感情について書いてみた。
以下
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「56・感情を言葉にすることに
抵抗がある方へ」
昨年6月、7月号で、
相手の話を聞く時も、
自分自身の心の整理をする時にも
有効な3つの問いについて書きました。
?事実(何があったか)と
問題(どんな影響があったか、ありそうか)
?感情(?に対してどんな気持ちか)
?要望(何を望むのか)です。
それについて何人かの方から
「?の感情を言葉にすることが
難しい、抵抗がある」
という感想をいただきました。
それもそうだろうなと思いました。
私たちは幼い時から
「緊張しないで」
「それぐらいのことで、いつまでも悲しむな」
「不安ばっかり言うのは弱いから」
など、
特にネガティブな(不快な方の)感情を
抱くこと自体がダメなこと
のように教えられてきましたものね。
もちろんそう教えてくれた方は、
早くその感情を取り除いた方が
「あなたのため」と
良かれと思って掛けてくれた
言葉だと思うんです。
しかし、実はそれは逆。
湧いてきた感情を感じてないように
抑圧すればする程、
あるいは「湧いてなかったことにしよう」と
スルーすればする程、
いつまででも頭の中に
残ってしまうものなのです。
なぜなら感情は生理現象、
命を守るためのからだの働きだから。
一旦きちんと自覚しないと、
一層大きく私たちに影響を与え、
長い期間苦しむことになるかもしれません。
少しでも取り扱いやすくなるために、
いくつかの感情の意味を
確認しておきましょう。
たとえば、
「不安」は将来の危険を察知し、
準備しておくために湧いて出てくるものですし、
「恐怖」は今現在の危険を察知する力、
この力があるからリスクを回避することができます。
「悲しみ」は別れや思いがけない出来事などにより
大切なものや人や機会を失った時に
湧いて出てきますが、
この感情は心の体積を広げるとも言われていて、
ないと冷たい人になってしまうかも
しれませんね。
「寂しさ」は、存在するはずの人(ものや機会を含む)
が欠けてしまった時に現れますが、
この感情を抑えると孤立していく可能性があり、
逆にいうと人との繋がりの大切さを
確認させてくれるとも言えます。
「困惑」は望んではいない事態が生じて
解決の方法が分からない時に沸くもの。
困らないと問題解決には向かわない訳で、
科学やさまざまなシステムの
進歩の歴史の背景には
必ずこの感情があったのでしょうね。
「怒り」も大切な感情です。
思い通りにいかない時や、
攻撃を受けた時、
あるいは自分の権利が侵された時に
沸く感情。
この感情がないと
自分や自分の大切な人たちを
守れないかもしれません。
瞬間的な場合もあれば、
ゆっくり大きくなっていく場合もありますね。
「怒り」には別の感情、
たとえば「悔しさ」「残念」「心配」
「困惑」「寂しさ」などが
隠れている場合があり、
そのことを自覚することで
落ち着いた言動ができる可能性があります。
ネガティブな方であったとしても
感情が湧いた時には、
まずは気づき、
受け止め(頭の中で感情名を特定し)、
自分の言動を選択したいです。
それが困りごとであれば、
助けを求めるもいいし、
不安であれば話を聴いてもらえるのもいいし、
瞬間的な怒りであれば
その場から離れるなどもいいし、
後で気分転換もありです。
そろそろ学年末の仕事、
成績や、通知表、
引き継ぎの為の指導要録などの期限が
気になり始める頃でしょうか。
「気になる」や「あせり」を
一旦受け止めて、
その上で今すべき仕事に
取り組めるといいですね。
・・・・・・・・・・・・・
夫が育て収穫してくれた大根。
糠漬けにしたり、煮物やサラダ、
瑞々しくって、とってもおいしくいただいている。
ただ、
きっともっと下にのびたかっただろうに、
土が固かったんだろうなって思う。
「苦し」かっただろうな。
・・・という訳で、夫は土の改良を
がんばってくれている様子。
]]>
Audibleを始めて、
学期中には読めなかった小説を、
仕事の行き帰りで楽しめるようになった。
「体験期間中にハマる時があるらしい」と
cmで言ってたけど、
私もその一人で、
小説が佳境に入ると、
料理しながら、
お風呂に入りながら
イヤホンをつけている。
そうして体験期間を終了し、
サブスク2ヶ月以上たった。
小説6冊、
ビジネス書2冊、
ノンフィクション1冊を聞き、
今も小説をきいている。
それとは別に仕事上必要(と思ってる)本を
目で読んでるけれど、
両立できることも分かった。
視覚優位の私だけど、
案外大丈夫ってこともわかったし、
最初のうちは
あまりにもハマって、
ぼーっとする時間がなくなって、
使う時間がなくなっている感じがあったけど、
最近は
使う時、使わない時のバランスがとれてきた。
それで
恥ずかしいくらい当たり前のことなんだけど、
改めて確認したことがある。
人間は
・「言葉」で考えている。
・一回(瞬間瞬間)に
ひとつのことしか考えられない
ということを確認したことだ。
めちゃくちゃ夢中に小説を聞いていても、
瞬間、
あれ?
今日豚肉解凍してあったっけ?など、
考えた途端に、
その瞬間に流れていた小説の「言葉」は
聞いてないんだ。
なんとなく理解できればそのまま聞きづつけるし、
「無理っ」となれば、巻き戻す。
いやあ、これ、
本当に当たり前のことだけど、
意識してみると、
あまりにその通りで
おもしろい。
おもしろいついでに
実験してみると、
なかなか興味深い。
実験内容はこうだ。
小説をきいていて、
ふと、
車の外を歩く中学生たちの姿に気を取られ、
「あれ?受験、終わったのかな?
みんなで一緒に帰ってきたのかな?
肩組んでるって、なんかいいな。
合格発表はまだ先、
不安な気持ちで過ごすんだろうな」
などと考えて、
小説の文章を聞き流してしてしまった瞬間に、
一旦、小説をとめて、
その中学生のその時の背景を想像してみると、
その時は、
それまで夢中になって追っていた小説の筋は頭になく、
窓の向こうの中学生の今日の1日について、
しっかりと思いを巡らせられるのだ。
ってことは、
これは日常にいかせる。
瞬間、
たとえば
意地悪なことや、
社会的にまずいことや、
やばいこと、
卑怯なことなど
考えてしまったとする。
他にも、
ネガティブなことや、
自責の念でいっぱいになったり、
うまくいかなかったことを、
他罰的に誰かや何かの責任にしたり、
誰かのひとつの言動が気に入らず、
その人に全面的に✖️つけたり、
全部自分のせいにしてしまったり、
そういう考えが頭に流れたとしても、
それは、
次の瞬間に、
違う言葉を自分の頭の中に
流すことができ、
夢中になってた小説ではなく、
窓の向こうの中学生の1日に
思いを馳せられるように、
違う考え(言葉)を
自分の頭に流すことができるのだ。
起きた事実は受け入れて、
その時の感情も受け止めて、
そこから、
選択肢をあげ、
ちょっとでもましな自分でいられるような
行動を選択することができるんだ。
もちろん、
簡単なことではない。
そんなの分かってる。
でも、
これは希望だ。
大切なことは、
自分の頭の中に流れている言葉を
自覚することだと思う。
この「自覚」ってことで、
Audibleが
私に与えてくれた影響は
大きいと思う。
このことは、
いろいろな心理療法や
コミュニケーショントレーニングの
土台となっている考え方だ。
出来事に、
一旦とまって、
自覚をして、
行動を選択することを勧めている
療法や
トレーニング方法は多い。
ロゴセラピーでは、
自己距離化と呼び、
アサーティブ・トレーニングでは、
自分に誠実になることからスタートする。
建設的な生き方では、
コントロールできないことは受け入れ、
アンガーマネージメントでも、
感情がわいた自分を自覚する。
認知行動療法では、
自分の非合理な思い込み、
たとえば
・ゼロ100思考
・すべき思考
・拡大解釈 過小評価
・結論の飛躍
など、
特徴的な自分の考えを自覚し、
違う考えで上書きをすることを
練習する。
自覚する時のスイッチは
「感情」だ。
ネガティブな「感情」が
大きく揺れ動いている時、
特徴的な思い込みが裏にあることが
あるからだ。
特徴的な自分の考え方を知って
その考えがわいているときに、
そのことを自覚し、
違う考え方で上書きする。
どの方法でも、
頭の中に起こっていること、
つまり
頭の中に流れている言葉を
明確にしておくことに慣れとくのは
めちゃくちゃ良いと思う。
Audibleは
そんなことも
考えさせてくれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
ちなみに、
いろいろな心理療法と
アサーティブの親和性を学び合う
アサーティブ・カフェは、
3月16日(土)の午後。
以下はお知らせ。
・・・
3月のアサーティブ・カフェは集まろう!
●参集型アサーティブカフェ
テーマ「がんばり方は変えられる」
「認知行動療法」「ロゴセラピー」
「CLー建設的な生き方」などの理論と
アサーティブの理論の共通点をまとめます。
そのことで、
何か複雑で難しい問題が起こった時に
乗り越えていく方向性が明確になります。
・2024年3月16日(土)13:30~16:30
・静岡県教育会館 地下 中会議室
・3300円
・お申し込みは
kumikotanizawa@gmail.com
・基礎編受講された方が参加可能です
・講座終了後、懇親会を開催します
・あと二人参加いただけます
理論を学ぶことで、
私たちは
世界を見る見方の選択肢を広げられる!
・・・・・・・・・・・・・・
韓国ドラマを見る私をじゃまする
クラ
]]>
90分x2回の授業を行った時に、
学んだことや感想などを
コメントペーパーに書いていただいた。
学生たちの瑞々しく
そして、
自分ごとととして捉えてくれた言葉は
素晴らしい。
シェアすることにOKしてくださったものから
テーマ別に紹介してみます。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
まずは
「自分も相手も大切にする とは
何をどうすることなのか」
をテーマに書いてくれたもの。
◆
自分を大切にすることとは
自分の感情や考えを
自由に持っていいことです。
意地悪な感情や考えを
持ってしまうことは
自分が悪い人みたいでよくないこと!
と思ってしまいますが、
意地悪な感情でも
マイナスな考えでも
そんな気持ちになった自分を認めて、
そこから自分が幸せになるために
ポジティブに変換していけばいいと思います。
そしてその気持ちを
他者に伝えるも伝えないも
自分自身で選択出来る ということです。
相手を大切にするということは、
自分と同じように相手も
マイナスな感情を持ったり、
自分とは違う考えを持ったりします。
その時に否定したり、
自分と違う ということだけを
受け取ったりするのではなく、
相手の感情をまずは受け止めて
対話する、接する
ということだと思います
(4年)
◆
無理に取り繕ったり、
自分の感情に嘘をついたりすることは、
自分にとっても相手にとっても
誠実ではないということを学んだ。
自分を大切にするということは、
自分が抱えている課題に対して向き合い、
必要以上に自分の内面や感情を責めたりせず、
相手に伝える権利があるということを自覚して
コミュニケーションを図ることであり、
相手を大切にするというのは、
相手の感情や事情などに配慮して、
まず理解している、
しようとしていることを伝えることだと考える。
自分にも相手にも同じように
感情があり立場があるため、
過度にどちらかに立つことなく
自分の意志を尊重することが、
相手に対して誠実な態度となる。
また、それを真正面からぶつけるのではなく、
会話の前置きやポジティブな言葉で伝えることが、
お互いを尊重したコミュニケーションの実現に
つながるのだと考えた。(2年)
◆
自分を大切にすることと
相手を大切にすることは
紙一重なのだと思いました。
例えば、相手に具体的に
指示を出すように意識していれば、
自分が「もう少し早く来て」と
指示を受けたときには
「それでは30分ほど早く伺います」
と答えることができ、
そこでもし相手は5分早く来てほしいと
思っていたのであれば、
認識の違いをなくすことができます。
自分が相手の誘いを断りたいのであれば、
自分の気持ちや事情ははっきり伝えつつも、
相手の立場になって考えて、
最後に感謝を伝えたり、
代案を出すことができます。
普段の行動に1アクション加えることが
できるかできないかで、
コミュニケーション能力には
大きな差が出ていると感じました。
(2年)
◆
コミュニケーションは自分と相手との間で
行われることだから、
相手だけじゃなくて自分のこと(考えや感情)も考えて、
伝えようという思いをもって
優しさも持って、
でも自分に素直になっていいんだよ
という事を学ぶことができた。
実践するのみかもしれないけれど、
知っていると知っていないとで
大きい差が出るのではないかと思う。
人とかかわって生きていく中で、
この心がけは、周りの人間にも
影響を与えることができると思う。
周りも影響を受けて、
配慮ある優しいコミュニケーションが
できるような人が増えていけば
きっと共生社会につながることが
できるのではないかと思う。(2年)
◆
コミュニケーション上で起きた
困り事や課題を
自分やその人に非がある
とするのではなく、
その間に生まれた課題そのものに
問題があったとするという考え方です。
(2年)
・・・・・・・・・・・・・・
続いて
「伝えたいことの
整理の仕方」
をテーマに書いてくれたもの
◆今回の授業の中で
私が意識したいと思ったことは
誰かにお願いをするときに
課題を整理してから話す
ということだ。
誰かにお願いをするときは
自分の思いが一方的になりがちで
本当はもっと冷静に端的に
伝える必要があったはずでも
整理していないまま伝えることで
回りくどかったり
本当の思いが伝えることが
できなかったりするという経験を
自分自身何度もしている。
そのような経験を振り返ったとき
今回授業で取り組んだ
「課題を整理してから話す」
ということが取り組めていたらなと思った。
特に私は事実・問題・感情・要望の中で
感情や要望は伝えることができていても
事実や問題を伝えきれていないように思う。
事実が伝えられていない
ただの感情を話すだけでは
相手に納得してもらえないし
逆に自分がされるときには
疑問に感じてしまうこともある。
また要望に関しても
具体的な要望や
数値を使った要望というのは
説得力を増すことができ
有効であると感じた (2年)
◆
私は分析する傾向にあるし、
感情を伝えることも
よくやっていましたが、
要望の際に具体的にはっきりと
伝えられないことを
以前から悩んでいました。
しかし、今回の授業で
練習したことで、
事実や感情、問題点を整理し、
1番伝えたいことは何かまで
分析することで
事前に準備していれば
伝えられる可能性が
増えたように思います。
(2点)
◆
今まで、言いにくいことや
言いにくい相手に対して
ネッチーやオロロの対応をしてしまっていたが、
課題を事実、問題、感情、要望(提案)で整理し、
それを具体的、現実的にすると、
自分に対しても相手に対しても
誠実になれることを学び、
実際の課題を考えてみた時にも
誠実であることを実感した。
また、話し始めの一言に
相手への配慮や自己開示、
誘ってくれたことに対する感謝、
そして最後に提案や前向きな言葉で終わることで、
お互いにとって気持ちのよい
コミュニケーションになったり、
意識の矢印が課題に向いたりすると思ったので
実践していきたいと考えた。
そして、いきなり誰に対しても
できるようになるのは難しいと思うので、
自分の対応がどうであったのか
振り返りながら、
身近な人から実践し、
変えていきたいと考えた。 (2年)
・・・・・・・・・・・・・・
ペアでの活動について
書いてくれたもの
◆
今回の講義ではペアワークを行いました。
喋ったことのない人の意見を聞いていて
会話の言い回しや語彙が柔らかくて
素敵だなと思うことがよくありました。
私が思いつかないような伝え方も
たくさんしていて、
成人になったからといって
学ぶべきことは
まだまだたくさんあるように感じました。
(2年)
◆
この授業では、ペアで活動を行い、
初対面の人であったからこそ、
相手を尊重したコミュニケーション
というものをより意識できたと実感している。
Noと言ったり、
相手に依頼をしたりするときに
難しさを感じたが、
ポイントを意識して話すことで、
言った側も言われた側も
嫌な思いをしないのだと気付いた。
これから、人と関わる際に
この授業で得た知恵を生かしていきたい。
(2年)
◆
前回そして今回の授業は、
自分の最近の悩みに
ぴったりあっており少し驚いた。
人間が生きるうえで、他の人間との
コミュニケーションは欠かせない。
そんなコミュニケーションは
喜びの種にも悩みの種にもなりうる。
どうしたらコミュニケーションにおける
悩みの種を減らしてゆけるか。
そんなことを教えていただける授業だった。
その教え方も自分にとっては
とても新鮮で楽しかった。
普段の授業では
教授の言うことを受動的に聞く
というものであり、
アクティビティがあったとしても
情報共有程度である。
人との対話の中から学ぶという授業は
少なくとも私の所属する
経済学科にはない。
授業で行ったようなアクティビティは
行う前こそ緊張するものの、
行ってみるとすごく楽しい。
このことから授業外での、
緊張で腰がなかなか上がらないような
コミュニケーションも、
行ってみると案外楽しいのかもなと
再確認することができた。
この授業を選んで良かったです。
(2年)
・・・・・・・・・・・・・・
一般の方向けは・・・
<オンライン版
アサーティブ・トレーニング基礎編>
・4月13日(土)14日(日)
両日 9:00~14:00
・zoom
・24200円(消費税込)
*再受講の方・25歳以下の方・
障がい・難病をお持ちの方 は
半額で参加いただけます
・主催:谷澤相談室 http:ktanizawa.exblog.jp
<申し込み方法>
メールで、以下を記入の上申し込みください。
? 氏名 年齢 職業
?メールアドレス
?講座開催日に連絡が取れやすい電話番号
?受講希望の動機
お問合せは
kumikotanizawa@gmail.com
ここのところ
大好きなペン。
紫とか青とか緑とかの色味ありの黒。
]]>
ヴィクトール・フランクル。
ホロコーストを生き延び、
強制収容所での体験を書いた「夜と霧」は
1991年のアメリカ議会図書館の調査で
「私の人生に最も影響を与えた本」の9位。
そして、2月14日19:50現在、
アマゾンでベストセラー1位。
そのフランクルの生涯と思想を
深掘りするテレビ番組が
4月からスタートする。
多くの方に見ていただきたいので
今回は、そのお知らせ。
・・・・・・・・・・・
コスパ、タイパの流れもわかる。
私自身もせっかちなので、
研修などをうけていて、
「まずは、あなたなりの考えでやってみよう」
などと指示がでると、
「いろいろいいから、どんどん教えて」
と思ってしまう時もある。
映画も小説も、
評価を見たり、
大筋を知ってから見るという価値観も、
失敗なく、安心して味わいたいんだなあと、
まあまあわかるなあと思ってしまうこともある。
実際、Audibleで次の小説を選ぶ時に、
「BEST OF 2023」から選んで、
大成功した「汝、星のごとく」。
本当に忙しい世の中だし、
せっかく自分の大切な時間を使うなら
もったいない思いをしないように、
できる限り効率よく
間違いないように・・・
という考え方もあることは
悪くはないと思う。
そんな私なんだけど、
これは、
じっくりと!
と決め、
迷いながら
悩みながら
理論と実践をいったりきたりして、
わかった次の瞬間に、浅さに気づき、、、
というふうに、
直線的ではなく、
螺旋状に学んでいるのが
ロゴセラピーだ。
2013年の7月から
日本ロゴセラピーゼミナールで学び始めたので
10年になる。
昨年、講演会で発表をさせていただき、
ロゴセラピーを軸に、
自分の人生を振り返ることができた。
講演内容をロゴセラピスト協会論集に
掲載していただくため、
昨年末は原稿にまとめた。
今年の年初にかけて、
校正しながら、
さらに、振り返りを深めた。
そして
「後継者として期待されて育ったこと。
期待に応えられない罪悪感。
可愛がってくれた方々を
傷つけてしまった良心の呵責。
10年の間に祖母、母、祖父、父を亡くした
きつい体験。
家業を廃業したこと。
不妊治療。
墓じまい。
私の人生上のいろいろな出来事、
それらが
過去に起こったという事実は
そのまま変わらないが、
今となっては、
それらは、私をここにつれてきてくれた
出来事となった」
と痛感した。
何が起こるかはコントロールできないが、
起こったことに
どういう態度で臨むかは、
自分が決められる。
その選択をし続けてきた自分を
再確認できた。
もちろん、ダメな選択もあったと思うけど、
それでも、こうして生き延びている。
それらが、
ロゴセラピーで説明がつくことが
希望だと思った。
2019年に
谷澤相談室で
ロゴセラピーの勉強会を主催した。
その時のお誘いの言葉
「毎日それなりに一生懸命に取り組んでいるのに
失敗すること、
病気事故災害など突然襲ってくる理不尽な出来事、
複雑な人間関係の中に巻き込まれたり、
がんばっても報われなかったり、
良かれと思ってやっ たことが理解されなかったり、
『なんのために生き ているんだろう?』
『自分の生きる意味は?』
と問いかけたくなることもあるのが人生です。
そんなあなたが『生きる意味』を発見する
道しるべとなるのがロゴセラピー。
ロゴセラピーの考え方を知り、
日常に生かすため、学びあいましょう」
5回連続の勉強会の5回目が、
感染症のために中止。
ただ、
このお誘いを書いた時のモチベーションは
今もそのままもっていて、
今回のテレビ番組は、
多くの人の、
「生きる意味」を考えるきっかけになると思うと、
呼びかけずにはいられない。
多くの方がみてくれるといい。
<NHK Eテレ こころの時代 シリーズ
ヴィクトール・フランクル それでも人生には意味がある>
出演者の一人は
勝田茅生先生。
ドイツ在住で、フランクルの一番弟子の
エリザベート・ルーカス氏から直接学び、
フランクルの思想をできるだけ正確に
私たちに伝えてくれている。
年に3回日本にきて、
土日の二日間12時間かけて
ひとつのテーマのレクチャーをしてくれる。
それを、11回でワンクール。
私は1クール目を終え、
今は2クール目だが、
それでも毎回、
新しい発見ばかりだ。
時にはひとつの言葉について質問がでる。
先生が、フランクルの言葉の定義を紹介し、
わかりやすい事例を話してくれる。
時には参加者が個人的な悩みについての
質問をする。
先生は、柔らかく、それに応える。
ゆっくりすすみ、
じっくり深める学び。
反コスパ、
反タイパかもしれないけれど、
有意味パフォーマンスでいうと、
めちゃくちゃ高い効果。
多分、
苦労されてきたら
されてきた程、
スッと体感でわかることも多く、
ご自分の体験の意味が明確になる喜びが
ついてくるだろう。
視聴者の方は、
リビングで、
モニターを前に、
ロゴセラピーを
浴びるんじゃないか。
暖かく、それでいて、
背筋が伸びるような、
真っ当な話が聞ける豊かな時間。
年度初めからラッキー。
本当に楽しみだ。
]]>
最初に、
「この授業はペアで学び合います。
コミュニケーションの授業なので、
一方的に私の話を聞いて
メモをとって学んでいだたくというより、
ペアで考えを伝えあい、
つまりコミュニケーションを取りあい
学び合うのです。
自分の考えを伝え、相手の考えを聞き、
共通点や違いをみつけることで、
深めあってください」
ペアで学び合うことの理由も伝え、
作ってもらったペア。
その効果は大きくって、
授業後のコメントにも、
それはあふれていました。
(以下、公開OKの感想の中から2つ)
「この授業では、
ペアで活動を行い、
初対面の人であったからこそ、
相手を尊重したコミュニケーション
というものをより意識できたと実感している」
(2年)
「実際にやってみたり、
ペアで考えてみたりすることが多く
実感が伴いやすかったです。
とても大切なことがたくさんあったので、
今すぐ使えることは
どんどん活かしていきたいと思いました」
(2年)
・・・・・・・・・・・・・
さて、日本教職員組合編集の冊子
「JTU」12月号の記事をアップします。
「理由も伝えること」というテーマ。
ちょっとだけ評判がよかった。
嬉しい。
「54・理由も伝えること
バイクの免許を取りに、
45年ぶりに自動車学校に通っている夫が、
「教え方が変わったよ」と言うんです。
どんなところが?と訊くと
「なぜそれをするのか理由を教えてくれる」と。
たとえば?
「昔だったら、
『右足を地面に下ろさない、以上』
って感じだったところを、
『右足を下ろしてしまうと、
車が通った時に危ないから』と、
ひとつひとつ丁寧に教えてくれる。
納得できるんだよねえ」とのこと。
この進化は学校教育がベースにあると
私は勝手に考えて、
関係者として嬉しくなってしまいました。
教える技術の一つとして
「理由も伝える」ことを続けてきた
学校教育の中で成長した人々が、
社会で活躍しているのではないでしょうか。
「理由も伝える」ことが
学校教育の中で一般化してきた背景は
主に2つあると思います。
1つは「価値観の変化」。
夫が「昔」といった昭和には、
「言われたことは素直にやる」
「その場の権威者、年長者には従う」
という価値観がありました。
しかし価値観は変わり、
「先生の言うことは聞くもの」が
通用しづらくなって以降、
教職員は工夫と努力を重ねていて、
そのひとつが
「先生がAって言ってるんだから、A!」
ではなく、
客観的に、論理的に「理由も伝える」こと
だったと思います。
「3人組を作るよ。
3つの役割を交代でやってほしいからね」のように。
もう1つは、
「多様な学び方への対応」。
脳や神経由来の特性を持つ子どもなどへの
教え方という課題に直面して以降の、
教職員たちの工夫と努力は
大変なものだと思います。
たとえば暗記のために
何度も書くという方法が合わない子もいるし、
カードを使って早く計算する練習という
同時にいくつかの処理することが困難な子もいる。
そんな時にその子に合った方法を探し、
勧めるために、多くの研修があり、
積極的に参加されていますよね。
その中で「理由も伝える」ことは、
効果的なことの一つだったと思います。
私には苦い経験があります。
ワークショップのファシリテーターの
初心者だった頃のこと。
丸1日の講座の最初に
「この講座内で呼び合う時の
ニックネームを自分につけてください」
と指示しました。
それぞれ「『生ビール』と呼んで」とか
「『紫さん』で」などと楽しんでらしたので、
まったく問題を感じていませんでした。
しかし終了後、
お一人の方の感想に
「なぜニックネームをつけなくては
いけないのか理解できず、
そればかり考えてしまい、
内容がまったく頭に入ってこなかった」と
書かれていたのです。
その時、
「理由がわからないと納得できない、
納得できないと動きにくい人もいる」と
痛感しました。
教職員にとっては、
これはきっと当たり前のことですよね。
さて、教える業界の方々は、
お客さんに満足してもらい、
次も自分を選んでもらうために、
「教え方」の技術を向上させ続けています。
私自身も、
現状で満足していてはダメですよね。
とはいえ、進化し続けるってのもしんどいなあ。
休み休みであったとしても、
ちょっとずつ、
今できることをしていこうっと。
今はそう思ってます。」
]]>
いろいろ取り上げられてる。
私も、麻生発言の翌日の
上川さんの記者会見での発言、
国会答弁にはがっかりした一人だ。
ただ、
街角インタビューで
10代の男性が
「外見のことをいうのは、
だめだと思います」
と言っていて、
20代の女性が
「同じ仕事をする仲間として
対等であることを
忘れた発言だと思う」
と答えていて、
学校関係者として、
これは教育の成果かもしれないと嬉しかったし、
こういう若者がいることに
心強い思いはした。
麻生さんの
「おばさん」
「美しい方とはいわんが」
は、もってのほかで、
ただただ恥ずかしい。
ただ、それを受け流した上川さんの態度が
本当に残念で腹が立つし、
「上川氏 大人の発言」などと報道されたことも、
悔しくて腹が立つ。
これがたとえば
EUの委員長ホンデアライエンさんや
欧州中央銀行総裁のラガルドさんだったら、
どう発言しただろうか。
立憲民主党の田島麻衣子さんの質問に
上川さんは、
「世の中にはさまざまなご意見や考え方がある
ということについては承知している」
「私は初当選以来、信念に基づいて
政治家としての職責を果たす活動に
まい進してきた」
「安全保障分野での女性参画を推進する
『女性・平和・安全保障(WPS)』などを
根付かせる取り組みに全力を注いでいる」
「使命感を持って一意専心、
緒方貞子さんのように脇目も振らず、
着実に努力を重ねていく考えだ」
「田島議員、ぜひWPS、一緒に頑張りましょう」
と答弁したとのことだ。
あ〜蘇るのは今井絵理子さんのXへのポスト。
何年か前の都議会選のとき
「今日から都議会議員選挙が始まります!
『批判なき選挙、批判なき政治』を目指して、
子どもたちに堂々と胸を張って見せられるような
選挙応援をします」
を思い出す。
一緒にしていいかどうかわからないが、
こういう感じでいることが
重用につながるのか。
こういう中で
大臣、
そして重要ポストにつくには、
「わきまえ」ないとならないのか。
私はこう考えている。
私はこう捉えている。
だけで、
大臣答弁としていいんだろうか?
重要ポストについている政治家として、
麻生さんのような発言が
「日本のWPSの推進を遅らせていること」
を明確にしないとまずいんじゃないか。
上川さんには、
ご自分の、
上記の答弁に加え、
「ただ、年齢や容姿をからかうような発言は
たとえその意図がなかったとしても、
人権に関わる問題だと認識しており、
とても残念です」
くらい発言してほしかった。
私は
上川さんの
最初の、
落選した選挙の時に、
彼女の選挙運動に参加した。
無所属だった時だ。
めちゃくちゃ応援した。
彼女がまじめで、
一生懸命で、
私利私欲では動かない、
一筋にこの国を
より良くしようとしている人だと
知ってるし、
今もそう思ってる。
今は支持してはいないが、
犯罪被害者基本法、
公文書管理法の成立に尽力され、
制定されたときは、
本当に誇らしかった。
だから、
今回の、
社会からの批判をプレゼントにしてほしい。
人権に反するような発言には、
断固として
「いただけない」という態度を
とってほしい。
脇目も振らずに
より良い国を作っていくために
努力をしてほしいが、
人権に関することは、
「脇」じゃない。
大切な
大切なことだ。
守るべきことだ、
その言葉が、
たとえ自分に向けられたものであったとしても、
多くの年齢を重ねた人に向けての言葉でもあることを、
意識してほしい。
ルッキズムに基づいた発言は
自分だけに向けられたものではないと意識して
NOと言ってほしい。
そして
こんなふうに書くからには、
私も、
2024年、
「ことなかれ久美子」から脱皮するのだ。
大切なことを
大切にしていく。
オンライン版アサーティブトレーニング基礎編は、
偶然、参加者がみんな学校関係者だった。
もちろん多様な職種の方同士で学び合うことも、
とってもとってもいいのだけれど、
同じバックグランドをもっていると、
少し聞いただけで問題が共有できたり、
あるいは組織による違いが明確になったり、
新たな視点ももらえたり、
アサーティブを学びながら、
プラスアルファもあったと思う。
それぞれがそれぞれの場で
子どもと向き合っているのだと思うと、
それぞれが
「私もがんばろ・・・」と思えたような
目には見えない何かを
与えあえていたんじゃないかな。
学校という教育コミュニティは、
教職員、生徒、保護者、専門職、
教育行政、地域の方が
相互に連携して
子どもの成長を支える。
いわば、人間関係の坩堝で、
コミュニケーションの力は
ますます必要になっていると思う。
共通の目標をもつこと、
情報を共有すること、
お互いの専門分野を活かしあうこと、
そのために
共感をもって聴くこと
意見を表明すること、
合意を形成すること、
それらを
年齢の違い、
経験の違い、
勤務時間や立場の違い、
得意や苦手の違い、
価値観の違いなど、
違いを「悪いもの」とするのではなく
違いを活かしながら進めていくことが
求められている。
コミュニケーションの道具なしには
難しすぎる。
今回は、そのための基礎。
分かり合える中で
安心して学びあえるのって、
いいな。
以下、参加者の方々の感想は・・・
◆アサーティブなコミュニケーションは、
自分にも相手にも優しくなれるものなのだ
と感じました。
「アサーティブな自分を選ばない権利」
もあるという視点から、
ありのままの自分を受容していいのだ
という気持ちが生まれ、
「自己信頼」を育んでいこうという
前向きな気持ちになれました。
また、大きな気付きは2点あります。
1つは、ロールプレイを
様々な視点から観察することの重要性です。
「自分役」の時は伝えることに精一杯でしたが、
くみさんが「私」の役を、
私は「相手役」をやったとき、
相手の「気持ち」について
様々な気付きが得られました。
また、今回は実際の事例をピックアップしていたので、
自分も経験したことのあるシチュエーションであった
しーちゃんの事例からは、
「このような要求の伝え方もあったのか!」と
今後のコミュニケーションの参考になるような
学びをたくさん得ることができました。
2点目に、「感情」を言語化することが
苦手だと言う自分の特性についてです。
以前は、自分の感情を相手に伝えることを
少し億劫に思っていました。
しかし、アサーティブの整理の方法を
学んで実践するなかで、
「感情」を「率直」に伝えることは
相手への「誠実さ」にも繋がるのだ
と考えが改まりました。
これらの気付きや学びを活かして、
明日からのコミュニケーションに生かしたり、
自分をいたわったりしていきたいと思います。
2日間ありがとうございました。
(たまちゃん)
◆意識の→を(「ヒト」から)「コト」に
変えるということが、
一番自分の中では大きな学びでした。
相手や自分を責めないということ、
生きていく上でとても大切だと思います。
また、「自己信頼」は
誰にとっても重要なことだと感じました。
生徒をほめることを
もっと増やしていきたいです。
最後に、一緒に学んだ仲間に感謝しています。
そして、くみさんのお人柄が素敵でした。
またお会いしたいです。(s)
◆私はオロロで上司と
コミュニケーションをとることで
相手を尊重しているつもりでした。
しかし、ロールプレイで「対等」に
話してもらえなかった時、
「信頼されてない」「何を思っているんだろう」
と感じ、自分の捉え方が
間違っていたことに気づきました。
アサーティブな自分に出会い、
要求やNOを「誠実」に伝えることが、
相手を尊重していることにも
大切にしていることにもなると感じました。
これから自分に自信を持ちたいし、
自信をもっていいと今は考えることができます。
ただ、アドレナリンが出ると
燃え尽きるまでやってしまうタイプなので、
上手くいかない時もあるけど
ぼちぼち修正するくらいの気持ちで
取り組みたいと思います。
研修の中でたくさんの褒め言葉シャワーを浴びて、
とても心があたたかくなりました。
それを周りの人や子どもたちに伝えていきたいです。
本当にありがとうございました。
12月の基礎にも、教員の方が参加してくれた。
◆思いや気持ちを言語化するすることの
大切さを学びました。
また、分かっているけど
できていないこともたくさんあったので、
やはり、意識したり練習したりすることは
大事だと思いました。
また、カフェや応用編にも参加したいです。
(ゆみゆみ)
/////////////////////////////////////////
<オンライン版
アサーティブ・トレーニング基礎編>
・4月13日(土)14日(日)
両日 9:00~14:00
・zoom
・24200円(消費税込)
*再受講の方・25歳以下の方・
障がい・難病をお持ちの方 は
半額で参加いただけます
・主催:谷澤相談室 http:ktanizawa.exblog.jp
<申し込み方法>
メールで、以下を記入の上申し込みください。
? 氏名 年齢 職業
?メールアドレス
?講座開催日に連絡が取れやすい電話番号
?受講希望の動機
お問合せは
kumikotanizawa@gmail.com
旧年中は
いろいろな形で
いろいろな場で関わってくださり
ありがとうございました。
大変にお世話になりました。
今年もよろしくお願いいたします。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さて、
昨年12月22日に転んで
上唇と鼻の下あたりを強打。
当日と翌日くらいはおもいっきり腫れて
しゃべるのも不自由だったが、
腫れが引くと黒ずみ現れた。
これが、まるで
昔、ビートたけしが変装した
鬼瓦権造風なのだ。
その状態になってから
zoomでの打ち合わせがあった。
同期会のための幹事会だ。
どうしようかな?
マスクしようかな?
とまずはちょっとだけ考えた。
自分に訊く
「なぜマスク?」
考えて答える
「恥ずかしいからかも」
自分に言う
「それおかしくない?
誰かの顔に黒ずみがあったとして、
あなた、笑う?
恥ずかしいって思う?
考えて答える
「そんな訳ないじゃん」
自分に訊く
「なぜ、他者にはそうなのに、
自分の黒ずみは恥ずかしいもの
ってしちゃう訳?」
・・・と短い葛藤を経て、
カメラONで参加した。
・・・・・・・・・・・・・・・
ここのところ、
ずっと考えていることのひとつに、
「ダメ出しの矢印は
自分だけではなく、
相手にも向かう」
がある。
順を追って考えていく。
?
相手が、
ミスをした時、
たとえば
「何も言わずに持ち場を離れてしまう」
などの時、
相手そのものを、以下の図のように
「自分勝手な人」と
決めつけるように
ダメ出しするのではなく
「持ち場を離れる時は、
ひと声かけほしい」と
以下ののように、
「課題」に意識をもっていきたい。
そして、それは自分に対しても同じで、
自分が何か失敗をしてしまった時、
たとえば、
「誤字だらけの書類を提出した」
なんて時、
以下のように
「まったく私ってだらしないんだから」と
自分自身にダメ出しするのではなく、
「誤字があるまま提出しないように
二重チェックなど工夫をする」
と「課題」に意識を持っていきたい。
この中には
2つの要素がある。
ひとつは
ここまで説明してきたように
意識の矢印を
「人」ではなく、
「課題」にもっていくってこと。
?
そして、もうひとつは、
このダメ出しの矢印は
両方向に働くって知っておくこと。
「課題」ではなく、
自分自身にダメ出してしまう癖がついていると、
相手そのものにもダメ出ししてしまいがちになる。
相手そのものにダメ出しする癖がついていると、
自分自身にもダメ出ししてしまいがちになる。
相手にだけ
自分にだけ、
など器用なことを
人間はしにくいんだと思う。
これは、
意識して、
自分自身にダメ出ししてしまいがちなら、
それをやめ(❌を剥がすようなイメージ)
相手そのものにダメ出してしまいがちなら
それをやめ(同じように❌を剥がす)、
そういう練習していくしかない。
もしも、他者が失敗した時、
「失敗した、あの人はダメな人」
としないように、
自分が何か失敗したとしても、
だから自分ってだめってしない。
黒ずみに戻る。
私は自分にきいたんだ。
「友だちの顔の黒ずみを
私はばかにするか?
私はそれを笑うのか?」
しない。
その矢印を自分にもだ!
ふふふ、
新年早々、面倒くさい私。
今年もこれでいくぜ!
・・・・・・・・・・・・・
新しい年が
すべての人にとって
明るくって、
キラキラしてる訳じゃない。
ウクライナやガザは
理解が追いつかないくらい
大変なことになっている。
地球沸騰化は進んで、
生成AIの未来に、危惧もある。
拉致被害者の家族の方は、
また年を越してしまったことに
呆然とされてるんじゃないか。
一部の政治家のあまりにも
ルールを無視したやり方には、
怒りが込み上げるし、
物価高の上、給料は上がらず
生きるのは本当に大変だ。
ゼロゼロ融資の返済が始まって、
苦しい上にさらに苦しくなった方も
多いと思う。
年末に行った横浜中華街も、
シャッターが閉まった店が多かった。
私は昨年から年金を
いただいているけれど、
今の若い方々は不安しかないだろう。
私が活動している学校関係では
約30万人の小中学生が不登校。
もう圧倒的に学校のシステムテムが
今の子どもたちにあっていないんだと思う。
冬休み明けのこと、
4月からのことが頭をかすむと、
辛くなってしまうかも。
教員もそうだ。
お正月あけ、またすごい仕事量が待っている。
そして
2022年度精神疾患で休職した公立学校の教員は
6539人とのこと。前年度より11%増えたそうだ。
教員にとっても厳しい現場。
私自身も、
2023年度、
失敗や間違いが多かった。
秋には学校に到着すると、
いろいろな教員から
「あれ?谷澤さん、
今日も来てくれたの?」と。
スケジュールを確認すると
違う学校の日だったなんてことも。
行くはずだった学校の開始時間が
遅くって、ギリ間に合った。
年末には、
街で知人とすれ違った時に、
年末なのに「明けまして〜」と
口から出てしまい、
そんな自分にびっくりした。
あやうく、
月刊の冊子1月号のコラムに
「2025年が明けました」などと
書いてしまって、
最終稿で気がついていただき事なきを得た。
今年もきっと、
失敗も間違いも多いんだろうな。
みなさんに迷惑をかけてしまうことも
あるかもしれない。
最小限に留められるよう
注意深くいかねば!
自分の失敗や間違い以外でも、
厳しい状況に直面し、
前途が不透明な瞬間もあるかもしれない。
そんな時にも、
どんな時にも、
その時々の気持ちを
まずは頭の中で言語化して、
一拍おいて、
そして考えて、
言動を選択していきたい。
これまで
苦難も失敗も不運も、
無駄にしてはこなかったと思う。
無理やりでも、
力ずくで
そうしてきた。
新しい年も
いろいろあっても、
意味あるものに
していけるといい。
・・・・・・・・・・・
そして、
今年も、
いろいろな形で、
いろいろな場で
つながっていただけたら、
幸いです。
足りないことも
できないことも
いっぱいありますが、
それでもなお
がんばりたいです。
今年も
引き続き
よろしくお願いいたします。
12月31日の朝刊の数独。
唐辛子5の難しさ。
5回目でできた!
]]>
家人が録画しておいてくれた
NHKの人工知能についての番組を見た。
いろいろ衝撃的だったが、
その中のひとつに
人工知能にとって
「失敗」はないというか、
「失敗というより実験」
ということがある。
ある科学者が作った
4つ足のロボットには
歩行の仕方についての
プログラムは組み込んでない。
あおむけに床に寝っ転がせてあって、
じたばたしている。
(ちょっとせつない感じ)
科学者から
「前進せよ」と指示を出され、
どうしたら前進できるか
自分で考えているのだ、
ロボットは、
まずは、
なんとかひっくり返ろうとしてる。
4本の足を
視聴者からはジタバタしているように見えるのは、
少しずつ動かし方を変えていて、
この角度だとダメ、
この早さの動かし方だとダメと、
やるべきことを抽出しているんだと思った。
背中のくねらせ方も同じ。
足と背中の動かし方の組み合わせを
何通りも何通りも実験して、
ロボットはついに
30分後、起き上がった。
私は足やからだを動かしている様子を見た時に、
人工知能研究者黒川伊保子さんの
「失敗」に関する言葉が蘇った。
「失敗は脳にとって
最高のエクササイズ」という言葉だ。
(彼女の著書「60歳のトリセツ」より)
「失敗して痛い思いをすると、
脳はその晩、眠っている間に
失敗に使った関連回路に
神経信号が流れにくくなるように
書き換えていく。
つまり
失敗をすると、その関連回路の
『とっさの優先順位』が下がるわけだ」
ロボットが見せてくれた凝縮された時間。
それは、
私たちの毎日における、
さまざまなことに関して
「どうしたらうまくいくか」のために
「うまくいかなかった関係回路に
神経信号を流れにくくするための、
大切なデータの蓄積」なんだな。
ただ、黒川さんは書いている。
「せっかく失敗したのに、
その失敗が脳に反映しない、
という残念な事態がある」
と。
なんと!
せっかく失敗したのなら、
それはちゃんと成功のためのデータとしたい。
安心したいのは、
そのための3箇条があるってこと。
「確実に脳の進化に繋げるための3箇条
?失敗を他人のせいにしない
?過去の失敗をくよくよいしない
?未来の失敗をぐずぐず言わない」
だそうだ。
?について。
他人のせいにしてしまうと
脳は失敗モードにならないそう。
そしたらデータにならない。
逆に他者の失敗を「横取り」もできる。
たとえば
「私がもう少し丁寧に説明したらよかったのですが」
など(←これ、アサーティブ「自己責任」に繋がる)と
することで他者の心配を自分のデータに
することが加納なだそうだ。
?せっかく、失敗して関連回路に
神経信号を流れにくくしても
翌日までくよくよ言っていると、
その回路を強化してしまうらしい
?未来のまだ起こっていない失敗を
ぐずぐず言うと
その関係回路に神経信号が流れてしまい、
未来の失敗を引き寄せてしまう
とのことだ。
つまり、
一回しっかり、
あ〜、やっちゃった。
これは違ったんだなと認識したら、
次回はこうしようくらいに
考えとくといいってことだ。
本を読んだときは
黒川さんの言ってることはわかるけど、
そこまでさっぱりとは
私はいかない。
多少、くよくよもぐずぐずもするわ、
と思っていた。
しかし、
あのロボットの様子をみていたら、
腹落ちしたというか、
なるほど、こういうことね、
と確認できた感じなんだな。
早速昨日の出来事は、
あ〜あの段差でつまづくのは、
あまりにも不用意だったな
と考え、
今朝、は黒ずんできた唇には
がっかりしたけど、
「ま、仕方ない」くらいに、
落ち着けたぞ。
しかも、
一生、つまづき続けるわけじゃないもん。
さて、
そのロボットは
その後、
ひっくり変えるための
人間でいったら回路が明確になり、
科学者があおむけにしても
すぐにひっくり変えられるようになった。
さらに、
指示は「前進せよ」なので、
その後、
足の動かし方の実験
(つまり失敗)を重ね、
歩くための足の動かし方を掴む。
あ〜すごい人口知能。
自分で考えて、
指示の通りに動けるようになるなんて!!!
ただ、人間もすごい。
あおむけからひっくり返り、
歩くまで、
自然にやってきてるんだもん。
こうなったら、
人工知能よ、
お互い、
苦労しながら、
いろいろやっていこうね・・・
という気持ちだな、
今。
・・・というわけで、
生成AI「Bing」でイラストを
作ってもらってみた。
「イラストを描いてください。
55歳(←サバ読みました)
の日本女性。
ショートカットでメガネをかけています。
転んで顔から落ち、顔に怪我をし、
上唇がはれてしまいました」
こんな感じに描いてくれました。↓
]]>
参加するため
ガシガシ歩いていて
こけた。
それも荷物を持っていたため、
顔から落ちた。
ヤバっと思った途端、
みるみる唇ははれてきて、
メガネは傷がついたのか
左がかすんできた。
会場は歩いて15分ほどのところ。
いつもカルクラの散歩で歩いている道なのに、
その道の、人差し指分くらいの段差に
つまずいたことがショック。
そんなことを考えている間に
もう唇が開きにくいくらい腫れてきたので、
参加することはあきらめて、
ただあまりにドタキャンだから
会費だけ届けにいき、
なんだか、
ものすごく情けない気持ちになりながら
帰り道をとぼとぼ歩いていると、
落とし物が目に入り、
それはなんと、私の手袋。
さっき、
やばいやばい
とつぶやきながら
歩いている時に落としたんだな、
今週ネットで買ったばかりの手袋。
戻ってきてよかったな。
帰宅して鏡をみると、
唇がすごい。
鼻とあごから血もでてる。
夫に
顛末を話しながら
しゃべりにくいと思った途端、
私は思ったのだ。
あ〜年内の講演講座は全て終わっていて、
よかった。
もう
このくらいのことって想定内で、
自分の身に起こっても、
ちっとも不思議ではない、
私にしたら順当という感じ。
だからか、
情けなさを感じて
ちょっと落ちこんだけれど、
ネガティブすぎずないところに
止まる。
ひどい出来事があったときでも
その中の明るいことは考えられるけど
ポジティブにもなりすぎない。
なんか、
私っぽいのだ。
この
ネティアブすぎず、
ポジティブすぎず感覚は、
先週開催した「アサーティブ・カフェ」の
参加者の方の感想にも表れていた。
(シェアOKの方の感想↓)
・・・・・・・・・・
◆やはりアサーティブに会えて良かった
でも足りてないあたし
色んな人がいで当たり前ですよね
みんなの話聞いてうなづき
ぼちぼちいこうと思います
もしあかん時は仕事変えてみようとも思います
人から良いこと悪いことをいただく毎日
さすがにあたしも体が悲鳴あげた矢先の追突事故
(笑)しかない けれど
病院で、保育園でみていた子が
リハビリにきていて話せ
10年たっても覚えてくれていて
彼女の成長にびっくりでした
嬉しかった
仕事してきてよかった
明日はランチにいき女子会してきます
ありがとうございました
(ぶたちゃん)
◆まずは、戻りが遅く
参加のしかたが微妙になってしまったこと、
申し訳ありませんでした。
本日の参加者のみなさん、
くみ、よっちゃん、
次ご一緒できましたら
よろしくお願いします。
そしてフィードバックシートの
4段階評価に関してですが、
「大変満足」としました。
おそらく最初から
全部お話聞くことができていれば
私はきっと満足したであろうと
容易に想像できるからです。
残念ながら
みなさんの課題に関するお話はほぼ聴けず、
最後の感想などを聴かせていただいたのですが、
「ああ、これを最初から共有したかった〜」
と思いました。
私は、アサーティブカフェに参加することを
とても大切に考えており
(理由はひとつではないのですが)
数ヶ月にいちどのその予定を入れる際にも
かなり優先順位としては高いです。
ですが、今日はその参加を遅らせることをお願いし
家族と大切な話をすることを選びました。
結果、思ったよりも参加が遅くなってしまい、
いさぎよく欠席したほうがよかったかな
という気持ちにもなったことも事実です。
しかし、
「家族と大事なはなしがあるから
遅れて参加させてもらおう」と思い、
それを率直に伝えられたことは
アサーティブを学んでくることが
できたからなんだと思います。
また、そこが
「そんなことは言えない」
という場ではないということ、これも大きい。
他にはこれといって学びを続けているものもなく、
なんだかそれがコンプレックスのように
思ったこともありました。
でも今は、
アサーティブを大切に思う私も、
ときにそれが苦しくなる私も
どちらもいていいと思っています。
また変わるかもしれない、
変わるのがいやかもしれない、
何か新しいものを必要とするかもしれないし、
いらないのかもしれない。
わたしにもわかりません。
ただ、この先私が自分の意思で
決定し行動していける時間は、
どのくらい残されているのだろう
ということを考えるようになりました。
この数年間で父と母をそばで見ていて、
そして見送ったことによるかもしれません。
今はその時間をどうしていきたいか、
考えてみようと思っています。
自分のバランス感覚も
いつもと少し違う気がして、
なんだかザワザワするしモヤモヤするし
スッキリしないけれど、
それを少〜し考えながら
とりあえず日々を暮らしていこうと思います。
そして2023年
「がんばらない私にOK」だったと思います。
(Y)
◆今回は参加者が少なかったので、
みなさんのお話しをゆっくり聞くことができました。
また思いがけない再会もあり、
とても嬉しかったです。
今回のカフェは
話しをしていて久しぶりに涙が出ました。
いろいろあって
秋頃から感情がわかなくなり、
なんだか全てどうでもいい
というような気持ちで日々過ごしていたので、
泣いている自分に自分が1番びっくりしました。
1年の振り返りのワークをやった時、
グラフとしては半年あたりで急降下するけれど、
それでもなんとか日々を繋いできた自分。
答えはない、とにかく寄り添うしかない。
そう思って表面は取り繕っても、
心の中ではいつも泣いている。
1つ落ち着いたかと思えば
次々と事は起こり、のんびり穏やかに
というわけにはいかない毎日です。
カフェでアドバイスをいただいたのですが、
まずはアサーティブの四つの柱を思い出す。
率直に誠実に自分に向き合ってみると、
腹を立てて、悲しんでいる自分がいます。
感情をしっかりキャッチしてから、
今後の事を考えようと思います。
みなさんのお話しを聞かせていただいて、
みなさんが誠実に自分の人生と向き合い、
辛くても投げ出さず、
必死に生きている姿に胸を打たれました。
ご一緒した方が私に人生をあきらめていない、
と声をかけてくださったのですが、
その言葉にとても励まされました。
私も泣きながらこれからも生きていきます。
くみさん、よっちゃん、
そしてご一緒したみなさん、
ありがとうございました。
またお話しできる日を楽しみにしています。
(ナガノ)
◆くみ、そして参加してくださったお仲間さん、
お疲れ様、そしてありがとうございました。
普段、自分ではなかなか取り組むことの
できないワークやロープレ、そしてシェア。
家にいながら充実と成長の時間を共有できて
本当に感動致しました。
『自分にも気持ちと事情がある、
相手にも相手の気持ちと事情がある』
基礎講座から何度も繰り返し
教えていただきましたが
今回のロープレを通し、
その言葉が身に染みました。
今までの私はその相手の気持ちや事情に
呑み込まれ相手のいいなりになり、
流されていた事に気がつきました。
これからは自分の気持ちを守るために
相手に呑み込まれずに自分を出す事が大事。
相手に伝わる言葉で伝えられる私にいつかなるぞ、
私はそうなれる!
という勇気と自分を信じる気持ちをいただきました。
同じ志のお仲間さんと
導いてくださるクミさんとアサーティブに感謝致します。
引き続き宜しくお願い致します。(S)
戻ってきた
手袋
ジャニーズや宝塚やアメフト部の件の日大や安倍派など
従来型の組織が、そのやり方に
ストップをかけられた年だったように思う。
それらが行なっていた
従来型のやり方とは何かというと、
共通なことは、
何かを決定する時のプロセスが
「慣習」「忖度」など、
外部にはとても説明できないようなもの
だったのではないかと思う。
そこから学べることは、
何かを決定する時には、
決定事項だけでなく、
そのプロセスも、
いつでもオープンにできるようにしておかないと
まずいということだろう。
もちろん
「収支報告書に記載しなくていい」
という結論もダメだけど、
それを誰がどう決めたのか、
確かめずに派閥の方針に従った方も、
加担したと言わざるを得ない。
と
他人事だと上から言える。
ただ、これ、
自分ごととして考えると結構難しい。
我が家は今年自治会(隣組)の組長で、
来年度の組長をどなたにお願いするか問題で、
試された。
順番通りでいくか、
新しく転入された方にお願いするか。
我が家としては、
新しく転入されてきた方に
お願いしたいと思ったのだが、
それは前例があるからで、
2年前に順番通りではなく
前年度に転入されてきた方が
担当されたことがあったからだ。
その時
「やってくれるんだな。
ありがたいな」
と思った。
しかし、
どういうプロセスでそうなったのか
確かめはしなかった。
これが、
私が、
「従来型のやり方」に加担した
ってことだと思う。
「誰かがよかれと思って決めてくれたんだろう」
その背景には
「新しい若い方に自治会の仕組みを知ってほしい」
とか
「転入されてきた方に、
早くこの地区に馴染んでほしい」
など、
考えられる理由はあるし、
ま、いいんじゃない!以上・・・という感じだ。
ただ、文書などには残ってない。
誰がどう決めたかもわからない。
それに乗っかって、
我が家も
なんとなくその方がいいと思って、
今年転入してくれた家庭に
個人的にお願いしてしまって、
とりあえず
引き継ぎしちゃう
としてしまったら、
ジャニーズとか宝塚とかアメフト部の件の日大や安倍派
のようなことになってしまうんだよな。
ささやかなことだけど、
やっぱ、
これ、だめだよな。
家人と
まあ、
そういうような議論をして、
明確にしておくことにした。
卑近な例を出してしまったけれど、
そういうことを
とっても考えた年になった。
もちろん、
仕事の場でも、
「この決定は、
大手をふって語れるか」
にプラスして
「決定プロセスを
やましさなく
説明できるか」
は自分に問うたと思う。
たとえ、外に出すことはなくても、
誰かに説明を求められる可能性がなくても、
「いつでもオープンにできる」決め方は
ものすごく清々しい。
一点の曇りもない感じは
自分を信頼する気持ちに
大きな影響を与えてくれる。
私にとって
2023年は、
「何かを決定する時には、
決定事項だけでなく、
そのプロセスも、
いつでもオープンにできるように
しておかないとまずい元年」
となった。
◆◆◆
さて、今日は今年最後の
「オンライン・アサーティブカフェ」。
参加者の皆さんは、
自分の課題に取り組んだあと、
2023年を振り返るワークを行った。
今年一年の
自分の調子のようなものを線で
表に表し、(ちなみに私は↓)
そのあと、
良かった点、改善点をまとめ、
うまくいった点については
なぜうまくいったかを言語化した。
さらに、
今年の自分に対して
「2023年
〜〜〜な私はok!」という文の
「〜〜」を考えてもらった。
以下はシェアOKの方のもの。
「不器用な私はOK」
「不安なまま何とか生きた私にOK」
「コミュニケーション不足でも
チャレンジした私はOK」
「人がすき
子どもが好きな私はOK」
「不器用だけど諦めない私にOK」
「まだまだ途中な私はOK」
いろいろあったけど、
それでも自分の中のOKを
見つけられる方々と共に過ごせた時間!
あ〜
幸せな3時間だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
3月のアサーティブ・カフェは集まろう!
●参集型アサーティブカフェ
テーマ「がんばり方は変えられる」
「認知行動療法」「ロゴセラピー」
「CLー建設的な生き方」などの理論と
アサーティブの理論の共通点をまとめます。
そのことで、
何か複雑で難しい問題が起こった時に
乗り越えていく方向性が明確になります。
・2024年3月16日(土)13:30~16:30
・静岡県教育会館 地下 中会議室
・3300円
・お申し込みは
kumikotanizawa@gmail.com
・基礎編受講された方が参加可能です
・講座終了後、懇親会を開催します
理論を学ぶことで、
私たちは
世界を見る見方の選択肢を広げられる!
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先場所に続き、
優勝争いに絡む戦いをした。
今場所を終えた後のインタビューで、
「先場所は気が付かないうちに過ぎていたけれど、
今場所は勝ちたかったから、悔しいです」
と言っていた。
あ〜わかるなあ。
自覚しないと、勢いでいけちゃうけど
自覚すると、しんどい日々がある。
体操の内村さんも、
まだチームの中で若手だった時には、
「自分、緊張とかしないんで」
と言っていたが、
だんだんとチームの柱になり、
世間からの評価を
自覚しなくてはならない立場になった時には、
もうそういうことは言わなかった。
自分の行動を変えていくときの
プロセスがある。
・気づかず できない
↓
・気づいていて できない
↓
・気づいて できる
↓
・できている
このプロセスの中で、一番苦しいのは
多分、「気づいていて できない」のステップだろう。
こうした方がいいとわかっていても
できなかったり、
しない方がいいと知っていながら
やってしまったり。
私自身も、
自分のメンタルを整える方法や
自分がアサーティブを使うことなどに関して、
「気づいていて できない」時代は
かなり苦しかった。
講師になって、
講師としての自分の改善点を
わかっているのだけどできない時も、
かなり苦しかった。
そういう時にどうしていたか
というと、
主に3つある。
?振り返った
?とにかく練習した(ご褒美しながら)
?仲間と共にいる
だったと思う、
?振り返った
その時にありがたかったのは、
アサーティブの振り返り法を知っていたことだ。
まず良かった点、
次に改善点。
つまり、自然にしてると改善点ばかり
しかも「悪かった点」という言葉で
浮かんできてしまうが、
まず「良かった点」から振り返る方法が
私にとっては救われたと思う。
無理やりでもそうしないと、
良かった点に思考をもっていけなかったと思うんだ。
何がなんでも探してると、
「チャレンジしたこと」
や
「途中でまずいと気づけたこと」
など、
見つけられたもの。
それから次に同じことがあったときのために、
改善点をひとつ考えておく。
このひとつ
ってのも助かった。
「全体的にダメ」ではなく、
「長かったから短く」とか、
「次は感情を言語化する」
とか。
いくつもは覚えてられないけど、
次は「これ」と明確にしておくことが、
私の脳にはよかったと思う。
?は、
とにかく練習しかないと知っていたことは
大きかった。
というか、練習しさえすれば、
いつかは次の階段にいけるし、
苦しいけど、
今がなければ次の階段にはいかない
とわかっていた。
私のことだから、
自分にご褒美しながらの練習。
?は大きい。
静岡でアサーティブを広めることに
力を併せている仲間の存在は心強かった。
自慢しちゃいたい。
Aさんは月〜金でめちゃ忙しく働いている。
制度が変われば勉強しないとならない仕事だし、
やりたいことはいろいろある中、
それでも、週末の講座を手伝ってくれたりした。
Bさんはどこまでも優しい。
社会のひずみの中で苦しんでいる人や
子どものために
できることは何か考えて、動いている。
Cさんは学び続けている。
自分の大切にしている部分にはこだわり、
自分にとって良いと思ったことを
他者に勧める時の情熱には頭が下がる。
Dさんは会社を経営しながら、
アサーティブの講座を共にしてくれた。
人生上いろいろな変化の中、
いろいろあってもそれでも一緒にやってきた。
あ〜
他にも、
多くの方に近くにいてもらっていたと思う。
ただ、
今思うと、
???など、
とてもできない
とても意識できない、
そんな時もあった。
そんな時にどうしていたかというと、
とりあえず、
「今日だけ息する
今できることをする」
って方法だったと思う。
今日だけ、とりあえず息して、生きて、
今、したほうがいいことをする。
それは健全なことじゃなくってもいい。
前向きじゃなくってもいい。
だらだらとすることでも、
映画を見続けることでも
とにかく、
自分を責め続けて
何もかも放り出してしまうのではなく、
今を「流す」ための時間だったと思う。
りんご剥くとか、
洗濯物たたむとかもいい。
そういうこともありながら、
休み休み、
それでもやり続けていると、
ある時、
「気づいてできる」ことがあり、
「気づいてできる」ことが増えていったりした。
それでも時々
失敗しちゃう。
前の階段に戻っちゃう。
人間だもの、
そういうこともある。
こいうことのきつい体験が、
熱海富士の言葉を頭に留めることに
繋がったと思う。
結局
無駄じゃないんだよな。
熱海富士、
これからが本番だな。。
インタビューの記事を読むと、
付き人の方が
何かすると「ありがとう」と言ってくれて
嬉しいとのことだった。
あ〜いいなあ、熱海富士。
?の存在をちゃんと大切にしているんだな。
・・・というわけで
エスパルスファンの皆様、
息しよう、
今を生き延びよう。
寒くなると、寄り添うカルクラ
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自分としては満足いかないことがあり、
非常に落ち込んだ。
もっとうまく伝えられたはず。
なぜ、用意していた事例を飛ばしてしまったのか。
言いたいことを言うことに夢中になってしまって、
場が求めるものを察知する余裕がなかった。
ひとつの理論に固執している印象を
与えてしまったかも。
あ〜もう
本当に私って、だめだ。
近年にない
凹みっぷりだ。
自然に出る声。
「あ”〜」
「もう!」
「ぐわ〜」
とはいえ、
ちょっと言い訳したい。
そんな時に最近得意なことは、
年齢のせいにする技だ。
私さ、結構な年だよ。
その割にさ、
よくやっているじゃん。
がんばってるじゃん。
あ〜だめ。
そういうところが甘いんだ、谷澤。
年を重ねてきたってことは、
経験も重ねてきたってことじゃん。
じゃ、もっとできたはずだ。
途中、立て直したり、
そういう余裕あってもいいよね。
なのに、なんなんだ、自分。
あ〜いらつく、
自分に。
ってところで気がついた。
あれっ?
イラついてる?
ってことは
私、腹立ってる?
(これがなかなか自分では気づけない。
中に巻き込まれてしまっていると、
気づくって難しいのだ)
そうか、私、
自分自身に腹が立っているんだ。
ということは
それと共に感じていた他の気持ちを
ちゃんと成仏させてあげてない可能性があるな。
ちゃんと言葉にしてあげてない感情は、
そのままにしとくと、ふつふつ発酵しちゃう。
ここはちゃんと、見つけ出さないと、
怒りとともにある感情。
申し訳ない?
悲しい?
情けない?
悔しい?
いろいろあるけど、
中心にあるのは、「悔しさ」とわかる。
それが一番ピタッとくる。
ということは、
まとめると、
しっかり準備したのにも関わらず、
自分としては自分に期待したほど
うまくいかなくって
悔しい思いがあり、
腹が立ってるという状態だ。
そう感情を特定できた途端、
つまり、
自分がどうなちゃってるかわかった途端、
どうしたらいいかがわかってきた。
この時私がやっていたことは
「ラジカルアクセプタンス」。
起きてしまった事実と感情を、
批判するのでもなく、
スルーして忘れてしまおうとするのでもなく、
ただ、そのまま受け止める。
すると、頭が働き出し、
どういう態度をとるか
どういう行動をするか、
コントロールでき始める。
私は思った。
このまま寝ても、
良いことないぞ。
こんな時には手当しないと。
ちゃんと自分に処方箋だすぜ。
今日の私へはアマプラ投薬。
配信のあった韓国ドラマを見てから
寝た。
眠れないと思っていたけれど、
案外眠ることができ、
朝、
カルクラの散歩をしているうちに
少しモチベを取り戻す。
今日は今日の風が吹く。
次の準備をするしかない。
もちろん、準備をしたからって、
絶対に結果がついてくるわけじゃない。
でも、今できることは準備しかないもん。
今日は、次のための準備をするだけ。
なんて考えているところに、
BTSのニュース。
まだ入隊していな4人が12月に入隊するとのこと。
しかも、その前に日本に来るという情報。
コーヒーを飲みながら
心の声がもれてしまう。
「やばい、
BTS、日本にくるって、
同じ空気吸えちゃうじゃん」
と、
もれちゃった心の声に
夫がボケる。
「えっ?
今だって、同じ空気だよ」
って、
そんなのわかってる!
でも、近くなるじゃん。
近いってことは、濃いんだよ、私の解釈では。
もうイラっとくるなあ。
忙しいな、私の心よ。
そんな中始まった
朝ドラ「ブギウギ」。
久しぶりに会えた危篤の母親と父親を前に、
♪恋はやさし〜野辺の花よ〜♪を歌う
しゅりちゃんがすごい。
泣きながら歌ってる。
彼女の歌を聞きながら、
いろいろなことを思う。
数々の朝ドラで、主人公を理解し、
主人公の背中を押してきたのは、
おじいちゃん、おばあちゃんだったけど、
今回は、水川あさみ演じる母親だった。
もう彼女の言葉が聞けなくなるんだな。
これできっと死んでしまうんだな。
水川あさみ、いい味出してたな。
柳葉敏郎にとっても、
これ、きっと代表作になるだろう。
そして、♪ダイナ♪もすごいけど、
この泣きながらの歌は、
あまりにも
いろいろなことを包み込む。
蘭ちゃんも水谷豊も、
自分の子どもがこんな演技ができるなんて、
嬉しいだろうな。誇りだろう。
なんか、ドラマの筋と
想像のリアルがごちゃまぜになって、
出てくるのは涙涙。
さて、
じゃ、仕事をしようかとPCを開く前に、
今日1日の予定を夫と合わせていると、
録画した「ミワさんになりすます」は
今見た方がいいってことになり、
見る。
今回(22話)は元カレがよくでてきるが、
この人が非常にめんどくさいマウントをとってくる。
私は画面のミワさんに向かって突っ込む。
もっと的をしぼって、
要求を明確に、
もしも言いにくかったら
「言いにくいんだけど」って心の実況中継しながら
「帰ってください」って言おうよ。
「付き合う気はありません」って、
そこ言おうよ!
そういえば
ここのところドラマの主人公が、個性豊かだ。
以前のような、
それを一般的と呼んでいいかどうかわからないけど、
「一般的な会社に勤めている男女の恋愛」っていう
感じじゃない。
ミワさんは
渋い役者を推していて、
そのことに強いこだわりがあり、
ただ、自分の考えや感情を言葉にするのは難しい人。
「あたりのキッチン」の主人公も、
人と言葉でコミュニケーション取ることが苦手て、
そのことで自信を持てずにいるけど、
料理でコミュニケーションできることがわかり、
料理で、
人と人をつなげたり、
励ましたり、
慰めたりする経験を積みながら、
少しずつ自信を取り戻していく物語。
「いちばん好きな花」も、
4人の登場人物が幼い頃から
人との関わりに難しさを感じながら生きている人たち。
彼らに親近感を持っちゃうなあ。
頭に浮かんでくることが
いろいろ広がってしまって、
あ〜私の心は忙しい。
忙しすぎて、騒がしい。
なんてあーだこーだしているうちに、
昨日抱いていた怒りは、
すっかりと落ち着きどころをみつけて、
今は穏やかになっている。
あの時感じた「悔しさが伴う怒り」は、
まだまだ自分への期待があるからこその、
つまり、背景に「希望」がある怒りだ。
こうありたい、
こうしたい、
こんなふうに貢献したい、
という希望があるからこそ、
湧いてでてきた感情。
裏に希望がある怒りは、
解決に向かって動き出さないと、
無力感を感じてしまう可能性がある。
今、
できることをするしかない。
やるしかない。
ってわけで、
これから次への準備に入るのだ。
がんばろ。
我が家の石蕗もきれいに咲きました。
]]>
10月から
インボイス制度が始まった。
私は、適格請求書発行事業者登録したので、
来年3月の申告では、
消費税を国に納税することになる。
とはいえ、
まったくいろいろ分かっておらず、
昨日は、清水税務署が開催した
説明会にいってきた。
ところが、
会場を間違えた。
とほほだ。
2ヶ月ほど前に電話をいただき、
「説明を合同庁舎で行います」
といわれ、
「参加します!
合同庁舎ってのは、
あの郵便局の近くのところですか?」
「はい。
郵便局というか、
合同庁舎ですね」
という会話があり、
ここが私の不徳の致すところなんだけど、
勝手に静岡の南郵便局の隣の合同庁舎と
思い込んでしまった。
いさんで10分前には着いたのに、
まったく気配がない、
しーんと静まり返り、
掲示物もでてない。
そこで初めて、
あれ?
清水税務署に納税するのに、
静岡でやるかな?と
内なる声がして、
清水税務署に電話してみると、
清水の合同庁舎とのことだった。
あちゃ〜。
私の内なる声劇場。
「郵便局のとなりですか?
ってきいたとき、
『はい』っていったじゃん。
ここから清水の合同庁舎まで
30分はかかる。
その間に、大切な説明があったら
どうしてくれるんだ」
「とはいえ、
普通清水税務署なんだから、
向こうもまさか、静岡の合同庁舎とは
思わないよな。
ここは冷静にならないと」
「別日の開催を教えてもらおうか。
それもいいけど、
せっかく、午後全部あけたのに、
なんか、今日がもったいない」
「あ〜めんどくさ。
これも インボイス制度を
始めるからじゃん(怒)」
「ただ、もう、登録したから、
やっぱ、そこは、
説明きかないと。
30分おくれでも行こう。
そして、わからないところは、
残って質問してしまおう」
という流れで「参加」したのだった。
この程度のミスには馴染みがあって、
全然動じない私なのである。
で、
結果的に行ってよかった。
私が入室するまでの時間は、
消費税とは?
帳簿の付け方は・・・
などの話をしていたようで、
当初はなんのことやらわからなかったが、
しばらくすると、
「・・・と説明してきましたが、
負担軽減措置ってのがあり、
『2割特例』を使っていただくと、
今まで説明してきたこと、
一切忘れてもらって大丈夫で、
帳簿の必要もなく、
しかも、事前の届けでもいらない、
申告時に『2割特例で』と
言っていただけば
それでいいものなので
説明します」
とのこと。
えええ〜なんじゃ、それ?
それでいい。
それ早く教えてよ。
説明をきくと、
それなら
私もできそう。
令和8年までの措置ではあるが
私はそれでいく。
それにしても、こういう説明会というと、
最近はだいたいパワポで作ったデータを
スクリーンに映しながら説明することが多いと思うが、
すっごく久しぶりに、
レジュメ というか、パンフのみ。
ホワイトボードも使わず、
ただひたすら
「○ページをあけてください」
+ 説明 ちょっと事例
という流れ。
内容がよくわかっている方が説明してくれると
これでも十分伝わるなあ・・・
と変な感心。
最後に質問ありますか?と言ってくれて、
私は思い切って手をあげた。
「私は2割特例を選択しようと考えています。
十分説明いただいたので質問というか
確認なんですが、
3点お願いします。
帳簿は必要ないのですね?
令和5年10月11月12月分のみの
納税でいいのですね?
事前の届出は必要なく、
申告時に『2割特例で』と
口頭で言えばいいんですね?」
「はい。
ただ、口頭というのは言い過ぎました。
申告時に書類に書いていただく
ということになります。
ですが、
事前の届出は必要ありません」
すると、
同じ「2割特例のことですが」と
次の方が手をあげた。
私は、
「ちょっと確かめたくって」、
の質問だから、
迷惑かな、やめようかな・・・
とも思ったが、
くだらない質問も役にたつもの。
次の方が手をあげやすくなるんだなと実感。
ってわけで、
2月後半から3月前半の申告準備が
気がかりで気がかりで仕方なかったが
目処がついた。ほっとした。
<2>少しずつでも進化しよう
大好きなアメリカ在住小児精神科医の内田舞さんが
「x」に以下をポストしていた。
「科学者の絵を描いて」
と言われて女性を描くアメリカの子どもが
この10年間で半数を超えたという研究。
(50年前は1%のみ)
実際、現在米国で生命科学者の半数が女性。」
あ〜ものすごく希望だ。
私はトヨタのCMを見るたび
日本を代表する企業のCMで、
その企業を代表する人々が複数映る中、
なぜ女性が1人もいないのか?
疑問だし、
情けない思いで、
CMがうつるたびに
テレビに向かって、大声で叫んでる。
「それでいいのか?トヨタ!」と。
私が最初に乗った車は
トヨタ カローラの
ハッチバックがあるタイプの車。
トヨタは嫌いじゃないし
前の社長の演説は結構好きだ。
アメリカの彼の出身大学の卒業式での
ドーナツの演説は
ユーチューブで見たりした。
だけど、
この状況はいただけない。
CMを制作している時、
違和感なかったか。
それとも、車のことだから男などという、
今時そんな考えがあったか。まさか!
あるいは、
「これ、変だよね」と気づいた人がいたとして、
進言できない雰囲気、
つまり、心理的安全性がはてな?なのか。
そんなところへ、
内田さんのポスト。
何かを変えないと
変わっていけない。
でも変えたら、
ちょっとずつでも変わっていける。
CMって、今は、録画して
飛ばしてみるものかもしれないけど、
でも、
こうして、
自然に目に入ってしまうものでもある。
子どもたちの目に
自然に刷り込むことを忘れないで、
制作してほしいって思う。
ってか、その前に、
経営陣に女性がいないとしたら、
「いいのか?それで」なんだよなあ。
お鍋の次の日のランチは雑炊。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
12月開催分は満席になりまそした。
1月開催の講座をご検討ください。
◆「オンライン版アサーティブ基礎講座」
アサーティブとは?
自分のコミュニケーションを振り返る
アサーティブのマインド
アサーティブのスキル(頼む・断る9
自己信頼とは?
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お持ちの方 は半額で参加いただけます
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