今のところではありますが…
ひとつ越えました。ゼイゼイ。

【2012.05.14 Monday
18:41
今日午後の仕事は、
中学2年と3年生へのコミュニケ−ションの授業だった。
この学校は普段活動している学校ではなく、
私をコミュニケーションの講師として呼んでくれた。
3年続けて呼ばれていて、
1年目は今の3年生に、
2年目は今の2年生に話している。

なので学校からの依頼は、
「一回目を深めてほしい」
ということだった。

これがハードル高い。

中学生に伝えたいことは、
大体1回目で思いっきり伝えている。

深めるとは、どうしたらよいのか?

スキルではなく、
コミュニケーションへの意欲に繋がるものにしたいと
漠然と考えながらも、
パワポのスライド作りの
一枚目から手が動かない。

もう苦しくて苦しくて、
悩みに悩んだ。

この仕事から逃げ出したいと思い、
起きたら火曜日の朝になってないかなと、
そんな馬鹿げたことも考えたりした。

とにかく考え続けて、
その結果、
テーマを
「自分とのコミュニケーション」ときめた。

これを深いと感じるかどうか、
先生方の評価はわからない。
でも、私が今の中学生に伝えたいことを、
前回よりももっともっと絞って
伝えてみることにしたのだ。

そこまで決まると、
話の順序、
使う事例、
覚えてほしいキーワードなど考えついて、
なんとかかんとか、
昨日やっとカタチになった。

それでも本当にこれでいいのかと、
葛藤は続く。

昨日の夜、
次に起きたら終わってたらほんとラッキーなのにと、
まだそんなことを考えながら寝て、
しかし今日は来てしまい、
午前の仕事を終え、
その中学校に向かった。

結果的にいえば、
成功だったと思う。

90%くらい伝えられたカンジがある。
10%のマイナスは時間が伸びてしまったこと。

しかも、授業の後
校長先生の話を伺う機会があり、
「谷澤さん、話が哲学的だったね。
 私は今子どもたちの中には、
 哲学を求めている子がいると思う。
 スキルよりも、
 そういうことに視点をおいてくれてあったと
 私は思った。
 とてもよかった」
と言ってもらえた。

私のテーマを評価してもらい、
私が伝えたかったことが、
間違ってなかったと、
ほっとしたし、嬉しかった。

その校長は、10年来の知り合い。
彼が教務主任の時、教頭の時、
校長の時、いろいろな学校で
一緒に仕事をし、
私に何度が宿題をくれた先生だ。

教務の時には、
「『心を示す』ということを、
 あなたの言葉でカウンセリングルーム便りに書いて」と。
教頭の時には、
「あなたの価値観を聞かせて。
 私の価値観は、それは人間として正しいかと
 自分に問うこと」と。

とても尊敬している先生。

彼は私が子どもたちに話すところを
何度も見てくれていて、その上で、
今の私を評価してくれて、
さらに私の子どもへ伝えることの葛藤の歴史や、
難しさに凹む話を聞いてもらえた。


なんだか、大満足の一日になった。


目の前のハードルは、
ちょっとずつ高くなって、
それをやっと超えたと思うと、
次のハードルが見えてくる。
一度飛び越えたハードルは、
助走の早さ、踏切の場所、
なんとなく覚えているから、
ちょっとは自信になる。
しかし、次は、それよりちょっとだけ高いから、
また、葛藤し、心配し、不安になり、
逃げたくなる。

逃げたくなりながら、
今回は逃げずにがんばった自分に、
ま、今日のところは拍手だな。



帰宅すると、
昨日贈った花束を、義母が生けてくれてあった。

ちょっと渋い花束にしたが、
義母がチョイスした花器のセンスが、最高にいい。

義母はお花の先生をしていた。
今は日常のことをいろいろ忘れてしまうこともあるし、
一人でできないことも増えている。
でも、
この花器のセンス!
私は心底素敵だなあと思い、
「お義母さん、
 こんなに素敵に生けてくれて、
 私は本当に嬉しい。
 やっぱ、お義母さん、さすがに、
 センスが違う」
と言うと、
最高に顔をくずして、
「そんなにほめてもらうと嬉しいわあ」と言ってくれた。


今日はいいことが続く。


その後、
バーニーとでかけた散歩で、
近くの小学校のそばの横断歩道のところの出来事だ。
小6くらいの男子が横断歩道を渡ったところで、
渡ってきた横断歩道を振り返ってみた。
すると、友だちが渡ってきている。
その友だちが渡りきると、
「嬉しいな。
 今日もおまえと一緒に帰れるし」
とはっきり言ったんだ。そして肩を組む。
言われた男子は照れくさそうに、
でも嬉しそうだった。

私はその男子の、その言葉に会えたことが
嬉しくて、
そして、
こんなコミュニケーションがいっぱいの
社会がいいよなあと思った。

さらに、今日のランは久しぶりに8㌔走ることができ、
しかも、一㌔7分きった。



私にとってちょっとだけ高いハードルを飛び越えたら、
そこは、
ぱっと視界が開けたような、
そんな場所だった。

とはいえ、またくるぞ、
次のちょっとだけ高いハードルが。

ま、やる。
(と今日のところは、
 意気込みすごし)






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オープンな講演会のお知らせ

【2012.05.13 Sunday
20:31
5月6月に行う
一般の方に参加いただける
講演会/講座のお知らせをします。

参加してくださった方が、
「楽しかった」
「自分のことが、
 ちょっとだけ認められるようになった」
「自分のひとつの面を確認した」
「明日からもこの自分でやっていこう」
と思っていただけるような
講演講座を作りたいと準備しています。




わいてくる自分の感情に振り回されずに
コミュニケーションができたら、
自分に自信がもてそうですね。
感情について学ぶことは、その第一歩。
上手なコミュニケーションへのきっかけを
掴んでいただける講演会を準備しました。
*アサーティブ・トレーニングではありません。

 5月19日(土)午前10時〜12時
 アイセル21(静岡市) 4階研修室
 参加費 500円
 主催:NPO法人こころのケアグループ
    (080−1604−0634)
 お問合わせはNPO法人こころのケアグループへ




思春期を迎えた子どもの保護者のための講座です。
体験型で講座を進めます。
3回連続で、全回参加できる方に
応募いただきたいです。
また、これまで谷澤が講師を務める
「思春期の子をもつ親のための講座」に
参加されたことのある方は、
初めての方にお譲りいただきたいと思います。

 6月8、15、22日の毎週金曜日 午前10時〜12時
 静岡市東部生涯学習センター 2階 第4集会室
 対象:思春期を迎えた子どもの保護者
 会費は無料
 申し込みは主催者の 
  東部生涯学習センターへ 054−263−0338




◆二つとも谷澤が講師を務めます。










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毅然として。

【2012.05.12 Saturday
17:42
最近よく見ているFOXの番組に、
シーザーさんという犬のしつけのトレーナーの番組がある。

来客に吠えまくる犬や、
二匹目が家にきた途端、攻撃的になってしまった犬。

犬のいろいろな問題行動を、
シーザーさんが解決していく。

シーザーさんは、犬のしつけ方法を
どうやら系統立てて学んだ訳ではなさそうで、
おじいさんが経営していた牧場で飼っていた
たくさんの牧羊犬たちとともに過ごし、
そこで学び取ってきたことを、
後から言葉にしていったようだ。

どうしたら犬が、
安心してすごせるか、
彼の説明をきいていると、
犬の気持ちがよくわかってくる。
(ただし残念なのは、
 わかることと、
 できることは違う。トホホ)

彼のモットーは、
犬たちにはリハビリを、
オーナーたちにトレーニングを。

犬たちの問題行動は
オーナーの環境作りや
接し方にこそ問題があるそうなんだ。

まったく耳がイタい。

犬は
群れでいることが当たり前の動物で、
その群れにはリーダーがいて序列があり、
それが明確でこそ心理的に安定する。
つまりオーナーがしっかりとリーダーになり、
リーダーらしくふるまえば、
犬は従っていればいい訳で、
安心し、問題行動をする必要がなくなる。

オーナーがリーダーらしくないと、
他の犬からオーナーを守らないとならないから
攻撃的になったり、
外からくるお客様に
キャンキャン吠えてしまうんだそうだ。

シーザーさんがオーナーに指導するとき、
よく
「毅然として穏やかであれ」
と言う。

そういう姿勢でいることが、
犬を安心させるんだそうだ。

シーザーさんの素敵だなと思うところは、
「毅然としていて穏やか」を、
最初から100%オーナーに求めない。
最初はふるまいだけでもそうすることを
提案する。
たとえば、犬が落ち着かない様子で、
抱っこして!とばかりオーナーに
飛びついてきても、
だからといって抱っこなどせず、
ゆっくり周りを見渡したりしている
ことをすすめる。
しかし、おもしろいもので、
オーナーのふるまい方が変わると、
すぐに犬が変わってくるので、
オーナーはそうであることの意味が
本当に分かって、
だんだんと毅然として穏やかでいることが
できるようになってくるのだ。

その過程がめっちゃおもしろい。



「毅然と」でいうと、
最近みた映画で
「マーガレットと素敵な何か」は、
毅然を気取る女性が変わっていくストーリーだった。

ソフィーマルソー演じるマーガレットは、
ビジネスの世界でタフにがんばっている女性。
分刻みのスケジュールで仕事し、
プレゼンにおいては数字や言葉で攻め落としたり、
時々は胸の開いたドレスで仕事を取ったりする。

常に毅然としていることを自分に課して、
時にはエバ・ガードナー、
時にはグレタ・ガルボ、
サッチャーや
キュリーや、
仕事を成し遂げたいろいろ女性になりきりながら、
緊張する仕事の場で成果を出し続けていた。

そんな彼女が40歳の誕生日の日、
7歳の時の自分からの手紙が届く。

7歳の自分は、7歳の誕生日に書いた手紙を、
その時のおこずかい全てをはたいて、
村の公証人に預けていたのだ。

関係ない!と思いながらも
読まずにはいられないマーガレット。

自分の本当の名前の発音は、
マルグレットだけど、
その名前は封印し、
仕事ができそうに思ってもらえそうな
マーガレットで通してきた自分。

7歳の頃夢見てた40歳の自分と、
今の自分。
あの頃大切にしていたものと、
今の自分。

公証人に会いにいくと、
帰る間際、彼に
「君自身になれ」と言われるマーガレット。

いつも誰かを演じて、
いつも毅然を自分に課していたけれど、
本当にそれでいいのか?

手紙には40歳の自分がケーキ職人になっていたら、
この手紙、
お姫様になっていたらこの手紙・・・と
次に読む手紙が指定されている。

あこがれていた職業いくつかの、
ソレ以外になっていたら、
4番の手紙を見るようにとある。

幼い頃、
アフリカで飢餓に苦しむ人たちを助けたいと
思っていたことを思い出したマーガレットは、
その一歩を踏み出す。
また恋人との間に子どもももうける。
つまり、
あこがれていた職業ではない道を選んだことから、
4番目の手紙を開く。

するとそこには、
あなたが大好き!
と。

からだにぴったりあった
タイトスカートのスーツではないスタイルも、
彼女にとってもよく似合い、
時計もいらないような生活も、
彼女にとって居心地が良さそう。

そんな映画だった。



でね、私自身は
「毅然」をコントロールできるといいなって思った。
「毅然」を使いこなしたい。
仕事をしていると、
ここは毅然でいかねば!って事、
確かにある。その時は、そうふるまえるようにしたいな。
しかし、それだけにしばられるのではなく、
そういう時は毅然モードをオンにして、
でもオンしっぱなしではなく、
オフにもできる。
そのスイッチは自分の手の中にある。
そういうのが、いいな。
なんか、そうなれるといいなあ。








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ますます、必要になってくるスキル。

【2012.05.10 Thursday
20:58
今日は電車で1時間くらいのところで
仕事があった。

座れてラッキー!と思ったのもつかの間、
一つ先の駅で大勢の方が乗車してきた。

目の前に年を重ねた女性が。

よし、変わろうと思ったが、
よく観察すると、
50代だなあ。
とすると、私もそうじゃん。
私が席を譲るって、なんか変だよなあ。
そう思って、
しばし次の行動について考えていると、
一つ向こうの若い方がさっと立って、
その女性に席を譲ってくれて、
ほっとした。

微妙な年齢の私。
難しいんだよなあ。


そうこうしながら務めた仕事は
幼稚園の園長先生方対象の講演。

子どものコミュニケーション能力を育むために
大人ができることと、
そのことに携わる幼稚園教諭や保護者を
どうサポートするかなどを
考える機会をもってきた。

その話をしている時、
国会では
社会保障と税の一体改革の中で、
総合こども園について話し合われていた。
総合こども園は、
今の幼稚園の機能と保育園の機能を合わせたもの。
これには、
いろいろな考え方があるから、
どうなるかはわからないけれど、
この方向で話が進むと、
園長先生方は、
ますます園内のコミュニケーションについて
配慮をする必要があるようになるだろう。

現状のシステムのまま幼稚園と保育園が
一緒になれば、
幼稚園の先生方の文化、
つまり、
幼児期の子どもへの教育観、価値観や考え方や方法と、
保育園の先生方のそれとは、
すべてぴったり重なりあうって訳ではないと
思うからだ。

価値観や考え方、方法論が違う人同士が、
お互いを尊重しあい、
チームとなって
園の子どもたちの成長のために活動するには、
個々の人間関係構築能力に頼るだけではなく、
スキルとしてコミュニケーションの力を
つけていってもらうシステムが
必要なのではないかと考える。

そんな時こそ
アサーティブトレーニングは、
役に立つと思うんだ。


そしてそれは、
園内の人間関係をよりよくするだけではなくて、
職員と保護者の関係にも建設的な影響を
与えると思う。

さらにいえば、
幼児期をすごしている子どもたちへの、
いい影響になるはず。

コミュニケーションは体験的に学んでいくものだから、
子どもの周りの大人が、
自分の意見や感情を相手を大切にしながら伝える姿を
浴び続けることは、
子どもたちにかなりいい影響を与える。


今日、Facebookで流れてきたニュースで、
これからの子どもたちは、
今はまだ存在しない職業に就く可能性があるという
研究発表を読んだ。

それはそうだと思う。
大体、私が子どものころ、
つまり、40年前には
誰もゲームクリエイターになりたいとは言ってなかったし、
プログラマーもなかった。
今私の仕事である
スクールカウンセラーだって存在しなかった。
しかし、これからの方がもっと予測不能だ。
ちょっと前まで当然のようにあった仕事はなくなり
新しいものに変わっていくことのスピードは、
増すばかり。

子どもたちが大人になった時、
予測不能なことにどう対処するか、
答えがない問いにどう対応していくか、
近くなった世界の中でどう動いていくか、
そこで生きていくために、
役にたつ道具を、
どう得ていくのか。

この記事では
21世紀型スキルとして以下の
キーワードをあげている。

思考の方法として、
創造性、批判的思考、問題解決、意思決定と学習

仕事の方法として
コミュニケーションと恊働

仕事の道具として
情報通信技術と情報リテラシー

世界で暮すための技能として、
市民性、生活と職業、個人的及び社会性責任


どんなに情報通信技術が発達した社会であっても、
それを使うのは人で、
また人は一人では生きてもいけないし、
人と協力しながら仕事をしていくことが
今まで以上に求められているからこそ、
「コミュニケーション」「恊働」
というキーワードがあるのだと思う。



そのお手本は多いほどいい。

そのお手本は、
幼い時から近くにいるといいし、

そんな中から
子どもたちが体験的に学べるといいな。




///////////////////
アサーティブジャパン主催による
アサーティブトレーニング基礎編

静岡 2012年8/25(土)26(日)

場所:静岡県教育会館(静岡県静岡市)
時間:2012年 8/25(土)10:00〜17:00  26(日)9:30〜16:30
対象:一般(2日間通して参加できる方)
費用:29,500円定員:21名
講師:谷澤久美子(アサーティブジャパン認定講師)

お申し込みは、




このウェブサイトは、
NPO法人アサーティブジャ パン認定講師である谷澤久美子が
個人で開いているブログです。
このウェブサイトに関する全ての責任は谷澤久美子にあります。
NPO法人アサーティブジャパンが運営・管理している
ウェブサイトではありませんので 予めご了承ください




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コミュニケーションへの意欲。

【2012.05.07 Monday
18:41
連休前に偶然NHKで再放送の「ようこそ先輩」を見た。
メディアジャーナリストの津田大介さんが先輩。
母校の中学生に、
「自分から発信すること」の素晴らしさを、
Twitterというメディアを通して体験してもらう授業をしていた。
すばらしかった。
コミュニケ−ションへの意欲を引き出すというか、
子どもたちの心に、
「わかってほしい
 わかりたい」
という気持ちを醸成させるような授業だった。


私は時々小中学校でコミュニケーションに関する授業をする。
先生からの依頼に応じていくつかのパターンがあり、
考え方だけの授業をすることもあれば、
考え方+自分のコミュニケーションパターンを知る授業や、
それに+してスキルをさらっと伝えるという授業
も多い。

このことについては、
本当に試行錯誤をしながら、
今も考え考えやっている。

そして最近一番考えていたことは、
彼が挑戦した、
「コミュニケーションの意欲」に関することだった。

というのは、
子どもたちからの感想の中に、時々
「私はこれからも、
 つきあうのが
 面倒な人とはかかわらないでいく」とか、
「いやなことを言われたらキるからいい」とか、
「表面的でいい」
のようなものがあり、
それは確かにそういう方法もあるけど、
さみしいな!と考えることがあったからだ。

それで、
コミュニケーションのあり方(考え方と方法)を
伝える前に、
コミュニケーションを取ることの素晴らしさ、
「難かしいけど豊かなこと」という体験が
できる授業があって、
その後、あり方ってのが、
きっといいんだろうなあ・・・
と思ってた。

そんなところへ津田さんの授業だった。


可能なんだなあと思いながら
連休になり、
そのことは、
頭の中に置いとくことにした。

大きな課題として。




そして5月5日の夜と6日の夜、
「震災と子ども」をテーマにした
NHKのドキュメンタリーを見て、
5日は福島県相馬市の小6の子どもが、
6日は岩手県大槌町の小6の子どもが、
地震、津波、原発事故を通して、
表現をすることの必要性を体験したことを
知った。

南相馬市の学校が避難区域に指定され
相馬市に転校してきた女子。
しばらくして、元の学校は避難区域外となり、
再開する。
帰るのか、それとも、転校してきた自分を
心から受け入れてくれた相馬の学校に残るか、
葛藤する。
新しい学校でできた親友は、
自分の思いはあるけれど、
彼女が葛藤していることを知っているので、
そっと伝えるに留める。
彼女は卒業まで今の学校に残ることを決め、
インタビューに答えて、
「震災前より、
 親に自分の考えを言えるようになった」
と言っていた。
きっと、どうするの?と訊かれた時に、
「まだ考え中」とか、
「急がせないで」とか、
「ここに残ると決めた」とか、
ちゃんと言えたからだと思う。

また、ある女子は
ずっともやもやしてたと言う。
そのもやもやの理由を自分で考えていて、
それは地震にあったからか、津波のせいか、
それとも、幼稚園からの親友を亡くしたせいか、
ずっと考えていたと言っていた。
そして最後にでてきたのが、
お父さんがレストランスをやっていないことだと
思ったんだそうだ。
それで、お父さんに再開を進め、レストラン内の
掃除を手伝い始める。
彼女は自分自身とのコミュニケーションをした。
自分の中のもやもやを自分で言葉にしていく作業を、
彼女はひとりでしとげた。
すごいと思う。

大槌町の子どもたちも、
大事なクラスメイトの男子を一人失った。
そのことにあまり触れない子どもたちの、
表出できない思いを感じた担任は、
彼への手紙を書くことを提案。
それぞれが初めて言葉にする彼への思いは、
彼に大切な存在だと伝えるすばらしい手紙と
なっていた。

このクラスには、母親を亡くした女子がいた。
その女子は、ずっと父親にも誰にも母親のことを
言わない。
母がいないことのさみしさも、辛さも口にしない。
しかしある時、
インタビュアーに
「(亡骸がみつかった時から)ちょっと楽になった」
と伝え、
「なんでもない時がよかった。
 お母さんとごはんを食べたあと、
 ゆっくりしてる時」
と話し始める。
きっと、今まで
言葉にしてしまったら思い出や感情が
溢れ出しちゃいそうで、
そのことが怖いと思っていたのではないか?
それでも、彼女は少しずつ言葉にしていく。
これも自分とのコミュニケーションなんだろうなあ。

子どもたちは、
ものすごく理不尽な出来事の中、
自分に問いかけ、
でてきた考えや感情を、
静かに他者に伝えていた。



今、私の頭の中はものすごく複雑で、
一層考えてる。

たとえばここ静岡の、
生活はまあまあ快適であり、
そこまで不便なこともなく、
切羽詰まった二者択一なんて場面もそうなかったり、
というような中で、
どうやって、
「わかってほしい、
 わかりたい」
という考えをもっていいことや、
「わかりあえないこともあるけど、
 でもだからって、
 わかろうとしないとか、
 わかってほしいとしないとか、
 それだけじゃなくていい」
ってことを、
伝えていけばいいか。

圧倒的に理不尽な出来事の中で、
成長していく子どもの姿を見ると、
授業でできることは、
軽いんじゃないか、
浅いんじゃないか。
そう思う。

ますます
ぐちゃぐちゃになってしまったんだけど、
それでも、この地で、
私なりに伝えていくことを、
津田さんからのヒントを活かしながら、
やっぱ、やっていくしかないな!
なんて考えているのであ〜る。





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不調もまたよし。

【2012.05.05 Saturday
17:42
なぜかひどい下痢になり、
なんとなく気持ちも悪く、
一日目はヨーグルトとお茶のみ、
2日目はにんじんジュースと食パン一枚とヨーグルト、
そして今日三日目,
なんとなくいろいろ食べられるようになった。

半断食状態から脱していく途上の今、
びっくりするのは
食材の味がものすごく感じられることだ。

まずにんじんジュースのにんじんとりんごが
ちゃんと感じ分けられる感じ。
「あずき茶」の「あずき」の味に驚く。
食パンの小麦粉の味にうなる。
この食パンは「Zoph」(松戸)のもの。
All about japanで湯河原の「ブレッド&サーカス』
と毎年一位二位を争っていて、
今はもう殿堂入りしている。

とにかく、口に入れるものすべての味が、
めっちゃ鮮やか。

もしかすると、人間、
これぐらいの食べっぷりの方が
感性にとってはいいのではないかと
思うほど、
「味」を感じた。



最初の二日間、
家事すべてを夫がやってくれた。
洗濯し、布団を夏用に変え、
掃除機をかけ、
買物にいき、ご飯を作って、
一人で食べていた。
私はひたすら寝ていた。

どんだけ寝ても寝られる不思議。
そして、食べないってことは、
エネルギーをいれてないだけに、
からだを動かすのがしんどくなる。
それでまた寝る。
当然、
洗い物はたまっていく。
と、彼がしてくれる。

それで私は考えた。

もしこれが平日で、
夫は仕事、
さらにもし子どもがいるなんて状況だったら
どうだっただろう?と。

エネルギー不足で相当しんどいけど、
動いて動けない訳ではない。

とすると、
母親達は、
自分は一切食べ物を受け付けなくても、
子どもがお腹を空かせれば、
何か作ってやり、
自分は横になっていたくても、
子どもが調子悪くて泣けば、
抱っこしてあげたり医者に連れていったり、
そうしてきたんじゃないだろうか。

寝ながら、私はすっとそんなこと
考えてた。
こんな時でも、きっと子どもの泣き声とかしたら、
起きたりしたんだろうなあ?
すごいなあ。

世界中の母親に対して、
「参った」って思った。
母親って、
ほんと、めっちゃすごいと思う。




という訳なんだが、
自分がどうしてこういう状態になったのか、
いまいちわからない。
ネットで調べてみると、
一番近いのはノロウイルス菌が入った感じだけど、
あれって確か寒い時期のことで、
この季節あるのだろうか?

はっきりさせたいなら医者に行けって
話だけど、
ま、調子もよくなってきたので、
よしってことにした。



という訳で、
多分、これを読んでくれている方は、
心配してくれる方もいると思うけど、
ほぼ治りましたので、
お気遣いなく!


・・・
で、食べないと、
体重は、確かに減ります。




author : tanizawa-k
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福島は、母との思い出の地。

【2012.05.02 Wednesday
16:16
小学校6年の夏休み、
母が福島まで二人で出かけようと
誘ってくれた。

父や妹をおいて、
なぜ二人でいったのか、
もう忘れてしまったし、
そんな理由なんてどうでもいいほど、
母と二人でのお出かけは嬉しかったと思う。

確か、夜家を出て、
夜行で会津若松まで行ったと思う。
朝早い電車は、
福島県に入ると、
物売りの女性たちが乗ってきて、
どこからか仕入れたものを、
風呂敷に包んで背負っていた。
何人かのグループでいた彼女たちは、
朝ご飯だったんだろうな、
おにぎりを食べたり、
おしゃべりににぎやかだった。

私と母は到着して駅の食堂で
なめこ汁をいただいた。

それから、
野口英世記念館や、
五色沼や、
白虎隊の飯盛山などを観光して、
家に戻った。


そのことを、
この今回の連休で、
いろいろと思い出した。

今回、
3泊4日で
福島の大内宿

→土湯温泉
→中尊寺

→毛越寺

→仙台
→塩竈
→松島の瑞巌寺
→小名浜と行ってきた。

最初が福島だったからか、
折にふれ母のことを思い出し、
涙がでてきてしまった。
母を思い出して涙が出てくるのは、
今はもう命日の時くらいだけど、
今回は、
あの小学校6年生の時のことが、
頭の中でぐるぐるした。

もしかすると、
私が6年生のその年、
私以外の家族は大阪万博に行ったけど、
私は水泳の選手に選ばれていて、
練習の日と重なっていたことから行かなかったが、
そのことに対して、
父と母で考えてくれて、
「久美子はどっこも連れてかなかったから
 可哀想だったな」
なんて話してくれて、
それで行くことになったのかもしれないな。

あるいは、野口英世の伝記を読んだ読書感想文で、
ささやかな賞をいただて、
そのことへのご褒美だったかもしれない。

私の実家の屋号はなぜか「福島屋」といったが、
そのことと関係あったのかもしれない。

とにかく、
そんなこと後にも先にもこれ一度きりだったけど、
私は母と二人きりででかけたんだ。

私には妹がいたし、
何しろ家が商売をしていたから、
いろいろ忙しかった母を、
私はあの時独占したんだ。

その時の嬉しさと、
私のことを考えてくれたであろう父や母の想いが
なんだかもったいなくて、
私は、今回、
そのことを思い出しては泣けた。

れんげが咲いていると、
母がれんげをつないで首飾りにする方法を
教えてくれたことを思い出し、
旅館の朝食でご飯があまってしまって、
そんな時母はおにぎりをにぎってたなあと
思い出し、
くねくねした山道を走ると、
バスで同じような道を移動してる時の母の気持ち悪さを
私は思い出した。

野口英世記念館にあった、
彼の母親の書いた手紙も思い出した。

確かシカさんといったと思う。
彼女は読み書きができなかったが、
息子の野口英世がロンドンに入学すると、
彼からの手紙を読みたくて、
彼に手紙を書きたくて、文字を習う。
そして最初に書いた手紙が展示されていて、
そのことを思い出して、
涙が出てきてとまらなかった。

「早く帰ってきてください」という
母からの手紙。野口英世はどんな思いで
読んだのかな?

今回の旅は、
初めてのものを食べた。(↓タコの卵)

大好きなものを食べた。(↓小名浜であわび)
たくさん食べた。
食べるたびに、
母親はこれを食べたこと、あるかな?
と思った。
一緒に食べたかったなと思った。

そんな3泊4日。

そういう目的ではなかったけど、
きっと、今のこの私には、
母を思い出す時間が必要だったんだと思う。









author : tanizawa-k
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気質に抗うな。気質と共に行け。

【2012.04.26 Thursday
22:18
読み終わったばかりの
「心をはなれて、人はよみがえる」(高橋和巳著)
に、
生まれながらに持っている気質、体質は
その人の生き方の基礎になっていて、
それを矯正しようとすると、
苦しい生き方になってしまう・・・
ということについて
すごく理解しやすい表現があった。

「赤ちゃんの額に蠅がとまったときに、
 振り払う動作をする子と嫌な顔だけして
 あまり動かない子との違いは、
 生まれつきの気質の違いである。
 DNAに基づいた反応の差である。
 前者の子がすくすく育てば、
 好奇心旺盛な活動的な性格と社会的な
 立場を作っていくであろう。
 後者の子がすくすく育てば、
 じっくりと物事を分析して進んでいく
 タイプになるだろう」

人って、生まれた瞬間から
自分のDNAで、自分の人生を生きていく。
自分のDNAに基づいた脳の働きで生きていきたくても、
周りの大人は、
少しでも子どもが、
今の社会の中で生きやすいように、
好奇心旺盛な子には落ち着きや注意深さを求め、
納得して進みたい子には、
周りの人と合わせることを求めたりする。
もちろん社会の中で少しでも生きやすいことは
大切だから、
大人の助けを借りながら少しずつトレーニングして
いかれれば、それはすごくいいと思う。

しかし、元々の自分の気質を
否定されて、違う気質を求められると、
それはキツい。

このことを書くと、
親って立場の方は、
きっといろいろな考えがわくと思う。
キツいな、厳しいな、否定された、
と感じる方も、
中にはいるかもしれない。
だって、たとえば、
指示されたことをすぐにできないと、
それでは将来、組織の中で生きてくのは辛かろうと
考えるからこそ、
「とにかく、すぐに動きなさい!」
って言うんだと思う。
愛情や心配からのメッセージ。

それが全部悪いと、この本は言ってない。
根本のところで、
その子のそのままを否定してないかどうか・・・
ってことだと思う。

根本のところで否定してると、
集団生活にあうようにとか、
今の社会に受け入れられるようにとか、
そればかり(この「ばかり」ってのが、多分、困ったこと)
を求めるようになり、
そのうち、それを子どもは
自分で自分に課すようになり、
それはつらい毎日になるだろう。

「私って、こういうところあるからね。
 そうなりがちなんだよね。
 さ、じゃ、どうしようか」
くらいのカンジになるためには、

自分も自分の気質に抗わず、
周りがその人の気質を否定しないってことが
すっごくすっごく重要だと思う。


そして、思春期ってのは、
自分ってものが出てくる時期でもあるから、
求められているものと
それに応えられない自分のことで悩んだり、
求められること自体の苦しさを、
いろいろな形で表したりする。

つまり、この時期に、いろいろな形で
子どもが出す問題行動は、
学校などからみたら「問題」かもしれないけど、
その子や親からみると、
生まれつきの気質の再確認の
きっかけになる可能性が高い。

気質を否定せず、
それとともにどう生きていこうかと考え、
考えたことを行動していけることが
幸せに生きていくってことなんだろうなあ。


と、
ま、こんなことを考えられた本。


この本との出会いは、
「聴く」「共感」について、
もう一度自分を振り返ろう、考えようと
考えたことがきっかけ。
そのきっかけは、
先日の研修でのキツい気づきから。

メディエーションの研修で、
講師の先生から、
「共感と、共感しいてる自分を分かっての違い」
についてコメントをもらい、
そのことがピンときて、
ピンときただけに辛くて、
なんとかしなくちゃと、
こういう時頼るのは、
大好きな精神科医の高橋和巳さんの本だ!と思った。
これまで「心を知る技術」と「生まれ変わる心」
を読んでいるが、
本当の意味での「聴く」ことを、
何度でも確認させてくれる本だった。
まだ読んでない彼の本を2冊選ぶ。

「子は親を救うために『心の病』になる」
と、
「心をはなれて、人はよみがえる」
の二冊。

「子は親を〜〜〜」
を読むのは、今まで、怖かった。
子の「心の病」は親のせいだなどと書かれていたら、
高橋さんのことを嫌いになってしまいそうだった。
でも、この人は、「誰かのせい」という断定的なことを
示すはずがないと思い、読んだ。
で、やっぱりそう。
子の生きにくさと、
親の関わりは関係していることもあるけれど、
親も生きにくかった訳で、
親の生きにくさが楽になると、
子も楽になることがある・・・
ということが書かれている。

そして、親の生きにくさが楽になるためには、
分かろうとする第三者が
ちゃんと親の話を聴くことが大切だと
いうことが書かれてた。





さらに、
気質に抗わず、気質共に生きることの意味を
再確認させてくれた
「心をはなれて、人はよみがえる」。




キツい気づきよ、ありがとう!!!だな。





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トリセツ。

【2012.04.25 Wednesday
19:28
前回のブログの記事を読んでくれた仲間が
「ここまで自分を言語化できる」
「ご自分の取り扱い説明書みたいです」
とコメントをくれた。

それがめちゃ嬉しかったし、
私が学校などの場のカウンセリングでやりたいことは、
それだ!と思った。
相談をもって私の前に座ってくれる方々が、
いつか、
先生や親やカウンセラーがいなくても、
何かが起こった時に、
自分で自分を管理できるようになってほしいし、
そのための過程を共に進みたいということなんだよなあ。


これまでは、
別の言葉で
「この自分をどう活かして生きていくか?」
と表現してたけど、
「自分のトリセツ作り」って、
なかなかいい。


この自分の得意なことは、こんなこと。
この自分、こんなことで怒り、
こんなことで調子に乗る。
この自分の苦手なことはこんなこと。
こういうような場面では、
こんなふるまいをしがちで
こういうようなタイプの方には、
こんな反応をすることが多い。
こんなことで凹み、
凹んだ時はこんなふうになり、
そこから抜け出す方法として
こんなことがある。

だんだんと自分ってものが明確になっていって、
自分の身に何か起きたことに、
自分にあった対処ができるようになること。

死んでしまう直前まで、
トリセツは完成しないかもしれないけど、

だんだんと、
起こったことをカテゴライズして、
その時の自分なりの対処法を考え、
行動できるようになっていくこと。

それがいいなあ。




ある日、久しぶりに会った知人が、
緊張感いっぱいの顔をしていた。
仕事が厳しい状況のようで、
いくつもの重なった荷の重い仕事に、
不安を感じ、自信を失い、チカラをなくしていた。
その方の体はこわばっていて、
動きはぎこちない。
「肩凝っているんじゃないですか?」と訊ねると
「いいえ」とおっしゃる。
でも私の目から見ると
相当凝っているように思ったので、
ストレス・マネージメントのリラックス法のひとつ、
呼吸を使ってからだをゆるめる方法を一緒にやってみた。
その方は、
「あ〜これが、肩のチカラをぬくことなんですね。
 やっぱ、肩凝ってたんだと思う」
とおっしゃった。
ずっと緊張して生きていると、
肩こりは感じない。
肩こりも感じない代わりに、
リラックスも感じない。
そうやって、感じないことで自分を守って
生き延びてくれている。
それが限界を超えてしまわぬように、
そうなる前に、
自分の状況と、
そのことにより自分に起こっていることがわかり、
どう対処することが自分に可能か知っておくことは、
大切なことだと思う。




自分のトリセツ作りで、
「コミュニケーション部門」に関することは、
アサーティブネスを学ぶことで、
大分整理されると思う。

学ぶのではなく、
自分なりに日常の中で手探りで考え、
自分なりの方法をやっていきながら、
時間をかけてより良いコミュニケーションの方法を
得ていくのも悪くないとは思う。
しかし、系統立てて学んだ時に、
もっと早く知っていれば!と多くの方が
振り返ってるのも、また事実。
そして、理論を知り、方法を学び、
練習を重ねたとしても、一瞬で取得できることではないから、
どうせいつか学ぶなら、
できるだけ早めに学ぶことをおすすめしたいなと思う。


さて、
今日の私のことを「谷澤取り扱い説明書」に
足しておくとすると、

期待された役割と
自分のやりたいことがマッチした時、
求められている以上にやりたくなり、
スイッチが入ってしまうが、
そこで限界までやってしまうと、
日常生活に支障が
でるほどやってしまうことがある。
だから、限度いっぱいまでではなく、
8分目くらいでとめておくってことも、
選択肢にいれたほうがよいらしい。













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選び直す。

【2012.04.23 Monday
18:00
 仕事がつまって、
キツい、参ったなあと思った時に、
次のことをする。

ひとつは、
自分で決めた仕事だとしても、
キツいって思うことはあるから、
「キツいよね、私」
「参ったね、私」
と自分自身に言う。

自分で決めたのにキツいと思っている
自分を責めない。
だって人間だもの。
キツい時も参る時もある。

自分で自分を責めることをせず、
気持ちを受け入れると、
その段階で、
ま、がんばってみるかって、
切り替えられることは多い。
それはそれで、よし。


それでも、
まだいやいや病が続いた時、
「あ〜明日は、○○へ行かないとならない」
などと思ったら、
さらに、もうひとつのことをする。
選び直すってこと。

「キツいよね、私。
 参ったね、私。
 じゃ、やめるって手があるよ。
 やめとく?」
と自分自身に問う。

明日、○○へ行くの、やめる?
病気になったとか、調子悪いとか、
言い訳考えて電話して、
休むことにしちゃえばいいじゃん。
そうすれば?私。

考えてみると、
絶対にやらなければならないことなど、
ほぼない。
断ることだって、依頼された時点でできたはず。
でも、スケジュール帳に書いてあるってことは、
依頼を受けて、決めて、
そこに書くに至ったわけだ。
何らかの考えがあって、
選択したこと。
断わることもできたけど、
受けたのだ。

「よし、
 やめちゃえばいいよ。」
と自分自身に言うと、
再度「やる」ことを
選び直せることが多い。

だって、私がその仕事を受けたのは、
そうやって人と関わることで実現したい考えがあるから。
まず、○○へ行って仕事をすることで、
信頼関係の一歩を築きたいんだ。

そういう日々が送りたい、
そういう仕事がしたかったんじゃん。
それを目標にやってきたんじゃん。

行かないって手もあるって考えて、
行くことを選び直すと、
その時点で、
逆にやる気いっぱいになることもある。



しかし、
それでも、やはり、なんか嫌だなあと
いやいや病が続く時は、
その仕事が誰のおかげで
自分の仕事になったのか
考える。

その仕事をしたいと思えたのは、
今までのいろいろなことがあったからこそ。
その仕事につけたのは、
数えきれないほどの人たちの援助があったからこそ。
しかも、仕事についてから、
たくさんの方々の感謝の言葉や、
たくさんの方々からのアドバイスで、
なんとかやってこれた。
一人でがんばってやってきたんじゃなくって、
周りにいてくれた誰か一人がいなくても、
今の状態にはなってなかった。

そして、明日もまた、
私を待っていてくれる人がいる。

そう考えて、
よし、やるぞ!
と気合いが入る日は、それでいい。



しかししかし、
それでもどうしても、
それでもいやだって時は、
「キツいよね、私。
 参ったね、私。
 やめることも選ばない。
 この際しょうがない、
 いやだけど、
 決めたからやろう」
と語りかける。

そして、
いやでも、やる。

いやでも、やるは、
トレーニングだ。
自分を鍛えるための。


いやでもやると、
仕事の後に、
そんな自分に満足できて、
ほっとする。


で、おもしろいことに、
あんなにイヤだったのに、
仕事を始めると、
夢中になって、
やっぱよかった!
ってこと、
多いものだ。


あ〜面倒な、私。










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谷澤 久美子
counselor