今のところではありますが…
感染予防生活中の発見や確認。

【2020.04.06 Monday 14:26

感染拡大を予防する生活し始めて、

気づいたこと、考えたこと、確認したことを

まとめておこう。

 

<マスク編>

1)日常、何気なく顔に触っていることに気がついた。

 「もしかすると手にウイルスが付着しているかも。

  目鼻口に触らないように」

 と注意喚起された途端、

 あれ、意外に触っているじゃん・・・と気がついた。

 自覚の力ってすごい。

 そう意識した途端に、

 一旦手を目に持って行ったところで、

 「やばっ」と引っ込める。

 

2)スマホのFace ID、

 ちゃんと機能してる。

 当たり前なんだけど、

 マスクしてると、使えない。

 

 

3)日常的にマスクをしたまま人と関わる

 ということをし始めて、

 表情などによって考えや感情を察していたし、

 自分も伝えていたと、

 改めて確認する。

 

 犬の散歩の時に、

 向こうから歩いてくる方が、

 犬好きかどうか、

 今は、非常にわかりづらい。

 子どもの場合は、

 大人の影に隠れたりしてくれて、

 わかりやすいので、

 ロープをめちゃ短くして

 すれ違ってもらう・・・

 などするけれど、

 大人は、なかなか分かりづらいから、

 全員が犬を怖いと思っているという

 設定で散歩する。

 

 話をしていて、

 その方が話してくれた出来事を、

 その方が

 「悲しい」と思ってるのか、

 「辛い」と思っているのか、

 「悔しい」と思っているのか、

 「寂しい」と思っているか、

 目や

 マスクごしに伝わる頬の筋肉の

 かすかな動きだけでは、

 なかなかわからない。

 

 わからないから、

 「悲しい?」と訊くと、

 「ううん、悔しい、

  だってね〜〜〜」

 と話し始めてくれて、

 逆によかったりもする。

 

 つまり、

 表情などから察するのも大事

 しっかり、確認するのも大事と、

 再確認。

 

4)3)に関して、

 マスクをすることで察することが難しい、

 事実に基づいた考えや感情を確認することは、

 マスクをしてない時でも、

 大切な場合はあるだろう。

 自分が察したことが、

 正しいかどうかはわからないからだ。

 

5)コーディネートを考えてる方を

 時々発見するようになった。

 エリザベス女王の、

 ピンクの装いにはピンクのマスク、

 グルーンの時はグリーンのマスクの写真

 (もしかしてフェイク?)

 ほどではないけれど、

 スーパーでの買い物で会う方の中に

 ちらほらとマスクをコーディネートの中に

 入れてる人をみつける。

 先週は藍染の手ぬぐい的な手作りマスクで

 全体的に紺色の装いの方が。

 一昨日はベージュのワントーンで

 マスクもベージュ。

 手作りマスク作りたくなってきた。

 

6)ずっと前にある小学校で、

 6年生のAさんとその保護者を

 チームになってサポートした担任の先生が、

 私が異動をする時に、

 箱でくださったマスク。

 それがあるから、

 今、学校の仕事に行くことができる。

 なんだか、改めて感謝だ。

 

7)口紅やリップクリームの減りが

 ゆっくりになってる。お得感。

 

8)ふざけて、

 マスクの中で、

 めちゃ口をへの字に曲げてみたり、

 思いっきり変な顔をしてみた。

 バレない。

 後でバラして、大笑い。

 

9)あまりにも馴染んでしまって、

 マスクしてるままで、

 水筒からお茶を飲もうとしたことが

 あるのは、

 きっと私だけではないはずだ。

 

 

<手洗い>

10)これほど手を洗う生活は

 これまでなかった。

 アルコール消毒も、

 こんなにしたことがない。

 自分の手で、自分の手を

 これほど触ることはなかった。

 なんとなく、

 大事にしないとな!って

 思える。

 

11)それで、お風呂に入った後、

 しっかりクリーム塗ったり

 してみている。

 それで、昔、

 雑誌のインタビュー記事中で、

 宮沢りえさんが

 手の美しさの秘訣のようなことを聞かれ、

 毎日入浴中に手をマッサージしながら、

 「今日はおつかれさま」などと

 声をかけてる的なことを

 言っていたのを思い出す。

 「そうやって大事にしていると、

 もっともっと大事になってきてる」

 のように言っていたような記憶が。

 

 

 

<stay at home>

12)免疫力高める食材を調べたりしてる。

 発酵食品や、きのこ類、旬のもの、

 根菜・・・。

 今までもよく食事に登場させてたもので、

 よかったんだ。

 

13)ZOOMでのイベントのホストになるために、

 いろいろ探っていると、

 結構ワクワクする。

 新しいことを始めるのって、

 自分にあっていたんだ!と

 思い出した。

 

14)「身近なところにも楽しいことはある

  ってことを、

  思い出させてくれる機会になった」

 と教えてくれた方がいた。

 「自分の小さい頃、

  泊りがけの旅行に行く機会など、

  年に何度もあることではなかった。

  でも、近所に、居心地の良いお宅があって、

  幼い自分がそこに毎日のように行ってたのは、

  そこが楽しかったんだと思う。

  新幹線や飛行機を使って遠くまで出かけなくても、

  楽しいことはある。

  それを思い出させてくれたし、

  落ち着いてきたら、

  そういう場を作りたい」

 と話してくれた。

 

 あ〜そうだなあ、

 確かに、私も2軒隣の美容院に

 幼い頃、毎日通っていた。

 お昼をいただいちゃうのは申し訳ないと

 母親がお弁当をもたせてくれてくれたりした。

 そこで特別何かをするって訳ではなかったけど、

 その家のおじさんが、とてもとても

 優しくって、そして面白い人だった。

 

 その方の話を聞きながら、

 重苦しい気持ちになる予防生活だけど、

 昔のことを思い出せた。

 

15)静かな午後に、

 こういう状況になる前

 聞こえてきてたものは何だろうと

 考えると、

 近くの中学校の吹奏楽部の音だと

 気がついた。

 放課後になると、

 最初は各楽器でまずは音を出して・・・

 のような音が聞こえてきて、 

 その内段々パート練習が始まる感じ。

 最後に合奏する時もあったりしたな。

 なんか、さみしいものだな

 と思う。

 

16)大好きなパン屋さんが夕方行くと

 売り切れになっていることが多く、

 だからって午前中に行くと、

 すっごく混んでる。

 様子を聞いてみたら、

 「朝昼晩家で食べる分、

  お一人が買われていく分が

  多くなっていることと、

  昼も家で、という方が

  その分を午前中に買いに来られる」

 という分析。

 人の動き方が、

 いろいろなところで、

 ちょっとずつ

 ここ静岡でも、

 変わってきているんだなあ。

 

17)不要不急の買い物にはいかない関係もあり、

 洋服を見に行ってない。

 で、せめてと思い、

 ここずっと買ってなかったのに、

 ファッション誌を

 なぜか2冊も買ってしまった。

 さらに、そこに出ていたパンツを、

 いつ履くの?という感じのデザインなのだが、

 ネットで買ってしまった。

 しかも、散々悩んで

 あれやこれやカスタマイズを試した

 ナイキのスニカーも、

 今朝起きがけに注文してしまった。

 ただ、考えてみれば、

 こうなる前も、

 そんなに洋服を見に行っていたわけではない。

 抑制している、我慢しているという考えが、

 「だから少しくらいいいだろ・・・!」を

 生んでいると思う。

 危ない。

 

