「静かな爆弾」 | 今のところではありますが…
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「静かな爆弾」

【2012.01.06 Friday 09:38
吉田 修一
中央公論新社
¥ 1,365
(2008-02)


知っているつもりでも、
特に関心をもたないようにしていたことを、
ある日、
思い知る。

仕事や恋愛を通して、
「本当に知ろうとしていたか?」
といういくつかの体験をする主人公。
この小説を読みながら、
きっと自分にそう問いかけた人って多いと思う。

「本当に知ろうとしている?」


テレビ局で働く主人公は、
ある日耳が不自由な女性と出逢う。
彼女と交際することになり、
メモに言葉を書いてコミュニケーションを始める。
すると、今言いたいと思っていることが、
本当に表現することが必要かどうかを考えるようになる。
そして、考えて、本当に伝えたいことだけを
彼女に伝えるようになる。

以前は、自分の言いたいことを、
その時つきあっていた女性たちにぶつけてきた。
それって、相手を知っているつもりで、
相手がどういうことで傷つくのか、
相手にも感情があり、
その時の事情があるってことに、
あまりにも関心がなかったのではないか?

主人公はこのように明確には思わないんだけど、
なんとなくぼんやり、
今と過去を比べる様子で、
読者にそう問いかける。


主人公が今取材をすすめているのは、
バーミアンの大仏爆破事件について。
知っているつもりの事件だが、
関心をもって情報を見聞きしてなかったことが、
調べ始めてわかる。
編集作業をしている部屋に入ってきた上司が、
重要人物とのインタビューシーンを見ながら、
「知らなかったよなあ」とつぶやき、
「恥ずかしい話、タリバンもアルカイダも、
 同じ組織だと思ってたもんな」
とため息をつく。

「何も知らないわけではなかった。
 なんとなく知っていることを、
 なんとなく思ったままにしていた。
 大変なんだろうなとは思っていた。
 ただ、思うだけで、その大変さを
 想像しなかった。
 苦しいんだろうなとは思っていた。
 ただ、思うだけで、その苦しみを
 想像しなかった」

これは大仏爆破の件でのことだけではない。

ある時、彼女を主人公は親に紹介することにする。
不安がる彼女に、
「俺の両親、決して嫌な人たちじゃないから」
とメモに書く。
それに対して、やりとりがあった後、
彼女は
「今どき、そんな分かりやすい人が
 いるわけないじゃない。
 そういうストレートな人がいないから、
 嫌な思いをさせられることが多いんだから」
と書き、さらに
「『あなたは耳が聞こえるけど、
 それは気にしない』って言われたことある?」
「私たち、いつもそう言われるのよ。『あなたは
 耳が不自由だけど、私はそれを気にしません』
 って」
と書く。

この時、このことを彼は深く考えない。
そういう複雑な想いをもっている彼女のことを
まだまだ真剣には知ろうとしていないんだ。
逆に言えば、
受け手側が真剣に知ろうとしていないと、
こういう大切なことさえ、伝わらない。


彼は、自分の番組の出来が非常にいいものであると
満足感を覚えながらも、
「果たしてこれが伝わるのか」
と危惧する。
視聴者の方々は、
これを知ろうとしてくれるのだろうか?
関心をもってくれるのだろうか?


彼は彼女を失いそうになって初めて、
自分が知ろうとしていなかったことに気がつく。
自分の考えや自分の気持ちは
伝えていたけれど、
彼女のことを本当には知ろうとしてなかった自分のこと。




私はコミュニケーションのトレーニングの
講師を仕事としている。

小説の中で、
彼が意見や気持ちをぶつけるのではなく、
本当に伝えたいことを簡潔にメモに書くという部分、
それは「スキル」だ。
方法を学び練習すればできるようになることだ。

ただ、それは伝え手から外側にだす時のこと。

技術で補えないこともある。
それは伝え手の内側にある。

何かを伝えたい相手がいる。
その相手のことを、どう考えているか?

どうでもいいと思っていたり、
言ってもどうせ伝わらないと思っていたり、
わからせようと思ってしまっていたり、
そういう内側のまま、
いくら技術を使っても、
より良いコミュニケーションになるとは
言い難い。

すごく難しい。でも大切なこと。
だからこそ挑戦しがいのあること。
そして、トレーニングの中で
丁寧に伝えていきたいこと。




小説の最後、
彼女は彼の元に戻ってくる。
この小説の続きがどうなるのかわからないが、
戻ってきて安心して、
また自分の考えや気持ちだけを伝える伝え手には
ならないでほしいなと思う。

伝え合うの「合う」は
双方向だよなあ。



2012年最初に読んだ小説で、
大切なことが確認できて、
とってもラッキーなんだな。







 






author : tanizawa-k
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【2020.07.07 Tuesday 09:38
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この記事に関するコメント
谷沢先生、ご無沙汰しております。
Facebookで先生のことを見つけた時、とても嬉しく思いました。
そしてこの日記を読んで、小説を読んでみたい!という思いと共に、
改めて谷沢先生に”出逢った”気がします。
当時はまだまだ子供でしたが、少しは成長したでしょうか…
今後も色々なことをお話していきたいなぁと思います。

今年も宜しくお願い致します。
| Ayami Makita | 2012/01/06 12:49 PM |
Ayamiちゃん。ご無沙汰です。FBで見つけてくれてありがとう。私ね、 Ayamiちゃんが中学の時にくれた手紙(イラスト入りのやつ)まだ大切にもってるよ。
この小説、すごくよかったよ。ぜひ読んでみて!文庫もでてる。
これからいよいよ大人の話もできるね。とても楽しみです。
| ◇ Ayami ちゃん←谷澤 | 2012/01/06 7:30 PM |
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谷澤 久美子
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