日常 | 今のところではありますが…
初MRI

【2018.06.09 Saturday 20:58

2か月くらい前から右ひざが痛く、

だましだまし生活していたけど、

友達が薦めてくれたゼラチンを飲んだら

おさまった。

 

で、また朝のランニングを再開。

もう少し様子を見て、

しっかりとゼラチンで癒せばよかったのに、

いきなり9キロ走ったりした。

それがダメだったんだと思う。

階段を下りる時に右ひざを曲げることが

できなくなった。

 

とにかく大人しくしておこうと、

約一か月は走らず、

日常生活を送っていたが、

どうにもこうにも痛い。

 

何をするにも、

いつもの1,5倍はかかる感じ。

 

ついに今週の月曜に受診すると、

「変形性ひざ関節症」で、

水が溜まっているとのこと。

先生が抜いてくれた水を見せてくれた。

注射器の中に120ccくらい。

「いっぱい入ってたね。

 これじゃ、痛かったでしょ。

 よく頑張ってたね」

に泣きそうになる。そうなんですよ・・・!

ヒアルロン酸を注射してもらい、

マッサージと電気をかけてもらった。

 

そしてレントゲンだけでなく

詳しく調べるためにMRIを勧められた。

 

それが今日!

 

 

 

なんだけど、

私は若干閉所恐怖症気味。

エレベーターよりエスカレーターを選ぶし、

閉じ込められ感にはめちゃ弱い。

叫びだしたくなる。

一昨日くらいから、

時折、

何となくゾワゾワっときてた。

でも

みんながやってることだし、

なんてことはないよ!という考えで、

抑えてた。

 

予約の時間に行き、

検査技師の方の指示に従い、

着替え、

機械に横たわる。

 

検査技師の方は

何かをする前に必ず声かけしてくれる。

「足を持ち上げますね」

「下にタオル敷きます」

「足を固定します」

など、次に何をされるのかわかり、

安心する。

 

なんだけど、

だんだん、

暗い機械の中に20〜30分入るなんて

私にできるのだろうかと怖さが募ってきた。

 

 

ネガティブな妄想が浮かぶ。

怖くって思いっきり

暴れちゃったらどうしよう。

機械を壊して弁償なんて困る。

失禁あるかも。大便の方だったらどうしよう。

大きい声出して叫ぶかもしれないし。

 

 

検査技師さんが、

「では機械の中に入っていきます」

と言い、

ついに動いた。

 

機械の中に少し入って止まる。

また少し入って止まる。

怖い。

頭の中では、

「検査技師さんに、

 閉所恐怖症がちょっとあることを

 言ってなかった。

 本当は怖いってこと、

 一言も言ってない。

 そんなことできるかどうかはわからないけど、

 言ってあれば多少の配慮みたいなこと

 あったかもしれないのに・・・」

と考える。

また少し入って、ついに

首のあたりまで入った時に

「マジ、無理」と思って、

私は、

緊急用のブザーを

思いっきり押した。

 

検査技師さん

「どうしましたか?」

「無理です。

 狭いとこが怖くて。

 無理です」

検査技師さん

「わかりましいた。

 では終わりましょう。

 大丈夫ですからね」

 

 

あ〜恥ずかしい。やってまった。

でも助かった。

でも、情けない。

でも、

もうあの中に入らなくていい。

 

 

検査技師さん

「苦手な方もいらして、

 途中でやめる方もいらっしゃいますよ。

 大丈夫ですからね」

といいながら、

足を解き、体を自由にしてくれた。

 

その途端だ。

めちゃ冷静になって疑問が湧いてきた。

 

あれ?

右ひざなのに、頭まで全部入るのかな?

頭が入らなければ、

大丈夫な気がするぞ。

 

質問をしてみると、

私が「マジ無理」と思ったあたりから

奥に進むことはないそう。

つまり頭は外に出ているということだ。

 

エッ?そうなんだ。

それはやれるかも。

 

「すみません。

 一旦、やめるって言っておいて、

 本当、マジ言いにくいんですが、

 もう一回チャレンジしてもいいですか?

 頭が出ているならできそうな気がします」

 

この時、検査技師さんが

面倒くさそうな態度や

呆れたような声のトーンだったら、

きっと私は

「やっぱやめときます」

と言ったと思う。

 

彼女は

「ではやってみましょう。

 でもまた無理だと思ったら、

 いつでもブザーを押してくれて

 構いませんからね」

と優しく言ってくれた。

 

それならトライできる!と思った。

 

 

で、仕切り直し。

 

検査を受けている間25分くらいだったのかな?

 

私はいろいろなことを考えた。

以下、考えたこと。

 

 

まず、

ちゃんと怖いって認めよう。

私は狭くて暗くて動きを制限されることが

ほんと、怖いんだよ。

今まさにそれだもんね。

よくやってるよ、私。

 

これだけの恐怖を

今経験することに、

意味を与えることができるかな。

 

不安や恐怖の時の

心の動きや体の反応を

ちゃんと

細かく

丁寧に知るって

意味があるかも。

 

 

ロゴ的に言うと、

過剰に自己観察するよりも、

この経験を

何かのために、誰かのために

役立てることが大事だよな。

 

そのことを集中して考えよう。

 

そうだ、そのことそのものは

今思いつかないけれど、

一通出したいメールの返事を

今ここで考えよう。

 

 

〜〜〜なんて

メールの文句を考えてると、

その最中に

検査技師さんの声

「はい、終わりました。

 お疲れ様でした」

 

「へっ?もう?」

 

という訳で

私のMRI初体験は終わった。

 

終わった瞬間に、

「へっ?もう?」だったが

体は正直で

緊張してたんだろう、

固まってる感じ。

お借りした検査着は汗で湿ってる。

 

 

いやあ、久々の

超超超苦手なこと体験は・・・

 

もしも、

私が関わる子どもが

苦手な何かに挑戦する時、

「いいよ、途中でやめても。

 全く問題ないよ」

「何度試してもいいんだよ。

 試したからって

 最後まで絶対やんなきゃとか

 ないからね」

的な感じでいようと

決めさせてくれたぞ。

 

 

 

 

 

何を想うか?クラ。

 

 

 

 

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種火

【2018.05.19 Saturday 09:12

思いの外、西城秀樹さんが

亡くなったことに動揺してる。

彼は私の最初のアイドルだった。

 

NYに住む妹に訃報を伝えると、

家族で、彼が出演する

日劇ウエスタンカーニバルに行った出来事を

思い出させてくれた。

当時は雑誌がネタ元で

「平凡」とか「明星」とかの情報で

彼が出演することを知って、

私がねだったんだと思う。

父と母と私と妹で行った。

 

そして、

父、無骨で、実直で、硬い父も,

会場に一緒に入ってくれたことを思い出すと、

もう涙が止まらなくなってしまった。

 

私の喜ぶ顔を、父も母も想像して、

チケットを取ってくれたんじゃないか。

 

その時の嬉しさは

私の心の中にずっと種火のように残っていて、

大人になってから、

母の好きな女優大地喜和子さんが出演する

「近松心中物語」の舞台のチケットを

両親にプレゼントしたんだと思う。

 

すごく情けないけど忘れてしまっていて、

今は自覚できてない色々な出来事を通して、

家族は私の中に

種火をいっぱい残してくれたんじゃないか。

彼の旅立ちは、

そんなふうに考えられるきっかけをくれた。

 

 

西城秀樹さんが活躍していた時代は、

まだ祖父母も両親も生きていて、

妹としょっちゅう喧嘩してた、

くったくない時代だったんだなあ。

彼は私の幸せな子ども時代の象徴だったんだと

思う。

 

 

 

 

彼が脳梗塞を患った時はびっくりした。

そして、

彼が2度の脳梗塞を経て、

懸命にリハビリに取り組む姿は、

最初は真正面から見れないような、

見ることに覚悟がいるような感覚があった。

 

でも、すぐに、

その堂々とした、

なんの迷いもない姿に、

「オープン」であることのかっこよさを

考えさせられた。

さらに、

 自分も色々な人から勇気をもらって生きてる

 自分がリハビリにがんばる姿を見て、

 勇気を持ってもらえるなら・・・

という言葉や、

 病気を患ったことに意味がある

という言葉は、

多分、私の種火になったと思う。

 

 

母が脳梗塞で倒れてしまい、

右半身に麻痺があった入院中、

私は母の友人にお見舞いをお断りした。

それまでお稽古事のまとめ役みたいな存在で、

糖尿病で食事制限をしていた母は

その影響だけどスタイルも良く、

結構おしゃれな人だったから、

右半身麻痺があり

上手に話すことができない母と

元気に暮らしている友人との対面が

忍びなかったと思う。

その頃、私はすでに28歳だったけど、

私の価値観は、

まだまだ表面的で浅いもので、

多分、母親に「どうする?会う?」

とも聞かないで、

私の判断だったんじゃないか。

もしかすると

母は

会いたかったかもしれないのに!

・・・ダメだな、過去の私。

   いやあ、本当、情けない。

そして、そのまま逝ってしまった。

 

 

 

その後

長島茂雄さんが

右手をポケットに突っ込みながら

巨人のキャンプで

選手たちに発破かける姿にびっくりし、

さらに

西城秀樹さんのリハビリの姿には

刺激を受けた。

 

 

私は30歳くらいまで、

どちらかというと、

虚勢を張ることが多かったと思う。

今も、いいかっこしいが全て悪、

とは思わないし、

オープンであることだけがいいとは思わない。

クローズな選択もありだと思うけど、

 

そうではない、

そのままの、

自分の「やってまった」失敗にも、

ダメなとこにも、

正直でオープンであることも、

選択できると、

いい感じだなあと思う。

 

少なくとも

自分のダメさが

ばれたらどうしよう・・・

ばれて嫌われたらどうしよう・・・

嫌われてここにいられなくなったら

どうしよう・・・

という不安の連鎖に入らなくってすむ。

 

 

 

さらに、

最初に自分が自分をさらけだした方が、

相手がオープンになってくれやすい。

そこが、

正直であっていい相手、場なんだと

伝わるからだと思う。

 

彼の訃報に、

安藤優子さんやテリー伊藤さんが号泣されていた。

そのままの自分で表現し続けた彼の前では、

悲しみそのままをさらけだせたのかもしれないな。

 

 

 

 

そんなことを考えながら

彼の映像をYOU TUBEで見つづけた。

上手だったし、

キングクリムゾンやらレインボーやら、

こりゃやばい。

 

そしてちびまる子ちゃんの

♪交差点で100円拾ったよ

 今すぐコレ交番届けよう

のタイトルは

「走れ、正直者」だ。

 

♪いつだって♪は無理だけど、

時々正直も選択せよ

も私の種火。

 

消さないように!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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動機づけ

【2018.04.13 Friday 10:43

新入社員や新入職員、新スタッフの方々も

お疲れだと思うし、

指導、サポートの役割を担っている方も、

しんどい思いをされてるかもしれない時期だな。

 

どうしたら

彼らのやる気を出させられるのか?

いろんな工夫をされていると思う。

 

 

 

私は、

小中高校という教育の世界で活動していたり、

研修講師として組織の中でのコミュニケーションを

トレーニングしたり・・・という関係から、

動機づけ(「やろう!」と思ってもらうため)には

興味津々だ。

 

つまり、

どうしたら

「それ、よさそう、やってみる!」

って思ってもらえるかってこと。

 

動機づけには2種類ある。

 

外発的動機づけは

外部からの誘因で動機づけすること。

つまりは

「ここで成績上げると給料アップにつながるぞ」

などのアメ的なことや、

「ゲーム1時間の約束破ったら明日は禁止」

などのムチ的な方法で

行動や態度を変えること。

 

内発的動機づけは

自分の内側から湧いてくるもので

行動や態度を変えること。

「もっと知りたいから」とか

「こうありたい」など、

自分で立てた目標や内なる欲求から

態度行動を変えること。

 

そして、

外発的動機づけは一時的には効くけれど、

内発的動機付けの方が質も高く、

持続することが確認されている。

 

そういうこと百も承知で、

親子のコミュニケーション法の講演では、

上記のことを話したりもしてるんだけど、

でもやっぱり、

他者から認めてもらえるってのは、

力になるんだよなあ。

 

 

