今のところではありますが…
組織の一員として。

【2017.05.19 Friday 08:56

大好きな ちょんせいこさんが

GWに「ザ・チーム」という本を読んだという記事が

facebookにアップしてあって、

真似して読んだ。

せいこさんは

ホワイトボードミーティグなどの手法を使って、

組織をチームにしていくことや、

一人ひとりがファシリテーターになることが、

組織の持つ課題を解決することにつながるし、

個人のエンパワーメントにもつながると

考えているんだと思う。

 

やはりGWの1日、

「わたしは、ダニエルブレイク」という映画を見た。

心臓に病を患ったダニエルは、

医者から仕事を止められたので、

国からの援助を受けようとしたが、

複雑な制度のため支援を受けられないストーリー。

人間の尊厳の視点や、

あるべき福祉の姿という視点や、

ダニエルのスキルを活かした

ベンチャーは?という選択肢の視点など、

まとめておきたい感想はいろんな視点であったが、

私が最初に浮かんだ感想は、

「映画の中の行政の仕事が局所重視で、

 チームになってない」

という視点だった。

映画の中では仇役のような役所の方々だって、

自分の仕事に忠実だっただけで、

それでうまくいかない理由は、

仕事の評価が本来の目的とあってなかったから

なんだと思う。

仕事の現場にいれば、

しょっちゅう起きる「支援を受けたい人」との

トラブルで、

シズテムに問題があることを感じている人は、

複数いたと思う。でも、改善に動かない。

つまり、

大きな目的に向かって、

情報を共有しあい、

それぞれが助け合って、自分の責任で動く・・・

というチームとは、

かけ離れた仕組みだった。

 

 

最近、

「それがちょうどいい」

と言う言葉を教えてくれた

 (ネガティブなことがあった時、

  今の自分にちょうどいい出来事!と

  考えると自分にチャンスが生まれる)

長尾彰さんがfacebookで

「チームをつくりたい人へ」と題して

ファシリテーターのあるべき姿を73

あげてくれてた。

ふむふむと読みながら、

自分に足りない番号をチェックし、

おお、挑戦し続けないとなあ!と

少々慌てる。

 

同時に、

以前、彼がファシリテートしてくれた

チームビルディングの研修で学んだ、

チームが成長していくプロセスを

確認する。

そして、

今自分が属してるいろいろな組織を振り返り、

そのプロセスのどこにいるかを考える。

 

 

・・・と、

第一段階の「形成期」にある組織が

多いことに気づく。

第二段階の「混乱期」には、

個人の意見を主張し合うことで

ぶつかり合いも生まれる、

厳しい段階だけど、

チームが成熟していくには欠かせない段階。

 

そういうことになってない、

つまりは、

表面的な穏やかな会議のあとに

数人で何かを決めたり、

気になることがあっても

それを見なかったことにしたりするって現状は、

第二段階には進めてないってことだ・・・

と考えたりする。

 

 

 

5月16日の毎日新聞朝刊に、

千葉県の高校が20年に渡り、

不適切な授業と評価の方法をしていたことが

出てた。

びっくりした。

 

20年の間には、

きっと誰かが気づいていて、

まずい、やばいと思ったのではないか。

 

それでもそれを進言できない何かがあったか?

校長に伝えても動けない事情があったのか?

 

昨年度から改めたとのことだが、

それは職員内からの意見からだったのか?

それとも外からの圧力からだったのか?

 

どっちにしても、

大きな問題をほおっておけてしまったということは、

その学校は「チーム」ではなかったのだろうな。

 

いやいや、

この高校を、

そして、

「ダニエルブレイク」に出てきた役所の対応を

私には批判できない。

 

我が身として考えた時に、

会議の席で言わなかったこともあるし、

今現在、進言したくて、

言いよどんでることもある。

方法は知っているのに、

ファシリテートの動きを

選んでいない時もある。

 

他者をどうこう言ってる暇はないんだよな。

 

 

 

 

新しいプロジェクトを進めるにあたって

チームを作る・・・って場合以外は、

大概既存の組織が行き詰まった時に、

改革を必要とすると思う。

 

既存の組織には、組織自体に歴史がある。

そして属している方々にも

歴史がある。

組織としても個人としても、

今までのやり方の中で

成功体験があるかもしれないし、

何より慣れ親しんだ方法は使いやすい。

 

同僚へのパワハラ的な発言に心痛めたとしても、

その人の立場が上位でキャラが立ってる人だと

そのままにしてきた歴史。

 

会議では発言力がある方だけが発言し、

その方の意見で様々なことを決めてきた歴史。

 

それに納得いかないと、

日常的に不満を言い、

時々は手を抜くことで気持ちを収めてきた歴史。

 

何人かの人間的な魅力をベースにした

コミュニケーションに依存して

問題を解決してきた歴史。

 

「この組織のことは

 誰よりも自分が一番よく知っている。

 他の人にあ〜だこ〜だ言われたくない」

というリーダーが

本当に自分の全てをかけて、責任も負って、

引っ張ってき(てくれ)た歴史。

(そして、行き詰まった現在)

 

その歴史を受け入れつつも、

風通しの良い、

助け合いができる、

一人一人が問題を自分のこととして考え行動できる、

そんなチームにしていくには、

やはり、

強い意志と、

方法論は必要なんだろうな。

 

そのままにしていても、

第二段階には進まないし、

組織は成熟していかない。

 

 

私は、

これまで、

今属している様々な組織で、

プラスの動きをしないという方法で

加担してきたと思う。

 

確かに、

どの組織においてもリーダ的な立場ではないので、

やれることは限られてる。

ただ、組織に属する一人の人として、

ファシリでいることを決め、

やれることをやることはできたはずだ。

 

 

こう思った時に、

長尾さんに教えていただいた

「チームビルディング・ファシリテーション」で

それぞれの段階で

やった方がいいことが明確なのが嬉しいし、

あの時、研修を受けた自分に「えらかったじゃん」って

言いたい気持ち!!

 


 

木の芽時からこっち、

「チーム」を意識する波が

めちゃくちゃきてしまったので、

せっかくなので捉えることにして、

この記事を書きながら

改めて考えてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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祝辞

【2017.05.17 Wednesday 17:53

GW明けを一週間ゼイゼイ言いながら走りぬけて、

2週目、気温が安定しない関係か、

それとも年齢的なものか、

水曜日まできて

くったくたです。

 

さ、なんとか、ガンバ!と自分を励まし、

机の上を片付けていたら、

春の初めに列席した結婚式で

スピーチさせていただいた、

その時の原稿が出てきて、

その時の二人の晴れがましい様子や、

ご家族の温かい雰囲気を思い出し、

なんだか元気になってきました。

 

辛くなったり、しんどいと、

自分の頭や心の中を観察することばかりに

夢中になってしまい、

結局ぐるぐるして、一層しんどくなるけれど、

そんな時に、

他者の方に頭や心を向けることをすると、

たまってたものが流れるような気がします。

 

あの結婚式の前の、

Aくんやご家族を思い、

結婚するBさんのことを考え、

二人を応援することに一生懸命になった、

あの春の日の私が、

今日の私を励ましてくれたよう。

 

で、

カルの散歩に行くこと、できました。

 

 

それで、

招待くださったA君にラインしたら、

祝辞をブログにアップしていいってこと

なので、そうしてみます。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

Aくん
Bさん

ご結婚おめでとうございます。

ご両家の皆さま、本当におめでとうございます。

 

私がAくんに最初に会った、

Aくんの中学1年の時のことを思います。
そして、結婚の報告に来てくれた時に、

その立派に成長された姿に、本当に感激しました。

 

Aくんには、宝物があります。

それはご家族です。

Aくんが自分自身を発揮することを信じ続けたご兄弟。

どーんと構えてらしたお父さま。

そしてどんな時も、見守り続けたお母様。

 

私は学校で相談の仕事をしているんですが、

ある中2の男子と話している時、

彼が急に「ドラえもん」の話をしました。

彼が言うんです。

「先生。のび太に必要だったのは、

 ドラえもんの道具じゃないんだよ。

 どこでもドアもタケコプターも便利だったし、

 助けてはくれた。

 でも、のび太の成長に絶対的に必要だったのは、

 それはドラえもんの道具じゃないんだ」

私は、

「えっ、そうなの?

 じゃ、何?」

ってきいたんです。

そしたら彼は答えた、

「のび太に必要だったのはね、

 絶対に、

 なにがあっても味方って存在なんだ。

 そういう存在が近くにいてくれれば、

 人は成長していける」

中2の男子がその話をしてくれてる、

その話を聞きながら、

私の頭の中にあったのは、

Aくんのお母様でした。

そして私は、

深く深くうなづきました。

 

そして、今日Aくんは、

もう一人のそういう存在と結ばれた。

よかったね、Aくん。

そして実はBさんも、

「絶対に何があっても味方でいてくれる存在」

を得たんですね。

 

 

もう一つの宝物は「笑顔」だと思います。
私はAくんが苦しくて、辛くって、

不安でいっぱいの時も

一緒にいたことがあったのですが、

なぜか、Aくんのことを思い出す時、

いつも、この笑顔、

ニコニコしていた顔を思うんです。

(結婚式の新郎入場の時も、

 ニコニコ素敵な笑顔でしたね!)

 

なぜAくんの笑顔が素敵なのか?

それはAくんには、

幸せを見つける力があるからだと思います。
幸せはなるものでもありますが、

実は、

見つけるものなんじゃないかなと

私は思っています。

どんなに苦しい時も、

その中から、

小さくて、

ささやかで、

ほのかな幸せを見つけることってできます。

 

彼は中1の時から、

それをやってきたと思うんです。

お料理、

テニス、

家庭教師できてくれていた大学生のお兄さんのバイク旅行話、

そしてギター、

バンド活動。

ファストフード店でのバイトや、

ガソリンスタンドでのバイト。

今は、お父様から任された仕事と音楽。


どんな時でも、どんな中でも、

幸せを見つけることができる力は、
Bさんという、大切な大切な幸せの種を見つけました。

Aくん、大切なもの、見つけたね。

 

そして、Bさんにも幸せを見つける力があったんですよね。
凹んでいた時にAくんの音楽を見つけて、

元気になったんですのもね。

 

 

 

人生なかなか甘くないです。

私は今年57歳になりますが、

時々ありえないような失敗します。

理不尽な出来事に

巻き込まれてしまうこともあります。

二人の前途も、

良いことだらけとはいかないでしょう。

でも、二人が持つ、幸せを見つける力で、

見つけた幸せを大事に育てていってくださいね。

 

私も、

そして、

今日ご列席の皆様方も、

ご家族のような訳にはいきませんが、

ドラえもんになったつもりで

二人を応援したいですよね。

 

Aくん。Bさん。ご結婚おめでとうございます。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

この後、彼の先輩が、

「自分はドラえもんじゃなく、

 ジャイアンでビシビシいきます!

 それが自分の応援方法です」

のようなことをスピーチされ、

それがまた私は嬉しくって、

Aくんは、

強くて深い愛情がある先輩に

可愛がってもらえているんだな。

そういう関係を作れた彼が、

ほんと素敵!って思ったのです。

 

 

 

 

あ〜あの日と、

その前何日か、

ほんとに一生懸命、

祝辞を考えた私よ、よくやった。

 

私にスピーチを依頼してくれたAくん、ありがとう!!!

 

 

 

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社会化と個人化

【2017.05.09 Tuesday 19:28

GW前に、真新しい制服を着た、

中一の男の子が、

うちの前の家の犬に

「モモ〜、癒してええええ〜」と叫んでた。

 

中学校に進学して、

中学生活に合わせていくのが、

大変なんだなあ。

 

彼がGW、ゆっくり休めたらいいなあ!と思った。

 

 

人は社会化を果たしながら自分というものを

作っていく。成長させていく。

 

犬に癒して!と言いたくなるくらい、

社会の中で、

社会の中に合わせていくことは、

しんどいことであるけれど、

でも、

そうやって社会の中に馴染んでいくプロセスは、

同時に

個人が自分自身の力をつけていくプロセスにもなる。

 

 

今日はある小学校で、

小一の男子に

「先生、なんでおしゃれメガネをかけてるの?」と

質問された。

「へっ?これおしゃれメガネ?」

「うん、だって、大きいし、緑だし」

「確かに縁が緑だよね。

 おしゃれって言ってくれて嬉しいけど、

 実は老眼鏡なんだよ」

「老眼鏡って何?」

「年をとると、小さい文字とか見えにくくなったり

 するわけ。そういときにかけるやつ」

「年とるって、何歳から?」

「それは人それぞれ。私の場合は今56歳なんだけど、

 50歳くらいからかけたと思う」

「ふーん。56歳。○○先生より一歳下か。

 もう行っていい?」

 

彼は校内探検の最中で、

ちょっと話しかけたつもりが、

意外に長くかかったんで、

途中で、面倒になったと思う。

話に合わせないとならない自分と、

飽きてきた自分。

 

「もう行っていい?」って言えるって素晴らしい。

社会化の中で、

個人化も進むんだよなあ。

 

 

で、夕方、カルと散歩してると、

公園で、

日曜にあった女子二人がブランコに乗っていて、

カルを見つけて駆け寄ってきてくれる。

しばらくカルと遊んでくれていたら、

一人が

「犬はいいよね。

 面倒な友達付き合いがなくて」

とつぶやいた。

私が

「人間同士はいいこともあるけど、

 面倒なこともあるよね。

 何年生?」

と聞くと、

「5年。

 身長は3年くらいだけど」

と一人が言う。

「5年かあ。

 いろいろあるんだね」

と応えると、

「男子はガキだし、

 女子は面倒なんですよ」

「そうか、大変だね。

 でも、こうして遊べる子がいていいね」

「まあ」

 

一回りして、

帰りに寄ると、

まだ二人はいて、

そのうち一人が走ってきて、

「すみません。

 犬の種類がどうしても覚えられなくって、

 略して言うと何ですか?」

って質問してくれる。

「プチ・バセット・グリフォン・バンデーンが

 正式名称で、略すと

 プチバセだよ」

と言うと、

「ありがとうございます。

 この公園であった犬の

 犬カード作ってるんで」

「へえ、宿題?」

「違います。

 ただやってます」

「そうか、

 見たくなちゃうよ」

なんて、話した。

 

友達関係がなかなか面倒な中でも、

そうやって自分の好きなことに関して、

やろうとすること、

なんか、

人間ってすごい!と思ってしまう。

 

組織の中で生きながら、

個人を育てている。

 

 

先週の土曜日は「アサーティブカフェ」を開催。

10年選手から、

昨年始めた方まで集まって、

日頃のコミュニケーションを振り返る。

 

義理の母親との関係が変わった方、

技術系から事務系の仕事に移り、

新たなコミュニケーションの課題を見つけた方、

春の異動で出会った先輩に

言いにくいことを言う必要のある方・・・。

みんな社会の中で、

自分を社会に合わせながらも、

自分の中から湧き出てくる言いたいことや、

言わなくてはならないことをもっていた。

 

挑戦していくこと。

それは、自分を育てていくことになる。

 

自分の思ったまま、

思ったようにやっていけたら楽だけど、

そんなことはないし、

万が一そんなことあったとしても、

それでは「昨日のままの自分」でよくなってしまう。

 

制限の中でこそ、

人は、

苦しいけど、

自分ってものを

引き出していけるんだ。

 

 

 

 

社会の中で活動していると、

無言だけど結構きつい同調圧力や、

必要以上に空気を読むことを期待されることや、

自分で自分に役割を果たすことを強要してしまうこともある。

心をすり減らす出来事だって多い。

 

そのなかで、

それでも自分をないがしろにしないで

ちゃんと自分を守って育てていくには、

ある程度安心できる組織を作ることと、

(これは、学校の場合は、

 大人の責任だ!)

時々自分をメンテナンスできる空間や

支えてくれる人(または犬)が必要なんだと思う。

 

「モモ、癒してえええええ〜」

って言いながら、

また、

彼も学校に行く。

 

そういうエネルギーがある時は、

そうする。

 

でも、

今はそのエネルギーがたまってなくって、

今はまだ社会の中に入って行かれない人は、

まずは今いられる場所で、

できることをやることだ。

まずは、

今いる場所で、

自分を守ったり、育むことを、

してほしいよなあ。

そしてエネルギーがたまるといい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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どれだけ言い聞かせても。

【2017.04.19 Wednesday 15:36

新年度スタートと共に、

これから、

コミュニケーション研修を

いろいろ担当する。

 

講師として「伝える力」の能力を

あげるためのプログラムを提供しているし、

多くの方が欲しているコミュニケーション能力も、

どちらかというと、

「聴く力」より、「伝える力」のように思う。

 

「伝える力」をつける時に、

「アサーティブ・トレーニング」はとても有効で、

なんといっても、

考え方とスキルがすっきりと整理されているのが

手前味噌だが、

本当、良いプログラムだと思う。

 

根性論、例えば

「勇気を出して言葉にしてみよう」とか、

道徳的、例えば

「思いやりを持とう」

などでは

実践しにくいところを、

具体的にしてるところが良いと思う。

 

 

なんだけど、

上手に伝えないと、

参加者が「言う」ことだけに意識的に

なってしまうのが、

ジレンマなのだ。

 

 

私自身が、実際に、

日常の中で

どなたかとコミュニケーションをするとき、

気をつけている点がある。

 

それは、

自分の伝えたいことは、

アサーティブのスキル「整理方法」を

使ってまとめる。

でも、これはまだ言葉に出す前のことだ。

つまり準備。頭の中にメモる。

(時々は、書く)

 

そして、

話しあいを始め、

相手が話しているときは、

相手の言葉、相手の感情、

相手の様子、相手の動き、

そのことに焦点を当てて受け取る。

 

「何を伝えてくれようとしてるのか」

それを理解しようと意識して

「聴く」。

 

もちろん、それを受けて話すときは、

再び、

自分が本当に伝えたいことに

意識的になる。

 

で、相手がそれを受けてくれて

話してくれているときは、

相手中心だ。

 


自分の内側を探って、

本当に伝えたいことは何なのか、

考えまとめることは大事だけれど、

それだけではダメで、

相手中心に受け取る姿勢もないと

相手に安心して話してもらえない。

安心のないところでは、

肝心な話ができないことの方が多い。

 

 

なんだけど、

「伝え方」を学ぶと、

陷りがちな罠がある。

それは、

「伝えたい」ことのみに

集中してしまうことだ。

 

自分の言いたいことを

言い切ろうとしてみたり、

相手の言葉を、

ろくに聞いてないか、

聞いたとしても、

付け入る隙を見つけるために聞いたり。

 

これは注意しないとダメなんだな。

 

 

 

 

ただ、

自分と相手、

どちらも大切にするってことが

本当の意味でできるようになるには、

私にも時間が必要だったと思う。

 

私は昔、

「言えない」と思い込んでいたり、

輪を乱さないためには心にしまっとこうとしたり、

態度で表して悟らせようとしたり、

つまり長い間、

「言わない」ことを選んでいた。

だから

「伝え方」を知ったら嬉しくって、

ついつい「言う」方ばかりに

軸足を置いたと思うんだ。

 

それで、今でも、

ここ一番の自分にとって大切なことや、

余裕がない時などは、

気がつくと

自分の内側ばかり

頭の中でぐるぐると探ってしまっていることもある。

だから

何度でも言い聞かすのだ、

「相手は何を伝えようとしうてくれているのか、

 意識しろ、自分」。

 

 

 

自分の内側を探るのも大事。

相手の背景や意図を汲み取るために、

ちゃんと聴くのも大事。

 

どれだけ言い聞かせても

足りないな。

 

 

 

そんな私なんだけど、

教育雑誌と会報で

対談の依頼を受け、

掲載されたものが、

リリースされた。

 

 

ひとつは、

「静岡県司法書士会 会報

 HO2 (ホーツー)」

で、

「未来を切り開く

 コミュニケーションのチカラ」

と云う特集。

司法書士の方、弁護士の方、私、

そして

コーディネーターの方で

コミュニケーションをテーマに

話している。

 

 

 

もうひとつは

「ファミリス 4月号」の中で

「あなたは大丈夫?

 親同士のコミュニケーション」

という特集。

 

読者からの質問、

例えば

「PTAの会合で反対意見を

 言ったら気まずくなりました。

 上手に反対意見を言う方法はありますか?」

とか、

「子どもの友達の親が

 高額なプレゼントをくれる。

 断りたいんだけど、

 どう言ったかいいですか?」

などに

保護者代表3名の方と共に、

対談方式で一緒に考え、

最後に

「保護者同士の上手な

 コミュニケーションのコツ」

について、

私の言葉をまとめてくれている。

 

 

前者の中で、

弁護士の大澤さんが

「常に省察しながら

 次の行動のあり方を手探りで模索し、

 修正を繰り返していきたい」

と言っている。

心から同意する。

 

失敗しながらでよくって、

それを振りかえりながら

次に生かしていくことが、

コミュニケーションのチカラを

磨いていくことだ。

 

そして振り返る時のポイントを

言語化できていると、

改善点が明確になるので、

何か一つコミュニケーションの方法を

学んでおくといいと思う。

 

 

後者では、

3名の保護者の方々は、

みんなコミュケーション上手だった。

彼らの何気なくやっていることが、

アサーティブなこと、

いっぱいあって、

ステキだなあと思った。

 

自然にできちゃってる人はいいし、

私みたいに、

それこそ泣きながら習得してきた人も、

それはそれでいい歴史のように思う。

ま、ある時、

始めた自分に、拍手だな。

 

 

 

どこかで見かけたら、

どうぞ、

読んでやってくださいませ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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変わり目上手。

【2017.04.12 Wednesday 09:32

朝、通勤の車の中から、

母親らしき方が、

自転車で出かける子どもさんを

いつまでも見送っている姿を見た。

初めての自転車通学の息子さんを

見届けたい親の気持ちが伝わってくる。

 

4月も中旬。

進級進学した方は、

始業式、入学式から一週間。

 

友達ってどうしたらできるのだろう。

出席番号近い子と話してみたけど、

ちょっとツボが違う感じ。

この先生がキレる境界って

どのあたりかな?

この制服、肩凝る。

仲良しとクラスが離れ離れだ、やばい。

高校広すぎ。

大学、わからないこと、だらけ。

 

子どもたちは慣れるプロセスを、

なんとかやっているんだと思う。

それを見守る親も、

落ち着かない日々かもしれない。


 

新入社員、職員の方々は、

研修真っ最中かな。

ハッパかけられたり、

時々ちょっと脅されたり、

そうして学んでいる最中だと思う。

 

 

春というのは、変化の季節。

 

 

子どもが大学で家を離れた、、、

などは、

親にとっては大きな環境の変化だ。

 

自分の異動もあれば、

チームに異動があった場合もあるから、

多くの方々に、

なんらかの変化ってのがある春。

 

 

 

新しい環境に

上手に適応していかれるといいなあと思う。

 

 

そのために

意識しておきたいことは、

変化の時は、

人によって程度の違いはあっても、

誰でも緊張してるってこと。

 

人だって、動物だもの、防衛本能がある。

それが働いて、

この場やこの人は、

自分にとって安全か、

感じとろうとする。

 

感覚を研ぎ澄ます。

 

その上で、

失敗したくない、

高評価を得たいって欲求が

あるからこそ湧く。

 

それが緊張。

 

で、

緊張して、気を張っている時は、

自分の体調や心の変化に

気がつきにくいってのを

知っておきたいものなんだ。

 

それは、

外に対しての感覚を敏感にしてることで、

自分の内側で起こっていることに対しては、

鈍感になるからじゃないかなと

私は考えてる。

 

 

 

さて、

この「変化」ってことに対して、

慣れるのが得意な人と、苦手な人がいる。

 

 

 

多分、私は慣れるのは得意だ。

得意なので、スタートダッシュしちゃうタイプ。

いつもより大きめの声で挨拶したり、

新しく配属された方の仕事を手伝ったり、

ニコニコ、元気120%で、

「ハイっ、頑張ります!」という感じ。

 

「もうちょっと肩の力ぬいていいよ」

とか、

「いいかげんは、いい加減だよ」と

アドバイスされたりすることも多かった。

見てられなかった人もいるんだろうなあ。

 

このタイプが陥りがちなのが、

過剰適応。

 

周囲に、

自分の意見や行動を無理に合わせる感じ。

面倒な人って思われないようにしよう、

ちゃんと受け入れてもらおう、

できれば身の丈以上に評価されたい・・・

他者からの評価を

唯一の基準にして

物事を思考し行動する。

 

私がここから抜け出ることができたのは、

アサーティブ・トレーニングのおかげなんだけど、

それは置いといて、

そんな方々が知っといた方がいいのは、

「ちゃんと休む」ってことだと思う。

 

土日、体を休めよう。

好きなことする時間を持とう。

 

緊張がちょっと溶けた後、

溜まった疲れが

ど〜っと出ないよう、

 

緊張しつつ、

適度にがんばりつつ、

同時に

力の抜き場所・時間を作っておこう。

 

(アサーティブ・トレーニングで

 抜け出ることはできたけど、

 もともと持ってるこの傾向は、

 朝のランニングでも、

 時々、坂で現れる。

 急な坂だとすごい力が出るんだけど、

 それは駆け上がっててっぺんまで。

 その後平坦になった途端、

 歩いちゃったりする私。

 ドッと出るんだなあ)

 

 

 

慣れるのに苦手な方もいる。

 

この方々は、

変化の時期、

新しい環境に身を置くだけでも

相当疲れているはずだ。

 

普通に、

そこに行き、生活、仕事、勉強、

活動をしているだけで、

結構な負担がある。

 

その上で、

「新しい自分になるチャンスだから、

 明るく振舞ってみよう」

と無理したり、

あるいは、

「苦手がばれないように」

と普段なら断る飲み会に参加したり、

そうして予定を目一杯入れてみたり・・・。

なんてのも、

「待て待て」と

自分にブレーキかけてあげてほしい。

 

「徐々に慣れていけばいい」

「ゆっくり流も素敵」

「伸びきったゴムより、

  ちょっと緩めで!」

なんでもいいから、

そんな言葉を自分にかけて、

急ぎ足になったら、

自分のペースに戻してほしいな。

 

 

 

 

発達のアンバランスで

「環境の変化」が苦手な方々は、

自身の情報が、

次の環境に

ちゃんと引継ぎされててほしいと思う。

(本人・保護者が了解のもとで)

 

小学校→中学校はもちろん、

中学校→高校も、

高校→大学も引き継がれることで、

受けられるサポートはたくさんある。

 

 

 

 

 

もちろん、がんばることは大切だよなあ。

我慢も、しなくてはならない時もある。

 

ただ、

「がんばる」「我慢」は、

エネルギーを大量消費するから、

24時間365日は無理なのだ。

 

頑張り時、我慢のし時に、

ちゃんとその力を使えるよう、

「適度」を使えるようになりたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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永遠の記録

【2017.04.08 Saturday 22:10

ここのところ、

過去のことを

あれやこれや思い出すことが多い。

 

いやあ、

56歳だもの、

あってもいいいよね、そんなことも。

 

 

 

 

先日、

神奈川県に住む友人と

甲府あたりで待ち合わせた。

 

2時間弱の道のりを、

私は車で出かけた。

 

興津から山梨に向かって走る道は、

家族との思い出がいっぱい詰まった道。

実家が営んでいた商売の関係で、

父の運転で、何度も何度も通った道。

 

途中、道の脇に停めた車を見ると、

あんな風に車を停めて、

蕗を摘んだことを思う。

灯油のストーブをしまう前に

お醤油とみりんで

母は「きゃらぶき」を煮て、

灯油を使い切っていた。

 

潰れてしまったドライブインは、

そのまま残っている。

 

春には枝垂れ桜を見に、

2月には節分で訪れた

身延山。

 

あの頃、まだ携帯電話などなかったから、

手書きの伝言看板が出てた。

「(車のナンバー)の

 〇〇さん、

 至急家に電話してください」

それを見ると、

私たちは、

「見逃さないといいね」と

話したものだ。

 

父の好きだった干し柿屋さんの前も通る。

そのあたりでは「ころ柿」って呼ばれてた。

 

母がトイレを借りたお寺は、

すっかり様変わり。

 

このあたり特有のモツ煮は

甘辛い味付けで、

みりん?でテカテカとしてた。

父が一人で配達した日は、

お土産で買ってきてくれたものだ。

 

思い出をたどりながら運転していると、

懐かしさと、

寂しさと、

ありがたさと

切なさで、

胸がいっぱいになって、

涙がこみ上げてきた。

 

もっともっとこの道を

父や母や妹と走りたかった・・・

なんて考える。

少し大人になって

友達と遊ぶ方が楽しくなって、

配達についていくのを

断った過去の自分を責めたくなる。

そんなこと考えても仕方ないのに。

 

 

 

 

4月から始まったNHKの連ドラ

「ひよっこ」を見ながら、

毎朝涙が出てしまう。

うちは農家ではなかったけど、

成長の過程で出会った大人がみんな、

健気で精一杯生きていて、

それが

「ひよっこ」の登場人物たちと重なって、

郷愁にかられるんだと思う。

 

忘れてしまっていた大切なこと、

例えば、

いただき物の包装紙の

セロテープを丁寧に剥がし、

綺麗にとっておいたことを思い出す。

お弁当の包み紙や、

本のカバーなどにしたのだ。

 

そういう暮らし方をした大人たちの中に

育ったこと。

それを大声で自慢したくなる。

 

 

 

甲府で待ちあわせた友人と出会ったのは

22年前。

彼女は、バーのカウンターで一人で

ジャックダニエルをロックで飲んでいて、

私が、

彼女の隣に座っていいかどうか

訊いたことが始まり。

確か私もバーボンを注文した。

私も彼女も呑んべえだった。

 

その頃、私は友達とパーティを

企画主催したりしていて、

そのバーは、スタッフの打ち上げというか、

二次会で行った。

そこに、一次会のクリスマスパーティで

見かけた彼女が一人で飲んでいたんだ。

 

実家が食品の製造をやっていること、

そこを手伝っていること、

でも一時期夢があって東京で、

ちょっとだけ派手な感じの仕事をしていたこと、

とにかく共通点が多く、

5歳下の彼女は

すぐに大切な友達になった。

 

私はその後、父を亡くし、家業を廃業し、

彼女の身にもいろいろな変化があり、

お互い、苦い涙も流したけど、

それらをほぼ全部知っていて、

見守りあっているような存在

だと思う。

ここのところ会えなくって、

1年ぶりのランチだった。

 

近況を話し合ったが、

何も話さなくってもよかった。

一緒にいる時間ってのが、

尊い。

 

 

 

 

今日は

静岡ロゴセラピー研究会だった。

いろいろ学んだ中で、

「時間」、

とりわけ「過去」についてと、

「責任」を

学べたことがタイムリーだった。

 

「すべては永遠の記録として

 書き込まれる。

 私たちの人生すべて

 創り出した作品、

 成し遂げた行為、

 出会いと経験、

 愛と苦悩。

 これらすべては永遠の記録に

 刻まれ、残されるのである」

「人生は、日々私たちに

 問いを投げかけてくる。

 それゆえ、この記録は

 ドラマチックである。

 私たちは、人生の方から

 問われているのであり、

 それに答えていかなければ

 ならない。

 言わば、

 『人生とは、生涯にわたる

  問いと答えの繰り返し』

 である。

 そして、答えに関しては、

 生涯をかけて答えていくこと

 だけが可能なのだ、

 と何度でも行っておこう。

 このようにして人生に

 『応えていく』ことこそ、

 自分の人生に対して 

 『責任を持つ」という

 ことなのである」

(「<生きる意味>を求めて」より)

 

 

 

 

ぎっしりと詰まった

記録があるからこそ!だ。

 

後悔も

不安も

恐れも

あるからこそ!だ。

 

忘れたいことも、

しまっておきたいことも

全部含めて、

大切な過去があるからこそ、

 

今の問い、

そして

これからやってくる問いに

 

意味ある答を見つけられるんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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問題がややこしくなる前に。

【2017.04.04 Tuesday 12:44

(途中に、講座のお知らせがあります)

 

言いたいことを言えないでいるうちに、

一層言いにくくなってしまった・・・

なんて経験のある方は多いだろう。

 

また、

言いたいことを、言いたいままに、

そのまま口に出して、

つい言い過ぎてしまった・・・

なんて経験のある方も

結構いるのでは?

 

それで懲りてしまって、

今度は包み隠すようになり、

問題はいつまでも解決しない・・・

なんてことはないだろうか?

 

 

 

 

たとえば

異動で配属されてきた方は、

使ったものを元の場所に戻してくれない。

今までの方々は、

みんな、きちんと整理整頓してくれた。

「なぜできないの?」と思いながらも、

「それはここですよ」とやわらく伝え、

様子を見る。

でも自分が使おうと急いでいる時に、

そこにあるはずの物がない。

さすがに腹が立ち

「もう、ちゃんと戻してって

 あれほど言ってるじゃないですか!」

すると、

「何?キレちゃってんですか」

なんて言い返されて、

腹が立つわ、情けないわ。

もうそんな言い方されるくらいなら、

黙ってよう・・・。

みたいなこと。

 

これが、「ハサミ」とか、「ある書類」とか、

そういうものであったとしても、

そういうことで日々作っていく関係は、

仕事そのものに影響したりする。

例えば、

「共有すべき進捗状況」を

報告してもらえないうちに

納期に問題が出そうとか、

「問題ある部下指導」を

そのまま見過ごしているうちに

部下のメンタルに支障が・・・とか。

 

 

プライベートでも、

長電話を切れないことが

続くうちに、

相手がだんだん「面倒な人」になっていき、

そのうち、

その人を避けるようになったり。

もともとは大切な友達だったのに!!!

なんて、ないだろうか。

 

 

 

問題が

ややこしく、

複雑になるまでの間に

なんとかできることの一つに

「コミュニケーションの改善」

ってのはあると思う。

 

 

 

こんなことくらい、まいいか、

・・・なうちに、

なんとかすること。

 

ちょっとした言い分の違いのうちに

なんとかすること。

 

 

なんとかするための

コミュニケーションの方法は、

色々あると思うけど、

私は今年度も「アサーティブ」をお勧めする。

 

アサーティブ・トレー二ングで

何かを言う前の準備の仕方や、

内容の詰めかたや、

言う順番や、

言う時に気をつけることを

言葉で確認しておくことは

めっちゃ大きいと思う。

 

そして、知ったら、

使ってみることが大事だ。

今までやってきたことと

違うことをやるのだから、

それにはやっぱり練習が必要なんだよなあ。

 

 

 

2017年度も、

静岡で

定期的に

「アサーティブ・カフェ」を開催。

 

練習はもちろん、

しくじり体験を聞いてもらったり、

他の参加者の工夫を聞いたり、

わいのわいの楽しい時間。

 

ずっと以前に基礎編受けたんだけど、

めっきりご無沙汰で・・・

という方も是非是非お会いしたいし、

 

近々に言わなくてはならない

大切なことがある・・・

なんて方も大歓迎。

 

復習したい、

ちょっとぼやきたい、

アドバイス欲しい、

どんな理由でもOK。

 

 

いざっていう時、

あなたの思いがしっかりばっちり伝わるように、

時々、

「アサーティブ」という道具を

手入れしよう!

 

・・・・・・・・・・・・・・

2017年度 アサーティブ・カフェ スケジュール

 

1回目:5月6日(土) 13時30分〜16時45分 
 ◆静岡県教育会館
 ◆3000円

 

2回目:7月22日(土)13時30分〜16時45分

 *当日10時〜12時に「アサーティブ紹介講座」を開催します。
 ◆静岡県教育会館
 ◆3000円(紹介講座から通しで参加しても3000円)

 

3回目:9月16日(土)13時30分〜16時45分

 ◆静岡県教育会館

 ◆3000円

 

4回目:11月11日13時30分〜16時45分

 ◆静岡県教育会館

 ◆3000円

 

5回目:2018年3月10日(土)13時30分〜16時45分

 ◆会場未定(静岡市内)

 ◆3000円

 


定員:20名(アサーティブジャパン主催又は谷澤相談室主催の
        アサーティブトレーニング基礎講座を終了した方対象/先着順)
講師:谷澤久美子 

<お申し込み方法>(2回目からはお名前だけで結構です)
faxかメールで以下を記入の上お申し込みください。受付後詳細をお送りします。
氏名 ⊇蚕蝓腹番号も) E渡暖峭罅
ぞ楮戮鬚送りする時のご希望の連絡方法(電話:携帯:fax:メール)
ゼ講された講座名
fax: 054-348-0435 メール:kumikotanizawa@gmail.com

詳細はこちらまで
 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

さてさて、

ある中学生。

彼女は

アサーティブを使って

人生の大切な場面で、

自分の考えを伝えることができた人。

(ここに書くことを了解頂いてます)

 

相談室に通ってきていた彼女は、

卒業式への参列を担任から勧められた。

「無理です」と断った。

何日か経って、

どんな感じなのか

体育館で行なわれた練習を見に行った。

すると担任は喜び、

再び声をかけてくれた。

「卒業式出ようよ。

 うちのクラス全員で

 卒業式をもって

 卒業しようよ」

彼女は考える。

考えただけで胸が苦しくなる。

「誘ってくれてありがとうございます。

 でも無理です」

なんとか答えた。

何日か経過、

相談室で3度目の誘い。

担任は「どうしても出てほしい」

と言ってくれた。

彼女は、これまでトライしてきた

コミュニケーションの心構えやスキルを

総動員して、

しっかり担任と向き合った。

「先生。誘ってくれてありがとうございます。

 先生が私もクラスの一員として考えてくれて、

 何度も誘ってくれる気持ちは嬉しい。

 でも、卒業式に出ることを考えると、

 それだけで胸が痛くなり、辛いです。

 私は校長室で卒業証書を受け取ります。

 卒業式には出ません」

 

コミュニケーションについて

学ぶ前の彼女だったら、

多分、

「担任を避ける」とか、

「学校を休む」などと

いう方法をとっていたと思う。

でも、ちゃんと向き合って、

相手の気持ちも受け止めながら断ることができた。

 

担任の先生は、

ちゃんと自分の意見を言えた彼女の、

その成長を喜ばれていた。

 

そして彼女は

「なんか、自信がついた」と言っていた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

さて、新年度、

もしあなたが、

自分の何かを変えたいと思っていたら、

あなたも

アサーティブにトライしてみませんか?

(スタートは基礎編から!)

 

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覚める前。

【2017.03.31 Friday 08:37

以前、

活動していた中学校の卒業式に参加することができ、

校長先生の式辞で、

私は初めて「休眠打破」という言葉を知った。

 

この言葉を知った瞬間に、

知ってよかった!って思った。

嬉しくなった。

 

桜は、温暖な気候だけでは咲かない。

厳しい冬の寒さがないと

開花しないんだ。

それを「休眠打破」という。

みんなの将来には、

暖かい出来事ばかりではないと思う。

でも、その時は、

この時期があるから自分の人生の花が開くと

考えて生きていってほしい。

 

〜のような話に、

私は素直に頑張ろうと思った。

 

 『休眠打破」とは「コトバンク」より

 桜は夏に翌春咲く花芽を形成する。

 いったん休眠に入った花芽が、

 冬季に一定期間低温にさらされ

 休眠から覚めること。

 その後の気温上昇と共に

 花芽は成長して開花に至る。

 冬暖かすぎると

 春先の気温が高くても

 開花が遅れることがある。

 

 

今年静岡の桜が遅れているのは、

一定期間の低温が足らなかったからかな?

 

 

 

さて、

年度の変わり目、

春の格差は厳しいと思う。

明るい未来に向かって希望を持って進んでる方と、

どうしようもない不安の中で

先が見えずに

うずくまっている方もいると思う。

 

テレビやSNSで

「スタート」とか「新」って言葉が

ヘビロテされればされるほど、

自分を情けなく感じ、

世間の明るさと比例するように

自分をダメだと思ってしまったりする辛さ。

 

 

 

私にもそういう春があった。

 

平成9年3月31日に

実父が突然亡くなって

その日から

家業の会社廃業の手続きを終えた夏まで

その年の春はきつかった。

 

突然の廃業で迷惑をかけた

働いてくださっていた方や、

取引のあった方々への

申し訳ない思いは今もそのままあるし、

心配し見守ってくれた家族や親戚には

感謝しかなく、

で、

なんといっても

父が亡くなってしまったのは悲しいし、寂しい。

そう考えると

もう二度とあんなことがあってはいけないんだけど、

 

それでも、

今思うと、

そう、

今だからそう考えられるんだけど、

あの時期は、

「一定期間低温にさらされた」

期間だったんだと思う。

 

ただ、その最中は、

そんなことは考えられず、

不安の中で、

ただ目の前のやらないとならないことをやり、

考えないとならないことを考え、

選択をし続けた。

 

桜はいいよなあ。

きっと、いろいろ数値化されていて、

一定期間とはどのくらいで、

低温とは何度で、

それがどのくらい続くと休眠から覚め、

どのくらいの暖かさで開花するのか、

データになってると思う。

 

「人」って、

「生きる」って、

そんなわけにはいかないものなあ。

 

あとこれくらい不安が続くと、

元気になれる・・・なんて、

誰も教えてくれないもの。

 

ゴールが読めれば

まだ頑張れるけど、

確証ないまま行く怖さ。

 

 

これを超えると、

絶対に明るい日が来るから

なんて、

たとえそう言ってもらえたとしても、

不安色のサングラスかけちゃってると、

不安しか目に入らない。

 

そういうの、

めちゃ分かる、

って言っていいと自分に許す。

断言する、「分かる」って。

 

 

それでもね、

あの春を

なんとかかんとか生きた私は、

やはり

あれこそ

「休眠打破」だったと思う。

 

あれがなかったら、

その後はなかった。

 

 

 

 

こんなの、

慰めにもならないと思うけど、

 

今、苦しい方々には、

とにかく、生き延びて!って言いたい。

 

布団に潜り込んでても、

1日パジャマでも、

とにかく、なんとか生きて!って。

 

おいしくなくても、何か食べて!って。

眠れない夜が続くこともあるよ!って。

 

 

 

気休めにもならないかもしれないけど、

 

これまで何か間違いをおかして

自分を責め続けている方には、

「仕方なかった」という言葉を、

 

自分の力が信じられず、

これから先のことが心配で仕方ない人には、

「どうにかなるよ」という言葉を、

 

つぶやく瞬間も持ってほしい。

 

 

 

 

そして、

できたら

誰かに、

「助けて!」って、

言ってくれるといいと思う。

 

 

そうして、

「あの年の春は休眠打破だった」

って言う日が来るといいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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すきま

【2017.03.29 Wednesday 08:06

我が家の近所のウグイス、

ホーホケキョが上手になった。

 

春になると、

namikiさん
 (静岡市国吉田5−7−24
  054−264−2765
  喫茶・豆販売 11:00〜19:00

  ランチ 11:00〜14:00)
  定休日 日月)

の無人販売に


 

つぼみ菜が並び、

 

それをからし酢みそ和えなどにするのがいい。

 

 

いただいたちくわを、

そろそろおでんではなく、

甘辛く煮てみたりする。

 

 

とはいえまだまだ寒い日もあるからね。

巻物は大事。

 

最近、はまってる入浴剤はこれ↓

あったまる。

これは

大好きなライター 一田憲子氏のサイト

http://ichidanoriko.com

で紹介されていた。

 

この入浴剤を使ってから一層、

睡眠効率が上がってる。

このアプリは

友人に教えてもらった。

[Sleep Meister]

これ使うまで、

私はあんまり眠れてないんじゃないかと、

実は心配だった。

以前は結構よくあった朝の家人との会話。

 私「なんか、昨日もよく眠れなかったんだよね」

 夫「えええっ?いびきかいてたよ!」

 私「絶対そんなことないもん」

が、

 私「眠れなかったと思ったけど、

   睡眠効率98%だわ」

 夫「そうだと思うよ」

に変わった。

そして、なんか、安心。

夫に言われると、

「爆睡のあなたにわかるわけないじゃん!」

だけど、

客観的な指摘は、

アプリであっても納得すんだろうな。

 

客観的に

「大丈夫」

って言ってもらえるのっていい。

 

 

そうそう、一田さんの作っている

「大人になったら着たい服」の最新号には

ハッパかけられた。

 

「ミナ ペルホネン」さんの

新店「call」のスタッフさん。

左から66歳、44歳、80歳、45歳とのこと。

 

しかも、募集は

「元気な方、100歳まで大歓迎!」

だったとのことで、

最年長は83歳って書いてある。

こうしちゃあいられない!のだ。

 

 

 

年度替わりのすきまの時間。

本読むぞ!

 

中学卒業した女子に勧められた辞書、

引くぞ。

 

奮発したノートに

アイディア、メモるぞ。

 

 

音楽も聞きながら、参るのじゃあ!

 

 

好きなもの、並べてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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人は最善を尽くして生きているか?

【2017.03.26 Sunday 15:59

私の全く勝手な命題

(だから自己命題と名付けよう)に

コミュニケーションをする時に、

「相手を理解しようとする態度」は大事なので、

「相手を理解する」方法を、

「考え方編」と「方法論編」に分けて

明確にするってのがある。

 

その「考え方編」に

決定的な影響を与えてくれる言葉を

見つけちゃった。

 

ひとつは、

「ダイアローグ・スマート」(幻冬舎)

という本の中にあった。

 

それは、

他者を悪者にしている自分を意識したら

自問する言葉、

「分別のある常識的な人が

 こんなことをするのは

 なぜだろうか?」。

 

もうひとつは

「立て直す力」(講談社)

という本の中にあった

「人は皆、最善を尽くしてる」

という言葉。

 

著者のブネレー・ブラウン氏は

「わたしが一方的にマイナス評価を

 くだした人たちはおそらく

 『あなたはわたしを知らない。

  わたしのことなど何も知らない。

  だから一方的に決めつけないで』

 と言いたいに違いない」

と書いている。

 

この二つの言葉は、

半月くらいの間、

だから、ほぼ同時くらいに出会えて、

それから世界が明らかに変わってしまったと

思う。

 

私は、

「人は最善を尽くしていると思う?」

と、誰かから質問されたら、

「なんか、子どもじみてると思うかも

 しれないし、

 別に性善説を採用してるわけでもないけど、

 そう思う」

と答えると思う。

 

カウンセラーとして人の話を聴くと、

例えば、

世間的には受け入れられないようなことを

している方がいても、

その人にとっては、

それはそうせざるを得ない、

決して大げさではなく、

そうしないと命を守れないようなこと

だったりすることばかりだ。

 

摂食の問題も、

自傷行為などなども、

そうしないと今もたないから、、、

されていること。

 

子どもが昼夜逆転し、

夕方3時くらいに起きてきて、

一晩中ゲームをやっていても、

今は他に方法がない、

今は、

そうしないと生き延びることが

できなくってそうしている・・・

と思う。

 

いじめの問題があったら、

真っ先にケアするのは

被害者だ。

被害者の回復をサポートするのは、

優先順位の第一位。

ただ、加害者にも

ケアの必要があることが多いと思う。

行動そのものは間違いだったけど、

精神的に満たされていて、

毎日が充実している子は

誰かをいじめる言動はしないから、

その子たちのその行動をせねばならなかった

背景を理解しフォローしようとするサポートは

必要だ。

 

 

 

行動そのものは

問題もあるし、

時には犯罪だったり、

誰かをひどく傷つける言動だったり、

許されることではないこともある。

絶対にやってはダメなことはある。

 

ただ、その人の選択肢の中では、

それをする他なかったんだと思う。

 

 

 「立て直す力」の中に

 マヤ・アンジェロウ

(アメリカの活動家。

 キング牧師とともに公民権運動を

 戦った。詩人)の言葉が出てくる。

 「あの時は、

  自分が知っている方法でやった。

  いまはもっとたくさんの方法を

  知っているから、

  もっとうまくやれる」

 

 

 

だから、

人は、

自分の選択肢を

より良い方向に広げていくしか

ないのだ。

 

 

 

 

話を戻して、

私はこれらの言葉に出会って、

苦手な人の顔を思い出してみた。

 

これまでの人生上、

ひどく罵倒されたことが2回ある。

その2回のお相手の顔。

 

そして、

どうしても

距離をおきたくなってしまった方の顔、顔。

 

確かに苦手は苦手で、

再び何かのプロジェクトの仲間になる・・・のは

ご遠慮したいが(って向こうもそう思ってるかも)、

それでも、

その苦手な方々は、

やはりその時々、最善を尽くされていたんだ、

と改めて思う。

 

その中のお一人は、

仕事中に

個人的なことばかり話しかけてきたけれど、

それは、

あの方が、

その時のご自身を保つために、

あの時間が絶対的に必要だったんだ!

と思う。

 

そう思うと、その時は(ずっと昔ね!)

アサーティブも知らず、

話を聞き続け、

心の中で「しょうもない人」と悪者にしてたけど、

今の私なら、

その方自身と、

その方の「ムダ話ばかり」を切り離し、

「今は、他にする必要がある仕事があるから

 聞くことができない」と言えたと思う。

それはスキルで言えるのではなく、

「この、

 分別のある常識的な人が

 仕事中、こんなことをするのは

 何らかの意味があってのことに

 違いない」

という考えに基づいて、

全く責めずに言えると思う。

 

そして、その時の聞き続けた私も、

その時は

その方との関係を大事にすることしか考えられす、

また「要求の方法」を知らず、

そんな中では最善だったんだと思う。

 

 

 

私は、

いつも社会的に正しいことばかりを

してきたわけではないし、

人として思いやりある行為を

選択し続けてきたわけではないように、

そして怠けたり、ケチったり、

意地汚い考えに基づいた言動をしちゃうことも

あったように、

でも、

そのどんな時も、

そうするしかなくてしてきたように、

 

人って、そうなんだと思う。

 

 

 

何か、理不尽な出来事があって、

その出来事を起こした人を

悪者と決めつける自分を意識したら

「分別のある常識的な人が

 こんなことをするのは

 なぜだろうか?」

と自分に問いかけてみる。

 

「最善を尽くそうとして

 これをしているとしたら、

 どういう背景があるのか?

と自分に問いかけてみる。

 

この言葉が自分の中に入ってきて、

「考え方編」の土台が

固まってきたように思う。

 

ただ、疑り深いところもある私。

今のところはこれ!と考えて、

当分、これを採用してやってみる。

 

 

 

 

これをここに書くのは、

とっても勇気が必要だった。

だって、

誰かにひどいことをされて、

ダメージを受けてる方もいるだろうから。

その方は、その人が最善を尽くしていると

考えることなど、とってもできないだろうから。

その方を、二重に傷つけてしまうことにも

なりかねない。

 

 

 

 

それでもこれは、

対話で問題を解決していこうとする時には、

必要な

「相手を理解する」ための

大切な考え方のひとつかも・・・

って思う。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ケリー・パターソン,ジョセフ・グレニ―,ロン・マクミラン,アル・スウィツラ―
幻冬舎ルネッサンス
---
(2010-09-25)

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谷澤 久美子
counselor