コミュニケーション | 今のところではありますが…
どれだけ言い聞かせても。

【2017.04.19 Wednesday 15:36

新年度スタートと共に、

これから、

コミュニケーション研修を

いろいろ担当する。

 

講師として「伝える力」の能力を

あげるためのプログラムを提供しているし、

多くの方が欲しているコミュニケーション能力も、

どちらかというと、

「聴く力」より、「伝える力」のように思う。

 

「伝える力」をつける時に、

「アサーティブ・トレーニング」はとても有効で、

なんといっても、

考え方とスキルがすっきりと整理されているのが

手前味噌だが、

本当、良いプログラムだと思う。

 

根性論、例えば

「勇気を出して言葉にしてみよう」とか、

道徳的、例えば

「思いやりを持とう」

などでは

実践しにくいところを、

具体的にしてるところが良いと思う。

 

 

なんだけど、

上手に伝えないと、

参加者が「言う」ことだけに意識的に

なってしまうのが、

ジレンマなのだ。

 

 

私自身が、実際に、

日常の中で

どなたかとコミュニケーションをするとき、

気をつけている点がある。

 

それは、

自分の伝えたいことは、

アサーティブのスキル「整理方法」を

使ってまとめる。

でも、これはまだ言葉に出す前のことだ。

つまり準備。頭の中にメモる。

(時々は、書く)

 

そして、

話しあいを始め、

相手が話しているときは、

相手の言葉、相手の感情、

相手の様子、相手の動き、

そのことに焦点を当てて受け取る。

 

「何を伝えてくれようとしてるのか」

それを理解しようと意識して

「聴く」。

 

もちろん、それを受けて話すときは、

再び、

自分が本当に伝えたいことに

意識的になる。

 

で、相手がそれを受けてくれて

話してくれているときは、

相手中心だ。

 


自分の内側を探って、

本当に伝えたいことは何なのか、

考えまとめることは大事だけれど、

それだけではダメで、

相手中心に受け取る姿勢もないと

相手に安心して話してもらえない。

安心のないところでは、

肝心な話ができないことの方が多い。

 

 

なんだけど、

「伝え方」を学ぶと、

陷りがちな罠がある。

それは、

「伝えたい」ことのみに

集中してしまうことだ。

 

自分の言いたいことを

言い切ろうとしてみたり、

相手の言葉を、

ろくに聞いてないか、

聞いたとしても、

付け入る隙を見つけるために聞いたり。

 

これは注意しないとダメなんだな。

 

 

 

 

ただ、

自分と相手、

どちらも大切にするってことが

本当の意味でできるようになるには、

私にも時間が必要だったと思う。

 

私は昔、

「言えない」と思い込んでいたり、

輪を乱さないためには心にしまっとこうとしたり、

態度で表して悟らせようとしたり、

つまり長い間、

「言わない」ことを選んでいた。

だから

「伝え方」を知ったら嬉しくって、

ついつい「言う」方ばかりに

軸足を置いたと思うんだ。

 

それで、今でも、

ここ一番の自分にとって大切なことや、

余裕がない時などは、

気がつくと

自分の内側ばかり

頭の中でぐるぐると探ってしまっていることもある。

だから

何度でも言い聞かすのだ、

「相手は何を伝えようとしうてくれているのか、

 意識しろ、自分」。

 

 

 

自分の内側を探るのも大事。

相手の背景や意図を汲み取るために、

ちゃんと聴くのも大事。

 

どれだけ言い聞かせても

足りないな。

 

 

 

そんな私なんだけど、

教育雑誌と会報で

対談の依頼を受け、

掲載されたものが、

リリースされた。

 

 

ひとつは、

「静岡県司法書士会 会報

 HO2 (ホーツー)」

で、

「未来を切り開く

 コミュニケーションのチカラ」

と云う特集。

司法書士の方、弁護士の方、私、

そして

コーディネーターの方で

コミュニケーションをテーマに

話している。

 

 

 

もうひとつは

「ファミリス 4月号」の中で

「あなたは大丈夫?

 親同士のコミュニケーション」

という特集。

 

読者からの質問、

例えば

「PTAの会合で反対意見を

 言ったら気まずくなりました。

 上手に反対意見を言う方法はありますか?」

とか、

「子どもの友達の親が

 高額なプレゼントをくれる。

 断りたいんだけど、

 どう言ったかいいですか?」

などに

保護者代表3名の方と共に、

対談方式で一緒に考え、

最後に

「保護者同士の上手な

 コミュニケーションのコツ」

について、

私の言葉をまとめてくれている。

 

 

前者の中で、

弁護士の大澤さんが

「常に省察しながら

 次の行動のあり方を手探りで模索し、

 修正を繰り返していきたい」

と言っている。

心から同意する。

 

失敗しながらでよくって、

それを振りかえりながら

次に生かしていくことが、

コミュニケーションのチカラを

磨いていくことだ。

 

そして振り返る時のポイントを

言語化できていると、

改善点が明確になるので、

何か一つコミュニケーションの方法を

学んでおくといいと思う。

 

 

後者では、

3名の保護者の方々は、

みんなコミュケーション上手だった。

彼らの何気なくやっていることが、

アサーティブなこと、

いっぱいあって、

ステキだなあと思った。

 

自然にできちゃってる人はいいし、

私みたいに、

それこそ泣きながら習得してきた人も、

それはそれでいい歴史のように思う。

ま、ある時、

始めた自分に、拍手だな。

 

 

 

どこかで見かけたら、

どうぞ、

読んでやってくださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「心理的安全性」と「良い人間関係」

【2016.03.25 Friday 12:02
サッカー日本代表のアフガニスタン戦、
めちゃ気持ちよかった。
がむしゃら派だった岡崎選手(エスパルス出身!)が
相手をぬいて得点したシーン。うまくなったなあ!
技を磨いて、堂々としたエースっぷりが
嬉しい。

この試合の最中、
いいなあ!と思うシーンがあった。

試合序盤から主導権をにぎり、
攻めているのに、得点できない日本。
応援している私たちが
「なでしこ」を思い出したり、
「得点力不足継続中なの?」
といらいらっときた頃、
センターサークルあたりで、
選手達が円陣を組んだのだ。

このままだらだらやらないぞ・・
という意思確認だったのか?
あるいは、
連携や、作戦上の確認だったか?
どちらにしても
「勝つ」ってことに関して、
コミュニケーションをとったと思う。

そういうことって、大切なんだと思う。


さて、
グーグルが2012年に開始した
労働改革プロジェクトの結果を発表した。
それは社員の生産性を極限まで高めるには、
どうすればいいのか?がテーマのプロジェクト。

突き止めた結果は、
「チーム編成の在り方」でも「規範」でもなく、
「他者への心遣いや同情、あるいは配慮や共感」
といったメンタルな要素の重要性だったという。

成功するグループ(チーム)は、
「心理的安全性」が担保されていたってこと。

具体的にはどういうことかというと、
ひとつの例としては
チームメイト全員がほぼ同じ時間だけ発言すること。
(逆に、誰か一人だけがしゃべりまくって、
 他のチームメイトがほとんど黙りこんでる
 チームは失敗するんだそうだ)

「こんなこと言ったらチームメイトからバカに
されないだろうか」「リーダーから叱られない
だろうか」という不安を払拭し、
安心できる雰囲気をチーム内に育めるかどうかが
鍵とのこと。

そりゃそうだよなあ。
ぴりぴりして、緊張感ばかりある場では、
新しいことへのチャレンジなど怖くてできないし、
考えついた改善策なども、評価が気になり、
口に出すことなどできないだろう。

困った時に「助けて」と言える場。
目標にむけて「集まろうぜ!」って言える、
アフガニスタン戦の代表みたいな場。

弱音もはけるし、
夢も語れる場。

風通しいいチーム。

そのためにできることは、
コミュニケーションの、
まずは量をふやすことだろう。




仕事は人生の大半を占めるものだ。
だから
良い人間関係の中で仕事ができたら、
幸せだ。



って言いきってしまっていい!という
研究結果が
アメリカの臨床心理医学教授
ロバート・ウォルディンガー博士によって
TEDで発表されていた。

彼が率いる「ハーバ−ド成人発達研究所」が
75年間、
724人の男性を
追跡調査した結果、

「一生を通して、
 私たちを健康で幸福にしてくれるものは、
 富でも名声でも無我夢中で働くことでもなく、
 良い人間関係に尽きる」

という結論が導き出されたそうなんだ。

彼らは724人の男性
(ハーバードの2年生たちと、
 ボストンの極貧環境で育った少年達)を
一年おきに、
質問表を送り、インタビューし、医療記録をチェックし、
血液検査、脳画像を取り、妻や子どもに話をきき、
時には
「妻と最も気がかりなことについて話す」場面を
撮影したりしながら、データを集めたんだそうだ。

80才の時健康で幸せだと答えた人の
50代の時のデータを全て集めてみると、
コレステロール値などに関係なく、
「幸せな人間関係の中にいた人」
だったらしく、
「親密な良い関係がクッションとなり、
加齢過程での様々な問題を和らげてくれる」
と言っている。
良い人間関係は、
幸せを感じさせてくれるだけでなく、
健康や、
脳の健全な働きも守ってくれることにも
寄与するとのことなのだ。

しかも、良い人間関係をもてる人が
たくさんいることが大事なのではなく、
信頼でき、信頼され、
頼ってもらえて、頼れる、
「質の高い関係」
があることが大事なんだそうだ。

ここまで読んできて、
「ふむふむ、なるほど。
 よし、このままでいこう!」
って思った方もいると思うし、
反対の方もいるだろう。

現状、
良い人間関係が持ちにくいと考えてる方や、
そのことで悩んでいる方は、
がっかりされただろうし、
もしかすると腹がたったり、
心配になったりされたかもしれない。

ただ、
だとしたらチャンスなんじゃないか。

感情が動くのは、
自分の人生を大切に思い、
自分を活かして生きていきたいって
思ってる証拠で、
だからこそ、
心のアンテナが動いたんだと思う。
行動を起こしてみる、
チャンスがきたかもしれない。


良い人間関係を作っていくための方法に、
手っ取り早いものなんてないけど、
でも、
そういうものがない訳じゃなくって
「ある」。
時間をかけて手に入れていく価値あるもの。
その方々に、
自分にあった方法がみつかると、
ほんと、いいな!
って思う。




で、最後に、
えっらい方々の研究結果はすごいと思うけど、
私の考えは、

幸せはなるものではなく、
 みつけるもの。

80才で幸せを見つけられる人は、
50才の時、どういう状況であっても、
その自分の毎日の中に
それがたとえばささやかであっても、
世間的にどうであっても、
小さくって、ほのかで、かすかな
幸せをみつけることができた人なんじゃないか
って思う。

チームの中でも、
すっごいことができなくっても、
チーム内のそれをみつけ続ける人でありたいし、
それは、チームにとって悪い影響には
ならないと思うんだ。




ロバート・ウォルディンガー博士は
TEDでのスピーチの最後、
マーク・トウエインの言葉を引用してる。
「かくも短い人生に
 諍い謝罪し傷心し
 責任を追求している時間などない
 愛し合うための時間しかない
 たとえそれが一瞬にすぎなくとも」

そして、
「良い人生は
 良い人間関係で 
 築かれます」
と締めている。

うん、
私は、この歩みを止めずにいく。




 
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「ボヤのうちに消す」

【2015.10.02 Friday 19:51
9月の最後の日曜の朝CX「ボクらの時代」の中で、
ブラマヨの吉田さんは
相方とよくしゃべると言っていた。
つっこみのタイミングがどうだったのか?とか、
ぼけ方をもっとこうした方がいいとか、
ちょっとでも「えっ?」と思ったら、
しゃっべりあうんだそうだ。
その理由を
前の相方と
「しょうもないことが積み重なって
 ダメになって解散したから」
と言ってた。
だから今は
「ボヤのうちに消すと決めてる」
のだそうだ。

同じ番組で、
東野幸治さんは、
妻の話しをきいている時、
心の中で数を数えていると言った。
そりゃ、バレてるよ。
数えてることはわからなくても、
心がそこにないことはきっとバレてる。
わかっているけど、いちいち追求しないのが、
東野さんの妻の賢さなんだろうなあ。


いやあ、
言葉は、
人に影響を与えていく。
ひとつの番組をみて、
その中で使われた言葉で、
思わず背筋が伸びたり、
あるいはカチンときたり。


今日は夕方のカルとの散歩の時に、
年少さんくらいの女の子が、
カルに話しかけてくれた。
「ちょっとさわっていい?」
ときいてくれた。
その「ちょっと」ってとこが、
もう愛しくて愛しくて。
彼女なりの遠慮なんだろうな。
そして「おすわりできる?」ときいてくれて
うなずくと、
「おすわり」とカルに言い、
これまたカルがちゃんとおすわりすると、
「いい子だねえ」
という。大人みたいな口調で、
なんだか抱きしめたくなった。
この子はきっと、いっぱい誉められているんだろうな。
めちゃくちゃ大事に育てられているだろうな。
そんな手触りがする言葉だった。

私は、温まる。



帰宅後テレビをつけると、
川島なお美さんの葬儀の模様をやっていた。
喪主の夫さんの言葉がすごかった。
「女房は他界したくらいで
 へこたれるような人間ではありません」
妻のことを、
そんなふうに信じられることがすごいし、
そんなふうに信じてもらうに足る毎日を
送っていた彼女がすごいと思った。

おもわず、自分を振り返る。

振り返りながら、思い出したのは、
なぜかマララさんのスピーチ。

マララさんがノーベル賞受賞を知った後のスピーチで
「私には2つの選択肢しかありませんでした。
 一つは、声を上げずに殺されること。
 もう一つは、声を上げて殺されること。
 私は後者を選びました」
その彼女の使った言葉で、
そこまでのことを少女に突きつける、
理不尽な状況が伝わってきて、
ふるえるような思いをしたことを
思い出した。


私たちは、
言葉をかけあって生きている。

伝わっているものは、
もちろん言葉だけではないけど、
言葉の力は、やっぱり大きい。
そのことに自覚的でいたいけど、
時々忘れる。


ずっと前中学生に
「大人からかけられた言葉で、
 凹んだ、やる気を失った、勇気を挫かれた、
 そんな言葉を教えてください」
というアンケートを
とったことがある。
全容はここでは控えるが、
その中のひとつに、
思わず苦笑した言葉がある。

「無理しなくていいから
 がんばんな」

アンケートに書かれた、
この言葉を目にした時、
言うよなあ、言ってしまうようなあと
思った。
でも、この中学生は
「じゃ、どうしたらいいんだ!」
なんだろうなあ。


言葉を発する時に、
いつもぴりぴりしていたら、
とてもじゃないけど、コミュニケーションとれない。
ただ、やっぱ、
影響を与えるものなんだって、
時々ちゃんと分かっておかないとなあ。

そうそう、時々戒めておかないとな。











 
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そのあなたでやっていくのさ。

【2015.10.02 Friday 08:56
ひとつの出来事、
たとえば、
静岡市の小中学校は前後期制をとっているから、
今は前期の成績が出る頃だ。


思ったような成績が取れなかったとする。
その時に考えられる子どもの「感情(考え)」は

・困惑(怒られるかも)
・心配(このままではめざす高校にいけない)
・怒り(なんでこれ?テストの点あがってたし!)
・情けない(私ってほんと、ダメ)

みたいな感じだろうか。

その後、あるいは同時に
いろいろな行動をするだろう。

・忘れるために何か(ゲーム/アニメ/アイドル/部活・・・)に
 集中する
・今後の計画をたてて勉強を開始する
・リラックスする(ごろごろする/寝てしまう/甘い飲み物・・・)
・しゃべる・書き出す

こんな感じであれば、
まあまあ、生きやすい感じだと思う。


ただ、
成績の結果で凹んでいることに重なって、
たとえば、
友達が秘密をばらしてしまったとか、
部活で先輩から誤解による注意をうけたとか、
塾のレベルアップのテストで不合格になったとか、
やってあったのに宿題を忘れたとか、
友達に貸した本を返してほしいと言えなかったとか、
部活のみんながまじめにやってくれないとか、
そんなことが起こると、
ネガティブな方の感情が繰り返しわいてきて、
それは
ほんとに辛いと思う。


困惑、心配、怒り、情けなさなどの感情が
生まれることが問題ではなく、
過剰に繰り返して、
悪循環から抜け出せなくなると
問題になってしまうことがある。

それはやりきれない。
苦しすぎる。




今日から週一で3週連続の
「思春期の子どもをもつ親のための講座」の
講師を務める。
おそらく10年以上続いている講座で、
最初の頃に参加してくださっていた保護者の方は、
「ばあば」になってらっしゃる方もいる。

この中でやることは、
いろいろなんだけど、
根本的なことはひとつ。


子どもの中にわいてくる感情や考えに
判断や評価をつけないで、
一旦受け取ろうってことだ。

これの利点はいくるつあるが、
主にあげると、
①子どもが安心して話せるようになる可能性がある
 →コミュニケーションの量がふえる
 →コミュ二ケーションが上手になっていく
②子どもが自分の感情をそのままうけとめられるようになる
 →ネガティブな感情を反芻しなくなる
 →感情の認知ができ、行動を抑制しやすくなる
③ネガティブな感情をもつ自分を自分で受け止められる
 →自分にまあまあぼちぼちOKだせる
 →人の中に入っていけるし、新しいことに挑戦できる


ただ
めちゃ大事なことがあって、
それは、
子どもの中にわいてくる感情や考えに
判断や評価をつけないで、
一旦受け取るためには、

保護者の方が
自分の中にわいてきた感情や考えを、
否定もせず、
なかったことにもせず、
打ち消したり、
無視したり、
自分を責めたりもしないで、
つまり、
判断や評価をつけずに
そのまま受け取ることをすること。

実は、これが結構難しいと思う。

それをサポートできるような
3回にしたいと思う。


その先に、
保護者の方が、
自分のことも子どものことも責めないで、
「この自分はその時その時やってきた。
 今もなんとかやっている。
 この自分でいい。
 この自分で、やったほうがいいことをやっていこう」
って思えることだし、
子どもに対しても
「そのままのこの子がいい。
 そのままのこの子が、
 やったほうがいいことをやるのを
 応援していこう」
と思えるといいなと思う。


おお!出発の時間だ。
再会もあるだろう。
新しい出会いもあるだろう。
楽しみだな。




 
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Listen!