私は学校で活動し、その日のことについて

日報を書く。

(もちろん、守秘義務があるので

めっちゃアバウトの日報)

時間系列で何をしたか書くのだが、

下欄に自由記述欄がある。

 

そこにね、

その日に考えたことや、

ここのところの事例に基づいて

分析したことなど書くと、

ある中学校の校長、教頭先生は、

まず文章を全て鉛筆で追って読んでくれていて、

必ず一言、

例えば

「ニューロンのことについて、知りました。

 脳科学について興味が湧きました」

とか、

「いつも丁寧に子どもたちをみてくれて

 ありがとうございます」

とか書いてくれるのだ。

 

「他者に認めてもらってやる気でるって、

 幼いぞ、自分!」

と思ったりするけれど、

でもやっぱ嬉しくって、

この学校の日報は、

めっちゃ丁寧に書くようになった。

 

で面白いのは、

最初は、

「認めてくれるから」

「読んでくれてるから」

という外発的動機づけだったのが、

ある時からそれが

「これを読む先生方にどう役にたてるか」という

自分の中の目標(の一つですが)に変わり、

つまりは内発的動機づけになって、

そうなると、

どういう評価がもらえるかとか、

線が引いてあるかどうかとかには

興味がなくなり、

「いかに役に立つ情報を提供できるか」に

興味の中心が移ったんだよな。

 

研修で新しいことを知った時や、

本で得た情報で中学校の先生方が知っておいた方が

良いと考えた時など、

積極的に書くようになった。

 

校長先生はこの3月で退職されてしまったので、

もう多分、あの鉛筆で文を追ってくれてる感じは

味わえない。

でも、もう

読んでくれてるかどうかではないので

今年もそこに、私は書く。

 

この過程は、

多分、私が動機づけの理論を知っていて、

しかも年齢的にも社会経験をある程度積んでいるから

自分の中で(外発的→内発的)が可能だったんだと思う。

 

 

で結局何を言いたいかというと、

新入社員や職員、スタッフの方の

指導やサポートの役割を担っている方は、

今は、きっと、

褒めたり、認めたり、つまりアメ中心で

新しい世界に入ってきた方々を指導されてると思う。

そろそろムチも使いたくなる時かもしれない。

 

それもあり。

それも使いながらなんだけど、

内発的動機づけが進むような

コミュニケーションってことを

頭においておくのもいいと思う。

 

 

ではどうするか?

 

まずは、

ゞΥ凝に聴くこと

 「疲れてきましたあ」に

  甘えてないで!と感じながらも、

  目の前のその方はそう感じているんだと

  つまりは、

 「疲れてるんだね」共感的に聴く

 

∩蠎蠅痢嵎僂┐燭ぁ廖嵎僂錣蠅燭ぁ廚箸いΩ斥佞

 きちんと反応すること

 「先輩みたいになりたいです」

  →「なるほど。具体的にはどんな感じ?」

 

0嫐づけすること

 その行動、態度であることが

 「あなたにとって意味があることなんだよ」

 という意味づけを

 将来は自分でできるように、

 今は、してあげることなんだと思う。

 「積極的に電話が取れてるじゃん」

 って褒めた後に、

 その行為行動の意味、

 「周りを見て、自分にできる行動を

  選んでるね」

 みたいな感じかな。

 

ぜ最圓鮓譴辰討澆

 先輩や上司も失敗したことがあるんだと

 知るのは、

 なんだかんだ言って

 「なんとかやっていこう」

 と思えるもの、

 

・・・と

これは今のところのアイディア。

これからも

いろいろ考えていきたい。

 

 

 

 

ででで、

他者にした方がいいことは

自分にした方がいいことでもある。

自分のモチベーションを上げたい時には、

自分で自分にしてあげてもいいかも。

 

新しい出会いはウキウキすけど、

ちょっと疲れるな・・・なんて時・・・

「ちょっとしんどいよね、自分」

「ぱきっとしたいのは、 

  どのあたりで?自分」

「変化の時を

 ちょうどよく適応する過程を

 味わう意味があるかもね、自分」

「うまく乗り切れない時も

 あるさ、自分」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

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流そう。(「感情自己管理レッスン」のお知らせ)

【2018.04.05 Thursday 14:28

今年もツバメが来てくれそうだ。

巣の修繕をしながら、

ここで子育てできそうか、

彼らなりにチェックしているんだろう。

まだ本格的ではないけど、

それでもガレージでツバメの姿を見た途端に、

我が家にある「巣」の

止まっていた時間が流れた気がした。

 

 

実はここ一週間くらい、

何となく調子が良くなかった。

3ヶ月の仔犬(クラ)の世話で

疲れているのかな?と考えてみたり、

めっちゃすごかった気温差に

対応しようとエネルギーを消耗して

バランス崩れちゃったのかな?と思ったり。

寝ても寝ても眠くって

春眠暁を覚えずとはよく言ったものだなと感心したり。

友人の中にも体調不良を訴えている人が多かったので、

春ってそんなもんなのかなと収めてみたり。

 

それが、

急に

昨日から、少し元気になってきた。

 

昨日は

活動する中学校で新一年生の先生方と打ち合わせ。

新一年生が6年生だった時にかかわった子のことで、

保護者の方から引き継ぎを頼まれていたことを

伝えに行った。

先生方は、

どのように迎えたら

彼らが上手にスタートできるか話し合ってくださって、

その会を提案したことに手ごたえを感じた。

 

また今日は、

活動する別の中学校で、

私がかかわっている子どもへの対応方法について、

全職員で共通理解するための時間を作ってもらった。

上手に話すことはできなかったけれど、

それでも明日から始まる新年度への準備の一つに

なったと思う。

 

春休みの間止まっていた学校での活動という時間が

昨日今日で

ちょっとずつ流れ始めたんだと思う。

そしたら、

何となく、重かった体が軽くなった感じなんだ。

 

野口体操を作った

東京芸術大学名誉教授・野口三千三(1914〜1998年)の言葉に

「からだのからは空っぽのから。

 エネルギーの通りみち」

というものがあるとずっと前に聞いた。

 

通りみちにしとかないと、

流さないと、

ためちゃうとまずいんだよな。

 

 

 

 

ためちゃうときついのは、

ネガティブな感情もそうだ。

 

だいたい人間は、

先のことが不安になってぐるぐるしたり、

過去のことでの怒りや後悔でぐるぐるしたりする。

そのぐるぐるの中に留まっているうちは、

苦しくってたまらない。

 

ぐるぐるの中に留まるとはどういうことか?

 

失敗したらどうしよう

→じゃ、やめとこう

→やめたら解決しない

→でもやっても失敗するかもしれない

→こんなことで不安にばかりなる自分がだめ

→こんな自分じゃ失敗する→延々・・・

 

あるいは、

 

なぜあんなこと言われなきゃならなかったのか

→あの人に言われる筋合いない

→だから、近づかなきゃよかったんだ

→このことにいつまでもこだわる自分って何?

→だから自分ってダメなんだ→延々・・・ 

 

みたいな感じだろうか。

 

このぐるぐるが起こっているのは、どこだろう?

 

自分の中だ。

 

私たちの目は

外を見るためについているが、

この時、

私たちの目(思考)は

中を中をと

観察してる。

 

 

そこから出るために、

私たちを巻き込むのが上手な

感情の正体を学んでおこうという講座が

「感情自己管理レッスン」。

 

 

ぐるぐるの循環の中から、

自分で自分を外に出してあげよう。

 

目を外に向かって使おう。

 

違う方向、矢印に

考えを流そう。

 

留まらずに

外に出る方法を

学びあおう。

 

 

しばらく前に紹介した

いろんな事情で延期したプログラム。

開催日が決まったので、

ここでお知らせ。

 

2018年度谷澤相談室第一回勉強会

「感情自己管理レッスン」

◆6月2日(土)10時〜16時 (ランチ休憩1時間)
◆会場:静岡県教育会館
◆定員:20名 ◆会費:5000円
◆講師:谷澤久美子(心理カウンセラー・谷澤相談室主宰)

<お申し込み方法>
faxかメールで以下を記入の上お申し込みください。受付後詳細をお送りします。
氏名 ⊇蚕蝓腹番号も) E渡暖峭
ぞ楮戮鬚送りする時のご希望の連絡方法(電話:携帯:fax:メール)
*携帯メールはご遠慮いただいています。よろしくお願いします。
ゼ講の動機
メール:kumikotanizawa@gmail.com 

 

 

 

 

で、少し前に

洋服の整理をした。

着るつもりで出してあって、

何年も引き出しに入れっぱなしだった通年ものも、

一枚一枚チェックして、

ちょっとだけ断捨離。

 

そのままで留めておかないで、

空気を流してみたら、

思いもよらない物が出てきて、

今はそれらに袖を通すのが

ちょっとした楽しみ。

 

エネルギーに通り道を作ることは、

体だけじゃなく、

脳だけじゃなく、

心だけじゃなく、

仕事にも引き出しにも良い模様!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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静か。

【2018.04.01 Sunday 11:19

お墓参りの道中、

幼い時のことを思い出した。

 

うちの近所に山本焼きそば屋という店があった。

ここの焼きそばは、

マルモさん(製麺屋さん)の麺と

肉かすといわしの削りぶりの

今でいう富士宮焼きそばなんだけど、

ま、私にとっては

「焼きそばとはこういうもの」

という焼きそば。

 

小学校低学年だったある日、

隣に住む幼馴染のYちゃんと遊んでいた私は、

小腹が空いて、

それをどうしても食べたくなったんだと思う。

Yちゃんを強引に誘って食べた。

 

でも、そんなことはすぐにバレるのが、

昔の隣近所だから、

「子どものくせに

 おごるって

 どいうことだ!」

と父親からめちゃ怒られた。

 

Yちゃんもうちに聞こえるくらいの大きな声で

叱られていた。

「くみちゃんのお父さんとお母さんが

 一生懸命働いたお金で、

 くみちゃんのためにあげたお小遣いで、

 おごってもらうとはなに事か!」

というような声だったと思う。

「いらない」というYちゃんに、

私が頼んで

一緒に食べてもらったのに・・・。

 

 

お金のこととか、

浅はかな行動で友達に迷惑かける

申し訳なさや情けなさ、

隣近所全体で見守られてることとか、

(それが結構重いこととか)

このささやかな出来事から

私の中に染み込んだものが

多分ある。

 

 

1997年3月31日に父は亡くなった。

昨日で21年。

母が亡くなったのは、

1988年12月25日だから、

30年。

 

前を向いて、

その日その時の

「今できること」に集中している時には

気がつかないけれど、

こうやって振り返ってみると、

両親が亡くなってからの

なんとかやってきた年月の長さに

我ながらちょっと驚く感じだ。

 

 

この二日を

心静かに過ごせるようになったのは、

ここ5年くらいだと思う。

それ以前のように、

「あの時に〜していれば・・・」とか

「なぜ〜しなかったんだろう」とか

罪悪感や後悔などで

目が腫れるくらい泣くことは

なくなった。

 

さみしさや

こみ上げる感謝の思いも、

激しさよりも、

しみじみと味わえる感じに

なっている。

 

そして、

特別の日に

特別に考えるというより、

日常の中でふとした時に、

何の脈略もなく思い出す出来事から、

自分の中に

父や母も

しっかりいるんだと、

年を経るほどに

確かめられているような気がする。

それもわざわざ考えて確認するというより、

もっと自然に湧いて出てくるように。

 

そのくらいまでに、

私は

ろくに恩返しもできず、

迷惑ばかりかけたことを

棚に上げられるように

なったんだと思う。

 

 

 

もちろん、

背負った荷物は

軽くなった訳じゃない。

 

母が最期に書いたメモにも

父が最期に私に当てて書いてくれた手紙にも、

私への詫びの言葉が書かれていて、

親に最後に詫びさせてしまったという

「重い荷物」は、

簡単には下ろせない。

 

ただ

昨日の私は

お墓に向かって手を合わせて、

父親に

「『重い荷物』こそが、

 私を今に連れてきてくれた」

母親に

「背負い方を学んだり

 工夫したりすること

 そのものが、

 私の仕事になったよ」

とつぶやいてきた。

 

 

 

私は父と母が

大好きなんだと

あたらためて思う。

 

好きな両親から

私の人生がスタートできたこと、

そのまんま生きてこられたこと、

すごくラッキーなんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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受け入れる方も。

【2018.03.26 Monday 10:15

私が大学入学する前の春休みは、

ワクワクしかなかった。

一刻も早く親元から離れたかったから、

後に感じることになる、

寂しさや辛さに思いを至らせることもなく、

とにかく期待でいっぱいだった。

 

また私は、

家族の想いなども、

ほんの一瞬も考えてはいなかったと思う。

親の心配や寂しさ、妹や祖父母の想いなど、

一緒に暮らしてきた中の

一人がいなくなるという状況に対する

想像力がなかった。

というより、

東京での生活が楽しみすぎて、

そのことで脳内100%だったんだと思う。

 

私はそんなのんきっぷりだったが

そういう人ばかりではないと思う。

 

 

この春、新しい生活に入る方々の中には

期待と不安の両方で、

落ち着かない日々を送っている方が

いるかもしれない。

 

進学や、就職、転職、結婚などなどで、

新しい生活に入る方々は、

その中で特に、

新しい環境に時間をかけて馴染むタイプの方々にとっては

疲れる変化の時期だと思う。

 

変化の時期は、

無理をしなくてはならないこともあるだろうけれど、

そんな時に自分を助けてくれるものを

大いに使って欲しいと思う。

 

気が張っている時は

自分が頑張ったり無理してることに

気がつかないこともあるだろう。

だからこそ、

○時には寝る とか

シャワーで済ませないでお風呂に浸かる とか

日曜は友達と会って喋る とか

ランチの時は一人でぼーっとする とか

週1で体を動かす とか

一人カラオケ、映画、音楽、

旅行の計画を練る とか、

自分をいたわるコトをして欲しいと思う。

 

必要があったらするというより、

気が張っている時は、

自分がそれを必要としているかどうかも

わからないこともあるから、

ある程度自分のスケジュールに

組み込めるといいな。

 

もちろん、自分を助けることの中に、

ゲームや

アルコールや

誰かに愚痴るや

買い物なんかもいいと思う。

しかし、

依存につながりそうなものは後々きついから、

それだけで自分を助けるのではなく、

できるだけいろいろなメニューを

リストアップしとくといいと思う。

 

 

 

そして、見逃しがちなのが、

新しさを迎える方々だ。

 

「新しい」メンバーがチームに加わったり、

 (行政、学校、病院などなどは、

  毎年チームのメンバーが変わるものだよなあ)

一緒に暮らしていた人が引っ越しした後の生活という

「新しさ」があったり、

 (子どもを進学、就職、結婚などで送り出した

  親御さんやご家族など)

生活の仕方や仕事の変化があった家族と暮らすという

「新しさ」があったり。

 (パートナーが退職、転職などで生活が変わると、

  影響があるもの)

 

そういう方々、

つまり、

「新しさ」を受け入れる方々もまた、

自分の中の疲れや負担やしんどさを

ないものとしないで、

ちゃんと手当してあげて欲しいな。

 

 

 

 

実は

我が家にカルの妹(母犬は同じ、父違い)

がやってきた。

 

当初、

(犬に関しては特に浅はかな)私は

その妹が我が家に慣れてくれるかどうか、

気を使っていたと思う。

 

しかし、影響が大きかったのは

迎えた側のカルだ。

 

夫と私とカルで、車で妹を迎えに行ったが、

その道中の車の中で、

すでにカルは妹に対して気を使っていた。

自分のゲージに妹が入ると譲ってあげるのだ。

 

帰宅してすぐ、

カルの大好きなおもちゃに飛びついた妹に

それを譲り、

そばで静かに見ていた。

 

夜寝るときのベットも、

最近購入したばかりでお気に入りのものだったが、

妹がそこに寝ると、

自分は他を寝床とした。

 

自分が横になりたくても、

何しろ若くて元気な妹が

「遊ぼうよ」とちょっかい出すと

遊んであげていた。

 

カルのストレスは相当なもの

だったんだろう、

今までほとんど失敗したことのないトイレは

毎回失敗するようになり、

食欲も元気も心配な感じに。

 

ちょうど雨が続いて散歩ができなかったことも

影響したかもしれない。

 

そんな時、雨の合間を狙って

夫がカルだけを連れて散歩に行ってくれた。

 

そんなに長い時間ではなかったが、

カルにとっては大好きな夫と二人の時間は、

相当の救いになったと思う。

 

そこから少しずつ元気を取り戻し、

今はだんだん、

妹とちょうど良い距離をとる、

つまり、

譲りすぎないし、

威張りすぎもしないし、

適当に一緒に入られて、

時々は遊び合う・・・

そんな関係へのプロセスの中にいる感じだ。

 

 

 

新しい世界に飛び込む方は

もちろん大変だけど、

新しさを受け入れる方だって、

大変なんだよなあ。

 

 

 

子どもを送り出す親御さん。

夫や妻の仕事や生活が変わったお連れ合い。

新入社員、職員を迎える組織の方々。

チームの何人かが変わった方々。

 

自分を労わることもしながら

ぼちぼちといきましょうね。

新しい状況に、すぐに慣れないとダメとか、

ないですものね。

 

 

 

 

過剰に適応することに対しての

「ちょっと待った!」」や手当の必要性を、

改めて教えてくれた

カルと

クラ。

 

明日(CRAS)に向かって

今を生きよう!(CARPE DIEM)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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メモる。

【2018.02.09 Friday 09:03

今年になって始めたことがある。

手書きの手帳に、

その日に体験した新しかったことや、

感動したことや、

疑問に思ったこと、

違和感感じたことなど、

1日1個メモるってこと。

 

今日、1月に書いたものを読んでいたら、

もう、

すっかりと、

そんなことあったかいな?位の勢いで

忘れていることがあってびっくり。

 

例えば、

「ドライブレコーダーが

 運転の癖を教えてくれて

 安全運転に!」というメモ。

なんじゃそれ?

としばらく脳の中を探すと、

 

そういえば、

「車に搭載するドライブレコーダーの役割」

についてのニュースを見て、

事故の証拠以外に、

そんな使い方があるんだ!と驚いたのだった。

 

確かニュースの中では

ある運送会社が、

各運転手とのフィードバックに使っている様子を

報じていた。

それぞれの運転を

ドライブレコーダーに

録画したものを一緒に見ながら、

なぜ事故が多かったか

これからどこを気をつければいいかを検討。

ある方は物損事故が多く、

マイナス評価を与えられていたが、

そのフィードバックを経て改善し、

社内の安全運転賞的なもので

表彰されていた。

 

そのニュースを見ながら、

日常の自分の振る舞い方を変えていくためには、

まず癖を知ることが大切なんだと、

それは運転技術も、

コミュニケーション技術も同じだと、

結びつけて考えたんだっけ。

 

 

また

講座開催の際、

仲間たちがめちゃくちゃ協力してくれたこと

がメモってある。

私のpcはデスクトップ。

会場にはpcがなく、

でもスライドを上映しながら講座を進めたい私。

「助けて〜!」と投げかけたメールに

みんなが応えてくれて、

その中からお借りできたpcで

なんとか講座を進められたこと。

貸してくれた方はもちろんだけど、

探してくれた方、

心配してくれた方、

いろんな方が一生懸命になってくれた。

あんなにお世話になったのに、

過去のことになってしまっていて、

こりゃダメだな、私。

 

 

つい最近メモったのは

ドラマ「anone」の中のセリフ。

大好きな坂元さん脚本のドラマは、

今回もすごい。

「生きるのは難しいです。

 思い残すこととか欲しいですよね

 思い残すことがあるって

 それが生きる意味なのかなって」という人に、

「生きなくたっていいじゃない

 暮らしましょうよ」

 

この

「生きなくたっていいじゃない

 暮らしましょうよ」

「生きる意味」とか

「なんのために生きるのか」

と考えがちな時に、

「ま、とにかく

 歯を磨くか」

と日常に戻してくれそうだと思ってメモった。

 

 

結構失敗もしたんだな。

会議で嫌味な言い方したことや、

「決めつけ」はあれほど嫌いなのに

 なぜかしてしまった日。

「調子に持ったんだ」と思う。

その日はめちゃ凹んでいるぞ。

 

幼い頃には色濃かった「調子にのる」を

多分抑えながらやってきたけど、

ここへきてのコレは、

ちょっと緩みがあるんだな。

 

ま、今となってみると、

たまには緩む日もね!

 

 

 

 

総合してみると、

「自分を大切にすること」と

「相手を大切にすること」の

バランスについて

めちゃ考えていた私の2018年1月。

フリースペースに書いている様々な記録から

葛藤の跡が見て取れる。

 

特に自分を観察しすぎないための方法を

言語化。今のところの考えだけど、

なかなか良いのではないか。

これは今までモヤモヤっと頭の中に

あったものが明確になったので、

これから

講座などを通じて

参加者の方々にお伝えできると思う。

 


それにしても

手書き!!!

小さい文字を書く筋肉を

使ってなかったと思い知らされる。

 

使ってない力は

衰えるものだし、

使い始めると復活する兆しがある。

 

鈍ってきた感受性みたいものを、

も一度鍛えてみよう。

 

ついでにとっくに諦めた記憶力、

この回復は見込めそうにないので、

補うためにも、メモだよな。

 

 

 

 

 

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録画2本で自分を支えてみる。

【2018.01.31 Wednesday 18:21

講座を行ったり、

講演会講師の仕事で出かける前に、

ちょっとでも時間がある時は

録画してある「ひよっこ」を見る。

 

人の力を一層信じられて、

支えあうことが可能だと希望がわき、

コツコツやっていれば絶対うまくいくわけではないけど

でもコツコツやることの大切さを意識できる。

完璧な人なんかいないし、いなくていいし、

でも、弱音吐きながら 励ましあいながら

認め合いながら生きていくことができる・・・

そう信じるエネルギーを「ひよっこ」で注入。

 

その時間を持つことができて

今日は幸せだった。

 

今日は、

お父さんが奥茨城に帰ったあたりを見た。

田植えをしに支度をしている時、

お父さんはおじいさん(自分の親)に

「実っていい名前ですね」という

泣けるシーン。

 

そして

テレビ局に出前を届けに行った帰り

ヒデがみねこに

「まわりのためばかりでなく、

 自分がどうしたいか

 口に出してもいいのではないか」的な

アドバイスをするシーン。

 

 

録画を見てほのぼのした後

訪ねたのは、大学生への授業。

アサーティブトレーニングだから、

「自分がどうしたいか口に出す」

とはまさにビンゴ!なシーンだったなあ。

 

 

しかも、その

大学生たちが素晴らしかった。

 

適当にリラックスしてるし、

自分たちでペアになったり、

ペアを替えたりしてくれる。

 

彼らの理解は早く、

ワークもめちゃ楽しんでいた。

 

「手伝ってもらえるよう頼む」練習をし、

理論で整理したあと、

次は

「頼まれたことを断る」練習をした。

断る練習だから、その相手役は頼むわけだ。

すると、

最初にやった頼むためのスキルを、

すでに生かして実践していて、

「頼む役」をめっちゃ上手にやっている。

 

素晴らしい。

 

教育改革とか、

いろいろ叫ばれている今、

確かにAIの時代を生きていくためには

それも必要かもしれないが、

彼らの学び方を見ていたら、

今のままで十分だ!と思った。

 

今日会った大学生たちは

小中高と、

ちゃんと学び方を学んできてる!と思った。

 

黒板の前にたつ私を見てくれる

みんなのまなざしが

「より良くなりたい」

「知りたい」

「ちゃんと教えて」

って訴えている感じ。

 

蓮に構えてる子も、

ちら見してくるその目に、

ちゃんと聞いてる感がある。

 

これから彼らには

いろんなことが起こると思うけど、

その時どうしていったらいいか、

彼らは考え、

もちろん考えるための情報収集もし、

考えた中から選択し、行動を起こす!

と思ったよ、私は。

 

私は自分のやさぐれていた大学時代を思うと、

ただただ頭が下がったし、

小中高の先生方や、

彼らの学びの環境を守った家族など大人たちに、

お礼が言いたい気持ちになった。

 

 

 

 

 

帰宅後、

録画してある

NHKスペシャル「自閉症の君が教えてくれたこと」を見た。

もう何度めか。

 

2年前自閉症の東田直樹さんのドキュメンタリーを担当した

ディレクターが

再び彼の元を訪れる。

そして取材をする様子を中心に描かれている番組。

 

再び訪れたのは理由があり、

それはディレクター自身、

最初のドキュメンタリー制作後

ガンを発病。

ガンという病や命とどう向き合うか、

東田さんへの取材を通して考えようとしているのだ。

 

考えさせられる出来事や言葉はたくさんあるが、

見るたびに「今日はここ!」的な場面が違う。

今日の私には2つの出来事。

 

一つめは認知症を患っている祖母に会いに行って

質問した場面だ。

ホットケーキの素を混ぜるときに

卵を入れたかどうか忘れてしまったり、

やかんを火にかけたそばから

ガスの元栓を閉めてしまったり、

引き出しを開けて探し物をしてるのに、

そのうち何を探しているかわからなくなったり、

いろいろ心許なくなった祖母を見て、

一度めは混乱した東田さん。

二度めに訪ねた時には質問を用意していた。

 

「迷子になった子供を見かけたら

 どう声をかけますか?」という質問。

 

祖母は

「お母さんを一緒に探してあげるね」と答える。

 

我が意を得たりの東田さん。

できないことがいろいろ増えたけど、

おばあちゃんの優しさはそのままだ。

おばあちゃんは今でも、

誰かに座布団を進めたり、

お茶を入れてあげたり、

優しいのだ。

 

この、

おばあちゃんの優しさをはっきりさせるための

「迷子になった子供を見かけたら

 どう声をかけますか?」という質問を

用意していたのが見事で、

そこを引き出したいと考えた東田さんの

温かい心にジーンとなる。

 

 

もう一つは、

定番のぐっとくる場面。

 

ディレクターが番組の最後に質問する

「僕が前を向いて人生を生きるために

 大切なことを教えてほしい」

 

するとしばらく考えた東田さんは

文字盤を示しながら声に出して言う。

 

「どんな困難を抱えていても、

 人は幸せを見つけることができる

 おわり」

 

 

うんうん、私もそ思う。

それでも人生にイエス!なんだよな。

 

 

 

昨年年末から

仕事が立て込んだ。

年始は4日休んだが、

そこから連続仕事だった。

今日の仕事は2時間だけで、

久しぶりにリラックスする時間を持てた。

 

忙しく仕事するのも私は嫌いじゃない。

でもリラックスできるのもなかなかいいな。

 

 

さ、明日から2月。

2月もなかなかハードではある。

 

 

そんな私を気遣ってか

家人が買ってきた

興津のたい焼き!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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じれったさと共に。

【2018.01.06 Saturday 09:38

人の

表情や言動や態度や

とにかく

その人がその時

表していることは、

何らかの背景がある。

 

私としてはなかなか良い提案をしたつもりが、

その途端の曇った表情の裏には、

もしかするとその方は、

過去にそれに近いことをして

失敗したのかもしれないし、

ひどく傷ついたのかもしれない。

それが、すごく辛い体験になっているのかも

しれないんだ。

 

会議の席で

急に早口になり、

急にトーンが強くなったのは、

どうしてもそれを通したい

複雑で避けられない何かが

あの方にはあったのかもしれない。

 

力になりたくて

何かできることはないかと訊いた時、

それでも下を向いておし黙る姿には、

「まだあなたには言えない」のか、

「あなたを信用していない」のか、

「助けてといいたくない」のか、

「何を言ったらいいのかわからない」のか、

その方の頭の中でぐるぐるしている思いは、

すごく大切なものだ。

 

昨日仕事先で、

インスタントではなく、

わざわざドリップコーヒーを

いれてもらった。

3人でひと仕事終えて、

振り返っている時間だった。

大したことはできなかったが、

そんな私を労ってくれてる気持ちが

そのコーヒーをいれてくれている姿、

差し出してくれた動きから、

しっとりと伝わってきて、

帰宅途中の車の中で

泣けてきた。

 

みんなと一緒の場所で

ひとり静かに仕事をしている人もいれば、

ひとりだけの場所を見つけて、

SNSでいろんな人と関わりながら仕事している人もいる。

たぶん、

それを選ぶ理由がある。背景がある。

 

 

うちのカルの、

棚の下に座って、

じっと私と目があうのを待つ理由は

「おやつくれ」で、

テレビの横のカゴの中を鼻でつついて

こっちをチラチラ見る理由は

「私と遊べ」

言葉で言えない彼女の思いを

推し量ろうとする私。

 

言葉を使う人の

言葉を使いながらも

表せない思いを

掴み取ろうとせよ、私。

 

 

毎年箱根駅伝のサッポロのCMは楽しみだが、

今年の

「僕には止まれない理由がある」もぐっときた。

怪我をし、走れない仲間が給水係をやってくれている。

彼の分もと思うと止まれない。

幼い時から叱咤激励してくれた父親。

夏の暑さの中で指導をしてくれたコーチ。

彼らの自分にかけてくれた言葉や時間や思いを考えると

止まるわけにはいかない・・・というCM。

今年は駒大の駅伝キャップテンの選手が

相当苦しそうになってから10キロ以上走った。

彼は止まらなかった。

國學院大学は2〜3秒の差でたすきを繋げなかったが、

それでも、そこであきらめない。

それには、CMのような、

CM以上の、

様々な背景があるんだろう。

 

 

 

若い頃、東京で暮らしていて、

帰省する時は

古い服を着て帰った。

今考えると、本当に情けない娘だったが、

親に、

「新しい服を買ってもらいたい」

と要求しないで、

それでも買ってもらうための

行為だった。

親はそんな作戦に気づきながら、

乗ってくれた。

 

コミュニケーションをテーマとした文章の中に、

「昨年12月は2回大阪出張があって」

と書きながら

あれ?この文は直接必要ないのに

なぜ書いているのだろう?と

自分に問いかけると、

「忙しさアピール」があった。

ついさっきのことだ。

削除した。

 

時々SNSにあげる読んだ本の写真も、

忘備録のつもりだけど、

どこかで「読書してるぞアピール」が

あったかもしれないなあ。

でへへへ。小っ恥ずかしいなあ。

 

 

私の行為、行動、態度、表情、言葉に、

無意識で、

時々意識して、

そこに込めるメッセージがあるように、

人があらわしてることには理由がある

と考えよう。

 

自分にとって不都合なこと、

納得できないことの時こそ、

相手には相手の思い、感情、考え、経験があり、

そういう背景の上だと

自覚をしよう。

 

そして、それはどんなに考えても、

正確にはわからない、

だからこそじれったいもので、

でも、推し量ることは

大切なことだと理解していよう。

 

さらに

それと同時に、

深読みは危険ということも知っておこう。

 

推し量った方がいいことと、

深読みしない方がいいこと、

そのジャッジをしながら、

バランスとっていこう。

 

そんなふうにやっていこう。

 

 

さて、2018年がスタートしました。

今年もよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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自分を見くびってました。

【2017.12.19 Tuesday 10:10

週に2〜3回、朝走っている。

5〜6年になると思う。

その間、一回10kmまで走る時期もあったが、

ここのところは7kmくらいで落ち着いている。

2年くらい前に、走りながら

「これからどんどんダメになっていくんだろうな」

と体力などの衰えを急激に感じた時があった。

それから

だらだらとした長い坂は時々歩いたりして、

しのぎながらランしてきた。

現状維持できたら儲けもの、

それが無理でも、

落ち方を緩やかにさせよう!

くらいの感じでそれでも続けてきた。

 

10月くらいだったか、

アサーティブの仲間が

スクワットに挑戦しているのをSNSを通じて知った。

「30daychallenge」というアプリを使っていた。

どうやら初日は50回。少しずつ回数を増やしていって

30日後には250回に挑戦するというもの。

彼女たちに遅れること10日くらい。

私も始めてみた。

 

最初は、

終えるとよろよろした。

30日後に250回できるなんて、

とてもじゃないけど思えなかった。

 

そんな時に出てくる私の考え方の癖。

「なんで始めちゃったんだろう」・・・。

分析して物事を複雑にしてしまいそうになる、

この癖とはもう長いから、

付き合い方はわかってる。

そう考える自分をそのまま認めて、

とにかく、それでも行動することだ!

 

〜な感じでゆっくりスタートしたのだが、

5日目くらいから、変化が起こった。

朝のランの「坂」が

ちょっとだけ楽になってきたのだ。

 

嬉しかった。

 

実は、

私は、

もう二度と、

成長している自分っていうか、

昨日より良くなっている自分を

感じることなんかないんだろうな、

と勝手に判断してしまっていた。

体力だけでなく、

仕事も体力に重ねてそう判断してたかも。

でも、少なくとも体力は

そんなことはなかった。

このままゆっくりと下っていくんだろうな

と思っていたが、

それは自分を見くびっていたんだと思った。

 

 

このアプリが私にあっていたのは、

時々休みがあること。

休みがなくても、

勝手に休んでいたと思うが、

それだとちょっとした挫折感がある。

でも今日のところに「REST」とあると、

「ちっ、やろうと思ってたのに・・・」

なんてつぶやけたりして

堂々と休める。

 

で、結局30日後、私は250回、

スクワットができたのだ。

もちろん連続はきつく、

50回やってひと息を5回だったが、

でも、okでしょ。

 

そしてそれはランにも良い影響を与えてくれて、

タイムが縮み、

何よりも、

自分の体の軽さが実感できて嬉しいのだ。

(⇩記念にとっておいた!)

 

 

 

では仕事ではどうか?

これは自分では分からない。

ただ、

振り返ってみれば、

新しいプログラムにチャレンジし、

その質は、昨年のスタート時よりは

上がったと思う。

そして来年は新しい資格にチャレンジするために、

研修会に参加する予定を入れた。

 

自分のことを簡単に

諦めたらダメだよな。

見くびってたら、

自分の中の

もう一人の自分に

「おいおい、私をなめたらいかんよ」

とアドバイスしてもらわないとな。

 

 

 

 

 

以前私は、

自分の限界を感じて、

「成長することだけが良いことではない」

と考えることにしていた。

 

今も、その時とは別の意味でそう考える。

 

どうにもならない状況を

ただただしのぐことも立派なことだし、

どんどん悪くなる状況に流れを任せなければ

繋げていけない時もあり、

それをやりすごすことだって、

すごいことだ。

 

で今は、そのもう一方にある、

「自分の中の知識、考えの中でやっていて

 うまくいかなかったら、

 外のアイディアを試してみよう。

 解決の糸口があるかも。

 それは成長に結びついちゃうかも」

という考え方の比重をあげたいと思うんだ。

 

 

 

さらに

やっぱり

「継続」ってのが

大事なんだと思う。

 

いくら自分の外のアイディアを取り入れても、

2〜3日で結論を出してしまっては、

新しい力にはならないんだよな。

無意識は「現状維持」を望んでいると

昔、誰かの本で読んだ。

今までの考え方、

今までの体力、

今までの表現方法など、

慣れ親しんだものを変えるには、

ある程度の期間が必要だ。

 

 

これを読んでいる方の中に、

今もし

あまりにもうまくいっていなくて、

どうしても愚痴がついて出てくるなんて方がいたら、

愚痴も言うけど、

良かったことも書き留めることを

30日続けてみたりしたらどうかな。

 

片付けてない箇所が気になりながら、

とりあえずほっておいてある方がいたら、

面倒だなと思いながらも、

「1日1個、いらない書類を処分する」を

30日続けてみたりしていたらいかがか。

 

そんなことにチャレンジすることで

変わる何かはあるかも。

 

 

 

そして私の次のチャレンジはプランク。

今のところ30日後の

「5分」なんて絶対無理に決まってると思いながら

やっている。

(⇩ 1分、なんとか)

 

 

 


 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

さて、

ここのところ出張も多く、

移動で本が結構読めました。

その中での超おすすめは

「さよなら、田中さん」

中学2年生の鈴木るりかさんが

書いた小説です。

 

主人公の母親が言うんです。

 

 死にたくなったら

 とりあえず

 飯を食え

 そしてその一食分だけ生きてみろ

 そうして一食一食と

 命をつないでみろ

 

 そしてその食べ物をくれる人に

 感謝しなくちゃいけない

 作ってくれた人とか、食材を買う

 お金を稼いでくれた人とかだ

 

 

あああ、思い出しても泣けるう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor