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犬が、昔は、怖かった。

【2015.05.20 Wednesday 19:51
今日、カルと散歩をしていて、
ふと、子どもの頃は犬が嫌いだったことを思い出して
自分でびっくりした。

昔は野良犬が結構いて、
小学校からの帰り道、追いかけられて
怖くて怖くて泣きながら帰宅したことがあったりした。

別に噛まれた訳でもない。
それでも、犬は私にとって怖い存在だった。


しかし、大人になった私は、
なぜか、ほんとに、犬好きになっていて、
そうなるともう、噛まれたって平気。
10年くらい前、
近所に住んでいたチャウチャウに噛まれてしまったが、
それでもその後、怖いとは、ちっとも思わなかった。
その噛まれてしまった時、結構ひどくって、
救急で縫ってもらったあと、
菌がからだに廻ってしまって、
腫れて熱が出て、大変な想いをしたのに、
でも、かわいくってたまらないのだ。


つまり、
「犬」の存在そのものが「怖い」存在って訳でも
「追いかけられること」ってことそのことが
「怖いこと」って訳でもなく、

「犬」そのものや
「追いかけられること」そのものは
変わらないのに、
私の感じ方、考え方が変わったって訳だ。


今なんて、ドッグランにいくと、
追いかけられて遊びたくって、
犬の周りを挑発するようにうろうろしたり
するんだもんね。




このことを、
「ロゴセラピー」に結びつけて
考えてみることにする。



私は今「ロゴセラピー」を学んでいる。
ヴィクトール・フランクルが創始した
人生の意味を見つけるための心理学だ。

「ロゴセラピー」の理論の中には、
日常生活でおこるいろいろなことを
乗りこえていく考え方がいっぱいあるが、
その中のひとつに、
「自己距離化」というものがあって、
私はそれを
・「こと」と自分を同一にしない
・自分自身から、自分の気持ちや考えを
 離して考えてみる
つまり、思いっきり客観的になる
ってふうにとらえている。


何か嫌なことAが起こったとする、
Aに対して、
それを「嫌なこと」とするのか、
「意味あること」とするのかは
自分で選べる。

Aそのものが=嫌なこと
ではなく、
自分がAを嫌なことにも考えられるし、
「意味あること」にも考えることができる。
そして、人間って、
誰もが「意味あること」という考えを選択する力を
もっているというのが「ロゴセラピー」。

なんかね、希望がわくんだよな。


「犬」が「怖い」から「かわいい」に
「追いかけられること」が「怖いこと」から
「遊ぶこと」に変わるように、

様々な出来事を、
「不安」というより「意味あること」として、
「イライラ」というより「意味あること」として
時々、後者を選択していけたら・・・
くらいの感じでやっていければいいよなあ。

まだまだ学びは中途半端。
これからますますおもしろくなりそう!





 
author : tanizawa-k
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【2019.10.11 Friday 19:51
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谷澤 久美子
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