【2015.08.04 Tuesday 08:36
昨日のテレ朝「しくじり先生」に、
映画監督の紀里谷さんが出演していた。
横柄な態度と攻撃的な批判で
日本映画界から嫌われてしまった彼。
番組ではそこからの教訓を伝えると同時に、
ハリウッドに進出した後、
モーガン・フリーマン氏に言ってもらった言葉
でまとめていた。

その言葉は
「Listen」

「よく聴きなさい」
という言葉だ。

いやあ、何日か前にここに書いた記事とも
一致する。
まず聴く!ってこと



なんだかうまくいっていない時、
むしゃくしゃする時、
何をどうしていいかわからずもやもやする時、
「Listen」は
バランスを取り戻し、
自分自身の今やるべきことに
視点を戻させてくれるよい方法だと思う。

うまくいかないことを
他者のせい、
つまり、
環境だとか、
時代だとか、
社会だとか、
システムだとか、
うちのチームの構成だとか、
上司の指示の仕方だとか、
後輩の仕事への甘い姿勢だとか、
あの人の存在そのものとか、
自分の育てられ方だとか、
とにかく自分以外の誰かや何かのせいに
している時にも、

自分のせい、
つまり、
自分の性格が悪いからだとか、
自分の存在が迷惑なんだとか、
自分の能力のせい、
自分の表現のせい、
とにかく自分が100%悪いと
自分を責めている時にも、


「Listen」
が必要。


ただね、ただ、
「Listen」だけじゃ足りないんだと思う。
「and No judge」

評価や判断をしないで、
まずは、
ただただ聴く、
受け取ることが大事なんだと思う。


とはいえ、これが難しい。


私たちは46時中、
「変だ」
「ばかじゃないの」
「いいな」
「イヤだ」
「質が悪い」
「めんどくさいって思っちゃだめ」
などと考えている。
周りに対しても、自分に対しても。



今日の朝、
私が評価判断したことは、
5分間くらいに、結構ある

「ダメなヤツ」
 (走ろうと思っていて
  走らなかった自分に)
「いい子だ」
 (姪っ子ちゃんが
  手伝ってくれたことに対して)
「暑すぎていやだ」
 (洗濯物をほそうとして)
「やばっ!」
 (パンを焼き過ぎてしまった)
「また怠け癖だよ、 
 だめだな、私」
 (校正原稿を昨日中にしあげなかった
  ことについて)
『ばっかじゃないの」
 (ある新聞記事に)




紀里谷さんも
日本映画界に対して、
あるいはその古い体質に対して、
それじゃだめだと考えたり、
王道からはずれている手法を
意識的に取り入れたり、
常に、評価判断し続けた。
さらには、
周りからの評価判断に、
振り回された。


モーガン・フリーマンさんは、
たぶん、こう考えたんじゃないだろうか。
 評価判断してしまうことも、
 評価判断が気になることも仕方ないけど、
 それだけじゃなくって、
 聴く、受け取る、感じる
 ってことも、できるようになろう。
  そして、耳がイタい意見も、
 拒否する前に、まずは聴こう。
 自分とは違う考えも、反論する前に
 「こういう考えをお持ちなんですね」
 と受け取ろう。
 声には出していない相手の気持ちや考えも、
 感じ取れるように意識してみよう。
 それができないと、
 大切な何かを見落とすよ。
って。


先入観も横におき、
聴く。

自分の中の情報にも知識にも頼らず
聴く。

自分の価値観や方法論とは違うことも
聴く。

そうしてただ受け取ったものを、
後でじっくり吟味すればいい。

それが自分に必要かどうか。


そうしないと、
もったいないんだよなあ。




















 
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教えようという以外のところから。

【2015.07.29 Wednesday 19:01
学校の先生方への
夏季研修の講師の仕事が続く。

やっと夏休みに入って、
先生方はほっとしていて、
先生方の周りは
すこ〜し、ゆっくりした時間が流れている。
そこに、
強い思いで熱く伝えたいことを伝えると、
テンションの違いで、
なんだかちぐはぐな時間ができてしまう。

授業のある平日の夕方から、
忙しい中を作ってくれた研修の時とは、
まったく違う入り方が必要だ。

って分かっているのに、
なんか張り切ってしまって・・・。

こりゃ、やっちまったかな?
なんて思って
うすーくできた溝を埋めようと、
頭をいろいろ働かせ、
そのことで
今までになかった反応があったりして、
最終的にはよかったんじゃないかと
思われるようなこともある。

「相互作用」という、
人と人が二人以上いると起こる
化学変化。

嬉しい化学変化が起きる時って、
なんか変だぞと、
ちぐはぐな、
すれ違っているような、
溝のような、
そういうものを感じたら、
とにかく、
自分の全部を使って、
理解しようとすることを
した時だと思う。

自分の伝えたいことを
なんとか分かってもらおうとすることより、
そこにいる方々のことを
分かろうとすることなんだと思う。

主張よりも
受け止めること。

発信よりも受信。


そのことによって、
相手が必要としているものが分かり、
相手がほしいタイミングがわかり、
相手が受け取りやすいかたちがわかるんだと思う。


耳も目も皮膚感覚も、
とにかく受信する器官を使うことなんだな。


で、面白いのは、
実は、
たとえば研修テーマが
「児童生徒のコミュニケーション能力を育むために」
とか、
「行動抑制に必要なこと」
とか、
そのテーマに沿った、
言葉にした理論や方法論より、
言葉以外のところから伝わってしまうことも
多いのも事実だなあ。


「教えよう」
「伝えよう」
という意識以外のところからの方が
多くが伝わってしまったりするものなんだ。


「わかりたい」
「理解したい」
という姿勢は、
「教えたい」
「伝えたい」より、
強い力があるようだ。


ま、そんなことを、
ここ何日か、
経験している。



そして多分このことは、
講座研修の場だけのことではないと思う。
人と人の関係は、生もの。
いろんなことが起こる。
なんか変・・・と気付いたら、
それはむしろチャンスかも。
「伝えたい」スイッチをオフにして、
「理解したい」スイッチをいれる、
チャンス!!!


分かってるなら最初からやれよ、自分!!!
とおもいながらも、
実は、失敗しながら、
不器用につかみとっていくスタイルが
そんなにイヤではないのであ〜る。






 
author : tanizawa-k
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ちょっとしたことが、差。〜聴き方〜

【2015.07.24 Friday 09:43
あることを引き継いだ時のこと。
その仕事の書類が入った入れ物が、
すっごく年季がはいったものだった。
私は思わず
「使い込まれてますねえ」
と言った。
他意はなく、素直なひと言だった。
すると、お相手が
「変えたかったら、どうぞ変えてください」
とおっしゃった。
私は
「とんでもないです。
 大事に使います」
と言った。

そう言いながら、
(この入れ物を私がきたないと思ってるって
 思われてしまったのではないか?)
(古い物を大事にしない人と思われたかも)
と、なんだか心がざわざわした。

ほんとに、ちょっとしたことだ。

ただ、
ほんとにちょっとしたことでも、
積み重なると、
なんとなく気持ちが重苦しくなる方もいるだろう。

私は幸いにアサーティブを知っているから、
その時続けて
「いやあ、
 なんだか、今、ざわざわっとしちゃって、
 いっとかないと!って思って言います。
 代々の方々が大事に使ってこられたものを、
 大事に引き継ぎますね」
と、
自分自身が引きづらないでいられる方法を選んだ。


と同時に、これは
「聴き方」について学べる事例だなと思った。

「使い込まれてますねえ」
に対して、
「変えたかったら変えてください」
は、
解決策を伝えてくれてる。

私のことを思っての、解決策だ。
せっかく私のことを思ってくれているのに、
(私が小さいヤツだからもあるけど、
 それでも)
私には違う問題がとんできたしまったのだ。


コミュニケーションはキャッチボールにたとえられる。
相手がボールを投げる。自分は、受け取る。
自分が投げる。相手は受け取る。
これがキャッチボールだけど、
ざわざわっとするコミュニケーションの
「あるある」に、
投げたボールを受け取ってもらえないで、
違うボールが投げられてくるってのがあって、
この事例がそうだと思う。

「年季入ってますね」のボールは受け取らず、
「この入れ物を変える変えない問題」のボールを
投げられると、
受け取ってもらえなかったボールは、
てんてんてん・・・。
ざわざわざわ・・・。



「先輩!
 新しい企画おもいついたんですよ」
に対して
「今は無理だぞ」
の前に
「ほお、そうか。新しい企画ね」
と受け取ろう。

「昨日、事故りそうになってさ」
に対して
「どこで?」
の前に、
「えっ、事故りそうになったの」
と受け取ろう。

「上司の●●さんがさ、
 プライバシーのことばっかり聞きたがるんだよね」
に対して
「そんなのセクハラだよ。答えることないからね」
の前に、
「そうなんだ。そりゃ、まいるね」
と受け取ろう。

「お母さん、
 夏休みの宿題、学校においてきちゃった」
に対して、
「何、それ?早く取りにいってきなさい」
の前に、
心の中で「何やっとんじゃ!!!」とおもいながらも、
「そりゃ、困ったね」と
受け取ろう。


忠告や
アドバイスや
命令指示や
質問という
新しいボールを投げ返す前に、
まずは、投げてくれたボールを受けよう。



こんなような
話しかけがいのある人になるための、
「聴き方」を学んでない方は多い。
一度、ちゃんと学んでおくと、
より良い人間関係に、すごく役立つと思う。


うるプラスさん主催
「ストレス・マネージメント術」
〜人間関係に振り回されない=
<聴く力を磨く>は、
8月8日(土)午後2時〜午後5時15分


円滑なコミュニケーションの土壌づくり、
聴ける耳を作るための講座。

問合わせ、申し込みは



とはいえね、
いっくら学んでも、
たま〜に、しくじっちゃうのが人間。
「聴く」スイッチが入ってないと、
とんでもないことやっちまう私。
ある大切な友人が、
「実はね、〜〜にいってきたんだ」
と外国の街の名前をあげてくれた時、
私は
「えっ?それフェイスブックにアップしてあった?」
と返してしまったことがある。

これは、完全違うボールを投げたよなあ。

しかも、前述の「年季入れ物」例は
相手が私を思ってくれての対応だったけど、
この事例はめちゃくちゃ自分中心の対応だ。
その大切な友人を理解したいというよりも、
「自分がチェックし忘れていたかどうか」
に焦点をしぼった情けない対応・・・。
とほほ。


ま、私の、こんな
やっちまった例もきいていただきながら、
楽しくすすめる講座です。















 
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攻撃した記憶。

【2015.07.16 Thursday 11:21
先週から今週にかけて、
雑談の中で、なぜかよくでてきた話があって、
それはひどく攻撃された経験の話だった。

攻撃を受けた方のことを考えていたら、
2つのことを思い出した。

ひとつは、
私自身が20年くらい前に電話で受けた
攻撃のこと。

もうひとつは、
自分自身が正義の固まりのようになって
攻撃したこと。


ひとつめについて。
その攻撃を受けたときのことは、
今でもはっきり覚えていて、
それは夕飯の途中にかかってきた電話でだった。
ボランティアでやっていた活動の中のことで、
その頃の私はめちゃくちゃいろんなことに甘くって、
多分「ボランティアだから」という考えがあっての、
仁義をかいた行動をとったことを
批判されたのだった。
Aという組織に、最初にお声かけして活動を進めながら、
より有意義になりそうなBという組織と知り合うやいなや、
そちらにも声をかけるという、
しかも、それをAに断りなく・・・ということを
咎められたのだ。
電話の相手はAという組織の責任者で、
お酒を飲まれていたようだった。
多分約20分くらいの電話の間、
ずっとなじられた。
私はもうすでに35〜6才だったと思うけど、
ぽろぽろ泣きながら
「すみません、すみません」と頭を下げていた。

Aという組織の責任者の方は、
生活すべてを、
その商売や、
商売で扱ってる物の社会的意義の向上に
かけてやってらしている訳だから、
今から思えば当然の反応で、
私は自分自身の浅はかさに恥ずかしくって
たまらなくなる。
でもその時はそんなことはわからず、
電話の声が
ただただ怖かった。
もう二度とその方と会いたくなかったし、
電話に出るのも、
「もしその方だったら」と思うと手がすくむような
それほど、恐ろしかった。

ただ、その経験がなかったら、
ここのところの雑談で伺った、
ひどい攻撃を受けた方のことが、
今ほどわからないでいただろうなと
考えた。

「気にしないしな」とは
とっても言えなかった。
「考え過ぎだよ」とも言えない。
「もし、次に会ってしまったら、
 こっちから挨拶しちゃえば!」って
すごく正論だと思うけど、
私はそういう前向きなこと言えなかったな。
ただただ、
それは
 怖かったね。
 辛かったと思う。
 よくその場で耐えたね。
としか言えなかった。

それはあの電話での恐ろしい経験が
私に与えてくれたものだ。



もうひとつの
私が攻撃したことを
思い出したのは、
攻撃する方の考えや気持ちを
考えていた時だった。

なぜそこまで
威嚇したり、
強迫めいたことを言ったり、
恫喝したり、
自分を主張できるんだろう?
と考えていて、

自分が正しいと心底思ってるんだよな、
と思い至って、
それで、
そこまで考えたら、
あれ?自分だってそうしたことあったじゃん・・・
と、
全部で3つ思い出した。

2つは手紙で、
ひとつは口頭で
攻撃した。

祖父の介護をしている時に、
手紙をくれた親戚に対してがひとつ。
もうひとつは、
年上の友人が結婚後、
何かにつけて義理の母親の愚痴をいうことに対して。

両方とも、
私は善意と正義の固まりで、
100%自分が正しいと思ってた。

親戚には
「おじいちゃんのために時間を作ることが
 むずかしくって、親戚間でおしつけあって
 いるなら、もう一切お願いしない」
のようなこと。

「おじいちゃんは、二回戦争にいって、
 激動の時代を生きて、私たちの親たちを
 育てた人。そのおじいちゃんを大事に
 思えないなら、もういいです!」
みたいなこと。

そんなことを書いたと思う。

あ〜今なら、
私は違う書き方をしただろう。

「大変なんで、手伝ってほしい」
「みんなも生活がある中、
 来てほしいっていうのは、
 すごく心苦しいんだけど、 
 この部分に関しては、
 私の予定があわなくって、
 すごく困ってる。
 来てもらえないか」
そうお願いできたと思う。

ただね、その頃の、
あの熱さ!
あれは、私がなんとかしないと!
って思ってたんだよなあ。




もうひとつの手紙では、
友人に、
「悪いところばかり探しているように
 私には思える。
 それではあなたの心がさみしいものに
 なる。
 義母様にも、きっと良いところや、 
 あなたを助けてくれていることなんか
 あるはずだ。
 それを見逃しているのは、あなたの心が、
 今貧しいからではないか」
的なことを書いた。

そのあとしばらくたって返事がきたが、
「くみちゃんは、
 心はまっずぐで豊かな考えができて、
 うらやましです」
のようなことが書かれていて、
それから一切、
付き合いがなくなってしまった。

その時の私は、
友人をなんとかしたかったと思う。
その友人の目を開かせてあげないと!って
思っていた。
私のアドバイスの通りにしたら幸せになれるのに!
と歯がゆい思いだったと思う。

ひどく攻撃的な手紙は、
彼女を傷つけたと思う。
たとえ、善意100%であったとしても。


もうひとつは、
ある会を閉じる時に、
「この会がうまくいかなかったのは、
 〜〜さんのせいだよ」
と私がその方に
面と向かって言ったそうなんだ。
びっくりすることに、
私はそんなことを言ったとは、
まったく覚えてなかった。
その方はその後、
別の組織で
その会と同じような目的の活動を始め、
成功させた。
私が自分の言った攻撃的な言葉を認識したのは、
知人を通じて
「この成功は、
 あの時の谷澤が言った言葉で
 がんばろうと思った」
と聞いたからだった。

もう、ほんとに、
過去の自分よ、なんてこと言うんだ!
上から目線なんだよ。とほほ・・・
という感じだ。




それでね、
以上のようなことをつらつら思い出しながら、
こんなふうにまとめてみた。

攻撃的になってしまうのは、
それほど大切な何かか、
それほど強い信念のようなものが
あるからこそ。
だから攻撃的な発言をするその方が
100%だめって訳じゃない。
(私もしてるってことで、
 こう書くと許されることを強要してる
 みたいで、非常に恐縮ではありますが)

ただ、伝えたいことが
そこまで大切なことだとすると、
言い方がもったいないのは、事実。

言われた側は、
言われたからって、
相手のいっていることをすべて鵜呑みにする
必要もないし、
そりゃ凹むけど、
だから自分が弱いって訳でもない。
相手の言い方に、ついつい防衛的になって、
感情が波立つけど、
波だった感情を感じながら、
自分自身のことはしっかり守ってあげていいって
まずは知っておこう。

そして、
落ち着いたら、
その攻撃的な言い方の中にある、
自分に伝えたかったことを
自分なりに受け取って、
自分のこれからに生かしていけたら、
すっごく得ではあるよね。

ただ、ちょっとした非難、悪口、批判、アドバイスなら、
短時間で
考えや感情の整理はつくけれど、
ひどい攻撃には、
ちゃんと、手当てしてあげることが大切だなあ。

どこがどんなふうに痛いのか、
せめて自分では
ちゃんと分かって、そこを丁寧に扱ってあげることが、
必要なこと。



そんなようなことを、
考えている今。

攻撃された話をきくことが多かった、
ここのところ。

せめて、自分はもう、
攻撃しないよう、
ゆっくり
ぼんやり
できる時間を作っておきたいものだなあ。

 だって、誰かを攻撃したことは、
 それがすっごく前のことだとしても、
 そのあと、自分を責めちゃうもんね。
















 








 
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叱咤激励よりムダ話。

【2015.05.13 Wednesday 09:09
保護者の叱咤激励は、
子供の生活スキル獲得に、
効果なし・・・
との調査結果がでた。



独立行政法人国立青少年教育振興機構が
5月1日に発表した
「子供の生活力に関する実態調査
 〜子供に必要な生活スキルとは〜」

は、
全国の公立に通う子どもとその保護者
8000組へのアンケートを
分析した結果だ。

生活スキルとは、
「コミュニケーションスキル」
「礼儀・マナースキル」
「家事・暮らしスキル」
「課題解決スキル」。

これらを獲得している子供の背景を
教えてくれている。

結果からいうと、
①自然体験やお手伝い、読書をすることが多い子
 ほど生活スキルが高い。
②生活スキルが高いほど、学校生活が充実しており、
 自立に対する意識も高い

と、
めちゃ当たり前やん!というものなんだけど、

私は①②が示すことは、
「多様な体験」つまり「他」との出会いが
自立に向かわせるということなんだと思った。

「他」とであって、自分を認識していく人間。
自分を認識していくことは、
いろいろなことの根本なんだよなあ。



さて、
では周りの大人たちは
具体的にどうしたらよいか?

調査の結果、
どうやら大人による
「あれしなさい」「もっとがんばりなさい」
という叱咤激励(A)は、
どんなにそれをしても
子供の生活スキル獲得には
あまり影響がないようで、
それよりは、
勉強以外の様々なことを体験させる
「体験支援」的な関わり(B)と、
生活習慣をきちんとする
「生活指導」的な関わり(C)
の方が効果があるとのことだ。

いやあ、難しいなあ。
(B)や(C)を叱咤激励でないやり方で
子供にやらせるには、
どうしたらいいのだろうか?

多分、
(B)は一緒に楽しむことだろうし、
(C)は、まず大人がそれをすることなんだろうな。

子供は大人から言われたことより、
大人がしていることの中から学んでいくものね。




この調査には
子供のコミュンケーション能力を高める
ために大人がしたほうがいいことを
導き出す分析があった。

アンケートの結果としては
①大人(*)のコミュ能力が高いほど、
 子供のそれは高い。
 (これ、正確には、
  保護者の20才時のコミュ能力が
  高いほど・・・という結果)
②大人(*)とのコミュの頻度が高いほど、
 子供のコミュ能力は高い。
③学校行事でのまとめ役、
 地域行事への参加があればあるほど、
 子供のコミュ能力は高い。
*調査は保護者を対象としたものだったので
 調査結果では、「大人」の部分は保護者と
 なっている。しかし、それでは保護者が
 全部背負ってしまいそうで、それは違う
 と思ったので、ここでは「大人」にした。

上記の結果は、
私が今、月刊「ファミリス」で連載している記事の
根拠を示してくれているようでありがたい。

(5・6合併号で
 「子どものコミュニケーション能力を
  育む3つの方法として
 ▶方法を教える
 ▶コミュニケーションの量を増やす
 ▶お手本になる
 をあげている。
 ①と②は「量」と「お手本」に関係ある)


そして、人間、いつからでもスタートできるので、
もし、①②③で努力したいなって思ったら、
世の中には方法がいっぱいあることも
押さえておきたいな。




こんなふうに書きながら、
何度も何度も「コミュニケ−ション」
ってタイプすると、
コミュ能力がないといけないというイメージを
ばらまいているように思えてきて、
読んでらっしゃる方が
そう思われることを危惧する。

子どもたちの中にも
「自分はコミュ障だから」と、
人によっては悩んでいたり、
人によっては自嘲的につぶやいたりして、
そこまで話題になることが、
心配になったりもする。

「コミュニケーション」が
一番大切なことじゃないなんてこと、
誰もが分かっていると思うけど、
その力は今、
あまりにも社会から求められている
ように思う。

ほんとは、
コミュニケーションの力がどうであっても、
大切な誰かといるとき、
できるだけ落ち着いていられれば、
それでいいし、
自分のする必要がある、
あるいはしたいことに関して、
できるだけしやすい環境が
整えられれば、
それでいい訳で、

いつでもどこでも、
すらすらと言いたいことが
相手に伝わるように
自己表現
できなくても、
問題ないのだ。




たださ、ただね、
この結果が示しているように、
生活スキルが高いほど
自立に向かっていくことは理解していたい。

そして、
コミュニケーションスキルを高めることは、
自信に繋がっていくことも、
忘れないでいたいんだよなあ。


だから、まずは意識的になろう。

子どもには、
叱咤激励より、
コミュの量(つまり、ムダ話)!









 
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谷澤相談室のアサーティブ(2015年度)

【2015.04.03 Friday 08:55
新年度がスタ−ト。
皆さん、それぞれの場で、
慣れないことへの挑戦や、
新しい人間関係に緊張することなど、
いろいろあると思います。

そんな中、コミュニケーション上で
気になることはありませんか?


もっと自分の思いを
上手に伝えることができたらなあ。

何度も言ってるはずなのに、
なぜ分かってくれないんだろうか。

いつも我慢してるからか、
一旦言い出すと止まらなくなる、
こんな自分をどうにかしたい。

また断れなかった、
引き受けちゃった。
無理なのに・・・

言わなくてはならないことだけど、
関係がこわれるのもいやだから、
後回し・・・そうこうしてたら
問題が大きくなってしまった。



そんなあなたに、
おすすめしたい
アサーティブなコミュニケーション。

アサーティブとは、
自分の意見、考え、感情を、
相手のことも尊重しながら伝える
コミュニケーションのあり方です。
理論があって、
方法論があります。
それらを知って練習するのが
アサーティブトレーニング。

あなたも始めてみませんか。

そのまま放っておいても、
なかなか上手くはならないけれど、
学び、練習することで、
ちょっとずつついていくのが
コミュニケーション力。



谷澤相談室が
2015年度に計画している
アサーティブについての講座などを
まとめてみました。
(今のところ!です)


まずはここから!基礎講座
アサーティブトレーニング基礎編
・7/11(土)12(日) 両日とも9:30~16:30
・静岡県教育会館(静岡市)
・21800円
 20才以上の方ならどなたでも
 参加いただけます。


安心して練習できる場が好評です
★アサーティブカフェin静岡
・年に3回開催予定(+合宿もあり)
 ①6/6(土) 9:15~11:45  3000円 静岡県教育会館
 ②11/7(土)13:15~16:45 3000円 場所未定
 ③2016・3/19(土)9:15~16:30 5000円 場所未定
 合宿 8/21(金)〜22(土) 25000円(予定)
・基礎編終了した方に参加いただけます。14
 *参加者の感想を下記にアップしました。
  ご覧ください。



「ファミリス」(静岡県出版文化会)に記事連載
「自分も相手も大切にするコミュニケーション」
2015年5〜6月合併号から全6回。


★その他、
 基礎編も、年度内にあともう一回。
 応用編も開催予定。
 決定次第、アップします。

 



<3月14日開催のアサーティブカフェの感想から>
 掲載を許可いただいたものです。

・久々の参加でしたが濃い時間でした。
 特に3月は年度末で忙しく、毎日があわただしく
 流れていってしまいます。時々、自分の言動を
 振り返り、アサーティブであったか検証する
 時間が大事だと思いました。
 できたことをほめ、あまりうまくいかなかった事は
 この次は納得できるようにどうすれば良いか、
 みんなに助けてもらいながら、練習していきたいです。
                (ももちゃん)

・日々の小さな出来事でのアサーティブチャレンジの
 積み重ねが、自己信頼に繋がっていることに
 気付くことができ嬉しく思いました。
 他の人のロールプレイを見ることは学びになるなあと
 改めて思いました。
 鏡のワーク「この人は自分の可能性を十分に生かして
 いるでしょうか?」「この人は死ぬ時に本当にいい人生
 だったと誇りを持てるでしょうか?」に NO,
  日々精一杯過ごしているけれど、「これ」といったもの
 がない。何がしたいんだろうか。これからみつけて
 いきたいと思いました。    (W)

・ロールプレイで、何を伝えたいのか、的をしぼったところ
 自分の中の課題が明確化され、回数を重ねていくうちに
 すっごくすっきりと伝えることができて、気持ちが楽に
 なった。
 自分の気持ちに正直になって、その思いや考えを相手に
 伝えることは難しいけれど、その理論(4つの柱)を
 知っていることで、自信に繋がる。
 ひとつひとつ、できているところ、今はできていない
 けれど改善すればいいことを確認しながら、
 対応していけたらいいなと改めて感じた。
 また、いろいろ知っているけど伝えない選択もある。
                  (S)

・年末に仕事で、感情的にコントロールできないことが
 多くあり、自分の中でうまく解決できずにきたが、
 今回、皆さんとお話したり、他の参加者の事例や
 ロールプレイを通して、『今の自分の気持ち』に
 誠実に向き合い、受け止めることができたことが、
 まず大きかった。
 言葉にすることで、頭の中が少しずつスッキリして
 きて、『こう思ってたんだ』『こうしたかったんだ』
 という怒りや辛さの後ろに隠れた本当の気持ちを
 しっかり見つめられた。
 自分の中のもやもやを話すこと、聴くことを通じて、
 視点を増やしたり、客観視する機会が得られ、
 少し楽になれた。
              (M)

・自分のくせを理解できていたので、ロールプレイが
 なんとかうまくできた。
 対等になることを心がけ、感情の言葉を攻撃では
 なく、丁寧に率直に伝えることを考えた。
 自己開示、感情を言葉にすると、受け取り方が
 全然違うことを実感した。
             (B)

・この空間に身を置いて、すてきな皆さんと
 学び合える時間が、とても好きです。
 私自身は、日常生活の中で、なかなか
 アサーティブになれなくて、後でへこむ
 ことが多いですが、それでも方法は知って
 いるということが、力になると思いました。
 そして自分自身が自己肯定感の高い大人に
 なり、子どもたちの自己肯定感を育てる
 お手伝いをしていきます!
            (ゆき)

まだまだアップしたい感想はありますが、
徐々に紹介。


アサーティブを学んで随分時間がたってしまった・・・
という方でも大丈夫。
すっかり忘れているって方も、大歓迎。   
一緒に思い出しながら、
日常への勇気を、自分の中に満たしましょう。



谷澤相談室へのお問い合わせなどは
 コチラ→



*このウェブサイトは、
NPO法人アサーティブジャ パン認定講師である谷澤久美子が個人で開いているホームページです。このウェブサイトに関する全ての責任は谷澤久美子にあります。NPO法人アサーティブジャパンが運営・管理しているウェブサイトではありませんので 予めご了承ください















 
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谷澤 久美子
counselor