ランドセルの色、私は何色にしただろう? | 今のところではありますが…
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ランドセルの色、私は何色にしただろう?

【2017.01.20 Friday 10:23

大学生に授業をする機会を

いただくようになって、

4年くらい経つ。

 

どの学校の学生さんたちも、

本当に真面目な方ばかりで、

私語もなく、メモを取り、

話し合う時間は

ちゃんと議題に沿った事を話してくれる。

感想用紙には、

学んだことや考えたこと、気づいたことなど、

たくさん書いてくれてあり、

一人一人の中に、

表現したいことが

たくさんあることがわかる。

 

授業を真摯に受けてくれることが

ありがたいし、

もし彼らが

日常の中で、

自分のことを否定したくなってしまうような

出来事にあった時、

ちらっとでも思い出してくれたらいいな

と思う。

 

 

そんな中、

一つ気になることがある。

それは

授業スタート時の

反応が薄いこと。

 

ま、初対面で一回きりの授業者の私が

どんな奴だかわからないんだもの、

仕方ないといえば、仕方ない。

 

ホワイトボードの前に

立った時の私の雰囲気が、

緊張感があるのかもしれないから、

それが原因かも・・・とも思う。

確かに緊張はしてるし。

時々緊張は伝染するし。

 

 

とにかく

夏には

「暑いね」からはじめて、

「ポケモンGOやってる?」と聞いてみたけど、

膠着したように目も首も微動だにしない彼ら。

私が

「やってみたんだけど、

 この施設の周りはすごいね」というと、

安心したように、

笑顔になった。

 

評価、

つまり授業者である私がポケモンGOに対して

どういう評価をしているかわからないから、

表現できなかったのかもなあ

と反省し、

冬には、

そういう評価が気になるものではない題材、

「寒い?」的なことのみにしてみたって訳だけど、

どうしたらいいか戸惑っている感じだった。

きっと、

「ここは反応すべきところかどうか」

「みんなはどう反応するか」

「みんながしない中、一人だけ反応してしまったら、

 何か起こるかもしれないし」

的な、

いろいろな考えが動いたんだろうな、

なんて考えてみた。

 

そして、

いつもの癖で、

突っ込んで考える私・・・。

 

きっと、中学高校と

同調圧力の中、

頑張って生きてきて、

今もまだその中で

息してるじゃないかなあ。

 

どの授業でも、

時間が経つうちに、

リラックスした雰囲気にはなっていったけれど、

それでも

彼らの

「相手からどう思われるか」

を重要視するばかりに、

自己表現することに壁がある感じは、

彼らの生きづらさにつながっているように

思え、気になる。

 

 

彼らは小学校入学時、

まだランドセルは女子は赤、男子は黒の世代で

自分の好みの色を選択できる時代ではなかったらしいが、

衣替え時期は、

私たち世代のように「6月と10月」と決まってはおらず、

自分のタイミングだったようだ。

 

私たちが小学校中学校で受けてきた

先生によって一方的に教えてもらってた時代よりは、

「話し合う」なども取り入れた授業を

受けてきていると思う。

私たちの時のように

体操服は半袖半ズボンではなく、

自分の体調に丈を合わせて可だったと思う。

体験的な学習も増え、

例えば小学校の修学旅行では、

旅行先で故郷の説明をしたりする経験をしたり、

中学時代には

キャリア教育の一環で

職場体験なども経験していると思う。

 

昭和とは明らかに違う時代を

生きてきた彼ら。

 

もちろん「集団」の中で生きていくのだが、

同時に

「個」が大事にされ、

「個」を生かすということを意識した

学校生活は送ってきている。

 

それでも、

どう思われるか?

ここでの正解は何か?

それらに軸を置いたコミュニケーションが

身に染み付いているような彼ら。

 

他者と違うということを恐れ、

周りを伺いながら、

口元でちらっとつぶやくことさえも、

抵抗を感じているように見える彼ら。

 

「自分をどこまで出していいか分からない」

「どこまで合わせたらいいかわからない」

 

そんな彼らの心の中の声が、

聞こえるようだった。

 

なぜ、

そういうことになってしまっているんだろう?

 

 

 

 

 

ランドセルを例にとって考えてみよう。

 

今の子どもたちは、

イオンだったら24色の中から選べる。

それも「紫」だったら、

「スミレ」もあるし「パールラベンダー」もある。

「黒」だって

「ブラック」「メタリックブラック」

「ファイアースーパーブラック」

「オーシャンブラック」と4色もある。

そんな中から

「好きな色を選んでいいよ」と言われるのだ。

 

「なんで、女だからって、赤じゃないといけないの!」

と文句言ってた私とは、

めっちゃ違う。

 

私が今、

イオンで選んでよければ、

(小さな頃から紺とか緑とか黄色が好きだった)

「ダークバイオレット」を選んだと思う。

「いいじゃん。大事に使いなよ」と

親がすぐに言ってくれたら、すごく嬉しい。

反対に

「本当にその色でいいの。

 男子が選びそうな色だよ。

 5年生になっても6年生になっても

 使うんだよ」

なんて言われたら、

広告に出てる女子がしょってる色が

正解なんだと思ったと思う。

 

「子どもでもあっても人格がある」

「子どもにも失敗する権利がある」

ってことに

慣れてない大人もいっぱいいるから

仕方ない。

仕方ないけど、

切ないなあ。

 

 

 

 

私は

「あなたは長女だから

 家を継ぐ。他の選択肢などなし」

と育ててもらったからこそ、

「自分で選びたい」とか

「考えたことを言いたい」という

意欲が育ったのか。

昭和って

「幸せってこう」

「これが普通」的なものがあって、

めちゃ窮屈だったけど、

だからこその「パワー」が

育まれたかもしれない。

 

もちろん、決して

押し付けがいいとは思わない。

昭和に戻りたいとも

思わない。

 

ただ、

「個」を大事にしていいと

個人の選択や考える力を求めるなら、

それを受け止める側、

つまり、大人、養育者の

「受け止め方」こそ、

学んでいかないとならないこと

なんじゃないか。

 

 

もしかして

平成の

「自分の意見をを持とう、

 コミュニケーション能力を高めよう」

と育てられた人の中には、

「自分の意思で決めていいよ」と

保証されたのにもかかわらず、

考えや気持ちを口に出したら、

反対されたり、

叱られたり、

他の考えを勧められたりして、

「もの言えば、唇さみし」的経験をした人も

いるのかもしれないな。

 

 

「あなたの考えを言いなさい」

ただし、

「周りとも上手くやっていける程度の」

というダブルバインド。

 

個を大事にしよう。

しかも

空気も読みながら。

というダブルバインド。

 

 

その中で、

彼らは頑張って生きてきたのかもしれない。

と勝手に背景を考えて、

 

そして勝手に

愛しくて愛しくて

たまらなくなる私。

 

 

 

彼らが

安心して

考えや気持ちを口に出せる環境を作りたいなあ。

 

いやあ、それは大きな夢ですわ。

 

でもさ、

コミュニケーションをとっていくことは、

違いが明らかになってしまうことでもあるけど、

同時に、

繋がれる部分の発見や、

問題を解決していく方向性や、

第3の道を見つける可能性を引き出すことなんだって、

実感してもらえる瞬間を

なんとか、提供できないものだろうか。

 

 

関係は、

伝え合い、聴き合いの中で

育んでいくものだ。

 

そういう経験、

いっぱいしてほしいなあ。

させてあげたいなあ。不遜ですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| 日常 | comments(4) |

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【2017.04.21 Friday 10:23
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この記事に関するコメント
ランドセルは水色にしたい、って
言ってた娘に
「6年生になったら飽きちゃうんじゃない?」って声をかけて
結局、赤色を購入させた私です。
こんな場面、たくさんたくさんあったなぁー。
「いいじゃん」って言ってあげる機会が少なかったなぁー。私の子育て。
そんな事を考えてたら
苦しくなりました。

娘の自信とか自己肯定感とかを
潰しちゃったなぁー、って…
ごめんね。
次の機会には
いいじゃん、って言うように
意識しよう。

ブログ、読む度に
振り返ったり立ち止まったり出来る事ありがたいです。
ありがとうございます。
| HIRO | 2017/01/20 11:16 PM |
>「あなたの考えを言いなさい。」
ただし、
「周りとも上手くやっていける程度の」
というダブルバインド

すごくわかります。
自分の意見が言えないときって、意見が無いのではなくて、周りからどう思われるか・どう評価されるかが怖くて言えない時だからです。
無責任で評価されない会話なら楽しいけれど、一旦気になりだすと縮こまってしまいます。

私が谷澤先生に感謝したいのは、自分にもそういう経験があったにも関わらず、子どもに対してはそういう気持ちを抱いて(抱かせて)いるかもと想像できていなかったので、それに気づかせてもらって良かったです。
私も時に評価する側に見られることを意識したいです。
| 四季 | 2017/01/23 7:47 PM |
HIROさん
「次の機会はいいじゃんっていうよう意識しよう」を応援します。
だんだん成長していくお子さんたちに、今からがちょうどいいかもしれませんね。
お互い、ぼちぼちいきましょうね。
| ◆HIROさん←谷澤 | 2017/01/24 6:59 PM |
四季さんは、いつも自分に引き寄せて読んでくださってます。どんなことからでも学ぼうとされ、自分の糧にしようとされてるのが、もう本当に素敵!!!ま、お互いぼちぼちいきましょう。
| ◆四季さん←谷澤 | 2017/01/24 7:07 PM |
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谷澤 久美子
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