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色彩を持たない・・・といっても映画です。

【2013.04.12 Friday 15:31
今日、運転中にTokyoFMのユーミン・コードを聴いた。
その中で、ユーミンが東京メトロの新しいキャンペーンに
曲を提供したと言っていた。そのキャンペーンのタイトルは
「Color your days 」。
東京メトロは9路線あって、9色に分かれてることにちなんでいるそう。
あなたの毎日を彩る東京メトロってことか。

Color、色。

本日村上春樹さんの
「色彩を持たない多崎つくると、
 彼の巡礼の年」が発売され、
行列を作って本を手に入れる方々のことを
ワイドショーで見た。
もちろん本は手に入れたが、
その前に
「カラー オブ ハート」という映画をレンタルして見たので、
その話。

昔の映画を見たのは、
尊敬する方から勧められたから。

いろいろ考える映画だった。

双子の高校生の兄妹デイビットとジェニファーは
ひょんなことからTVドラマ「プレザントビル」の中に
入ってしまう。
プレザントビルの街は、
何もかもが白黒で、毎日同じことが繰り返されている。
平穏で、何も摩擦がなく、人々は愉快そうに生きている。
双子の現実の世界では
父親と母親は離婚し、
母親は若い恋人と週末旅行に出ようとしているが、
父親が双子の世話を拒否していることでいらだっているし、
高校の授業では、
就職難や、地球温暖化など気がめいる話ばかりきかされるが、
プレザントビルには何の心配ごともない。
ある日、あまりの退屈さにジェニファーは、
バスケット部のキャプテンと「恋人達の湖畔」で
セックスしてしまう。
それを境に街が変わる。
負けなしだったバスケット部が負け、
真っ白だった本のページが物語で埋められ、
だんだんと「色」を持ち始めるのだ。
デイビットは、バイト先のハンバーガー屋さんの店長に
変化をもたらす。
彼は自分がしたことない、
たとえば店を一人っきりで店を閉店されることや、
一人でチーズバーガーを仕上げることに、
わくわくし始めるのだ。

人間もどんどん天然色で彩られる。
しかし、色づいていくのではない。
白黒で覆ったものがはがれて、
もともとの多種多様な色が表れたんだと
だんだんわかってくる。
そういう変化をもたらすのは、
どうやら、
今までの殻をやぶった時。(←と私には思えた)
殻を破るには、その前に強い感情が湧く。
多分、その時白黒がはがれ落ちる。(←と私には思えた)
街の若者たちは性的な体験をすることで色を持つが、
ジェニファーにとって性的な体験は従来通り。
しかし、今まで興味を示さなかった本を読むようになり、
もっともっと学びたいと思った時に色を持ち、
デイビットは恋人を守るために思わず男たちを攻撃した時に
色を持つ。

守旧派の人たちは、おもしろくない。
ついには条例を作る。
音楽に制限をかけ、使っていい色は白と黒とグレイ。
しかし、それを守らなかったデイビットと店長は
裁判にかけられる。

裁判でデイビットは言う。

「色を得ていくことは、とめられない。
 それは本人の意志ではとめられないんだ。
 心の奥から溢れ出る思いは
 誰にもとめられないんだ」
裁判官である町長は
「私にそんなものはない」と言う。
平静に冷静に対応しようとする彼に
デイビットはけしかける。
「本当はどうしたいの?
 このまま僕をほっておくと、
 若者たちは通りでいちゃつくし、
 家に返っても夕飯の準備はしてないし、
 そのうち女の人が外に働きにいって、
 男がお皿を洗うようになるよ」
すると、町長は
「そんなふうにはならない(怒)」と
顔を真っ赤にして怒る。
白黒だった彼が真っ赤になって怒るんだ。
彼も、感情を爆発させることで、
白黒がはがれるのだ。

感情を得ることで、
幸せとばかりにはいかなくなる。
裁判でさえ陽気にやろうとしていた守旧派の人たちは、
今までのことをそのままやっていることで昨日と同じ日常を
守れることを望んでいた。
変化しなければ、
未来に対する心配も、
ものすごい怒りも、
一人になってしまうかもしれない不安も、
あせりや悔しさや苦しさ、しんどさはない。
それでも、抑圧されていたものが一度はがれ落ちると、
もう元には戻れない。
昨日と違う何かを学ぶ喜びや、
愛する人と一緒にいる安心や、
物語や絵画から想像する楽しみや、
音楽にあわせてリズムをとる高揚感、
そういうものを知らなかった時には
戻れないのだ。

この映画の中の、
白黒の世界と色とりどりの世界の一番の違いは、
個人が個人として生きられるかどうかだと思う。

こうあるべきや、
こうあってはならないではなく、
個人が自分の今や明日を自分で選択していくこと。

個人が個人として大切にされる世界は、
誰かから大切にされる前に、
自分で自分のことが大切にできる世界だと思う。

そして感情というものはとっても個人的なものだから、
自分で自分のことを大切に扱う時の核になるものだと思う。

だからこの映画では、
感情を得た時に、
抑圧がはがれ落ちたのではないか。
私はそんなふうに感じた。


さて、明日はバスでの移動がある。
その間
「色彩を持たない多崎つくると、
 彼の巡礼の年」を読むぞ。



そして、尊敬する先輩と
この映画について語りあえる日が待ち遠しいな。














author : tanizawa-k
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【2019.09.06 Friday 15:31
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谷澤 久美子
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