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人は最善を尽くして生きているか?

【2017.03.26 Sunday 15:59

私の全く勝手な命題

(だから自己命題と名付けよう)に

コミュニケーションをする時に、

「相手を理解しようとする態度」は大事なので、

「相手を理解する」方法を、

「考え方編」と「方法論編」に分けて

明確にするってのがある。

 

その「考え方編」に

決定的な影響を与えてくれる言葉を

見つけちゃった。

 

ひとつは、

「ダイアローグ・スマート」(幻冬舎)

という本の中にあった。

 

それは、

他者を悪者にしている自分を意識したら

自問する言葉、

「分別のある常識的な人が

 こんなことをするのは

 なぜだろうか?」。

 

もうひとつは

「立て直す力」(講談社)

という本の中にあった

「人は皆、最善を尽くしてる」

という言葉。

 

著者のブネレー・ブラウン氏は

「わたしが一方的にマイナス評価を

 くだした人たちはおそらく

 『あなたはわたしを知らない。

  わたしのことなど何も知らない。

  だから一方的に決めつけないで』

 と言いたいに違いない」

と書いている。

 

この二つの言葉は、

半月くらいの間、

だから、ほぼ同時くらいに出会えて、

それから世界が明らかに変わってしまったと

思う。

 

私は、

「人は最善を尽くしていると思う?」

と、誰かから質問されたら、

「なんか、子どもじみてると思うかも

 しれないし、

 別に性善説を採用してるわけでもないけど、

 そう思う」

と答えると思う。

 

カウンセラーとして人の話を聴くと、

例えば、

世間的には受け入れられないようなことを

している方がいても、

その人にとっては、

それはそうせざるを得ない、

決して大げさではなく、

そうしないと命を守れないようなこと

だったりすることばかりだ。

 

摂食の問題も、

自傷行為などなども、

そうしないと今もたないから、、、

されていること。

 

子どもが昼夜逆転し、

夕方3時くらいに起きてきて、

一晩中ゲームをやっていても、

今は他に方法がない、

今は、

そうしないと生き延びることが

できなくってそうしている・・・

と思う。

 

いじめの問題があったら、

真っ先にケアするのは

被害者だ。

被害者の回復をサポートするのは、

優先順位の第一位。

ただ、加害者にも

ケアの必要があることが多いと思う。

行動そのものは間違いだったけど、

精神的に満たされていて、

毎日が充実している子は

誰かをいじめる言動はしないから、

その子たちのその行動をせねばならなかった

背景を理解しフォローしようとするサポートは

必要だ。

 

 

 

行動そのものは

問題もあるし、

時には犯罪だったり、

誰かをひどく傷つける言動だったり、

許されることではないこともある。

絶対にやってはダメなことはある。

 

ただ、その人の選択肢の中では、

それをする他なかったんだと思う。

 

 

 「立て直す力」の中に

 マヤ・アンジェロウ

(アメリカの活動家。

 キング牧師とともに公民権運動を

 戦った。詩人)の言葉が出てくる。

 「あの時は、

  自分が知っている方法でやった。

  いまはもっとたくさんの方法を

  知っているから、

  もっとうまくやれる」

 

 

 

だから、

人は、

自分の選択肢を

より良い方向に広げていくしか

ないのだ。

 

 

 

 

話を戻して、

私はこれらの言葉に出会って、

苦手な人の顔を思い出してみた。

 

これまでの人生上、

ひどく罵倒されたことが2回ある。

その2回のお相手の顔。

 

そして、

どうしても

距離をおきたくなってしまった方の顔、顔。

 

確かに苦手は苦手で、

再び何かのプロジェクトの仲間になる・・・のは

ご遠慮したいが(って向こうもそう思ってるかも)、

それでも、

その苦手な方々は、

やはりその時々、最善を尽くされていたんだ、

と改めて思う。

 

その中のお一人は、

仕事中に

個人的なことばかり話しかけてきたけれど、

それは、

あの方が、

その時のご自身を保つために、

あの時間が絶対的に必要だったんだ!

と思う。

 

そう思うと、その時は(ずっと昔ね!)

アサーティブも知らず、

話を聞き続け、

心の中で「しょうもない人」と悪者にしてたけど、

今の私なら、

その方自身と、

その方の「ムダ話ばかり」を切り離し、

「今は、他にする必要がある仕事があるから

 聞くことができない」と言えたと思う。

それはスキルで言えるのではなく、

「この、

 分別のある常識的な人が

 仕事中、こんなことをするのは

 何らかの意味があってのことに

 違いない」

という考えに基づいて、

全く責めずに言えると思う。

 

そして、その時の聞き続けた私も、

その時は

その方との関係を大事にすることしか考えられす、

また「要求の方法」を知らず、

そんな中では最善だったんだと思う。

 

 

 

私は、

いつも社会的に正しいことばかりを

してきたわけではないし、

人として思いやりある行為を

選択し続けてきたわけではないように、

そして怠けたり、ケチったり、

意地汚い考えに基づいた言動をしちゃうことも

あったように、

でも、

そのどんな時も、

そうするしかなくてしてきたように、

 

人って、そうなんだと思う。

 

 

 

何か、理不尽な出来事があって、

その出来事を起こした人を

悪者と決めつける自分を意識したら

「分別のある常識的な人が

 こんなことをするのは

 なぜだろうか?」

と自分に問いかけてみる。

 

「最善を尽くそうとして

 これをしているとしたら、

 どういう背景があるのか?

と自分に問いかけてみる。

 

この言葉が自分の中に入ってきて、

「考え方編」の土台が

固まってきたように思う。

 

ただ、疑り深いところもある私。

今のところはこれ!と考えて、

当分、これを採用してやってみる。

 

 

 

 

これをここに書くのは、

とっても勇気が必要だった。

だって、

誰かにひどいことをされて、

ダメージを受けてる方もいるだろうから。

その方は、その人が最善を尽くしていると

考えることなど、とってもできないだろうから。

その方を、二重に傷つけてしまうことにも

なりかねない。

 

 

 

 

それでもこれは、

対話で問題を解決していこうとする時には、

必要な

「相手を理解する」ための

大切な考え方のひとつかも・・・

って思う。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケリー・パターソン,ジョセフ・グレニ―,ロン・マクミラン,アル・スウィツラ―
幻冬舎ルネッサンス
---
(2010-09-25)

author : tanizawa-k
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【2017.08.21 Monday 15:59
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谷澤 久美子
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