ロゴセラピー | 今のところではありますが…
未来の蕾で一杯!

【2019.09.28 Saturday 19:29

陶芸家の河井寛次郎氏の言葉に

「過去が咲いている今、未来の蕾で一杯の今」

という言葉がある。

 

「今」が大切なんだ

ということをいっているだと思う。

 

そりゃそうだな。

過去を悔いたり、

未来を不安に思うのなら、

大切なのは、

「今」をどうするか!だもんね。

 

その上で、

この言葉がいいなあと思うのが、

過去の結果である「今」より、

「未来」の蕾の前の「今」で

一杯やってることだ。

 

 

 

さて、

一般的に考える人生の時間の流れは、
過去があって今があって未来だけど、

ロゴセラピーの時間の流れは、反対。

 

未来の中にある、

可能性の一つを実現するために、

今行動をし、

それが過去に溜まっていく、

つまり、

未来→現在→過去

という考え方。

 

 

ちょっと前に「サワコの朝」に出演されていた

元厚生労働省事務次官の村木厚子氏がされていた話が、

これを体現していたと思う。

 

彼女は冤罪で逮捕され、

164日拘置所に拘留される。

 

「私の仕事はあなたの考えを変えること」

と検事に言われ、

特捜部はなんとか自白させようと、

「執行猶予が付けば大したことない」と責める中、

潔白を主張し続けた。

 

その理由を、

「娘たちに将来何かがあったとき、

 あの時お母さんも途中でめげたとなると、

 娘たちも頑張れない。
 裁判はどうなるかわからない。
 自分はやっていない。

 娘のためにも頑張ろうと思った」

と言っていたのだ。

 

村木さんは

将来娘さんたちに何かの困難があった時に、

「あの時お母さんは自分がしていないことを

 毅然としてしていないと頑張り通した。

 私も頑張ろう」

という可能性を選択し、

一回一回の取り調べで

「無実」と主張する行動を実践し、

その一回一回が大きな価値と意味を持って、

彼女の人生の中に

確実に存在してる。

 

 

 

 

今日行ったロゴセラピーの勉強会(3回目)では、

2つのことを取り上げたが、

一つはこの時間の流れについて、

もう一つは

参加者の方々自身の過去の出来事を

 ロゴセラピーの視点で振り返ること。

 

 

以下、

シェアOKの方のフィードバックシートより。

 

<質問:最も心に残っていることは?>

✔・時間の流れ、<過去>←<現在>←<未来>

 未来像を設定して、そこから現在の人生設計を

 していく流れと受け取っていいのでしょうか。

 最近、この流れを自分に当てはめたり、

 悩める子どもたちに図にしてみたりしています。

 ・過去の出来事を通して、自分の精神の力を

 確かめる演習をしたおかげで、

 精神の力を使う流れがよくわかり、

 今後も自分の心を整理していく上で

 役立つとおもいます。

 前向きに生きる一つのツールとなります。

 ・バイザイン(悲しみに寄り添ってくれる人)は、

 今存在する人だけでなく、

 影響を受けた学び、思想でもありなのか

 と思いました。       (M)

 

✔学んでも楽になるばかりではなく、

 苦しくなる場合もあるかもしれないという

 ことです。

 課題が見つかるから、そうかもしれません。

 ただ、私は楽に生きられないタイプなので

 それでいいんだとわかってホッとしました。

                (ナガノ)

 

✔ロゴセラピーの問いかけ

 (私は自分の人生をどのように創りあげる

  ことができるだろうか)は、

 「今」やることが明確になり、

 そのことに力を注ぐことができると

 思いました。

 一方一般的に使ってしまいがちな問いかけ

 (私の人生は将来どうなていくのだろう?)は、

 将来の不安を抱えてしまいがちだと思いました。

 「今」やることが明確になることで、

 不安は減っていくと思いました。 (のこ)

 

✔主体的に生きるということが心に残りました。

 過去にあった事から考えると、どうしても

 「乗り越える」というイメージを持ちやすい。

 乗り越える方法というより、「未来こうありたい」

 ための方法を考えたいと持った。

 もちろん懸命に乗り越えるしかない時もあると

 思うし、それも悪くないけど、未来からの

 矢印の方が私には考えやすい。(ココロ)

 

✔「とりあえず行ってみよう」で参加したの

 ですが、とても楽しく、自分にとって

 意味ある講座でした。今の悩みについて

 自分に何を問われているのか

 考えてみたいです。

 心に残っているのは「心身態」という考え方。

 どんなにネガティブな感情、思いでも、

 自分を守ろうとするためのものだと知り、

 安心しました。        (U)

 

✔フループで過去のことを振り返った時に

 話してくれたことが心に残った。

 とても辛かったこと、

 何でこんなことが起こるのか?

 この怒りをどこに持っていったらいいの?

 と思う(過去の)出来事は、

 今考えると

 人に頼って生きる人生でいいのか?という

 人生からの問いかけだったのかも・・・

 という話に感動した。 (K)

 

✔・<未来>→<現在>→<過去>

 自分の人生をどう創りたいのか?

 そのために今何をしたらいいのか?

 主体的に生きることで、道を拓きたい。

 ・「あきらめることの意味」

 どちらかというと、あきらめてはダメ、

 と思ってきたので、目からウロコ。

 確かに「あきらめる」「充電する」

 「方向転換」も大事だ。

 ・他の方の話を聞いて、

 今があるのは過去の様々な出来事があり、

 皆、いろいろな選択をしてきたのだなと思った。

 人にも、自分の人生にも、正直に丁寧に

 向き合う未来でありたい。  (K)

 

 

 

 

勉強会も、あと一回。

(11月30日土曜日 14時〜16時)

ゲストスピーカーにお話いただくために、

現在交渉中。

私はその方が講演会で話されたことや、

その後まとめられた文章で

ロゴセラピーを深めることができたし、

ずいぶん救われた。

 

参加されたい方は

 

 

 

 

 

 

秋が大好き!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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台風でも、「晴れやか」を選べる。

【2019.07.27 Saturday 19:33

台風を心配しながら、

第二回ロゴセラピーを学ぶ会を開催した。

 

まだ二回目なのに、

なんだか

皆さんの感想の深度に心ふるえる。

 

シェアokに✔してくださった方の

感想は以下。

 

 

✔過去の過ちに対し、謝罪と感謝の気持ちを

伝えた結果、

さらに相手の傷口に塩をぬってしまった(ふたを

していた相手の苦しい気持ちをこっちから

勝手に開けることになりさらに苦しめた)出来事

に対し、なかなか心の整理が

つけられないでいました。

今回のロゴセラピーのワークのおかげで、

整理整頓ができ本当に嬉しかったです。

 

ロゴセラピーをもっと自分のものにしたい。

ロゴセラピストになりたいと思いました。N

 

 

 

✔人生で起こる様々な出来事を乗り越える時、

バイザインの存在を忘れないようにしたい。

 

良いところを見ていけるように

少しはなったのかな、と思います。

自分の精神が安定します。 M

 

 

 

✔今日は実際の自分の生活に基づいて考え、

思うことができる時間で、すっきりしました。

創造価値も、体験価値も、日々、

行ったり感じたりしていることは多く、

だめだめ人間だと思ってる自分でも、

捨てた人生ではないかと思えました。

ロゴセラピーを生きると、

どん底、暗闇の中にあっても、

その意味を見いだせるという話が

今日はクリアになり、

ぼちぼちですが、

生きていけると思います。M

 

 

 

✔心に残っているのは、

.吋△箸禄つけないようにサポートすること、

 セラピーとは、傷つきに向き合うサポートを

 すること

⊆分の中にロゴセラピストをおく

ホワイトボードの一点のシミに固執するの

 ではなく、全体を見る

 (「なんで?」ではなく、「せっかくだから」

  で考える)

また、常に良心のアンテナにひっかかったことを

行動に移さなくていいという言葉にほっとした。

自分はわりと行動に移し、言い方で失敗すること

があるので。

 

「あとで考えると、このことはこういうことだったのか」

という講師の実話を聞きながら、

その後、隣の方と雑談し、自分のことで腑に落ちることが

できた。             S

 

 

✔自分ではどうすることもできないところから、

自分にも何人ものバイザインの存在があって

今の生活ができていることに

幸せを感じるところまで来た。

 

初めて自分の身に起こったことを他者に話すことができた。

自分ではどうすることもできないところから、

実存的空虚のところを通り、

態度変換をしてきたんだと思った。

今、周りの人に寄り添った言葉かけができるのは、

それらの経験があったからこそだと思う。

難しい関係になってしまった家族に対しても、

距離を置いて見られるようになり、

追わないことにした。

今まで仕事をこなしてきてよかったと思う。

生きる気力がなかった時、何もしたくない、

むしろ死にたかったけど、死ななくてよかったと思う。

今、今やらなくちゃとか、今やりたい、ということが

増えて、充実した生活になっている。

過去を掘り起こすとまた涙は出るし、

未来を見つめると不安もあるけど、

今は充実している。またどん底になるかもしれないけど、

あれだけのどん底はないように思う。

きっと切り抜けられると思う。   K

 

 

✔人生のどんな事にも意味があり、

生かすことができる、ということに心に残っている。

人生を振り返った時に、後悔していることが様々あります。

それらをどの方向、どの視点から考えても、

「体験してよかった」と思うことはできませんでした。

ロゴセラピーを学んで、そのことを生かすことができると

わかりました。なかったことにはできません。

せっかく経験できたのだから、問いかけに答えて

生かしていきます。        ながの

 

 

✔苦悩による危機から、態度価値の実現に押し上げた

経験が自分の中にもあり、その時のバイザインの

存在と共に、やってきた自分を振り返ることができた。

態度変換によって乗り越えた人は、

苦悩による危機の中にいる人に対してサポートする責任

があるあたりの説明を、もう少し知りたい。 K

 

 

 

 

 

終了した16時、外に出ると、

なんと、晴れていてびっくり。

 

 

♩氷を散らす風すら

 味方にも できるんだな♩

 

 

台風が来ても、

雨がひどくっても、

私たちは晴れやかな笑顔を

選択することもできる。

 

 

 

 

 

 

 

 

次回三回目は

9月28日(土)。

初めて参加される方もOK!

詳しくは→

 

<ロゴセラピーを学ぶ会>

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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酸っぱいレモンを、レモネードに!

【2019.06.07 Friday 08:47

我が家にアップルTV導入!!!

 

す、す、すごい。

TEDも

YOU TUBEも臨場感!

PCの中とは迫力が違う。

 

しかも見る番組の選択肢がすっごく増えちゃって、

今は

アメリカのドラマ「THIS IS US」がいい。

 

第一話の

ある妻が3つ子を出産している中、

本当に残念なことに、

ひとりを死産。

(ドラマの中とはいえ、

 10ケ月お腹の中で育んできた命を

 失うシーンは辛い)

落ち込んでいる夫に、

歳を重ねた医師が言う言葉の場面で、

完全に私は

このドラマにはまった。

 

 

 

医師は

隣に座っていいかい?と許可を取った後、

 

「できれば君も私のように

 いつか年老いた時に、
 自分の経験を若者に

 語ってくれるといいなと思う。

 
 人生が

 君という人間に与えた

 最も酸っぱいレモンで、

 何とかレモネードを作った経験を」

 

 

私はこのセリフに感動して、

すぐに止めてメモり、

後で、なぜ感動したのか考えると、

2つの点で

ロゴセラピー的な意味があったと

納得した。

 

 

1点目は

「どんな酸っぱいレモンも、

 レモネードの材料にすることができる」

という考え方だ。

 

これは

「自分の人生に起きた出来事を

 それがどんなにひどいものだったとしても、

 明日に活かしていくことができる」

ということのたとえ話だ。

 

 

医者は語る。

自分も最初の子をお産時に亡くし、

悲しみにくれた。

しかし

その出来事がきっかけで
産婦人科の医師になることを決意し、
それ以来50年間
たくさんの赤ちゃんを取り上げてきたと。

 

「こう考えたいんだ。

 あの子を亡くしたことで

 他の大勢を助ける道に

 私は導かれたんだと」

 

もちろん

我が子を亡くした苦しみは大きく、

そう言い聞かせたとしても

その悲しさや寂しさや苦しさは

消えるわけではない。

ましてや、いくら他の大勢の子どもを

取り上げたとしても、

我が子を失った事実は消えないし、

その子自身が生き返ってくれる訳でもない。

ただ、

その悲しみの中に留まることは選択せず、

誰かのために

何かのために、

エネルギーを向けた医師。

 

この考え方は、

ロゴセラピーの考え方だ。

 

ロゴセラピーの考え方を、

酸っぱいレモンと

レモネードという言葉で、

すぐにイメージできる、

わかりやすい例え話にしてくれている。

 

 

 

そしてそれ以上にすごいのが、

悲しみの真っ最中にいて、

くるしさに涙に暮れて、

顔を歪ませている「若い夫」に

「そういう人生を歩いて、

 それを誰かに伝えてくれ」と、

言ってることだ。

 

これが2点目だ。

 

 

打ちひしがれている人に対して、

共感的に理解しようと、

その方の話をただただ聴いたり、

ネガティブな感情を汲み取りながら

整理したりすることは、

案外いろいろなシーンでみる。

小説やドラマや映画の中にある。

 

 

でも、

この医師は

君も私のように

辛く苦しい経験を明日に活かし、

それを誰かが落ち込んでいる時に

話してあげてくれ

と言っているのだ。

 

つまり、

心のエネルギーのマイナスを

ゼロにするだけじゃなく、

誰かに分け与えるプラスにするよう

ハッパかけてる。

 

このことは

「若い夫」の目を

自分中心から

自分を外から俯瞰する目に変えただけではなく、

未来に向けたまなざしに成長させた。

 

 

この医師は、

もちろんハッパかけるだけじゃなくって、

「若い夫」が子どもを連れて検診に来た時、

「妻」の様子を気遣い、

「子どもを失ったことから

 立ち直るのには時間が必要。

 待ってあげてほしい」

と伝えた後、

「若い夫」にベッドを提供する。

子育てて寝てない彼に

十分な睡眠をとらせてあげたんだ。

睡眠を取れた彼は家に帰り、

妻に優しく接することができた。

 

 

 

そういう優しさと、

人の中に

とんでもない出来事をも

乗り越える力があると信じる強さ。

 

人は、

どんなに酸っぱいレモンでも、

それを美味しいレモネードにしようと、

そういう考え方を取り、

そのための行動を選択することもできる

と信じる強さ。

 

 

とにかく、この医師がかっこいい。

 

 

この医師の言葉だから、

このセリフは、

表面的なポジティブシンキングとは

格が違う。

 

私にはそう受け取れた。

 

 

 

 

酸っぱいレモンは、

いろいろな形で

私のこれまでの人生にも

登場した。

それらは、

ちゃんと酸っぱさは残した、

つまり甘さだけじゃなく、

爽やかさだけじゃない、

苦味もある

複雑な味の

レモネードになってきている・・・

と思いたいものだな。

 

そして、

若い人たちが

「何とかレモネードにしてきた経験」を

聴きたいと思ってくれる

自分でいたいものだと思うよ。

 

あ〜まだ5話。

しかもシーズン1。

「THIS IS US」、ずっと見ていたい。

 

 

 

 

 

 

 

先週土曜の初神田明神。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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人生からの問い。

【2019.05.12 Sunday 15:23

私は中学生・高校生の頃に、

よく考えた。

「なぜ私は跡取りなんだろう?」

「なぜ私ばっかり将来を

 決められているのか?」

 

菓子の製造卸販売を家業としている

家に生まれ、

二人姉妹の長女だった私は、

小さな頃から周囲の大人から

「跡継ぎ」とか

「後継者」と呼ばれていた。

 

今になってみると、

親もきっと葛藤しながらの強要だろうと

想像できるが、

その頃はとってもそんな風には

思えないから、

「なんで?」「なんで?」

ってばっかり思ってた。

 

とにかくイライラしてたし、

もやもやしていて、

高校生の時には家出を企てたり、

大学で自由になるために家族を騙したり、

しかも大学時代はめっちゃ自堕落な

生活を送ったり・・・

としていた。

 

 

ロゴセラピーを学んでわかった。

その問いの立て方では

うまくいかないのだ。

 

「なぜ私は跡取りなんだろう?」

と人生に答を求めるのではなく、

状況を、人生からの問いと

捉えてみるのだ。

 

「人生は、跡取りという立場を

 私にもたらせた。

 さあ、どう応える?」

 

もちろん、まだまだ幼かった私が、

ロゴセラピーを知っていたとしても、

そんな風に素直には

考えられなかったとは思う。

 

ただ、この視点を持って

こうして過去を振り返ってみることも、

悪くないなと思った。

 

昨日は、

谷澤相談室主催の

「ロゴセラピーを学ぶ会」

を開いた。

 

様々な人が

自己を内省し、

生きる意味を確認することを

援助していくロゴセラピー。

 

昨日は全4回のうちの1回目だったので、

「ロゴセラピーとは」を大まかに話し、

「私とロゴセラピーの出会い」を

聞いてもらい、

「ロゴセラピーのキーワード」から

少し深く知っていただく

2時間にした。

 

その準備のために

「私とロゴセラピーの出会い」を

まとめている時、

上記の

中高生の時のことを始め、

今までスルーしておいたこと

ロゴセラピーの視点で考え、

新しい発見もあったりした。

 

 

なお、
2回目から参加したいという方の
ために1回目の内容の講座を
5月27日(月)午後1時半〜3時半
で開催します。

限定5名(締め切りました)。

興味ある方は、

kumikotanizawa@gmail.com

まで。

 

 

 

 

1回目に参加してくださった方の

フィードバックシートから

オープンOKのものを紹介。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

・私も、なぜ自分は生まれてきたのか

 ずっと問いかけてきました。

 感覚で、自分を、自分に起きた出来事を、

 客観的に見れるようになってきたところ

 でしたが、今日、本当に腑に落ちました。

 そうか!そういうことだったのか、と。

 目の前がさらに開けた気がします。

 そしてさらに「自己超越」があることを

 知って、感動しました。  シヲ

 

・過剰自己観察しがち。

 自己距離化の能力までは

 私は持っている。

 「なぜ?」と問うのではなく、

 人生から問われている、

 それにどう応えるか

 と考えると、

 ずいぶん気が楽になりました。

 体験談を通して分かりやすい話を

 聞くことができ、

 とても元気をもらえました。

 ありがとうございました。S

 

・人間は生きる意味を求める強い意志を

 持っている。

 環境が幸せに与える影響はわずか。

 また自ら動くことで幸せを感じる。

 ということは、おかれている状況を

 嘆いてもしょうがない。

 いつだって、自らの意志で幸せに

 向かっていけると思った。I

 

・講師の経験されたことが印象的でした。

 その渦の中にいるときは、

 きっとお辛かったと思うけど、

 そこから意味を見出された講師は 

 すごいなと思いました。

 私は、過剰自己観察をしてしまう

 ことがあります。でも最近は、

 「あ〜またやってる私」と

 少し自己距離化できるように

 なってきました。

 価値を見出すまで、

 意味を見出すまで、

 幸せをもっと感じられるように

 なるまで、

 これから少しずつ考えて

 いきたいです。     T

 

・「日々の平凡な暮らしの中に」

 という言葉に救われました。

 私のような人間には、意味を

 見つけにくいのではと

 思ったのですが、

 平凡な中にも意味があるという

 言葉で、私もこの先生きていける

 と思いました。    Y

 

・私がボールをどう投げるか?と

 いう言葉が印象に残っています。

 自分に選択する自由があることを

 忘れずに生きたいと思います。

 人生でいろいろな「お題」が

 自分にやってきますが、

 そのひとつひとつを意味あるものに

 していきたいです。

 自分以外のものは変えられない。

 自分の感情を味わいつくし、

 どんな自分も受け入れていきます。

             M

 

・過剰自己観察に陥りやすい自分が

 わかりました。

 時々、ノートに現状や心の中を

 書いていたのは、

 自己距離化していたんだと

 わかりました。

 この行動には意味があったのですね。

            まーみん

 

・心に残っていることは、

 良心=意味器官

 自己超越

 過剰自己観察消去

 「ロゴセラピー」という名前は

 知っていましたが、

 その内容には今日初めて触れて「?」

 のことがいっぱい出てきました。

 それをこれから解き明かして

 いくかと思うと、

 少しワクワクします。

             もも

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

今回はフィードバックシートに、

「理解が難しかったところは?」

という項目を作ってみたが

みなさん、

いろいろ書いてくれている。

 

次回に何をどう話したらいいかの

ヒントをいただいた感じ。

 

「難しかったこと」で

特に多くあがっていたのが、

「日常で生かせるかが難しそう」

ということ。

そのための仕組みを

次回紹介するつもり。

 

またそれ以外の質問にも、

お答えするよう準備していきますね。

 

お楽しみに!

 


 

 

 

 

↓南部町のなんと!

 無料のドッグランにて

 気前がいいね、南部町。

 ありがとう!!!

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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影響

【2019.05.11 Saturday 10:22

自己確認の方法を

まとめると

大きく二つになるんじゃないか

 

一つは

出来事が起こった時に、

自分の中に湧いた感情や

持った考えや

体の反応や

選択した行動を

知ろうとしていくこと

 

知ろうとするとは、

言語化を試みるってこと

 

 

もう一つは

「他」と出会うこと

 

「他」とは、

他者でもあり、

本や映画など芸術作品であり、

未体験の食べ物や服や道具であり、

新しい知識など、

つまり

「体験」がキーワードになりそうだ

 

「他」を鏡にして

共通の思いや

違いがはっきりし、

自分ってものが明確になっていく

 

〜〜〜

のような話を

今年度の初め、中学生に話した。

 

その時、

「他」と出会うのは、

わざわざどこかに行かなくてもいい

それは日常の中にもある

ってことの例として、

山田和花さんの話をした。

 

私は彼女を直接知らないが、

勝手にめちゃ尊敬してて、

このブログでも、

前にも書いた記憶がある。

 

当時学生だった彼女が書いたコラムに

こんな話が掲載されている。

 

「私には、小学校時代の授業を

 振り返ると真っ先に浮かぶ

 授業があった。

 それは小学校四年生の時の

 道徳の授業でのこと。

 担任の先生からこんな質問が

 クラス全員に投げかけられた。

 

 『とても仲良しな友達がいます。

 しかしその友達は遠方に

 引っ越すことが決まりました。

 二人は文通する約束をして別れます。

 間もなく、最初の手紙が届きました。

 その手紙は切手の料金が足りなかった。

 不足分は受け取ったあなたが支払いました。

 そのことについてあなたは

 少しがっかりして怒ります。

 さて、切手の料金が足りてなかったことを

 返信の手紙に書きますか?』

 

 クラス全員が何らかの形で書いて知らせる

 って答えたけど、その中でただ一人

 『書かない』って答えたのは

 担任の先生だけだった。

 先生は最後までなんで『書かない』派

 なのか理由を話してはくれなかった。

 

 モヤモヤした私は、

 いろんな人にどうするか聞いてみたい

 衝動にかられ母に授業と同じ質問をしてみた。
 母も『書かない』派だった。

 答えが聞けるような気になって理由を聞いてみた。

 

 『手紙は話すのと違って文字として

 残るものだよ。大人になった時、

 一緒に過ごした大好きな友達からの手紙として

 ずっと残しておきたいと思うかもしれない。

 その子が大人になった時、

 手紙を読み返して料金のことが書かれていたら、

 どんな気持ちになると思う?』

 

 返ってきた理由に、当時の私は、

 そんな先のことまで考えてたの?って。
 自分では思いもしなかった答えに

 とても驚いたのを覚えてる。

 

 それが初めて、先を想像して判断する

 ってことを意識した瞬間だった。

 それ以降、私の物事の判断基準の中に

 時間軸というものが加わった。
 そして私は、その時間軸の概念が

 今の政治には足りないんじゃないかな

 ってすごく感じてる。」

 

そして、彼女は思い切って

バイト先の仲間たちに

選挙に行こうと誘うと

決めたそうなのだ。

 

 

日常の、

例えば授業の中にも

「他」と出会う瞬間があるし、

今学校に行っていない子どもたちにだって、

ネットやゲームや

「うたいてさん」や「アニメ」の中に

「他」はいっぱいあるってことだ。

 

 

もちろん

出かけて出会う「他」もある。

 

 

私が初めて

多面的なものの見方を知った瞬間は、

小学校4年か5年の身延山のロープウエイの中だった。

祖父母に連れて行ってもらった身延山。

身延山は何度か訪れたことがあったが、

その日初めてロープウエイに乗ることになった。

 

なのに、なんてことだ、曇!

外の景色が全く見えない。

私は祖母に

「何にも見えないね」と言った。

 

すると一緒にゴンドラに乗ってた

年を重ねた女性の方が

「本当だね。残念だね。

 これはまたおいで!

 ってことだね」

と言ったのだ。

 

そんな考えがあるのか!と

私はびっくりした。

そして、なんだか嬉しくなった。

もう一回来れるなら

曇天もいいような気がしてきたのだ。

 

ものごとを一方的には見ない考え(他)を

知って、

自分はそうではなかったことに気づき、

新しい考え方を自分の考えに加えていく。

 

 

そういう自己確認を繰り返しながら、

いろいろな影響を受けて、

58歳を生きている。

 

 

 

ある時、

私は新しい知識を学ぶことで

わざわざ「他」と出会うことを始めた。

それまでの自分の方法では、

うまくいかないことがあったからだ。

 

まずは

「CL〜建設的な生き方」という人材育成法を

通して

感情と行動について学び、

 

次に

「アサーティブ」で

自他尊重のコミュニケーションの方法が

あることがわかり、

練習次第で、使えるようになることも

知った。

 

「認知行動療法」で

出来事による反応を区別することと、

自分の陥りがちな考え方のクセを知り、

それが出てきた時の対処を知った。

 

 

そして「ロゴセラピー」で、

生きる意味を人生に問うてもうまくいかない。

「人生が、その状況を通して、

 あなたにどうこたえる?と

 問うている」

という考え方を知る。

 

 

感情をマネジメントして、

自他尊重のコミュニケーションの

スキルを使って何かを伝えたとしても、

 

それが「自分本意」であると、

 

CL的でもないし、

アサーティブでもなく、

 

何となく落ち着かなかった意味が、

 

ロゴセラピーを学ぶことを通して、

ストンとわかった。

 

 

そんな私が、

初めて

その「ロゴセラピー」を

私の言葉で話すのが、今日。

 

さっき準備が終わったところだ。


 

 

 

さて、中学校の話に戻る。

 

私が話し終わり、

ある3年の男子が感想を発表してくれた。

彼が話すことは決まっていたようだが、

話す内容はその場で考えたことのようだ、

 

感想をいろいろ話してくれた最後に

彼は言った。

 

「先生の考えは

 僕の考えとは少し違うところもありました。

 それこそ、今日僕は『他』と出会ったんだと

 思います。

 その違いについて、

 しばらく考えてみたいです。

 ありがとうございました」

 

私はこの瞬間を思い出すたびに、

心の深いところで

自分が喜んでいることを感じる。

そういうことがやりたいんだ!と思う。

 

彼の感想という「他」を通して、

私は自分のやりたいことを知る。

 

 

 

今日の「ロゴセラピーを学ぶ会」が、

参加者の方々にとって、

いい意味の「他」になれるといい。

 

山田さんにとっての4年の時の授業や、

身延山での出来事や、

CLやアサーティブや認知行動療法や、

私に影響を与えた彼の感想みたいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

↓5月4日に5歳となった カル

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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「ロゴセラピーを学ぶ会」へのお誘い

【2019.04.08 Monday 15:52

ロゴセラピーを学ぶ会へのお誘いです。

5月11日に第一回目を開催します。

 

もし今、悩み、苦しみ
迷っている方がいたとしたら、
ロゴセラピーは、
そのあなたの悩み、苦しみ、迷いに
意味があることを示してくれます。

 

相談、支援の活動をしている方は、
目の前の相談者に対して、
「その相談事こそ、
あなたの人生の意味を見いだすヒントですよ」
というスタンスでいいという
確信を与えてくれます。

 

一緒に学びませんか!

 

 

◆「ロゴセラピーを学ぶ会」

〜「生きる意味を見つけるための

  心理学を学び、日常にいかしましょう〜

 

内容:

 毎日それなりに一生懸命に取り組んでいるのに失敗

 すること、

 病気事故災害など突然襲ってくる理不尽な出来事、

 複雑な人間関係の中に巻き込まれたり、

 がんばっても報われなかったり、

 良かれと思ってやっ たことが理解されなかったり、

 「なんのために生き ているんだろう?」

 「自分の生きる意味は?」

 と問いかけたくなることもあるのが人生です。
 そんなあなたが「生きる意味」を発見する

 道しるべとなるのがロゴセラピー。


 ロゴセラピーの創始者

 ヴィクトール・エミール・フ ランクルは

 「夜と霧」(第二次世界大戦中にナチスによっ

 て送られた強制収容所での体験記。

 1991年のアメリカ議会図書館の調査で

 「私の人生に最も影響を与えた本」の9位)

 の 著者でもあります。


 「意味」(ギリシャ語でロゴス)を軸にした心理療法、

 ロゴセラピーの考え方を知り、

 日常に生かすため、学びあいましょう。
 

 1回目は「ロゴセラピー」とは?という講話
 2回目以降は考え方と実践のためのワーク

    というプログラムを予定しています。

 

 *1回のみの参加も可能。

 2回目以降参加される予定の方は、

 なるべく1回目に参加されることを

 お願いいたします。

 1回目の参加が難しく、2回目以降の

 参加を希望される方は、相談いたしましょう。

 

講師:谷澤久美子(C級ロゴセラピスト)


日程:1回目5月11日(土)14時~16時

   2回目7月27日(土)14時~16時

   3回目9月28日(土)14時~16時

   4回目11月30日(土)14時~16時

 
会場:1回目~3回目の会場は静岡県教育会館

 

定員:20名  

 

参加費:2000円


<申し込み方法>
1氏名  2住所(〒も)  3電話番号 
4詳細をお送りする時のメールアドレス
 (添付資料送付可能なもの)
をお書きの上、

谷澤相談室までお申し込みください    
 kumikotanizawa@gmail.com

 

主催:谷澤相談室 https://ktanizawa.exblog.jp

 

 

 

 

 

以下は、

ロゴセラピーに関することです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

最近、幸せの研究がいろいろな形でされている。

 

例えば、

「ウェアラブルセンサー」を使って、

人間の行動と幸福を解析している、

ビッグデータ研究の第一人者矢野和夫氏は、

著書「データの見えざる手」の中で、

「人の幸福度は環境にほとんど影響を受けない」

と紹介した。

 

「我々は普通、結婚してよき伴侶を得たり、

 新しい家を購入したり、

 たくさんボーナスをもらったりすると、

 自分の幸せが向上すると思う。

 リュボミルスキ教授の定量的研究によれば、

 これらには、案外小さな効果しかない。

 逆に、人間関係がこじれたり、

 仕事で失敗したりすると、

 我々は不幸になると考えている。

 ところが、実際にはそうでもないというのだ。

 人間は、我々が想像するより

 はるかに短期間のうちに、

 よくも悪くも、

 これらの自分のまわりの環境要因の変化に

 慣れてしまうのだ。

 この環境要因に含まれるものは広い。

 人間関係(職場、家庭、恋人他)、

 お金(現金だけでなく家や持ち物などの

  幅広い資産を含む広義のもの)、

 健康(病気の有無、障害の有無など)

 がすべて含まれる。

 驚くべきことに、

 これら環境要因をすべて合わせても、

 幸せに対する影響は、

 全体の10%にすぎないのだ」

 

そしてこれらは、

大量のデータに裏付けられて

慎重に統計解析された結果と書かれている。

 

じゃ、人の幸せを決めるのは何なんだ?

 

この本の中では

「日々の行動のちょっとた習慣や

 行動の選択の仕方によるというのだ。

 とくに、自分から積極的に

 行動を起こしたかどうかが重要なのだ。

 自らの意図を持って何かを行うことで

 人は幸福感を得る」

とある。

 

私は本当にびっくりしたが、

それは

やっぱりそうだったか!!!

の方のびっくりだ。

 

やっぱりか!の背景は2つある。

 

ひとつは、

私自身のこれまでの人生を振り返った時に、

突然の理不尽な出来事があったとしても、

そのことは、

私の「その中から幸せを見つけること」には

とくに影響がなかったことを

自分で一番よくわかっていたからだ。

 

結婚前の母の死や

父の死の後の借金や、

家業廃業に関わる交渉事など、

大変は大変だったし、

寂しさや悲しさや悔しさは

いっぱいあったけれど、

だからって、

私の人生が丸ごと悲惨だったのではなく、

現に今こうして、

ささやかであったとしても

幸せを見つけだせる毎日を

送れている。

 

 

2つ目は、

ロゴセラピーの学びに対する

科学的な裏付けを与えられたから。

ロゴセラピーを創設したフランクルは、

自身の強制収容所に捕虜として収容された時の

経験から実証したが、

この本はそこに

科学的な根拠を与えてくれたのだ。

 

フランクルは強制収容所での

過酷な体験の中で、
「いかなる状況下でも人生には意味がある、
 人生にイエスと言うことができる」
という信念を捨てなかったし、

一緒に捕虜としての生きた人々の中に、

そういう態度を見つけることができた。

 

それが「夜と霧」に書かれている。

 

 

 

 

 

どういう環境が押し寄せたとしても、

 

例えば、

突然の人事異動で

 望まないチームに配属されたとか、

どうしても合わない人と

 隣になってしまったとか、

子どもが学校に行きたがらない、

子どもが働くのがむずかしそう、

夫との関係が苦しい、
お金の問題、健康の問題・・・

そういう問題があったとしても、

 

人間には、

そこから意味を見出す力があると

フランクルは言う。

 

苦しいことからも意味を見出し、

明日に向かう力があるなら、

それを、

意識して使っていきたいものだ。

 

 

フランクルの言葉、

「どんな時にも人生には意味がある」

「意味のない苦しみはない」

「それでも人生に『イエス』と言おう」

「苦悩は人間の能力のひとつ」

「絶望の果てに光がある」

 

これらを実感し、

日常の中で使えるように

学ぶ時間を企画している。

 

 

一緒に学び合いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

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前向きに生き、後ろ向きに理解する。

【2019.01.15 Tuesday 10:05

12日〜13日は盛岡で行われた

ロゴセラピーの勉強会に参加した。

 

この勉強会はロゴセラピストの方々の

発表の場。

皆さんの素晴らしい発表の中、

私は、なんだか、全然ダメだった。

 

何がダメって、

発表後の検討の時間

(フィードバックをいただける時間)の

自分の態度が頑固だった。

そして

皆さんからのネガティブな指摘の鋭さに、

めっちゃ凹んだ。

最近にはあまりない凹みっぷりだった。

 

私の後で発表された方々も

またまた素晴らしく、

激しく心揺さぶられ、

圧倒され、

これも

最近にはあまりないほど

泣いた。感動でいっぱいだった。

感想をコメントする時、

めちゃくちゃ泣きながらに

なってしまうほどだった。

 

泣きすぎて、

帰りの盛岡駅でトイレに入った時は、

頭がボ〜っとして

しばらく立てなかった。

 

 

で、

冷麺屋さんに入り、

コートを脱ぐと

ゲゲっ!

えっ?

パンツの前全開!

ベルトも閉めてなく

バックルが垂れ下がってる。

トップスが少し長めで、

しかもぴったりしたタイプのパンツだったから

足元に溜まってる・・・

なんてことはなかったけれど、

もうほんと、

ここまでぼ〜っとしていたか!と。

情けないやらおかしいやらだ。

 

 

だがそれで一気に冷静になり、

冷麺をいただきながら、

また東北→東海道新幹線での長い帰路、

自分の課題に向き合ってみた。

 

 

 

それでつくづくと

私に足りないものは、

「じっくりと時間をかけること」

と確認した。

 

元来せっかちではある。

性分のせいにするのはいかんが、

とにかく

学んだものは

早く身に付けたいし、

早くものにしたくなってしまう傾向は

確かに私にある。

 

早くものにしたくなりながらも、

私が学んでいる

ロゴゼミナールでは、

ドイツに住む勝田先生が年に3回帰国され、

その際に2日かけて学ぶテーマを

10テーマ学んで試験・・・というシスムテムだから、

それだけで3年以上かかり、

私にしてはじっくりと取り組んできたつもりだ。

 

勝田先生のゼミとゼミの間には、

読書会に参加したり、

フランクルの本を読んだりしてきた。

また

様々な出来事があるたびに、

学んだことを実践してきてもいた。

 

そして、

10テーマを学び終え、試験を経て

C級ロゴセラピストになることができ、

次の段階の「発表」の、

今回は2回目ってわけだった。

 

私にしてはじっくりと

取り組んできたつもりだったが、

足りなかったと思う。

 

 

新幹線の中で読んだ本は

「日本ロゴセラピスト協会論集第10号」

その中に2017年9月に行った

ロゴセラピスト講演会における

オットー・チョック氏の講演録があった。

(南ドイツ・ロゴセラピー/実存分析研究所所長)

 

「ここでデンマークの哲学者、

 セーレン・キルケゴールの文章を

 味わってみましょう。

 『人生というのは前向きに生き、

  そして後ろ向きに理解することだ』。

 この意味は、人生を前向きに生きるためには、

 過去に起こった事柄を理解し、受容し、消化し、

 そして自分のものにしていかなくてはならない、

 ということです。別の言葉で言えば、

 意味を軸にして未来へ前向きに生きていくことが

 できるように、私たちは過去を振り返ってみるよう

 (つまり、かつて体験した苦しみや罪を見直すように)

 人生からいざわなれてる、というふうに考える

 こともできます」

 

ここを読んだ時に、

まだ十分に

振り返っていないことがあることがわかった。

私は「かつて体験した苦しみ」については

振り返ってきたが、

「罪」に関しては、

見ないようにしてきたことに

気がついてしまった。

 

そしてこの一週間、

折に触れて、

私の犯した罪について考えてきた。

考えれば考えるほど、

罪悪感でたまらなくなるが、

きっと、

この抱えきれないほどの罪悪感に

どういう態度で立ち向かうかが

できるようになった今だからこそ、

「罪」について考えるのに

ちょうど良い時だったのかもしれない

と思っている。

 

 

そうやって

後ろ向きに理解を深めながら、

やっぱり、

前向きにも行こう!と決めた。

 

過去の罪とじっくりと付き合いながら、

ロゴセラピーを伝えて行こうと

思うんだ。

 

 

 

ロゴセラピーを実践するための

ワークシートを作った。

これを使って

2019年度に勉強会(谷澤相談室主催)を

4回開催しようと計画をしている。

 

 

理不尽な出来事があっても、

思い通りにいかない事があっても、

絶望しても、

真っ暗やみでも、

「それでも人生にイエス!」

というために、

一緒に学べたら嬉しいです。

詳細決まり次第、

お知らせします。

 

 

一足早く学び始めたい方は、

 静岡で読書会が開かれています。

 2月16日(土)開催。おすすめです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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残りの人生1日目。

【2017.09.10 Sunday 23:08

きょうは私にとって

ロゴセラピーの区切りの日だ。

 

ロゴセラピーとは、
意味を軸としたセラピー。

 

ロゴセラピーと私の歴史を振り返ってみる。

 

「夜と霧」を再読したのは2010年2月。
ブログに感想を書くと、

友人から「なぜまた読みたくなったの?」
と問いかけのコメントをもらい、
なんでだろ?と考えて、
「谷澤相談室を開くにあたり、

 読みたくなったんだ」と気がついた。
「夜と霧」はそういう本だった。

 

2012年の誕生日、
イギリスから帰国した知人とランチした。
その時彼女から、

「今、『100分で名著』で『夜と霧』をやっていて、

 ガイド本、すごくいいですよ」とすすめられ、すぐに購入。
「どんな時も人生には意味がある」

「意味のない苦しみはない」

「それでも人生に『イエス』と言おう」等という言葉に感動。

「夜と霧」の著者フランクルが創設した

ロゴセラピーを学びたいという気持ちが高まった。

そして検索し、ロゴゼミに出会った。

 

ロゴゼミの講師、勝田先生は

フランクルから指導を受けたルーカス先生のもとで

ロゴセラピーを学び、

フランクルの言葉を正確に伝えてくれる方。

温かく、ゆったりとしていて、

包み込んでくれるような笑顔の素敵な女性。

ドイツ在住で、一年に3回日本にこられ、

その際ロゴゼミで私たちにロゴセラピーを教えてくれる。

 

私は2013年の7月にスタートした

第五期の第一回目からロゴゼミ受講。

そして年に3回ずつ受講を重ねた。

せっかちな私に、

ゆっくり学ぶという、

今までのスタイルとは違う道を進ませてくれたと思う。

 

10回を終了すると、

ロゴセラピストになるための資格試験を受けられる。

私がそれに挑戦したのが昨年9月。

一発合格はできず、

勝田先生から3つのテーマを再受講するよう指示をうけ、

その3つめのテーマの受講を今日終えた。

 

区切りというのは、

ロゴセラピストの仲間入りができた日ということなんだ。

 

 

 

ロゴセラピーで一番びっくりしたのは、
「何のために生きているか?」という、
今まで当たり前につぶやいていたことへの

「別の考え方」だった。
ロゴセラピーでは、
「人生の方から、あなたに問いかけている」というのだ。

 

えええっ
人生は 私に問いかけているの?

私はびっくりした。

 

一瞬一瞬、その時起こった出来事を通し、
人生は私に問いかけているという。
私がその出来事に

どういう態度で対応し、

どう行動するかで応えるかを。

 

びっくりしたけど、
同時にすごく納得できた。

 

私がこの世に誕生し、愛情深い家族に恵まれたことも、
だとしても我が強かった私が、
商売の家の長子に生まれたことで悩んだことも、

 

対象は違っても他者からの承認欲求が強い
小中高校時代や、
自分の存在価値がわからなくなっって
めちゃくちゃ自己中心的な大学〜広告制作会社時代も、

 

その後の家業の手伝いをし始めてからの苦労も、
夫と出会い、結婚を決めた後で
母が亡くなったことも、

それでもなお意思を通して結婚し、
祖父、父が亡くなり、
家業を廃業したことも、

 

子どもを持てなかったことも、

 

母を亡くした直後から学んでいた
カウンセリングの勉強を生かして、
学校での相談の仕事を始めたことも、
その中で必要を感じ、
アサーティブのトレーナーになったことも、


とにかく、これまで私に起こったことすべて、
その時々の人生からの問いかけだったんだ!と知ると、
どんなにひどい出来事も、

受け入れることができた。


そして私なりに、

その時その時必死で応えてきたんだと思うと
自分の人生が愛しく思えた。

 

そして、それは誰もがそうなんだと考えると、
電車で隣に座った人も、
人生からの問いかけに応え続ける尊い人に思えてくる。

 

私は学びを深めて、
人生からの問いかけにできるだけ
意味ある応えを選択したい!!!
って考えた。

 

もうひとつ「精神次元」という概念が
私を勇気づけた。
人間には心と体があるけど、ロゴセラピーでは、
それに精神次元を加え、

人間を3次元からなる存在と位置づけている。


心とからだは自分の命や生活や利益を

守るための防衛本能を働かせる。
精神次元は意味をキャッチし、

意味の実現を志向する。

 

心とからだ、
特に私は心(感情)に興味があり、

感情を大切なものだと捉えてきた。

と同時に、

「気持ちでっかち」(⇔「頭でっかち」)は

危険だと思ってきた。

つまり、
気持ちに頼ったり(「やる気がでるのを待つ」的な)、
気分のまま行動する(「いやだからやらない」的な)ことは、

好ましくないって思ってきた。

 

そんな私に
精神次元の概念は、理解しやすいし、

行動療法にいい影響を与えてくれた。

 

行動療法を使ってきた私は、

「目の前の必要なことをいやでもやる」とか

「苦手だなって思っていいけど、

 挨拶はする」とか、

そういう説明をしながら、

心(感情)と行動がバラバラな感じで

戸惑う人がいることも知っていた。

 

同じことでも、

ロゴセラピーで精神次元の存在をしってから、

「目の前の必要なことを、

 いやでも、

 明日の準備のためにやる」とか、

「苦手な人だと思っていいけど、

 より良いチーム作りのため

 挨拶する」

など、

たとえ主観的な意味であっても、

感情と行動との間に、

意味で繋がりをもたせることができるように思えた。

 

これが客観的な意味、

つまり

誰かのために、

何かのために、

となるとロゴ的だ。

 

 

振り返ると
2013年の7月から年に3回。

全部で14回の土日、東京や盛岡で学んだ。

もちろん、ロゴセラピーの学び以外、

仕事でも土日を留守にすることがあるので、

時には毎週のように、

夫は掃除や洗濯などやってくれた。

トイレやお風呂の掃除もだ。

私好みのテレビ番組を録画しておいてくれ、
はじめの頃はバーニーの、

今はカルの世話をしてくれている。

一人でごはんの支度し、食べ、一人で本を読み、

テレビやネットをみて、休むんだと思う。
季節の変わり目には布団を入れ替えておいてくれたり、

あるいは台所の引き出しを

めちゃきれいに掃除してくれてあったこともある。

義父が亡くなった後は、

一階の掃除や、

義父の荷物の整理などをこつこつとやってくれている。

そして、時々、

カルの写真を、

東京や盛岡で学んでいる私のところにラインしてくれるんだ。

 

彼は、
誰か(私)のために、

何か(私が学べる)のために、
自分の力を使ってくれていた。

彼はいつでもお手本なんだよな。

 


勝田先生は「ロゴセラピーは生き方」という。
このことの意味が分かるようになったのは、
相談をうけるとき、
「その方に起こったつらい出来事から、
 意味をみつける手伝いをしよう」
と思えるようになっていることでだ。

それはセラピスト自身の

日常の実践があってのことだと思う。

「セラピストが自分の良心(意味を感知する器官)に

 従って生きてることが大切」とは

静岡で読書会を主催してくれている草野先生の言葉。

それがちょっとずつだけど、

馴染んできているのかもしれないな。

 

しかも

フランクルは人間を

「もう動物ではないが、

 まだ神ではない存在」

と言ったそうだ。(今日のロゴゼミで知った)

だから

「心身態(心と体)のエゴイズムと

 意味への意志の間を行ったり来たりするもの」

で、

セラピスト自身もそうであるからこそ、

謙虚になれる。

 

 

 

区切りの今日、

ゼミの最後に引用されたルーカス先生の言葉は、
「今日はあなたの残りの人生の第一日目なのです。
 この残りの人生を使ってどうするか、

 それはあなたの手中にあるのです」
というものだった。

なんてありがたい はなむけ!!!

 

簡単なことではなく、
苦しいこともあると思うけど、やっていこうと思う。

 

だって、「悩むことは人間特有の能力」なんだもん。
「まっとうな苦悩は、それだけで業績」なんだもん。
フランクルはそう言ってるし、

私は「苦悩」を安易にごまかしたり、

粗略に扱ったりせず、

そこから意味を見出すことのすがすがしさを

知ってしまったから。

「苦悩」がなければ知りえなかった意味も、

たくさんあったと思うから。

 

 

2017年9月10日は

残りの人生の大切な1日目となった。

 

で、

明日もまた、

残りの人生の1日目だ。

そうやって、積み重ねていくんだなあ。

 

心身態のエゴイズムと意味への意志との間を

行ったり来たりしながら、

苦悩しながら、

積み重ねていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

今回の盛岡のロゴゼミは、

岩手県公会堂で開催。

1923年に建てられたというレトロな建物。

素敵でした。

 

 

 

author : tanizawa-k
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タイ展と、ボクサー村田。

【2017.08.17 Thursday 09:26

夏休みのめちゃめちゃ良かったもの、

2つをメモメモ。

 

東京国立博物館の「タイ展」

これ、仏像がちょっとでも好きって人には

大満足の展覧会だと思う。

 

山手線の電車の中で流してるCMで、

みうらじゅん氏といとうせいこう氏が

「微笑み返し」って言ってるけど、

すごくよくわかった。

タイの仏像は口角が上がっていて、

ちょっと微笑んでる。

挨拶したくなる。

 

タイの仏教は、

上座仏教とのこと。

厳しい修行に耐えたもの、

敬虔な信徒が救われるという教え。

(日本に入ってきた仏教はだいたいが

 大乗仏教というもので、

 お釈迦様がみんなを救ってくれるというものとのこと)

自分で自分を救うべく修行する中での、

あの微笑みかあ・・・。

 

しかも、

説法に歩くために、

一歩足を前に出す遊行像があったり、

横になって寝ている涅槃像があったり、

バラエティ豊かで、楽しい。

 

意識しなくても、

微笑み返ししちゃってるのは、

周りを見ると

私だけじゃなかった。

 

ラーマ2世王作の大扉は5メートル以上ある

大きな扉。

これどうやって持ってきたんだろう?

透し彫りっていうのかな、

たくさんの細かい彫刻が施されていて

圧倒される。

ここだけ撮影OKだったのに、

スマホを持ってなくって、

撮影できず。残念。

 

8月27日(日)まで開催してるとのこと。

 

 

 

録画してあった

「情熱の炎は消えず 村田諒太・激闘の果てに」

をじっくり見る。

 

ボクシングという

殴り合いをする

すごくタフなスポーツの

プロ選手が、

現役真っ最中に

自分の弱みを含む本音や、

それにどう打ち勝っているのかを

語ってくれるのは、

とても貴重だと思う。

 

しかも、彼を支えているものが、

「本(の中の言葉)」。

その中に

ロゴセラピーの創始者フランクルが書いた

「夜と霧」も含まれてた。

 

 

 

このインタビューは

判定負けした

世界王者決定戦の10日後に

行われたとのこと。

 

私が注目したのは、3点。

 

1点目。

アマチュアからプロに転向した当初、

彼が自信を失っていたことだ。

デビュー戦はでノックアウト勝ちしたのに、

その裏でプロならではの恐怖と戦っていたんだそうだ。

「プロになって

 1つの試合に向けての怖さは

 アマチュアの時と段違いになった」

怖さの理由として、

肉体的な面では

グローブが格段に薄くなってパンチの破壊力が増したこと。

ヘッドギアがなくなったこと。

ウンド数は最長で12ラウンドで、

一撃でマットに沈められる恐怖と長時間戦わなければならないこと。

心理面では

金メダリストとしての重圧。

「世間で思われてるだろう

 金メダリストとしての偶像を失う恐怖」

 

彼は

デビュー戦の前に父に電話をして

泣いてしまったんだそうだ。

そして父親は言葉をかける代わり

息子に送った本が、アドラーや

フランクルの

「夜と霧」「それでも人生にイエスと言う」

など。

 

 

今現在、悩み、苦しみ、恐怖がつのっているのなら、

それは今のマインドセットの中のこと。

今のままでは到達できる範囲には限りがある。

別の考え方を手にいれないとダメだってちゃんとわかっていて、

父親からの助言を素直に聞き、

新しいマインドセットを本の中の言葉から得た。

 

 

2点目。

それでもいつもいつも感情に

巻き込まれないわけではない。

でも、その時は、自分の感情を

受容する音を実施してたこと。

 

例えば、やはり眠れない夜はある。

その時は、眠れない自分がダメ、まずいと

否定するのではなく、

「眠れないのは当たり前。

 眠れない今の自分を受容してあげる」

これも、ロゴセラピーでいうところの「自己距離化」

をしていることになる。

自分自身の状態を客観的に捉えること。

 

批判も否定もダメだしもしないで、

 

ほら!プロボクサーもやってる。

疑惑の判定に、文句も言わず、

淡々と受け入れ、

さらに、

この試合を、

「やってみたら

 (自分のボクシングが)結構通用するとわかった。

 そして改善点も見つかった。

 自分の伸びしろ、自分の可能性を発見できた」

試合とまとめてる、

そんな強い精神を持った彼が、

自分を受容する大切さを語っているのが、

心強い。

 

これは、

夏休み中の子どもへの声かけに、

すごくすごく役立つと思う。

宿題をやっていない子に、

「(怒!)さっさとやりなさ〜い」より、

「面倒なのはわかるよ。

 で、

 何時になったらやるの?」

の方が、

多分、子どもの自己受容の力を伸ばしてあげられる。

 

 

 

3点目。

一見、マイナスに見えることを、

プラスに変える力。

だけど、マイナスのことも

大事な経験だと意識できる力。

 

彼はデビューから何試合か、

プロへの恐怖から、

自分のスタイルとは違う

「左ジャブを使って距離を取る」

という方法で戦い、うまくいかなくなった。

その経験のことを、

「世界戦の前で経験しておいてよかった。

 あの経験があったからこそ

 自分のボクシングを取り戻すことができ、

 世界戦では自分のスタイルで戦うこと

 ができた」

と言ってるのだ。

しかも、

デビュー戦直後は、

「あれが精一杯だった」とも。

 

また、今回の試合からの教訓も

ちゃんと口にしてる。

「今までの対戦相手とは違い

 後半から距離をつぶしきた。

 そこに対する自分の対応力のなさ、

 長い距離で強いパンチを出せるけど、

 近い距離での対応力がないといけない。

 それはレベル高い選手と戦って

 初めて気づいた。

 自分自身の成長のために

 非常に良い経験だった。

 

 

なんであの判定なんだ?と恨むのではなく、

この試合、この判定という、

自身のボクシング人生からの問いかけに、

彼は意味を見出していた。

 

あ〜素晴らしいなあ。

かっこいいなあ。

 

 

再び同じ相手と試合をすることになったと

報道があった。

 

会見で彼は相手選手への感謝を話した。
「きれいごとではなく、彼には感謝している。

 デビュー戦は僕にとって

 冒険マッチだったかもしれないけど、

 それ以外は実力さえ出せれば

 勝てる相手との試合だったと思います。

 この前の試合で、初めて強い相手と、

 エンダムと試合しました。

 その試合が今の僕を作ってくれていると思いますし、

 今の僕の位置まで彼が引き上げてくれたと思う。

 次の試合では、

 もっといい試合をして、

 もっと強い僕を見せて、

 彼を超えてもっとその先を見据えたい」

 

なんて、ロゴ的な人なんだ!

 

これからも注目したいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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永遠の記録

【2017.04.08 Saturday 22:10

ここのところ、

過去のことを

あれやこれや思い出すことが多い。

 

いやあ、

56歳だもの、

あってもいいいよね、そんなことも。

 

 

 

 

先日、

神奈川県に住む友人と

甲府あたりで待ち合わせた。

 

2時間弱の道のりを、

私は車で出かけた。

 

興津から山梨に向かって走る道は、

家族との思い出がいっぱい詰まった道。

実家が営んでいた商売の関係で、

父の運転で、何度も何度も通った道。

 

途中、道の脇に停めた車を見ると、

あんな風に車を停めて、

蕗を摘んだことを思う。

灯油のストーブをしまう前に

お醤油とみりんで

母は「きゃらぶき」を煮て、

灯油を使い切っていた。

 

潰れてしまったドライブインは、

そのまま残っている。

 

春には枝垂れ桜を見に、

2月には節分で訪れた

身延山。

 

あの頃、まだ携帯電話などなかったから、

手書きの伝言看板が出てた。

「(車のナンバー)の

 〇〇さん、

 至急家に電話してください」

それを見ると、

私たちは、

「見逃さないといいね」と

話したものだ。

 

父の好きだった干し柿屋さんの前も通る。

そのあたりでは「ころ柿」って呼ばれてた。

 

母がトイレを借りたお寺は、

すっかり様変わり。

 

このあたり特有のモツ煮は

甘辛い味付けで、

みりん?でテカテカとしてた。

父が一人で配達した日は、

お土産で買ってきてくれたものだ。

 

思い出をたどりながら運転していると、

懐かしさと、

寂しさと、

ありがたさと

切なさで、

胸がいっぱいになって、

涙がこみ上げてきた。

 

もっともっとこの道を

父や母や妹と走りたかった・・・

なんて考える。

少し大人になって

友達と遊ぶ方が楽しくなって、

配達についていくのを

断った過去の自分を責めたくなる。

そんなこと考えても仕方ないのに。

 

 

 

 

4月から始まったNHKの連ドラ

「ひよっこ」を見ながら、

毎朝涙が出てしまう。

うちは農家ではなかったけど、

成長の過程で出会った大人がみんな、

健気で精一杯生きていて、

それが

「ひよっこ」の登場人物たちと重なって、

郷愁にかられるんだと思う。

 

忘れてしまっていた大切なこと、

例えば、

いただき物の包装紙の

セロテープを丁寧に剥がし、

綺麗にとっておいたことを思い出す。

お弁当の包み紙や、

本のカバーなどにしたのだ。

 

そういう暮らし方をした大人たちの中に

育ったこと。

それを大声で自慢したくなる。

 

 

 

甲府で待ちあわせた友人と出会ったのは

22年前。

彼女は、バーのカウンターで一人で

ジャックダニエルをロックで飲んでいて、

私が、

彼女の隣に座っていいかどうか

訊いたことが始まり。

確か私もバーボンを注文した。

私も彼女も呑んべえだった。

 

その頃、私は友達とパーティを

企画主催したりしていて、

そのバーは、スタッフの打ち上げというか、

二次会で行った。

そこに、一次会のクリスマスパーティで

見かけた彼女が一人で飲んでいたんだ。

 

実家が食品の製造をやっていること、

そこを手伝っていること、

でも一時期夢があって東京で、

ちょっとだけ派手な感じの仕事をしていたこと、

とにかく共通点が多く、

5歳下の彼女は

すぐに大切な友達になった。

 

私はその後、父を亡くし、家業を廃業し、

彼女の身にもいろいろな変化があり、

お互い、苦い涙も流したけど、

それらをほぼ全部知っていて、

見守りあっているような存在

だと思う。

ここのところ会えなくって、

1年ぶりのランチだった。

 

近況を話し合ったが、

何も話さなくってもよかった。

一緒にいる時間ってのが、

尊い。

 

 

 

 

今日は

静岡ロゴセラピー研究会だった。

いろいろ学んだ中で、

「時間」、

とりわけ「過去」についてと、

「責任」を

学べたことがタイムリーだった。

 

「すべては永遠の記録として

 書き込まれる。

 私たちの人生すべて

 創り出した作品、

 成し遂げた行為、

 出会いと経験、

 愛と苦悩。

 これらすべては永遠の記録に

 刻まれ、残されるのである」

「人生は、日々私たちに

 問いを投げかけてくる。

 それゆえ、この記録は

 ドラマチックである。

 私たちは、人生の方から

 問われているのであり、

 それに答えていかなければ

 ならない。

 言わば、

 『人生とは、生涯にわたる

  問いと答えの繰り返し』

 である。

 そして、答えに関しては、

 生涯をかけて答えていくこと

 だけが可能なのだ、

 と何度でも行っておこう。

 このようにして人生に

 『応えていく』ことこそ、

 自分の人生に対して 

 『責任を持つ」という

 ことなのである」

(「<生きる意味>を求めて」より)

 

 

 

 

ぎっしりと詰まった

記録があるからこそ!だ。

 

後悔も

不安も

恐れも

あるからこそ!だ。

 

忘れたいことも、

しまっておきたいことも

全部含めて、

大切な過去があるからこそ、

 

今の問い、

そして

これからやってくる問いに

 

意味ある答を見つけられるんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor