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小説三昧プラスα

【2020.03.30 Monday 09:04

「ライオンのおやつ」

大きな病があり、

人生の最後をホスピスで過ごす主人公。

このホスピスは毎週日曜に「おやつの時間」があり、

入所者のリクエストで、おやつがふるまわれる。

主人公は、最後に食べたいおやつって何だう?と考える。

 

自分だったら何をリクエストしようか?

この小説を読みながら

誰もが考えたと思う。

 

私は、まだまだ迷い中。

おばあちゃんが作ってくれたおはぎか、

父が山梨から買ってきてくれたころ柿か、

母の得意だった牛乳カン(牛乳で作った寒天)か、

夫と食べ歩いた中津川のいろんなお店の栗きんとんか、

そうか、栗なら、

まだ未体験の「モンブランスタイル」の

 モンブランもいいな。

 

そして

父が最後に食べたいおやつって、

なんだったんだろう?と考える。

 

明日3月31日は

父親の命日。
なくなってから23年たつ。

父のことで知らないことが

いっぱいある。

聴きたかったことがいっぱいあるし、

食べてもらいたかったもの、

いっぱいある。

 

 

3月に入って、

自分の戸籍抄本を取りよせる機会があった。

【名】久美子

【生年月日】昭和35年8月19日

【父】池上喜壽雄

【母】池上桂子

【続柄】長女

という部分に、

私は泣けて泣けて仕方なかった。

 

久しぶりに両親並んだ名前を目にし、

二人とのさまざまな思い出が

頭の中に出てきては上書きされる。

あ〜私はこの二人の子どもなんだ!

その誇らしさみたいなものが、

体中に染み渡る感じで、

親に対してそういう気持ちを持てることは、

本当に幸運なことだと考えた。

 

そして、

会いたいなあ 

と思った。

 

 

この小説の中に

主人公が亡くなる前の夢に

幼い頃に亡くなった母親が

出てくる場面がある。

 

夢の中で主人公と母親は

さんざん語り合った後、

こんな会話をする。

 

「私ね、まだもう少しだけ

 こっちにいたいんだけど、

 その時が来たら、

 ちゃんと私を迎えに来てくれる?」

「もちろんじゃない!」

彼女が即答する。

「だってそのためにお母さんは

 先に天国に行ったんだから」

 

戸籍抄本の後だったからか、

この部分で涙がとまらなくなった。

 

あ〜そうか、

父も母も、

平均寿命まで生きてはくれなかったけど、

でも、

私のことを迎えてくれるとしたら、

それはもう、全く、全然OKだという、

ものすごく暖かい納得感で

満たされてしまったようだ。

 

 

「死」を、

「大切な誰かを迎えるため」と捉えるというのは、

今まで聞いたことがなかった、新しい考え方だ。

 

 

小川糸さんの、

「読んだ人が、

 少しでも死ぬのが怖くなくなるような物語を書きたい」

という意図以上に、

私にとっては

口にはあまり出さなかったが、

「なぜ二人とも早くに亡くなってしまったの!」

という問いに、新しい解が提案された。

 

「両親と私」というジグソーパズルの

大切な1ピースが埋まった気がする。

 

 

それで私は今日のところの最後に食べたいおやつは、

牛乳カンなんだな。

(追記

 いかりや長介さんが

 きっと

 迎えに来てくれてる!)

 

 

 

 

 

「とめどなく囁く」

桐野夏生の小説の登場人物たちは、

いつもあまりにも苦く、じめっとした感じで、

今回も、

万が一実際出会ったとしても、

友達になりたいとは望まないと思う。

それなのに、なぜ彼女の小説に惹かれるかというと、

自分の中にもある

毒々しい、いやらしさみたいなものを、

ちゃんと見せてくれるからだと思う。

 

海釣りに出かけた夫が事故で行方不明になり

遺体が上がらないまま死亡認定された妻が主人公。

彼女は、前妻を病気で亡くした

大金持ちの男性と再婚する。

彼は31歳も年上。

ある日、前夫の義母から、前夫を見かけたと。

そこから彼女の生活が変わっていく。

 

今回は、

これきっと伏線だなと

想像したエピソードが肩透かし、、、

ということが結構あり、

じゃ、なんであそこまで丁寧に描いたの?と

桐野作品としては、私はやや不満。

最後の真実がわかる場面で、

読んできたことすべてが納得できるような

つながりがあれば、

きっともっとすっきりした読後感だったかも。

 

とはいえ、

やっぱいい。

不満はあるけどいいのは、

自分の中のエゴやずるさを、

ちゃんとある!と確認できるから。

いい人ぶったって、

私って、所詮、

彼女の小説に出てくる目を覆いたくなるような

登場人物たちの心のつぶやきを

ちゃんと理解出来ちゃうんだもんね。

そのことを忘れないで自分でちゃんと認めていようと、

結局今回も思えた。

 

桐野初心者の方にはオススメしないけど、

何冊か体験してる方は、楽しめるんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

私が中学校で活動を開始した時に

中学3年生だった方と会った。

彼が、

「いつか謝ろうと思ってたことがある」と言う。

さらに、

「谷澤先生、あの時いくつでした?」と聞くので、

「37歳だよ。

 ちょうど今のあなたと一緒だね」

と答える。

すると

「今だからわかるけど、

 ダメなこと言ってしまったんですよ。

 中学校の時に、一緒に食事した時、

 自分、谷澤先生に『子どもいますか?」

 ってきいてしまった。

 あの時、先生は、

 シャツにすっごく汗かいていて、

 それを自分、覚えてる。

 あれはまずかったと思う。

 そのことをいつか謝りたいと思ってた」と。

「え〜〜〜〜!

 そういう風に思っててくれたんだ」

私はびっくりした。

そして気持ちがとってもとっても

温かくなった。

 

一緒に食事したというのは、

給食だ。

当時教頭先生が、

ちょっとでも中学生に慣れるようにと、

活動日に毎回、各クラスで給食を食べる

スケジュールを組んでくれていた。

彼のクラスで彼の班に入れてもらって食事した時、

多分、その時が初回で、

すごく緊張していたと思う。

しかも、

教育相談員の事業がスタートしたのは、9月。

まだ暑く、もちろん空調などなく、

私は汗っかきだ。

そして

私はその頃もう、子どもがないことについて

整理がついていた。

不妊治療を2年間し、

夫婦での話し合いを経て、

「子どもがない人生」を選択した後だった。

だから多分、その汗は、

緊張と体温調節の汗だったと思う。

 

そのことを話し、

謝ってもらう必要はないことを言い、

 

なんだけど、

22年間、

彼が心のどこかで

そのことを持っていてくれたことが

もったいないほどありがたかった。

 

その後、いろいろな思い出話しをして

私たちは笑った。

笑いながら、

彼のその「いつか謝りたかった」

って言葉を思うと、泣きそうだった。

 

小説と小説の合間に、

そんな素敵な

小説みたいな日常の一コマもある。

 

 

 

 

 

 

 

「傲慢と善良」は期待通りの小説。

 

失踪した婚約者のそれまでの人生をたどることで、

彼女に起こった出来事から彼女の考え方を想像し、

照らしあわせて自分を振り返る主人公。

失踪したもう一人の主人公は、

それまでの関係を一切持たない環境で、

誰かの期待に応えるのでもなく、

「こうすべき」「こうすべきじゃない」で

判断するのでもない、

自分がどうしたいのか考えて選択する体験を重ねる。

その二人が再会し、二人で「これから」を決定していく

大恋愛の物語。

 

♪会えない時間が♪

育てたのは、

「愛」だけじゃなくって、

「お互い自身」。

 

 

婚活する年代の子どもを持つ親の方は、

この本を読みながら、

自分は子どもに

「善良」や「こうすべき」を押し付けてないだろうかと、

多分、少し怖くなるかもしれない。

婚活中の方は、

自分は本当に自分の意思で

いろいろ決めているのだろうかと

ちょっと考えてしまうかもしれない。

そしてこの物語の中に、

親も子も、

そこから抜け出すヒントを見つけると思う。

 

それは失踪しなくてもできる。

失踪した人を突き詰めなくてもできる。

日常の中で、

ちゃんとできる。

 

自分で考えて、考えた中から選び、行動し、

行動した結果については自分で責任を持つこと。

その繰り返しなんだよなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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夏休みを締めくくる3冊。

【2019.08.23 Friday 13:49

久々、ひどい夢を見た。

学校で

個人情報満載のノートをなくしてしまい、

探しても探しても見つからず、、、

疲労困憊して目が覚めた。

 

その引き金は、

その日、

研修で使う

「個人情報保護に関する事例」を

作っていたことと、

 

もう一つは、

予約していたレストランに

キャンセルをしたつもりがしてなく、

迷惑をかけてしまったってことが

大きいと思う。

 

親戚のお見舞いに東京まで行くことになって、

予定通りに食事会を開けなくなり、

キャンセルのメールを入れたつもりが、

途中までタイプして、そのまま保留に

なっていた。

予約の時間に電話をいただき、

平謝りだ。

 

レストランのオーナーシェフの方は、

相当怒りがあったはずだ。

そりゃそうだ。

席だけの予約だったけれど、

それなりに準備はしてくださっていただろうし、

もしかしたら他のお客様を断ってくださった

かもしれない。

それなのに

冷静に対処してくれた。

 

 

<1>

その日ちょうど読んでた本が、

「キレる!」(中野信子著)。

サブタイトルに

「脳科学から見た『メカニズム』

『対処法』「活用術』」とあり、

怒りの背景や、

怒りという感情を持つ時に

脳で起こっていることなど、

本当に面白く読んだ。

 

私としては長年の疑問

「なぜ家族に対する怒りは

 マネージメントしにくいのか」問題が、

理解できたことが大きい。

 

学校での保護者からの相談の中で、

「怒りすぎてしまう」ことを悩んでいる

保護者は多い。

 

「隣の子が帰宅後すぐ遊びに行っても

 友だちがたくさんいていいねとか、 

 元気が一番だ、

 と思えるのに、

 我が子だと、

 なんで毎日言ってるのに

 遊びに行く前に宿題やらないの!

 になる」

「それなのに、

 家で勉強する日がちょっと続くと、

 一緒に遊ぶ友だちもいないのか!

 ってなる」

に代表されるような話を聞く機会は多く、

それには

「我が子には愛と責任があるからねえ」

と納得してもらうことも多かった。

 

この本によると、

家族に対する怒りが抑えきれず、

かつ、

小言が止められなくなってしまうのは、

なんと、

愛樹ホルモン「オキシトシン」が背景に

あるとのことなのだ。

 

「オキシトシン」といえば、

現在浜松医大で

自閉スペクトラム症の方への経鼻剤を投与し、

主にコミュニケーション上の改善を目指す

治験を行っている、その「オキシトシン」だ。

現在も協力者を募集中

 

他者の思いを汲み取り、共感するだけではなく、

「前頭前夜」(感情や行動のブレーキ機能を持つ)

が育つように働きかける役目もあるこの

「オキシトシン」が、

増えることでのデメリットもあり、

それは「愛」と同時に、

「憎しみ」や「妬み」の感情も

強まってしまうのだそうだ。

 

家族には愛が湧き、

オキシトシンの分泌が増える分、

「その愛情を裏切るような行為や、

 お互いの信頼を裏切るような人や

 行為に対して、

 攻撃して阻止するという行動を

 促進する」

とある。

 

いやあ、すっきり理解できた。

 

「愛してればこそ」

なんだけど、

「愛して『オキシトシン』の

 分泌が増えるからこそ」

なんだなあ。

 

「キレる!」という本は、

相対的に

怒りを理解するために、

私にとって

すっごくためになる本だった。

ただ、

対応方法に関しては、

アサーティブとは違う方法を

紹介していて、

例えば、

 

・侮蔑的な言葉を言ってくる上司に対して

「そういうことを言っているあなたは、

 上司としておかしいですよね」という

 顔をしてみる

・恥をかかせるような嫌味を言われたら

「は?」と余裕のある態度を見せながら

「おっしゃりたいことはそれだけですか?

 そろそろいいでしょうか?」

 と言う

・反論しづらい相手なら、

 眼力を使って黙ってじっと冷静に

 目を見つめるのもよい

などなど、

こういう、「本当に大丈夫か?」と

考えてしまうような例があり、

ま、

それはそれで

読んでて楽しかったとも言えるが、

果たして、これを実践してしまうと

結果はどうなのか?

 

 

 

この本を読んで、

「怒り」というものに対する理解が深まると、

自分の中に「怒り」という感情をもった時、

扱いやすくはなると思う。

 

お〜、アドレナリンがきてるけど、

こいつは持続力がないから、

そろそろ落ち着くぞ〜

なんて思えたらいいもんね。

 

ただ対応方法に関しては

私が思うには、

アサーティブの応用編で学んだ方が、

安全に実生活に活かせると思う。

 

 

 

<2>

「ケーキの切れない非行少年たち」

(宮口浩治 著)も

おもしろかった。

 

非行少年たちには共通の特徴を

5つと➕1にまとめている。

 

・認知機能の弱さ

 (見たり聞いたり想像する力の弱さ)

・感情統制の弱さ

 (感情をコントロールするのが苦手。

  すぐキレる)

・融通の利かなさ

 (なんでも思いつきでやってしまう

  予想外のことに弱い)

・不適切な自己評価

 (自分の問題点がわからない。

  自信がありすぎる、なさすぎる)

・対人スキルの乏しさ

 (人とのコミュニケーションが苦手)

➕身体的不器用さ

 (力加減ができない

  体の使い方が不器用)

 

そして、この一つ一つに対処法や、

トレーニング方法を示してくれている。

 

トレーニングををすることで

自己への気づきがあり、

自己評価が向上するとのこと。

 

「人が自分の不適切なところを

 なんとか直したいと考えるときは、

 『適切な自己評価』がスタートと

 なります。

 行動変容には、まず

 悪いことをしてしまう現実の自分に

 気づくこと、そして自己洞察や

 葛藤をもつことが必要です」

 

「そして、理想と現実の間で

 揺れ動きながらも、

 自分の中に『正しい規範』を作り、

 それを参照しながら、

 『今度から頑張ろう』と努力し、

 理想の自分に近づいていくのです」

 

これらは、なんとなくそうだろうなあ

と思ってたことを言語化してくれていて、

とってもとってもスッキリした。

 

その上、

「自覚状態理論」という言葉で

もっと理論が実践に結びつきそうだ。

 

「自己に注意を向けることで

 自己洞察や自己内省が生じる背景に

 自覚状態理論とものがあります。

 自己に注意が向くと、自分にとって

 とても気になっている事柄に

 強く関心が向くようになります。

 その際、自己規範に照らし合わせ、

 そのことがらが自己規範にそぐわないと、

 不快感が生じます。

 この不快な感情を減らしたいという

 思いが、行動変容するための動機付け

 になる、というものです」

 

あ〜すごくわかるなあ。

 

レストランに

ちゃんとキャンセルを連絡しなかった自分が、

私は私の自己規範にそぐわなくって、

めちゃ不快感を持って、

それがいろいろに影響したんだなあ。

 

そして、この理論は

「自己に注意を向けさせる方法として、

 他人から見られている、

 自分の姿を鏡で見る、

 自分の中の声を聴く、

 などがあります」

と広がり、

 

大人が子どもにしてあげられることに

つながっていく。

 

「この理論が正しいなら、

 学校で先生が子どもに対し、

 『あなたは見てますよ』

 といったサインを送るだけでも

 効果があります」

 

あ〜

夏休み明け、

5プラス1に対するトレーニングやら、

「あなたを見てますよ」やら、

やれること、

やりたいこと、

やった方が良さそうなことが

見えてくるなあ。

 

読書は

希望を

連れてきて

くれる。

 

 

 

 

 

<3>

「父が娘に語る

 美しく、深く、壮大で、

 とんでもなくわかりやすい

 経済の話。」

(ヤニス・バルファス著)

 

経済の始まりは「余剰」。

作物の「余剰」をいかに作るかから

技術が生まれ、債務が生まれ、宗教も生まれ、

革新が起こった〜

などなど

前半で

経済って何なのか?

資本主義はどうやって生まれて、

格差はなぜ起こるのか?などなどが

語られる。

 

タイトルにあるほどには、

私にはわかりやすくはなかったが、

それは特に苦手な分野だからか。

 

 

だが、

途中で本を放り出せなかったのは、

「われわれ人間は、

 テクノロジーの可能性を余すところなく

 利用する一方で、

 人生や人間らしさを破壊せず、

 ひと握りの人たちの奴隷になることもない

 機械の奴隷にもならない社会を

 実現するのはどうしたらいいだろう」

頭において読んでいたからだと思う。

 

早く答が知りたくて知りたくて

たまらなかった。

 

そして放り出さなくってよかった。

 

著者が主張するのは「すべての民主化」だ。

「民主主義は不完全で腐敗しやすいが、

 それでも、人類全体が愚かなウイルスの

 ように行動しないための、

 ただ一つの方策であることにかわりない」

という。

 

一票を、

自分なりに考えて使うことが重要で、

自己決定や自立や自由意志を

保証する政治に一票を託すこと。

 

そして

今の経済は「交換価値」の概念で成り立っていて、

「交換価値」とは

お金と交換できる生産性のあるものに

価値を置くこと。

ただ、今改めて「経験価値」

誰かに何をしてあげて、喜んでもらった経験などの

価値を見直すべきではないか?

とも言っている。

 

 

 

幸福に関して言及している件もある。

「自分の望みを一度に

 全部は叶えてくれない世界と

 衝突することで人格ができ、

 自分の中で葛藤を重ねることで、

 『あれが欲しい。

 でもあれを欲しがるのは

 正しいことなのか?』

 と考える力が生まれる。

 われわれは制約を嫌うけれど、

 制約は自分の動機を自問させてくれ、

 それによってわれわれを解放してくれる。

 つまるところ、

 満足と不満足の両方がなければ、

 本物の幸福を得ることはできない」

 

 (なんとなく上記の

 自覚状態理論ともかぶるような〜)

 

今、幸せが満ち溢れている世の中ではないのは、

満足と不満足の両方なければ本来の幸福を

得ることはできないのに、

市場社会は欲望を満たすことにばかりに

視点が置かれてるから。

 

このあたりは、

私の好きな興味ある部分。

 

 

帯で

「ぼくはイエローで、ホワイトで、

 ちょっとブルー」

の著者 ブレイディみかこ氏が推薦して

いたので読んでみた。

それがなければ多分手に取らなかった。

帯買い、成功!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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シンパシーとエンパシーとコンパッション!

【2019.08.01 Thursday 17:46

以前から

「シンパシー」と

「エンパシー」の違いについて

わかったようなわからないような感じだ。

 

両方とも「共感」のようなイメージを表す言葉だけれど、

私はこれまで、

「シンパシー」には、

「あなたが感じているように私も感じる」

という意味を背景に使っていて、

「エンパシー」には、

「あなたはこう感じていると私は考える」

という意味で、

一旦はわかったような気になって使っていたと思う。

 

そこへきて、

「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとイエロー」だ!

 

この本がすごい。

イギリスのブライトンという都市に住む

中学生の息子の葛藤と成長を母親(日本人)が描いている本。

(父親はアイルランド人)

息子はカトリックの名門小学校から

地元の公立・元底辺中学校に入学し、

人種差別丸出しで後にいじめの対象となる友だちや

ジャンダーに悩む友だち、

ものすごい格差の間で揺れる友だちの中で

時には

アイデンティティに悩みながらの毎日を送ってる。

 

そんな彼の

「シティズンシップ・エデュケーション」という科目の

期末試験の最初の問題が

「エンパシーとは何か」という問題だというのだ。

 

そして彼の書いた答が

「誰かの靴を履いてみること」

 

もう、びっくりした。

 

「誰かの靴を履いてみること」かあ。

 

息子の説明がすごい。

「EU離脱や、テロリズムの問題や

 世界中で起きているいろいろな混乱を

 僕らが乗り越えていくには、

 自分とは違う立場の人々や、

 自分とは違う意見を持つ人々の気持ちを

 想像してみることが大事なんだって。

 つまり、他人の靴を履いてみること。

 これからは『エンパシーの時代』って

 先生がホワイトボードにでっかく

 書いたから、これは試験に出るなって

 ピンときた」

 

私は時々、「相手の立場になる訓練」として、

全く考えの違う人に共感してみることがある。

それを「エア共感」と呼ぼう。

 

相手は、

例えば

「別室登校を許さない」という学校関係者で設定して

エア共感。

「そうですか。

 それほど、集団の中で学ぶってことを

 大事にされているんですね」

などという感じ。

 

あ〜でもそれはめちゃ表面的だ。

その人の靴を履けるのか?私。

 

トランプさんの靴を履けるか?

つまり、考えを理解しようと

努めることができるのか?

あ〜それはかなりの難題。

リタイアだ。

・・・

っと、それは置いといて。

 

 

続いて、シンパシーとの違いが書かれている。

「オックスフォード英英辞典のサイトによると

 シンパシーは

 1誰かをかわいそうだと思う感情

  誰かの問題を理解して気にかけていることを

  示すこと

 2ある考え、理念、組織などへの支持や同意を

  示す行為

 3同じような意見や関心を持っている人々の間の

  友情や理解

 

 エンパシーは

  他人の感情や経験などを理解する能力」

 

つまり、エンパシーは「能力」と。

 

ケンブリッジ英英辞典のサイトに行くと

「エンパシーの意味は

『自分がその人の立場だったらどうだろうと

 想像することによって誰かの感情や経験を

 分かち合う能力』と書かれている」

のだそうだ。

 

つまり、どうやら、

シンパシーは自然に湧いてくる感情で、

エンパシーは、自分とは違う考えの人が

 何を考え感じているか想像する、

 つまりは努力を要すること。

 

この本の中では

「シンパシーを感情的状態、

 エンパシーは知的作業と

 いえるかもしれない」

と書かれている。

 

なんか、めちゃ納得だ。

こう説明されると、

私の「エア共感」での訓練は

あながち間違ったものじゃないかも。

 

 

と一旦落ち着いたところに

「スタンフォード式

 最高のリーダーシップ」という本。

 

この本は、なんとなんと

「アサーティブ」がキーワード。

アサーティブなリーダーというあり方や、

具体的には何をどうすることなのかが

書かれている。

 

この中にも「共感」がテーマの部分があって、

今度は

「コンパション」という言葉が登場だ。

 

昨年くらいから

「セルフ・コンパッション」系の本を

2冊読んでいて、

そこでは「コンパッション」を

「慈悲」という言葉で説明していたので、

それをそのまま受け入れて

何の疑問も持たずにいた。

 

しかし、

この「スタンフォード式〜」という本の中では

「コンパッション」を「共感」と訳している。

 

「心理学でいう『コンパッション』は、

 他者の感情を感じているが、

 客観的でいられる状態を指す。

 客観的だから、行動を起こすことが

 できる。

 一方『エンパシー』は他者の感情を感じると

 自分も同じ気持ちになる。同じ気持ちに

 なってるだけだから、行動には移せない」

 

えええ?

それ「シンパシー」じゃないの?

 

説明は続く。

例えばチームの若手が失敗した後、

「コンパッション型の共感を示すリーダであれば、

 『君が落ち込むのはわかるよ』とその気持ちに

 共感しつつも、一線を引いて客観的になり

 『今回の原因はここにある。

  次はこうしたらどうだろう?』と

 リカバリー方法を提示できる。

 いっぽうエンパシー型の共感をするリーダーは、

 『君が落ち込むのは、よくわかる』と

 一緒になって落ち込むだけで終わる」

と。

 

いやあ

混乱するわ。参ったなあ。

 

 

・・・

あ〜こういうのが、

私は楽しいんだよなあ。

こういう

しちめんどくさいことを

ごちゃごちゃと考えて、

ひねくり回した後で、

自分なりの納得を見つけた時に、

達成感があるんだよなあ。

 

 

 

混乱した後、

今のところの私の解釈は、

 

失敗した若手の気持ちを

自然にわかってしまって

「そりゃ落ち込むよね」が

シンパシー。

 

エンパシーは、

自分はそのぐらいでは

落ち込まないのだけれど、

この若手のことを理解しようと想像し、

「落ち込むの、わかるよ」

という感じなのかな?

 

コンパションは、

「その上で、どうしようか・・・

まで提案できること。

 

 

 

 

 

 

 

 

ま、こんなことができるのも、

読書の時間がまとめて取れるからだ。

ありがたい。

昨年の夏休みは国家試験を控えて、

読書をめちゃくちゃ我慢した。

その反動で、今年の夏は↓

 

あと7冊、用意できてる。

 

 

来週は毎日

いろいろなところにおじゃまして研修講師の仕事をする。

レジュメもパワポも、ほぼほぼできた。

 

じゃ、

「さよなら!ハラスメント」いきます!

 

 

author : tanizawa-k
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「わかった」と思った瞬間

【2019.04.10 Wednesday 17:04

「なぜ人と人は支え合うのか」

という本は、

映画「こんな夜更けにバナナかよ」の

原作者の本。

 

帯には

「障害者について考えることは、

 実は健常者について考えることであり、

 同時に自分自身について

 考えることでもあります。(中略)

 そして、障害のある人たちが

 生きやすい社会を作っていくことは、

 結局のところ誰のトクになるのか、

 という素朴な視点で、福祉という

 発想を根本から問い直してみたい

 と思ってます」

とある。

 

著者の意図、とりわけ前半の

「障害者について考えることは、

 実は健常者について考えることであり、

 同時に自分自身について

 考えることでもあります」

この部分に、

私自身はハマった。まさにその通りに。

 

 

特に

「やまゆり園障害者殺傷事件」の犯人

植松被告の人物と考え方を

「高みから全否定するのではなく、

 その主張をわが身に照らして、

 じっくりと吟味してみる必要がある」

と試みている部分に、だ。

 

著者は植松被告を

・「もし自分だったら」という考え方や

  発想ができない人

という見方をしていると同時に、

世の中には

・「もし自分だったら」という言葉を用いて、

 いとも簡単に物事を判断し、結論を下して

 しまえる人もいる

と考え後者にも疑問を投げかけている。

 

私は、

後者の立場をとりかねない自分を

なんとなくわかってる。

それが私の浅さにつながっているとも

意識している。

意識しているから、

いろいろ本読んだり、

勉強したりして、

客観性や広い視野を保とうと努力してるし、

それでもなおそっち寄りになってることに

気がついた時は修正するんだけど、

それでも、先日も危ない時があった。

 

 

専門家Aと話している時、

あることの説明に

私は納得がいかなかった。

そこにいたもう一人の友人も、

納得がいってないようだった。

彼は反論したが、私はしなかった。

その時の私の思考は、

「Aさんは、きっと何か誤解して

 いるに違いない。

 目くじら立てることじゃない」

しかし、後日友人から連絡があり、

「Aさんが言ったこと、

 どう思う?間違っているよね」

と訊かれ、

「私もそう思うけど、

 Aさんほどの人が間違うはずないから、

 きっと誤解しているだけだよ」

と答えた。

しかしそう答えながら、

もう一度調べてみようと思い直し、

調べると、

間違っていたのは、なんと、

私と友人の方だったのだ。

びっくりした。

そして、わかって本当よかった。

 

その時の私の考えの流れは、

「自分だったら誤解もある。

 Aさんもそうだろう」で

片付けてしまっていたが、

友人がそのことに

こだわってくれたからこそ、

「あっやばい、

 自分だったらで考えを

 終わらせようとしている」

と気づき、

調べて正しいことを知ることができたのだ。

 

なんか、そういう時が

私にはあるんだな。

 

 

著者が紹介している

「もし自分だったら」と考えて思考停止する例は

「自分なら延命治療をしてまで生きていたくない」

などというもので、

私はそれとは少し違うけれど、

それでも、

自分にもその芽があることを

ちゃんと認識しておかねば!と、

自分に引きつけて読むことができて、

著者の意図に

引きずり込まれてよかったと思う。

 

 

 

帯に書かれている著者の言葉の後半部分、

「障害のある人たちが

 生きやすい社会を作っていくことは、

 結局のところ誰のトクになるのか、

 という素朴な視点で、福祉という

 発想を根本から問い直してみたい」

に関しては、

繰り返し述べている

「人はできることより、

 できないことの方が多い。

 できないことは助けてもらえばいい」

ってのが、私にはぴったりくる考え方だ。

 

これを丁寧に言葉にしてくれているのが

この本の中で紹介されている

「東京インクルーシブ教育プロジェクト」代表の

海老原さんの著作の中の言葉。

 

「人は『誰かの(何かの)役に立つ」ということを

 通して自分の存在価値を見出す生き物なんじゃないか、

 という気がします。でも、役に立てる対象(困って

 いる人)がいなければ、「誰かの役に立つ」こと

 自体ができないので、困っている人の存在という

 のも、社会には欠かせません。となると「困って

 いるよ」ということ自体が、「誰かの役に立って

 いる」ということになりますね。つまり、世の中

 には「困っている対象者」と「手を貸してあげら

 れる人」の両方が必要なんです。(略)

 一生困ったことがない人なんていないんだし、

 一生困ってる人を助けるだけの人だっていない。

 それが『平等』ということ。」

  (海老原宏美・海老原けえ子

    「まあ、空気でも吸って」より)

 

うんうん、そうだよなあ。

ほんと、そう思う。

 

って、ほら、わかった気になる私。

 

著者の渡辺一史氏はあとがきで

「『あの障害者に出会わなければ、

 今の私はなかった』ーそう思える体験を

 これからも発信し続けていくことが、

 植松被告の問いに対する一番の返答に

 なるはずですし、植松被告に同調する人たち

 への何よりの反論になるはずです。

 ゆめゆめ、人生について知ったかぶりをして、

 わかったようなことを言うべきではないと

 思わされるようなできごとが、

 この世界にはあふれているからです」

 

 

「わかった」と思った瞬間、

「本当に?」って問いかけ続けて

いくしかないよな。

それでだんだん断言できないように

なってるけど、それもありなんだよな。

 

だいたいブログのタイトルを

「今のところではありますが」に

したのは、

そういうことだったんだよなあ。

 

 

とはいえ、

「『こういう人が正解』という人がいて、

 『その条件を満たさない人は不正解』

 という考え方は間違いだ」

と思う自分の考え方に関しては、

堂々とこだわっていいと思ってる。

そのことは、

この本に描かれていることと共通している

と思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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本からスタート

【2019.01.07 Monday 10:24

 

さて、今年に入って読んだ本。⇩

いやあ、2冊ともよかったわあ。

 

 

学校の「当たり前」をやめた。

これは、現職の公立中学校の校長先生が、

今まで当たり前とされてきた

「服装頭髪検査を行わない」

「宿題を出さない」

「中間・期末テストの全廃」

「固定担任制の廃止」

などの取り組みを行った

その背景や経過についてと、

未来の学校についての本。

 

その基本を流れているのが、

学校の目的。

工藤氏はそれを

「社会の中でよりよく生きていけるようにする」

ことだと言っている。

そのために

「自ら考え、自から判断し、

 自らから行動する」力を

つけさせてあげたいと考えて、

学校で当たり前に行ってきたこと、

ひとつひとつ、

それがこの目的に向かっているかを考え、

取りやめたり工夫したりした。

 

そうだよなあ。

「自ら考え、自から判断し、

 自らから行動する」力を育成したいのに、

・宿題を出す

・出してないと催促する

のは、

「勉強する項目は与えるよ。

 できなかったら、叱ってあげるよ。

 自分で考えなくていいよ!」

って言ってるようなものだものな。

 

 

以前、学校のことを話題にしたブログ記事、

要約すると

「今の学校のシステムに、

 子供があってないのではないか?」

には、

たくさんの先生方から

個別にコメントをいただいき、

先生方も悩んでいることが

一層はっきりわかった。
何が悪いのか?
どこが間違っているのか?
何をどうしていけばいいのか?
コメントの中で先生方は

葛藤されていた。
 

この本は

それにある程度

応えてくれている本だと思う。

考え方を示してくれている。

 

でもだからってこれそのまま真似したら、

(ってそれは難しいけど)

それは次の「当たり前」を

生むだけなんだよな。

 

工藤氏は書いている。

「目的と手段が一致しないものや、

 手段が目的化しているものは廃止・

 見直しをする。

 その上で本来の『目的』を再確認して、

 最適な『手段』を再構築する。

 そうしたプロセスで改善を図っていくことが

 大切です」

 

本当、そうだ。

そういうプロセスを踏んで、

悩み、葛藤し、行動する大人の姿こそが、

子どもたちに特別の影響を与えると思う。

 


 

 

前回、
私が

今の学校というシステムが
今の子どもたちにあっていないと書いた
理由のひとつに、
「一律の目標」ってのがある。

通常学級で勉強するすべての子どもたちが
「その学年一律の目標をクリアすること」
を求められているように思えることが

いろいろあるんだ。無理なのに。

学習の到達でも、

人間関係の作り方でも、

行事への取り組み、

挨拶の仕方、

他者への思いやりの示し方、

問題解決の方法・・・

などなど、

「この学年なんだから、

 これくらいできないと」

という考え方。

 

 

例えば
「漢字」。
A 美しく整った字を書ける
B 正確に書ける(トメハネハラエも含め)
C ほぼ合っている字を書ける
D その字と分かる字を書ける
E 書こうとしている
のような段階があったとすると、
漢字テストではB以上が○になる。

「一律の目標」でいくと,

それはB。

ただ書くことが苦手な子もいる。
その子にもB以上を求めると、
宿題の漢字をやるのは時間がかかり、
やってもやっても
テストでは点が取れなくて、
漢字嫌い、

書くこと嫌いを
生んでいくのではないか?

 

「天気がいい」

「天」

の上の一をちょっとだけ突き出て

しまってるから、

どの子にも一律✖ってしてしまって、

本当にいいのか?

そこ、悩みたいものだ。

だって、それで「夫気」って読まないもの。

 

私は、この本を読んで、

「自ら考え、自から判断し、

 自らから行動する」力を育成したいと

考えると、

自ら自分の目標を先生に申告する方式。

「先生、自分は今年は

 今のところ、漢字はCに挑戦します」

的なことはどうだろうか?

 

 

学級の中でのトラブルの処置、

行事を通しての指導、

保護者の方とのコミュニケーション、

教科の教え方、

様々な場面で、

「それは、

 その子が良いよく生きることに

 繋がっていくのか?

 って考えてもいい」

という意識を

先生方が持てるような仕組みに

なるといいんだろうな。

 

ただ先生によっては、

これまでと違う方法をとることに

困難を感じるかもしれない。

先生によっては、

「今までの成功の体験」を

繰り返せないことへの怒りもあるかも。

 

そこのサポートは絶対必要。

そして、先生方も多様でokで、

もちろん目的は共有するけど、

ある程度フレキシブルにできる

そういう人数があるといい。

 

 

 

 

先生方には、

指導の根拠「指導要領」は絶対で、

その学年で教えることの保証をするのが

公教育としてのあり方だという認識は

強くあると思う。

 

とはいえ、この本によって

その公教育でこれだけのことが

できてしまう事実を知ってしまった。

 

 

私も公立小中学校に関わる一人として、

帯に書かれてる言葉を意識しなくては

やばい。

 

「何も考えずに『当たり前』ばかりを

やっている学校教育が、

自分の頭で考えずに、

何でも人のせいにする大人を作る」

 

 

私は以前、

あるセミナーで聞いた大切なことを

思い出した。

「学校教育のお客様は誰でしょう?

 もちろん、目の前の子どもたちは大切。

 でも、本当のお客様は、

 手塩にかけて育てた彼らを送り出す、
 『社会』だ。

 『未来の社会』です」

 

相談室で関わる子どもたち、

学校保健委員会などで出会う子どもたち、

未来の社会を構成する一人ひとりに

できることはなんだろう。

考え続けたいし、

先生方と協力してやっていきたいものだ。

 

あ〜すっごく興奮する本だった。

 

 

 

 

 

葛藤し、

苦悩し、

色々悩める先生方への励ましは、

次の本にも。

(もちろん、教員ではない方にも

 悩めるすべての人にオススメ)

君が生きる意味

これは、ロゴセラピーを実践するには

どうしたらいいのか?

を具体的に示してくれている本。

 

そしてロゴセラピーでは

「苦悩は人間の能力の一つ」

「苦悩には意味がある」

という。

 

理論を知る

実践してみる

難しい場面で葛藤し

わかってないことがわかる

学ぶ

実践する

理解が深まる

 

私はそうやって

ロゴセラピーに取り組んできた。

 

いよいよ今年は

これを伝える活動をしたいと

考えている。

 

 

「最善の自己」を実現するための

ヒントがいっぱい詰まっている

ロゴセラピーを

悩みながら伝えていこうと思うんだ。

 

結局は上の本と根っこで同じ。

 

こっちも結構興奮した。

 

 

 

 

というわけで、

この2冊からスタートした2019年。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

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おすすめの本教えてください!

【2018.05.06 Sunday 12:41

 

新人や後輩と、

もう一歩踏み込んだ仕事の話をしたいなんて時、

あるいは、

先輩や上司などと

もう少し近づきたい!って時に、

本を介する話をきっかけにするって

いかがだろう!

 

 

私は、

以前、尊敬するカウンセラーの方を

車でご自宅まで送るという至福の30分間があった。

その日の仕事についてや、

これから想定できることや、

それについてのアドバイスをいただいた後、

まだ少し時間があって、

ちょっとの沈黙のあと

「読んだ方がいい本教えてください」

と思い切って尋ねると

2冊の本を紹介してくれた。

一冊はその日の出来事に関連する

被害者の方が書いた本、

もう一冊は発達障害に関する本で、

この2冊は、自分では選ばなかった本だし、

彼女に勧められなければ読まなかった、

そしてとってもとってもためになった本となった。

 

彼女はそれまで読んできたいろいろの本の中から

その時の私のために、

選んでくれたんだと思う。

 

彼女が大勢の方の前でお話されることを

もう何度も見てきているけれど、

毎回、彼女は、360度に心を配った、

誰にとっても居心地悪くない話をされる。

目の前にいるいろいろな立場の方が

誰も傷つかない、

そういう話をされる背景には、

これらの本などの1行1行も影響しているのだ!

と、

私はアマゾンから届いた2冊を手にして

背筋が伸びた。

 

その後初めてお会いした時に

私は本の感想を伝え、

私という人間を少し知っていただけたと思う。

 

 

 

こんな私に

おすすめの本を質問していただいたこともある。

アサーティブの仲間で大好きな方が、

学校の相談の仕事に就く前に、

「読んでおいた方がいい本を紹介してください」

と言ってくれた。

その時の私は、

彼女のことを想像して、

この知識があれば、

自信を持って仕事に向かえるのではないかと、

やはり2冊選んだと思う。

それまで大人の女性の相談には関わっていたけれど、

学校で、子どもたちからの相談というものには

経験がない彼女の

心の準備になれば良いと

結構考えて伝えた。

 

そうやって本について聞いていただけるってことは、

少なからず私のことを頼りにしてくれているってこと

の表れだ。

そういう期待に、人って応えたくなるものだ。

 

 

 

私は日頃、

新人の方の教育を担当する

「先輩」という立場の方々の研修を

担当することがあるが、

彼らも悩んでいて

例えば

飲みに誘った時に

どの程度仕事の話をしていいのか?

ランチの時に

仕事上のアドバイスをしていいのか?

自分の新人だった時のことは

話していいのか?

など、

結構気をもんでいる。

 

「新人」の方の話を聞くと、

成功体験も失敗体験も聞きたいし、

今はまだ何を質問していいかも

わからないような状態だから、

とにかく、明日のために

何かいいアドバイスを欲しい、

でもどう尋ねたらいいか、

失礼ではないのか?

などなど、

やっぱり気を使っている。

 

先輩も新人も、

率直に、

仕事についての話ができたら

それはそれですっごくいいけど、

そこに少し迷いや照れや難しさがある時は、

「最近どんな本読んでるの?」もいいし、

そこで傾向がわかったら

「この本おすすめだよ」もいいし、

「読んでおいた方がいい本ありますか?」

お互いの距離を近づけると思う。

 

 

 

家人は、

寝る時に必ず読書している。

時々、

「今読んでいる本、どんな内容?」

と聞いてみる。

つい最近、

質問返しされた。

「日本ってね、数十年のうちに外科医が半数に落ち込んで

 圧倒的に足りなくなるんだけど、

 その理由ってどう思う?」

と。

私が

「外科医は手術するから、医療事故などで裁判とかに

 なるから?」

と答えると、

「そう思うでしょう?

 違うんだなそれが。

 主な要因は女医の増加なんだよ。

 戦後女医の割合は右肩あがりで伸びていて、 

 医師に占める割合が大きくなっててね、

 で女性が選ぶ診療科は皮膚科や眼科に集中 

 しているからなんだって。

 これはデータで明らかなんだけど、

 イメージで要因を特定して問題解決を

 図ろうとしても、違った方向にいくよね。

 それって大変なことじゃん、

 そういうことを書いてある本」

と。

その説明で俄然興味が湧き、

今借りて読んでいる。

(彼の私へのプレゼン能力は高かったということだ)

 

これも私なら絶対に選ばない、

でも、読んでみると、

新しいプラス要素をくれている。

(言葉は悪いけど)ひねくれたものの見方が

めちゃ面白い。

 

 

 

本を介したコミュニケーションは、

お互いの間の一冊を超えて育つ。

 

この春、新しい環境に進んだ方は、

そこにもともといた方に、

おすすめの本を聞いてみたらいいと思う。

 

新しい環境に進んでなくても、

尊敬する上司や先輩に

どんな本を読んだらいいか聞いてみるといいと思う。

 

今のあなたにとって

何らかの役に立ったり、

今のあなたに

組織が何を期待しているのかわかったり、

今のあなたを広げたり、深めたり、

そんなきっかけになる可能性がある。

 

そしてそれは本の紹介にとどまらず、

それからの会話の方向性を

ちょっと変えるかもしれないな。

 

 

 

 

私が今年度に入って読んだ本の何冊かと

メモった言葉など

逆さに吊るされた男(田口ランディ著9

 「あなたに闇があるんじゃない。

  私があなたの闇に意識を向けていた

  ということなの。私がそれを見よう

  としていた」

 

初恋と不倫 (坂元裕二著)

 「誰かにとって恐ろしいものが

  誰かにとって落ち着くものに

  なるのってあると思います。

  恐ろしいことは毎日の天気が

  変わるみたいに起こります。

  毎日の気温の変化を暑い暑い、

  寒い寒い、ちょうどいいなどと

  感じるよう恐ろしいことを

  感じるのは当たり前です」

 

感じる情動・学ぶ感情(福田正治著)

 「あらゆる感情はヒトの生存にとって

  有用な作用を及ぼしていると考えられる」

 「われわれは感情を消し去ることが非常に

  難しい。釈迦は苦しい修行の末にやっと

  悟りに至ったが、一般の人は感情と

  仲良く付き合っていくことが求められる」

 「感情の背景には、過去の人間の叫び、

  嘆き、涙、笑いが横たわっている。

  祖先はどのように恐怖を感じ、

  そして戦ってきたのか」

 

永遠のおでかけ(益田ミリ著)

 「どんな人ともいつかは分かり合える

  というのは幻想である。好きな人が

  いるのなら嫌いな人だっていよう。

  誰かを嫌いになるのは、自分の中で

  大切にしているものが拒絶している

  からなのだと考えれば、なるほど

  そりゃしょうがないなと肩の力が

  ぬける」

 「悲しくたってお腹はすく。

  『悲しみ』に空腹を強制してはならない」

 「あの私がもらったものはセーターだったが

  それだけではなかった。少し戸惑いつつ

  店に入ったであろう当時の父を

  『かわいらしい』と思える未来も

  一緒にもらったのである」

 

WONDER(奥野木優著)

〜学級通信が支えるWONDERなクラスの

 作り方〜

 小学5年の担任の先生の手書きの学級通信集。

 

 

PRE-SUASION

  影響力と説得のための革命的瞬間

(ロバート・チャルディーニ著)

「説得上手な人たちが、メッセージを発する前に

 行っていることを特定」

 

ヘルスコミュニケーション

 人々を健康にするための戦略(蝦名玲子著)

 保健師さんのための本

 「理論はあなたの頭の中を整理するのに

  役立つだけでなく、対象者を知るための

  適切な質問をあなたに教えてくれます」

 

かがみの孤城(辻村深月著)

 「『許す』ってなんだろう。

  私は何も悪いことはしてないし、

  あの子たちのことこそを許さないと、

  こんなにも思っているのに、

  それでも、あの子たちに

  『許される』ことを自分が

  無意識にでも期待していたのかと、

  愕然とする」

 

 

 

そして、

多分半永久的に、どなたに聞いてもらったとしても、

おすすめの本は

「夜と霧」(フランクル著)

 

 

 

 

明日からまた日常が始まる。

自分の所属する中で、

本に関する会話をプラスしてみたら

いかがか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ぐさりっ。

【2017.11.21 Tuesday 19:03

糸井重里氏おすすめの本を

2冊読んだ。

「君たちはどう生きるか」

「SHOE DOG」

 

「成り上がり」以来、

「おいしい生活」を経て、

とにかく大好きで、

「ほぼ日」や彼のSNSを追いかけてきて

本当に良かった。

そういう人が勧めてくれてなければ、

2冊とも手に取らなかった本だ。

 

 

「君たちはどう生きるか」は、

中学生のコペル君と

コペル君の「叔父さん(母親の弟)」が

コペル君の

発見や

つまづきや

悩みや

起こしてしまった問題(卑怯な振る舞い)

に対して、

そのことを通して、

「どう生きるのか?」を問いかけ続ける内容。

 

コペル君からの問いに、

コペル君の想像をはるかに超えた視点から

ヒントを出し、

考え方のプロセスを示す「叔父さん」。

 

私は少しずつ読み進めながら、

私だったらどう答えるだろう、

私だったらどうナビゲートするだろうか

と「叔父さん」の立場で考えた。

だって、そういう年だもの。

 

で、

やばい。

浅すぎるぞ、私・・・と思う。

 

人が「問題を抱える」ってことは、

今はまだそれを解決する力がないから、

それを問題と捉えた

ってことを意味してる。

ってことは、

問題を解決しようと考えたり、試したり、

人に尋ねたり、行動したりすることは、

それまでの自分よりも、

成長、成熟しようとしている時となる訳だ。

 

「叔父さん」は、

そんなコペル君に

本当のこと、

つまり、

時に厳しい言葉を伝え続ける。

 

 

「肝心なことは、

 世間の目よりも何よりも、

 君自身がまず、

 人間の立派さがどこにあるのか、

 それを本当に君の魂で知ることだ」

 

「こうして悲しいことや、つらいことや、

 苦しいことと出会うおかげで、

 僕たちは、本来人間がどういうものであるか、

 ということを知るんだ」

 

「僕たちが、

 悔恨の思いに打たれるというのは、

 自分はそうでなく行動することも

 できたのにー、と考えるからだ。

 それだけの能力が自分にあったのにー、

 と考えるからだ」

 

「自分の過ちを認めるのはつらい。

 しかし過ちをつらく感じるという

 ことの中に、人間の立派さも

 あるんだ」

 

「僕たちは、

 自分で自分を決定する力を

 もっている。

 だから誤りを犯すこともある。

 しかしー

 僕たちは、自分で自分を

 決定する力も持っている。

 だから、誤りから立ち直ることも

 できるのだ」

 

どう生きるかという命題に対し、

直球な

「君たちはどう生きるか」

に対して

「SHOE DOG」

は全く違う形態をとる。

NIKEの創業者が自ら記した

回想記。

 

そして、そこには

共通のテーマがあった。

それは、

「葛藤や失敗こそ生きてるってこと」

「次の瞬間にどう行動するかは

 自分で選択できること」

「選択の結果の責任を負う

 権利があること」

「そういうことを繋げていくことは、

 どう生きるかという問いに

 答え続けていくということ」

 

 

「SHOE DOG」で、

本当にびっくりしたのは、

「あの」NIKEが、

創業から株式公開するまでの17年間、

どうしようもなく

失敗の連続だったということだ。

最初の方に、

「オニツカ」との契約のために日本に来た彼は、

自分のこれまでの考え方ではダメだ

と気づく場面がある。

「禅では一直線の考え方は幻想に過ぎず、

 (中略)

 現実は一直線ではないと禅は教える」

という文章があるが、

まさにそれを体現していて、

山あり谷あり、

曲がり角ばかりの中を抜け道探して

自転車操業がず〜っと続く。

かっこいい起業のスピリットや、

戦略や戦術などなく、

成り行き任せに思える決断もある。

「もうダメだ」「今度こそダメだ」

という瞬間の連続。

でも、548ページのこの物語が

終盤に差し掛かると、

私は、著者つまりNIKE創業者ナイトの虜となり、

もっともっと彼の人生を知りたくなった。
そして、最後の数ページ、

惜しみながらめくって、

何があっても、

めちゃカッコ悪くても

諦めないで、

何とか凌ぎ続けて

ここまでにした彼の日々が、

愛おしくてたまらくなり、

ラン周りのものは、

これからは全部NIKEにしようと決めた。

 

ラインを引いた文章

「会社がダメになるかもしれないと、

 失敗を恐れることはない。

 失敗しないとうぬぼれているわけではない。

 むしろ失敗するのではないかと思っている。

 だが失敗したら失敗したで、

 さっさとそこから学んで、

 それをプラスに変えればいいというのが

 私たちの思いだ」

 

「ルールを守ったことではなく

 ルールを破ったことが

 人々の記憶に残る」

 

「寝てはいけない夜がある。

 自分の最も望むものがその時

 やってくる」

 (眠れない夜もあって良し)

 

「野心に免じて目をつぶりましょう」

「みんな数字ばかりに

 気を取られ過ぎです」

(NIKEにとってなくてはならない存在

 日商岩井の担当者の言葉)

 

「自分の知識を補強する最善の方法は

 それを分け合うことだと、

 経験から学んだのだ」

 

「私たちはリコールを出し、

 世間からの批判に備えたが、

 クレームは出なかった。

 それどころか、聞こえてくるのは

 ねぎらいの声ばかりだ。

 他の会社はどこも

 新しいことを試そうとしない。

 ナイキの努力が成功しようと

 しまいと、その意気込みは立派だと

 見なしてくれたのだ。すべての革新が

 進歩的で前向きだと評価された。

 失敗しても私たちはくじけなかったし

 顧客の信頼も失われることは

 なかったようだ」

 

「私たちにとってビジネスとは、

 金を稼ぐことではない。

 人体には血液が必要だが、

 血液を作ることが

 人間の使命ではないのと同じだ。

 (中略)

 人体の営みは、より高い次元の

 目標達成に向けた基本的なプロセスだが、

 それ自体は私たち人間が

 果たすべき使命ではない。

 その基本プロセスを超えようと

 常に奮闘するのが人生だ。

 (中略)

 私たちは全ての偉大なビジネスと同様に、

 創造し、貢献したいと考え、

 あえてそれを声高に宣言した。

 何かを作り改善し、何か伝え、

 新しいものやサービスを、

 人々の生活に届けたい。

 人々により良い幸福、健康、

 安全、改善をもたらしたい。

 (中略)

 単に生きるだけではなく、

 他人がより充実した人生を送る

 手助けをするのだ」

 

ナイト氏は、↑のように

この物語を締めくくる。

混乱続きの人生の中で

彼やNIKEが見出した意味。

 

 

 

「君たちはどう生きるか」の中で、

「叔父さん」はコペル君に

「君は、

 毎日の生活に必要な品物

 ということから考えると、

 たしかに消費ばかりしていて、

 なに一つ生産していない。

 しかし、自分では気がつかないうちに、

 ほかの点で、ある大きなものを、

 日々生み出しているのだ。

 それは、一体、なんだろう」

と問う。

そして叔父さんは答えを言わず、

「自分で一つその答えを

 見つけてみたまえ。

 別に急ぐ必要はない。

 この質問を忘れずにいて、

 いつか、その答えを見つければいいんだ。

 決して、ひとに聞いてはいけないよ」

と続ける。

 

この問いへのナイト氏の答えは、

「靴に全てをかけることで、

 他人がより充実した人生を送る

 手助け」

なんだったんだと思う。

 

 

私はまず「君たちは〜〜〜」を読み、

そのあとで「SHOE DOG」を読んだ。

でも、

「SHOE DOG」を読みながらも

「叔父さん」の言葉を確かめたくなって

「君たちは〜〜〜」を開いたり、

コペル君とナイト氏が重なって思えたりした。

2冊を行ったり来たりするような

幸せな読書の時間を持てた。

 

 

「叔父さん」の問いかけに

57歳の私が答えるとしたら、

私が日々生み出しているものは、

「あなたはあなたのままでいい。

 そのあなたが今できることを

 やっていこう〜

 と思ってもらえるような働きかけに

 ついて、

 考え、悩み、トライしながら、

 苦闘していること」だ。

時々上手くできることもある。

でも、全く役に立てないこともある。

 

それでもまた

次の瞬間の行動は選べる。

 

 

私の毎日をどうするかを

決定できるのは、私だけだもんね。

 

 

 

この2冊には、

ところどころで、

ぐさりとつかれた。

しかしその痛さも

清々しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ネガティブ・ケイパビリティ」

【2017.11.04 Saturday 15:40

「ネガティブ・ケイパビリティ」とは

「どうにも答えの出ない、

 どうにも対処しようのない事態に耐える能力」

ということ。

 

この概念がどこに由来し、

どう再発見され、

社会の中でどう実践されてきたかの事例や、

現代社会の中で

いかに実践していったら良いのかなど、

丁寧に描かれている本。

 

 

原発の廃炉問題しかり、

少子高齢化の年金問題しかり、

東京と地方の格差問題しかり、

貧困の問題しかり、

ジェンダーギャップ114位問題しかり、

 

北朝鮮への対応方法しかり、

ロヒンギャの問題しかり、

台頭してる「〜ファースト」問題しかり、

 

簡単には解決できない問題が

私たちの周りには、あまりにも多い。

 

その中で

この概念は心強い。

 

 

 

 

なんとか耐え続けていくのも、

力なんだ!

と示してくれるのは、

ありがたい考え方だと思う。

 

実際、

私の活動場所、

学校の中でも、

簡単には答が出せないことは多い。

 

学校に登校することが厳しい子、

いじめの問題、

勉強の苦手さや

集団の中で行動することが難しい子、

親子の間の、教師との葛藤など、

 

表に現れてる出来事は似ていても、

一人一人全く違う背景がある子どもたちに、

「こうすれば絶対にうまくいく」

などという絶対正解などなく、

 

だからこそ、

悩み、考え、話し合い・・・

どうにもならない事態に、

立ちすくみながらも、

ただただ困難の中にいることも多い。

 

見立て、

対応方法を示すのが

私の仕事なんだけど、

簡単にわかったようなことは

言えないことが多いのだ。

 

そして、

その子の問題がすっきりと解決しなくても、

その問題が、

後から考えると、

その子や、その家族にとって

意味あることだったと思えることも多く、

だから、

困難の中で、

その子や家族や先生や支援さんたちと一緒に

ただただそこにいることも、

ネガティブ・ケイパビリティなんだと思いたい。

 

 

 

 

世間一般で、

お手軽な解決方法が好まれるのは

仕方ないことだ。

デジタルな機器が身近になってからは、

加速度的にそうなっている。

私もそうだ。

 

CMの間が待てないで

何か刺激的な情報が入ってこないか

チャンネルを変えるし、

履くだけで痩せる下着や、

塗るだでけでシミが消える化粧品に

興味津々だ。

 

言葉を思い出せないと

すぐに幾つかのワードを入れて検索する。

仮説を立てるのに、

ネット上にあるデータを探す。

 

「早く!早く!」と

誰かに言われているわけでもないのに、

気持ちが急いて、

すぐにすっきりしたくなる。

 

・・・ってこれ、

脳の仕業なんだとこの本で知った。

「私たちの脳は、

 ともかく何でも分かろうとします。

 分からないものが目の前にあると、

 不安で仕方ないのです」

 

つまり人が分かりたがる、解決したがるのは、

本能の働きということだ。

 

でも、

本能ばかりに委ねたくない。

 

「それにしても、

 と改めて考えざるを得なかった。

 謎や問いには、

 簡単に答えが与えられぬほうが

 よいのではないかと。

 不明のまま抱いていた謎は、

 それを抱く人の体温によって

 成長、成熟し、

 更に豊かな謎へと育っていくのでは

 あるまいか。

 そして場合によっては、

 一段と深みを増した謎は、

 そこの浅い答えよりも

 遥かに貴重なものを

 内に宿しているような

 気がしてならない」

 (黒井千次氏)

 

 

 

 

先日、再放送していた

「英雄たちの選択」の「直虎編」で、

MCの磯田氏は以下のように

番組を締めた。

 

「ぼく、やっぱりね、

 直虎は、

 理不尽な時の過ごし方の

 名手だと思うんですよ」

 

「人生も、組織体も、

   いつも自分が勝てる要素を

 持っている時ばかりではなくて

 むしろ弱かったり、ダメなときって、

 多いですよね。

 その時、どう過ごすかっていうことが、

 本当、一番重要だと思うんです」

 

「直虎は、

 こんな今川の状態は続くはずがないと、

 考えた。

 夜明けの前が一番暗い。

 もうちょっとしたら、

    確実に夜明けが来るってことを

 ひたすら信じて処していった、

 凌いでいった。

 戦う力という

 武士にとって一番重要なものを、

   男を殺されつくして失っていたところで、

 どのように凌ぐか。

 先を、大局を読んで、

 これから何を身に着けていったらいいのか、

   考えた」

 

「そしてやがて

 家柄、戦闘力、外交情報力、

 三拍子揃った井伊家になって

 日本最大の譜代大名、

 35万石、

 井伊家になっていくわけです。

 だから、今、つらいと思っている皆さん、

 大河ドラマを見ながら、

 つらい時の凌ぎ方、学びましょう」

 

今大河ドラマでは、

直虎のいい感じのネガティブ・ケイパビリティと

万千代の積極的な挑戦が、

ちょうど対比されているところだ。

 

 

 

そして、この本の締めくくりは

「寛容」と「共感」だった。

 

「どうにも解決できない問題を、

 宙ぶらりんのまま、

 なんとか耐え続けていく力が、

 寛容の火を絶やさずに

 守っているのです」

 

「共感が成熟していく過程に、

 常に寄り添っている伴奏者こそが

 ネガティブ・ケイパビリティなのです。

 ネガティブ・ケイパビリティがない

 ところに、

 共感は育たないと言い換えても

 いいでしょう」

 

 

すごく理解できる。

 

誰も悪者にせず、

どこにも責任を求めず、

何に対しても事を押し付けない、

今の状況を引き受けて、

その中で、

できうることをしながら、

待つ。

 

それができるのは、

自分のことを理解し、

相手や周りのことも理解でき、

受け入れる心を持っているからこそだし、

そうやって耐えている間こそ、

多様な人の思いを理解できる力を

醸成する。

 

私に

ちょっとはその力があるとすると、

苦しかった事のおかげだ。

 

 

 

 

 

・・・とはいえ、

各地で理不尽な災害にあった方々が、

そのネガティブ・ケイパビリティで

今をなんとか凌いでくれている間に、

希望を見出してくれるような

政策が必要だ。

 

横田めぐみさんはじめ拉致被害に

あった方々や、

その家族の方々の

ネガティブ・ケイパビリティが

発揮されているうちに、

なんとか解決を!と

願わずにいられない。

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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アマゾンの思う壺

【2017.08.29 Tuesday 14:25

恥ずかしながら、

ずっと「ブルボン」だと思ってた。

「ブルゾン」かあ。

なんてこともあり、

 

今朝は、

9時少し前に、

横断歩道が青になっても、

なかなか渡らない小学3年?4年?の

男の子を見てしまって、

宿題やってないのかな?

何か嫌なことがあるのかな?

と心配になったり、

 

8月も終わりますなあ。

 

夏も終盤にきて、

これから読む本への期待が高まってます。

その前に

読んだ本の整理しとこう。

 

 

 

 

ここのところ読んだ本 ↓

ビジネス系の本、どれも良かった。

 

大人であっても人の知性は成長する。

組織の力を最大限に引き出す最善の方法は、

組織に属する人々の人間としての発達に

光を当てることだ。

 「なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか」

 

ただ、それには組織内で

適切なフィードバックができることが不可欠。

しかしながら今「フィードバックレス社会」

と言えるほど、フィードバックが足りていない。

「フィードバックとは

 相手にとって耳の痛いことでもきっちり通知し、

 本人の立て直しのお手伝いをすること」を言う。

  「会社の中はジレンマだらけ」

 

フィードバックが苦手な理由に、

評価を怖がり、

自分の弱さを隠そうとする意識が働いていることと、

知性の発達段階の一段目で留まっている人が多いという

可能性がある。

 一段目:環境順応型知性

   (周囲からどう見られ、どういう役割を期待

    されているかということで自分が形作られている。

    合わせられる。指示に対し忠実に行動できる)

 二段目:自己主導型知性

   (周囲の環境を客観的に見られる。自分自信の

    価値基準を持っていて、それと周囲の期待に

    ついてを合わせて考え、判断し、選択できる)

 三段目:自己変革型知性

   (自分の価値基準ややり方をもっているけど、

    それだけにこだわらない。しかしそれが全てだと

    思ってないので、修正したり、訂正したりできる。

    矛盾も対立も、曖昧も、ジレンマも受け入れること

    ができる)

  「なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか」

 

 

フィードバックを技術的な面から考えると、

客観的な事実を提示することが必要だ。

「あなたって気が利かないよね」

は、あまりに主観的だ。

客観的な事実とは、

「会議の資料、

 参加人数分なかったよ」

 

 

「自分の言葉が相手に理解されているかどうか

 鋭敏な感覚を持ち、理解されていないことを

 嫌がらずに謙虚に受け止め、理解してもらう

 にはどうしたら良いかを本気で考える。

 何度も何度もそんな経験を

 繰り返さなければならない。何度も何度も」

自分の言葉の何をどうチェックしたらいいかが

わかれば、

フィードバックもしやすくなるかも。

「大人のための国語ゼミ」は

以下が具体的に書かれてる。

・事実と意見と推測

・簡潔にし、話題でまとめ、順番に注意

・接続の言葉

・要約

・理由と原因と根拠

・的確な質問

・反論の仕方

 

 

「大人のための国語ゼミ」を読みながら、

「伝える」ことについて思い返してみた。

私は「アサーティブ」というコミュニケーションのあり方で

「相手伝わるように伝える」ための工夫をしてるのだが、

学び始めた初期の頃にやり始めて、

今でも気をつけている事がある。

それは端的に知らせたい時には余分な事を言わないこと。

タクシーの運転手さんに目的地と道順を知らせる時、

駅の窓口を利用して切符を買う時、

そんな時、

いかに少ない言葉で正確に相手に伝えることができるか、

最初の頃は、

(思ったことを、しかもどうでもいいことを

 口にしてしまう私にとっては)

結構大変で、面白かった。

今もスッキリ決まるとめちゃ嬉しい。

そして、それには脳内リハが大切なんだな。

「大人のための〜」の中の、

枝葉は一旦置いて、幹、つまり中心的主張を!

は、なるほどなんだな。

 

 

 

これらの本の中で出会った

「ポータブルスキル」という言葉が気になった。

「ポータブル」だから持ち運びできるって訳で、

つまりは、会社を変えても、仕事を変えても、

自分の身についた技術は持って異動できるって訳だ。

それらは3つあり

\賁腓涼亮韻箋蚕

∋纏の仕方(現状を把握したり、課題を設定できたり、

   スケジュールの管理や、状況に対応できる力など)

人との関わり方

と言われているとのことだ。

 

 

私の仕事の一つは

コミュニケーション能力の育成だから、を扱ってる。

そして、のちからがあると、

´△蚤疹の苦手があっても、わからないこともあっても、

質問したり、助けを依頼できたりするので補える。

 

そんなアプローチも可能だなあと

なんだか、少し考えも広がったと思う。

 

 

ってわけで、

これから読む本は↓

 

 

 

 

 

    

  

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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「私の物語」→「私たちの物語」

【2017.08.23 Wednesday 08:55

今朝の「ひよっこ」(NHKの朝の連ドラ)で

ムネオさん(主人公のおじさん)が言った。

「悲しいこと、辛いことは突然やってくる。

 どんなに誠実に生きてても

 悲しいことは降ってくるみたいに

 いきなり起きるんだ。

 でもね、

 悲しいことを救ってくれるのは人だよ。

 人を救うのは人だよ」

良いこと言うわあ、ムネオさん。

 

そして、

悲しいこと、辛いことを、

人に救ってもらいながらでも乗り越えると、

それを乗り越えられた自分に対する信頼度は、

めっちゃアップする。

 

さらに、

助けてくれた人に対する感謝や信頼する気持ちは

増大し、その人との間の関係はとても太くなる。

しょっちゅう会えなくても、

事あるごとに話せなくても、

心の底での繋がりを感じるだけで、

力が湧く。

 

自分に対する信頼度も

助けてくれた人に対する信頼度も、

時間を経ると変化があるけど、

その頃また

何かが起こったりするのが、

生きていくことだと思う。

 

そして

私はそんなことを重ねてきたなあと

つくづくと思う。

その上で

私は、

いよいよ「人間の生きていく力」に

確信を持てている。

 

 

 

昨日、突然、1日ポッと空いて、

気の置けない友達を誘って遊んだ。

5か月ぶりくらいに会えた彼女とは

話すことは山のようにあった。

その中で、彼女の身に最近起きた

突然の出来事を聞き、

どう対応しようか考えている話を聞きながら、

このことも、

彼女は絶対に乗り越える!

って思った。

彼女には近くに住む姉という

心強い存在に相談もしている。

 

一昨々日

久しぶりにラインのやり取りをした

アメリカに住む妹も

はっきりとはわからないが、

転換期を迎えているようだった。

姉としてはすごく心配だけれど、

でもやはり、

妹は必ずなんとかする!って

私はどこか信じてる。

妹も、アメリカで

なんでも話せる友人を

持っている。

 

 

大変さ、しんどさを

誰かに表すことは、

「私の物語」から、

「私たちの物語」への変化を

スタートさせることになる。

 

 

ムネオさんの言葉も、

その前に

「主人公の父親(記憶喪失になってしまってる)」が

将来のことを家族に相談したことから始まり、

彼が一人だけで思い悩んでいても、

「自分の一人の物語」だけど、

それが

「家族の物語」になった。

 

 

 

最近読み終わったのは

「なぜ弱さをみせあえる組織が

 強いのか」

という本。

 

帯に書かれた

「ほとんどのビジネスパーソンが

 『自分の弱さを隠す仕事』に

 多大な労力を費やしてる」

というコピーに惹かれた。

読む前は、

弱み、弱音を吐きあえる組織ということは、

吐いても馬鹿にされず助けてもらえるということか・・・

という想像だったが、

そんなに甘い話ではなかった。

 

どちらかというと、

自分の苦手をさらけ出せ、

それに対策を立てていく環境を

システムとして作っている

組織の実例を交えながら、

そうやって個人が成長していくことが

組織の成長にもつながっていく

ということだった。

 

事例であげられていたある会社の

合言葉のような数式

「痛み➕内省=進歩」

が記憶に残った。

この会社では

「自分の失敗から学ぶことが職務上の義務」

とのことだった。

 

大人になって知る自分の弱みや苦手、

あるいは失敗、

他者からの批判的な指摘は

とてもとても痛い。

痛いけれど、

そこでそのことを見なかったことにするのでも、

流してしまうのでもなく、

受け止めて、

どこに問題があったか、

何をしなかったのか

プラスにするためにした方がいいことは何か

と内省を深め

見つけ出せ、行動できた時、

進化となっていく。

 

そしてその間、

内省はするが、

自分一人で背負うのではなく、

他の方にサポートしてもらってる。

そのサポートを組織でシステムに

しているところがすごい。

 

このことで成長している組織には、

「大人も発達する」という

共通の前提があるのだ。

 

 

 

自分の弱さ、苦手、弱み、弱音を

オープンにできるって、

すごいことなんだと思う。

 

そこから始まるんだと思う。

そこから始め、

人は、

いくつになっても

進化、発達することができる。

「生きていく力」を発揮できる。

 

 

 

 

少し前、

大学3年生の女子が、

乳児遺棄で逮捕されるニュースがあった。

法律を犯してしまった、

確かに悪いことをしてしまったんだけど、

私はこのニュースが切なくてたまらなかった。

一線を越えてしまってから

妊娠判明し、出産、

乳児遺棄まで、

どんなに悩んだかと思う。

どれだけ

苦しくて辛くて困っただろうと思う。

心細かったし、

自分や相手を責め続けたと思う。

気づかれてはまずいという気持ちと

相反して

誰かが気づいてくれたらという期待

もあったかもしれない。

ちょっとでも

「やばい」って言うことができたら、

いいアイディアをもらえたかもしれないけど、

彼女には、

そのハードルはすごく高かったんだろうな。

言えなかったんだよな。

彼女が、

少しこぼせたら・・・

ねえ、実はさ・・・

って言えたら、

って思わずにはいられないけど、

それができていたら十月十日の間に

なんらかの代替案があったんだろう。

(それにしても腹がたつのは、

 相手の男性だ!

 いろいろ事情はあるとは思うけど、

 なぜこういう時に、

 女性だけさらされるのか!!!)

 

<加筆 昨日↑のように書いた後、

 知人とこの件でメールした時、

 知人の言葉

 「彼女の逮捕を知って相手は

  どんな気持ちでいるだろう?」

 にハッとした。

 そうだ、彼も、もしかすると今、

 誰にも言えずに苦しんでいる

 かもしれない。どうしたらいいか

 わからず、自分を責めるだけの

 時間の中にいるのかもしれない。

 安心できる、信頼できる誰かに

 できれば大人に、話せるといいな。

 

 そして、私は自分だけで考えている

 時は考えもしなかったことを、

 知人と「私たちの物語」に

 したことで、狭かった考えを

 広げることができた>

 

彼女が償って、

新しい一歩を歩き出したあと、

かっこいいコトやかわいいモノに「いいね」を

しあうだけではない人間関係が作れると

いいと思う。

弱音が吐きあえたり、

助言しあえたりする存在が出来るといい。

 

「かっこ悪い自分、面倒な自分は隠しておくべき」

などというマインドと、

そのことに対して使う力は、

すっごくエネルギーいるけど、

それで磨くことができるのは

「ごまかす」スキルだけになりがちだ。

本当の力はついていかないって

気がつけるといいな。

 

そうして、

オープンにし、助けを求め、

問題解決に向かって動けば、

彼女も発達するし、

(その相手だって、

 正しい「内省」があれば

 進化の可能性は大いにある)

彼女の中の「生きていく力」は、

ポジティブな方向に発揮できるのでないか。

 

 

 

 

 

「私の物語」を

「私たちの物語」にでき、

反対に、

「あなたの物語」を聞かせてもらえて、

「私たちの物語」にできる。

そんな関係を一つでも作りたい。

どちらかだけだどバランス悪い。

そうしあえる人がいるって、

素敵だと思う。

 

そうしあえる「私」でいるために、

私は、

痛みをそのままにせず、

内省していきたいと思う。

 

助けてって言えて、

助ける行動ができる人間でいたい。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

妊娠に関しての相談機関の情報が

facebookにアップされてました。

ついでのようだけど、

大切なことだから、

流れてきた情報をそのまま

アップしておきます。

 

<にんしんSOS東京>

【生まれたその日になくなる命だけでなく、

 乳児遺棄によって犯罪者になってしまう

 女性もなくしたい】

乳児遺棄の疑い、20歳女子大学生逮捕 
静岡・牧之原
朝日新聞 2017.8.18

ひとりの女子大生が、
母子手帳の交付も受けず、
医療にかかることなく、
(おそらく)一人きりで出産をし、
嬰児を遺棄した。

報道から今私たちが知ることができるのはこれだけです。

相談する相手がいたのかいなかったのか、
赤ちゃんの父親との関係、
どんな気持ちで妊娠期を過ごしたのか、
変化する身体にどう対処していたのか、
どこでどんなお産をしたのか、
まだわからないことだらけです。

でも、

周りの誰にも言えない、
言っちゃいけない、
そう思う背景がきっとあったはずです。

どうか、
相談する先がいくつもあること、
色々な選択肢があること、
を多くの方に知って欲しい。

そして、
どこかに相談して、
自分の納得できる対応をしてもらえなかったとしても
諦めないでまた別の相談機関に相談して欲しい。

これからのことを一緒に考えてくれる誰かがここにいます。

私たち、にんしんSOS東京は、

「生れたその日になくなる命だけでなく、

乳児遺棄によって犯罪者になってしまう女性

もなくしたい」と強く願います。

今まさに悩んでいる方、

ひとりで悩まず、相談して下さい。
また、周囲に悩んでいる方がいたら、

以下の相談機関を伝えて下さい。

 

■一般社団法人 にんしんSOS東京
https://ninshinsos-tokyo.com/
にんしんにまつわる全ての「困った」、

「どうしよう」に寄り添います

 

■一般社団法人 全国妊娠SOSネットワーク

(全国の相談窓口の一覧があります)
http://zenninnet-sos.org/contact-list

 

■特別養子縁組の相談窓口

一般社団法人 ベアホープ
http://barehope.org/

NPO法人 環の会
http://wa-no-kai.jp/

認定NPO法人 フローレンス
http://engumi.florence.or.jp/

一般社団法人 アクロスジャパン
https://www.acrossjapan.org/

 

■レイプ・性暴力の相談窓口:

NPO法人 レイプクライシスセンター TSUBOMI
http://crisis-center-tsubomi.com/

NPO法人 性暴力救援センター・東京
https://sarc-tokyo.org/

 

■出産費用がない場合の相談窓口:

NPO法人 円ブリオ基金センター
https://www.embryokikin.com/

 

■出生前診断を受け、産むかどうか迷っている方の相談窓口:

NPO法人 親子の未来を支える会
http://www.fab-support.org

 

author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor