおしゃべりの中で、
「中途半端」だと自己評価していた。
あれほど活躍している石橋さんが、
そう言う。

大好きな静岡のブティックのオーナーは、
「信じる者、
 信頼関係の作れる者と書いて 
 儲けると読む。
 そのことに何度も立ち返る」
と言っていた。


自己評価のものさしを
しっかりと自分にあててるか?私。





という訳で、
3月はフィードバック月間。

もちろん自己評価もする。

他者からも、いただこう。

活動中の学校で、
先生方に、
良かった点、改善した方がいい点を
教えてもらう時間を
ちゃんととっていただけるよう
お願いしてみる。

おっしゃるとおり!
という当たってるだけにイタい批判や、
そりゃないよ・・・という誤解があったとしても、
私は、まっすぐに聴きたいと思う。
きっと凹むし、
心折れそうになりながら、
それでも、何かを得たいと思う。

思えば、評価されることを怖がっていた
長い日々があった。
その時の自分のこと、
今考えると、せつないな。
きつい評価にとっても耐えられないと
自分のことを思ってた。

評価と自分自身を分けて考えられるようになった
スキルを得たことは大きいよ。



さ、3月がスタートした。
日常の仕事をしながら、
今年度をしめくくり、
来年度に繋げる日々だ。


 











 
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谷澤 久美子
counselor