今のところではありますが…
大人の言うことを聞け!いいや、聞くな!

【2018.08.08 Wednesday 08:43

小学校中学年を担任している先生と、

子どもたちに「〜〜について考えて」と

問いを投げかけることの難しさの

話になった。

 

その発問だと、

何をどうすることが考えることなのか

わからない子もいる。

 

なので、

「例えばね」と例を出す。

そうすると、

その例に引っ張られてしまう子もいて、

子どもたちの発想は

教師の考え以上には広がらないこともある。

 

段階を踏んで考えてもらう方法もある。

「考える」とはどうすることなのか

分解して過程を丁寧に踏んでいくやり方だ。

いずれ、先生の示してくれた手順を

子どもたちが自分の頭の中でできるように

なってくれればいいなと願いを込めて、

それをしながらも、

年々、スモールステップになっていることに

「本当にこれでいいのか?」と

悩んでらっしゃる先生がいる。

 

ユニバーサルデザインの考え方が徹底してきて、

教室にいる全員が理解できるような授業に

取り組んでいる先生方の中には、

「考えて」という発問を

噛み砕いて伝えれば伝えるほど、

教師自身の想定内におさまってしまうことを

嘆いていたりする。

 

 

私は、

その先生の葛藤や迷いが、

表情や態度や、

言葉にならないものになって

 

子どもたちによい影響となって

伝わるのではないかと

考えたりする。

 

 

 

一方で、

ちょっと前のアエラの内田樹氏のコラムの

「非常時に生き延びるための知恵を何も教えていない」

というタイトルの記事には考えさせられた。

 

その記事の中に、

内田氏が韓国に行った時のことが書かれていた。

セウォル号沈没事故の後、

韓国の教育関係者と会った時のことだ。

 

「ある高校教師の口から

 『生徒たちを殺したのは私たちの教育だ』

 という痛ましい自己批判の言を聞いた」

とあり、

「船内にいた修学旅行の高校生たちは

 船が45度以上傾き、

 乗組員たちが逃げ出した後も、

 なお船内放送の『待機命令』を守り、

 その多くが溺死(できし)した」

そのことを、

「上位者の命じたことに服従し、

 自分で行動の適否を判断してはならないと

 教えてきたのは私たちだ、

 と言うのである。

 平時はルールを遵守していれば済む。

 けれども、危機的事態に遭遇した時は、

 平時ルールを停止させて、

 非常時対応に切り替えなければならない。

 そういう『生き延びるための知恵」について

 何も教えてこなかったと深く悔いていた」

とあった。

 

「非常時には誰かの指示に従うというよりも、

 自分の頭で考えて行動するのだ。

 自分の命は自分で守ろう」

と教えるのは、

本当に難しいと思う。

 

 

以前、高校生達に

コミュニケーショスキルの授業に行く前に、

夫に、

「あなたが今、

 高校生に

 伝えたいことって何?」

と質問してみると、

彼は

「大人の言うことなんか聞くな、だな」

と答えてくれて、

それは一理あるなって思った。

 

私が彼らに

導入で説明したことは・・・

 

「私がコミュニケーションのことを学んだのは、

 36歳の時で、

 その時心から

 『なんで学校で教えてくんなかったの!』

 と思った。

 で、私は今57歳で、

 36歳からの20年間

 コミュニケーションのスキルは

 私を支えてくれた。


 でも、みんなのことを考えると、

 自分のことを話す、

 相手の立場にも立つってことは、

 もっと大事になってくると思う。

 

 なぜって、私の20年より、

 これからの20年は、

 変化が激しいから。

 

 例えば人口減少は進んで行く。

 未来年表というサイトに行って、

 20年後を検索すると、
 その頃は3人に一人が高齢者。
 2030年完全自動運転が可能で

 移動に困る人がいなくなって、
 2035年位には、

 日本の仕事の49%を

 AIやロボットが代わりにできるようになる。

 2040年代は、

 毎年100万人単位の日本人が亡くなる、
 生産人口は2人に1人。

 2050年には、

 AIと人間が結婚とか書いている。

 
  これらが現実になるかどうかはわからない。

 でも、みんなは、

 私が想像できない未来を生きる。

 こ〜しな あ〜しな、

 大人が今までのやり方や考え方を教えても、

 ずっとそれが使えるかどうかわからない社会を

 みんなは生きていく。

 

 どうなるかわからない、

 想定できない、

 予想がつかない世の中を生きていく時に

 必要なことはいろいろあるだろうけど、

 その一つがコミュニケーションの力だと思う。


 困った時に

 「ちょっと助けて」って言えること。

 「わかんないんだけど、どうすればいい?」

 って言えることだと思う。

 
 もちろんスマホが教えてくれればそれでいい。
 将来、

 スマホが勝手に自分の困惑を察してくれて、

 問題解決してくれる世の中になったら、

 聞かなくても済む。

 いやいや、スマホどころか、

 最適解を勝手に示してくれる何かが、

 体に埋め込まれるかもしれない。

 そしたら、

 言いにくいことを言ったり、

 はずかしいけど質問したり・・・

 ってしなくてすむ。

 

 でも、

 そうなるまでの間、

 変化のめっちゃ激しい時代を

 生きていくみんなが、

 瞬間瞬間、

 せめて、

 困ったことを言えたり、

 助けを求めたりできるといいね。

 

 自分自身を貶められそうになった時や、

 ひどく誤解をされた時に、

 それに対処するスキルがあることは、

 皆を助ける。

 

 自分の考えや感情を

 相手に伝える選択肢を持とう。

 

 同時に、

 自分にも考えや感情や、

 その時々の事情があるように、

 相手にもそれがあるんだって、

 ちゃんと認められる方が、

 受け入れてもらいやすい。

 ちゃんと相手の話を聞けること。

 

 今日は

 そのことをやるよ。

 

 ただね、

 一方で、

 これは今日の私の伝えられること、

 って自覚してる。

 

 変なこと言うけど、

 私の話を聞いて!

 いいや、聞かないで!

 って思いも込めながら、

 今日のところのベターを

 話すよ」

 

生徒の皆さんが、

理解をしてくれたかどうかはわからない。

でも、あれがあの時の

私の精一杯だったなあ。

 

 

 

 

 

学校で、先生たちの中には、

一つの指示を出しながらも、

本当にこれでいいか、

もっといい方法はないか、

迷い、考え、試行錯誤している方も多い。

 

 

「個人を大切にしながら

 集団でも生活できるようになるといい」

 

「指示には従ったほうがいいけれど、

 いざって時には自分の判断で動け」

 

黒板の前に立った時に

そのジレンマを抱えながら伝えることは、

そうではなく、

思考停止して教えている方よりも、

一言が深くなるのではないだろうか。

 

葛藤を引き受けて

それでも伝えることに、

考え続けようという思いが

にじみ出てしまうんではないだろうか。

 

 

 

 

夏休み、

学校の職員室には、

教材研究に没頭する先生、

学年で話し合いを重ねている先生、

夏休み明けの行事などを見通して

 今できる作業を淡々としてる先生、

自費で参加した研修の話を隣の席の方に

熱く語っている先生がいて、

もちろん、残念な感じの先生も

いるだろうけど、

それでも、

そんな中で

 

忙しい学期中には語り合えないことを

話せるのが、ありがたい。

 

そして、

休みあけ、

「考える」「学ぶ」ことの大切を伝えていくためにも、

先生方の夏休みが、

学んだり、考えたりすることを楽しみながら、

リラックスもできる夏休みになるといいな。

 

そんなこと、考えてる。

 

 

 

 

*散歩してたら、見つけた虫。何?

 

 

 

 

 

 

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ギリギリ癖

【2018.08.02 Thursday 21:00

今日のこと、

午後からの講演に備えて

午前10時に家を出ることに決めていた。

パワポで作ったデータは

すでに先様に送ってあって、

昨日のうちに

スライドの説明の言葉も

まとめてある。

朝、それを印刷すれば完璧!

フフフっ、余裕じゃんと印刷し始めてすぐ、

黒のインクがなくなった。

 

しかも黒だけストックなし。

 

うちのプリンターは

「インクないから交換」サインが出ると、

何しても動かない。

一旦取り出して振ってみたり、

あっためてみたりしても、

ダメ。

当たり前か・・・。

 

 

あ〜一週間くらい前に、

インク、買っとかないとなあと

思ったのになあ。

なんであの時、買わないかな?自分。

出たな、私のギリギリ癖。

まだ何とかなるでしょ、

と大好きなOAナガシマの前を通ったのに

素通りしたんだ。

 

 

こんな時ありがたいのがイオンで、

9時オープンを待って買って、

事なきを得た。

 

それにしても

何なんだろう?私のギリギリ癖。

 

以前、

山間地の小学校に授業させてもらいに行った時、

ガソリンがギリで、

山の中に入ってから、

相当恐る恐るでヒヤヒヤしながら、

走った。

なるべくエネルギーを消費しないように、

ラジオを消し、

エアコン消し、

なんというか、気分はそ〜っと走る感じ。

本当、怖かった。

それを子どもたちに、

「私って、本当、

 そういうとこ、ダメなんです」

的に話すと、

次にいった時、

「あっ、ガソリンがギリギリの先生だ!」

覚えててくれた。

〜なんて、自慢にならない。

 

あ〜思い出した。

その前に、本当にガス欠もあった。

結婚したばかりの頃で、

日曜の朝、

祖父の入院先に食事の介護に

行った帰りだった。

道の真ん中で止まってしまって、

通りがかりの車にえらい迷惑をかけた。

しかし、

休みで家にいた夫に助けに来てもらって、

なんとかなったんだっけ。

 

今までなんとかなってきたのは、

ラッキーなだけだよなあ。

 

 

 

 

そんなわけで

とにかく、

ギリギリまで粘ってしまう。

 

スリルを楽しんでいるのか?

ー違うな。

 

全部使い切りたいのか?

ーそれも違う。

 

 

昨日アップした脳の回路の話でいうと、

「準備しておいたほうがいいと

 気づきながらも、ギリギリまでしない」

回路ができてしまってるのか?

それはあるかもしれない。

 

ってことは、

それに逆らって、

違う回路を作らないとならない。

いつまでたってもこんなんじゃ、

いつかきっと痛い目にあうと思う。

 

 

 

脳の回路って、たとえれば、

道のないところに道を作るような

そんなイメージなんだと思う。

 

よく公園で、

道じゃないんだけど、

そこが駅への近道だったりして、

多くの人が通ったりすると、

草が踏み固められて

道になっちゃってたりするところがある。

そんな感じなんだろうな。

 

他に近道が出来て、

人が通らなくなると、

いつの間にか草がぼうぼうになる。

 

 

いつも同じようなことをすると、

最初は

「よし、ここはギリまで待とう」

と選択してしていたことも、

そのうちそれが自然になる。

道ができちゃう。

 

違う行動をすることは

抵抗感があるけれど、

自覚して、意識して

違う選択をし続けないと、

新しい道はできないんだよなあ。

 

 

今日の講演の内容は、

子どもたちの

レジリエンスの力を育むには、

大人はどうしたらよいかというテーマ。

学区の3小学と1中学合同の会で、

各校の保健室の先生が企画してくれた。

 

腹が立ったから、暴力ふるうとか、

負けたから、練習しないとか、

失敗したから、あきらめるとか、

恥ずかしいから、やらないとか、

不安だから、黙っておくとか、

 

それを、

「それでも、建設的な行動をする」

という方向に、

大人が対話でサポートする方法を

お伝えした。

 

もわっとするような炎天の中、

多くの保護者の方が先生方が

集まってくれて、

そんな中で、

 

結局

私がお伝えしたことは、

子どもが

脳の回路を更新し、

その回路を継続してもらうために

大人はどうしたらいいか

ってことだ。

 

 

それなのに、

私がこんなんじゃ、ダメだな。

こんなギリ癖もかわいいけれど、

ここらで

逆らっときますか!

 

ってわけで、

なんとなく思っとくではなく、

こうやって言葉にしとくってのは、

ギリギリ癖が出てきた時に、

おっ、いいのか?自分・・・

と自覚できるのが

きっといいんだと思う。

 

 

 

それにしてもイオンに助けられた。

レジの女性に、

「本当に、

 本当に、

 9時に開けてくれてることに 

 感謝します」

とマジにいうと、

「お役に立てて良かったです」

と言ってくれた。

あ〜イオンがそばにあってよかった。

 

 

 

 

*本日、使用したかったが時間の関係で省略したパワポの一枚。↓

 

 

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固まっちゃうのは、体も脳も。

【2018.08.01 Wednesday 08:54

襟のあるシャツを着ると

めちゃ肩が凝るようになって、

開襟の襟のシャツが好きなんだけど、

着られなくなってた。

 

ところが膝のリハビリに通い、

可動域が広くなり、

階段を下りるのも、

ペットシーツを変えるときも、

楽になってくるにつれて、

特に違和感なく着られるようになってきた。

 

膝が固まってて上手に動かないうちは、

他のいろいろなところが調整して、

日常生活を送れるように、

ちょっとずつ負担してくれたんだと思う。

 

その過程で理学療法士さんに

私の現状を教えてもらった。

右腿の表側と裏側の筋肉が弱っていることと、

股関節が硬くなっていること。

なんとなく弱ってるな、硬いよなとは

思っていたけど、

どこがどの程度のものなのか、

自分の体のことなのに、

よくはわかっていなかったことに驚いた。

 

そして、そんな私に処方箋!

運動やストレッチの方法を教えてくれて、

ちょっとずつやっているうちに、

膝はもとより、

開襟シャツが着られるようになってきたってわけ。

 

 

 

 

体も使わないと固まるし、

脳は脳で固まることもある。

 

 

 

 

脳科学の本を読むと、

脳は現状維持を好む・・・

のようなことが書いている。

 

今までの考え方、

行動の取り方など、

自然に、

流れのままにしていると、

それを繰り返しちゃうのが脳だと。

 

 

たとえば

友人からライブに誘われたけど、

そのアーチストが、自分としては

あんまり興味ないと思ったとしよう。

 

どうしようかと考える。

 

行動としては、

a「断る」というパターンと、

b  断ったら、今後の関係が不安だから

 「断らない」というパターン

が考えられる。

 

さてどっち選ぶか?

 

 

こういう時、

つまり

ライブの誘いだけではなく、

自治会の体育祭での大縄跳びへの参加の依頼や、

仕事先でシフトの急な変更のお願いや、

理不尽なアドバイスの押し付けや、

無用なラインのやり取りなどに対して、

「この先のことや、人間関係が

 不安だからもの言わない」、

まとめると、

「不安だから行動を起こさない」

というパターンを

何度も繰り返すと、

 

「不安を感じた時に、

行動をおこなさい」

という脳内のニューロンの回路は、

これが最適な処理なんだと自覚してしまい、

一層よく使われるようになり、

それで固まるってことらしい。

 

じゃ、どうするか?

 

逆らうしかない。

 

「不安だから行動しない」

のではなく

「不安だけど行動する」

という回路を脳の中に少しずつ作る。

作れば、

今度はそれで回路ができる。

回路が順調に働くようになると、

「不安」という感情を

持たなくなる可能性もある。

 

 

 

そして「行動」の中の大切な一つが

コミュニケーション。

 

「不安だけどがんばって言おう!」

と現状の回路に逆らおうにも

どう言ったらいいかわからないと、

「不安だから」のループに

引きずり戻される危険性がある。

 

だからこそ、

コミュニケーションの方法が

確立されてきたのだと思う。

 

アサーティブには、

「言いたいことの整理方法」

「伝え方」

「流れ」

「批判の受け方」

「怒りの感情の取り扱い方」

「聴き方・質問の仕方」

などなどのスキルと、

それを支える理論がある。

 

脳の回路を固まらせずに

どこをどうストレッチし、

どこをどう強化するか、

プログラムができている。

 

 

まずは

アサーティブトレーニング基礎編で、

しつこい不安ループに

別の回路を上書きしませんか?

 

基礎編で努力の方向性がわかったら、

あとは日常で繰り返しトライすること。

 

 

この夏の基礎編は、

アサーティブジャパン認定講師が4名体制で

みなさんの学びをサポート!

 

 

肩のコリが膝を治すことでほぐれたように、

コミュニケーションを改善することが、

あなたのしんどかった生活を

ちょっとだけ楽にするかも。

 

 

*アサーティブトレーニング基礎編

 本格的にアサーティブをスタートしたい方に。

 自分の伝えたいことをシンプルに言葉にするための

 考え方とスキルを身につけていただけます。

・8月25日(土)9時半〜16時半
   26日(日)9時半〜16時半
・ 静岡県教育会館 
・21800円(テキスト代込み)
 *なお、リピーターの方は10900円で受講いただけます。
 テキストはご持参ください。
 *紹介講座に参加された方は20800円で受講いただけます。
・ 講師:アサーティブジャパン認定講師

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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猫には毛づくろい。

【2018.07.30 Monday 10:41

7月30日の朝、

NHK BS

岩合さんの「世界ネコ歩き」の再放送を見ていて、

驚いた。

 

ネコが毛づくろいをする意味はいろいろあるが、

自分を落ち着かせるという意味もあるとのこと。

 

例えばオスどうしで喧嘩になりそうな、

ウーっとうなりあっている時、

急に毛づくろいをする時があって、

それは無関係な行動をすることによって

ストレスを発散させているとのことだ。

 

また、

苦手なネコに出会ってしまった時にも、

心を落ち着かせるためにし、

獲物を追いかけてる途中に、

時々毛づくろいするのは、

あまりに獲物に集中し、

我を忘れて命を落とすような危険なことに

巻き込まれないためにするんだそう。

 

すごいなあ、

生き物の防衛本能!

生理現象!

 

命を守るための行動が

脳の中に組み込まれていることが、

すごく興味深いし

めっちゃ頼もしい。

 

 

さて、

人間の生理現象について。

 

緊張したら

手のひらに汗かいたり、

ドキドキしたり、

 

苦手な人が近づいてくると

体が硬くなったり、

 

自分とは全く違う意見を聞いた時に

体にいろいろな反応が起こったりする。

例の「生産性がない」発言には、

頭髪の毛穴が全部開いたような感覚があって、

怒髪天を衝くってこういう感じか?

と思ったりした。

 

 

人間が厄介なのは、

こうした、

手に汗が出たり、

体が硬くなったり、

頭の毛穴が開いたような

そういう体の反応があった時に、

その前に持った感情を

否定する場合があることだ。

 

緊張なんかしてはダメだ・・・

苦手っておもっちゃダメ・・・

怒りは未熟な証拠・・・

などと考えて、

 

生理現象を否定すると、

 

生理現象 VS 思考

ってことになるわけで、

 

生理現象の目的は

何しろ、「命を守る」ことだから、

とにかく「わからせないと!」と、

あらゆる手段を使う。

 

「手のひらの汗」を封じ込めようとすれば、

それでも緊張はしているのだから、

命はなんとかそれを自分に伝えようと、

次は、「あちこちから汗」

なんて形で知らせようとする。

それでも

「平気平気!」と抑えようとすると、

「ドキドキが激しくなる」

「手が震える」

「お腹が痛くなる」

などなど。

 

 

ネコは、

「こういう状況の時は毛づくろい」

という回路があり、

シンプルにその通りに体が反応するけれど、

 

人間は

複雑で、

ほんと厄介で、

面倒くさくて、

愛おしい。

 

だから、

ストレスマネージメントについて

学びあったり、

トレーニングしたりするんだと思う。

 

 

 

夏休み前にある中学校(二校合同)の

学校保健委員会で講師を務めた。

「心の健康」について

事前に生徒の皆さんに書いてもらった

「心のつぶやき川柳」を元に構成するプログラムだ。

 

今回の学校の養護教諭の先生方は

すごいアイディアを出してくれた。

 

授業後の感想に

「心のつぶやき川柳・その2」を書くというもの。

 

むし暑い体育館の中で、

床を机に、

生徒の皆さんが書いてくれた

「つぶやき・その2」。

(両校とも、報告の保健だよりを作成され、

 その中に紹介されているものの中から

 以下を紹介

 ー以下は 谷澤の合いの手)

 

 

「いらいらも 悲しくなっても 心健康」

ーそうだ、その通りだ!

 

「凹んだら 超大声で めちゃ叫ぶ」

ー叫べ叫べ、周りは見のがしてやってくれえ。

 

「話長い 腰が痛いの 短めに」

ーあ〜ゴメン。長かったね。痛かったよね。

 ほんとごめんなさい。

 

「誰でもいい 自分の悩み 聞いてくれ」

ー聞いてくれる人がいるといいね。

 あなたが話せる誰かを見つけられるといいね。

 

「これからは やる気を待たず まずはやる」

ーあっ、これ、刺さる。

 私も勉強しないとやばいし。

 

 

 

ストレスマネージメントとは、

 

何か出来事があった時、

自分に起こった反応の中で

自分のためや、

他者のために、

工夫ができることはしよう

ということ。

 

そして

その前に、自分に起こった反応を

まずはモニタリングできるようになろう。

 

モニタリングして、

(否定しないで)受け入れて、

工夫する。

 

大人は、

子どもの

この過程を、

見守り、

サポートできるといいと思う。

 

 

 

 

これから

ネコの毛づくろいを見たら、

単なる体を清潔にしているのか、

それとも落ち着かせようとしているのか、

きっと観察しちゃうんじゃないか?私。

 

 

 

 

 

*先週水曜、急な土砂降りに軒先きを借りた。

 そのお宅の方が、なんと、傘を貸してくださった。

 世の中、いろいろあるけど、こういうことがある。

 優しい人がいる。がんばろ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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先生に教わった。

【2018.07.24 Tuesday 19:25

今日で

私の夏休み前の学校での通常の活動は終了。

 

今日も、

子どもたちは、

廊下を、

教室を、

下駄箱を、

そう、下駄箱!

一つ一つ靴を出して履いて拭いて・・・

って、掃除していた。

汗で髪の毛が顔に張り付いてる。

そうやって黙々と掃除する子どもたち。

 

それはこの学校に限ったことではなく、

どこもそうだ。

ある学校では、場所場所に、

「ここを掃除しているのは私たちです」と

名前が書かれた紙が貼られていて、

責任もってやっていることが伝わってくる。

 

もちろん、

掃除の時間に遊んでる子もいるし、

揉めてる事だってある。

でも、基本、

自分たちが生活する場は、

自分たちで綺麗にするものって事が、

ちゃんと彼らに入ってる。

 

 

私は今日、

掃除をしている彼らの姿を見て、

夫が、

W杯で

世界からゴミ拾いを賞賛された時に言った、

「これは教育の勝利だよな」

って言葉を

しみじみとしみじみと、

確かにそうだわ・・・と

かみしめた。

 

 

 

こういう時間が積み重なってる。

 

 

私たちの中に、

ゴミは持ち帰ろうとか、

立つ鳥後を濁さずとか、

来た時よりも美しくとか、

そういうものが流れてる。

 

そういう大枠も流れてるし、

具体的な方法、

例えば、

箒やちり取の使い方、

雑巾の絞り方や

モップのかけ方、

トイレの掃除の仕方なども、

私たちの中に

確かにある。

 

長い休みの前には、

ワックスまでかける。

ワックスのかけ方まで

先生に教えてもらった。

 

そういう積み重ねが、

道にゴミなど落ちてないし、

公園にゴミ箱はなくてもOKだし、

そうして、

あのスタジアムの座席のゴミ拾いや、

代表のスタッフによるロッカールームの

美しさにつながってる。

 

そして、それは

私たちが受けた教育よりも、

今の方が、

もっともっと確実に子どもたちに

届いてると思う。

 

だって、

正直、

以前は電車の中で、

時々空き缶がコロコロ転がってたことがあったし、

新幹線で座席の前の網に前の方のゴミが残って

いることもあったし、

高速道路に向かう道路の中央分離帯には

お弁当のゴミなどが捨てられてたりしてた。

しかし、今、ほぼないもの。

 

遠足に行った時、

社会科見学で、

集団で観劇のあと、

修学旅行先で、

先生たちは、

「ゴミは持ち帰るぞ」

と教えてくれているんだと思う。

 

公共の考え方をプラスして

今の先生方は

伝えてくれているんだ!!!

 

ここは、素直に、

教育の力だと認めた方がいいと思う。

 

 

何か問題が起こると、

先生方は集中砲火を浴びる。

中には残念な先生もいると思うけど、

それでも大概の先生は一生懸命にやっている。

 

そんな先生方に、

たまには社会が感謝していいんじゃないだろうか。

残業の多さや、仕事の大変さを気の毒がるだけじゃなく、

世界から賞賛を与えられた背景に、

先生方の日々の指導があることを、

ちゃんと労い、

ちゃんと感謝を伝えていいんじゃないか。

 

 

 

 

話は変わって、

子ども達の

挨拶もすごいと思う。

 

今日の夕方のカルクラの散歩の時に、

5歳くらいの女の子と3歳前くらいの男の子が

声をかけてくれた。

「こんにちは!触ってもいいですか?」

 

私は、どうぞどうぞ!といい、

「挨拶、上手だね」というと、

「ちゃんと言った方が、気持ちいいから」と

教えてくれた。

 

最近、カルクラの散歩中に、

子どもに急に触られることって、

ほぼない。

 

ちゃんと教わっているんだと思う。

教える親も、

教わる子どもも、

よくやっているなあ、すごいなあ

と思う。

 

そりゃ、ひどい虐待のニュースもあるし、

私も学校で活動しているから、

保護者の姿として疑問を感じざるをえない事例も

耳にすることもある。

あまりにも無責任な態度に腹がたったり、

あまりにも自分本位な考え方に情けなくなったりもする。

もちろん、そうせざるを得ないような背景が

保護者にもあることがあるから、

一概に判断できないけれど、

それでも、困った事例もいっぱいある。

 

でも、

すごく素敵な親子の話もいっぱい知ってる。

 

 

 

 

 

先生方も保護者の方々も、

時々「今の先生は」とか「今の保護者は」と、

ひとくくりにされて、

何か問題があった時に、

叩かれてしまう。

 

それはそれで、意味があることもある。

解決しなくてはならない

学校の問題も、

支援した方がいい家庭もいっぱいあるのも

知ってる。

 

でも、素敵なこともいっぱいある。

 

そういう時には、

ちゃんと認めることって、大切なんじゃないか。

 

認め合っていきたいよ。

 

なんか、今日はそんなことを考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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できるとこだけ更新。

【2018.07.09 Monday 09:16

コミュニケーションは

練習すればするほど、上手になる。

しかも、自分を

全とっかえするんじゃなくって、

自分に変えられることを、

少しずつ更新していけばいい。

 

安心して練習できる

アサーティブカフェを

7月7日に、開催した。

 

前半は、

「相手の考えを感情を尊重すること」

について考えあった。

 

 

どんなに自己表現の技術を磨いて、

自分の言いたいことを

的確にまとめられるように

なったとしても、

その話を、

相手が

「自分には今、必要ない」

と判断すれば、

残念だけど届かない。

 

何をその方に伝えるか?

なぜ今伝えるか?

その必要性を理解してもらうためにも、

相手の現状を、

知ろうと努力したいものだ。

 

アサーティブとは

自分も相手も尊重する

コミュニケーション。

 

その中の

「相手を尊重する」とは

相手にも、考えや感情や事情がある、

そのことを聴くこと。

 

 

 

後半は、

それぞれ自分自身の課題に、

自分の選択した方法で取り組んだ。

 

 

スタッフ含め15名で

わいのわいのと、学び合い。

 

 

 

オープンOKの方の感想を紹介⬇

 

・ロールプレイがありがたかったです。

 事実の洗い出しはできていましたが、

 (我が子のできていないことの報告

  をもらうこと)

 私はどうしたいのか、

 最初は(自分に)向き合えていませんでした。

 ロールプレイの中で、

 「私はもう報告は必要ない。触れてほしくない。

 言われると、悲しいし辛いんだ」

 と向き合うことができました。

 さらに、相手に対しても

 「見守ってくれてありがとう」

 「気になって言ってくれていると思うけど」

 などという、相手のバックグラウンドに

 思いをはせる言葉も考えられました。

 伝えてみたいです。 (N)

 

・相手を責める言い方をすると、

 相手は黙るか反撃したくなる。

 先日あったことですが、ある方に、

 私は(表面的には)事実を述べ

 要求を冷静に伝えたつもりでしたが、

 心の中では責める気持ちでいっぱいでした。

 相手は「ごめんね」と言って、

 その話は終わりました。

 その2時間後、

 「でも今日は忙しかったんだ」と

 相手は自分の側の事情を

 言い始めたのです。

 相手にも、考えも感情も事情もある。

 そのことを意識して、

 実践していこうと思いました。

      (のこ)

 

・言わないでおこうと、

 自分で選択したことでも、

 (自分にとってイタい批判は)

 やっぱり引きずる。

 (応用でやった批判の対処法を)

 やってみます。

 また、(「火事」」になってしまう前に)

 「ボヤ」で止めておくことも大切だけど、

 消し方を変えてみようかと。

 消しつつも、(相手の)良いことは

 しっかりほめようと思います。

     (I)

 

・4つの柱をほとんど忘れてましたが、

 ロールプレイを通じて、

 ほんの少し思い出した。

 感覚はあるものの、

 身についてはいないようです。

 仕事上は、自分がやったことの、

 指摘・批判される場面への対応が

 難しいので、いずれ応用編を

 受けてみたいと思います。

 指摘であっても、一旦受け止める

 ことの大切さを知る機会になりました。

      (T)

 

・今日は(小グループで)

 タイプ(といっていいかどうかわかりませんが)

 の違う3人で、「なるほど〜」と思うことが

 多かったです。

 言えちゃう人には言えちゃうからこその

 悩みがあるんだなあと思い、

 考えるきっかけになりました。

 私から見ると「言えちゃう人」と思う人も、

 なんでも言ってるわけではなく、

 「言えないそのひとこと」で悩んでいる

 と思ったら、

 本当に決めつけられることなんて、

 ほとんどないんだなって思いました。

 人は知らず知らずのうちに、

 自分に寄せて考えるし、

 それが普通とか思い込まないように

 気をつけたいです。

 自分には普通だけど、相手にも普通がある。

 ひとつとは限らないですね。(ココロ)

 

・相手に思いもよらないようなことを

 言われたり、ひどいことをされた時の

 反応が勉強になりました。

 相手にどうせわかってもらえないと考えて

 接するのは「対等」ではないと、

 復習することができました。

 学んだことを何度も訓練することで

 自分の身についていくのですね。

 相手の立場を理解する心の余裕が

 持てるようになりたいです。

      (M)

 

・バイト先の店長との関係が良くないと

 感じている。

 とりあえずラインのやり方について

 店長に率直にきいてみようと思う。

 今まで店長の言葉にショックを受けても、

 固まっていた自分に気づいた。

 過去のことはどうにもならないが、

 これからは反応をし、率直に

 「どこが悪かったですか?」と

 きいてみようと思う。(きんぎょ)

 

 

次回のアサーティブカフェin静岡は、

10月6日(土)。

アサーティブジャパンの主催となります。

もちろん私もスタッフとして参加。

 

 

これまでアサーティブを学んだみなさま。

ぜひ、アサーティブカフェに、どうぞ!

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| アサーティブトレーニング | - |

物語にできる

【2018.07.04 Wednesday 17:56

サッカー日本代表が負けてしまった後の

昌子選手が拳で芝生を叩く姿が

まだまだ頭から離れない。

 

どれほど悔しくて情けなかったんだろう。

湧き出るその感情は、

地面に叩きつけなくては

どうしようもできないほどの

エネルギーだったんだろうと思う。

 

そして彼の物語は、

この日を境に、

また新しい章に進んだんだと思う。

 

長友選手が、4年前、

インタビューの席をはずれて、

サポートに来たスタッフに

すがりつくように泣きじゃくってた日から、

彼の物語が一段と濃いものに

なったように。

 

 

 

朝の連ドラ「半分、青い」の中で、

漫画家をめざしていた

主人公すずめに、

恩師秋風先生は、

言った。

 

すずめが失恋をした時だ。

 

「楡野(すずめのこと)、描け。

 泣いてないで、いや、

 泣いてもいいから描け。

 マンガにしてみろ。

 物語にしてみろ。

 楽になる。

 救われるぞ。

 創作は、物語を作ることは、

 自分を救うんだ。

 私はそう信じている。

 物語には人を癒やす力があるんだ」

 

すずめは、今朝の回で

漫画家でいることを

諦めた。

明日からは、

すずめの物語は新しい章に入ると思う。

 

 

 

臨床心理学者の河合隼雄さんは、

小川洋子さんとの対談を本にした

「生きるとは、自分の物語をつくること」

の中で

「私は、『物語』ということを

 とても大事にしています。

 来られた人が自分の物語をを発見し、

 自分の物語を生きていけるような『場』を

 提供している、

 という気持ちがものすごく強いのです」

と言っている。

 

私はものすごく共感する。

 

小川洋子さんが、その話の少し前に

「臨床心理のお仕事は、

 自分なりの物語を作れない人を、

 作れるようにすることだ

 というふうに私は思っています」

と言っていて、

 

それが臨床心理の仕事だとすると、

私はそれとはちょっと違ってるな

って思った。

 

私は目の前の方が物語を作れない人と

考えたことがなくって、

 

というよりは、

 

物語を生きているんだけど、

 

現状の問題は自分の物語の中で、

 どういう章の中の一コマなのかとか、

自分の物語にとって今の苦しさは

 どういう位置付けなのかとか、

 

そういうことが

見えにくくなっているような気はする。

 

見えにくくなっているとは

どういう状態かというと、

スマホやPCで、

⇧このキュルキュルしたやつが

止まらないような、

そんな状態なのではないか。

 

それをあるところ(ある考え)に

たどりつかせること。

 

それを

一緒にやっているような気がする。

 

私が無理に引っ張って、

強引にたどりつかせてしまうと、

目の前の方は、

なんとなく落ち着かないんだと思う。

 

一緒に考え、

そろそろと、

物語を掴み取る。

 

 

 

理不尽な出来事も、

突然の激しい感情も、

努力したことが報われない時も、

 

人生を物語として考えた時、

それはどういう意味があると考えられるのか、

一緒に言葉にしていってることが

私の仕事なんだよな。

 

 

 

どんな出来事であっても、

「これが

 自分が主人公の物語にとっては、

 なくてはならない出来事だった」

と考えることができた時、

 

秋風先生がいうように

「楽になる」

のではないか。

 

 

 

サッカー日本代表物語も、

各選手の物語も、

まだまだ続く。

 

そして、

もう彼らの試合が見られないことが

心が空っぽになるくらい寂しい私の物語も、

まだまだ途中。

 

 

私たちは、

自分の毎日を物語の1ページにできるのだ、

 

 

 

今晩はこれから

高校生にコミュニケーションの授業に行く。

彼らの物語の、せめて1行になるぐらいの

授業をしたいものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| 日常 | - |

深読み問題

【2018.06.19 Tuesday 13:20

相手の言葉や態度の奥を考えすぎちゃて、

申し訳なくなったり、

責められている気になったり、

傷ついたりすることはありませんか?

 

たとえば・・・

近くに座っている先輩が

帰り支度しながら

「あ〜あ、今日も疲れた〜」

と首を回したら、

(えっ?私がいつまでも

 戦力にならないから

 そのこと怒っているのかな・・・)

と気にしてしまったり、

 

子どもの学校の担任の先生からの電話で

「最近、お子さんが落ち着かない様子で、

 いろいろ忘れ物も多いのですが」

なんて指摘をされると、

(私の子育てが悪いってこと?)

と憤慨してしまったり、

 

同期がみんなの前で褒められた時は、

自分にハッパかけられてるのかな、

 

一つのミスを指摘されただけなのに、

私は必要のない人間なんだ。

 

・・・みたいな。

 

そういう、

言ってみれば

必要以上の深読みは

どこから来るのでしょう?

 

 

 

私の実体験をもとに考えてみると、

主な背景は

自分のコミュニケーションのくせ

あるのではないかと思うわけです。

 

どんなくせかというと、

率直に言わずに、

言葉にたっぷり意味を含ませて、

相手に、

言外のこちらの思いを思いやり、

ちゃんと汲み取って欲しいという方法

を使うくせ。

 

例えば、かつて私は、

犬の朝の散歩を夫に変わって欲しい時に、

「あ〜あ、明日の出張は朝早いんだよね」

と言ったりしてました。

それで、夫から

「じゃ、散歩、変わるよ」

と忖度して欲しかったのです。

 

そういうくせを使っていると、

自分がそうやっているから、

相手も当然そうだろうと

思ってしまう・・・・

相手も、

言いたいことを含んで発してるに違いない。

そこから汲み取ってこそ一人前!的な。

 

 

このコミュニケーションの方法は、

実は結構、いろんな影響があって、

これやっていると、

案外、いろんなことを他者の責任に

できちゃうんです。

 

自分は言葉に気をつけて、

目一杯な意図を含ませて発したのに、

それに応えてもらえなかったら、

それに気づけなかった相手が悪いと

考えられることができます。

何しろ、自分は、

相手の言葉の意図を探って、

それこそ、

あ〜でもないこーでもないと

葛藤しているわけだから、

相手にもそれを求める訳ですな。

(かつて、私は、これ多いに

 やってました。

 これだけいろいろヒント出して

 あげてるのに、

 なぜ気がつかないのかな。

 気づけよ!みたいな)

 

 

また、

はっきり自分の意見を言わないので、

断られたり、それは違うといわれる心配も

ない。

 

「ランチどうする?」と聞かれた時、

「なんでもいいよ。

 うちは昨日は麺類だったけどね」

くらいちょろっと出しておいて、

それでも

「そうかあ、冷やし中華食べたいけど、

 いい?」

なんて聞かれた時には、

「麺類以外にしよう」とは言ってなかったので、

意見が違ったわけじゃないと考えられる。

 

 

どちらにしても、

自分で責任を負わないコミュニケーションの影響は、

思わぬところに出てきました。

自分に自信が持てない

というところにです。

 

 

必要以上の深読み、

恐るべし。

 

 

じゃ、

深読みしなくなるには、

どうしたらいいのでしょう?

 

私は、まずは自分のコミュニケーションを

シンプルにすること!だと思います。

 

 

自分が、

「明日の朝の犬の散歩を変わってほしい」

「今日は麺類じゃないやつ行きたいんだけど、

 どう?」

と心の中にある思いを

シンプルな言葉にして伝えること。

 

自分の伝えたいことを、

シンプルに伝えられるようになればなるほど、

相手の言葉をシンプルに受け取るようになります。

 

人間関係の基礎は、

自分との関係。

 

自分の言いたいことを

複雑な手法で届ければ、

その矢印は相手にも向く。

相手にも複雑な対応になるだけなのです。

 

 

 

深読み問題に効く、

シンプルな自己表現の方法、

私はアサーティブをお勧めします。

 

 

アサーティブを知っていただくための、

あるいは深めるための

講座のお知らせをご確認ください。

 

夏からの予定をお知らせします。

 

<7月>

*アサーティブ・カフェ

 アサーティブトレーニング基礎編を

 終了された方が参加できる、練習の場。

 今回はアサーティブな視点で「聴く」こと

 にもチャレンジします。

・7月7日(土)13:30〜16:30

   (終了後、懇親会あり)

・静岡県教育会館

・3000円

・講師:谷澤久美子

 

*アサーティブ紹介講座

 2時間で学べるアサーティブのコツ。

 浜松で開催します。

・7月28日(土)13:00〜15:00

・アクトシティ研修交流センター402

・1000円

・講師:田中雅子(静岡市 アサーティブジャパン認定講師・

         社会保険労務士事務所勤務・産業カウンセラー)
    望月良則(伊豆の国市 アサーティブジャパン会員トレーナー・

         会社員)

 

<8月>

*アサーティブトレーニング基礎編

 本格的にアサーティブをスタートしたい方に。

 自分の伝えたいことをシンプルに言葉にするための

 考え方とスキルを身につけていただけます。

・8月25日(土)9時半〜16時半
   26日(日)9時半〜16時半
・ 静岡県教育会館 
・21800円(テキスト代込み)
 *なお、リピーターの方は10900円で受講いただけます。
 テキストはご持参ください。
 *紹介講座に参加された方は20800円で受講いただけます。
・ 講師:アサーティブジャパン認定講師

 

 

この後も、

10月6日(土)には、

アサーティブジャパン主催のテーマ別講座や

アサーティブカフェの開催など、

みなさまのコミュニケーション改善に

お役に立てる講座を次々と開催する予定です。

 

 

 

深読みを、

今日からやめよう、

そのまま受け取ろう・・・

と決心しても、

なかなかうまくいかないもの。

 

自分のコミュニケーションの方法を振り返り、

工夫してみることから、

はじめてみませんか!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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初MRI

【2018.06.09 Saturday 20:58

2か月くらい前から右ひざが痛く、

だましだまし生活していたけど、

友達が薦めてくれたゼラチンを飲んだら

おさまった。

 

で、また朝のランニングを再開。

もう少し様子を見て、

しっかりとゼラチンで癒せばよかったのに、

いきなり9キロ走ったりした。

それがダメだったんだと思う。

階段を下りる時に右ひざを曲げることが

できなくなった。

 

とにかく大人しくしておこうと、

約一か月は走らず、

日常生活を送っていたが、

どうにもこうにも痛い。

 

何をするにも、

いつもの1,5倍はかかる感じ。

 

ついに今週の月曜に受診すると、

「変形性ひざ関節症」で、

水が溜まっているとのこと。

先生が抜いてくれた水を見せてくれた。

注射器の中に120ccくらい。

「いっぱい入ってたね。

 これじゃ、痛かったでしょ。

 よく頑張ってたね」

に泣きそうになる。そうなんですよ・・・!

ヒアルロン酸を注射してもらい、

マッサージと電気をかけてもらった。

 

そしてレントゲンだけでなく

詳しく調べるためにMRIを勧められた。

 

それが今日!

 

 

 

なんだけど、

私は若干閉所恐怖症気味。

エレベーターよりエスカレーターを選ぶし、

閉じ込められ感にはめちゃ弱い。

叫びだしたくなる。

一昨日くらいから、

時折、

何となくゾワゾワっときてた。

でも

みんながやってることだし、

なんてことはないよ!という考えで、

抑えてた。

 

予約の時間に行き、

検査技師の方の指示に従い、

着替え、

機械に横たわる。

 

検査技師の方は

何かをする前に必ず声かけしてくれる。

「足を持ち上げますね」

「下にタオル敷きます」

「足を固定します」

など、次に何をされるのかわかり、

安心する。

 

なんだけど、

だんだん、

暗い機械の中に20〜30分入るなんて

私にできるのだろうかと怖さが募ってきた。

 

 

ネガティブな妄想が浮かぶ。

怖くって思いっきり

暴れちゃったらどうしよう。

機械を壊して弁償なんて困る。

失禁あるかも。大便の方だったらどうしよう。

大きい声出して叫ぶかもしれないし。

 

 

検査技師さんが、

「では機械の中に入っていきます」

と言い、

ついに動いた。

 

機械の中に少し入って止まる。

また少し入って止まる。

怖い。

頭の中では、

「検査技師さんに、

 閉所恐怖症がちょっとあることを

 言ってなかった。

 本当は怖いってこと、

 一言も言ってない。

 そんなことできるかどうかはわからないけど、

 言ってあれば多少の配慮みたいなこと

 あったかもしれないのに・・・」

と考える。

また少し入って、ついに

首のあたりまで入った時に

「マジ、無理」と思って、

私は、

緊急用のブザーを

思いっきり押した。

 

検査技師さん

「どうしましたか?」

「無理です。

 狭いとこが怖くて。

 無理です」

検査技師さん

「わかりましいた。

 では終わりましょう。

 大丈夫ですからね」

 

 

あ〜恥ずかしい。やってまった。

でも助かった。

でも、情けない。

でも、

もうあの中に入らなくていい。

 

 

検査技師さん

「苦手な方もいらして、

 途中でやめる方もいらっしゃいますよ。

 大丈夫ですからね」

といいながら、

足を解き、体を自由にしてくれた。

 

その途端だ。

めちゃ冷静になって疑問が湧いてきた。

 

あれ?

右ひざなのに、頭まで全部入るのかな?

頭が入らなければ、

大丈夫な気がするぞ。

 

質問をしてみると、

私が「マジ無理」と思ったあたりから

奥に進むことはないそう。

つまり頭は外に出ているということだ。

 

エッ?そうなんだ。

それはやれるかも。

 

「すみません。

 一旦、やめるって言っておいて、

 本当、マジ言いにくいんですが、

 もう一回チャレンジしてもいいですか?

 頭が出ているならできそうな気がします」

 

この時、検査技師さんが

面倒くさそうな態度や

呆れたような声のトーンだったら、

きっと私は

「やっぱやめときます」

と言ったと思う。

 

彼女は

「ではやってみましょう。

 でもまた無理だと思ったら、

 いつでもブザーを押してくれて

 構いませんからね」

と優しく言ってくれた。

 

それならトライできる!と思った。

 

 

で、仕切り直し。

 

検査を受けている間25分くらいだったのかな?

 

私はいろいろなことを考えた。

以下、考えたこと。

 

 

まず、

ちゃんと怖いって認めよう。

私は狭くて暗くて動きを制限されることが

ほんと、怖いんだよ。

今まさにそれだもんね。

よくやってるよ、私。

 

これだけの恐怖を

今経験することに、

意味を与えることができるかな。

 

不安や恐怖の時の

心の動きや体の反応を

ちゃんと

細かく

丁寧に知るって

意味があるかも。

 

 

ロゴ的に言うと、

過剰に自己観察するよりも、

この経験を

何かのために、誰かのために

役立てることが大事だよな。

 

そのことを集中して考えよう。

 

そうだ、そのことそのものは

今思いつかないけれど、

一通出したいメールの返事を

今ここで考えよう。

 

 

〜〜〜なんて

メールの文句を考えてると、

その最中に

検査技師さんの声

「はい、終わりました。

 お疲れ様でした」

 

「へっ?もう?」

 

という訳で

私のMRI初体験は終わった。

 

終わった瞬間に、

「へっ?もう?」だったが

体は正直で

緊張してたんだろう、

固まってる感じ。

お借りした検査着は汗で湿ってる。

 

 

いやあ、久々の

超超超苦手なこと体験は・・・

 

もしも、

私が関わる子どもが

苦手な何かに挑戦する時、

「いいよ、途中でやめても。

 全く問題ないよ」

「何度試してもいいんだよ。

 試したからって

 最後まで絶対やんなきゃとか

 ないからね」

的な感じでいようと

決めさせてくれたぞ。

 

 

 

 

 

何を想うか?クラ。

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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我慢したり、忘れるだけでなく。

【2018.06.03 Sunday 17:04

6月2日に

湧いてくる感情との向き合い方を学ぶ

「感情自己管理レッスン」を開催。

 

19名の参加者の方で学びあった。

 

また今回は、

谷澤相談室の勉強会では初の試みで、

体験の発表をしていただいた。

すでに感情の自己管理のプログラムを

学ばれて、日常で実践を積み重ねて

らっしゃる方が、

感情を言語化するようになっての変化を

リアルに話してくださった。

(その方の色々な段階を知っている私は

 泣きそうで、しかし我慢して、

 帰りの電車の中で、ついに抑えがきかず

 ポロポロ泣けて困るほどだった)

彼女が、時々「やってまう」自分を

あんまり責めてないところが、

本当にすがすがしく、

また彼女が変わることで

周りが変化したことが、

とってもとっても希望!だと思う。

みんなに葛藤をシェアしてくれて

ありがとう!!!

 

 

 

 

さて、

公開することにOKくださった方の

感想とともに、振り返ってみる。

 

 

・頭でわかっていても、感情に任せた

 言動をしている自分がいます。

 今の自分の「怒り」については、

 その背景に落胆、悲しみ、驚き、

 不安、焦りがあるという分析ができ、

 今後に非常に役立つと思います。

 自分の感情を整理するところまでは

 できそうです。

 その後の、相手の事情を考える

 ということは、今回また新たな教え

 でした。いつも「自分」を優先して

 いたんだと思います。

 相手のバックグラウンドを

 落ち着いて考えてみれば、

 自分の言動も落ちついていくのだと

 思います。     (まーみん)

 

・私は自分の感情を

 「なんとなくモヤモヤする」

 「なんとなくイライラする」と

 いう言葉で片付けていて、

 その時の感情と向き合おうとして

 いなかったと思うので、

 これからは感情を言語化して、

 モヤモヤやイライラから

 自分や相手を責めることなく

 生きていきたい。

       (あっきー)

 

・負の感情を認めるのは

 オフィシャルの場ではしづらく、

 抑えた結果、

 落ち込む、黙る、酒を飲んで暴れる 

 とくに解決はしなくても、

 心のコップをこぼして、

 また同じことを繰り返していたな

 と思いました。

 まずは自分の感情を

 言語化するトレーニングをしたいです。

 自分も相手も責めすぎない。

 評価しすぎない。

 自分の負の感情を否定しない。

 (感情の言いなりにならないのも

  大事だなあと)

 学んだことをやっていきたいです。

       (なべっち)

 

 

 

感情を自己管理していくこととは、

まずは出来事が起こった時に、

その時でもいいし、

時間をおいてでもいいので

 銑のプロセスを大切に

扱ってみたい。

 

_燭起こったのか

 できるだけ客観的に言葉にして

△修了、どんな感情だったか

 感情の言語化しよう

K榲は、どうしたかったか

 どうありたかったか、

 を考えてみよう

 

この 銑のプロセスで

各ステップにしくじりがちな

落とし穴がある。

 

,任陵遒箸祁蠅

その出来事に自分の思い込みからの

評価を入れちゃいがちなこと。

 

△陵遒箸祁蠅

自分の感情にぴったりした言葉を

見つけられないことと、

感情を相手の責任に

押し付けてしまうこと。

 

 

今回はそのことを中心に学んでみた。

 

 

自分の思い込みからくる「評価」を

入れないで言語化することのワークに

ついて感想をいただいた

 

・一見事実のようだけれど、

 「よく〜〜だ」とか「〜〜ばかり」

 などが入ると、それは自分の評価を

 入れたことになるんだということが、

 とてもわかりやすく理解できました。

 絶対にそうに決まっているという

 ようなことでも、それは自分のものさし

 だと思いました。自分のものさしは

 良い使い方もあると思うので、

 持ってはいようと思いますが、

 評価してしまう可能性もあると

 自覚しました。(ココロ)

 

・「評価」と「事実」を

 区別していないことに気づきました。

 会話の中で

 「よく○○なんだよね」

 「いちいち〜〜してくる」

 「〜〜ばっかり」と

 自分の思い込みや解釈で伝えていると

 本当、思いました。

 そこを意識すると、自分がどうしたいか

 どうなりたいかが明確になっていくと

 思いました。

 今日、自分の中のモヤモヤが

 少し晴れました。でも疲れました。

          (ゆりちゃん)

 

 

ネガティブな感情の

目的や意味を一覧にしたものと、

それを

ペアで音読しあうというワークも

よかったようだ。

 

例えば

「嫌悪」という感情は

その対象とほどよい距離を保つために

湧いて出てくる。

この感情がないと、

苦手な対象であったとしても

近づきすぎてしまう可能性がある。

「いや」と思うから近づきすぎてしまう

ことを抑えるってわけだ。

 

そんなことを読み合うと、

不思議なんだけど、安心する。

 

 

・ネガティブな感情について

 感情の目的や意味の一覧を

 声に出して読みながら

 不思議なくらいに

 気が楽になるのを感じた。

 感情は生理現象ということを、

 頭において生活したい (m)

 

・音読したことが良かった。

 ネガティブな感情は

 次の課題に向かわせてくれる

 私の大切な愛しい感情なのだ。

 自分に湧いてきた感情を、

 大切に抱きしめてあげようと思います

        (p)

 

・ネガティブな感情は、

 持ちたくないものだと思っていたけれど、

 実は自分を守るものだったり、

 自分に力をくれるものだと

 わかり、嬉しく感じました。 (r)

 

 

・ネガティブな感情はいろいろある。

 生きていくために必要で、

 それを感じることを

 否定しなくていいと思った。

 ネガティブな感情が芽生えたら、

 次のステップに進むための、

 一つの段階だと、

 そして、自分が生きている証拠だと、

 前向きにとらえていこうと思う。

          (きんぎょ)

 

・ネガティブな感情の裏側には、

 「良くなりたい」「向上したい」

 などという気持ちがあるとわかり、

 ネガティブな感情を

 自分から遠ざけたいという気持ちが

 減りました。      (四季)

 

 

 

△亮分の感情は

相手が起こさせたものではないことを

実感するためにペアで話しあったが、

このことにも感想をいただいた。

 

・自分の癖で被害者の言い方に

 なりがち(相手を加害者にさせがち)

 と気がつきました。  (四季)

 

・感情を言語化する時、

 つい相手のせいにしたり、

 自分責めをしたりになりがちだけど、

 「させられた」ではなく、

 相手はそうしようと思ってしていた訳

 ではないかも・・・という

 相手の事情を想像する訓練は大事だなと

 感じました。   (s)

 

・事実があって、そのことでどんな感情が

 湧いてもいいけれど、その先、

 「自分はどうしたいのか?」

 「どんな意味があるのか?」と

 冷静に問いかけることで、

 自分も相手も責めることなく、

 怒りの感情も治ることに気付けて、

 良かったです。 (M)

 

 

今回の勉強会は、

ペアになった方と話すことで、

整理したり、発見したり、

深めたりする様子が

とってもとっても素敵だった。

そのことの感想も。

 

・私はアサーティブにも触れているので

 怒りの中にある他の感情のことも

 知っていましたが、

 実際事例を挙げてみると、自分では

 よくわかっていない感情もありました。

 でもそれをペアの方に聞いてもらって、

 「こんな感情あるんじゃない?」と

 言ってもらった時に、す〜っと気持ち 

 が楽になりました。 (M)

 

・各ワークでペアの方と話しをすることで、

 いろいろな整理ができた気がします。

 自分の中で解決できないことが

 出てきたら、こういう学びの場がある

 ことを忘れずにいたい。 (m)

 

・自分の体験を共感してもらえたおかげで、

 心が柔らかくなりました。

 私も、大切な人に、そして自分にも、

 そのように接しようと思いました。

             (r)

 

 

こんな風に

時々は誰かにゆっくりと聞いてもらって

出来事を整理するといいけど、

いつもそんなことは無理。

日常の中では、

自分の中に置いたもう一人の自分に

話すようにして整理することを

おすすめした。

 

そのことを感想に書いてくれた方も。

 

・自分の中に

 「どうしたの?」

 「どう思った?」

 「どうしたい?」

 という自分を置いてあげたいです。

         (s)

 

・自分の中に、

 自分の共感者を置いて、

 自分の感情に向き合っていきたい。

       (きんぎょ)

 

 


お昼休みに実践した方も。

 

・頭の中で、自分の感情を言語化する

 癖がないので、言語化することが

 難しいな〜と感じている自分がいます。

 例えば「私は怒っている。頭にきた」は

 言語化できても、「私はびっくりして

 悲しくて怒ってる」のびっくり、悲しい

 などを、その場その場で言語化していない

 んだなあ〜と気付けたので、

 その場その場では難しくても、

 そのことについて考えた時に、他の感情も

 気づいてあげられるようになりたいと

 強く思いました。

 子ども、夫に対しても、また自分自身に

 対しても、「よく」「ばっかり」「また」

 など評価する言葉を使ってしまってるなあ。

 口癖のように使ってしまっているような

 気がします。口癖、ポジティブな口癖に

 ゆっくり変えていけるといいな!!

 お昼休みに歩きながら、

 「私、どうしたい?」って自分にずっと

 話しかけてるもう一人の自分がいました。

 「私、どうしたい?」「私、どう感じた?」

 そうやって自分に問いかけてあげよう!と

 思えたことが、今日は一番の収穫でした。

 「学び」は楽しいな。新ためて感じること

 ができました。  (ミニー)

 

 

 

こうやって自分の感情を大切にすると、

それは他者を大切にすることとつながっていく。

 

・自分の中のネガティブな感情を

 受け止めることができると、

 他者のネガティブな感情も受け止める

 ことができるようになるという

 講師の言葉が印象に残った。(きんぎょ)

 

 

 

そう!

ほんと、そう!

 

自分に感情があり、考えがある。

そのことをないがしろにしていて、

他者の感情、考えを大切にすると、

それは、いつかどこかで

歪みが出る。

 

でも自分の感情、考えを頭の中で

言語化することを続けると、

自分には、自分にしかない感情や

自分だからこその考えがあることが

だんだんだんだんしみてくる。

 

そして

それは、

目の前にいる相手も同じなんだ。

相手にも相手の感情があり

相手なりの考えがある。

 

「そんなことで怒んないで!」

と簡単に言えなくなるものなんだ。

 

そういう一人一人が、

この世の中を作っている。

 

 

 

 

昨年度一年間、

谷澤相談室の勉強会はお休みした。

今年度1回目を開催してみて、

やっぱ、学びあえる時間は

大事だなと、すっごく思った。

 

感想の中に

「不安」について学びたいようなことが

あったので、

次回は「不安」に特化した学びを

開催してみたい。

お楽しみに!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor