残りの人生1日目。 | 今のところではありますが…
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残りの人生1日目。

【2017.09.10 Sunday 23:08

きょうは私にとって

ロゴセラピーの区切りの日だ。

 

ロゴセラピーとは、
意味を軸としたセラピー。

 

ロゴセラピーと私の歴史を振り返ってみる。

 

「夜と霧」を再読したのは2010年2月。
ブログに感想を書くと、

友人から「なぜまた読みたくなったの?」
と問いかけのコメントをもらい、
なんでだろ?と考えて、
「谷澤相談室を開くにあたり、

 読みたくなったんだ」と気がついた。
「夜と霧」はそういう本だった。

 

2012年の誕生日、
イギリスから帰国した知人とランチした。
その時彼女から、

「今、『100分で名著』で『夜と霧』をやっていて、

 ガイド本、すごくいいですよ」とすすめられ、すぐに購入。
「どんな時も人生には意味がある」

「意味のない苦しみはない」

「それでも人生に『イエス』と言おう」等という言葉に感動。

「夜と霧」の著者フランクルが創設した

ロゴセラピーを学びたいという気持ちが高まった。

そして検索し、ロゴゼミに出会った。

 

ロゴゼミの講師、勝田先生は

フランクルから指導を受けたルーカス先生のもとで

ロゴセラピーを学び、

フランクルの言葉を正確に伝えてくれる方。

温かく、ゆったりとしていて、

包み込んでくれるような笑顔の素敵な女性。

ドイツ在住で、一年に3回日本にこられ、

その際ロゴゼミで私たちにロゴセラピーを教えてくれる。

 

私は2013年の7月にスタートした

第五期の第一回目からロゴゼミ受講。

そして年に3回ずつ受講を重ねた。

せっかちな私に、

ゆっくり学ぶという、

今までのスタイルとは違う道を進ませてくれたと思う。

 

10回を終了すると、

ロゴセラピストになるための資格試験を受けられる。

私がそれに挑戦したのが昨年9月。

一発合格はできず、

勝田先生から3つのテーマを再受講するよう指示をうけ、

その3つめのテーマの受講を今日終えた。

 

区切りというのは、

ロゴセラピストの仲間入りができた日ということなんだ。

 

 

 

ロゴセラピーで一番びっくりしたのは、
「何のために生きているか?」という、
今まで当たり前につぶやいていたことへの

「別の考え方」だった。
ロゴセラピーでは、
「人生の方から、あなたに問いかけている」というのだ。

 

えええっ
人生は 私に問いかけているの?

私はびっくりした。

 

一瞬一瞬、その時起こった出来事を通し、
人生は私に問いかけているという。
私がその出来事に

どういう態度で対応し、

どう行動するかで応えるかを。

 

びっくりしたけど、
同時にすごく納得できた。

 

私がこの世に誕生し、愛情深い家族に恵まれたことも、
だとしても我が強かった私が、
商売の家の長子に生まれたことで悩んだことも、

 

対象は違っても他者からの承認欲求が強い
小中高校時代や、
自分の存在価値がわからなくなっって
めちゃくちゃ自己中心的な大学〜広告制作会社時代も、

 

その後の家業の手伝いをし始めてからの苦労も、
夫と出会い、結婚を決めた後で
母が亡くなったことも、

それでもなお意思を通して結婚し、
祖父、父が亡くなり、
家業を廃業したことも、

 

子どもを持てなかったことも、

 

母を亡くした直後から学んでいた
カウンセリングの勉強を生かして、
学校での相談の仕事を始めたことも、
その中で必要を感じ、
アサーティブのトレーナーになったことも、


とにかく、これまで私に起こったことすべて、
その時々の人生からの問いかけだったんだ!と知ると、
どんなにひどい出来事も、

受け入れることができた。


そして私なりに、

その時その時必死で応えてきたんだと思うと
自分の人生が愛しく思えた。

 

そして、それは誰もがそうなんだと考えると、
電車で隣に座った人も、
人生からの問いかけに応え続ける尊い人に思えてくる。

 

私は学びを深めて、
人生からの問いかけにできるだけ
意味ある応えを選択したい!!!
って考えた。

 

もうひとつ「精神次元」という概念が
私を勇気づけた。
人間には心と体があるけど、ロゴセラピーでは、
それに精神次元を加え、

人間を3次元からなる存在と位置づけている。


心とからだは自分の命や生活や利益を

守るための防衛本能を働かせる。
精神次元は意味をキャッチし、

意味の実現を志向する。

 

心とからだ、
特に私は心(感情)に興味があり、

感情を大切なものだと捉えてきた。

と同時に、

「気持ちでっかち」(⇔「頭でっかち」)は

危険だと思ってきた。

つまり、
気持ちに頼ったり(「やる気がでるのを待つ」的な)、
気分のまま行動する(「いやだからやらない」的な)ことは、

好ましくないって思ってきた。

 

そんな私に
精神次元の概念は、理解しやすいし、

行動療法にいい影響を与えてくれた。

 

行動療法を使ってきた私は、

「目の前の必要なことをいやでもやる」とか

「苦手だなって思っていいけど、

 挨拶はする」とか、

そういう説明をしながら、

心(感情)と行動がバラバラな感じで

戸惑う人がいることも知っていた。

 

同じことでも、

ロゴセラピーで精神次元の存在をしってから、

「目の前の必要なことを、

 いやでも、

 明日の準備のためにやる」とか、

「苦手な人だと思っていいけど、

 より良いチーム作りのため

 挨拶する」

など、

たとえ主観的な意味であっても、

感情と行動との間に、

意味で繋がりをもたせることができるように思えた。

 

これが客観的な意味、

つまり

誰かのために、

何かのために、

となるとロゴ的だ。

 

 

振り返ると
2013年の7月から年に3回。

全部で14回の土日、東京や盛岡で学んだ。

もちろん、ロゴセラピーの学び以外、

仕事でも土日を留守にすることがあるので、

時には毎週のように、

夫は掃除や洗濯などやってくれた。

トイレやお風呂の掃除もだ。

私好みのテレビ番組を録画しておいてくれ、
はじめの頃はバーニーの、

今はカルの世話をしてくれている。

一人でごはんの支度し、食べ、一人で本を読み、

テレビやネットをみて、休むんだと思う。
季節の変わり目には布団を入れ替えておいてくれたり、

あるいは台所の引き出しを

めちゃきれいに掃除してくれてあったこともある。

義父が亡くなった後は、

一階の掃除や、

義父の荷物の整理などをこつこつとやってくれている。

そして、時々、

カルの写真を、

東京や盛岡で学んでいる私のところにラインしてくれるんだ。

 

彼は、
誰か(私)のために、

何か(私が学べる)のために、
自分の力を使ってくれていた。

彼はいつでもお手本なんだよな。

 


勝田先生は「ロゴセラピーは生き方」という。
このことの意味が分かるようになったのは、
相談をうけるとき、
「その方に起こったつらい出来事から、
 意味をみつける手伝いをしよう」
と思えるようになっていることでだ。

それはセラピスト自身の

日常の実践があってのことだと思う。

「セラピストが自分の良心(意味を感知する器官)に

 従って生きてることが大切」とは

静岡で読書会を主催してくれている草野先生の言葉。

それがちょっとずつだけど、

馴染んできているのかもしれないな。

 

しかも

フランクルは人間を

「もう動物ではないが、

 まだ神ではない存在」

と言ったそうだ。(今日のロゴゼミで知った)

だから

「心身態(心と体)のエゴイズムと

 意味への意志の間を行ったり来たりするもの」

で、

セラピスト自身もそうであるからこそ、

謙虚になれる。

 

 

 

区切りの今日、

ゼミの最後に引用されたルーカス先生の言葉は、
「今日はあなたの残りの人生の第一日目なのです。
 この残りの人生を使ってどうするか、

 それはあなたの手中にあるのです」
というものだった。

なんてありがたい はなむけ!!!

 

簡単なことではなく、
苦しいこともあると思うけど、やっていこうと思う。

 

だって、「悩むことは人間特有の能力」なんだもん。
「まっとうな苦悩は、それだけで業績」なんだもん。
フランクルはそう言ってるし、

私は「苦悩」を安易にごまかしたり、

粗略に扱ったりせず、

そこから意味を見出すことのすがすがしさを

知ってしまったから。

「苦悩」がなければ知りえなかった意味も、

たくさんあったと思うから。

 

 

2017年9月10日は

残りの人生の大切な1日目となった。

 

で、

明日もまた、

残りの人生の1日目だ。

そうやって、積み重ねていくんだなあ。

 

心身態のエゴイズムと意味への意志との間を

行ったり来たりしながら、

苦悩しながら、

積み重ねていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

今回の盛岡のロゴゼミは、

岩手県公会堂で開催。

1923年に建てられたというレトロな建物。

素敵でした。

 

 

 

author : tanizawa-k
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【2017.11.23 Thursday 23:08
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谷澤 久美子
counselor