18)関連して食べ物も、

 すこ〜しだけ余分なものを買ってしまう。

 今日は「道明寺」と「どら焼き」を

 昨日は「スルガエレガント」を、

 特にすごく食べたいという訳ではないのに、

 買った。

 「少しぐらいいいだろ・・・」現象と呼ぶ。

 

 

<covid-19関連>

19)SNSで情報をおっかけていて、

 食事の時にテレビをつけると、

 情報番組で「今日の感染者数」などを

 放送している。

 意識しないで、

 ダラダラと情報に浸っていた時期をすぎて、

 厳選してみて、少し落ち着いてきた。

 今、した方がいいこととして、

 ,Δ舛撚瓩瓦修

 感染時に備えよう

 戦う相手は人でなくてウイルス

 と示してくれてる

 「専門家有志の会」(尾身先生たち)の情報

がとってもいい。

 

 

20)スーパーの近くの、旅行代理店さんが

 店を閉めていた。covid-19関係でかどうか

 はわからない。

 でも、この代理店さんの前から

 お遍路の旅に行く亡き義父を

 バスで見送った思い出とともに、

 胸がつぶれるような思いだ。

 私の関わっている子どもの中にも、

 保護者が飲食店を営んでいるお宅があり、

 医療関係のお宅もある。

 観光業のお宅もある。

 子どもたちは今、どうしているだろうか。

 保護者の方々の思いはどんなだろう。

 十分な保障やサポートかどうかは疑問だけれど、

 それでも、まったく足りないとしても、

 少しでもたしになるなら、

 情報が上手に届くように!と、

 あ〜祈るばかりだ。

 

 

 

 

これからも続くこの生活の中で、

どんなふうに考えが変化し、

どういう感情を持つようになるのか、

言語化していけるといい。

 

今日のところは、

こんな感じです。

 

 

 

 

 

 

季節は進んでおります。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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イラッとスイッチ、入りやすいぞ。

【2020.04.02 Thursday 10:21

銀行で

反応が鈍くなったキャッシュカードの

対処を依頼した。

「お待ちください」

とのことだったので、

読書を始めるとすぐに、

「10番の番号札の方」

と呼ばれた。

カウンターに行くと、

担当してくれた女性ではなく

男性が何やら説明を始め、

聞いていると

「目的別のローンを組むと、

 金利が安いのでお得」

という営業のようだった。

「せっかく説明してもらったんだけど、

 今のところ、車もリフォームも

 全く考えてないから、

 必要ないんです。ごめんなさいね」

と言うと、

「あっそうですか。

 ではまた、

 必要になられた時に、

 いつでもおっしゃってください」

と言って、

彼は後ろのデスクに戻って行った。

すぐに

キャッシュカードの状態を見てくれていた

女性がやってきて、

本題の方の説明をしてくれた。

 

対処して、

車に戻り、

仕事に向かいながら、

何だか、

腹がたってきた。

 

あれ?

さっきって、

大事な読書の時間を、

断りもしないで、

奪われたんだなあ。

なんか、やり方汚いな。

特に私にとって必要な情報じゃないし、

でも必要だったとしても、

「こうこうこういう説明したいですが、

 今いいですか?」と聞いて欲しいよ。

もう!腹たつ。

 

と考えて、

その瞬間、

(私、疲れてるかも・・・)

と思った。

 

 

 

同じ出来事があったとしても、

普段なら、

その場で自分の苛立ちに気づいて、

一旦腹は立つが、

(ま、向こうも仕事だし、

 仕方ないか)

で終了、、、

だったかもしれない。

 

昨日は、

その場で自分を観察、認知することが

弱まってた感じで、

そのため

後まで引きずったのかな・・・

 

〜〜〜それで、気付いたんだ、

自分の疲れ(ストレス)に。

 

 

こんなに家に居られる時間が

たっぷりある時ってないから、

読みたい本を読んで、

お料理して、

部屋片付けて、

資料をまとめて、

新しいプログラム作って・・・

なんては頭で考えていても、

ちゃんと、負担は来ているなあ。

 

 

自分のストレスに気付くには、

 

身体はどうか、

 (疲れやすい・食欲不振・眠れない

  便秘・下痢・胃の不快感・めまい

  など)

心理面はどうか、

 (怒りっぽい・不安が続く・

  憂鬱・不機嫌・やる気なし

  など)

行動はどうか、

 (お酒の量が増える・食べ過ぎ・

  ミスが増える・暴言・暴力、

  など)

 

など、

いつもとちょっと違う自分を意識した時に、

キャッチできることがある。

 

そしたら、

ちゃんと

「あ〜自分は今、ストレスを感じている」

とキャッチできるといいなあ。

 

 

 

多かれ少なかれ、

ストレスが溜まってきてるじゃないか?

みんな。

「NYやパリなど封鎖されてる街を

 思えば、自粛疲れなんて言ってられない」

という考えがあるの分かるけど、

それでも、やっぱり、

正直、大変だよ。

 

終わりが見えない中、

やりたいことができなかったり、

計画していたことがやめになったり、

したくないことをせねばならなかったり、

これはなかなか、しんどいことだよ。

 

まして、

初めての経験だから、

これからのことを、

どうなるか予測し、判断し、決定しなくてはならない。

昨年通りに・・・と行かないことが多い。

決断していく、その責任が重くって、

なんだか肩がバキバキに凝っている。

 

さらに、

こういう時だからこそ、

安心できる人と、

話したり、食べたり、笑いあったりしたいし、

こういう時だからこそ、

思いっきり体を動かしたりしたけど、

それも、

感染拡大をストップするため「stay home 」だ!

 

あ〜きつい。

 

 

ま、

だからこそ、

自分のストレスと

上手に付き合っていくことを

やっていきたいよな。

 

 

試したいこと

✔「なんで、こんなことが起こったんだ!」

  と問いかけても、無駄だ。

  犯人探しの不毛なスパイラルに陥るだけ。

  「自分は今不安であり、

   肉体的にはしんどい」という、

  自分の状態は認めつつ、

  「現状に対し、どういう態度をとるか」

  をトライするという考え方を採択してみよう。

 

✔四六時中情報に浸らない

  →常に情報に触れ、常に「不安」と

  という感情を持ち続けるのは、

  リスキー。

  「不安」は、表現しすぎると

  相手や自分を巻き込み、

  次を呼んだり、大きくしたりする。

  →自分が信用できる情報元を決めよう

  (私は「スマートニュース」「山中教授」)

 

✔講師としての仕事の延期や中止のメールの返信で

 プラスアルファ、余分なことだけど、書く。

 力いっぱい考えて書く。

  「決めるのも、大変だったと思います」とか

  「お疲れではないですか?」

  など、その方に向けてのメッセージ。

 

✔自分に優しくする時間を持つ

 ・小説を読む。次は「結婚の奴」。 

 ・アマゾンプライムで、

 「THIS IS US」のシーズン2が

  無料になったので、見る。  

 ・2月〜3月はまり続けた

  アメリかのドラマ「THE OC」。

  終了シーズン4まで見おわった。

   (ゲームをやめられない、

   子どもの気持ちがわかった)

  その主人公のその後を考える

 ・マスクに一滴アロマオイルを垂らす

 ・犬の散歩、いつもより、少し長く 

 ・夜か昼、炭水化物を抜くため、

   ネットや料理本を見ながら

   メニューを決める

 ・ナイキのスニーカーのカスタマイズを、

   あれやこれや、いろいろ試す 

 ・いろんな種類のお茶を試す

 ・ぼ〜っと、好きな洋服のHPを

   ただただダラダラ見る

 ・服を決める時、

   縛りをつけて決める。

  (今日は「古い服を一つ入れる」で

   6年前に買ったシャツを着てみた。

   「白を中心」「ガラ物」などその日に

   自分でわざわざ縛る)

 

   

✔仕事の準備も進めてみる

 ・仕事のための本を読む。
   今「子どもがしあわせになる言葉」
   次は「日常診療に蹴る成人発達障害の支援
    10分間で何ができるか」

 ・ZOOMでミーティングの
   ホストになる練習をする

 ・新しいプログラム(小中学生むき)
   をロゴセラピーをもとに考える

 

 

 

ま、何とか工夫しながら、乗りきりませう。

 

 

 

さ、私は今日が勤務始め。

生徒指導の会議で、

カウンセラーの立場から

お話ししてくる。

 

 

 

水筒と、アロマオイルを持って、

行ってきま〜す。

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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小説三昧プラスα

【2020.03.30 Monday 09:04

「ライオンのおやつ」

大きな病があり、

人生の最後をホスピスで過ごす主人公。

このホスピスは毎週日曜に「おやつの時間」があり、

入所者のリクエストで、おやつがふるまわれる。

主人公は、最後に食べたいおやつって何だう?と考える。

 

自分だったら何をリクエストしようか?

この小説を読みながら

誰もが考えたと思う。

 

私は、まだまだ迷い中。

おばあちゃんが作ってくれたおはぎか、

父が山梨から買ってきてくれたころ柿か、

母の得意だった牛乳カン(牛乳で作った寒天)か、

夫と食べ歩いた中津川のいろんなお店の栗きんとんか、

そうか、栗なら、

まだ未体験の「モンブランスタイル」の

 モンブランもいいな。

 

そして

父が最後に食べたいおやつって、

なんだったんだろう?と考える。

 

明日3月31日は

父親の命日。
なくなってから23年たつ。

父のことで知らないことが

いっぱいある。

聴きたかったことがいっぱいあるし、

食べてもらいたかったもの、

いっぱいある。

 

 

3月に入って、

自分の戸籍抄本を取りよせる機会があった。

【名】久美子

【生年月日】昭和35年8月19日

【父】池上喜壽雄

【母】池上桂子

【続柄】長女

という部分に、

私は泣けて泣けて仕方なかった。

 

久しぶりに両親並んだ名前を目にし、

二人とのさまざまな思い出が

頭の中に出てきては上書きされる。

あ〜私はこの二人の子どもなんだ!

その誇らしさみたいなものが、

体中に染み渡る感じで、

親に対してそういう気持ちを持てることは、

本当に幸運なことだと考えた。

 

そして、

会いたいなあ 

と思った。

 

 

この小説の中に

主人公が亡くなる前の夢に

幼い頃に亡くなった母親が

出てくる場面がある。

 

夢の中で主人公と母親は

さんざん語り合った後、

こんな会話をする。

 

「私ね、まだもう少しだけ

 こっちにいたいんだけど、

 その時が来たら、

 ちゃんと私を迎えに来てくれる?」

「もちろんじゃない!」

彼女が即答する。

「だってそのためにお母さんは

 先に天国に行ったんだから」

 

戸籍抄本の後だったからか、

この部分で涙がとまらなくなった。

 

あ〜そうか、

父も母も、

平均寿命まで生きてはくれなかったけど、

でも、

私のことを迎えてくれるとしたら、

それはもう、全く、全然OKだという、

ものすごく暖かい納得感で

満たされてしまったようだ。

 

 

「死」を、

「大切な誰かを迎えるため」と捉えるというのは、

今まで聞いたことがなかった、新しい考え方だ。

 

 

小川糸さんの、

「読んだ人が、

 少しでも死ぬのが怖くなくなるような物語を書きたい」

という意図以上に、

私にとっては

口にはあまり出さなかったが、

「なぜ二人とも早くに亡くなってしまったの!」

という問いに、新しい解が提案された。

 

「両親と私」というジグソーパズルの

大切な1ピースが埋まった気がする。

 

 

それで私は今日のところの最後に食べたいおやつは、

牛乳カンなんだな。

(追記

 いかりや長介さんが

 きっと

 迎えに来てくれてる!)

 

 

 

 

 

「とめどなく囁く」

桐野夏生の小説の登場人物たちは、

いつもあまりにも苦く、じめっとした感じで、

今回も、

万が一実際出会ったとしても、

友達になりたいとは望まないと思う。

それなのに、なぜ彼女の小説に惹かれるかというと、

自分の中にもある

毒々しい、いやらしさみたいなものを、

ちゃんと見せてくれるからだと思う。

 

海釣りに出かけた夫が事故で行方不明になり

遺体が上がらないまま死亡認定された妻が主人公。

彼女は、前妻を病気で亡くした

大金持ちの男性と再婚する。

彼は31歳も年上。

ある日、前夫の義母から、前夫を見かけたと。

そこから彼女の生活が変わっていく。

 

今回は、

これきっと伏線だなと

想像したエピソードが肩透かし、、、

ということが結構あり、

じゃ、なんであそこまで丁寧に描いたの?と

桐野作品としては、私はやや不満。

最後の真実がわかる場面で、

読んできたことすべてが納得できるような

つながりがあれば、

きっともっとすっきりした読後感だったかも。

 

とはいえ、

やっぱいい。

不満はあるけどいいのは、

自分の中のエゴやずるさを、

ちゃんとある!と確認できるから。

いい人ぶったって、

私って、所詮、

彼女の小説に出てくる目を覆いたくなるような

登場人物たちの心のつぶやきを

ちゃんと理解出来ちゃうんだもんね。

そのことを忘れないで自分でちゃんと認めていようと、

結局今回も思えた。

 

桐野初心者の方にはオススメしないけど、

何冊か体験してる方は、楽しめるんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

私が中学校で活動を開始した時に

中学3年生だった方と会った。

彼が、

「いつか謝ろうと思ってたことがある」と言う。

さらに、

「谷澤先生、あの時いくつでした?」と聞くので、

「37歳だよ。

 ちょうど今のあなたと一緒だね」

と答える。

すると

「今だからわかるけど、

 ダメなこと言ってしまったんですよ。

 中学校の時に、一緒に食事した時、

 自分、谷澤先生に『子どもいますか?」

 ってきいてしまった。

 あの時、先生は、

 シャツにすっごく汗かいていて、

 それを自分、覚えてる。

 あれはまずかったと思う。

 そのことをいつか謝りたいと思ってた」と。

「え〜〜〜〜!

 そういう風に思っててくれたんだ」

私はびっくりした。

そして気持ちがとってもとっても

温かくなった。

 

一緒に食事したというのは、

給食だ。

当時教頭先生が、

ちょっとでも中学生に慣れるようにと、

活動日に毎回、各クラスで給食を食べる

スケジュールを組んでくれていた。

彼のクラスで彼の班に入れてもらって食事した時、

多分、その時が初回で、

すごく緊張していたと思う。

しかも、

教育相談員の事業がスタートしたのは、9月。

まだ暑く、もちろん空調などなく、

私は汗っかきだ。

そして

私はその頃もう、子どもがないことについて

整理がついていた。

不妊治療を2年間し、

夫婦での話し合いを経て、

「子どもがない人生」を選択した後だった。

だから多分、その汗は、

緊張と体温調節の汗だったと思う。

 

そのことを話し、

謝ってもらう必要はないことを言い、

 

なんだけど、

22年間、

彼が心のどこかで

そのことを持っていてくれたことが

もったいないほどありがたかった。

 

その後、いろいろな思い出話しをして

私たちは笑った。

笑いながら、

彼のその「いつか謝りたかった」

って言葉を思うと、泣きそうだった。

 

小説と小説の合間に、

そんな素敵な

小説みたいな日常の一コマもある。

 

 

 

 

 

 

 

「傲慢と善良」は期待通りの小説。

 

失踪した婚約者のそれまでの人生をたどることで、

彼女に起こった出来事から彼女の考え方を想像し、

照らしあわせて自分を振り返る主人公。

失踪したもう一人の主人公は、

それまでの関係を一切持たない環境で、

誰かの期待に応えるのでもなく、

「こうすべき」「こうすべきじゃない」で

判断するのでもない、

自分がどうしたいのか考えて選択する体験を重ねる。

その二人が再会し、二人で「これから」を決定していく

大恋愛の物語。

 

♪会えない時間が♪

育てたのは、

「愛」だけじゃなくって、

「お互い自身」。

 

 

婚活する年代の子どもを持つ親の方は、

この本を読みながら、

自分は子どもに

「善良」や「こうすべき」を押し付けてないだろうかと、

多分、少し怖くなるかもしれない。

婚活中の方は、

自分は本当に自分の意思で

いろいろ決めているのだろうかと

ちょっと考えてしまうかもしれない。

そしてこの物語の中に、

親も子も、

そこから抜け出すヒントを見つけると思う。

 

それは失踪しなくてもできる。

失踪した人を突き詰めなくてもできる。

日常の中で、

ちゃんとできる。

 

自分で考えて、考えた中から選び、行動し、

行動した結果については自分で責任を持つこと。

その繰り返しなんだよなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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あきらめの経験

【2020.03.26 Thursday 08:43

夕方の犬の散歩は、

ちょうど学童保育のお迎えと重なる。

 

一ヶ月くらい前のある日、

お迎えの母親が子どもさんを車に乗せようとした瞬間、

上を見上げて

「あ〜すごい!

 モクレンが満開だねえ。

 素敵だねえ」

と言った。

1年生くらいの息子さんは、

「モクレンって何?」

と聞き、

母親は

「見てごらん、この木だよ」

と言い、

「さ、帰ろう、お腹すいたね」

と車に乗せていた。

 

多分30秒くらいの出来事。

 

いいなあ、

ロゴセラピーでいう「体験価値」だなあ

と思い、

同時に、

保護者が

経済的な理由や、

人間関係上の理由や、

仕事や家事などで忙しすぎる時間的な理由や、

病気など心身の状態などの理由から、

追い詰められたような状態の中で、

子育てをしなければならない時に、

失われがちなのは、

こういう30秒なのではないかと考えた。

だからこそ、保護者が大変な状況の中でも

少しでも、そういう余裕を持てるような

サポートが必要な訳だ。

 

 

その頃私は、

貧困が子どもに与える影響について考える時間を

特に多く持っていた。

(もちろん今も引き続き、考え続けている)

経済的に追い詰められている家庭の中で、

あきらめる経験をあまりにも数多く重ねることの

悪影響だ。

 

あきらめる経験というと、

「塾」「お稽古事」や

「PC」「新しいスニーカー」や

「進学」など、

「機会」や「物」や「場」やそれに伴う「出会い」などで、

 

「求めても、どうせ叶わない」という経験や、

「望んでも、続けられない」経験や、

「周りは当たり前のように与えられているけど、

 自分にはない」経験などを主とする。

 

鉛筆一本など比較的ささやかなものから、

「参観日に保護者が来れない」や

「土日に何した?と聞かれた時」などの

精神的なもの、

また将来を決めるようなことまで、

様々に積み重ねた「あきらめ」の経験により、

自分を守るために、

望まない、

願わない、

希望を持たない、

関係を持たない、、、

となると、影響は大きい。

 

そんな中、

学校の役割としては、

経済的な背景があったとしても、

子どもたちが、

「だから」あきらめる前に、

「それでも」やれることをやるよう、

どうサポートしていけるか

ってことを考えるわけだ。

 

ま、そういうことを

いろいろ考えながら散歩していた時の、

親子のモクレン会話。

 

こういう会話は、

子どもを支えると思う。

 

「今日は富士山 

 めちゃ、綺麗じゃん」

とか、

「このブロッコリー、

 美味しいね」

とか、

「オリンピック延期だけど、

 ボクシングの選手が

 あと一年オリンピック選手って

 自慢できるからよかった

 みたいなこと言ってたよ。

 ものは考えようだね」

とか、

そういう会話が

 

たとえ

保護者の心の中が

何かでいっぱいいっぱいでも、

 

いっぱいいっぱいの中ででも、

「良いこと」「嬉しいこと」「美しいこと」

を見つけながら、

「それでも」自分を育てている、

というモデルとして

子どもに伝わるんじゃないか。

 

 

 

こういう

「美しいものにふれたり、綺麗な景色を見る、

 素晴らしい絵を見る、楽しいことするなど、

 世の中から何かを受け取ったり、

 人とのつながりの中で実現される価値」

ロゴセラピーでは「体験価値」という。

 

ロゴセラピーで

あきらめの経験は、

心を強くする糧にもなると教えてもらった。

厳しい環境の中で大成したたくさんの人の事例を

考えても、同意できる。

 

あきらめる経験が、

あきらめることを強化してしまう場合と、

そうでない場合の違いがどこにあるかと考えた時、

ロゴセラピーを知っていることは心強いと思う。

 

何かでいっぱいいっぱいだったとしても、

それを誰かや何かのせいにするのではなく、

このことを通してどう生きていくかを自分にといかけ、

「3つの価値」を実現していこうとする態度。

 

 「体験価値」以外は、以下の二つ。
 「創造価値」とは、

   仕事をする、家事をする、何かを作るなど、

   世の中に何かを与えることで実現される価値。
 「態度価値」は、
   病、障害、大きな災害、愛する人の死など

   自分では変えることのできない出来事に、

   どういう態度をとるか によって実現される価値。

 

 

「あきらめる」は

「あきら」かにして状況を認「める」こと。

いろいろあきらめないとならなくても、

「創造価値」、つまり、

 目の前のやった方がいいことをやり、

「体験価値」、つまり、

 素敵なことを探しながら

生活していくこと。

 

 

学校の中で活動する大人は、

子どもや

いっぱいいっぱいの保護者を、

そう考えてサポートしたいし、

学校で活動する大人同士も、

こう考えてサポートしあえると

いいんだよなあ。

 

 

 

そして

これは、

COVID-19の感染拡大を食い止めるために、

いろいろあきらめなくてはならない

今、

すごく大事な考え方だな。

 

とにかく

無症状だけど

もしかすると

自分が感染しているかもしれないと

考えて行動する。

もしかすると

感染するかもしれないから

免疫を高めるよう努力する。

その上で

「体験価値」

「創造価値」を

実現していく。

 

今日は今日の

「体験価値」

「創造価値」

を実現していくことを

重ねることだ!

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| ロゴセラピー | - |

コマンド「切りかえろ」

【2020.03.23 Monday 08:59

他者との間で

考えや方法論などの違いから

きまづい雰囲気になった時に

どうするか?

 

たとえば

 

Aさんと問題解決の方法が違っていて

話し合っていたら

喧嘩みたいな感じになってしまったとか、

 

Bさんからの指摘が的外れで

落ち込んでしまったとか、

 

Cさんのやり方があまりにも適当で

口もききたくないとか。

 

 

そういうような時、

人間は主に2つの方法を使うと思う。

 

1 待ってみる

2 話し合う

 

それにプラスして

3番目の方法「切りかえる」の使い勝手が

最近、

めっちゃよい感じがしてる。

(個人の感想です)

 

以下、

夫との雑談の中で、
私の、

エビデンスがない情報や
広い視野に立ってない情報に対し、
厳しい彼に対し、

 

コマンド「切りかえろ」が

成功した事例。

 

 

私「(コロナウイルス感染により)

 医療が崩壊することを心配してる

 医者が、

 退院の条件をゆるめるタイミングが

 いずれ必要になる的なこと言ってたよ。

 今は症状が治まってからPCR検査を2回陰性に

 ならないと退院できないんだって。

 でさ、私の考えは、

 とりあえず一回陰性になったら退院して

 自宅待機1週間。そのあと

 新潟のドライブスルー方式のPCR検査で、

 陰性だったら自宅待機解除。陽性だったら

 再入院とかいう考えどうかな?」

夫「それエビデンスある話なの?」

私「ないよ」

夫「それじゃ、いいとも悪いとも言えないね」

私「それはそうだけど・・・」

私の心の中

 (ムッ。

  エビデンスって、

  ここ、対策会議じゃないし・・・。

  私たち夫婦でオーバーシュートを防ぐための

  方向性を示さねばならないわけじゃないし。

  雑談じゃん。

  なんなの?エビデンス!

  はらたつ〜

  ・・・

  やばい!

  このままいくと

  どっちが正しいか悪いか論争に行くぞ。

  ・・・

  コマンド「切りかえろ!」)

私「そうそう、

 昨日カルクラの散歩の時なんだけどさ、

 おやつくれるおじさんの家、わかったよ。

 でも会えなかったよ。

 これから毎回、あそこに前通りたがるかも」

夫「おやつに関しては執念あるしね。

 そうかもね」

 

みたいなことだ。

 

 

他にも、

私「教職員の方々ってさ、

  異動の時に新聞で公表されるじゃない。

  あれって拒否できるのかな?

  載せたくないって人は

  拒否できるとかないのかな?」

夫「その話し、俺全く興味持てないから」

私「そうか、がーん(ショック)」

私の心の中

 (興味ないッてバッサリきたな。

  結構ショックさ。

  ま、コマンド「切りかえろ!」

私「買い物、まず、どうする?」

夫「いつもの駐車場でいいよね」

私「うん」

 

みたいな感じ。

 

 

このポイントは、

それまでのすれ違った話しを、

まるでなかったことのように

一切、引きずらずに

次のフェーズにいくことだ。

 

この「一切引きずらない」ために

効果的だったのが、

感情の言語化だった。

 

 

それが顕著だった出来事は、
森友学園事件で亡くなった赤木さんの遺書について

夫と話していた時のことだ。


私「(18日時点で)
 あの遺書はものすごいことだけど、
 マスコミの取り上げ方が小さいみたいな気がする。

 コロナがあるから仕方ないけど、
 なかったことにされてしまったら、
 どうなるんだろう?」
夫「取り上げ方が小さいって、
 あなたの情報量の中で話しされたくない。

 俺の方が圧倒的に情報量はあるから」
私「そう?私のツイッター上だと、
 昨日の夜ちゃんと取り上げたニュースは
 ニュース23くらいだったみたいよ」
夫「確かじゃない情報に基づいた話には
 乗れない」

私「ふ〜ん。

 そうかもしれないけど、
 相当な覚悟でオープンにしたことだと
 思うから、スルーなんてことに
 なったらと心配なんだよ」

夫:とくに返事なし。

 

の時のことだ。

私の頭の中は、

怒りでいっぱいだった。

 

それで

コマンド「待て!」を使った。

 

待ちながら

なぜこんなに腹が立ったんだろうと考えてみると、

「残念」だったんだと気がついたんだ。

夫は、これまで、

断定的なもの言いをすることがあまりなかった。

でもここのところ、

忙しいからか、何なのか、

反対意見を

(私からすると)強い口調で言う。

そのことが、

本来は

あまり

そういう物言いを使わない彼

と思ってただけに、

私には「残念」だったんだ。

 

そして

「そうか、私『残念』だったんだ」

と気がついた途端に、

ハッとした。

私だって彼に、

きっと「残念」な思いをさせてるよな。

片付けが下手なこと、

朝カルクラの散歩に間に合うように起きないこと、

彼も私の行動に関して「残念」な思いを

重ねているよなあ。

もしかすると、

彼は、夫婦間の雑談だとはいえ

きちんとしたエビデンスと、

ある程度の情報量のある中で

話し合いたいのに、

相変わらずな私に対して、

私が彼に抱く以上に「残念」な思いを

持っているかもしれないなあ。

お互い様かもしれないし、

お互い様以上かもしれないなあ。

 

そんな考えに至ってから後、

コマンド「切かえろ」が

めちゃくちゃいいのだ。

 

多分、

その時々の感情を言語化せずに、

1「待ってみる」だと、

結構モヤモヤすると思う。

2「話し合う」だと、

喧嘩になってしまい、

相手を攻撃して、

あるいはやり込められて

後味悪そうだ。

 

その場で感じた感情を、

たとえ口に出さないとしても、

自分でしっかり捕まえておくこと。

とっても

とっても大事だなあ。

 

 

 

さて、

「切りかえる」のは、

「心」じゃない。

「行動」だ。

 

具体的にいうと、

・立ち上がる

・その場から移動する

・お茶を一口飲む

・話題を変える

などなどかな。

 

いくら「心」を切りかえようと

自分に一生懸命に言い聞かせても、

なかなか難しいだろう。

でも「行動」は

まあまあの確率で

「心」に影響与えてくれる。

 

結論、

まずは感情を頭の中で言語化して、

自分にコマンド出そう。

「待つ」のか

「話し合う」のか

「切りかえる」のか。

 

「切りかえる」も

上手に使えるようにしておこう。

 

 

 

 

 

あ〜日常って、

なんて面白いんだろう。

 

 

 

 

 

お土産にいただいたもの。↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| 日常 | - |

2週間への責任

【2020.03.13 Friday 09:23

静岡市は16日から小中学校が再開する。

この休業の期間も、

私は普通に学校に行き、

仕事をしていた。

 

ほとんどが保護者の話を聞き、

相談を受ける仕事。

子どもが望めば面接をすることが可能で、

そういう機会も3ケースあった。

3人とも、外出はほぼせず、

ほとほと退屈していた。

 

ニュースなどでは

自粛に伴う経済の心配がされている。

私自身も、この間、

一度東京での仕事に新幹線を使ったが、

一両に9人しか乗車しておらず、

東京駅は大分静かで、

毎回並ぶパン屋さんはお客が誰もおらず・・・

という状況に、

びびった。

大丈夫か?

 

だが、ここへ来てのなんとなく

気持ちがざわざわっとするのは、

そうやって経済的なことばかりに

気持ちが動く自分自身にだ。

 

確かに内定を取り消された大学生は

途方に暮れていると思うし、

株価は深刻だし、

給食への納入業者の方々は死活問題だろう。

ひとり親家庭の収入減は

なんとかしなくてはならない。

 

ただそれら、

目に見える問題には、

対策を取りやすいし、

手は打たれつつある。

(不十分とは思うけど)

 

 

でも2週間以上休んだ子どもの学力や、

体づくりや、

精神的な成長に対する

手当はどうなるのか?

という話だ。

 

それらは目に見えないからか、

心配する声は

ニュースからは

あまり聞こえない。

問題にされにくい。

 

 

 

先生方は、

学期末の2週間だからこそできる教育を

考えていたはずだ。

各教科のその学年のまとめをどう工夫して、

子どもたちに何を学んで欲しいのか?

考えていたはずだ。

 

いつもの年なら、

中学3年生は卒業式の練習とともに、

校内の清掃などをしていた。

新聞紙で拭かれ磨かれ

カウンセリングルームの窓はピカピカになる。

小学6年生も家族への「感謝」の手紙などを書く。

 

小学一年生は

入学当初に短冊に書いた自分の名前と、

約1年後に書いた名前の短冊を並べ、

廊下の壁に掲示したりしていた。

最後の参観会に参加された保護者の方は、

我が子の成長ぶりが

どんなに誇らしかっただろうか。

 

 

どの学年であっても、

心を落ち着かせて

一年を振り返り、

自分の成長を確かめ、

明日への反省点を言語化する

大切な時間。

 

それがなくなってしまっても、

問題ないのだろうか。

 

それらを考慮しても

感染拡大を防ぐをことを優先し、

今のところ、効果的だったようだ。

ただ、

子どもたちに対する

本来与えられる教育をしなかった責任は、

どう負ったらよいのだろう。

 

逆に、

もし2週間の学校生活がなくても問題ないのなら、

文部科学省が決めている総授業時間数って何なのか?

って話になるのでないか。

 

さらに

これから突きつけられることの一つに、

教育に携わる人たちは、

「学校とは?」という問いに対する

自らの答を深めていかねばならない

ってことがあると思う。

 

 

今後考えられることとして、

今まで以上に、

学校へのモチベーションは

失われると思うから。

 

不登校の児童生徒数

(2019年11月に発表された2018年度の統計)は

小学生が4万4,841人(前年度3万5,032人)、

中学生11万9,687人(同10万8,999人)、

高校生5万2,723人(同4万9,643人)、

年々増えている。

その上に、

だ。

 

 

子どもたちの中にも、

保護者の中にも、

「別に学校の中で集団で勉強しなくたって、

 家でリモートで勉強するのもありだな」

って、

今回わかってしまった方は多いと思う。

 

「卒業式って、絶対必要なものって

 わけでもないんだな」

って考えも、

いよいよ表で話しあえる事柄になるのでは?

そうなると、

じゃ、体育祭の総練習は?修了式は?

ということも考えられる。

 

学校って何なのか?

 

多様な家庭の中で育った

多様な子どもを、

同じ年齢で一つの集団にして

同じことを一斉に学ばせる、、、

ということで

本当にこれからもいくのか?

 

 

論点が整理できないまま

経済対策だけで本当によいのか?

というこから

だらだら考えたことを書いてしまって

大混乱中だが、

 

「学校って何?」

「何を学んでもらうところ?」

「それは学校じゃなくちゃダメ?」

「集団じゃないと学べないの?」

「なぜ同じ年齢の集団?」

「行事って何のため?

 宿題って何のため?

 テストって何のため?」

 

この2週間を

これからに生かすための

大人の責任は、

それを考えることではないか。

 

混乱しながらも、

考えないと!だな・・・

 

 

〜なんて、

冷たい雨の土曜日だ。

 

春休みに読む本、揃った。

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| SC | - |

「ぼ〜っとする」チャンス。

【2020.03.04 Wednesday 15:48

静岡市の小中学校は

3日から15日まで休業となりました。

自宅で過ごすことが困難なお子さんの

一時預かりを学校が担い、

私が昨日活動した学校も、

子どもたちは静かに自習していて、

先生方は見守っていました。

14時までが一時預かりで、

ちゃんと終了近くには掃除をしていて、

こうやって急な出来事にも

粛々と、淡々と対応していく学校、

子ども、先生って、

本当に本当にすごいなあ!と

思ったのでした。

 

 

私自身は、通常通りの勤務。

小中学校はほとんど相談者が保護者であることから、
通常とほぼ変わらない活動です。
子どもの予約が入っていたところには、
担任の先生などとの情報共有の時間をとる予定です。

早速昨日は、

日常、した方がいいとわかっていながら、

時間的な制限があってできなかったこと、

外部の方と電話でケースについて話し合え、

ありがたかったです。

 

先生方は、

クラスに子どもが来ていれば、

8時半から14時までは

見守っています。

それ以外の先生や、14時以降は、

職員室でいろいろな仕事をされています。

 

 

昨日、

カルとクラの夕方の散歩の時に、

縄跳びをしている子どもをふた組見ました。

もしかしたら、

運動不足にならないように、

「縄跳びとかいいね」的な指導が

あったのかも。

 

今日は午後から確定申告のため

休みを取っていたのですが、

めちゃ早く終わり、

読書しようとスタバに入ると、

高校生の3人組が勉強してました。

えらいなあ。

 

姉弟で歩いている子の姿も見ましたが、

お姉ちゃんが弟の手をしっかり握って、

お稽古袋的なものを持っていて、

普段なら特に何も感じなかったでしょうが、

こんな時だからこそ、

健気さを感じ、

しんみりとしたのです。

 

 

 

中学高校生がカラオケに行ってるという

ニュースがありました。

そりゃこの1〜2週間が感染拡大するかどうかの

瀬戸際ということを考えると、

「そこはちょっと考えようよ」とも思いますが、

自分が中学高校生だったら?と考えると

無理ないなあと思います。

 

思春期って、

心理的リアクタンス、大爆発の時期だもの。

「〜しなさい」には「したくない」

「〜するな」には「したい」

となってしまうわけです。

「家で勉強しろ」

「カラオケとか人の集まるところに行くな」

と言われれば言われるほど、

反対をするんだよなあ。

それがある意味、健康だよなあ。

 

 

 

さて、そんな中、

スタバで読書を休んで

ぼ〜っとしてたら、

いいこと思いついちゃいました。

 

ぼ〜っとするのも

脳に良いようですよ。

 

ぼ〜っとしてるからって、

脳を使ってないわけじゃないようですよお。

 

 

 

以下考えたこと。

 

仕事には

「やるべきこと」、

「やった方がいいこと」、

「やってはいけないこと」がありますが、

 

「やるべきこと」は、

それで対価をいただくわけですから

やらなくてはなりません。

また「やってはいけないこと」は

信用に関わりますから、

やってはいけません。

「やった方がいいこと」、

これはやった方がいいけれど、

絶対ではないようなこと。

やるに越したことはないけど、

やれなくても仕方ないこと。

 

その「やった方がいいこと」の中で

時間的な余裕がなくてできなかったことは、

今、チャンスだ!ってことです。

 

学校の中だったら、

各種研修があるかもしれません。

・より良い学級経営や授業改善のための研修

・貧困が子どもに与える影響の研修

・これから増えるであろう

 トラウマ障害に関する研修

・保護者とのコミュニケーションの取り方の研修

などなど、

通常の放課後の、やるべきことに追われている中では

落ち着いて学べないことを学びあえたら

とってもいいと思います。

 

 

私はスクールカウンセラーとして、

ケース会議を開催してもらえるといいです。

そのケースの子どもが元気になることはもちろんですが、

先生方とケースを通して何かを学びあえたら

すっごくすっごく嬉しいです。

 

 

さて、以下が

私の思いついちゃった中での

超おすすめなんですが、

もし可能なら、

「クラスの子どもとの個人面談」はいかがでしょうか?

いわば学校版1on1。

 

静岡市の場合、あと7日休業期間があるわけです。

クラスに30人の子がいるとしたら、

1日4〜5人と担任がゆっくり話す!

8:2で子どもが話すのを

聴く時間!!!

 

目的は、

もっともっとその子を知ること。

そして、信頼してもらうこと。

つまり、

わかろうとしてもらえる経験を

 してもらうこと。

 

 

インテルやグーグルなど、

シリコンバレーの有名企業が導入し、

人材育成に効果を発揮したことから、

ヤフー、パナソニック、日清食品、ソニー、楽天など

日本の大企業が導入している1on1。

 

多様な家庭で育まれた、

多様な個性の、

多様な子どもたちが学ぶ学校なのに、

学校の中では

まだまだ「集団で育てる」ことに

価値観を置かれてる場合も多いようです・

ですが、

だんだんと「個」を大切にする価値観も

入ってきているのは事実。

とはいえ、

日常の中ではあまりにも時間がなく、

一人一人の生徒とじっくりと向きあう時間は

取れないのではないでしょうか?

 

「急に自宅学習になって、

 どう?」

「心配なことある?」

くらいから始めて、

この一年を振り返って、

「良い点」を伝え、

「成長したと自覚している点」を訊く。

「改善したいと思っている点」を質問し、

「先生のアイディア」も話す。

「今困っていること」

「目標」などを、

じっくりと話し合えれば

とても素敵。

 

来年度にむけてのエールになり、

もしかしたら、

大人っていいな、

聴いてもらえるっていいな、

整理できたな、

人間って、

生きているっていいな

という瞬間を与えることができるかもしれないのです。

 

 

話すことが苦手な子どもや、

その子が、

話し合いより他のことを望めば、

一緒にバスケをしたり、

音楽を聴いたり、

ボードゲームもいいかも。

そこから、

その子のことを

深く知りたいという思いが

伝わる可能性もあります。

 

 

 

そういう中で、

本当は困ってることがあっても、

言えないことがある子は、

助かるかもしれません。

 

 

もちろん先生方は

「困ったら、いつでも相談して」と

言ってくれています。

でも、相談が成立するまでに必要なステップって

子どもによっては、

とってもハードルが高いんですよね。

(必要なステップとは

 〆い辰申侏荵や自分の気持ちを

  ことばにできる

 ∩蠱未諒法がわかる

 0多瓦靴届辰擦訃譴篆佑いる)

 

 

大企業に入った高い能力のある方々だって

心を開いて話せるためのシステムが

必要だったわけで、

ましてや子どもには、

「いつでも相談にのるよ」だけでは

不十分だと思うんです。

 

どこかの学校の、

どこかのクラスで

学校版1on1、

やらないかしら!!!

 

 

 

 

ででで、

それ以外の時間、

私は、

先生がたにも、

保護者の方にも、

もちろん

子供たちにも、

何もしない、

何も見も聞きもしない、

ぼ〜っとした時間を持とう!と言いたいです。

 

 

新型コロナウイルス(COVID -19)に

感染されて苦しんでらっしゃる方やそのご家族や、

また

医療や福祉の現場の方々、

学童保育や放課後デイで、

いつも以上に気を使い、

 負担を強いられている方々、

また、

影響で経済的な問題を抱えられた方々、

修了式や卒業式が見送られてショックを

受けてらっしゃる方にとっては、

「ぼ〜っとするなどとんでもない」と思われる方も

いらっしゃると思います。

不謹慎かもしれないです。

 

 

とはいえ、

常に次に何かやらなくてはならないと

追いまくられる日常の中では、

持ちにくいぼ〜っとする時間。

それも必要なことと思うのです。

 

 

 

・・・とぼ〜っとしてたら

いいこと思いついてしまって、

少し前に話題になった

脳の

「デフォルトモード・ネットワーク」について

納得した私でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼ〜っとするのが得意なのはカル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| 日常 | - |

大混乱。

【2020.02.28 Friday 09:34

昨晩は混乱でよく眠れなかった。

えええっ?一斉休校?要請って誰が責任を取るの?

学童保育は?放課後デイは?

急な変更が苦手な子どもは?

子どもは家で何するの?

先生方は、今大混乱だろうな。

 

混乱中に、

なんで混乱しているのかを考えると、

どういうプロセスで要請が決定されて、

こういうデメリットはあるけれども、

それでも感染拡大のリスクはこれくらい大きいから、

この決定に至ったという根拠が示されないことへの

いらだちの混乱だとわかった。

 

これが混乱

混乱の中身がわかると、

少しだけスッキリして、

それ以外のモヤモヤを考える。

それが混乱△澄

 

混乱△寮蟻里鮓ると、

自分が何をどうしたらいのかわからない

ということがあった。

 

そうか、私は、

学校関係者でもある自分が、

こんな非常事態に何もできそうもないことで

モヤモヤっとしているんだ。

 

ってことは何ができるか考えればいいんだ。

 

3月2日以降に

活動する予定の学校から

何の指示もなければ通常通り勤務しよう。

もしかしたら保護者の相談という場面では

活動できるかもしれないな。

 

指示があって、

活動も休止となったらどうしようか。

 

そして次の考えに至った。

 

そうか!

ご近所の働く親ごさんのお子さんを預かればいいんだ。

我が家の義理の両親が残してくれた一階部分で

「子どもたちを預かること」はできることだ。

 

どうやって告知しようか。

SNSでやってみよう。

 

そうやって、

やっと自分にできそうなことがわかった途端に

落ち着いた。

 

 

今、市の教育委員会の方々も、

学校の先生方も、

いろいろなことを

ものすごいスピードで検討しているんだろうな。

 

とりあえず私は、

本日の学校に向かおう。

 

そうだな、

常に

今できることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我が家で採れたレモン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| SC | - |

一旦、落ち着こう!

【2020.02.21 Friday 08:56

 

1月、めっちゃ、早かったです。

2月、勢い加速してる感じです。

年度末3月は目の前。

 

3月7日開催の

「アサーティブ・カフェ」や

「アサーティブ」の本を読んで、

一旦、落ち着きませんか!

 

今回の記事は

「アサーティブ・カフェ」についてのお知らせと、

後半は「アサーティブ」の本のご紹介です。

 

(追記:2月23日)

なお、その後「アサーティブ・カフェ」

中止を決定いたしました。

 

(追記:3月4日)

5月9日に開催することにしました。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

通常は3時間くらいで、

アサーティブについてあれやこれやおしゃべりしたり、

ロールプレイで練習したり・・・という

「アサーティブカフェ」

 

毎年3月は1年を振り返るようなワークを取り入れ

1日かけてアサーティブに浸りますが、

今回は、もっとパワフル。

 

午前中に

「人生の、キャリアの、棚おろしをしよう」というテーマで、

お一人お一人 がご自分の人生や仕事や生活を振り返り、

これからのライフプランを考える時間を持ちます。

「あんまちゃん」(キャリアコンサルタントでもあり
NPO法人アサーティブジャパン認定講師でもある田中雅子)

が担当します。

 

午後はいつものアサーティブ・カフェ。

「くみ」(谷澤久美子)が担当し

おしゃべりしながら、

コミュニケーション能力アップにトライ!

最新のアサーティブ情報も紹介しますね。

 

また懇親会も開催します。

 

 

<アサーティブ・カフェ>
開催日時:2020年5月9日(土) 9:45開場

             10:00開始

             16:30終了

参加費:5000円

会場:静岡県教育会館

定員:10名(アサーティブジャパン主催

   又は谷澤相談室主催の
   アサーティブトレーニング基礎講座を終了した方)
 

■お申し込み方法
メールで以下を記入の上お申し込みください。

受付後詳細をお送りします。
氏名 ⊇蚕蝓腹番号も) E渡暖峭
ぞ楮戮鬚送りする時のご希望の連絡方法(電話:携帯:fax:メール)
ゼ講された講座名

 

 メール:kumikotanizawa@gmail.com

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

さて、

時々アサーティブに関する本の紹介

頼まれます。

私の最近オシ(そして永遠オシになりそう)は、

「なぜ、身近な関係ほどこじれやすいのか」

 (森田汐生著 青春出版社)と

「アサーティブネス

 その実践に役立つ心理学」

 (掘田美保著 ナカニシア出版)

 

 

「アサーティブネス

 その実践に役立つ心理学」

心理職や心理を学ばれている方で、

なおかつアサーティブについて

興味をもってる方には特別の本になると思うし、

心理職でアサーティブの講師をされている方に

とっては必読だろうと思います。

 

アサーティブの理論と技術の背景が

心理学的に理解できる内容となっているから。

 

理論的であってわかりやすいのは、

著者堀田美保氏が

大学で「社会心理学」を

教えているだけではなく、

NPO法人アサーティブジャパンの

認定トレーナーとして、

トレーニングの現場にも

立っていることが

大きいのではないでしょうか。

しかも、

自身も

アサーティブであることを

葛藤しながら磨いてきたからこそ。

 

だからこそ、

人がどういうところで、

言い淀み、

どういうところで

相手を罵りたくなってしまうのか

などなどを、

頭でだけでなく、

体でわかっていて、

あげられている事例が

「そういうこと、あるよ」

「わかる、そうなっちゃうよね」

と相槌入れたくなってしまうものばかり。

 

そういう、

人のコミュニケーションがうまくいかない時の

様々なケースをカテゴライズし、

そこにアプローチする

アサーティブの理論や技術を紹介し、

その背景にある

心理学を紹介してくれているので、

次に読みたい本や、

検索したい実験のことや、

深めたい理論が次から次へと

出てきます。

 

とくに

「感情を言語化する」ことの

理論的背景を得たい方は、

絶対に読んだ方がよいでしょう。

 

 

アサーティブがどう始まり、

どう進化してきたか・・・

ワクワクして

私は2回読みました。

1度目は面白くて止まらなく、

2度目はメモを取りながら。

そして私のメモは

今年の手帳10ページ・・・。

 

手帳は常に持ち歩いているもの。

しょっちゅう確認できることが嬉しいし、

私の「アサーティブ」の伝え方は

この本のおかげで深まっていると思います。

 

 

 

 

「なぜ、身近な関係ほどこじれやすいのか」

こちらは

NPO法人アサーティブジャパン代表森田汐生の

最新刊です。

ここのところ、ビジネスの場面を事例として

取り上げた本の出版が続いていたけれど、

今回は、プライベートの事例たっぷり。

 

実はビジネスの場面は、

お互い役割や立場があって、

目標(利益を上げるなど)が

大枠同じだからこそ

マインドセットとスキルを意識することで、

ある程度可能なアサーティブ。

だけれども、

プライベートの問題はなかなか難しく、

とくに長い時間でこじれてしまった関係を

修復していくのは、

本当にしんどいこと。

 

 

この本は、

子育てをめぐる夫婦の考え方の違い、

義理の親子だからこその遠慮、

実の母にぶっきらぼうに

 なってしまう娘や、

妻のメンタルを心配する夫や、

実の親の介護をめぐる姉妹の葛藤などなど、

実際にあった課題を

どうアサーティブに向き合い、

解決していったが

描かれています。

 

相手との間にある

深くて闇のような深刻な問題を、

「とにかく諦めて前に進む」、

という選択肢以外に、

方法があるということ、

しかも、

それを自分は知っていて、

使っている!という

大きな希望で、

読みながら、

私は号泣。

(スタバでした)

 

ドロドロしていても、

ぐちゃぐちゃしてても、

なんとかなる。

なんとかできる。

なんとするための

 考え方と方法はある!!!

 

読後、

今まで以上に

「絶対に人を責めない」

と刻みました。

 

その「人」の中には

もちろん「自分」を含めます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| アサーティブトレーニング | - |

庭の木の枝にみかん

【2020.02.17 Monday 08:55

土曜の夕方、

カルクラの散歩を、

いつもより早い時間にできた。

 

あるお宅の庭の木の枝に

みかんが刺してあった。

それを見た瞬間に

義母との思い出が

頭の中にうわあ〜っと広がる。

義母も

みかんを半分に切って、

庭の木の枝に刺し

鳥たちに振舞っていた。

 

キレイな鳴き声を聞かせてくれると、

私が

「お義母さんのみかんのおかげだね」

と言う。

彼女はほほ笑む。

義母との暮らしの中では、

そんなこともあった。

 

 

 

2013年の夏。

義母がグループホームに入って

2か月経ち、

やっと会いに行くことが解禁された。

 

久しぶりに会えた時、

「お義母さん。

 週刊文春と新潮、

 定期購読する?」

と聞くと、(それまでよく読んでいた)

「いいわ、いらない。

 そういうの読んで、

 楽しいとか、面白いとか

 そういうこと感じてしまうと、

 寂しいも感じてしまうから」

と言った。

 

 

それから

何度か訪ねた、

その何度目かのこと。

 

 

私はみかんの話をした。
「みかんがある間は
 春先まで
 お義母さんは鳥たちに
 おすそ分けしてたね」
と言うと、
「そんなこともあったね」
と答えてくれて、
その後、
言ったのだ。
「最近、生きていることがうすいの」
「ひとつひとつのことを
 立ち止まって考えてしまうと、
 いろいろ引きずり出して
 考えてしまいそうだから、
 あまり考えないようにしているの」
と言うのだ。
「新聞とか週刊誌とかも読まないし、
 TVも見ない。
 ここにいる人たちと、
 すごく関係を濃くするような話も
 しないのよ」
と言う。
「腹を立てたりすることとか、
 苦しいとか思うこともないの。
 そういことがないのよ。
 うすいの」
と言う。
それを話してくれている時、
義母は淡々としていて、
「うすい」という言葉、
そのものを表現しているようだった。

 

 

 

腹がたつとか、苦しいとか、
ネガティブなことを感じ始めてしまったら、
特に「さみしさ」みたいものを
感じ始めてしまったら
どうにもならなくなるから、
義母の命が脳にストップをかけて、
感情に制限をかけているんだと
その時私は考えてた。
義母のグループホーム入所は、
最初は少し唐突だったけど、
その後、義父、姉夫婦、夫と
話し合って納得して進めたことだ。
納得したとはいえ、
私はとてもとても申し訳なくって、
この話を淡々とする彼女を
見てられないような気持ちになった。
ただ、
「アパシー」(無気力・無感情)
というものを
身をもって教えてくれている
この彼女の言葉を
しっかりと聞かなくては!と聞き、
車に戻った後、
すぐにメモをしたのだ。

 
命は、
時々
こういうことをする。
人間は
その環境で生き延びるために
ものすごい
適応能力を発揮する。
ずっと長いこと、
私は、
義母の防衛本能が、
「アパシー」を招いたと考えていたけれど、
土曜日、
近所のお宅の庭の木の枝のみかんを見た途端に、
「そうだ!あれは意思だったんだ」
と7年も経って、
やっと確認したんだ。
グループホームでの生活の中で、
さみしさを感じないかわりに、
喜びも幸せも、
自分に感じさせなかった義母。
自然にそうなってしまったのではなくって、
「感じさせない」ことを
自らの意思で選んだ義母。
そして、私に
「なぜここに入れたか!」とか
「早く家に戻してほしい」とか、
一度も言わなかった義母。
今朝、
私は彼女の真似をして、
庭の枝にみかんを置き、
改めて、
彼女の覚悟が
厳かで
勇ましくって
潔くて
高邁だと思った。
そんな風にできるのかな?私は。
author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor