2013年10月の記事 | 今のところではありますが…
「だから荒野」「私の愛した大統領」

【2013.10.29 Tuesday 17:44
桐野 夏生
毎日新聞社
¥ 1,680
(2013-10-08)

私が人に感じる
人間的な魅力ってのは、
かっこいいだけじゃないし、
正しいだけでもないし、
だからといって破天荒なだけでもないなあ。

私は多分、
人の必死な感じとか、
外側からの影響を受けて、
ちょっとずつ内側を変えていくプロセスとか、
寛大さとか、
そういうものがちょっとでも見えた時に、
いいなって思ってしまうことがある。





桐野夏生さんの小説「だから荒野」の
主人公、主婦の朋美は、
2人の息子からは、
「きもい、マジ早く死んで」
とか、
「金だけくれよ」
とか言われる。
夫は自分の楽しみを最優先にする
身勝手極まりない男。
誕生日の日のあまりに理不尽な家族に
頭にきて家を出る。
もちろん、誕生日の日の出来事はひどい。
でも、その日だけではなく、
積み重なってきたものがあって、
爆発するのだ。
レストランのテーブルから立ち上がる
朋美の様子を読んだ時、
もうやめた!っていう彼女の声が
聞こえた気がした。

これまでも、子どもや夫には、
彼女なりの方法で対抗してきた。
たとえば、
インターネットでゲームしている息子の様子は
見なかったことにしたり、
ご飯を作っても食べないからサボったり、
その方法は果たしてどうなの?というやり方だったけど、
でも、家族の彼女に対する扱いは
本当にひどいから、
それも仕方なかったと思う。

でも、それでもあふれてしまった怒りは、
家族を捨てるという行動になる。

ただ、この瞬間までは、読みながら、
朋美に同情はできても、
魅力は感じられなかった。
家族と決別してから、
だんだんと引きつけられていった。

車で宮崎をめざす彼女。
道中で人を知り合い、
だまされる経験があり、
そして、長崎に落とされた原爆の語り部ボランティアで
核廃絶を訴える山岡との出会いがある。

それまでは家族の中にいても孤独だった。
「誰もわたしの気持ちなんかわからないし、
 わかろうともしないってことに気付いたから」
と、朋美は家を出た理由を友人に語るが、
気持ちをわかってもらえないことより、
分かろうともしてもらえないことがキツかったと思う。
そういう日々で、
彼女はもう、自分の気持ちなどを確かめることも
あきらめてしまったんだと思う。

そのことに、
一人になった途端、スイッチいれる。

その裏では、
あいかわらず、バタバタと、
自分のことばかり考えている夫。
大義のために生きる山岡と
せせこましい夫があまりに対照的で、
悲しい。

結局彼女は家族の元に戻る。
まだまだ家庭は荒野かもしれないけど、
荒野でどう過ごすか、
朋美はちょっと自分のやり方を変えると思う。


って訳で、
朋美が思いがけずに、
私にとって魅力的な存在になっていった。



映画「私の愛した大統領」の
フランクリン・ルーズベルトは、
めちゃ女ったらしだ。

妻とは別居中。
有能な秘書とは愛人関係で、
他にも浮気の相手がある。
さらに、
忙しい毎日に心のやすらぎを与えてくれる
親戚のデイジーとも関係をもつ。

ストーリーは、
このデイジーの目を通して描かれる。

女性に関しては、そういう訳なんだけど、
彼の人としての魅力は、
イギリスのジョージ6世との話し合いの場面で、
おおいに発揮されてた。

ジョージ6世は、
映画「英国王のスピーチ」で描かれた
吃音を持つ国王。
兄が、アメリカ人女性と恋愛をして
国王の座を捨て、
そのつもりではなかったのに、
国王の立場になった人だ。

ドイツとの戦いが始まる前に、
アメリカからの支援を取り付けようと
訪米したジョージ6世。
妻は何かというと兄と比べ、
馬鹿にされてないかどうかばかりに
気を取られている。
ジョージ6世は、
まだ未熟で、自信もない自分を
卑下していた。

そんな彼を2人だけでの対話に誘った
ルーズベルトが、
ほんとに素敵なんだ。

まるで父親のように
温かく彼を励ます。
もし自分があなたの父親なら、
あなたのことを誇りに思うと、
最大限の褒め言葉を伝える。

ジョージは、つい弱音を吐く。
「この吃音が(辛い)」と。
すると、ルーズベルトは一喝する。
「どもりくらいなんだ!
 私は小児まひで車椅子だ」(←映画の字幕のまま)
と。
それをきっかけに2人は本音の話ができ、
ジョージ6世は、自分をさらけ出すことが
できるようになり、
アメリカ国民からも支持された。

この映画は、デイジーと大統領のラブストーリーを主に
製作されているんだと思うけど、
私にとっては、この国王とのエピソードが心に残る。

そして、
女性に関しても、
外国の要人に対しても、
オープンであったってことは、
多分、彼の政治的手腕に大きな影響を
与えていたと思う。
そのことは、
アメリカの歴史の中で唯一の
大統領として4選した理由の中の
一部なんじゃないだろうか。























 
author : tanizawa-k
| | comments(0) |

とりあえず、完走。

【2013.10.28 Monday 01:59
マラソンに挑戦した。
島田市の大井川マラソン。
フラットで、初心者でも走りやすいと
聴いていて、
しかも途中の「給食」が楽しいとのこと。

参加を申し込んでから、
長い距離を走る練習をしなければ!と
予定していたが、
9月9日に腰痛が。
8日ドライブしたとき、
夫がドーナツを食べたいと言い、
後ろの席にあるドーナツを取る。
思いっきり腰をひねって取ったので、
それが原因では?と
夫をなじる。
夫はめちゃ良い人なので、
「そうか、そうか、
 悪かったね」
という態度。

祖母のことを思い出した。
腰が痛いと言い、整形外科を受診し、
検査の結果家族が呼ばれ、
膵臓のガンとのことだった。
祖母も、最初、
「おじいちゃんが、
 つけものが好きだから、悪い。
 つけもの石を無理して持ち上げた時、
 腰を痛めた」
と祖父のせいにしていた。
似てる。

2週間、傷み止めを飲みながら、
なんとか生活をする。
「走りたい!」と思いながらも、
走ったことで、仕事ができなくなると困る・・・
と思い留まる。

大阪に4日間の出張もあった。
普段は出張の際は、
朝、家の仕事がない分走れるのに、
それも、やめておいたりする。

そのうちに、痛みがあるあたりに
疱疹が。
なんと、傷みの原因は帯状疱疹だった。

医者から言われたことは、
「タバコは吸わない。冷やさない。
 安静にしない」
もともとタバコは吸わないし、
冷やさないのも、できる。
安静にしないのは、
安静にしていると、痛みに敏感になって
しまうからということだ。

結局、病気が判明し、
服薬が終わるまで、
26日間、ランを休んだ。

それが、イタかったなあ。

そこから週に2〜3回、
一回につき8㌔くらいづつ走って、
一度は15㌔走ってみたが、
間に合わなかった。

初マラソンは、
23㌔くらいの時点で、
右ふくらはぎがつり始め、
ちょっと歩いて筋肉を休め走ると、
またぴりぴりと・・・ってのが続き、
結局25㌔からは歩いてしまった。

マラソンは、そんなに甘くないんだなあ。

しかも、i.phoneに7時間分の音楽を、
考えて入れておいたのに、
gpsが作動していたためか、
12㌔の時点ですでにバッテリーがきれた。
がっくり。

今まで10㌔のレースには3回出た。
その時は沿道からの「がんばれ!」の声は
嬉しかった。
しかし、初マラソンの、この苦しさの中で、
「がんばれ!」と言われると、
心の中で「がんばってるし」と、
「スマイル!スマイル!」という励ましの声には、
「走ってない人に、言われたくない!」なんて
心の中で悪態ついた。
一生懸命応援してくれてるのにね。
小さい自分を再確認。

その中で「ナイス、ファイト!」は、
嬉しかったなあ。
だって、後半はずっとファイトしっぱなし
だったんだもん。

なんといってもこの大会の運営はすばらしい。
運営側が用意してくれた「給食」の他にも、
プライベートに設置してくれている
エイドステ−ションがある。
一番苦しい時に、
私は市民の男性が作ってらしたそこで
柿をいただき、
筋肉を冷やすスプレイをかけてもらった。
また、ゴールしたあと、
そのまま順路を歩くと、
大会記念品のTシャツをもらうことができ、
しかもすぐに完走証を用意してくれる。
並ぶこともなく、めちゃくちゃスムース。
荷物の受け取りでは、
何も言わなくても、
ボランティアスタッフの方が、
ゼッケンを見て番号をチェックし、
荷物をもってきてくれる。

会場設営も、
前日まで台風で大変だったから、
朝早くから、きっと突貫で
やってくれたんじゃないだろうか。


私は、時々、ルーズベルト米大統領の
「競技場に立つ人」という演説が
頭の中に浮かんだ。
みっともなく足をひきずっているけど、
私は、今日は、競技場に立っている!

42,195㌔を約6時間半かけて、
半分歩いたけど、
一応完走。

明日、私の足は、どうなっているだろ。
階段の上り下りできるのだろうか?


ま、とにかく谷澤、
やりました。





 
author : tanizawa-k
| 日常 | comments(6) |

wonderful tonight祭り

【2013.10.26 Saturday 19:36

来年2月に来日する Eric Claptonのチケットが
取れた。
やった!!!
にんじんがぶら下がったので、
秋のタフなスケジュールも、やれる!!!

思えば、中1で出会った親友の
お兄さんから教えてもらった
♪LAYLA♪から約40年。

彼は薬物やアルコール依存症や、
息子さんの事故死を乗り越えて、
いろんな女性たちと恋愛をして、
いろいろな曲を作って、
今年68歳なんだそうだ。



一番好きなラブソングは
♪wonderhul tonight♪

イントロのギターの部分を聴くたびに、
私はいつでも、
18歳に戻る。
なぜかせつなさでいっぱいになる。

親友のジョージ・ハリソンの妻だったパティと恋人同士になって、
ある時、パーティにいくために身支度をしているパティを待って
いる間に、この曲を作ったそうだ。

♪すごく不思議なのは、
 僕がどんなに深く君を愛してるかってことを、
 君がまったく気づいていないってことだ♪


↓このスローなバージョンも好きだけど、
 



一番かっこいいと思うのは、コレ↓



ちなみに私は夢の中で彼に2回プロポーズされているが、
その時現れたのは、このジャケットをきている、この姿の彼。




明日はレースで少し長く走る予定。
パワーソングは、コレなんだ。
この曲で走れる自分がおかしいけど、
でも、いける。




 
author : tanizawa-k
| 日常 | comments(4) |

「ハイハイ」と「思春期」

【2013.10.25 Friday 08:58
毎年呼んでいただいてる島田市教育委員会から
今年もお声がかかり、
思春期の子どもをもつ親のための講座2時間X2回の
講師を務めている。
昨晩は一回目。
講座名は
「みるみる親子関係がよくなる
 会話術」というもので、
昨年のスタッフの方がつけてくれたもの。
このタイトルも引きつけられるし、
広報力もすごいんじゃないかと想像するが、
夜7時からの講座なのに
今年も50名の方が参加してくれた。
二回目はもう少し増えるようだ。

今年はご両親で参加されている方も
何組かいて、すごい!!!と思った。


子どもの心(脳)は、
その子のペースで自然に育っていくものだ。
身体は目に見えるから、
その成長は確かめられて安心だが、
心(脳)は見えないだけに、
心配になり、ついつい
「心配のたねに水やるおかあさん」
(毎日新聞 仲畑流万能川柳より)
になってしまったりするものだ。
だからこの講座の一番の目的は、
安心してもらうことだと思ってる。
参加してくれた保護者の方々が、
「100%じゃないし、
 失敗もする、
 この自分でまあまあいいか。
 この自分で、今やれること、
 やっていこう!」
って思ってもらえることを目標
としている。

参加された方が、
これまでの自分のがんばりを認め、
足りないところもあったけど、
あの時はあの時であれが精一杯だったなって思え、
同時に、
今やったほうがよさそうなこと、
やらないほうがよさそうなことが分かり、
その中から、自分の家庭にあったヒントを
みつけてくれること、
そんな2時間X2回になるといい。


そして、やったほうがいいことは
思春期のイライラをださせてあげる場を作ることだし、
まだまだ甘えたい自分も出せる場だし、
つまりは
子どもが子ども時代を安心してすごせる場を
どう作れるかってところから具体的にしていきたい。



今朝の「おはよう日本」の中で、
「ハイハイの重要性」についてやっていた。

今子どもたちは、
転んだ時に、顔や額をケガすることが
増えているんだそうだ。
それは、
緊張によるからだの硬さや筋力の低下で、
膝を曲げて重心を下げることができなかったり、
転んだ時に手が先に出ないということがある
とのことなのだ。

早稲田大学スポーツ科学学術院の鳥居准教授は、
「ハイハイの重要性」を説明してくれていた。
ハイハイは身を守る力を育てる大切な運動で、
バランスが崩れそうな時に対応する力をつけるために
必要なものなんだそうだ。
それを十分にやらせてあげないで、
すぐにつかまり立ちをさせたりすると、
その力がつかないまま、次の段階にいってしまうような
ものなんだそうだ。

「ハイハイ」してると、
先を急がせたくなるのが親心なんだと思う。
でも、「ハイハイ」でしかつかない力があるように、
「思春期」時代をすっとばして大人になっていくのは、
その時に育んであげたい生きていく力を先延ばししてしまう
ことになってしまう可能性もある。
まあ、先延ばししたから悪い訳ではなく、
そうしたらの対処もあるけれど、
それでも
子ども時代を子どもとして過ごさせてあげて、
そんなに早く大人にさせなくていいよ!
って思う。

いらいらを出せる場。
面倒くさいって言える場。
お母さん、うざいって、
時々キレることができる場。
なのに、甘えてきたりもしてくれること。

子どもとして生きられる時間を
ちゃんと確保してあげたい。

私は、ますます、そっち派なんだなあ。

どうせなるんだから、
大人になること、あせらせないでいいよ。

で、
で、
で、
子ども時代を
子どもとして過ごすことができなかった方が、
もし大人になった現在、何かで苦しかったら、
安心できる環境の中で、ご自分のことを誰かに
話せるといいと思う。
本当にそう思う。




2週連続の講座なので、
昨晩一緒に学んだ方々と、
来週またお会いすることができるのが、
めちゃ楽しみなんだ。




 
author : tanizawa-k
| 日常 | comments(2) |

どこが、どのようにもろいか?

