日常 | 今のところではありますが…
変わり目上手。

【2017.04.12 Wednesday 09:32

朝、通勤の車の中から、

母親らしき方が、

自転車で出かける子どもさんを

いつまでも見送っている姿を見た。

初めての自転車通学の息子さんを

見届けたい親の気持ちが伝わってくる。

 

4月も中旬。

進級進学した方は、

始業式、入学式から一週間。

 

友達ってどうしたらできるのだろう。

出席番号近い子と話してみたけど、

ちょっとツボが違う感じ。

この先生がキレる境界って

どのあたりかな?

この制服、肩凝る。

仲良しとクラスが離れ離れだ、やばい。

高校広すぎ。

大学、わからないこと、だらけ。

 

子どもたちは慣れるプロセスを、

なんとかやっているんだと思う。

それを見守る親も、

落ち着かない日々かもしれない。


 

新入社員、職員の方々は、

研修真っ最中かな。

ハッパかけられたり、

時々ちょっと脅されたり、

そうして学んでいる最中だと思う。

 

 

春というのは、変化の季節。

 

 

子どもが大学で家を離れた、、、

などは、

親にとっては大きな環境の変化だ。

 

自分の異動もあれば、

チームに異動があった場合もあるから、

多くの方々に、

なんらかの変化ってのがある春。

 

 

 

新しい環境に

上手に適応していかれるといいなあと思う。

 

 

そのために

意識しておきたいことは、

変化の時は、

人によって程度の違いはあっても、

誰でも緊張してるってこと。

 

人だって、動物だもの、防衛本能がある。

それが働いて、

この場やこの人は、

自分にとって安全か、

感じとろうとする。

 

感覚を研ぎ澄ます。

 

その上で、

失敗したくない、

高評価を得たいって欲求が

あるからこそ湧く。

 

それが緊張。

 

で、

緊張して、気を張っている時は、

自分の体調や心の変化に

気がつきにくいってのを

知っておきたいものなんだ。

 

それは、

外に対しての感覚を敏感にしてることで、

自分の内側で起こっていることに対しては、

鈍感になるからじゃないかなと

私は考えてる。

 

 

 

さて、

この「変化」ってことに対して、

慣れるのが得意な人と、苦手な人がいる。

 

 

 

多分、私は慣れるのは得意だ。

得意なので、スタートダッシュしちゃうタイプ。

いつもより大きめの声で挨拶したり、

新しく配属された方の仕事を手伝ったり、

ニコニコ、元気120%で、

「ハイっ、頑張ります!」という感じ。

 

「もうちょっと肩の力ぬいていいよ」

とか、

「いいかげんは、いい加減だよ」と

アドバイスされたりすることも多かった。

見てられなかった人もいるんだろうなあ。

 

このタイプが陥りがちなのが、

過剰適応。

 

周囲に、

自分の意見や行動を無理に合わせる感じ。

面倒な人って思われないようにしよう、

ちゃんと受け入れてもらおう、

できれば身の丈以上に評価されたい・・・

他者からの評価を

唯一の基準にして

物事を思考し行動する。

 

私がここから抜け出ることができたのは、

アサーティブ・トレーニングのおかげなんだけど、

それは置いといて、

そんな方々が知っといた方がいいのは、

「ちゃんと休む」ってことだと思う。

 

土日、体を休めよう。

好きなことする時間を持とう。

 

緊張がちょっと溶けた後、

溜まった疲れが

ど〜っと出ないよう、

 

緊張しつつ、

適度にがんばりつつ、

同時に

力の抜き場所・時間を作っておこう。

 

(アサーティブ・トレーニングで

 抜け出ることはできたけど、

 もともと持ってるこの傾向は、

 朝のランニングでも、

 時々、坂で現れる。

 急な坂だとすごい力が出るんだけど、

 それは駆け上がっててっぺんまで。

 その後平坦になった途端、

 歩いちゃったりする私。

 ドッと出るんだなあ)

 

 

 

慣れるのに苦手な方もいる。

 

この方々は、

変化の時期、

新しい環境に身を置くだけでも

相当疲れているはずだ。

 

普通に、

そこに行き、生活、仕事、勉強、

活動をしているだけで、

結構な負担がある。

 

その上で、

「新しい自分になるチャンスだから、

 明るく振舞ってみよう」

と無理したり、

あるいは、

「苦手がばれないように」

と普段なら断る飲み会に参加したり、

そうして予定を目一杯入れてみたり・・・。

なんてのも、

「待て待て」と

自分にブレーキかけてあげてほしい。

 

「徐々に慣れていけばいい」

「ゆっくり流も素敵」

「伸びきったゴムより、

  ちょっと緩めで!」

なんでもいいから、

そんな言葉を自分にかけて、

急ぎ足になったら、

自分のペースに戻してほしいな。

 

 

 

 

発達のアンバランスで

「環境の変化」が苦手な方々は、

自身の情報が、

次の環境に

ちゃんと引継ぎされててほしいと思う。

(本人・保護者が了解のもとで)

 

小学校→中学校はもちろん、

中学校→高校も、

高校→大学も引き継がれることで、

受けられるサポートはたくさんある。

 

 

 

 

 

もちろん、がんばることは大切だよなあ。

我慢も、しなくてはならない時もある。

 

ただ、

「がんばる」「我慢」は、

エネルギーを大量消費するから、

24時間365日は無理なのだ。

 

頑張り時、我慢のし時に、

ちゃんとその力を使えるよう、

「適度」を使えるようになりたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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覚める前。

【2017.03.31 Friday 08:37

以前、

活動していた中学校の卒業式に参加することができ、

校長先生の式辞で、

私は初めて「休眠打破」という言葉を知った。

 

この言葉を知った瞬間に、

知ってよかった!って思った。

嬉しくなった。

 

桜は、温暖な気候だけでは咲かない。

厳しい冬の寒さがないと

開花しないんだ。

それを「休眠打破」という。

みんなの将来には、

暖かい出来事ばかりではないと思う。

でも、その時は、

この時期があるから自分の人生の花が開くと

考えて生きていってほしい。

 

〜のような話に、

私は素直に頑張ろうと思った。

 

 『休眠打破」とは「コトバンク」より

 桜は夏に翌春咲く花芽を形成する。

 いったん休眠に入った花芽が、

 冬季に一定期間低温にさらされ

 休眠から覚めること。

 その後の気温上昇と共に

 花芽は成長して開花に至る。

 冬暖かすぎると

 春先の気温が高くても

 開花が遅れることがある。

 

 

今年静岡の桜が遅れているのは、

一定期間の低温が足らなかったからかな?

 

 

 

さて、

年度の変わり目、

春の格差は厳しいと思う。

明るい未来に向かって希望を持って進んでる方と、

どうしようもない不安の中で

先が見えずに

うずくまっている方もいると思う。

 

テレビやSNSで

「スタート」とか「新」って言葉が

ヘビロテされればされるほど、

自分を情けなく感じ、

世間の明るさと比例するように

自分をダメだと思ってしまったりする辛さ。

 

 

 

私にもそういう春があった。

 

平成9年3月31日に

実父が突然亡くなって

その日から

家業の会社廃業の手続きを終えた夏まで

その年の春はきつかった。

 

突然の廃業で迷惑をかけた

働いてくださっていた方や、

取引のあった方々への

申し訳ない思いは今もそのままあるし、

心配し見守ってくれた家族や親戚には

感謝しかなく、

で、

なんといっても

父が亡くなってしまったのは悲しいし、寂しい。

そう考えると

もう二度とあんなことがあってはいけないんだけど、

 

それでも、

今思うと、

そう、

今だからそう考えられるんだけど、

あの時期は、

「一定期間低温にさらされた」

期間だったんだと思う。

 

ただ、その最中は、

そんなことは考えられず、

不安の中で、

ただ目の前のやらないとならないことをやり、

考えないとならないことを考え、

選択をし続けた。

 

桜はいいよなあ。

きっと、いろいろ数値化されていて、

一定期間とはどのくらいで、

低温とは何度で、

それがどのくらい続くと休眠から覚め、

どのくらいの暖かさで開花するのか、

データになってると思う。

 

「人」って、

「生きる」って、

そんなわけにはいかないものなあ。

 

あとこれくらい不安が続くと、

元気になれる・・・なんて、

誰も教えてくれないもの。

 

ゴールが読めれば

まだ頑張れるけど、

確証ないまま行く怖さ。

 

 

これを超えると、

絶対に明るい日が来るから

なんて、

たとえそう言ってもらえたとしても、

不安色のサングラスかけちゃってると、

不安しか目に入らない。

 

そういうの、

めちゃ分かる、

って言っていいと自分に許す。

断言する、「分かる」って。

 

 

それでもね、

あの春を

なんとかかんとか生きた私は、

やはり

あれこそ

「休眠打破」だったと思う。

 

あれがなかったら、

その後はなかった。

 

 

 

 

こんなの、

慰めにもならないと思うけど、

 

今、苦しい方々には、

とにかく、生き延びて!って言いたい。

 

布団に潜り込んでても、

1日パジャマでも、

とにかく、なんとか生きて!って。

 

おいしくなくても、何か食べて!って。

眠れない夜が続くこともあるよ!って。

 

 

 

気休めにもならないかもしれないけど、

 

これまで何か間違いをおかして

自分を責め続けている方には、

「仕方なかった」という言葉を、

 

自分の力が信じられず、

これから先のことが心配で仕方ない人には、

「どうにかなるよ」という言葉を、

 

つぶやく瞬間も持ってほしい。

 

 

 

 

そして、

できたら

誰かに、

「助けて!」って、

言ってくれるといいと思う。

 

 

そうして、

「あの年の春は休眠打破だった」

って言う日が来るといいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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すきま

【2017.03.29 Wednesday 08:06

我が家の近所のウグイス、

ホーホケキョが上手になった。

 

春になると、

namikiさん
 (静岡市国吉田5−7−24
  054−264−2765
  喫茶・豆販売 11:00〜19:00

  ランチ 11:00〜14:00)
  定休日 日月)

の無人販売に


 

つぼみ菜が並び、

 

それをからし酢みそ和えなどにするのがいい。

 

 

いただいたちくわを、

そろそろおでんではなく、

甘辛く煮てみたりする。

 

 

とはいえまだまだ寒い日もあるからね。

巻物は大事。

 

最近、はまってる入浴剤はこれ↓

あったまる。

これは

大好きなライター 一田憲子氏のサイト

http://ichidanoriko.com

で紹介されていた。

 

この入浴剤を使ってから一層、

睡眠効率が上がってる。

このアプリは

友人に教えてもらった。

[Sleep Meister]

これ使うまで、

私はあんまり眠れてないんじゃないかと、

実は心配だった。

以前は結構よくあった朝の家人との会話。

 私「なんか、昨日もよく眠れなかったんだよね」

 夫「えええっ?いびきかいてたよ!」

 私「絶対そんなことないもん」

が、

 私「眠れなかったと思ったけど、

   睡眠効率98%だわ」

 夫「そうだと思うよ」

に変わった。

そして、なんか、安心。

夫に言われると、

「爆睡のあなたにわかるわけないじゃん!」

だけど、

客観的な指摘は、

アプリであっても納得すんだろうな。

 

客観的に

「大丈夫」

って言ってもらえるのっていい。

 

 

そうそう、一田さんの作っている

「大人になったら着たい服」の最新号には

ハッパかけられた。

 

「ミナ ペルホネン」さんの

新店「call」のスタッフさん。

左から66歳、44歳、80歳、45歳とのこと。

 

しかも、募集は

「元気な方、100歳まで大歓迎!」

だったとのことで、

最年長は83歳って書いてある。

こうしちゃあいられない!のだ。

 

 

 

年度替わりのすきまの時間。

本読むぞ!

 

中学卒業した女子に勧められた辞書、

引くぞ。

 

奮発したノートに

アイディア、メモるぞ。

 

 

音楽も聞きながら、参るのじゃあ!

 

 

好きなもの、並べてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ちゃんとしてないところも、ま、いいか。

【2017.03.23 Thursday 08:48

いやあ、あるなあ。

ちゃんとしてないところ。

 

いちばん自分でコマっちゃうのは

注意力不足な時だ。

わかってるのに、

やっちまうことが多い。

 

「できてないなら、

 わかってないのと同じことだよ」

そう親によく言われた。

本当に、その通りだ。

 

結婚してからは夫に度々注意される。

「お風呂を出るときは、

 床をお水で流してから出てって

 何度も言ってるよね」・・・

なぜか、忘れてしまう。

 

最近言われなくなったけど、

以前はしょっちゅう

「ドライヤーの持つとこ、

 またヌルヌルしてたよ」

って注意を受けてた。

 

誤字脱字は多く、

メールを送信する前に

確認するチェック項目を用意しても、

なんだろ、

それを忘れてしまったりする。

 

それはダメなことだし、

迷惑おかけすることもあるし、

だから、どう書いていいかわからないんだけど、

でも、

もう、

そういう「ちゃんとしてないところ」に

いつまでも執着しないでいられるようになった。

 

そこは直した方がいいけど、

だからって、自分がダメじゃないって

思えるようになったと思う。

 

それは年齢のなせるものかもしれないし、

自己理解→自己受容

を進めてきたおまけかもしれない。

 

 

 

少し前に「自己信頼」について

学びあう機会を持った。

 

自己信頼を育むには、

大切なステップがある。

 

自分のことを信頼するには、

わかってないとできないから、

自己理解がスタートになる。

 

自己理解:

 ,修了々に、自分がどう考え、どう感じ

   どういう反応があり、どう行動したか

   をわかること

 ⊆分ってものの考えかたや情動、

   コミュニケーションの方法などなど、

   自分自身を理解していること

 

さらに、

 

自己受容:

 理解した自分に対して、

   批判せず、

   そのまま受け取ること

   受容することと、好きになることは違うので、

   自分のことが、それほど好きでなくても、

   また自分を肯定できなくても

   自己受容はできる。 

 

 

 

自己理解→自己受容が必要なステップだけど、

これは

それほど簡単なことじゃない。

 

頑張らなかった時に、

「頑張らない私なんて

 誰にも認めてもらえない」

としないで、

「今、頑張らなかったなあ」と

批判も肯定もしないで受け取るなんて、

そんな訓練してないから、最初は難しいかも。

 

小さなことを気にしてしまう時、

「こんな小さいことをいつまでも

 気にしてるなんて、本当自分が嫌になる」

としないで、

「私は◯◯が気になっている」と

ただただ受け取るって、

慣れてない方のほうが多いと思う。

 

ただ、これをやっていくと、

おまけのようについてくるものが

「自己信頼」で、

つまり

「自分をちょっとだけ信じられて、

 少し当てにできるような気持ち」で、

その中に

「不完全な自分でも、ま、いいか・・・

 と思える感じ」

も入るんだと思う。

 

大層な言葉で言ってしまうと、

「自分の不完全さを許す」

みたいなこと。

 

幼い頃から

注意され続け、

批判にさらされ続け、

何かできたとしても、

もっと良いものを求められ、

完璧、パーフェクトしか目指す価値を

見出せなかった背景があったりすると、

「自分の不完全さを許す」は、

ほんと、ハードル高いと思う。

 

でも、それを手に入れたかったら、

まず自己理解→自己受容からスタートしたら

いいんじゃないか。

 

自己理解→自己受容が

なぜそういうおまけを連れてくるかは、

多分、

自分を

「丸ごと大きなひとくくり」にしなくなることが

大きい理由だと思う。

 

「今日の、たった今の、自分の行為」とか、

「◯◯に対する自分の考え」とか、

自らを分けて考えられるようになるからだと思う。

 

分けて考えられると、

白も黒もグレーもあるし、

できてないこともできることも、

失敗も成功も、

悲しいも楽しいも、

得意も苦手も、

好きも嫌いも、

寛容なところもケチなところも、

ポジティブもネガティブも、

いろいろある自分が分かる。

 

 

 

ドラマ「カルテット」の中の、

グループの名前は

「ドーナツホール」。

 

リーダー格の別府さんは言った。

「僕はこのグループを

 ドーナツホールという名前にします。

 穴がなければ、ドーナツじゃない。

 僕は、ちゃんとしてないところもある

 みなさんが好きです」

 

 

 

私もちゃんとしてないところもある私でいく。

みんなが、

まずは自分を、

そして他者を、

ちゃんとしてないところもあるのが人って

認めあえたら、

ほんと、いいのになあ。

 

 

 

自分が自分をどう扱うかを基本として、

他者のことを扱うから、

まずは

自分のちゃんとしてないとこも、

ま、いいか くらいになれたら、

ほんと、いい。

 

 

 

 

 

 

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泣きながら食べる。

【2017.03.21 Tuesday 08:17

ドラマが終わっていくう。

 

今回 はまったのは「カルテット」だった。

唐あげにレモンかけるか問題や

作ってくれた人を目の前にボルシチ食べながら 

 餃子の話するのはいかがか問題を始めとする、

食卓のシーンは、

めっちゃ私好みだった。

それに、

サスペンスも、コミカルも、ロマンスも、

いろんな要素が入っていて面白かった。

 

あ〜今日で終わってしまう。

 

中でもとりわけ好きなシーンは、

憎しみを抱く父親の最期に

立ちあうかどうするか迷う友達を

支えようと食事を共にする

とんかつ屋さんのシーンだ。

 

そういう時に

とんかつを選択した脚本家の坂元さんが、

やっぱ好きだ。

そして、そんな時に

年上の友達が語る

「泣きながらご飯食べたことがある人は、

 生きていけます」

というセリフにグッときたのは

私だけじゃないと思う。

 

母が亡くなり、父が亡くなり、

家業廃業のためシャッターを閉め、

ボランティア活動でこっぴどく批判され、

そのたびごとに

泣きながら食べてきたことを思い出す。

 

ボランティア活動でこっぴどく批判されたのは、

まさに夕飯中にかかってきた電話でのこと。

酔っ払って怒鳴りまくる相手の声を聞きながら、

悔しくって悔しくって涙がポロポロ出た。

なんとか電話を終えたあと、

心配そうにしていた夫と

再び、

ご飯に戻った。

泣きながら食べた。

 

一番の思い出は、

仕事で失敗したくさんのダメだしをもらった後、

最寄りの駅まで迎えに来てくれた夫と入ったラーメン屋さんで、

「あなたは大丈夫だよ」と言ってくれた夫の言葉に、

ラーメンのスープにポトポト溶けてった涙の思い出だ。

それでも完食した。

 

途方に暮れて泣き、

悲しくて泣き、

寂しくて泣き、

悔しくて泣き、

ありがたくて泣いて、

同時に

食べてきたんだなあ。

 

 

泣きながら

食べる

って、

どんなに様々な感情でいっぱいであっても

生きることを選ぶってことだ。

 

これって究極

「折り合いつけられる」ってことなんだと思う。

 

そう、

そうやって

いやな出来事や

苦手な相手や、

複雑な感情と、

折り合いつけて、

生きていくのだ。

 

 

 

 

日曜に終わってしまった

「A LIFE」も

リアルタイムで観た。

田中泯さんがステキだった。

 

「俺にしかできねえ?

 そんなこと言ってるから半人前なんだよ。

 相手が誰だってどんな時だって

 ただひたすら準備する。

 心をその一点だけに集中させるんだよ。

 一途一心だ。

 それが職人ってもんだろう」

 

なんのかんの言ってないで、

やることやるだけだわ。

 

結果は、

今コントロールできないけど、

自分が今どう行動するかは

コントロールできるんだもん。

準備するだけだ。

 

それに

「私が」

「私が」の

時々我が強い私には、

刺さったセリフなんだよなあ。

 

 

こんな風に、

まだまだドラマに刺激をうける自分が

可愛くもある

年度末。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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意図

【2017.01.30 Monday 08:38

山の方の学校を車で訪問する機会があり、

仕事を終え、帰ろうとする時、

見送って下さった先生が、

「帰り道、気をつけてくださいね。

 凍ってる場所がある可能性がありますし」

と言ってくれた。

 

私は、

「ご心配ありがとうございます。

 でも今朝くる時は、凍った所はなかったんですよ。

 今日は少し気温も高いようでしたね」

というと、

 

先生は

「そうですか。

 ただ、気温が高くなると、

 今度は落石があるんですよ。

 霜柱に持ちあげられた小石が

 霜柱が溶けて、コロコロ落ちてきたりするんです。

 タイヤで踏んでしまうと大変ですから、

 気をつけてくださいね」

と言ってくれた。

 

なんか、このやりとりの時の

先生の表情がすっきりしていない感じが気になって、

頭の中をもやもやとさせながら

エンジンかけた。

 

ハッと気づく。

は〜やっちまったな、私・・・と思う。

 

凍ってる、凍ってないとか、

今日の気温がどうだとか、

落石があるないだとか、

そういうことではなくって、

 

先生は、

ただただ、

私に

気をつけて帰って欲しい

ってことを伝えたかったのだと思う。

 

だから、

「ご心配ありがとうございます。

 気をつけて帰ります」

でよかったのに、

私の中に時々出てくる、

「私はそのあたりしっかりやるから大丈夫。

 心配ご無用!虫」が、

お相手の意図をちゃんと捉えないんだよなあ。

 

 

 

意図に気づかされ、

刺さる感じになる時もある。

 

 

ある時、ある方と何かを話さないとならない場面があった。

しかし、その話に入る前に、

なんの脈略もないこと

(その日の午前中に見た写真展について

 そこで感じたこと)

私はとうとうと喋った。

 

するとその方は、

「あなたは、いろいろ積極的にインプットして、

 そこから学ぶ感性があって、

 本当素敵だね」

と言ってくれた。

 

その瞬間私は、

この話をここでしたのは、

この方に、

こういう評価をして欲しいからだったか、自分・・・と

下心という名の意図に気がついた。

あ〜自分でも無意識に、

評価されたい意図が動いたか・・・。

そしてそれは、私のどこかからか

知らず知らずに

にじみ出てしまったのだろう。

 

ああ、刺さる。

 

とはいえ、しなくてはならない話は

ちゃんとした。うん、それはした。

 

 

 

そんな風に、意図ってものを

考える機会が時々あった。

 

そんな中、

昨日はアサーティブジャパンの会員研修で、

「意図」について学んだ。

 

複雑な問題、

棚上げしといた問題を解決したいと

話し合おうとする時、

自分の側に、

相手をコントロールしたいという意図があると、

それは、

どんなにしっかりとスキルを使って

例えば伝える内容を整理し、

そして伝え方を工夫しても、

伝わってしまうのは

「あなたを私の思い通りにしたい」という「意図」で、

しかも、それが伝わってしまった場合、

だいたい相手は防衛的になる・・・

ということ。

 

あ〜そうだなあ。

本当にそうだなあ。

 

言葉の隅っこの方に、

「私は正しい、あなたが間違ってる」は

出ちゃうんだよなあ。

声の大きさや、ほんのちょっとの間に

「なんでわかってくれないの?

 わからないあなたが悪い」は

現れてしまう。

 

ただ、救いだったのは、

そういう「意図」を

どうしたら対等なところに持っていけるかの

考え方のプロセスがあり、

それを示してもらえたのが、

もう、

本当に、

滝に打たれたようだった。

すっきりした。

 

 

私はまた、

私の中に

今まで気がつかないようにしていた

「考え方の傾向」を知り、

「採用しがちな意図」が明確になり、

それは苦しいけど、

少しホッともした。

 

また道の先が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ランドセルの色、私は何色にしただろう?

【2017.01.20 Friday 10:23

大学生に授業をする機会を

いただくようになって、

4年くらい経つ。

 

どの学校の学生さんたちも、

本当に真面目な方ばかりで、

私語もなく、メモを取り、

話し合う時間は

ちゃんと議題に沿った事を話してくれる。

感想用紙には、

学んだことや考えたこと、気づいたことなど、

たくさん書いてくれてあり、

一人一人の中に、

表現したいことが

たくさんあることがわかる。

 

授業を真摯に受けてくれることが

ありがたいし、

もし彼らが

日常の中で、

自分のことを否定したくなってしまうような

出来事にあった時、

ちらっとでも思い出してくれたらいいな

と思う。

 

 

そんな中、

一つ気になることがある。

それは

授業スタート時の

反応が薄いこと。

 

ま、初対面で一回きりの授業者の私が

どんな奴だかわからないんだもの、

仕方ないといえば、仕方ない。

 

ホワイトボードの前に

立った時の私の雰囲気が、

緊張感があるのかもしれないから、

それが原因かも・・・とも思う。

確かに緊張はしてるし。

時々緊張は伝染するし。

 

 

とにかく

夏には

「暑いね」からはじめて、

「ポケモンGOやってる?」と聞いてみたけど、

膠着したように目も首も微動だにしない彼ら。

私が

「やってみたんだけど、

 この施設の周りはすごいね」というと、

安心したように、

笑顔になった。

 

評価、

つまり授業者である私がポケモンGOに対して

どういう評価をしているかわからないから、

表現できなかったのかもなあ

と反省し、

冬には、

そういう評価が気になるものではない題材、

「寒い?」的なことのみにしてみたって訳だけど、

どうしたらいいか戸惑っている感じだった。

きっと、

「ここは反応すべきところかどうか」

「みんなはどう反応するか」

「みんながしない中、一人だけ反応してしまったら、

 何か起こるかもしれないし」

的な、

いろいろな考えが動いたんだろうな、

なんて考えてみた。

 

そして、

いつもの癖で、

突っ込んで考える私・・・。

 

きっと、中学高校と

同調圧力の中、

頑張って生きてきて、

今もまだその中で

息してるじゃないかなあ。

 

どの授業でも、

時間が経つうちに、

リラックスした雰囲気にはなっていったけれど、

それでも

彼らの

「相手からどう思われるか」

を重要視するばかりに、

自己表現することに壁がある感じは、

彼らの生きづらさにつながっているように

思え、気になる。

 

 

彼らは小学校入学時、

まだランドセルは女子は赤、男子は黒の世代で

自分の好みの色を選択できる時代ではなかったらしいが、

衣替え時期は、

私たち世代のように「6月と10月」と決まってはおらず、

自分のタイミングだったようだ。

 

私たちが小学校中学校で受けてきた

先生によって一方的に教えてもらってた時代よりは、

「話し合う」なども取り入れた授業を

受けてきていると思う。

私たちの時のように

体操服は半袖半ズボンではなく、

自分の体調に丈を合わせて可だったと思う。

体験的な学習も増え、

例えば小学校の修学旅行では、

旅行先で故郷の説明をしたりする経験をしたり、

中学時代には

キャリア教育の一環で

職場体験なども経験していると思う。

 

昭和とは明らかに違う時代を

生きてきた彼ら。

 

もちろん「集団」の中で生きていくのだが、

同時に

「個」が大事にされ、

「個」を生かすということを意識した

学校生活は送ってきている。

 

それでも、

どう思われるか?

ここでの正解は何か?

それらに軸を置いたコミュニケーションが

身に染み付いているような彼ら。

 

他者と違うということを恐れ、

周りを伺いながら、

口元でちらっとつぶやくことさえも、

抵抗を感じているように見える彼ら。

 

「自分をどこまで出していいか分からない」

「どこまで合わせたらいいかわからない」

 

そんな彼らの心の中の声が、

聞こえるようだった。

 

なぜ、

そういうことになってしまっているんだろう?

 

 

 

 

 

ランドセルを例にとって考えてみよう。

 

今の子どもたちは、

イオンだったら24色の中から選べる。

それも「紫」だったら、

「スミレ」もあるし「パールラベンダー」もある。

「黒」だって

「ブラック」「メタリックブラック」

「ファイアースーパーブラック」

「オーシャンブラック」と4色もある。

そんな中から

「好きな色を選んでいいよ」と言われるのだ。

 

「なんで、女だからって、赤じゃないといけないの!」

と文句言ってた私とは、

めっちゃ違う。

 

私が今、

イオンで選んでよければ、

(小さな頃から紺とか緑とか黄色が好きだった)

「ダークバイオレット」を選んだと思う。

「いいじゃん。大事に使いなよ」と

親がすぐに言ってくれたら、すごく嬉しい。

反対に

「本当にその色でいいの。

 男子が選びそうな色だよ。

 5年生になっても6年生になっても

 使うんだよ」

なんて言われたら、

広告に出てる女子がしょってる色が

正解なんだと思ったと思う。

 

「子どもでもあっても人格がある」

「子どもにも失敗する権利がある」

ってことに

慣れてない大人もいっぱいいるから

仕方ない。

仕方ないけど、

切ないなあ。

 

 

 

 

私は

「あなたは長女だから

 家を継ぐ。他の選択肢などなし」

と育ててもらったからこそ、

「自分で選びたい」とか

「考えたことを言いたい」という

意欲が育ったのか。

昭和って

「幸せってこう」

「これが普通」的なものがあって、

めちゃ窮屈だったけど、

だからこその「パワー」が

育まれたかもしれない。

 

もちろん、決して

押し付けがいいとは思わない。

昭和に戻りたいとも

思わない。

 

ただ、

「個」を大事にしていいと

個人の選択や考える力を求めるなら、

それを受け止める側、

つまり、大人、養育者の

「受け止め方」こそ、

学んでいかないとならないこと

なんじゃないか。

 

 

もしかして

平成の

「自分の意見をを持とう、

 コミュニケーション能力を高めよう」

と育てられた人の中には、

「自分の意思で決めていいよ」と

保証されたのにもかかわらず、

考えや気持ちを口に出したら、

反対されたり、

叱られたり、

他の考えを勧められたりして、

「もの言えば、唇さみし」的経験をした人も

いるのかもしれないな。

 

 

「あなたの考えを言いなさい」

ただし、

「周りとも上手くやっていける程度の」

というダブルバインド。

 

個を大事にしよう。

しかも

空気も読みながら。

というダブルバインド。

 

 

その中で、

彼らは頑張って生きてきたのかもしれない。

と勝手に背景を考えて、

 

そして勝手に

愛しくて愛しくて

たまらなくなる私。

 

 

 

彼らが

安心して

考えや気持ちを口に出せる環境を作りたいなあ。

 

いやあ、それは大きな夢ですわ。

 

でもさ、

コミュニケーションをとっていくことは、

違いが明らかになってしまうことでもあるけど、

同時に、

繋がれる部分の発見や、

問題を解決していく方向性や、

第3の道を見つける可能性を引き出すことなんだって、

実感してもらえる瞬間を

なんとか、提供できないものだろうか。

 

 

関係は、

伝え合い、聴き合いの中で

育んでいくものだ。

 

そういう経験、

いっぱいしてほしいなあ。

させてあげたいなあ。不遜ですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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八方塞がりでも大丈夫!

【2017.01.08 Sunday 22:29

選択について学び合う勉強会

全3回の3回目を終えた。

 

過去、

なんとか乗り越えてきた出来事を

選択肢をテーマに振り返ったり、

これから起こりそうな出来事に対する

選択肢を考えたりした。

 

介護のことや

人間関係上の問題、

いろいろな責任を果たした後の

自分の生き方、

やりたいことと

やる必要があることの間の葛藤などなど、

参加してくださった方々が

自分に起こりそうなことの

問題解決を考えた。

 

問題解決に向かって

選択肢を立てることができた経験は、

多分、皆さんの自信になったのではないか。

また自分が立てがちな選択肢がわかり、

見逃しがちな選択肢も見つかったのではないか。

それは、やるかやらないかで行き詰まった時に、

自身を助けるのではないか。

 

この3回のプログラムは、

私の完全オリジナル。

信じて参加してくださった皆さんに感謝。

そして、学び「合う」ってことの

豊かさを、

めちゃくちゃ感じることができる

プログラムになったと思う。

 

 

オープンOKの感想をシェアします。

 

「いろんな人の話を聴くことで、

 掘り起こされる気づきがあって、

 脳みそがパカーンと開いていく

 ような感覚を味わいました。

 今日は同じ目的を持って集まった 

 仲間だから、安心して話せるし、

 共感してもらえて嬉しかったです。

 多分、日常生活で、

 うまくかみ合わないと感じている人とも、

 これぐらいじっくり話し合ったり、

 相手の背景を知る機会があったら

 『な〜んだ、そうだったのか!』と

 思えるのかもしれません。

 分かり合えないと感じている人に対しても、

 余白のある見方ができそうな

 気がしてきました。

 自分で選ぶということは、

 自己信頼を築いていく一歩だと

 思えました。

 『選ばない』と決めること、

 『放っておく』と決める

 選択肢もあると思うと、

 とても気が楽になりました」 S

 

「選択肢を考えるって

 苦しいことだけでなく、

 問題解決の可能性を広げる

 わくわく楽しいこと。

 一人で考えてもいいし、

 誰かに話して語りながら

 (選択肢を)増やすことができる。

 その相手との化学反応も

 リソースにしたい。

 今年どんな気分でいたいかなど、

 自分に問いかけることで、

 自分を知って、さらに選択肢を

 探しやすくできる。

 休みながら、

 自分で選ぶことを繰り返す、

 『わたしの人生』を

 歩んでいきたい」 K

 

「無いものねだりになる自分なので

 おそらくどんな選択をしても

 きっと後悔すると思う。

 でもそれは、裏を返せば、

 どんな選択をしても

 得るものがあるとも言える。

 選択肢があるということは、

 自分が大切にしてきたもの、

 したいものが、

 その分あるということだと思う。

 『人生』や『選択肢』の意味づけは

 人それぞれだと思ったけど、 

 それは、人には人の数だけ

 事情や背景があるんだと思う。

 それが分かって、

 優しくなれる気がする」四季

 

「自分の中には

 新しい一歩を踏み出したいという

 大切な思いがある。

 でも踏み出すことも不安もある。

 何かのきっかけがつかめたら・・・

 と思い参加しました。

 講師の話、ペアや全体での交流の中で、

 目立って響いてきたのは、

 『タイミング』と言う言葉です。

 選択は、伸ばしてもいい、やり直してもいい、

 今がその時というタイミングが来る、

 その時を待ってもいい。

 私は自分に今できることを考えながら

 実行しながら、その時を待とうと

 思いました。

 焦らず一歩一歩、時に『しない』という

 選択肢も織り交ぜながら

 歩いていこうと思います」 G

 

「自分の思っていること、考えていることを

 ワークの中でシェアすると

 その度に、新たな視点が見つかり、

 世界が広がっていく気がしました。

 自分一人で考えていると、

 どうしても枠から出られなくなるから、

 『学ぶ』ことは自分を自由にすることかな。

 この一年『選択すること』に思いを馳せ、

 今までより丁寧に暮らせた気がします。

 自分の残りの時間を(平均寿命から算出して)

 具体的に考えてみると、結構長いなと・・・。

 この先もう一踏ん張り何をしようかななんて

 気にも慣れました。

 またみんなからフィードバックをもらい、

 自分の考え方、言ったことなどが

 はからずも誰かの役に立っていたと知り、

 嬉しかったです」   もも

 

「毎日の中で、選択しない日というのは、

 1日たりともないんだなって

 思いました。

 大小の選択の積み重ねでできていて、

 決まっていることも正解もなく、

 『引き返す』も『一回休み』もありの、

 地図のようなスゴロクのような感じです。

 スゴロクはバクチ感があるので、

 やっぱり地図かな。

 今日まで生きてきた中で、

 特に後半は悩みと選択の連続

 でしたが、過ぎてみると、

 『大切なもの』も見つけてきました。

 ある日、娘が聞きました。

 娘『おかん、自分の大事な時間を

   割いてでも会いたい人、

   どれくらいいる?」

 私『うーん、○ちゃん(地元の親友)、

   ○○さん(パート先の仲良しさん)、

   あと、くみ(←谷澤のことです)関係

   の勉強会などでできた友達。。。』

 娘『ふう〜ん、意外にいるね。

   私、そんなにいない』

 夫『オレは全然いない』

 私『そいう人は、どのタイミングで

  やってくるかわからないよね〜』

 私はなかなか、幸せものだと思いました」

               C

 

参加くださった皆さん。

時々、

「おいとく」「逃げる」「決めない」

も使おうね。

自分にとって大切なことは

「『あきらめる』を選ばない」って

決めておこうね。

 

八方ふさがってたら、

穴ほりゃいいよ。

道具やエレルギーがなかったら、

今は「待つ」時なんだよ。

 

そして、もう面倒なことは、

選んでおいてしまうのも手だよ。

例えば、これは私の場合だけど、

「電話の営業は、どんな内容でも、

 なるべく早く切らせていただく」

とか。

 

そして、日々の中で、

時々、

「自分をめっちゃ大切にする」を

選択をしてください!

 

 

 

 

さて、ワークのひとつで、

平均寿命まであと何日か

計算することをしてみた。

で、

私の人生上、

月曜は

あと

1488回なのだ。

 

ちょっと愛しい。

 

 

⇧生まれた年からの100年カレンダーを買ってみた。

 

 

 

 

 

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インスピレーション

【2017.01.04 Wednesday 10:04

幼い時に箱根駅伝を見て感動し、

陸上の選手になりたいと思う子もいれば、

アナウンサーになりたいと思う子もいるんだなあ。

先導する白バイを運転したい、

カメラマンになりたい、

陸連の、あの、復路のスタートの、

1秒2秒と数えて「ハイ、スタート」と

背中押す人になりたい、

いろいろいるだろうな。

大学の陸上部のマネージャーになりたい、

とくかく応援し続けたい・・・、

「〜〜になりたい」だけじゃなく、

いろいろな人に

いろいろな種類のインスピレーションを、

今年ももたらしたと思う。

 

箱根駅伝、最高!!!

 

私が今年最もインスピレーションを受けたのは、

往路の解説、

青学を卒業した神野さんの言葉だった。

瀬古さんが神野さんに

「(5区では)どこ見て走るの?」

と質問した時の答。

「10メートルくらい前を見て走ります。

 先を見ちゃうとずっと上りが続いてるので

 いやになっちゃうので」

 

「山の神」って言われた神野さんでも、

ずっと上りが続くことを、

いやって思うんだってことと、

それを言ってくれたことが

嬉しかった。

 

そして、

そのことを「いや」って思う自分を知っていることが

彼の強さを支えたんだと思う。

 

「どんな坂でも大丈夫」なんて

多分、過信だもん。

 

ボルト選手でも

追いかけられる夢みるって言ってたもん。

 

 

それと、今年は元早稲田の監督の

渡辺さんの解説がすごくいいと思った。

進化してる。

丁寧な下調べがあって、

各選手のコンディションをすぐに見極める。

山下りの6区の小野田選手の走りを

「それにしてもゆっくりすぎる」と評した方もいたが、

彼は、

「ゆっくり走っているように見えるけど、

 それは彼の下りの走り方で、

 スピードは出てる」

のような記録的には正解の解説してたし、

8区の下田選手が走り始めてすぐに、

「彼は調子が悪い時は顎を出して

 走るんですが、今日はそれがない。

 調子がいいと思いますよ」

と解説し、

結果的に彼は

区間記録にあと少しという走りを見せた。

解説者としてプロなんだから

当たり前かもしれないけど、

期待されたことができるように

取材、整理という準備して、

そして

期待を超える仕事をするカッコよさに

インスピレーションを受けちゃた。

 

 

で、今日の「スッキリ!」で

原監督が選んだ「MVP」にも

「そうきたか!」のインスピレーション。

それは一色選手だった。

3区で1位を安定させた秋山選手でもなく、

神野選手の後継のプレッシャーの中

走った貞永選手でもなく、

脱水症状がありながら

タスキをつないだ田村選手でもなく、

2区の一色選手。

「速さだけでなく、

 強さがある。

 そして、

 我々のターゲットを抑えたから」

と評価してた。

エースで、

すごい期待の中、

本人自身、多分、そこまで満足いく走りが

できてはいなかったと思う今回の一色選手。

彼は、

出雲駅伝優勝の際、

インタビューで涙を流したが、

その時どれほどの責任を自分に課して

走ってきたかがわかった。

その上の、箱根。

3連覇や3冠のプレッシャーの中、

青学を引っ張ってきた4年生の中で、

実力を発揮できた秋山選手や

最終ランナーで脚光を浴びた安藤選手ではなく、

一色選手をMVPに選んだ原監督。

多分、それは、今日からスタートする

新しいチームへのメッセージが

含まれているんだろうな。

結果は大事だけど、

結果は過程なくしてないってこと、

「監督は全部見てる」というメッセージは、

3年生にしっかり伝わったんじゃないだろうか。

これも、原監督のマネージメントの中の一つ。

なんか、腑に落ちたし、

スカっとしたし、

影響受けた。

 

その原監督の記事、

東洋経済の

青学・原監督「管理職の仕事は管理じゃない」

すっごくいい。

 

とはいえね、

来年の今日は、「スッキリ!」で

東洋大が見たいものだなあ。

なんか、ファンなんだよなあ。

 

 

さて、昨夜は、友達と食事した。

彼女たちと、駅伝の最中に流れた

サッポロのコマーシャル、

大人エレベーターの所さんがいい!

って話で盛り上がった。

 

箱根駅伝は、

毎年コマーシャルからも

インスピレーションを受ける。

 

「もう一度やり直すとしても、

 多分同じことを選ぶ」

「答えが見つからない時に

 『運命』って使うね」

というようなことを言ってた所さん。

 

そこにいた女性たちは、私を含め、

それぞれいろいろなことがあり、

それぞれ今も奮闘中で、

その私たちだからこそかな?

全員共感してた。

 

 

お正月に

いっぱいインスピレーションを受けて、

そして、

ま、

今年も、

一歩ずつ行こうって思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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畏れながら。

【2017.01.01 Sunday 13:04

 

2017年となりました。

おめでたい方にもそうでない方にも、

とにかく新しい年が、ひとまず明けました。

そして良いお天気でした

 

今年は喪中の我が家。

花も控えめに白の八重のチューリップ。

八重のチューリップは

開いてからが素敵。

もちろん

ピンと上を向く蕾もいいけれど、

花首がちょっとだけ垂れてきた、

ここからいよいよ

いいんですよねえ。

 

 

 

 

 

さて、私の仕事について。

 

昨年も、

年間通して

「コミュニケーション」について

講座を持ち、原稿を書き、講演をしました。

 

言葉がうまく通じない他者に

何かを伝えなくてはならない時、

私たちのコミュニケーション筋は

鍛えられます。

 

それはたとえば、

パートナーに今まで頼んでなかった家事を頼みたいとか、

我が子のスマホの使い方を、

何としても話し合いたいとか、

職場の後輩の自立のために

アドバイスしたいことがあったり、

昨年まで上司で退職後再雇用で同僚になった方に

仕事のやり方を合わせてもらうよう

伝えなくてはならなかったり、

友人が誘ってくれた旅行、

一旦はOKしたけれど直前になって断りたかったり、

シャンシャンで終わってきてた

PTAの会議で意見を言いたかったり・・・、

 

いろいろな場で、

いろいろな「伝えたいこと」があり、

多くの方が悩みながら、

筋力アップに励まれ、

そのサポートができたと思います。

 

それぞれの「伝えたいこと」には、

背景がありました。

 

愛しているからこそ、

照れくさかったり、

 

明日からもいい関係でいたいからこそ、

怖かったり、

 

大事だからこそ、

熱くなったり、

 

認めてほしいからこそ、

不安があったり、

 

信じているからこそ、

言わなくてもわかってほしい・・・、

 

単純ではないから口ごもったり、

時々は

理論的すぎたり、

大きな声すぎたり、

あるいは

ひとり会議の結果

胸の中にしまいこんでた

「伝えたいこと」たち。

 

 

講座や講演会に参加してくださった方々の

「伝えたいこと」

ひとつひとつ、愛しかったです。

 

自分がいて、

他者がいて、

その間にある「伝えたいこと」。

 

他者を思い通りに操ることはできないから、

自分から近づいていく。埋めていく。

工夫しながら、確認しながら、

努力していく。

 

そのサポート、

2017年もやっていきたいと思います。

 

 

 

 

もうひとつの仕事「相談」。

主宰している相談室と、

学校の中で、いろいろな方のお話を伺いました。

 

目の前にいる方が、

何とか少しでも楽になるよう、

そして、

ご自分で自身を楽にできるよう、

話を聴くのが私の仕事。

 

複雑に絡み合った出来事の中から、

その方が見えなくなっている価値を見出したり、

状況に関してどういう感情を抱いているかの言語化を

手伝ったり、

苦しい中でも何とか生活してきた力を確認したり、

問題解決に向かっていくその方を応援したり、

そうして、

今回の出来事を研ぎ石にして、

これからの人生を豊かなものにしていくこと。

 

今年もやっていく覚悟。

 

 

 

今年もやっていくんだけど、

やはり今年も、

私はきっと

不安になったり、心配になったり、

怖くなったり、

畏れ多くて身の置き所が無いような

そんな気持ちになることもあると思います。

 

 

そういう気持ちを

簡単に片付けないでいきたいな。

ネガティブな感情を、

すぐに落ちつかせたり、

早々に手放さないでいきたいと思う。

そういう気持ちを手荒く扱わないで、

時々は、じっくりゆっくり味わって、

それで、

たまにはすごく落ち込んだり、

めちゃくちゃ暗くなったりもいいと思う。

 

そういうのが私なんですよね。

 

 

 

2017年が始まりましたね。

良い年にしましょうね。

 

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor