大多数→過半数 | 今のところではありますが…
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大多数→過半数

【2018.12.08 Saturday 09:15

テレビドラマ、

もうほとんどの家庭が

録画を再生して見ているのではないか?

 

私の子どもの頃は

「昨日の『サインはV』見た?」

って会話があったけど、

今の子どもたちは

「『今日から俺は』の最終回、もう見た?」

って会話なんじゃないか?

 

アニメも音楽番組も

「忙しい思いして

 無理して早くお風呂はいって・・・」

とか、

「今日は父親に野球中継を

 諦めてもらわないとならないから

 いい子ちゃんにしとかないと・・・」

ではなく、

余裕のあるときや、

塾に行くまでの隙間時間とか、

他者に遠慮することもなく、

見ることができるんだと思う。

 

テレビの番組表に合わせてや、

他者の要求を感じ取りながら

自分の行動を決めるのではなく、

自分のペースをある程度守れる

生活だ。

 

ってことは、いいことだ。

それが便利で快適ってことだ。

 

 

 

ただ、その中で、

難しい問題がある。

 

使わなくなった力は、

どんどん衰えるということだ。

 

 

便利快適な暮らしの中で

使わなくなる力とは・・・

 

「『いやだな』と思うけど、

 しなくてはならないことをする力」や

「『面倒くさい」けど、

 他者とちょっとは合わせるという力」を、

鍛える機会は、減る。

 

 

ちょっとぐらい減っても、

問題なくやっていける程度の

「折り合いつける」筋力が

もともとあった子はいい。

 

 

でも

発達のアンバランスや、

愛着の問題や、

環境の複雑さや

成長のスピードなどで、

「折り合いをつける」筋力が

もともと少ない子たちにとって、

生活の中で鍛える機会が減ることは、

 

小学校・中学校の生活を乗り切ることは

本当にしんどいと思う。

 

 

うちの夫は教育者でもなんでもないが、

時々鋭いことを言う。

私が、

「どう考えても、

 今の学校のシステムと

 子どもたちがあってないと思う」

とポツリと言った時、

「そうだね。

 昔は大多数の子に合っていたと思うけど、

 今は過半数の子に合ってる感じだよね」。

 

本当そうだ。

 

今の学校の

「集団」を大切に育てるやり方は、

今もまだ「過半数の子」は合わせられるやり方で、

だからこそ、成功例もいっぱいあるから、

切り換えるのが難しいのだと思う。

でも、もうぎりぎりなんだと

私の直感は私を突く。

 

 

 

 

不登校の子の昨年度の数が発表された。

子どもの数は減っているのに

5年連続増加している。

専門家の方々が、

背景は

「複雑な要因が絡み合っていて

 絞れない」系のことを言われてる。

そうなんだろうと思う。

 

 

でも、

学校に行くのが難しい子や、

クラスに行くことが厳しい子と接していると、

「もう、これまでと同じ学校じゃ、無理」

とマジ思う。

 

 

小さい頃から、

食事は、

みんなが一緒のものを食べるというよりは、

その人が食べれるもの、食べたいものを

自分で選んだり、与えられたりすることが

増えている。

 

「パンが嫌なら

 これにする?」

的なことって、

結構あると思う。

 

「あなたはあなたのペースでいいよ」

というメッセージの中で暮らしてきていて、

小学校に入ると急に

「友達関係や勉強の面で、

 集団に合わせられないこと」を

マイナスとされ、

そういうメッセージを浴び続ける。

 

 

その筋力の鍛え方も知らないうちに、

バーベルのキロ数をどんどん上げられて、

(もちろん、親も教師も全くの善意で

 それが子どものためだと思いながら)

「頑張れ」

「やればできる!」

とハッパかけられ、

なんとかやってきたとしても、

小学校5年生くらいで

「もう無理」、

中学生になってもまだ続くのかと実感する

中1の夏頃には、

心のエネルギーは冷えきってしまう・・・

のではないだろうか?

 

 

どうしたらいいのだろうか?

 

 

今の学校のシステムの中で

すぐにできることとしては、

学校の中に、

「『いやだな』と思うけど、

 しなくてはならないことをする力」や

「『面倒くさい」けど、

 他者とちょっとは合わせるという力」を、

 つけていく場を設けることを提案したい。

 

「もう無理」となる前や

心のエネルギーが冷え切る前、

 

つまり、

遅刻が増えてきた・・・とか、

日記での不満の表出とか、

テストの点や、

授業中の態度とか、

ペアやグループでのワークの中での

 辛そうな様子とか・・・、

喧嘩が多いとか、

提出物が出なくなったとか・・・

そういう子たちが、

希望してくれたら

安心して自分なりのペースで

自分の筋力をつけていくことができる場。

 

今静岡市の中学校には

ほとんどの学校にある

「相談室」「学習支援室」などという呼ばれ方を

している場を、

多様な子どもが

もっと安心して自分を成長させていく場にする。

 

今はまだ、

不登校だった子がクラスに復帰する前の

過程の場という位置付けの学校が

多いと思うけど、

これを

「個別に

 安心して、

 筋力つける場」

という位置付けにする。

 

だから、

いっぱいいっぱいでクラスに通っている子も、

「もうマジ無理」となる前に、

行っていい場所。

 

安心してというのは、

ここにいていいんだ、

ここで生活していいんだ、

ここで自分をちょっとずつ成長させて

行けばいいんだ

と思える場。

 

それが小学校にもできるといい。

 

 

以前読んだ

杉山登志郎先生著書

「子育てで一番大切なこと」の中に

「個別対応が必要な子ども達は

 これから増えることはあっても、

 減ることはない」

という言葉がある。

そしてその対策として

幼稚園6年生ということを

提案してる。

 3歳から3年間をジュニア幼稚園。

 6歳からの3年間をシニア幼稚園。

 9歳までは全部の子どもを

  できるだけ個別に対応。

 9歳で子どもの凹凸の特色が

  ある程度わかる。

  個別の対応が引き続き必要な子と、

  集団教育体制で学んでいく子が

  はっきりする。

  その上で飛び級も落第も認める。

 

これは、読みながらびっくりしたけれど、

後からじわっとしみてきた。

 

 

 

今の暮らし方の中で育ってきている子どもたちが、

6歳になると全員いきなり集団の中に入り、

一様の教育を受けていくことの弊害は、

大きい。

 

集団の中で一様の教育を受ける

ということは、

自分の思い通りにならないことを

受け入れるということ。

 

つまり

「嫌だけどやる」(自立)

「面倒だけど、他者とともにいる」(共生)

 

この力を、

段階を踏んでつけさせてあげられる学校。

 

一足跳びに

幼稚園6年生は難しいかもしれないが、

まずは今あるシステムの中で、

できることをしていけたらいいよなあ。

 

 

 

 

今のままでは、

子どもは大変だし、

大変そうな子どもを見ている親は辛いし

自分の子育てを責めたりしちゃうし、

先生は先生で

自分の指導方法に自信が持てなくなっちゃう方もいるし、

このスパイラルは続いてしまう。

 

 

 

なんて、熱くなってまとめてみました。

 

 

 

あ〜みんなが

笑える場が

学校だったらいいのになあ。

 

 


 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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【2019.03.25 Monday 09:15
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谷澤 久美子
counselor