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庭の木の枝にみかん

【2020.02.17 Monday 08:55

土曜の夕方、

カルクラの散歩を、

いつもより早い時間にできた。

 

あるお宅の庭の木の枝に

みかんが刺してあった。

それを見た瞬間に

義母との思い出が

頭の中にうわあ〜っと広がる。

義母も

みかんを半分に切って、

庭の木の枝に刺し

鳥たちに振舞っていた。

 

キレイな鳴き声を聞かせてくれると、

私が

「お義母さんのみかんのおかげだね」

と言う。

彼女はほほ笑む。

義母との暮らしの中では、

そんなこともあった。

 

 

 

2013年の夏。

義母がグループホームに入って

2か月経ち、

やっと会いに行くことが解禁された。

 

久しぶりに会えた時、

「お義母さん。

 週刊文春と新潮、

 定期購読する?」

と聞くと、(それまでよく読んでいた)

「いいわ、いらない。

 そういうの読んで、

 楽しいとか、面白いとか

 そういうこと感じてしまうと、

 寂しいも感じてしまうから」

と言った。

 

 

それから

何度か訪ねた、

その何度目かのこと。

 

 

私はみかんの話をした。
「みかんがある間は
 春先まで
 お義母さんは鳥たちに
 おすそ分けしてたね」
と言うと、
「そんなこともあったね」
と答えてくれて、
その後、
言ったのだ。
「最近、生きていることがうすいの」
「ひとつひとつのことを
 立ち止まって考えてしまうと、
 いろいろ引きずり出して
 考えてしまいそうだから、
 あまり考えないようにしているの」
と言うのだ。
「新聞とか週刊誌とかも読まないし、
 TVも見ない。
 ここにいる人たちと、
 すごく関係を濃くするような話も
 しないのよ」
と言う。
「腹を立てたりすることとか、
 苦しいとか思うこともないの。
 そういことがないのよ。
 うすいの」
と言う。
それを話してくれている時、
義母は淡々としていて、
「うすい」という言葉、
そのものを表現しているようだった。

 

 

 

腹がたつとか、苦しいとか、
ネガティブなことを感じ始めてしまったら、
特に「さみしさ」みたいものを
感じ始めてしまったら
どうにもならなくなるから、
義母の命が脳にストップをかけて、
感情に制限をかけているんだと
その時私は考えてた。
義母のグループホーム入所は、
最初は少し唐突だったけど、
その後、義父、姉夫婦、夫と
話し合って納得して進めたことだ。
納得したとはいえ、
私はとてもとても申し訳なくって、
この話を淡々とする彼女を
見てられないような気持ちになった。
ただ、
「アパシー」(無気力・無感情)
というものを
身をもって教えてくれている
この彼女の言葉を
しっかりと聞かなくては!と聞き、
車に戻った後、
すぐにメモをしたのだ。

 
命は、
時々
こういうことをする。
人間は
その環境で生き延びるために
ものすごい
適応能力を発揮する。
ずっと長いこと、
私は、
義母の防衛本能が、
「アパシー」を招いたと考えていたけれど、
土曜日、
近所のお宅の庭の木の枝のみかんを見た途端に、
「そうだ!あれは意思だったんだ」
と7年も経って、
やっと確認したんだ。
グループホームでの生活の中で、
さみしさを感じないかわりに、
喜びも幸せも、
自分に感じさせなかった義母。
自然にそうなってしまったのではなくって、
「感じさせない」ことを
自らの意思で選んだ義母。
そして、私に
「なぜここに入れたか!」とか
「早く家に戻してほしい」とか、
一度も言わなかった義母。
今朝、
私は彼女の真似をして、
庭の枝にみかんを置き、
改めて、
彼女の覚悟が
厳かで
勇ましくって
潔くて
高邁だと思った。
そんな風にできるのかな?私は。
author : tanizawa-k
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【2020.04.06 Monday 08:55
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谷澤 久美子
counselor