【2013.10.19 Saturday 20:37

谷澤相談室2013年度第3回勉強会
「ストレスと上手につきあおう」
を開催した。

午後の3時間、20名の方々と、
・ストレスとは何かをしる
・ストレスに関する自分の傾向をしる
・適切なコーピング(対応法)をしる
と、学んだ。

ストレスに関する勉強会は、
自分のこれまでの辛かった経験を
思い出す瞬間もあるし、
自分が上手に対応できなかったことなどを
確認してしまうような瞬間もあるし、
重苦しい時間になってしまうこともある。

しかし、今回のメンバーはとっても素敵で、
和気あいあいと、時には爆笑もありながら、
つまり真剣だけど深刻にはならずに
学びを進めることができた。

ストレスと上手につきあっていくには、
なんといっても自分の傾向を知ることが大切。
「自分のどこがどのようにもろいかを認識しな
 いと、傷つく可能性が高くなる」
 (ブレネー・ブラウン著「本当の勇気は
  『弱さ』を認めること」)
今回の参加者の皆さんは、
自分の「弱さ」をちゃんと認識して、
その上で、「今やれること」に目をむける
大切さを受け取ってくれたようだ。


<オープンにすることをOKしてくれた方の
 感想のご紹介>

・何回か講座に参加していますが、
 自分はちっとも進んでないように感じて、
 ちょっと取り残されているような気もして
 いましたが、続けているうちに、変わって
 いる部分あると気がつきました。
 多分私は、評価されたい気持ちが強すぎて
 自分の首をしめています。理想の自分を
 無理に演じなくても、今の自分を自分で
 認められる方向に考え方をシフトして
 いきたいです。
 「誰かに評価されたい」の「誰か」って
 「誰?」と問うていくと、一番大事な人
 ではないことに気がつきました。多少 
 恥ずかしくてもみっともなくても、
 誰かの目に映っているであろう自分を
 妄想するのはやめて、
 まず、自分と家族を大事にしていける
 自分でやっていこうと思います。S

・仕事柄、ストレス耐性を強くしたいと思って
 います。ストレス反応への対応方法や、
 ストレッサーのコーピング(問題解決)ばかり、
 今まで気にしていました。今回の勉強会に
 参加して、今の私に必要なのは、評価
(思い込み)へのコーピングだと思います。
 「〜〜しなければならない」という思い込み
 が、私自身をしばっているように思います。
 非合理な思い込みをソフトな表現に言い換え
 ることを実践していきたいです。ぽこすけ

・最近はアサーティブを勉強し始めて、人に
 ものを頼めるようになってきましたが、
 以前は、全部自分でやらなきゃと、
 大変でもしんどくてもがんばりすぎていた
 ことが分かりました。その後のケアも、
 ほとんどやっていなかったので、ストレス 
 がたまって、結局10年経った今でも、
 完全に体調が戻っていません。私に今、
 最も必要なことは「ストレス反応への
 コーピイング」だなと思いました。
 昔よりは自分に優しくできるようになり
 ましたが、自分のことは横において他者の
 お世話をしてしまう癖があるので、そうい
 う時には自分のケアをちゃんとしたいと
 思いました。       みねっち

・がんばり過ぎで、完璧主義な私。
 わかってはいるものの、やはりやらずには
 いられない私。
 いつも笑顔で明るくふるまい、行動的な私。
 そんな自分はとっても無理をしていて、
 ストレスいっぱい。どこかへ逃げたくなったり
 消えてしまいたくなったり、でも絶対そんな
 ことはできない自分。どうしていいかわから 
 なかったり、周りにあたりつらしたりして・・・。
 でも、目の前の必要のあることを、ちょっと
 ずつやりながら、いきます。  よりちゃん

・ストレス社会をどう生きていくか・・・
 そんな気持ちで勉強会に参加しました。
『〜〜ねばならない」この考えを、少し変える 
 だけで気持ちもかわると思いました。
 自分らしく、無理しないで生きていきたいです。
 完璧な人なんていない。失敗も落ち込みも
 人間味があっていいじゃないか!  岡ちゃん

・自分の思考のくせ、よく頭の中に登場する考え、
 それに名前をつけることは、客観的に自分を
 見られることにつながるのでやってみたいと
 思います。思った通りに事が進まないと、ブチ
 キレる私は・・・暴走列車?キチキチ虫?そん 
 なネーミングがあっているかなあ?
 この勉強会は、いつも自分を見つめる時間が
 もてるので、貴重です。   のぶちん


*「ストレス・マネージメント」について学びたいと
 思った方はコチラをご覧ください。



//////////////////////////

さて次回の勉強会は?

満席になりました。
谷澤相談室2013年度第4回勉強会
「自分の価値を確かめる」
〜自分の価値が分からなくなった時に、した方がいいこと〜

思いがけない失敗、
丸ごと否定されるような激しい言葉を浴びせられた時、
分かっているのに止められない自分のイヤな癖への情けなさ・・・、
生きていると、
自分のことが自分で信じられなくなる瞬間ってあるものです。
そういう瞬間があっても仕方ないけど、
ずっとそれを胸に抱えたままでは、
社会生活はしんどいです。
どうしたらその重さが軽くなるのか、
一緒に考え、体験しあいましょう。

日時:2014年1月11日(土)
 9時30分〜16時30分(お昼休憩1時間)
会場:静岡県教育会館(静岡市)
定員:30名
受講料:5000円
講師:谷澤久美子(静岡市スクールカウンセラー)


<お申し込み方法>
メールで以下を記入の上お申し込みください。
①氏名
②住所(〒も)
③電話番号
*受付後、詳細をお送りします
(基本的にメールでお送りします。
 他の方法が良い方は、
 その旨お書きください)

メールアドレス:
kumikotanizawa@gmail.com

 
author : tanizawa-k
| 日常 | comments(0) |

贅沢なランチ。

【2013.10.18 Friday 19:13

今日は湖西市の岡崎小学校に依頼され、
PTA教育講演会の講師をしてきた。
この学校には昨年も呼んでいただいた。
続けて依頼いただけるってことは
満足してもらったんだなという晴れやかな気持ちと、
期待に応えられなかったらどうしようという不安を
感じながら、少しずつ準備をすすめていた。

だんだん不安が勝ってきて、
同時に「ええかっこしい」虫みたいなものも
出てくる。
「なんだ、去年の方がよかったじゃん」
とか、
「結局おんなじ感じかあ、時間のムダだった」
とか思われないようにしたい!
なんて、変に肩に力が入り、
パワポで資料を作りあげてからも、
考え続ける。

結局今朝、行きの新幹線の中も、
ま、往生際が悪いというか、
粘り強いというか、
思考は続く。

で、ひとつ思いついてしまったことがあった。
それは途中、コミュニケーションのゲームを
やること。

でも、予定されている参加人数を考えると、
そんなたくさんの人数でやったことはないし、
第一、所用時間は10分。1時間強の講演の中で、
10分もそのことに使うってどうよ?
葛藤する。
頭の中を、ぐるぐる働かせながら
岡崎小学校につく。

校長先生とご挨拶すると、
すごく温かい雰囲気の方。
ちょっとお話しただけで、
深くって素敵!!!

私は日頃考えていたことを思いきって
相談することにした。
「時々、小学校で学校保健委員会の講師を
 頼まれることがあるんです。でも、全校児童だと、
 とっても困るんです。心の発達は1年生と6年生だと
 全く違う訳で、どこを対象に話したらいいかわからず、
 全校児童対象の場合はお断りしてきました。
 先生、集会などでお話される時、
 どうされているんですか」
すると、
「どこを対象に話すかを考えるより、
 今自分が話したいことを話します。
 たとえば、最近では、サザンのコンサートに行った
 時のこと。桑田さんと自分は同じ年なんです。
 で、桑田さんは3万人を感動させてすごかった。
 じゃ自分は?
 自分も岡崎小学校のこどもたちみんなの前で
 お話するチャンスがあるって幸せなことだ・・・
 のようなこと」
私「その学年なりの受け止めをして
 くれるんですね」
校長
 「ただ、話す時に工夫はします。
  この時は他にもいる同じ年の人、渡邊えりさん
  やさんまさんなどの似顔絵を見せるところから
  始めました」
 (この時のお話は、岡崎小のHPに


私はこの話にすごく背中を押されて、
やっぱりゲームをやってみたくなった。
でも、心配事はある。
大人数のみなさん全員に伝わるイントロダクションが
できるだろうか。
大体みんな、面倒くさいとか思わないか?

それで先生に相談してみることにした。

ゲームの意図と内容を話し、
「先生、やれますでしょうか?」

校長「それはやってみないと、
   わかりません」
私 「そうですよね」
校長「ただ私は、
   谷澤さんが、うちの学校の講演に対して
   そこまで考えてくれたことがありがたいです」

その一言で、ぶるぶるっと武者震い。
腹が決まる私。
よし、思いきってやってみよう。

結果、感触としては
成功・・・?




その後、校長先生とランチをいただいた。

校長先生はゲームとの出会いをきいてくれて、
私は、私のこれまでのエポックメイキング的な
出来事の中のひとつだということを伝えた。

すると、校長先生にとっての、そういう体験を
話してくれた。

 それは平成13年の世界水泳、800m自由形決勝
 のテレビの生中継を見ている時のことだそう。
 当時のスーパースターは18歳のイアン・ソープ選手。
 実況中継は古館伊知郎さん。
 世界新記録でもうすぐゴールという時に、
 古館さんのアナウンス。
 「渋谷の地べたに座っている18歳の若者がいる。
  そして、世界記録に向けて黙々と泳ぐこの18歳
  もいます。どちらも・・・」
 この後古館さんはもう一言叫んでいたけど、
 早口で校長先生には聴き取れない。
 おそらく「どちらも同じ18歳なのに何という
 違いか!」というようなことかと予想し、
 ただ、気になったので、ニュース番組を録画し、
 何度も再生して確かめたそう。
 
この後は、この話に感動した私にくださった
校長先生の書かれたペーパーから抜粋。

「古館さんはこう言っていました。
 『渋谷の地べたに座っている18歳の若者がいる。
  そして、世界記録に向けて黙々と泳ぐこの18
  歳もいます。
  ・・・どちらも自分のありかを探している
 衝撃を受けました。
 人を見る古館さんの目が『どちらも自分のありかを
 探してる』という見方であったことに。そして、
 自分自身がそういう見方を全くしていなかったことに。
 『渋谷の地べたに座っている若者たち』を『自分の
 ありかを探している人』としてみた時、
 『いとおしさ』と言ってもいいような気持ちが
 こみ上げてきました。
 これ以来、私は、こういう目で人を見られる自分で
 ありたいと思うようになりました」

古館さんの見方を、私たちカウンセラーは
共感的理解という。
表面的な現れ、ふるまい方、出来事の背景を
さまざまに考え、共感的に理解することだ。

校長先生は、
人を共感的理解をもって見たいと、
その時から考え、実行されてきたんだ!
だから、私に対して
「うちの学校の講演に対して、
 そこまで考えてくれてありがい」
という言葉を持たれたんだ。

そしてそれは、
日常の中で常にやってらっしゃることだから、
あんなに子どもたちがまとわりついてきて、
ハイタッチをねだるんだ。
子どもたちには、
校長先生は常に、
「自分のことを分かろうとしてくれている」
ってことが伝わっているんだ。


この話を聴きながら、
(いや、実はこれ以上にもっと)
こういう話をしてくださる、
校長先生を独り占めしていただいたランチ。
もう、なんとなんと贅沢なことだろう。
もったいない。
もったいなさすぎる。

しかも、校長先生が作られた物語や
職員室で話されたことの記録などを、
お土産でいただいた。

あ〜今日はなんと、いい一日なんだろう。



 
author : tanizawa-k
| 日常 | comments(0) |

分かってもらえることが嬉しいって分かりました。

【2013.10.16 Wednesday 21:22
夏休み明けに何校かの中学校で行った
「心の健康」についての授業の感想が
揃った。

これは、
事前学習→授業→感想
という組み立て。

まずは事前学習として、
中学生たちに、
自分の生活の中で感じている気持ちについて、
五七五の文にしてもらい、
それを受け取って、
「心の健康」についての授業に組み立てる。

「わいてきてしまった感情をなかったことには
できないけれど、
その時どう行動するかは、
人間として問われる」
ということをもとにしていて、

彼らが作ってくれた五七五をカテゴライズして、
「どう行動するか」に挑戦する時の
ポイントを示す授業をしている。

その授業の感想を読みながら、
本当に瑞々しい彼らの心に触れて、
感動する。

たとえば、

・どんなにイヤなことがあっても、
気持ちをしまって、いつも笑顔でやってきた
自分を振り返っていたり、

・大人に前向きに考えなさいと言われて、
そんなに簡単にはなれないと思っていたけど、
後ろ向きになることも人間だからある
と言われてほっとしたとか、

・みんなの五七五をみて、
みんなも不安もあったり、いらいらしたり、
面倒くさいって思ってるのが分かって、
自分だけじゃないって安心したとか、

・いろいろ感情がわいても、
一回我にかえる自分になりたいとか、

・親たちに「がんばれ」と言われても、
上手くいかないことばかりで、
いらいらしていて、いらいらする自分も
いやだったけど、
いらいらしても仕方ないって言われてすっきり
して、でも、人に言葉でぶつけたり、
モノにあたったりするのはやめておこうとか、

・自分は五七五をふざけて書いちゃったけど、
みんなの作品を知って、そんな自分が
恥ずかしくなったとか、


私の話を聴いて、
自分なりに一生懸命に考えてくれて、
学びとってくれたことを、
自分なりの言葉で感想に書いてくれていることが、
愛しくて愛しくて、たまらない。

感想を十分書いてくれてある上に、
感想の五七五を作って書いてくれた子も、
何人かいた。
「表現する」おもしろさを感じてくれて
いる様子がわかって、うれしいな。


夏休み明けの授業から、
実は、それまでより強化したことがある。
それは、ひとつひとつの五七五を読み上げた後に、
一言二言、それを書いてくれた生徒に向けて、
言葉を返すこと。

授業中の眠さについて書いてきた子には、
「わかるよ、そういうことあるよね。
 工夫しようね」
とか、
恋したいけど縁遠いことを書いてきた子には、
「恋したいよね、これからだよ。あきらめないで」
とか、
親が口うるさいことを書いてきた子には、
「うるさいって思うんだね。
 ほっといてって思うよね。
 ただ、きっと親は、あなたのことを
 応援したいんだよね」
とか、
リーダーになったとまどいを書いてきた子には、
「とまどう気持ちを正直に書けたのは、すごいよ。
 どういうリーダーになりたいか考えてみよう」
とか、
レギュラーになれない悔しさを書いてきた子には、
「悔しいんだね。
 悔しいのは、どうありたいかという理想がある証拠。
 理想に向かってできること、してこう」
とか。


すると、

・先生が僕たちの五七五に言葉をつけて
くれるのが嬉しかったとか、

・どんな五七五にも「わかるよ」など
認める言葉を言ってくれて、
それがすごくよくって、
分かってもらえることが嬉しいことが
分かりましたとか、

そんな感想もいっぱいあった。

授業の時は、
私対生徒たちとなるけど、
ひとつの五七五を読む瞬間は、
その文を書いた生徒に届け!という気持ちで
言葉をかけていたつもり。
それで、
本当にその子を思ってかけた言葉は、
他の子たちにも何かが伝わるんだと
分かった。


この授業は、
今年度、まだ何校かでやる。
第二弾を依頼してくれている学校もある。

なんかさ、
つくづくと、
幸せな仕事だなあと思う。


 
author : tanizawa-k
| SC | comments(0) |

「フランクル『夜と霧』への旅」

【2013.10.11 Friday 11:59

学び始めたロゴセラピー。第一回目の自己紹介の時、
多くの方が、この本を読んで参加されたと紹介して
くれていた本。
著者は朝日新聞の編集委員。
「夜と霧」の著者のフランクルの家族を始め、
最初に日本にこの本を紹介した方、
翻訳者や、研究者、
関係する方々を丁寧に取材し、
新聞に連載記事として掲載したものを
核としている。
新聞連載は、偶然、東日本大震災の後、
2011年4月18日からだったが、
実は前の年から取材をしていたそうだ。
その時期のこの連載は、
大きな意味があったと思う。

この本の中では、
フランクルや「夜と霧」に関する
いくつもの発見や、
新しい感動があった。

その中で二つあげておきたい。

ひとつは、
世の中の事象を、
善悪などの二分化論、対立の構造で見るのではない、
(強制収容所で残虐で理不尽な扱いを
 受けたにもかかわらず)
そのことからスタートする大切さ。

私にとってヒーローのような存在のフランクルも、
誤解をされたことがあったようだ。
その時、世の中は「ナチス=悪」という証拠を
求めていた。でも、フランクルはその世の中からの
期待に単純に応えない。もちろん、ナチスの
行ったことは理不尽なことなんだけど、
でも、フランクルは決して告発をせず、
そのような状況下でも、
「それでも生きること」をし続けた人間たちの
ことを表現することに終始した。
人として素晴らしい行動をした人の中には、
強制収容所の所長もいた。彼は捕われている人々に
自費で薬を買い、与えていたのだ。
おおまかにカテゴライズして、善悪を付けたい人
たちにとっては、都合の悪い事実も、フランクルは、
「それでも人生にイエスという」視点から表現する。
そこから受ける誤解も、
彼にとっては「意味のない苦しみはない」と受け
取ったんだと思う。

以前、田口ランディさんが、強制収容所のことを
取材した本にも書かれていたが、「ガスの栓をあ
ける」という非道ともいえることをした人も、
家に帰れば家族を大切にし子どもを愛する一人の
父親で、
つまり、恐れるべきは、いつでも、自分もそう
なれてしまうかもしれないことを知っていて、
だからこそ、
二分化論や対立の構造という、わかりやすい方法で
襲ってくることに、「自分で考える」という方法で
自分を保っていくことなんだ。

このことが「夜と霧」のスタートラインだったという
ことは、私は気がつかなかった。
このことは発見で、すごく嬉しかった。


もうひとつは
著者の結論が、とても納得できたこと。
著者は、「夜と霧」を読みこなし、
この本に関わる多くの人との取材を通して、
どう生きるか、どう行動するかという問いへの
答を導き出した。
「・問うのではなく、答える
 ・引受ける」

人生から問題は次々と出される。
たとえば今の私には、
火曜日締め切りの3つの仕事を
どうやるのか?という問い。
この問いなど、楽な問いだ。
自分で招いたことだから、
とにかくやるしかないのだもの。
私は、答える。とにかくやると。

でも時々めちゃくちゃ難しい問いが
やってくる。
突然の家族の病気、
仕事上でのトラブル、
自然災害や、事故・・・
著者は、そういう時に、
どうしたらいいの?と人生に
問うのではなく、
こういう人生からの問いに、
どう答えていこうかと考え続け、
考えたことを行動し続けることだと
言っている。

私にとっては、
たとえば、不妊治療の結果、
子どもをもてないという人生からの問いかけに、
私は自分で考えて答えていくしかない。
そういう私の人生をどう生きていくか、
考えて行動していくしかない。



私の頭の中に、時々ユーミンの
♪ダンディライオン♪の歌詞の一部が流れる。

♪傷ついた日々は彼に出会うために、
 そうよ運命が用意してくれた
 大切なレッスン♪

若い頃の、
葛藤と苦しみと自己嫌悪の日々、
この
「傷つくことさえ、レッスンになる」
という考え方は、すごく役に立った。

この曲は恋の歌で、
恋ってのも大切なことだけど、
そのことだけじゃないって、
もうその頃は分かる年になっていたから、
手痛い失敗も、
めちゃ恥ずかしいまちがいも、
ひどく人を傷つけてしまった時も、
ずる賢い自分を認めてしまった時も、
あらゆることに応用できた。
時間はかかっても、
「これは、レッスン。
 じゃ、どうする?」
って転換できたように思う。

あの頃ユーミンを知っていて、
すごく素直に聴けたことは、
私にとって今日に繋がる意味がある。
そして、
他者の苦しみからの回復に寄り添うと
いう仕事をしている私にとっては、
このことを自分に役立てる
だけではなくて、
ロゴセラピーで理論として学び、
学びながら実践を重ねていくことを
選択し続けることが大切なんだと思う。












 
author : tanizawa-k
| | comments(0) |

不安は未来に、怒りは過去に対して。

【2013.10.08 Tuesday 08:39
最近、よく「バランス」ってことを考える。

やっかいな2大感情といえば
「不安」と「怒り」だと思う。

「不安」系、たとえば「心配」「気がかり」などは
「これから」のことに対しての感情だ。
そして
「怒り」系は、
「これまで」のことに対しての感情。
「これまで」ってのは、一瞬前でも「これまで」として。

どっちの感情が襲ってきても、
効果的なのは、
①自分でその感情を明確にすること。
感情が明確にならない場合は、
からだにきいてみるといい。
「不安」系は、そわそわする感じや、
 落ち着かない感じを感じてることが多いよう。
「怒り」系は、熱くなる人もいれば、もんもんと
するような感じ、涙がでてくる人もいるよう。
感情が起こったとき、どんなことが自分に
おきているか自分でわかっておくと、
感情が明確になりやすいかも。

そうやって、感情を、自分の中で言葉にする。

②「今ここ」に戻る。
過去に比重がいっていて、
もんもんとして眠れないような時、
「くやしい」って自分で気持ちに名前をつけたあとは、
過去から今現在(ここ)に戻る。
将来に比重をおいてしまって、
ざわざわして何か手につかないとき、
「心配」って自分で気持ちに名前をつけたあとは、
紹介から今現在(ここ)に戻る。

「今現在(ここ」でできることって何だろうって考える。

どうがんばっても過去は変えられないし、
(過去の見方は変えられるけど)、
明日も、今直接コントロールすることは不可能だから、
過去と将来を相手に、頭の中で戦っても、
満足できない結果となることが多い。




それに伴ったことで、
自責、他責ってのもある。
これも、重きをどちらに置きがちかのくせが
誰にでもあるし、
スタートはどちらかだったとしても、
「責める」というくせは、簡単にどっちでも
ころがるので、
結局は自分を責めて、そんな事情を作った他者を責めて、
他者を責める自分を責めてとぐるぐると苦しい循環に
入ったりする。

それはバランスって視点で考えると、
かなりキツいので、
「今自分」に戻る。

どっちもそこそこ責任あるし、
どっちもそこそこ事情はあったし、
じゃ、「今の自分」なら、どうする?

「今」の「ここ」にいる「自分」で
できることをする。



将来が不安なのは、
自分の人生を大切に思っている証拠、
過去のことで怒りを覚えるのは、
自分自身の権利を守りたいという現れ。

自分を責めてしまいたくなるのは、
もっとよくなりたいからこそだし、
他者を責めてしまいたくなるのは、
自分自身をせめて自分で認めたいからだ。

どれも、悪いことじゃない。
でも、バランスをかくと、
トラブルの元になる。

バランスは大切なんだ。

どこかに比重があって苦しかったら、
重しの位置を見直そう。
バランスとれる位置に置こう。



「今」の「ここ」にいる「自分」で
目の前のやる必要があることを、
淡々とやる。
バランスがどちらかにあると、
感情が教えてくれたら、
「今」「ここ」「自分」に
戻ろう。
それを続けていくこと。


なんてね。
ちょっとまとめたくなって。






author : tanizawa-k
| 日常 | comments(0) |

数えきれない平凡なこと

【2013.10.05 Saturday 08:48
一昨日の朝、小学校へ通学する途中の
小1くらいの子をみて、
なんかジーンとした。
手に集金袋を握りしめていた。
何度か確認しながら歩いていた。
きっとお母さんが、
ランドセルの中に入れると、
どこに入れたのか混乱してしまうだろうと思って、
手に握らせたんだろうな。
落とさないように、めちゃ握力入ってる感じが、
信号待ちの車の中の私にも伝わってきた。

その時、今年の夏いただいたはがきに書かれていた
言葉を思い出した。

星野富弘さんの絵はがきで
日々草と詩が書かれていた。

「今日も一つ
 悲しいことがあった
 今日もまた一つ
 うれしいことがあった
 
 笑ったり泣いたり
 望んだりあきらめたり
 にくんだり愛したり
 ・・・・・
 そして これら一つ一つを
 やわらかく包んでくれた
 数えきれないほど沢山の
 平凡なことがあった」

「数えきれないほど沢山の平凡」も、
結構心揺さぶられることがある。

大学の後輩から影響を受けて
「年がら年中 長嶋茂雄」という日めくりを
トイレに置いてある。

10月3日は

「勝負は家に帰って
 風呂に入るまで
 わかりません
   長嶋茂雄」

だった。

昨年もこの日は大笑いした。
「勝ったか負けたか、わかるじゃん、 
 試合終われば!」
とつっこみながら。

でも、今年は、
もしかすると、
彼にとっての勝負は勝ち負けだけではなくて、
いかにお客さんに満足してもらったかとか、
自分のパフォーマンス的にはどうだったかとか、
そういうことも含まれているのかも・・・
などと考えてみた。

もしかすると彼は、お風呂に入って、
自分のその日のことを振り返って、
自分で自分を評価して、
初めてその日の野球が終わるのかも・・・
なんて。


昨日は、
久しぶりに髪を切った。
鏡の中に、見慣れない自分がいる。
なのに夫は気がつかない。
「髪切ったよ」
と言うと、
「あ、ほんとだ。気がつかなかった」
と。
この悪びれないところが、
にくいねえ。


「数えきれない沢山の平凡なこと」
も、
なかなかあなどれなし。





 
author : tanizawa-k
| 日常 | comments(0) |


谷澤 久美子
counselor