今のところではありますが…
「人それぞれ。以上!」にしない時も作る。

【2017.10.14 Saturday 16:20

学校保健委員会で中学生に

アサーティブを紹介した。

 

3年の男子が拙い文字で書いてくれた感想

「自分はいつも友達に好かれたいから

 人それぞれ、

 その人にあったような感じでいたけど

 それでは相手には自分のことを何も

 知ってもらえないので、

 自分を相手にわかってもらうためにも

 しっかりと『自分』を出さないと

 と思いました」

というようなものがあった。

 

ある3年女子は

「自分は自分のことを攻撃的なパターンだと

 思ってたけど、仲の良い友達からは

 受身的なパターンだと言われて、

 驚きました。

 他人から見た私と、

 私から見た私はやっぱり見方が

 違ってるのだと思い、

 興味深かったです」

とあるが、

学校保健員会の後で、内容のことで

友達と話し合ったってことだ。

ありがたくって、そして、

大切なことに気がついたんだなあと思う。

 

 

 

小学校とか中学校で

コミュニケーションの授業をする時に、

頭に置いておくエピソードがある。

「7つの習慣」のコヴィー博士の

電車の中での有名な話だ。

 

静かな電車の中に

父親と子ども3人が入ってくる。

子ども二人はハイテンションで騒いでいるが、

父親はちっとも注意をしないで目を閉じている。

電車の中の人々は、だんだんイライラして、

いやな雰囲気になってくる。

それでも、周囲に迷惑をかけている子どもを

叱ろうとしない父親。

乗客の一人(コヴィー博士)が父親に

「お子さんが迷惑をかけていますよ。

 なんとかなりませんか?」

と声をかけると、

その父親は目を開け、

初めて子供たちや周囲の乗客の様子に気がついたようで、

「 本当ですね。 大人しくさせないと、、、 

 実は、たった今、病院から出てきたところなんです。

 少し前に妻が、あの子たちの母親が

 亡くなったものですから・・・・。

 いったいどうすればよいのか。

 あの子たちも、ひどく混乱して取り乱しているようで、、、」

その瞬間に、

それまでの電車内の険悪な雰囲気は消え、

電車内の人々は親子をいたわりの眼差しで

見守り始めた。

 

・・・というエピソード。

 

こういう状況の時に、

イライラする自分を落ち着けるために、

「自分自身の思考や感情などの反応を確かめ、

 自分自身の理解に役立てる機会にしよう」と

考えるのも一つ。

 

また、

「『公共の場で子どもが迷惑行為を

 していても注意しなくてもいい』

 という考えの人もいる。

 『考えは人それぞれだ。以上』

 と折り合いをつける」のも一つだ。

 

また、

人は誰でも最善を尽くして生きている。

 それでも、理解不能なことをする人が

 いるとしたら、

 この方がそういう行動をとるには、

 絶対に背景があるはずだと考えてみる。

ってのも、一つの考え方だ。

 

上記3つの考えは、

自分の中で収める方法。

 

 

コヴィー博士の場合は、

思い切って声をかけたその一言で、

親子の状況を理解でき、

周囲の方々のその後の時間をより良く変えた。

 

疑問に思ったことを率直に口に出したり、

ちょっとのズレを話し合うことで、

周囲への影響までは、常にはなくても、

少なくとも、

自分と相手との間の関係は変える。

 

もちろん、勇気だした一言が、

いつも良い結果を招くわけではないけど、

バッターボックスに立たないと、

アウトはないけど、ホームランも打てない。

 

 

そんなことを頭において、

授業の前に

「コミュニケーションの力」も

時々使ってもいいんだよ・・・

ってことを認識しとく。

 

 

 

子ども達への話のなかで、

 

「得意、苦手のちがい、
 性、血液型、星座のちがい、
 環境のちがい
 意見、考え方のちがい、
 趣味のちがい、

 いいと思うもの、
 感動するところ、
 笑いのツボなどのちがい・・・

 

 人と人、ちがいはある。

 でもちがいは単なるちがいで、

 間違いじゃない」

 

という部分に引っかかってくれた子もいる。

 

ちがいについて話し合えると、

面白いことも起こるよって伝えられたら本望だ。

 

 

以前小学校での授業では

世界地図を使ってみた。

 

私「みんな、日本ってどこにある?」

子「真ん中」

私「私がアメリカ人だとしたら、

  えええっ違うよって言うよ」

 

私「で、

  誰も質問してくれなかったら、

  チャンチャン、終了。

  なんか、一声くれたら広がるんだけど、どう?」

子「なんで?」

私「訊いてくれて、ありがと。

 これがアメリカの世界地図だから」

私「日本がどこにあるか、わかる人?」

子・・・出てきて探す。

 

 

 

 

大人も同じだ。

仕事のケースで考えてみる。

 

 

この書類の締め切りは3日後。

でも心配で後輩に

「あの書類、どう?」と質問すると、

「まだ見てません」と。

正直、唖然。

自分は依頼された仕事は、

一応すぐに目を通し、

早めに疑問は解決して進めてきた。

そうやって仕事はするものだと教えられてきた。

心の中で、

(締め切り日になって

 わかんないとこでてきても、

 教えてあげられないかもしれないからね。

 もう、いっつも間際に

 あたふたするんだから!!!)

と思いながらも、

「ま、人ぞれぞれ、考え方、方法違うし」。

 

そこで収めちゃうのもいいけど、

「あっそうなんだ。

 今日なら、質問に答えられる時間があるから

 聞いてみたんだけどね。

 明日だと、ゆっくり教えてあげられないから、

 できたら、今日一度目を通してほしいんだ。

 どう?」

なんて、話せると、

もしかしたら、

「違う仕事の締め切りが今日で、

 優先順位を決めて、やっている・・」

などという状況が聞ける可能性がある。

 

そのことが、

「締め切りギリギリで、

 こちらの都合も考えないで

 質問してくる子」

と、

「自分のやり方を押し付ける先輩」

という関係を変えていくかもしれない。

 

それって、

ちょっといい感じのことじゃないだろうか?

 

 

「人それぞれ、

 考えや方法が違う。以上!」の時があってもいい。

でも、分かりあおうとする努力をしてみるものいい。

自分の考えを深め、

もしかしたら誤りを正すことができるかも。

そして、相手との関係を変え、

周りに良い影響を与える可能性もある。

 

 

10月11月は

大人対象の研修が多い時だ。

考えで収める方法もいいし、

コミュニケーションの力を使ってみるのもいい。

コミュニケーションの力を使ってみたい時に、

使えるようにしておくために、

役に立つプログラムを提供するのだ!

 

 

 

・・・・・・・・・・・

 

さて、11月11日には、

「アサーティブカフェ」を開催します。

 

いつでも使えるように、

せっかく手にしたアサーティブという道具を

一緒に磨いていきましょう。

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| アサーティブトレーニング | - |

また始まる。

【2017.09.23 Saturday 06:06

5年ぶりに友人に会った。
彼女は昨年まで学校の先生をされていた。
確か7年前くらいか?

私がスクールカウンセラーとして活動する中学校に

彼女が赴任。

 

(なお、彼女の同意の上のアップです)


ある時、ある保護者との面談を終えて、
学年主任の彼女に報告、
「お父さんが相談にきてくださって、

 とっても熱心に相談していってくださった。

 教頭先生(男性)に入ってもらって、
 男性同士で話し合ってもらってもいいかもね」
 と言うと、
彼女は
「谷澤さん、大切な時には男性って思うんだ」
と言った。

自分の説明不足を恥じながら、
ジェンダーの問題にはとりわけ敏感な私は、

同時に、そこにひっかかってくれたことがうれしかった。
「『大切な場面は女性より男性』という意味で

 言ったのではないよ。

 でもそう受け取られるような話し方をした

 私がいけなかった。

 父親同士という立場で話しをしてもらうってのも、

 問題解決の助けになりそうという意味だよ」

というと、

「そうかあ」といってくれた。

そういう指摘をちゃんとしてくれた

彼女の姿勢が素敵で、

そういう幾つかのことから、

出会ってすぐに友達になったと思う。


そんな中、

「ソーシャルスキルを学年を通してトレーニングしたい」

という話になり、

一緒に企画し、

聴き方、

アサーティブな話し方、

ストレスマネージメント

と学年全体で、

あるいはクラスに入ってと、

年に3回授業を担当させてもらったこともある。

すごくいい経験だった。

 

発達障がいをを持つある男子生徒と

定期的に面談とSSTの時間を設けてくれて、

1年後には衝動的な行動がだいぶ少なくなり〜

なんてこともあった。
 
プライベートでも

一度ランチをし、

一度はイタリアンをいただきながら

ワインをいっぱい飲んだこともある。
 
もってるもの、

たとえば文房具だったり、

車だったりの趣味が似ていて、

選ぶ服や

考え方や価値観もかなりに近かったと思う。
 
彼女と、

ある時を境に連絡しあわなくなってしまった。

私はそのことがずっと心にひっかかっていた。

 
その彼女から「カフェレストランを開いた」

と連絡があったのが7月終わり。
「将来カフェをやりたい」と話してくれていた、

その夢をかなえたんだ!と嬉しくなった。
 


その彼女の店に、今日やっと伺うことができた。

コクのあるビーフストロガノフと、

まろやかな人参とくだもののラペをいただきながら、
近況を聞きあった後で、私は思い切っていった。
 
実はずっと謝りたかった。
あなたが子どもさんの怪我のことで、

私にメールをしてきてくれた時、
私は、あなたがどんなに子どもさんを愛していて、

大切に思っていて、

その子の怪我だから、

それも大きな怪我だったから、

どんなに不安で心配でたまらなかったかわかっていたのに、

多分、その時私自身も何かで忙しかったのか、
不安をちゃんと受け止めずに、

「しっかりしようよ」的なメールを返したと思う。
私は後で、

なんてひどいことをしたのかと心苦しくて、

謝りたかったけど、

なんとなくメールしないでいるうちに、

こんなに時間が経ってしまった。
 
すると、彼女は、

「そんなことあった?」と言ってくれ、
「私がメールをしなかったのは、
 何かでメールをした時に、

『今日は返事ができないけど、

 明日ならできるけど、それでいい?』

 という返事が返ってきて、

『これ以上谷澤さんに甘えたらダメだ』って思って、
『もう大丈夫だからいいよ』という返事をして、

 それから連絡しなくなってた・・・と思ってたよ。

 忙しい谷澤さんに迷惑かけたらダメだと思って」

 

え〜そうだったんだ・・・

お互い、びっくりした。

 

私たちの記憶をまとめてみると、

多分、私が彼女に

『今日は返事ができないけど、

 明日ならできるけど、それでいい?』

とメールしたのが、

お子さんの怪我の時だったのかもしれないな。

だとしたら、その方がもっとひどいな、谷澤。

それで、

『もう大丈夫だからいいよ』

という返事を彼女からもらって、

そのあと、

 「しっかりしようよ」的なメールを返したのかもしれない。


 

お互い、思い合っていたんだ。
合わない間、メールしない間、

お互い、心のどこかで思い合っていたんだな。

なんか、ありがたいなあと思った。

 

 

 
彼女の開いた店は、本当に居心地がよく、

結局2時間半も長居してしまった。
 


私はその後、定時制の高校で授業をした。
6月にも呼ばれて授業をしたが、

その時は、生徒さんたちの心に残る授業ができなかったと思う。

ずっと喋っている3人の生徒がいて、

私は「私の授業が面白くないから喋ってるんだ」

と落ち込みながら、

よし!と気合を入れれば入れるほどの空回り・・・

という情けない授業だった。
 
で、今回だ!


成功した・・・と思う。


みんなよく聞いてくれていたし、

(例の子たちも聞いてくれていた)

少しは爪痕残せたのでは?と手応えがあった。

もちろん準備も入念にしたが、
何よりも、

あの店で、

彼女と話し、

彼女が作ったお料理をいただき、

入れてくれたコーヒーを飲んで、

そして長年の胸のつかえが取れて、

体中が柔らかいもので

包まれていることが大きいと思った。
 
私は定時制で学ぶ子どもたちに、

生きてるっていいよ!って叫びたいような気持ちだった。

心がすれ違うこと、

誤解しちゃうこともある。

うまくいかないことや

間違ってしまうこともある。

それが人間ってものだよ。
でもね、

でも人はまた分かり合うこともできるよ。

間違いを認めるチャンスをつかまえることもできるんだ。

やり直せることもある。

また始めることもできる。

生きてると、そういう日もあるんだ。

生きてるって、悪いことばっかじゃない。

それには、とにかく、今を生きて、

それを繋いでいくことなんだよ。
 
そういう私の想いみたいなものが、

なんとなく伝わったのかもしれないな。

なんてたって、

そういう実感の中ににいたもの。
 
あの中学で、彼女と出会えてよかった。 

 

その友人が、いてくれてよかった。

 

なんと私たちは、同じ車種に乗っていた。

ふふふっ。

 

 


 
カフェレストランのオープン、本当に嬉しい。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| 日常 | - |

ズレを想定内にする。

【2017.09.19 Tuesday 00:26

アサーティブ・カフェに

参加してくださった方から届いたメール、

第2弾。(シェア、OKいただいてます)

 

・・・・・・・・・・・・・・・

前回のカフェから今回までの間、

職場環境の悪さに苛立つことが多く、

パート勤務だから何でも上司の言うことを

聞かなければならないのかとか、

ひと回り以上年下の派遣さんに

要望を伝えることも出来ないのかとか、

落ち込んだ時もありました。

 

しかし以下のようなこともありました。

 

ある時、

課長から個室に呼び出され、

「部長に意見するなんて、生意気だ」

と批判を受けました。

アサーティブと出会う前だったら、

(部長から呼び止められ、立ち話をしただけなのに)

批判されたことをそのまま受け入れてしまい、

もしかすると

それが理由で退職していたかも・・・と思います。

しかし今回、

「意見したわけではなく、普通の会話の中で出たお話です」

と言えました。

また、「パートのくせに生意気だ」という課長の言葉は、

(心の中にまでは)受け入れずにいることができました。

悔しかったし、ぜーんぶ否定したかったけど、

また課長がどう受け取ったかは分からないけど、

相談はまず課長にするべきなのは、認識している。

 意見したつもりはなかったけど、

 話した内容や発言の仕方が悪かったかもしれない。」

ということは、伝えることが出来ました。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

この方のメールを読みながら、

コミュニケーションが上手になるということは、

コミュニケーション上のズレを少なくする

ということでもあるけれど、

それ以上に、

コミュニケーション上のズレがあった時に、

「修復できる」ということだ・・・

というような内容が書かれた

「大人のための国語ゼミ」(野矢茂樹著)の中の

問題文を思い出す。

 

 

この方の、この事例の始まりは、

部長から気軽に声をかけられて、

立ち話で話したってことだったと思う。

最近の仕事の様子を尋ねられたから、

何の気無しに話すなんてことは、

「あるある」だと思う。

 

それが「課長からの批判」

という形で返ってきたわけだ。

きっとびっくりしたと思う。

それでも、冷静に

認識のズレを修正することができた。

 

その素晴らしさの要素は、

まず、

課長のレッテル貼り「パートのくせに生意気」

という言葉には、怒りを感じながらも

巻き込まれなかったことだ。

さらに、

事実「話した内容や発言の仕方」については

認め、謝罪をしていること。

 

ちなみにこの方が使った「批判への対処法」は、

アサーティブトレーニング応用編で、

批判の言葉を受けたその場での最小限の対処法を、

ステップアップ講座では、

一歩踏み込んで、

問題解決まで持っていくための方法を学んでいただく。

 

私はこの方の、

これまでの練習と実践の歴史を思って、

メールを読みながら、感動でいっぱいだった。

 

 

 

さて、日常の中にズレはある。

うまく伝わらないことって、ある。

 

この方と課長の認識のズレは、

「単なる立ち話」

「課長を超えて部長に意見した」

というところにあった。

 

ズレはいろいろなところで起こる。

 

言葉でいえば、

「早めに仕上げて」などという曖昧な言葉を巡って、

言った方と言われた方の受け止めのズレが

あるかもしれない。

 

あるいは、動作や表情、声のトーンなどでもありそうだ。

指示した方は疲れのピークだったがための沈んだ口調を、

受け取る方は「何か怒ってる?私、やらかしちゃった?」。

 

しんどそうに見えたから声をかけた

「休んでいいよ」というひと言、

「俺、必要じゃないの?」と受け取られる場合も

あるかも。

 

どちらも悪意がなくっても、

どちらも相手を思いやっていたとしても、

それでもすれ違う会話。

 

仕事上で大切な話であっても、

お互いの利害が一致していても、

細かなところにある違和感。

 

 

何しろ、

人は、一人ひとり、

それぞれのコミュニケーションの癖があり、

事実の捉え方にも傾向があり、

感情のわき方にも、

考え方にも、価値観にも

違いがある。

 

その上に

役割だったり、

課された責任だったり・・・

という違いもある。

 

 

それぞれ

背景のある違いを持った者どうしが

伝えあう時に、

ズレちゃうことはあるってことを、

折り込み済みにしといた方がいいかもなあ。

 

普通にあるのが「ズレ」だとしたら、

そのズレを最小限にとどめるための技術、

そして、

ズレちゃった時に修復する技術、

必要で大切なんだと思うなあ。

 

 

そんなことを、

カフェ参加者の実践から確認したのでした。

 

 

 

次回のアサーティブカフェは

11月11日(土)

基礎編終了された方、

ぜひ参加をご検討くださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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| アサーティブトレーニング | - |

チラチラ見える逞しさ。

【2017.09.17 Sunday 17:34

昨日は、今年度3回目の静岡でのアサーティブカフェ。

アサーティブを学んだ方々が、

日常でのアサーティブの実践を、

和気あいあいと話す時間。

成功の話も失敗の話もあるし、

これからの練習の場として

ロールプレイをする場合もある。

そして、

明日に向かって背中を押しあう、

そんな集まり。

 

 

 

今回は、訳あって我が家で開催。

(ということで、人数に限りがあり、

 申し込んでくださった数名の方に

 参加頂けませんでした。

 申し訳ありませんでした)

 

 

参加者のお一人が感想をメールしてくれた。

(シェアOKいただきました)

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

昨日はありがとうございます。
お疲れ様でした。
新しく参加された方も懇親会に参加してくれ、

なんだかうれしかったです。

さて、昨日ですが、

(アサーティブのことで)

忘れていること、

ごっちゃになっていること、

え?そーなんだということ、

いろいろありました。

例えば

要求は一回ひとつ、

〜です(マル)まで言いきるみたいなこと。

 (とはいえ事例によって、そうばっかりでは

  ないこと)


自分としては、

やはり同じところをグルグルしています。

(親族内の問題で、相手に対して)
『私そんなに悪いことしたのかな』

っていじけた気持ちにもなるし、

都合のいい時だけ頼ってずるい、

 悪いことはすべて私が決めたこと

 と結びつけている』

と腹立たしく思ったり。
そんな中、今できることは、

『ある程度自信をもって』

(勝負の)土俵をおりることかな

って思いました。

,匹Δ砲發覆蕕覆い海箸發△襦△斑里襦
逃げるように降りるんじゃない。
A蠎蠅了情によるものではあったとしても、

 相手のせいではない。
し覿匹里箸海蹇△修諒法を選らんだのは自分。
ナ針転換、仕切り直しも可。

また、自分の気持ちを知るのはもちろん、

相手の気持ちも想像することで

自分を落ち着かせる助けになること

教えていただきました。

どうにもならないことを抱えているからこそ、

理論的にも(知ったことを)やってみると

いいかもしれません。
おそらく私が何かをふっきることは

簡単にはできないと思います。
でも落ち込みすぎずにやっていける気はします。

昨日の帰り、アサーティブで出会い、

一緒に学ぶ仲間と話しながら

バスに乗りました。
『この先何かあっても、

 右往左往しながらでも

 乗り越えていけるっていう変な自信、

 あるよね』と話して別れました。


落ち込むし、

人のせいにもするし、

ネッチーもドッカンもやるけれど、

そこでは終わらないと思います。
そこが、出会った頃の自分達と

違うんだと思います。

 

みんなの中にチラチラ見える逞しさが

嬉しくなります。

私だって大丈夫って思える。

昨日もみんなに会えて本当によかったです。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

この方が

みんなの中に

「チラチラ見える逞しさ」を

見出してくれているように

私も昨日は、

参加者の方々の

力強さをまぶしく感じた。

 

私は、参加者がアサーティブに

出会ってくれた瞬間に立ち会ってる。

だから、

お一人お一人の人間関係上の変化や、

ご病気を克服されてきたことや、

家族の形が変わったことや、

もつれた問題をどうほぐしてきたかの歴史や、

とにかく様々な背景を知っている。

それらを経て今があって、

いろいろ解決してきても、

やっぱり日常にはいろいろあって、

一筋縄ではいかないことも

抱えている方もいる。

 

それでも、

問題とどう付き合っていこうか、

どう対応していこうか、

つまり

葛藤を引き受けて生きている。

 

そのことがまぶしくって、

この仲間の中にいる自分が

誇らしかった。

 

悩んだり、

困ったり、

立ち止まったりしてる姿も、

見事な

悩みっぷり、

困りっぷり、

立ち止まりっぷり

なんだと思った。

 

 

 

みんな、ステキだなあ。

いいなあ。

 

〜〜〜というように、

アサーティブは結局、

コミュニケーションのスキルなんだけど、

スキルにとどまらない。

人としての「あり方」みたいなものに

深く影響するんだと思う。

 

 

 

 

さて、

今回は我が家で開催したので、

トイレの中にあった、

義父の残していった勉強の跡を

みんなが見てくれた。

 

それについて、

先の方のメールに追伸が。

 

 

・・・・・・・・・

 

PS お父上の英字のメモ、

表紙とか付けたらステキかも。

すみません、

余計なお世話かもしれませんが…

それほどのインパクトがありました。

いつかお父上が

若者たちへ伝えたメッセージのようで。

 

・・・・・・・・・・・・・

 

本当にすごい、この毎日の勉強の跡。

細かい文字でぎっしりと書かれている。

そういう、コツコツ努力を重ねる人が

近くにいてくれたっていうのは、

私にとってめちゃアドバンテージだと思う。

人間ってそうなれるってこと、

知っちゃてることが、本当にありがたい。

 

9月20日は

義父の命日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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残りの人生1日目。

【2017.09.10 Sunday 23:08

きょうは私にとって

ロゴセラピーの区切りの日だ。

 

ロゴセラピーとは、
意味を軸としたセラピー。

 

ロゴセラピーと私の歴史を振り返ってみる。

 

「夜と霧」を再読したのは2010年2月。
ブログに感想を書くと、

友人から「なぜまた読みたくなったの?」
と問いかけのコメントをもらい、
なんでだろ?と考えて、
「谷澤相談室を開くにあたり、

 読みたくなったんだ」と気がついた。
「夜と霧」はそういう本だった。

 

2012年の誕生日、
イギリスから帰国した知人とランチした。
その時彼女から、

「今、『100分で名著』で『夜と霧』をやっていて、

 ガイド本、すごくいいですよ」とすすめられ、すぐに購入。
「どんな時も人生には意味がある」

「意味のない苦しみはない」

「それでも人生に『イエス』と言おう」等という言葉に感動。

「夜と霧」の著者フランクルが創設した

ロゴセラピーを学びたいという気持ちが高まった。

そして検索し、ロゴゼミに出会った。

 

ロゴゼミの講師、勝田先生は

フランクルから指導を受けたルーカス先生のもとで

ロゴセラピーを学び、

フランクルの言葉を正確に伝えてくれる方。

温かく、ゆったりとしていて、

包み込んでくれるような笑顔の素敵な女性。

ドイツ在住で、一年に3回日本にこられ、

その際ロゴゼミで私たちにロゴセラピーを教えてくれる。

 

私は2013年の7月にスタートした

第五期の第一回目からロゴゼミ受講。

そして年に3回ずつ受講を重ねた。

せっかちな私に、

ゆっくり学ぶという、

今までのスタイルとは違う道を進ませてくれたと思う。

 

10回を終了すると、

ロゴセラピストになるための資格試験を受けられる。

私がそれに挑戦したのが昨年9月。

一発合格はできず、

勝田先生から3つのテーマを再受講するよう指示をうけ、

その3つめのテーマの受講を今日終えた。

 

区切りというのは、

ロゴセラピストの仲間入りができた日ということなんだ。

 

 

 

ロゴセラピーで一番びっくりしたのは、
「何のために生きているか?」という、
今まで当たり前につぶやいていたことへの

「別の考え方」だった。
ロゴセラピーでは、
「人生の方から、あなたに問いかけている」というのだ。

 

えええっ
人生は 私に問いかけているの?

私はびっくりした。

 

一瞬一瞬、その時起こった出来事を通し、
人生は私に問いかけているという。
私がその出来事に

どういう態度で対応し、

どう行動するかで応えるかを。

 

びっくりしたけど、
同時にすごく納得できた。

 

私がこの世に誕生し、愛情深い家族に恵まれたことも、
だとしても我が強かった私が、
商売の家の長子に生まれたことで悩んだことも、

 

対象は違っても他者からの承認欲求が強い
小中高校時代や、
自分の存在価値がわからなくなっって
めちゃくちゃ自己中心的な大学〜広告制作会社時代も、

 

その後の家業の手伝いをし始めてからの苦労も、
夫と出会い、結婚を決めた後で
母が亡くなったことも、

それでもなお意思を通して結婚し、
祖父、父が亡くなり、
家業を廃業したことも、

 

子どもを持てなかったことも、

 

母を亡くした直後から学んでいた
カウンセリングの勉強を生かして、
学校での相談の仕事を始めたことも、
その中で必要を感じ、
アサーティブのトレーナーになったことも、


とにかく、これまで私に起こったことすべて、
その時々の人生からの問いかけだったんだ!と知ると、
どんなにひどい出来事も、

受け入れることができた。


そして私なりに、

その時その時必死で応えてきたんだと思うと
自分の人生が愛しく思えた。

 

そして、それは誰もがそうなんだと考えると、
電車で隣に座った人も、
人生からの問いかけに応え続ける尊い人に思えてくる。

 

私は学びを深めて、
人生からの問いかけにできるだけ
意味ある応えを選択したい!!!
って考えた。

 

もうひとつ「精神次元」という概念が
私を勇気づけた。
人間には心と体があるけど、ロゴセラピーでは、
それに精神次元を加え、

人間を3次元からなる存在と位置づけている。


心とからだは自分の命や生活や利益を

守るための防衛本能を働かせる。
精神次元は意味をキャッチし、

意味の実現を志向する。

 

心とからだ、
特に私は心(感情)に興味があり、

感情を大切なものだと捉えてきた。

と同時に、

「気持ちでっかち」(⇔「頭でっかち」)は

危険だと思ってきた。

つまり、
気持ちに頼ったり(「やる気がでるのを待つ」的な)、
気分のまま行動する(「いやだからやらない」的な)ことは、

好ましくないって思ってきた。

 

そんな私に
精神次元の概念は、理解しやすいし、

行動療法にいい影響を与えてくれた。

 

行動療法を使ってきた私は、

「目の前の必要なことをいやでもやる」とか

「苦手だなって思っていいけど、

 挨拶はする」とか、

そういう説明をしながら、

心(感情)と行動がバラバラな感じで

戸惑う人がいることも知っていた。

 

同じことでも、

ロゴセラピーで精神次元の存在をしってから、

「目の前の必要なことを、

 いやでも、

 明日の準備のためにやる」とか、

「苦手な人だと思っていいけど、

 より良いチーム作りのため

 挨拶する」

など、

たとえ主観的な意味であっても、

感情と行動との間に、

意味で繋がりをもたせることができるように思えた。

 

これが客観的な意味、

つまり

誰かのために、

何かのために、

となるとロゴ的だ。

 

 

振り返ると
2013年の7月から年に3回。

全部で14回の土日、東京や盛岡で学んだ。

もちろん、ロゴセラピーの学び以外、

仕事でも土日を留守にすることがあるので、

時には毎週のように、

夫は掃除や洗濯などやってくれた。

トイレやお風呂の掃除もだ。

私好みのテレビ番組を録画しておいてくれ、
はじめの頃はバーニーの、

今はカルの世話をしてくれている。

一人でごはんの支度し、食べ、一人で本を読み、

テレビやネットをみて、休むんだと思う。
季節の変わり目には布団を入れ替えておいてくれたり、

あるいは台所の引き出しを

めちゃきれいに掃除してくれてあったこともある。

義父が亡くなった後は、

一階の掃除や、

義父の荷物の整理などをこつこつとやってくれている。

そして、時々、

カルの写真を、

東京や盛岡で学んでいる私のところにラインしてくれるんだ。

 

彼は、
誰か(私)のために、

何か(私が学べる)のために、
自分の力を使ってくれていた。

彼はいつでもお手本なんだよな。

 


勝田先生は「ロゴセラピーは生き方」という。
このことの意味が分かるようになったのは、
相談をうけるとき、
「その方に起こったつらい出来事から、
 意味をみつける手伝いをしよう」
と思えるようになっていることでだ。

それはセラピスト自身の

日常の実践があってのことだと思う。

「セラピストが自分の良心(意味を感知する器官)に

 従って生きてることが大切」とは

静岡で読書会を主催してくれている草野先生の言葉。

それがちょっとずつだけど、

馴染んできているのかもしれないな。

 

しかも

フランクルは人間を

「もう動物ではないが、

 まだ神ではない存在」

と言ったそうだ。(今日のロゴゼミで知った)

だから

「心身態(心と体)のエゴイズムと

 意味への意志の間を行ったり来たりするもの」

で、

セラピスト自身もそうであるからこそ、

謙虚になれる。

 

 

 

区切りの今日、

ゼミの最後に引用されたルーカス先生の言葉は、
「今日はあなたの残りの人生の第一日目なのです。
 この残りの人生を使ってどうするか、

 それはあなたの手中にあるのです」
というものだった。

なんてありがたい はなむけ!!!

 

簡単なことではなく、
苦しいこともあると思うけど、やっていこうと思う。

 

だって、「悩むことは人間特有の能力」なんだもん。
「まっとうな苦悩は、それだけで業績」なんだもん。
フランクルはそう言ってるし、

私は「苦悩」を安易にごまかしたり、

粗略に扱ったりせず、

そこから意味を見出すことのすがすがしさを

知ってしまったから。

「苦悩」がなければ知りえなかった意味も、

たくさんあったと思うから。

 

 

2017年9月10日は

残りの人生の大切な1日目となった。

 

で、

明日もまた、

残りの人生の1日目だ。

そうやって、積み重ねていくんだなあ。

 

心身態のエゴイズムと意味への意志との間を

行ったり来たりしながら、

苦悩しながら、

積み重ねていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

今回の盛岡のロゴゼミは、

岩手県公会堂で開催。

1923年に建てられたというレトロな建物。

素敵でした。

 

 

 

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アマゾンの思う壺

【2017.08.29 Tuesday 14:25

恥ずかしながら、

ずっと「ブルボン」だと思ってた。

「ブルゾン」かあ。

なんてこともあり、

 

今朝は、

9時少し前に、

横断歩道が青になっても、

なかなか渡らない小学3年?4年?の

男の子を見てしまって、

宿題やってないのかな?

何か嫌なことがあるのかな?

と心配になったり、

 

8月も終わりますなあ。

 

夏も終盤にきて、

これから読む本への期待が高まってます。

その前に

読んだ本の整理しとこう。

 

 

 

 

ここのところ読んだ本 ↓

ビジネス系の本、どれも良かった。

 

大人であっても人の知性は成長する。

組織の力を最大限に引き出す最善の方法は、

組織に属する人々の人間としての発達に

光を当てることだ。

 「なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか」

 

ただ、それには組織内で

適切なフィードバックができることが不可欠。

しかしながら今「フィードバックレス社会」

と言えるほど、フィードバックが足りていない。

「フィードバックとは

 相手にとって耳の痛いことでもきっちり通知し、

 本人の立て直しのお手伝いをすること」を言う。

  「会社の中はジレンマだらけ」

 

フィードバックが苦手な理由に、

評価を怖がり、

自分の弱さを隠そうとする意識が働いていることと、

知性の発達段階の一段目で留まっている人が多いという

可能性がある。

 一段目:環境順応型知性

   (周囲からどう見られ、どういう役割を期待

    されているかということで自分が形作られている。

    合わせられる。指示に対し忠実に行動できる)

 二段目:自己主導型知性

   (周囲の環境を客観的に見られる。自分自信の

    価値基準を持っていて、それと周囲の期待に

    ついてを合わせて考え、判断し、選択できる)

 三段目:自己変革型知性

   (自分の価値基準ややり方をもっているけど、

    それだけにこだわらない。しかしそれが全てだと

    思ってないので、修正したり、訂正したりできる。

    矛盾も対立も、曖昧も、ジレンマも受け入れること

    ができる)

  「なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか」

 

 

フィードバックを技術的な面から考えると、

客観的な事実を提示することが必要だ。

「あなたって気が利かないよね」

は、あまりに主観的だ。

客観的な事実とは、

「会議の資料、

 参加人数分なかったよ」

 

 

「自分の言葉が相手に理解されているかどうか

 鋭敏な感覚を持ち、理解されていないことを

 嫌がらずに謙虚に受け止め、理解してもらう

 にはどうしたら良いかを本気で考える。

 何度も何度もそんな経験を

 繰り返さなければならない。何度も何度も」

自分の言葉の何をどうチェックしたらいいかが

わかれば、

フィードバックもしやすくなるかも。

「大人のための国語ゼミ」は

以下が具体的に書かれてる。

・事実と意見と推測

・簡潔にし、話題でまとめ、順番に注意

・接続の言葉

・要約

・理由と原因と根拠

・的確な質問

・反論の仕方

 

 

「大人のための国語ゼミ」を読みながら、

「伝える」ことについて思い返してみた。

私は「アサーティブ」というコミュニケーションのあり方で

「相手伝わるように伝える」ための工夫をしてるのだが、

学び始めた初期の頃にやり始めて、

今でも気をつけている事がある。

それは端的に知らせたい時には余分な事を言わないこと。

タクシーの運転手さんに目的地と道順を知らせる時、

駅の窓口を利用して切符を買う時、

そんな時、

いかに少ない言葉で正確に相手に伝えることができるか、

最初の頃は、

(思ったことを、しかもどうでもいいことを

 口にしてしまう私にとっては)

結構大変で、面白かった。

今もスッキリ決まるとめちゃ嬉しい。

そして、それには脳内リハが大切なんだな。

「大人のための〜」の中の、

枝葉は一旦置いて、幹、つまり中心的主張を!

は、なるほどなんだな。

 

 

 

これらの本の中で出会った

「ポータブルスキル」という言葉が気になった。

「ポータブル」だから持ち運びできるって訳で、

つまりは、会社を変えても、仕事を変えても、

自分の身についた技術は持って異動できるって訳だ。

それらは3つあり

\賁腓涼亮韻箋蚕

∋纏の仕方(現状を把握したり、課題を設定できたり、

   スケジュールの管理や、状況に対応できる力など)

人との関わり方

と言われているとのことだ。

 

 

私の仕事の一つは

コミュニケーション能力の育成だから、を扱ってる。

そして、のちからがあると、

´△蚤疹の苦手があっても、わからないこともあっても、

質問したり、助けを依頼できたりするので補える。

 

そんなアプローチも可能だなあと

なんだか、少し考えも広がったと思う。

 

 

ってわけで、

これから読む本は↓

 

 

 

 

 

    

  

 

 

 

 

 

 

 

 

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「私の物語」→「私たちの物語」

【2017.08.23 Wednesday 08:55

今朝の「ひよっこ」(NHKの朝の連ドラ)で

ムネオさん(主人公のおじさん)が言った。

「悲しいこと、辛いことは突然やってくる。

 どんなに誠実に生きてても

 悲しいことは降ってくるみたいに

 いきなり起きるんだ。

 でもね、

 悲しいことを救ってくれるのは人だよ。

 人を救うのは人だよ」

良いこと言うわあ、ムネオさん。

 

そして、

悲しいこと、辛いことを、

人に救ってもらいながらでも乗り越えると、

それを乗り越えられた自分に対する信頼度は、

めっちゃアップする。

 

さらに、

助けてくれた人に対する感謝や信頼する気持ちは

増大し、その人との間の関係はとても太くなる。

しょっちゅう会えなくても、

事あるごとに話せなくても、

心の底での繋がりを感じるだけで、

力が湧く。

 

自分に対する信頼度も

助けてくれた人に対する信頼度も、

時間を経ると変化があるけど、

その頃また

何かが起こったりするのが、

生きていくことだと思う。

 

そして

私はそんなことを重ねてきたなあと

つくづくと思う。

その上で

私は、

いよいよ「人間の生きていく力」に

確信を持てている。

 

 

 

昨日、突然、1日ポッと空いて、

気の置けない友達を誘って遊んだ。

5か月ぶりくらいに会えた彼女とは

話すことは山のようにあった。

その中で、彼女の身に最近起きた

突然の出来事を聞き、

どう対応しようか考えている話を聞きながら、

このことも、

彼女は絶対に乗り越える!

って思った。

彼女には近くに住む姉という

心強い存在に相談もしている。

 

一昨々日

久しぶりにラインのやり取りをした

アメリカに住む妹も

はっきりとはわからないが、

転換期を迎えているようだった。

姉としてはすごく心配だけれど、

でもやはり、

妹は必ずなんとかする!って

私はどこか信じてる。

妹も、アメリカで

なんでも話せる友人を

持っている。

 

 

大変さ、しんどさを

誰かに表すことは、

「私の物語」から、

「私たちの物語」への変化を

スタートさせることになる。

 

 

ムネオさんの言葉も、

その前に

「主人公の父親(記憶喪失になってしまってる)」が

将来のことを家族に相談したことから始まり、

彼が一人だけで思い悩んでいても、

「自分の一人の物語」だけど、

それが

「家族の物語」になった。

 

 

 

最近読み終わったのは

「なぜ弱さをみせあえる組織が

 強いのか」

という本。

 

帯に書かれた

「ほとんどのビジネスパーソンが

 『自分の弱さを隠す仕事』に

 多大な労力を費やしてる」

というコピーに惹かれた。

読む前は、

弱み、弱音を吐きあえる組織ということは、

吐いても馬鹿にされず助けてもらえるということか・・・

という想像だったが、

そんなに甘い話ではなかった。

 

どちらかというと、

自分の苦手をさらけ出せ、

それに対策を立てていく環境を

システムとして作っている

組織の実例を交えながら、

そうやって個人が成長していくことが

組織の成長にもつながっていく

ということだった。

 

事例であげられていたある会社の

合言葉のような数式

「痛み➕内省=進歩」

が記憶に残った。

この会社では

「自分の失敗から学ぶことが職務上の義務」

とのことだった。

 

大人になって知る自分の弱みや苦手、

あるいは失敗、

他者からの批判的な指摘は

とてもとても痛い。

痛いけれど、

そこでそのことを見なかったことにするのでも、

流してしまうのでもなく、

受け止めて、

どこに問題があったか、

何をしなかったのか

プラスにするためにした方がいいことは何か

と内省を深め

見つけ出せ、行動できた時、

進化となっていく。

 

そしてその間、

内省はするが、

自分一人で背負うのではなく、

他の方にサポートしてもらってる。

そのサポートを組織でシステムに

しているところがすごい。

 

このことで成長している組織には、

「大人も発達する」という

共通の前提があるのだ。

 

 

 

自分の弱さ、苦手、弱み、弱音を

オープンにできるって、

すごいことなんだと思う。

 

そこから始まるんだと思う。

そこから始め、

人は、

いくつになっても

進化、発達することができる。

「生きていく力」を発揮できる。

 

 

 

 

少し前、

大学3年生の女子が、

乳児遺棄で逮捕されるニュースがあった。

法律を犯してしまった、

確かに悪いことをしてしまったんだけど、

私はこのニュースが切なくてたまらなかった。

一線を越えてしまってから

妊娠判明し、出産、

乳児遺棄まで、

どんなに悩んだかと思う。

どれだけ

苦しくて辛くて困っただろうと思う。

心細かったし、

自分や相手を責め続けたと思う。

気づかれてはまずいという気持ちと

相反して

誰かが気づいてくれたらという期待

もあったかもしれない。

ちょっとでも

「やばい」って言うことができたら、

いいアイディアをもらえたかもしれないけど、

彼女には、

そのハードルはすごく高かったんだろうな。

言えなかったんだよな。

彼女が、

少しこぼせたら・・・

ねえ、実はさ・・・

って言えたら、

って思わずにはいられないけど、

それができていたら十月十日の間に

なんらかの代替案があったんだろう。

(それにしても腹がたつのは、

 相手の男性だ!

 いろいろ事情はあるとは思うけど、

 なぜこういう時に、

 女性だけさらされるのか!!!)

 

<加筆 昨日↑のように書いた後、

 知人とこの件でメールした時、

 知人の言葉

 「彼女の逮捕を知って相手は

  どんな気持ちでいるだろう?」

 にハッとした。

 そうだ、彼も、もしかすると今、

 誰にも言えずに苦しんでいる

 かもしれない。どうしたらいいか

 わからず、自分を責めるだけの

 時間の中にいるのかもしれない。

 安心できる、信頼できる誰かに

 できれば大人に、話せるといいな。

 

 そして、私は自分だけで考えている

 時は考えもしなかったことを、

 知人と「私たちの物語」に

 したことで、狭かった考えを

 広げることができた>

 

彼女が償って、

新しい一歩を歩き出したあと、

かっこいいコトやかわいいモノに「いいね」を

しあうだけではない人間関係が作れると

いいと思う。

弱音が吐きあえたり、

助言しあえたりする存在が出来るといい。

 

「かっこ悪い自分、面倒な自分は隠しておくべき」

などというマインドと、

そのことに対して使う力は、

すっごくエネルギーいるけど、

それで磨くことができるのは

「ごまかす」スキルだけになりがちだ。

本当の力はついていかないって

気がつけるといいな。

 

そうして、

オープンにし、助けを求め、

問題解決に向かって動けば、

彼女も発達するし、

(その相手だって、

 正しい「内省」があれば

 進化の可能性は大いにある)

彼女の中の「生きていく力」は、

ポジティブな方向に発揮できるのでないか。

 

 

 

 

 

「私の物語」を

「私たちの物語」にでき、

反対に、

「あなたの物語」を聞かせてもらえて、

「私たちの物語」にできる。

そんな関係を一つでも作りたい。

どちらかだけだどバランス悪い。

そうしあえる人がいるって、

素敵だと思う。

 

そうしあえる「私」でいるために、

私は、

痛みをそのままにせず、

内省していきたいと思う。

 

助けてって言えて、

助ける行動ができる人間でいたい。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

妊娠に関しての相談機関の情報が

facebookにアップされてました。

ついでのようだけど、

大切なことだから、

流れてきた情報をそのまま

アップしておきます。

 

<にんしんSOS東京>

【生まれたその日になくなる命だけでなく、

 乳児遺棄によって犯罪者になってしまう

 女性もなくしたい】

乳児遺棄の疑い、20歳女子大学生逮捕 
静岡・牧之原
朝日新聞 2017.8.18

ひとりの女子大生が、
母子手帳の交付も受けず、
医療にかかることなく、
(おそらく)一人きりで出産をし、
嬰児を遺棄した。

報道から今私たちが知ることができるのはこれだけです。

相談する相手がいたのかいなかったのか、
赤ちゃんの父親との関係、
どんな気持ちで妊娠期を過ごしたのか、
変化する身体にどう対処していたのか、
どこでどんなお産をしたのか、
まだわからないことだらけです。

でも、

周りの誰にも言えない、
言っちゃいけない、
そう思う背景がきっとあったはずです。

どうか、
相談する先がいくつもあること、
色々な選択肢があること、
を多くの方に知って欲しい。

そして、
どこかに相談して、
自分の納得できる対応をしてもらえなかったとしても
諦めないでまた別の相談機関に相談して欲しい。

これからのことを一緒に考えてくれる誰かがここにいます。

私たち、にんしんSOS東京は、

「生れたその日になくなる命だけでなく、

乳児遺棄によって犯罪者になってしまう女性

もなくしたい」と強く願います。

今まさに悩んでいる方、

ひとりで悩まず、相談して下さい。
また、周囲に悩んでいる方がいたら、

以下の相談機関を伝えて下さい。

 

■一般社団法人 にんしんSOS東京
https://ninshinsos-tokyo.com/
にんしんにまつわる全ての「困った」、

「どうしよう」に寄り添います

 

■一般社団法人 全国妊娠SOSネットワーク

(全国の相談窓口の一覧があります)
http://zenninnet-sos.org/contact-list

 

■特別養子縁組の相談窓口

一般社団法人 ベアホープ
http://barehope.org/

NPO法人 環の会
http://wa-no-kai.jp/

認定NPO法人 フローレンス
http://engumi.florence.or.jp/

一般社団法人 アクロスジャパン
https://www.acrossjapan.org/

 

■レイプ・性暴力の相談窓口:

NPO法人 レイプクライシスセンター TSUBOMI
http://crisis-center-tsubomi.com/

NPO法人 性暴力救援センター・東京
https://sarc-tokyo.org/

 

■出産費用がない場合の相談窓口:

NPO法人 円ブリオ基金センター
https://www.embryokikin.com/

 

■出生前診断を受け、産むかどうか迷っている方の相談窓口:

NPO法人 親子の未来を支える会
http://www.fab-support.org

 

author : tanizawa-k
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熟考。

【2017.08.21 Monday 13:34

8月19日は

バイクの日で、

俳句の日で、

ソ連8月クーデターの日で、

私の誕生日だ。

57歳になった。

 


 

夏休みに行ったタイ展で

自分の生まれた曜日を調べることができた。

タイでは、

ほとんどの方が何曜日に生まれたか知っていて、

その曜日の守護仏にお参りするらしい。

私は金曜日生まれだった。

そして金曜の守護仏は

「どのように教えを広めるべきか熟考する仏陀」

だそうだ。

占い系にほぼ興味ない私だが、

これは嬉しかったなあ。

「広めることに長けている」ではなく、

「熟考する」ってところが、

めちゃ私らしいように思う。

 

私は

「広め方を熟考する」ことに

思う存分時間を費やせる時、

幸せを感じていると思う。

集中していると思う。

もちろん、

うまくいかないことも多いから

苦しむこともあるけど、

それも含めて大切な時間だ。

守護仏が守ってくれていたのかな?

 

 

今年のこの日は、

「アサーティブトレーニング基礎編」で

講師を務める1日で、

前日までの(私なりの)熟考を

形に表すことのできた

本当にいい誕生日になった。

 

 

 

基礎編は全部で12時間を要する。

今まで土日と連続2日で行ってきたが、

今回は静岡では初めて、

前半6時間と後半6時間の間

2週間の間隔をあけてみた。

 

前半分と後半分を合わせて

参加者の方の感想などを

掲載してみる。

  (公開OKの方のものです)

 

・心に残っていることは、

 ロールプレイの演習。

 辛かったことを話し受け止めて 

 もらえたことも嬉しかった。

 日頃、他者から「感情で話している」

 と言われ、気になっていたが、

 その意味が理解できたのは大きい。

 また仕事場での依頼事は、

 自分の感情で話すのではなく、

 組織として困っている事の

 事実を明確にする事で

 相手の理解が得られやすいと

 わかった。(N)

 

・自分の伝えたいことが

 言えるようになった。

 言葉に詰まったら

 そこで固まってしまう自分から

 少し抜けだせたような気がする。

 今の自分が「いい人でいたい」

 という殻に閉じこもっていたこと

 にも気がつけた。

 また断ることは、相手を傷つける

 と思ってしまっていたけれど、

 言わないことで迷惑をかけてる

 こともあると気がつけた。

      (ネコバス)

 

・ロールプレイを3回やるうちに、

 何を伝えたいか的が絞れてきて、

 それを伝えることが

 相手にも自分にも大切なことだと

 確信できたので、

 堂々ということができた。

       (きんぎょ)

 

・コミュニケーションパターンは、

 あの人は攻撃的だからとか、

 この人は受身的だからとか、

 決め付けてしまうのではなく、

 その時々によって、

 私も、他の人も使い分けている

 ことがよくわかった。

 だとしたら

 自分はアサーティブになれるよう

 心がけたいと思う。

 そして「自己主張」は、

 相手を大切にしながらできる

 ってことを学べたことが大きい。

 私は自分の意見を通したくて

 強く出てしまうことが多いことに

 気がつけた。(Y)

 

・「ノー」は、相手も自分も

 大切にしたいから言う言葉

 という考え方は、

 「ノー」の本質をついている。

 そして、何よりも、自分の人生で

 ずっと付き合い続けていくのは

 自分だとわかった。

 その自分をないがしろに

 したくない。

 その意味でも「自己信頼」を

 もっと学びたい。

 自分とまっすぐ向き合えることが

 アサーティブの土台だと感じたので。

        (I)

 

・知識だけではなく、実践的なことが

 学びの助けになった。

 伝える時の整理の仕方

 (事実・感情・要求)の概念も

 とてもわかりやすかった。

 参加者の方との意見交換も

 心に残っている。

 また普段「ノー」ということに

 強い抵抗感があった。

 講座の中で、「ノー」は決して

 ネガティブなものではないことに

 気づかされた。

 「ノー」の中から見つけられる

 プラスのこと(相手との良い関係

 を築きたい、自分を大切にしたい)

 が発見できて、とても勉強に

 なった。(ゆうこりん)

 

・大勢のスタッフの丁寧な対応に

 満足している。

 講座の中で心に残っているのは 

 コミュニケーションの権利。

 また「ノーとは何ができて

 何ができないのかを相手に

 わかってもらうことば」という

 説明に、自分理解、相手理解の

 大切さを感じた。

 自分に自信が持てない私に、

 スタッフから認める声かけ

 をしてもらい嬉しかった。

      (N)

 

・4つの柱(相手と向き合う時の

 心がまえ)が大切だということ、

 日常的に整理方法(事実・感情・要求)

 を使うことが、的を絞る練習になり、

 それによって相手も大切にした伝え方

 になることがわかって、とても勉強に

 なった。(マリリン)

 

 

・今までの経験と照らし合わせながら

 今回の講座を受けた。

 ちょっと生きる気力が出た。

 こういう場面でこうしようと思えたり、

 考えたりできる〜これが今の私には

 皆無だったので、そんな、

 ちょっと先のことが

 考えられてよかった。(めい)

 

 

こうやって感想を読んでみると、

つくづくと

アサーティブは、単なるコミュニケーションの

方法ではないんだと思う。

もちろん方法は大切で、

方法論も明確にあるところが

アサーティブトレーニングの良さではある。

ただ、それ以上のものだと思う。

 

生き方を広げるものなんだと思う。

 

 

「言えない人」には

「伝える」選択肢を、

 

「怒鳴ってしまって

 後悔が多い人」には、

「聴く」選択肢を、

 

「一人で頑張ることのみしてきた」人には、

「助けて!と頼る」選択肢を、

 

「相手が悪いと思うことで

 生き延びてきた」人には、

「自分のできることを考える」選択肢を、

 

「不安で動けなくなる」人には、

「感情に込められた意味を

 受け取る」選択肢を、

 

もたらせてくれる。

 

アサーティブトレーニングとは、

自己理解を重ねてもらいながら、

自己表現の背中を押し、

そのことで自己信頼を育む場。

 

これを広めていくことも、

私の大切な志事の一つ。

57歳も

葛藤しながら、

簡単に決断しないで、

解決を急がないで、

苦しさを心の中に持ちながら、

ダメな自分も共存させながら、

それでもなお

熟考していきたいと思う。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<お知らせ>

9月のアサーティブカフェは、

自己信頼について深める時間も

持ちます。

もちろん、

ロールプレイをやりたい方にはその時間を、

おしゃべりしたい方にはその時間を、

作ります。

できたらデモで学びたい方のための

デモの時間も!と欲張りに考えてます。

 

日時:9月16日(土)13:30〜16:45

会場:静岡県教育会館

参加費:3000円

お申し込み:kumikotanizawa@gmail.com

 

 

・・・・・・・・・

さてさて、

還暦まであと3年。ひやっほ〜!

自分がそういう年齢になるなんて、

なんか、すごい。

ここのところ朝起きた瞬間、

いろんなところの関節が硬い感じがある。

お腹周りはランにも負けずど〜んとしてる。

ほうれい線はくっきりで、

夕方になると文字が見えにくい。

恥ずかしいけど、

おならも思わぬ時に出ちゃう。

(57歳の女性が全員、

 ゆるいんじゃない!

 と断っておこう。

 これは私の問題)

「あれあれコミュニケーション」で

固有名詞は出てこない。

 

なんだけど、

周りに助けてもらいながら、

いっぱい許してもらいながら、

なんとかやっていこうと思う。

 

私にとっては初めての57歳!!!

スタートしました。

いくぞ〜、お〜!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| アサーティブトレーニング | - |

タイ展と、ボクサー村田。

【2017.08.17 Thursday 09:26

夏休みのめちゃめちゃ良かったもの、

2つをメモメモ。

 

東京国立博物館の「タイ展」

これ、仏像がちょっとでも好きって人には

大満足の展覧会だと思う。

 

山手線の電車の中で流してるCMで、

みうらじゅん氏といとうせいこう氏が

「微笑み返し」って言ってるけど、

すごくよくわかった。

タイの仏像は口角が上がっていて、

ちょっと微笑んでる。

挨拶したくなる。

 

タイの仏教は、

上座仏教とのこと。

厳しい修行に耐えたもの、

敬虔な信徒が救われるという教え。

(日本に入ってきた仏教はだいたいが

 大乗仏教というもので、

 お釈迦様がみんなを救ってくれるというものとのこと)

自分で自分を救うべく修行する中での、

あの微笑みかあ・・・。

 

しかも、

説法に歩くために、

一歩足を前に出す遊行像があったり、

横になって寝ている涅槃像があったり、

バラエティ豊かで、楽しい。

 

意識しなくても、

微笑み返ししちゃってるのは、

周りを見ると

私だけじゃなかった。

 

ラーマ2世王作の大扉は5メートル以上ある

大きな扉。

これどうやって持ってきたんだろう?

透し彫りっていうのかな、

たくさんの細かい彫刻が施されていて

圧倒される。

ここだけ撮影OKだったのに、

スマホを持ってなくって、

撮影できず。残念。

 

8月27日(日)まで開催してるとのこと。

 

 

 

録画してあった

「情熱の炎は消えず 村田諒太・激闘の果てに」

をじっくり見る。

 

ボクシングという

殴り合いをする

すごくタフなスポーツの

プロ選手が、

現役真っ最中に

自分の弱みを含む本音や、

それにどう打ち勝っているのかを

語ってくれるのは、

とても貴重だと思う。

 

しかも、彼を支えているものが、

「本(の中の言葉)」。

その中に

ロゴセラピーの創始者フランクルが書いた

「夜と霧」も含まれてた。

 

 

 

このインタビューは

判定負けした

世界王者決定戦の10日後に

行われたとのこと。

 

私が注目したのは、3点。

 

1点目。

アマチュアからプロに転向した当初、

彼が自信を失っていたことだ。

デビュー戦はでノックアウト勝ちしたのに、

その裏でプロならではの恐怖と戦っていたんだそうだ。

「プロになって

 1つの試合に向けての怖さは

 アマチュアの時と段違いになった」

怖さの理由として、

肉体的な面では

グローブが格段に薄くなってパンチの破壊力が増したこと。

ヘッドギアがなくなったこと。

ウンド数は最長で12ラウンドで、

一撃でマットに沈められる恐怖と長時間戦わなければならないこと。

心理面では

金メダリストとしての重圧。

「世間で思われてるだろう

 金メダリストとしての偶像を失う恐怖」

 

彼は

デビュー戦の前に父に電話をして

泣いてしまったんだそうだ。

そして父親は言葉をかける代わり

息子に送った本が、アドラーや

フランクルの

「夜と霧」「それでも人生にイエスと言う」

など。

 

 

今現在、悩み、苦しみ、恐怖がつのっているのなら、

それは今のマインドセットの中のこと。

今のままでは到達できる範囲には限りがある。

別の考え方を手にいれないとダメだってちゃんとわかっていて、

父親からの助言を素直に聞き、

新しいマインドセットを本の中の言葉から得た。

 

 

2点目。

それでもいつもいつも感情に

巻き込まれないわけではない。

でも、その時は、自分の感情を

受容する音を実施してたこと。

 

例えば、やはり眠れない夜はある。

その時は、眠れない自分がダメ、まずいと

否定するのではなく、

「眠れないのは当たり前。

 眠れない今の自分を受容してあげる」

これも、ロゴセラピーでいうところの「自己距離化」

をしていることになる。

自分自身の状態を客観的に捉えること。

 

批判も否定もダメだしもしないで、

 

ほら!プロボクサーもやってる。

疑惑の判定に、文句も言わず、

淡々と受け入れ、

さらに、

この試合を、

「やってみたら

 (自分のボクシングが)結構通用するとわかった。

 そして改善点も見つかった。

 自分の伸びしろ、自分の可能性を発見できた」

試合とまとめてる、

そんな強い精神を持った彼が、

自分を受容する大切さを語っているのが、

心強い。

 

これは、

夏休み中の子どもへの声かけに、

すごくすごく役立つと思う。

宿題をやっていない子に、

「(怒!)さっさとやりなさ〜い」より、

「面倒なのはわかるよ。

 で、

 何時になったらやるの?」

の方が、

多分、子どもの自己受容の力を伸ばしてあげられる。

 

 

 

3点目。

一見、マイナスに見えることを、

プラスに変える力。

だけど、マイナスのことも

大事な経験だと意識できる力。

 

彼はデビューから何試合か、

プロへの恐怖から、

自分のスタイルとは違う

「左ジャブを使って距離を取る」

という方法で戦い、うまくいかなくなった。

その経験のことを、

「世界戦の前で経験しておいてよかった。

 あの経験があったからこそ

 自分のボクシングを取り戻すことができ、

 世界戦では自分のスタイルで戦うこと

 ができた」

と言ってるのだ。

しかも、

デビュー戦直後は、

「あれが精一杯だった」とも。

 

また、今回の試合からの教訓も

ちゃんと口にしてる。

「今までの対戦相手とは違い

 後半から距離をつぶしきた。

 そこに対する自分の対応力のなさ、

 長い距離で強いパンチを出せるけど、

 近い距離での対応力がないといけない。

 それはレベル高い選手と戦って

 初めて気づいた。

 自分自身の成長のために

 非常に良い経験だった。

 

 

なんであの判定なんだ?と恨むのではなく、

この試合、この判定という、

自身のボクシング人生からの問いかけに、

彼は意味を見出していた。

 

あ〜素晴らしいなあ。

かっこいいなあ。

 

 

再び同じ相手と試合をすることになったと

報道があった。

 

会見で彼は相手選手への感謝を話した。
「きれいごとではなく、彼には感謝している。

 デビュー戦は僕にとって

 冒険マッチだったかもしれないけど、

 それ以外は実力さえ出せれば

 勝てる相手との試合だったと思います。

 この前の試合で、初めて強い相手と、

 エンダムと試合しました。

 その試合が今の僕を作ってくれていると思いますし、

 今の僕の位置まで彼が引き上げてくれたと思う。

 次の試合では、

 もっといい試合をして、

 もっと強い僕を見せて、

 彼を超えてもっとその先を見据えたい」

 

なんて、ロゴ的な人なんだ!

 

これからも注目したいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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1 ON 1 その2

【2017.08.07 Monday 13:03

 

先週買った「AERA」の

「空気はもう読まない」という特集に、

6月の都議選時の

今井絵理子参議院議員のツイート

「今日から都議会議員選挙が始まります!

 『批判なき選挙、批判なき政治』を目指して、

 子どもたちに

 堂々と胸を張って見せられるような

 選挙応援をします」

に関して触れていた。

 

このツイートの話題は、

知ってしまった瞬間から、

気になって仕方なかった。

「批判なき政治」という言葉に対して、

いろいろな考えや感情が浮かんできた。

ほんとにいいの!という焦りみたいものや、

大丈夫?という戸惑いや不安や、

とにかく収まりがつかなかった。

 

ただ、考えても考えても、

彼女が深い意味を持って

ツイートしたとはどうしても思えず、

彼女はきっと「批判する」を

「disる」と同じような意味で

使ったんだと思うようになった。

侮辱したり、あげ足とったり、

噂話をながしたり、

そういう応援はしないつもりです・・・

くらいの感じで、

「批判という言葉の意味を知らない」とか、

「政治に批判がないと進化しない」とか、

そういう問題じゃないんだと考えた。

彼女の世代より年齢が若い方々は、

「批判」とか

「忠告」など、

相手の「耳の痛いこと」系は、

できればしない方がいいことなんだろうな

と解釈して落ち着いた。

 

「AERA」の中で

女子高生のマーケティングを行っている

清水絵梨氏は、このツイートの背景として

〜他人に深く踏みこまないのがルール。

 だから批判をするなんてもってのほかだ。

 気にくわないことがあれば

 フォローを外したりブロック・ミュート

 したりして、心地よい人間関係を

 オーガナイズできるSNSに慣れているため、

 わざわざその壁をやぶって反対意見を

 述べるのは失礼にあたるという感覚

 なのである〜

と分析してる。

 

だから清水氏は今井氏のツイートを

「若者たちは『ハッピーにやるよ』

 というポジティブな意味で

 受け取ると思います」

と書いてる。

 

やっぱりそういうことだったんだと

ちょっと落ち着き、

じゃあ、反対意見や

批判の必要がある時はどうするんだ!と

別のザワザワが出てくる。

 

 

 

 

8月4日毎日新聞の夕刊特集ワイドは

インターネットと

軽んじられていくプライバシーの件に

ついて書かれていて、

その最後に気になる文章があった。

〜岡崎さん(中央大准教授)によると、

 若い世代の場合、

 誰も批判しない、

 似たような価値観の者同士だけで

 交流できる

 狭い『ネットワーク』で、

 いくつものキャラクターを演じるのが

 今は普通のため、

 そこでひどく傷つくことは

 少ないという〜

 

高校生の中には

表のアカウントでは卒なく、

好きなアニメつながりのアカウントでは

その話題で盛り上がり、

裏アカでブラックな自分を出して・・・

といくつものキャラで

生活してる子たちもいるもんなあ。

 

アニメのアカウントで失敗してしまったら、

裏アカで思いっきり本音を話し、

だから表のアカウントでは、

いい人というか、面倒くさくない人を

やれるんだよなあ。

がんばってるよなあ。

 

 

 

意見が違ったら、

とことん話し合うとか、

正面から向き合うとか、

そういうことしなくても、

生きていけるなら、

そんな面倒なこと、

しなくなるのが普通だと思う。

 

 

自分の考えと合わないなら、

話し合って

合意を形成する努力をするのではなく、

そこから注意深くフェードアウトすればいい。

注意をしないとならないことをする人には

しっかりと改善点を伝えるのではなく、

そういう人とは距離を置けばいい。

ただ、こういうことをしていると、

対話する能力は

残念だけど育まれない。

 

 

 

 

そうなると困ったことが起きる。

学生や

プライベートなSNSの付き合いの中

ではいいけど、

組織の中に入り、

自分の意見を表現することを

求められた時や、

注意をしないとならない時だ。

すっごく困ると思う。


上のような

自分がしなくてはならない時困るけど、

もっと困るのは、

反対意見を言われた時や、

注意された時など、

きっとめっちゃショックだと思う。

ものすごく戸惑うと思う。

 

清水さんによると

「反対意見を述べることは

 失礼なことにあたる」訳だから、

その考えを持っていると、

反対されたら「失礼なことをされた」

に捉えやすいと思うんだ。

 

 

私はもう直ぐ57歳で、

少なくともその年代の人たちは、

いろいろアドバイス受けて

ここまでなんとかやってきた。

時には罵倒されたり、

罰を与えられたり、

大勢の前で叱られたり、

一つのミスで人格否定されたことが

ある方もいるだろう。

(それをした先輩も、

 それが人を育てることだと思って

 やっていたと思う)

 

だから、

「その考えは間違ってると思うよ」

「書類に間違い多かったぞ」

「いつまでそうやって、

 人にきいてから動くの!」

などと言いたくなると思う。

 

でも、

「批判はダメ」

「反対意見は失礼」

という価値観の中で、

我慢しながら、キャラを使い分けながら

すごく必死で生きてきた若い人の中には、

そういう先輩や上司の言葉を、

自分への攻撃として捉えてしまったり、

自分が丸ごと否定されたような気分になり

落ち込んでしまったり。

すっかり萎縮してしまい、

そこから抜け出せなくなってしまったり・・・

ってあるのではないか?

 

 

世代間の差ってものは、

厳然としてある。

 

年齢が違い、

育ってきた背景が違い、

価値観が違い、

コミュニケーションの取り方が違う、

様々な人が、

一つの目標に向かって一緒に仕事をする

組織の中で、

問題解決のために、

どう対話していくのか?

 

 

若い世代だけを責めても、

上の世代を責めても始まらない。

 

若い世代が反対意見や注意を与えると

傷つくんじゃないかと

遠慮しすぎても問題解決しないし、

上の世代に、

我慢や諦めだけを求めるのの

行き過ぎてる。

 

 

 

そういう中での解決方法の一つが

1 0N 1なんだと思う。

 

 

1ON 1は、

定期的に上司と部下の間で行う

一対一の対話。

 

ヤフーでは

部下の進捗を確認し、

問題解決をサポートし、

部下の目標達成と成長の支援を行うもの

としてるらしい。

 

上司としては

アクティブリス二ングや

コーチングや

フィードバックの技術などが必要になる。

 

大変だとは思うけど、

何も言わないで、

若い方々が自分で気付くのを

待っているだけの時間が長引くより、

やれることが明確になるのは、

ストレスが減るのではないか。

 

若い方々も、

フィードバックされるわけだから、

建設的にではあっても批判を受けなくては

ならない。

今の若い方に大丈夫?と思うが、

そこに至るまでに、

しっかりと傾聴し信頼関係を作る。

また、「定期的」に行うから、

コミュニケーションの量は増える。

量が増えるってことは、

質問のチャンスや意見表明の機会が増えるってこと。

否定されない、評価もされない、

そこは心理的安全を担保した場と

確認できる機会が増えるってことだ。

 

そういうなかで、

それでも、

「ここは直してほしい」

と冷静に、問題を明確にして伝える

フィードバックの具体的な言い方についても、

先輩がそうやること自体が、

後輩のお手本になると思う。

 

これについては

「フィードバック入門」に詳しいし、

実践的に学びたいなら、

アサーティブ・トレーニング」は、

大いに役立つと思う。

 

 

 

これを言ったら傷つけちゃうのでは?

そう思いやるばかりに、

あるいは

自分が厳しい人と思われたくないばかりに、

あるいは

浮きたくないばかりに、

もの言わない、

萎縮した世の中へと、

これ以上、社会を進めたくないと思う。

 

そのためには、

みんなが

ちょっとずつ

本当ちょっとずつ、

学んだ方がいいんだろうな。

 

 

 

author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor