日常 | 今のところではありますが…
ギリギリ癖

【2018.08.02 Thursday 21:00

今日のこと、

午後からの講演に備えて

午前10時に家を出ることに決めていた。

パワポで作ったデータは

すでに先様に送ってあって、

昨日のうちに

スライドの説明の言葉も

まとめてある。

朝、それを印刷すれば完璧!

フフフっ、余裕じゃんと印刷し始めてすぐ、

黒のインクがなくなった。

 

しかも黒だけストックなし。

 

うちのプリンターは

「インクないから交換」サインが出ると、

何しても動かない。

一旦取り出して振ってみたり、

あっためてみたりしても、

ダメ。

当たり前か・・・。

 

 

あ〜一週間くらい前に、

インク、買っとかないとなあと

思ったのになあ。

なんであの時、買わないかな?自分。

出たな、私のギリギリ癖。

まだ何とかなるでしょ、

と大好きなOAナガシマの前を通ったのに

素通りしたんだ。

 

 

こんな時ありがたいのがイオンで、

9時オープンを待って買って、

事なきを得た。

 

それにしても

何なんだろう?私のギリギリ癖。

 

以前、

山間地の小学校に授業させてもらいに行った時、

ガソリンがギリで、

山の中に入ってから、

相当恐る恐るでヒヤヒヤしながら、

走った。

なるべくエネルギーを消費しないように、

ラジオを消し、

エアコン消し、

なんというか、気分はそ〜っと走る感じ。

本当、怖かった。

それを子どもたちに、

「私って、本当、

 そういうとこ、ダメなんです」

的に話すと、

次にいった時、

「あっ、ガソリンがギリギリの先生だ!」

覚えててくれた。

〜なんて、自慢にならない。

 

あ〜思い出した。

その前に、本当にガス欠もあった。

結婚したばかりの頃で、

日曜の朝、

祖父の入院先に食事の介護に

行った帰りだった。

道の真ん中で止まってしまって、

通りがかりの車にえらい迷惑をかけた。

しかし、

休みで家にいた夫に助けに来てもらって、

なんとかなったんだっけ。

 

今までなんとかなってきたのは、

ラッキーなだけだよなあ。

 

 

 

 

そんなわけで

とにかく、

ギリギリまで粘ってしまう。

 

スリルを楽しんでいるのか?

ー違うな。

 

全部使い切りたいのか?

ーそれも違う。

 

 

昨日アップした脳の回路の話でいうと、

「準備しておいたほうがいいと

 気づきながらも、ギリギリまでしない」

回路ができてしまってるのか?

それはあるかもしれない。

 

ってことは、

それに逆らって、

違う回路を作らないとならない。

いつまでたってもこんなんじゃ、

いつかきっと痛い目にあうと思う。

 

 

 

脳の回路って、たとえれば、

道のないところに道を作るような

そんなイメージなんだと思う。

 

よく公園で、

道じゃないんだけど、

そこが駅への近道だったりして、

多くの人が通ったりすると、

草が踏み固められて

道になっちゃってたりするところがある。

そんな感じなんだろうな。

 

他に近道が出来て、

人が通らなくなると、

いつの間にか草がぼうぼうになる。

 

 

いつも同じようなことをすると、

最初は

「よし、ここはギリまで待とう」

と選択してしていたことも、

そのうちそれが自然になる。

道ができちゃう。

 

違う行動をすることは

抵抗感があるけれど、

自覚して、意識して

違う選択をし続けないと、

新しい道はできないんだよなあ。

 

 

今日の講演の内容は、

子どもたちの

レジリエンスの力を育むには、

大人はどうしたらよいかというテーマ。

学区の3小学と1中学合同の会で、

各校の保健室の先生が企画してくれた。

 

腹が立ったから、暴力ふるうとか、

負けたから、練習しないとか、

失敗したから、あきらめるとか、

恥ずかしいから、やらないとか、

不安だから、黙っておくとか、

 

それを、

「それでも、建設的な行動をする」

という方向に、

大人が対話でサポートする方法を

お伝えした。

 

もわっとするような炎天の中、

多くの保護者の方が先生方が

集まってくれて、

そんな中で、

 

結局

私がお伝えしたことは、

子どもが

脳の回路を更新し、

その回路を継続してもらうために

大人はどうしたらいいか

ってことだ。

 

 

それなのに、

私がこんなんじゃ、ダメだな。

こんなギリ癖もかわいいけれど、

ここらで

逆らっときますか!

 

ってわけで、

なんとなく思っとくではなく、

こうやって言葉にしとくってのは、

ギリギリ癖が出てきた時に、

おっ、いいのか?自分・・・

と自覚できるのが

きっといいんだと思う。

 

 

 

それにしてもイオンに助けられた。

レジの女性に、

「本当に、

 本当に、

 9時に開けてくれてることに 

 感謝します」

とマジにいうと、

「お役に立てて良かったです」

と言ってくれた。

あ〜イオンがそばにあってよかった。

 

 

 

 

*本日、使用したかったが時間の関係で省略したパワポの一枚。↓

 

 

author : tanizawa-k
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固まっちゃうのは、体も脳も。

【2018.08.01 Wednesday 08:54

襟のあるシャツを着ると

めちゃ肩が凝るようになって、

開襟の襟のシャツが好きなんだけど、

着られなくなってた。

 

ところが膝のリハビリに通い、

可動域が広くなり、

階段を下りるのも、

ペットシーツを変えるときも、

楽になってくるにつれて、

特に違和感なく着られるようになってきた。

 

膝が固まってて上手に動かないうちは、

他のいろいろなところが調整して、

日常生活を送れるように、

ちょっとずつ負担してくれたんだと思う。

 

その過程で理学療法士さんに

私の現状を教えてもらった。

右腿の表側と裏側の筋肉が弱っていることと、

股関節が硬くなっていること。

なんとなく弱ってるな、硬いよなとは

思っていたけど、

どこがどの程度のものなのか、

自分の体のことなのに、

よくはわかっていなかったことに驚いた。

 

そして、そんな私に処方箋!

運動やストレッチの方法を教えてくれて、

ちょっとずつやっているうちに、

膝はもとより、

開襟シャツが着られるようになってきたってわけ。

 

 

 

 

体も使わないと固まるし、

脳は脳で固まることもある。

 

 

 

 

脳科学の本を読むと、

脳は現状維持を好む・・・

のようなことが書いている。

 

今までの考え方、

行動の取り方など、

自然に、

流れのままにしていると、

それを繰り返しちゃうのが脳だと。

 

 

たとえば

友人からライブに誘われたけど、

そのアーチストが、自分としては

あんまり興味ないと思ったとしよう。

 

どうしようかと考える。

 

行動としては、

a「断る」というパターンと、

b  断ったら、今後の関係が不安だから

 「断らない」というパターン

が考えられる。

 

さてどっち選ぶか?

 

 

こういう時、

つまり

ライブの誘いだけではなく、

自治会の体育祭での大縄跳びへの参加の依頼や、

仕事先でシフトの急な変更のお願いや、

理不尽なアドバイスの押し付けや、

無用なラインのやり取りなどに対して、

「この先のことや、人間関係が

 不安だからもの言わない」、

まとめると、

「不安だから行動を起こさない」

というパターンを

何度も繰り返すと、

 

「不安を感じた時に、

行動をおこなさい」

という脳内のニューロンの回路は、

これが最適な処理なんだと自覚してしまい、

一層よく使われるようになり、

それで固まるってことらしい。

 

じゃ、どうするか?

 

逆らうしかない。

 

「不安だから行動しない」

のではなく

「不安だけど行動する」

という回路を脳の中に少しずつ作る。

作れば、

今度はそれで回路ができる。

回路が順調に働くようになると、

「不安」という感情を

持たなくなる可能性もある。

 

 

 

そして「行動」の中の大切な一つが

コミュニケーション。

 

「不安だけどがんばって言おう!」

と現状の回路に逆らおうにも

どう言ったらいいかわからないと、

「不安だから」のループに

引きずり戻される危険性がある。

 

だからこそ、

コミュニケーションの方法が

確立されてきたのだと思う。

 

アサーティブには、

「言いたいことの整理方法」

「伝え方」

「流れ」

「批判の受け方」

「怒りの感情の取り扱い方」

「聴き方・質問の仕方」

などなどのスキルと、

それを支える理論がある。

 

脳の回路を固まらせずに

どこをどうストレッチし、

どこをどう強化するか、

プログラムができている。

 

 

まずは

アサーティブトレーニング基礎編で、

しつこい不安ループに

別の回路を上書きしませんか?

 

基礎編で努力の方向性がわかったら、

あとは日常で繰り返しトライすること。

 

 

この夏の基礎編は、

アサーティブジャパン認定講師が4名体制で

みなさんの学びをサポート!

 

 

肩のコリが膝を治すことでほぐれたように、

コミュニケーションを改善することが、

あなたのしんどかった生活を

ちょっとだけ楽にするかも。

 

 

*アサーティブトレーニング基礎編

 本格的にアサーティブをスタートしたい方に。

 自分の伝えたいことをシンプルに言葉にするための

 考え方とスキルを身につけていただけます。

・8月25日(土)9時半〜16時半
   26日(日)9時半〜16時半
・ 静岡県教育会館 
・21800円(テキスト代込み)
 *なお、リピーターの方は10900円で受講いただけます。
 テキストはご持参ください。
 *紹介講座に参加された方は20800円で受講いただけます。
・ 講師:アサーティブジャパン認定講師

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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猫には毛づくろい。

【2018.07.30 Monday 10:41

7月30日の朝、

NHK BS

岩合さんの「世界ネコ歩き」の再放送を見ていて、

驚いた。

 

ネコが毛づくろいをする意味はいろいろあるが、

自分を落ち着かせるという意味もあるとのこと。

 

例えばオスどうしで喧嘩になりそうな、

ウーっとうなりあっている時、

急に毛づくろいをする時があって、

それは無関係な行動をすることによって

ストレスを発散させているとのことだ。

 

また、

苦手なネコに出会ってしまった時にも、

心を落ち着かせるためにし、

獲物を追いかけてる途中に、

時々毛づくろいするのは、

あまりに獲物に集中し、

我を忘れて命を落とすような危険なことに

巻き込まれないためにするんだそう。

 

すごいなあ、

生き物の防衛本能!

生理現象!

 

命を守るための行動が

脳の中に組み込まれていることが、

すごく興味深いし

めっちゃ頼もしい。

 

 

さて、

人間の生理現象について。

 

緊張したら

手のひらに汗かいたり、

ドキドキしたり、

 

苦手な人が近づいてくると

体が硬くなったり、

 

自分とは全く違う意見を聞いた時に

体にいろいろな反応が起こったりする。

例の「生産性がない」発言には、

頭髪の毛穴が全部開いたような感覚があって、

怒髪天を衝くってこういう感じか?

と思ったりした。

 

 

人間が厄介なのは、

こうした、

手に汗が出たり、

体が硬くなったり、

頭の毛穴が開いたような

そういう体の反応があった時に、

その前に持った感情を

否定する場合があることだ。

 

緊張なんかしてはダメだ・・・

苦手っておもっちゃダメ・・・

怒りは未熟な証拠・・・

などと考えて、

 

生理現象を否定すると、

 

生理現象 VS 思考

ってことになるわけで、

 

生理現象の目的は

何しろ、「命を守る」ことだから、

とにかく「わからせないと!」と、

あらゆる手段を使う。

 

「手のひらの汗」を封じ込めようとすれば、

それでも緊張はしているのだから、

命はなんとかそれを自分に伝えようと、

次は、「あちこちから汗」

なんて形で知らせようとする。

それでも

「平気平気!」と抑えようとすると、

「ドキドキが激しくなる」

「手が震える」

「お腹が痛くなる」

などなど。

 

 

ネコは、

「こういう状況の時は毛づくろい」

という回路があり、

シンプルにその通りに体が反応するけれど、

 

人間は

複雑で、

ほんと厄介で、

面倒くさくて、

愛おしい。

 

だから、

ストレスマネージメントについて

学びあったり、

トレーニングしたりするんだと思う。

 

 

 

夏休み前にある中学校(二校合同)の

学校保健委員会で講師を務めた。

「心の健康」について

事前に生徒の皆さんに書いてもらった

「心のつぶやき川柳」を元に構成するプログラムだ。

 

今回の学校の養護教諭の先生方は

すごいアイディアを出してくれた。

 

授業後の感想に

「心のつぶやき川柳・その2」を書くというもの。

 

むし暑い体育館の中で、

床を机に、

生徒の皆さんが書いてくれた

「つぶやき・その2」。

(両校とも、報告の保健だよりを作成され、

 その中に紹介されているものの中から

 以下を紹介

 ー以下は 谷澤の合いの手)

 

 

「いらいらも 悲しくなっても 心健康」

ーそうだ、その通りだ!

 

「凹んだら 超大声で めちゃ叫ぶ」

ー叫べ叫べ、周りは見のがしてやってくれえ。

 

「話長い 腰が痛いの 短めに」

ーあ〜ゴメン。長かったね。痛かったよね。

 ほんとごめんなさい。

 

「誰でもいい 自分の悩み 聞いてくれ」

ー聞いてくれる人がいるといいね。

 あなたが話せる誰かを見つけられるといいね。

 

「これからは やる気を待たず まずはやる」

ーあっ、これ、刺さる。

 私も勉強しないとやばいし。

 

 

 

ストレスマネージメントとは、

 

何か出来事があった時、

自分に起こった反応の中で

自分のためや、

他者のために、

工夫ができることはしよう

ということ。

 

そして

その前に、自分に起こった反応を

まずはモニタリングできるようになろう。

 

モニタリングして、

(否定しないで)受け入れて、

工夫する。

 

大人は、

子どもの

この過程を、

見守り、

サポートできるといいと思う。

 

 

 

 

これから

ネコの毛づくろいを見たら、

単なる体を清潔にしているのか、

それとも落ち着かせようとしているのか、

きっと観察しちゃうんじゃないか?私。

 

 

 

 

 

*先週水曜、急な土砂降りに軒先きを借りた。

 そのお宅の方が、なんと、傘を貸してくださった。

 世の中、いろいろあるけど、こういうことがある。

 優しい人がいる。がんばろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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物語にできる

【2018.07.04 Wednesday 17:56

サッカー日本代表が負けてしまった後の

昌子選手が拳で芝生を叩く姿が

まだまだ頭から離れない。

 

どれほど悔しくて情けなかったんだろう。

湧き出るその感情は、

地面に叩きつけなくては

どうしようもできないほどの

エネルギーだったんだろうと思う。

 

そして彼の物語は、

この日を境に、

また新しい章に進んだんだと思う。

 

長友選手が、4年前、

インタビューの席をはずれて、

サポートに来たスタッフに

すがりつくように泣きじゃくってた日から、

彼の物語が一段と濃いものに

なったように。

 

 

 

朝の連ドラ「半分、青い」の中で、

漫画家をめざしていた

主人公すずめに、

恩師秋風先生は、

言った。

 

すずめが失恋をした時だ。

 

「楡野(すずめのこと)、描け。

 泣いてないで、いや、

 泣いてもいいから描け。

 マンガにしてみろ。

 物語にしてみろ。

 楽になる。

 救われるぞ。

 創作は、物語を作ることは、

 自分を救うんだ。

 私はそう信じている。

 物語には人を癒やす力があるんだ」

 

すずめは、今朝の回で

漫画家でいることを

諦めた。

明日からは、

すずめの物語は新しい章に入ると思う。

 

 

 

臨床心理学者の河合隼雄さんは、

小川洋子さんとの対談を本にした

「生きるとは、自分の物語をつくること」

の中で

「私は、『物語』ということを

 とても大事にしています。

 来られた人が自分の物語をを発見し、

 自分の物語を生きていけるような『場』を

 提供している、

 という気持ちがものすごく強いのです」

と言っている。

 

私はものすごく共感する。

 

小川洋子さんが、その話の少し前に

「臨床心理のお仕事は、

 自分なりの物語を作れない人を、

 作れるようにすることだ

 というふうに私は思っています」

と言っていて、

 

それが臨床心理の仕事だとすると、

私はそれとはちょっと違ってるな

って思った。

 

私は目の前の方が物語を作れない人と

考えたことがなくって、

 

というよりは、

 

物語を生きているんだけど、

 

現状の問題は自分の物語の中で、

 どういう章の中の一コマなのかとか、

自分の物語にとって今の苦しさは

 どういう位置付けなのかとか、

 

そういうことが

見えにくくなっているような気はする。

 

見えにくくなっているとは

どういう状態かというと、

スマホやPCで、

⇧このキュルキュルしたやつが

止まらないような、

そんな状態なのではないか。

 

それをあるところ(ある考え)に

たどりつかせること。

 

それを

一緒にやっているような気がする。

 

私が無理に引っ張って、

強引にたどりつかせてしまうと、

目の前の方は、

なんとなく落ち着かないんだと思う。

 

一緒に考え、

そろそろと、

物語を掴み取る。

 

 

 

理不尽な出来事も、

突然の激しい感情も、

努力したことが報われない時も、

 

人生を物語として考えた時、

それはどういう意味があると考えられるのか、

一緒に言葉にしていってることが

私の仕事なんだよな。

 

 

 

どんな出来事であっても、

「これが

 自分が主人公の物語にとっては、

 なくてはならない出来事だった」

と考えることができた時、

 

秋風先生がいうように

「楽になる」

のではないか。

 

 

 

サッカー日本代表物語も、

各選手の物語も、

まだまだ続く。

 

そして、

もう彼らの試合が見られないことが

心が空っぽになるくらい寂しい私の物語も、

まだまだ途中。

 

 

私たちは、

自分の毎日を物語の1ページにできるのだ、

 

 

 

今晩はこれから

高校生にコミュニケーションの授業に行く。

彼らの物語の、せめて1行になるぐらいの

授業をしたいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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初MRI

【2018.06.09 Saturday 20:58

2か月くらい前から右ひざが痛く、

だましだまし生活していたけど、

友達が薦めてくれたゼラチンを飲んだら

おさまった。

 

で、また朝のランニングを再開。

もう少し様子を見て、

しっかりとゼラチンで癒せばよかったのに、

いきなり9キロ走ったりした。

それがダメだったんだと思う。

階段を下りる時に右ひざを曲げることが

できなくなった。

 

とにかく大人しくしておこうと、

約一か月は走らず、

日常生活を送っていたが、

どうにもこうにも痛い。

 

何をするにも、

いつもの1,5倍はかかる感じ。

 

ついに今週の月曜に受診すると、

「変形性ひざ関節症」で、

水が溜まっているとのこと。

先生が抜いてくれた水を見せてくれた。

注射器の中に120ccくらい。

「いっぱい入ってたね。

 これじゃ、痛かったでしょ。

 よく頑張ってたね」

に泣きそうになる。そうなんですよ・・・!

ヒアルロン酸を注射してもらい、

マッサージと電気をかけてもらった。

 

そしてレントゲンだけでなく

詳しく調べるためにMRIを勧められた。

 

それが今日!

 

 

 

なんだけど、

私は若干閉所恐怖症気味。

エレベーターよりエスカレーターを選ぶし、

閉じ込められ感にはめちゃ弱い。

叫びだしたくなる。

一昨日くらいから、

時折、

何となくゾワゾワっときてた。

でも

みんながやってることだし、

なんてことはないよ!という考えで、

抑えてた。

 

予約の時間に行き、

検査技師の方の指示に従い、

着替え、

機械に横たわる。

 

検査技師の方は

何かをする前に必ず声かけしてくれる。

「足を持ち上げますね」

「下にタオル敷きます」

「足を固定します」

など、次に何をされるのかわかり、

安心する。

 

なんだけど、

だんだん、

暗い機械の中に20〜30分入るなんて

私にできるのだろうかと怖さが募ってきた。

 

 

ネガティブな妄想が浮かぶ。

怖くって思いっきり

暴れちゃったらどうしよう。

機械を壊して弁償なんて困る。

失禁あるかも。大便の方だったらどうしよう。

大きい声出して叫ぶかもしれないし。

 

 

検査技師さんが、

「では機械の中に入っていきます」

と言い、

ついに動いた。

 

機械の中に少し入って止まる。

また少し入って止まる。

怖い。

頭の中では、

「検査技師さんに、

 閉所恐怖症がちょっとあることを

 言ってなかった。

 本当は怖いってこと、

 一言も言ってない。

 そんなことできるかどうかはわからないけど、

 言ってあれば多少の配慮みたいなこと

 あったかもしれないのに・・・」

と考える。

また少し入って、ついに

首のあたりまで入った時に

「マジ、無理」と思って、

私は、

緊急用のブザーを

思いっきり押した。

 

検査技師さん

「どうしましたか?」

「無理です。

 狭いとこが怖くて。

 無理です」

検査技師さん

「わかりましいた。

 では終わりましょう。

 大丈夫ですからね」

 

 

あ〜恥ずかしい。やってまった。

でも助かった。

でも、情けない。

でも、

もうあの中に入らなくていい。

 

 

検査技師さん

「苦手な方もいらして、

 途中でやめる方もいらっしゃいますよ。

 大丈夫ですからね」

といいながら、

足を解き、体を自由にしてくれた。

 

その途端だ。

めちゃ冷静になって疑問が湧いてきた。

 

あれ?

右ひざなのに、頭まで全部入るのかな?

頭が入らなければ、

大丈夫な気がするぞ。

 

質問をしてみると、

私が「マジ無理」と思ったあたりから

奥に進むことはないそう。

つまり頭は外に出ているということだ。

 

エッ?そうなんだ。

それはやれるかも。

 

「すみません。

 一旦、やめるって言っておいて、

 本当、マジ言いにくいんですが、

 もう一回チャレンジしてもいいですか?

 頭が出ているならできそうな気がします」

 

この時、検査技師さんが

面倒くさそうな態度や

呆れたような声のトーンだったら、

きっと私は

「やっぱやめときます」

と言ったと思う。

 

彼女は

「ではやってみましょう。

 でもまた無理だと思ったら、

 いつでもブザーを押してくれて

 構いませんからね」

と優しく言ってくれた。

 

それならトライできる!と思った。

 

 

で、仕切り直し。

 

検査を受けている間25分くらいだったのかな?

 

私はいろいろなことを考えた。

以下、考えたこと。

 

 

まず、

ちゃんと怖いって認めよう。

私は狭くて暗くて動きを制限されることが

ほんと、怖いんだよ。

今まさにそれだもんね。

よくやってるよ、私。

 

これだけの恐怖を

今経験することに、

意味を与えることができるかな。

 

不安や恐怖の時の

心の動きや体の反応を

ちゃんと

細かく

丁寧に知るって

意味があるかも。

 

 

ロゴ的に言うと、

過剰に自己観察するよりも、

この経験を

何かのために、誰かのために

役立てることが大事だよな。

 

そのことを集中して考えよう。

 

そうだ、そのことそのものは

今思いつかないけれど、

一通出したいメールの返事を

今ここで考えよう。

 

 

〜〜〜なんて

メールの文句を考えてると、

その最中に

検査技師さんの声

「はい、終わりました。

 お疲れ様でした」

 

「へっ?もう?」

 

という訳で

私のMRI初体験は終わった。

 

終わった瞬間に、

「へっ?もう?」だったが

体は正直で

緊張してたんだろう、

固まってる感じ。

お借りした検査着は汗で湿ってる。

 

 

いやあ、久々の

超超超苦手なこと体験は・・・

 

もしも、

私が関わる子どもが

苦手な何かに挑戦する時、

「いいよ、途中でやめても。

 全く問題ないよ」

「何度試してもいいんだよ。

 試したからって

 最後まで絶対やんなきゃとか

 ないからね」

的な感じでいようと

決めさせてくれたぞ。

 

 

 

 

 

何を想うか?クラ。

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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種火

【2018.05.19 Saturday 09:12

思いの外、西城秀樹さんが

亡くなったことに動揺してる。

彼は私の最初のアイドルだった。

 

NYに住む妹に訃報を伝えると、

家族で、彼が出演する

日劇ウエスタンカーニバルに行った出来事を

思い出させてくれた。

当時は雑誌がネタ元で

「平凡」とか「明星」とかの情報で

彼が出演することを知って、

私がねだったんだと思う。

父と母と私と妹で行った。

 

そして、

父、無骨で、実直で、硬い父も,

会場に一緒に入ってくれたことを思い出すと、

もう涙が止まらなくなってしまった。

 

私の喜ぶ顔を、父も母も想像して、

チケットを取ってくれたんじゃないか。

 

その時の嬉しさは

私の心の中にずっと種火のように残っていて、

大人になってから、

母の好きな女優大地喜和子さんが出演する

「近松心中物語」の舞台のチケットを

両親にプレゼントしたんだと思う。

 

すごく情けないけど忘れてしまっていて、

今は自覚できてない色々な出来事を通して、

家族は私の中に

種火をいっぱい残してくれたんじゃないか。

彼の旅立ちは、

そんなふうに考えられるきっかけをくれた。

 

 

西城秀樹さんが活躍していた時代は、

まだ祖父母も両親も生きていて、

妹としょっちゅう喧嘩してた、

くったくない時代だったんだなあ。

彼は私の幸せな子ども時代の象徴だったんだと

思う。

 

 

 

 

彼が脳梗塞を患った時はびっくりした。

そして、

彼が2度の脳梗塞を経て、

懸命にリハビリに取り組む姿は、

最初は真正面から見れないような、

見ることに覚悟がいるような感覚があった。

 

でも、すぐに、

その堂々とした、

なんの迷いもない姿に、

「オープン」であることのかっこよさを

考えさせられた。

さらに、

 自分も色々な人から勇気をもらって生きてる

 自分がリハビリにがんばる姿を見て、

 勇気を持ってもらえるなら・・・

という言葉や、

 病気を患ったことに意味がある

という言葉は、

多分、私の種火になったと思う。

 

 

母が脳梗塞で倒れてしまい、

右半身に麻痺があった入院中、

私は母の友人にお見舞いをお断りした。

それまでお稽古事のまとめ役みたいな存在で、

糖尿病で食事制限をしていた母は

その影響だけどスタイルも良く、

結構おしゃれな人だったから、

右半身麻痺があり

上手に話すことができない母と

元気に暮らしている友人との対面が

忍びなかったと思う。

その頃、私はすでに28歳だったけど、

私の価値観は、

まだまだ表面的で浅いもので、

多分、母親に「どうする?会う?」

とも聞かないで、

私の判断だったんじゃないか。

もしかすると

母は

会いたかったかもしれないのに!

・・・ダメだな、過去の私。

   いやあ、本当、情けない。

そして、そのまま逝ってしまった。

 

 

 

その後

長島茂雄さんが

右手をポケットに突っ込みながら

巨人のキャンプで

選手たちに発破かける姿にびっくりし、

さらに

西城秀樹さんのリハビリの姿には

刺激を受けた。

 

 

私は30歳くらいまで、

どちらかというと、

虚勢を張ることが多かったと思う。

今も、いいかっこしいが全て悪、

とは思わないし、

オープンであることだけがいいとは思わない。

クローズな選択もありだと思うけど、

 

そうではない、

そのままの、

自分の「やってまった」失敗にも、

ダメなとこにも、

正直でオープンであることも、

選択できると、

いい感じだなあと思う。

 

少なくとも

自分のダメさが

ばれたらどうしよう・・・

ばれて嫌われたらどうしよう・・・

嫌われてここにいられなくなったら

どうしよう・・・

という不安の連鎖に入らなくってすむ。

 

 

 

さらに、

最初に自分が自分をさらけだした方が、

相手がオープンになってくれやすい。

そこが、

正直であっていい相手、場なんだと

伝わるからだと思う。

 

彼の訃報に、

安藤優子さんやテリー伊藤さんが号泣されていた。

そのままの自分で表現し続けた彼の前では、

悲しみそのままをさらけだせたのかもしれないな。

 

 

 

 

そんなことを考えながら

彼の映像をYOU TUBEで見つづけた。

上手だったし、

キングクリムゾンやらレインボーやら、

こりゃやばい。

 

そしてちびまる子ちゃんの

♪交差点で100円拾ったよ

 今すぐコレ交番届けよう

のタイトルは

「走れ、正直者」だ。

 

♪いつだって♪は無理だけど、

時々正直も選択せよ

も私の種火。

 

消さないように!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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動機づけ

【2018.04.13 Friday 10:43

新入社員や新入職員、新スタッフの方々も

お疲れだと思うし、

指導、サポートの役割を担っている方も、

しんどい思いをされてるかもしれない時期だな。

 

どうしたら

彼らのやる気を出させられるのか?

いろんな工夫をされていると思う。

 

 

 

私は、

小中高校という教育の世界で活動していたり、

研修講師として組織の中でのコミュニケーションを

トレーニングしたり・・・という関係から、

動機づけ(「やろう!」と思ってもらうため)には

興味津々だ。

 

つまり、

どうしたら

「それ、よさそう、やってみる!」

って思ってもらえるかってこと。

 

動機づけには2種類ある。

 

外発的動機づけは

外部からの誘因で動機づけすること。

つまりは

「ここで成績上げると給料アップにつながるぞ」

などのアメ的なことや、

「ゲーム1時間の約束破ったら明日は禁止」

などのムチ的な方法で

行動や態度を変えること。

 

内発的動機づけは

自分の内側から湧いてくるもので

行動や態度を変えること。

「もっと知りたいから」とか

「こうありたい」など、

自分で立てた目標や内なる欲求から

態度行動を変えること。

 

そして、

外発的動機づけは一時的には効くけれど、

内発的動機付けの方が質も高く、

持続することが確認されている。

 

そういうこと百も承知で、

親子のコミュニケーション法の講演では、

上記のことを話したりもしてるんだけど、

でもやっぱり、

他者から認めてもらえるってのは、

力になるんだよなあ。

 

 

私は学校で活動し、その日のことについて

日報を書く。

(もちろん、守秘義務があるので

めっちゃアバウトの日報)

時間系列で何をしたか書くのだが、

下欄に自由記述欄がある。

 

そこにね、

その日に考えたことや、

ここのところの事例に基づいて

分析したことなど書くと、

ある中学校の校長、教頭先生は、

まず文章を全て鉛筆で追って読んでくれていて、

必ず一言、

例えば

「ニューロンのことについて、知りました。

 脳科学について興味が湧きました」

とか、

「いつも丁寧に子どもたちをみてくれて

 ありがとうございます」

とか書いてくれるのだ。

 

「他者に認めてもらってやる気でるって、

 幼いぞ、自分!」

と思ったりするけれど、

でもやっぱ嬉しくって、

この学校の日報は、

めっちゃ丁寧に書くようになった。

 

で面白いのは、

最初は、

「認めてくれるから」

「読んでくれてるから」

という外発的動機づけだったのが、

ある時からそれが

「これを読む先生方にどう役にたてるか」という

自分の中の目標(の一つですが)に変わり、

つまりは内発的動機づけになって、

そうなると、

どういう評価がもらえるかとか、

線が引いてあるかどうかとかには

興味がなくなり、

「いかに役に立つ情報を提供できるか」に

興味の中心が移ったんだよな。

 

研修で新しいことを知った時や、

本で得た情報で中学校の先生方が知っておいた方が

良いと考えた時など、

積極的に書くようになった。

 

校長先生はこの3月で退職されてしまったので、

もう多分、あの鉛筆で文を追ってくれてる感じは

味わえない。

でも、もう

読んでくれてるかどうかではないので

今年もそこに、私は書く。

 

この過程は、

多分、私が動機づけの理論を知っていて、

しかも年齢的にも社会経験をある程度積んでいるから

自分の中で(外発的→内発的)が可能だったんだと思う。

 

 

で結局何を言いたいかというと、

新入社員や職員、スタッフの方の

指導やサポートの役割を担っている方は、

今は、きっと、

褒めたり、認めたり、つまりアメ中心で

新しい世界に入ってきた方々を指導されてると思う。

そろそろムチも使いたくなる時かもしれない。

 

それもあり。

それも使いながらなんだけど、

内発的動機づけが進むような

コミュニケーションってことを

頭においておくのもいいと思う。

 

 

ではどうするか?

 

まずは、

ゞΥ凝に聴くこと

 「疲れてきましたあ」に

  甘えてないで!と感じながらも、

  目の前のその方はそう感じているんだと

  つまりは、

 「疲れてるんだね」共感的に聴く

 

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 きちんと反応すること

 「先輩みたいになりたいです」

  →「なるほど。具体的にはどんな感じ?」

 

0嫐づけすること

 その行動、態度であることが

 「あなたにとって意味があることなんだよ」

 という意味づけを

 将来は自分でできるように、

 今は、してあげることなんだと思う。

 「積極的に電話が取れてるじゃん」

 って褒めた後に、

 その行為行動の意味、

 「周りを見て、自分にできる行動を

  選んでるね」

 みたいな感じかな。

 

ぜ最圓鮓譴辰討澆

 先輩や上司も失敗したことがあるんだと

 知るのは、

 なんだかんだ言って

 「なんとかやっていこう」

 と思えるもの、

 

・・・と

これは今のところのアイディア。

これからも

いろいろ考えていきたい。

 

 

 

 

ででで、

他者にした方がいいことは

自分にした方がいいことでもある。

自分のモチベーションを上げたい時には、

自分で自分にしてあげてもいいかも。

 

新しい出会いはウキウキすけど、

ちょっと疲れるな・・・なんて時・・・

「ちょっとしんどいよね、自分」

「ぱきっとしたいのは、 

  どのあたりで?自分」

「変化の時を

 ちょうどよく適応する過程を

 味わう意味があるかもね、自分」

「うまく乗り切れない時も

 あるさ、自分」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

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流そう。(「感情自己管理レッスン」のお知らせ)

【2018.04.05 Thursday 14:28

今年もツバメが来てくれそうだ。

巣の修繕をしながら、

ここで子育てできそうか、

彼らなりにチェックしているんだろう。

まだ本格的ではないけど、

それでもガレージでツバメの姿を見た途端に、

我が家にある「巣」の

止まっていた時間が流れた気がした。

 

 

実はここ一週間くらい、

何となく調子が良くなかった。

3ヶ月の仔犬(クラ)の世話で

疲れているのかな?と考えてみたり、

めっちゃすごかった気温差に

対応しようとエネルギーを消耗して

バランス崩れちゃったのかな?と思ったり。

寝ても寝ても眠くって

春眠暁を覚えずとはよく言ったものだなと感心したり。

友人の中にも体調不良を訴えている人が多かったので、

春ってそんなもんなのかなと収めてみたり。

 

それが、

急に

昨日から、少し元気になってきた。

 

昨日は

活動する中学校で新一年生の先生方と打ち合わせ。

新一年生が6年生だった時にかかわった子のことで、

保護者の方から引き継ぎを頼まれていたことを

伝えに行った。

先生方は、

どのように迎えたら

彼らが上手にスタートできるか話し合ってくださって、

その会を提案したことに手ごたえを感じた。

 

また今日は、

活動する別の中学校で、

私がかかわっている子どもへの対応方法について、

全職員で共通理解するための時間を作ってもらった。

上手に話すことはできなかったけれど、

それでも明日から始まる新年度への準備の一つに

なったと思う。

 

春休みの間止まっていた学校での活動という時間が

昨日今日で

ちょっとずつ流れ始めたんだと思う。

そしたら、

何となく、重かった体が軽くなった感じなんだ。

 

野口体操を作った

東京芸術大学名誉教授・野口三千三(1914〜1998年)の言葉に

「からだのからは空っぽのから。

 エネルギーの通りみち」

というものがあるとずっと前に聞いた。

 

通りみちにしとかないと、

流さないと、

ためちゃうとまずいんだよな。

 

 

 

 

ためちゃうときついのは、

ネガティブな感情もそうだ。

 

だいたい人間は、

先のことが不安になってぐるぐるしたり、

過去のことでの怒りや後悔でぐるぐるしたりする。

そのぐるぐるの中に留まっているうちは、

苦しくってたまらない。

 

ぐるぐるの中に留まるとはどういうことか?

 

失敗したらどうしよう

→じゃ、やめとこう

→やめたら解決しない

→でもやっても失敗するかもしれない

→こんなことで不安にばかりなる自分がだめ

→こんな自分じゃ失敗する→延々・・・

 

あるいは、

 

なぜあんなこと言われなきゃならなかったのか

→あの人に言われる筋合いない

→だから、近づかなきゃよかったんだ

→このことにいつまでもこだわる自分って何?

→だから自分ってダメなんだ→延々・・・ 

 

みたいな感じだろうか。

 

このぐるぐるが起こっているのは、どこだろう?

 

自分の中だ。

 

私たちの目は

外を見るためについているが、

この時、

私たちの目(思考)は

中を中をと

観察してる。

 

 

そこから出るために、

私たちを巻き込むのが上手な

感情の正体を学んでおこうという講座が

「感情自己管理レッスン」。

 

 

ぐるぐるの循環の中から、

自分で自分を外に出してあげよう。

 

目を外に向かって使おう。

 

違う方向、矢印に

考えを流そう。

 

留まらずに

外に出る方法を

学びあおう。

 

 

しばらく前に紹介した

いろんな事情で延期したプログラム。

開催日が決まったので、

ここでお知らせ。

 

2018年度谷澤相談室第一回勉強会

「感情自己管理レッスン」

◆6月2日(土)10時〜16時 (ランチ休憩1時間)
◆会場:静岡県教育会館
◆定員:20名 ◆会費:5000円
◆講師:谷澤久美子(心理カウンセラー・谷澤相談室主宰)

<お申し込み方法>
faxかメールで以下を記入の上お申し込みください。受付後詳細をお送りします。
氏名 ⊇蚕蝓腹番号も) E渡暖峭
ぞ楮戮鬚送りする時のご希望の連絡方法(電話:携帯:fax:メール)
*携帯メールはご遠慮いただいています。よろしくお願いします。
ゼ講の動機
メール:kumikotanizawa@gmail.com 

 

 

 

 

で、少し前に

洋服の整理をした。

着るつもりで出してあって、

何年も引き出しに入れっぱなしだった通年ものも、

一枚一枚チェックして、

ちょっとだけ断捨離。

 

そのままで留めておかないで、

空気を流してみたら、

思いもよらない物が出てきて、

今はそれらに袖を通すのが

ちょっとした楽しみ。

 

エネルギーに通り道を作ることは、

体だけじゃなく、

脳だけじゃなく、

心だけじゃなく、

仕事にも引き出しにも良い模様!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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静か。

【2018.04.01 Sunday 11:19

お墓参りの道中、

幼い時のことを思い出した。

 

うちの近所に山本焼きそば屋という店があった。

ここの焼きそばは、

マルモさん(製麺屋さん)の麺と

肉かすといわしの削りぶりの

今でいう富士宮焼きそばなんだけど、

ま、私にとっては

「焼きそばとはこういうもの」

という焼きそば。

 

小学校低学年だったある日、

隣に住む幼馴染のYちゃんと遊んでいた私は、

小腹が空いて、

それをどうしても食べたくなったんだと思う。

Yちゃんを強引に誘って食べた。

 

でも、そんなことはすぐにバレるのが、

昔の隣近所だから、

「子どものくせに

 おごるって

 どいうことだ!」

と父親からめちゃ怒られた。

 

Yちゃんもうちに聞こえるくらいの大きな声で

叱られていた。

「くみちゃんのお父さんとお母さんが

 一生懸命働いたお金で、

 くみちゃんのためにあげたお小遣いで、

 おごってもらうとはなに事か!」

というような声だったと思う。

「いらない」というYちゃんに、

私が頼んで

一緒に食べてもらったのに・・・。

 

 

お金のこととか、

浅はかな行動で友達に迷惑かける

申し訳なさや情けなさ、

隣近所全体で見守られてることとか、

(それが結構重いこととか)

このささやかな出来事から

私の中に染み込んだものが

多分ある。

 

 

1997年3月31日に父は亡くなった。

昨日で21年。

母が亡くなったのは、

1988年12月25日だから、

30年。

 

前を向いて、

その日その時の

「今できること」に集中している時には

気がつかないけれど、

こうやって振り返ってみると、

両親が亡くなってからの

なんとかやってきた年月の長さに

我ながらちょっと驚く感じだ。

 

 

この二日を

心静かに過ごせるようになったのは、

ここ5年くらいだと思う。

それ以前のように、

「あの時に〜していれば・・・」とか

「なぜ〜しなかったんだろう」とか

罪悪感や後悔などで

目が腫れるくらい泣くことは

なくなった。

 

さみしさや

こみ上げる感謝の思いも、

激しさよりも、

しみじみと味わえる感じに

なっている。

 

そして、

特別の日に

特別に考えるというより、

日常の中でふとした時に、

何の脈略もなく思い出す出来事から、

自分の中に

父や母も

しっかりいるんだと、

年を経るほどに

確かめられているような気がする。

それもわざわざ考えて確認するというより、

もっと自然に湧いて出てくるように。

 

そのくらいまでに、

私は

ろくに恩返しもできず、

迷惑ばかりかけたことを

棚に上げられるように

なったんだと思う。

 

 

 

もちろん、

背負った荷物は

軽くなった訳じゃない。

 

母が最期に書いたメモにも

父が最期に私に当てて書いてくれた手紙にも、

私への詫びの言葉が書かれていて、

親に最後に詫びさせてしまったという

「重い荷物」は、

簡単には下ろせない。

 

ただ

昨日の私は

お墓に向かって手を合わせて、

父親に

「『重い荷物』こそが、

 私を今に連れてきてくれた」

母親に

「背負い方を学んだり

 工夫したりすること

 そのものが、

 私の仕事になったよ」

とつぶやいてきた。

 

 

 

私は父と母が

大好きなんだと

あたらためて思う。

 

好きな両親から

私の人生がスタートできたこと、

そのまんま生きてこられたこと、

すごくラッキーなんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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受け入れる方も。

【2018.03.26 Monday 10:15

私が大学入学する前の春休みは、

ワクワクしかなかった。

一刻も早く親元から離れたかったから、

後に感じることになる、

寂しさや辛さに思いを至らせることもなく、

とにかく期待でいっぱいだった。

 

また私は、

家族の想いなども、

ほんの一瞬も考えてはいなかったと思う。

親の心配や寂しさ、妹や祖父母の想いなど、

一緒に暮らしてきた中の

一人がいなくなるという状況に対する

想像力がなかった。

というより、

東京での生活が楽しみすぎて、

そのことで脳内100%だったんだと思う。

 

私はそんなのんきっぷりだったが

そういう人ばかりではないと思う。

 

 

この春、新しい生活に入る方々の中には

期待と不安の両方で、

落ち着かない日々を送っている方が

いるかもしれない。

 

進学や、就職、転職、結婚などなどで、

新しい生活に入る方々は、

その中で特に、

新しい環境に時間をかけて馴染むタイプの方々にとっては

疲れる変化の時期だと思う。

 

変化の時期は、

無理をしなくてはならないこともあるだろうけれど、

そんな時に自分を助けてくれるものを

大いに使って欲しいと思う。

 

気が張っている時は

自分が頑張ったり無理してることに

気がつかないこともあるだろう。

だからこそ、

○時には寝る とか

シャワーで済ませないでお風呂に浸かる とか

日曜は友達と会って喋る とか

ランチの時は一人でぼーっとする とか

週1で体を動かす とか

一人カラオケ、映画、音楽、

旅行の計画を練る とか、

自分をいたわるコトをして欲しいと思う。

 

必要があったらするというより、

気が張っている時は、

自分がそれを必要としているかどうかも

わからないこともあるから、

ある程度自分のスケジュールに

組み込めるといいな。

 

もちろん、自分を助けることの中に、

ゲームや

アルコールや

誰かに愚痴るや

買い物なんかもいいと思う。

しかし、

依存につながりそうなものは後々きついから、

それだけで自分を助けるのではなく、

できるだけいろいろなメニューを

リストアップしとくといいと思う。

 

 

 

そして、見逃しがちなのが、

新しさを迎える方々だ。

 

「新しい」メンバーがチームに加わったり、

 (行政、学校、病院などなどは、

  毎年チームのメンバーが変わるものだよなあ)

一緒に暮らしていた人が引っ越しした後の生活という

「新しさ」があったり、

 (子どもを進学、就職、結婚などで送り出した

  親御さんやご家族など)

生活の仕方や仕事の変化があった家族と暮らすという

「新しさ」があったり。

 (パートナーが退職、転職などで生活が変わると、

  影響があるもの)

 

そういう方々、

つまり、

「新しさ」を受け入れる方々もまた、

自分の中の疲れや負担やしんどさを

ないものとしないで、

ちゃんと手当してあげて欲しいな。

 

 

 

 

実は

我が家にカルの妹(母犬は同じ、父違い)

がやってきた。

 

当初、

(犬に関しては特に浅はかな)私は

その妹が我が家に慣れてくれるかどうか、

気を使っていたと思う。

 

しかし、影響が大きかったのは

迎えた側のカルだ。

 

夫と私とカルで、車で妹を迎えに行ったが、

その道中の車の中で、

すでにカルは妹に対して気を使っていた。

自分のゲージに妹が入ると譲ってあげるのだ。

 

帰宅してすぐ、

カルの大好きなおもちゃに飛びついた妹に

それを譲り、

そばで静かに見ていた。

 

夜寝るときのベットも、

最近購入したばかりでお気に入りのものだったが、

妹がそこに寝ると、

自分は他を寝床とした。

 

自分が横になりたくても、

何しろ若くて元気な妹が

「遊ぼうよ」とちょっかい出すと

遊んであげていた。

 

カルのストレスは相当なもの

だったんだろう、

今までほとんど失敗したことのないトイレは

毎回失敗するようになり、

食欲も元気も心配な感じに。

 

ちょうど雨が続いて散歩ができなかったことも

影響したかもしれない。

 

そんな時、雨の合間を狙って

夫がカルだけを連れて散歩に行ってくれた。

 

そんなに長い時間ではなかったが、

カルにとっては大好きな夫と二人の時間は、

相当の救いになったと思う。

 

そこから少しずつ元気を取り戻し、

今はだんだん、

妹とちょうど良い距離をとる、

つまり、

譲りすぎないし、

威張りすぎもしないし、

適当に一緒に入られて、

時々は遊び合う・・・

そんな関係へのプロセスの中にいる感じだ。

 

 

 

新しい世界に飛び込む方は

もちろん大変だけど、

新しさを受け入れる方だって、

大変なんだよなあ。

 

 

 

子どもを送り出す親御さん。

夫や妻の仕事や生活が変わったお連れ合い。

新入社員、職員を迎える組織の方々。

チームの何人かが変わった方々。

 

自分を労わることもしながら

ぼちぼちといきましょうね。

新しい状況に、すぐに慣れないとダメとか、

ないですものね。

 

 

 

 

過剰に適応することに対しての

「ちょっと待った!」」や手当の必要性を、

改めて教えてくれた

カルと

クラ。

 

明日(CRAS)に向かって

今を生きよう!(CARPE DIEM)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor