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誰のための介護?「愛、アムール」

【2013.05.23 Thursday 18:48
フランス映画「愛、アムール」を見た。

音楽家の夫婦。
妻の教え子のコンサートを楽しんだ翌朝、
妻は発症する。手術が失敗し、
左半身がいうことをきかなくなり、
車椅子の生活になる。
二度と入院はいやだと訴える妻の願いを聞き入れ、
夫は自宅での介護の生活に入る。

誇りを失わず、これまで通りのスタイルを貫く妻だけど、
失禁をしてしまった朝から、
妻の様子はどんどん悪化していく。

今、「悪化」と書きながら、
「悪化」なのか?と考えている。
加齢により、いろいろなことができなくなり、
時々はパニック、時々は訳のわからないことを
訴え続けるというのは、
「悪化」なのかどうか。

一人では何もできない赤ちゃんで生まれてきたヒトが、
いろいろできるようになり、
他者の世話ができたり、
他者に良い影響を与えるようになり、
それがだんだんと、
できなくなっていくことは、
「悪化」ではなくて、
「過程」ではないか。


私は映画を見ながら、ずっと義父と義母のことを
考えていた。

人一倍がんばりやだった義父は、
40代で起業した。
社員の方々やその家族の生活を守るため、
厳しい決断もあったし、
体力を超えた仕事をしてきた人だ。
その義父も86歳。
だんだんとできないことが増えてくる。

私は、
「できないことが増えてきた自分」
を受け入れ始めている義父を尊敬する。

多分、とっても歯がゆいと思う。
全部、自分でやってきた今までのことを
思うと、
時々は悔しさや情けなさみたいものも、
感じていると思う。
それでも、認め、受け入れ、今できることを
しようとしている義父。

発達心理学を調べると(私は全く詳しくないが)、
知能には流動性知能と結晶性知能とあり、
流動性は新しいことを学習したり、
作業の速度を要求される能力で、
子どもの頃をピークとして穏やかに衰えていく知能であり、
結晶性知能は、
これまで蓄積された経験と知識に結びつく能力で、
年老いて尚、伸び続ける可能性がある知能らしい。

この後者の方の知能を生涯発達させていくには、
日常生活の中で自分自身で選択する機会を
多く持つことなんだそうだ。


「愛、アムール」の妻は、
「自宅で過ごす」を始め、
「ご飯を途中でやめアルバムを見る」、
「今は水を飲みたくない」、
など、
ある程度選択を続ける。
それを夫は支える。


私も、義父の選択を応援したいと思う。
ただ、義母の介護の方法についても、
自分自身にどの程度支援を入れるかも、
ケアマネさんとの話し合いの席では、
「みんなのいいようにしてくれ」という感じがあり、
それが、すごくすごくせつない。


もちろん、
この映画の夫婦のように、
夫が看護士さんなどのケアを受けながらも
基本一人で奮闘していると、
それが妻の選択を守るためだとしても、
だんだんと孤独になり、
おいつめられていくと分かる。

それは分かっているけれど、
ケアプランの場で話し合われることが、
義父の選択を大切にするためというより、
家族の安心のためにような気がして、
私は落ち着かないんだ。

義父はヘルパーさんに入ってもらうことを、
以前から私と夫の前ではイヤがっていた。
「他人がいると、わずらわしい」と言っていた。
確かにヘルパーさんに昼間の服薬の世話などを
やってもらえたら、家族は安心だ。
でも、週に1〜2度昼食を取ることや
昼食後の薬を忘れることも含めて、
義父の人生のような気が、
私はしてる。
そういうことがあったとしても、
義父の選択する権利を守りたいって思うのは、
義父のカラダのことを考えていないってこと
なんだろうか?

クオリティ オブ ライフ って何?

あ〜難しい。


ケアマネさん始め、
会議に参加してくれた人全員が、
自分の方法や考え方で
義父のことを考えてる。

考え、迷いながら
やっていくしかないんだろうなあ。





映画を見ながら、
自分の家のことばかりを考えていたよ。















author : tanizawa-k
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【2019.09.06 Friday 18:48
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谷澤 久美子
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