今のところではありますが…
雛と土筆とベーコンと。

【2019.02.17 Sunday 23:22

 

「NHK俳句」の中で紹介された

「雛飾りつゝふと命惜しきかな

          星野立子」

という句に

せつなくなる。

 

 

雛人形を飾るのは、年に一度のこと。

顔を包んでいた薄い紙を剥がし、

太鼓など小さな道具を丁寧に並べ・・・

としながら、

あと何回飾れるんだろうなどという考えが

ふっと頭に浮かんできたことを

詠んだのだろう。

その後で

何考えちゃってるんだろう・・・

などとハッと我にかえるような

そんな感じを

私はイメージしたのだが、

どうだったのだろうな。

 

 

 

この句が心に残ったのは、

少し前の休みの朝、

ベーコンを焼いていたら

夫が

「ベーコンを焼いてる匂いって、いいね」

と言ったことが関係していると思う。

 

私は

「そうだね。なんか幸せな匂いだよね」

と言いながら、

泣きそうになった。

 

いつか、

私が一人で残ってしまったら、

自分だけのための朝食を用意しながら

今日のこの時のことを思い出して、

泣くだろうなと

急に思ってしまったんだ。

なぜかその日のことが

ちゃんと想像できた。

 

すごく天気のいい朝で、

陽が降り注いでいて、

静かで、

温かいもので包まれているのに、

涙がとまらなくって、

でも

「ベーコンの焼いている匂いって、いいね」

という言葉と

そこから膨らむたくさんの思い出に

心の中でめちゃ感謝してる・・・

という一瞬が絵になって浮かんだ。

 

あるいは私が先に逝って

夫が一人でベーコンを焼きながら、

この日のことを思い出すのだろうか?

 

 

私の両親はとっくに亡くなってしまっているが、

夫の両親も一昨年昨年と亡くなってしまい、

なんだか寄る辺ない気もして、

命や死や生のことなど、

意識する機会が

ここのところ増えている。

 

夫の大切な友達が昨年暮に一人、

今年に入ってまた一人亡くなった。

夫は中高一貫の男子校で育ち、

彼らはその時からの友達で、

子どもから大人になる過程を

一緒に過ごした方々だ。

 

夫は

優しい人で、

決してひけらかしたりはしないけれど、

地味に

友達をすごくすごく大切にしてる。

だから2人の死は本当にキツそうで、

そんな彼の様子から

私もいろいろ影響を受けている。

 

ちゃんとしないとな!と思う。

 

 

 

昨日は

「静岡ロゴセラピー研究会」に参加した。

琉球大学の草野先生が

画面を通して、

難しい文章をわかりやすく解説してくれた。

「フランクルは

 全くどうしようもない ということはない

 と言ってるわけです」

という草野先生の声が

耳に残っている。

 

 

うん!

これから先の命がどうであっても、

一人残されても、

全くどうしようもないってことは

きっと、ないよなあ。

どうしようもなく困って寂しくて苦しくても、

全くどうしようもないってことは

ないように、

最期まで生きられるな、私。

 

そうするだろうと

少し自分を信じられる。

 

 

 

 

今日のNHK俳句のテーマは

「土筆」で

視聴者からの応募の中から

選ばれたものの一つに

「つくしんぼう

 みんなどうして

 いるのかな」

ってのがあった。

 

 

池江璃花子さんは、

今朝はどんな目覚めだったのだろう。

見守るお母様は

毎日どういう心持ちでいらっしゃるだろう。

 

NYにいる妹と姪っ子に

楽しいことがあるといい。

 

最近会えてない友人の腰の具合はどうで、

一緒に学んでる仲間は

今年はどういうチャンレンジを考え、

父方母方の親戚たちは、

季節の変わり目をどう過ごすのだろう。

 

私が関わらせてもらってる

学校の子どもたちやその親御さん、

先生方や相談員の方々の

日曜はゆっくりできたのか?

 

相談室に来てくださる方、

講座に参加してくださる方、

どんな夜を過ごしているのか?

 

心愛ちゃんの妹さんは

安心した環境の中にいるのか?

 

沖縄の県民投票まであと一週間。

どんな毎日になるのだろう。

 

パートナーとあまり良い関係ではない友人は

この時間、リラックスできてるか?

重い責任を背負って仕事をしている友人は

夕飯を食べたか?

 

病の中にいる知人、

送った本を読むエネルギーはあるか?

 

あ〜

みんな、

みんな

どうしているのかな?

 

 

 

夕方散歩しながら

夫が

「会いたいねって話しながら

 会ってない人がいる」

って言ってた。

 

会えるといいな。

会ってほしいと、

心から願う。

 

そして私も会いたい人には

会いにいこう。

 

 

 

 

 

昨年暮れから

義母のものを整理している。

たくさんの洋服とアクセサリーと

帽子とバック・・・。

ストッキングは、

封を開けてない新しいものが、

数え切れないほどあった。

それほどあったのに、

電線の入ったものや

右左で微妙に色の違うものを履いてたりした。

そうやって始末をして

子どもを育て家を守った彼女の人生を思う。

 

たくさんの物を残して彼女は旅立ち、

それらを整理して部屋は随分片付いたが

私の中には、

たくさんの義母がちゃんと残ってる。

 

 

私の両親もそうだ。

存在してくれていたら

それにこしたことはないけれど、

現実に存在するかどうかは

それほど重要ではないようにも思う。

 

それぐらい存在が濃い。

 

私も

そうであるように!

 

 

 

 

今朝の「NHK俳句」に選ばれてた俳句。

「人類も

 いずれは消えて

 つくしんぼ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ちゃんと腹が立てるようになったなあ。

【2019.02.08 Friday 00:47

腹が立てるようになったなあ、私。

それもわりと上手く。

 

一月に

誤解をされ、

ひどく非難をされたことがあった。

カッチーンときた。頭に血が上った。

あ〜腹立ったと、

自分の感情を捕まえた次の瞬間、

「こんなに腹が立つほど、

 本当は理解されたかったんだ、自分・・・」

と考えた。

そして、

誤解されるような言動を詫びる文章を

考え始め、

そうしたら心は静まっていった。

 

一月中には他にも、

私の考えとは反対の意見を言われて

がっかりしてイラッときたり、

ペースを乱されて急かされたりして

焦ってカチンときたり、

さざ波クラスの怒りもあった。

 

こんな風に

「私は腹が立っている」と

しっかり自覚できるようになったのは、

約20年前に

アサーティブトレーニング応用編で

怒りの取り扱いについて学んだおかげだ。

 

それまでは、

誰もが怒って当然のこと、

例えば社会的な問題への怒りは表しても、

日常の中の、

家族や、

友人や、

活動の仲間や、

仕事先の関係者との方との間の出来事では、

怒りを自分の中に押し込め、

怒ってないことにしていたと思う。

 

怒りは大人げないこととか、

腹が立つのは未熟な証拠と考えていた。

 

「このくらいのことはよくあることだ」

「こんなことで怒っては子供っぽい」

そういう考えで、

怒りという感情をないものとしていたと思う。

 

ないものとしていたけれど、

そこにある。

 

ざわつく感じは自分でわかり、

ないふりをしているけれど、

あることがわかっちゃっているから、

そういう自分に自信が持てないでいたと思う。

 

 

腹を立てないようになるんじゃなくって、

うまく腹立てるようになればいい。

 

アサーティブトレーニング応用編は

そう教えてくれた。

 

この講座は、

私のように怒りを押し込める傾向ばかりではなく、

爆発させる傾向を使う方にも有効だ。

 

 

で、

アサーティブはそれだけじゃない

怒りの元になった原因を、

対話で解決するためのスキルがある。

 

 

 

自分にとって大きな意味を持つ怒りを、

そのまま放っておいて解決への努力を

しないでいると、

人間ってのは、無力感を覚えるものだ。

どうせどうにもできないし・・・という

無力感が積み重なると、

できないことだけではなく、

自分の存在そのものをダメ(自分=ダメな人)

としてしまいがちだ。

 

これはもったいない。

解決のために一歩動き出しただけで、

無力感から外に出ることができる。

そしてそれは

自分を信頼する気持ちの回復につながる。

 

それだけでもすごいことだが、

その上で成果を出せたら、最高だ。

 

成果を出すための「伝えるスキル」が

アサーティブトレーニングにはある。

 

 

アサーティブトレーニング応用編の講師を

2月には大阪

月には静岡で担当する。

 

基礎編を終了された方は、

ぜひ参加のご検討を!

 

 

 

 

さて、二月の怒り。

 

 

車での移動中、国会中継を聞きながら

車の中で一人っきりなのをチャンスに

思いっきり罵倒しつつ運転した。

 

あ〜腹立つ。

 

心愛さんの虐待の案件も

本当に腹が立った。

目黒区の結愛さんが

「もっとあしたはできるようにするから

 もうおねがいゆるして」

と残して亡くなった衝撃がまだ新しい上に、

またしてもだ。

心愛さんは

「先生、どうにかできませんか」と書いている。

絞り出すような言葉だ。

野田市の児童相談所や

教育委員会の対応は

ひどいもので、そこに対する怒りも

多くの人が感じたと思う。

ただ、

確かに、

してはいけないことだったけれど、

少なくとも彼らは会見の場で、

率直に、してしまったことを述べた。

手紙が「書かされた手紙」だとわかっていて、

危険を察知しながらも家に戻してしまったことを

率直に認めた。

教育委員会も

彼女のアンケートを父親に渡した背景を

「威圧的な態度に恐怖を感じ、

 屈して渡してしまった」と言っている。

したことは本当にダメなことだけれど、

彼らが事実を伝えたことで

課題はある程度明確になった。

今後は、

威圧的な家族に対しては

児相や教育委員会や学校だけで対応するのではなく、

警察など別組織との連携に義務化が

検討されることになるだろう。

とはいえ、

検討などと、悠長なことを言ってる場合じゃない。

結愛さんも心愛さんも亡くなってしまったし、

今も、苦しんでいる子どもはいる。

 

あ〜それにしても

悲しくって

腹が立つなあ。

 

国会での統計不正の審議を聞いていると、

二度と起こらないように、原因を探って、

改善策を考えることに努力しているというよりは、

なんとかごまかして、一番傷がつかないように

まとめるにはどうしたらよいかに努力してるように

思える。

本当、腹立つ。悔しいわ、なんか。

 

朝のニュースで

日本で働く外国人の方が、

母国から呼び寄せた子どもたちの

勉強の環境について報道していた。

夜間中学で学ぶ彼らの姿勢がまっすぐで

応援したくなった。

そして、

能力はあって高校で学びたくても、

言葉の壁で合格できない

器量の狭い日本の学校のシステムに

がっかりする。

腹が立つ。

 

あ〜腹が立つ。

 

 

 

時々、学校の中で

不登校の子どもや別室登校の子どもを

単純に「わがまま」と捉える声を聞くと、

すごく腹が立つ。

理解してもらえてないことが悲しくって

腹が立つ。

同時に自分に腹が立つ。

彼らの背景をちゃんと説明できていない自分に

腹が立つ。

情けなくって腹が立つ。

でも、

これはすぐに解決にむかえる怒りだ。

実は今朝、

電話で

「わがままとは言えない背景があること」を伝えることができた。

 

 

あ〜アサーティブを知っていてよかった。

 

 

 

 

 

*このウェブサイトは、
NPO法人アサーティブジャ パン認定講師である谷澤久美子が個人で開いているホームページです。このウェブサイトに関する全ての責任は谷澤久美子にあります。NPO法人アサーティブジャパンが運営・管理しているウェブサイトではありませんので 予めご了承ください

 

 

仲良しっていいなあ、カルクラ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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めざせ、ひとり駅そば!

【2019.02.01 Friday 11:37

自分の文字があまりにも読みにくく、

何年か手帳を持たず

全てをiphoneにお願いしていたが、

昨年からまた手帳に

メモるようになっている。

 

これ以上、字を汚くしたくない

 そして字を忘れたくない!

という理由が主なところ。

 

昨年は途中4月くらいから

つけ忘れが出始め危なかったが、

6月の終わりに

ある中学校の学校保健委員会で

「心の健康」について講師を務めるにあたり、

「感情は沸くけど

 感情に振り回されない選択肢を持とう」

という話をする講師が、それでどうよ?と

自分つっこみ。

再スタート。

ただ右肩あがりじゃないんだな、私。

また途中でだらけ、

だらけだらけながらも、

12月までなんとか続けた。

 

そして2019年、

今年も1か月、

無事続けることができた。

 

メモしていることは、

「何をしたか」

「気になったこと」

「忘れたくないこと」

「思いついたこと」

など。

 

 

√1月の初め頃メモしたことは、

「人は相反する二つの感情を

 同時に感じることはできないを

 体験」

アメリカに住む妹と姪っ子が帰国。

妹は15年ぶりの帰国だ。

彼らと2日過ごし、

彼らを見送り

もうさみしさでいっぱい。

あれもしてあげたかった。

これも食べさせたかった。

あそこにも行きたかった。

後悔も押し寄せる。

移動の車の中で泣けて泣けて・・・。

しばらくすると

午後からの仕事先の学校から電話。

連絡がとりにくかった保護者の方と

電話でき、

その日に来てくれることになったとのこと。

なんというか、

嬉しさややる気のようなものでいっぱいになって、

気がつくと、

エンジンをかけアクセルを踏んでた。

『よ〜し、ちゃんと話を聴くぞ〜」

 

ただ、仕事が終わり帰宅。

二人っきりの食卓では

またまたぶり返すさみしさ。

 

ウォルビさん、あなたの説はほんとです。↓

 

 

 

√一月2週めにはある中学校で

「アサーティブ」の授業をした。

終わりの挨拶をしてくださった教頭先生が

同僚とのコミュニケーション上で工夫している

ことを話してくれた。

その話を聞いている子どもたちは

しっとりという感じで、

きっと

「大人も苦労してんだな」

と安心したのではないかと思ったんだ。

そこから思いついたこととして、

「先生方へのインタビュー」を

授業の中に取り入れるのも面白いかも・・・

と思った。

やっぱ

身近な存在は説得力が違うもの。

 

 

√ある日のメモでは

古い服を引っ張り出して着ている

自分を分析してる。

「あまりもnewが来るから

 疲れちゃったのかもしれないな。

 またほおっておいた時期が長い分、

 新鮮さもある。

 そういうものをほりおこす作業は

 今年の私にはいいのかも

 夏に誕生日が来ると59歳。

 暦一巡の最後の歳だもんね」

ただそう書いた2週間後に

新しい服をセールで購入。

矛盾してるわ。

 

 

√1月25日は

脳科学者の中野信子さんの言葉の

要旨をメモった。

なぜ人はスーパーボランティアの

尾畠さんに会いたくなるのか?

という問いに答えて。

〜人間にはもともと誰かのために

 何か役に立つことをしたいという

 思いがある。

 でもそれを目一杯使ってしまうと、

 競争に負けてしまうかもしれないし、

 自分がどうなってしまうのか不安も

 ある。それでセーブしている。

 尾畠さんに会いたくなるのは、

 もともとの湧き出る自分の心に

 従っていいんだと

 素直に思えるからではないか」

これは非常にロゴに関する話題。

 

 

√少し高邁なことを書いた翌日

1月26日のメモに

「今年の目標の一つに加える」

と仰々しく宣言してるのが

我ながら残念な目標。

「ひとり駅そば実施」

(特に名古屋の新幹線のホームの)

 

 

√先週末行った講座では

講師の事例がわかりやすかったという評価も

いただいたが、

これもメモのおかげだな。

SNSで流れてくる言葉たちや新聞記事などから

講座で理解を促しそうな事例をメモしてるし、

自分の行動をアサーティブ的に、

あるいはロゴ的に説明するとどうなるか、

時々だけど、ほんと、時々だけど、

書いたりしてるのが

役に立てたのかも。

 

 

√1月28日毎日歌壇より

「苦しさはおのが心の主観なり

  エスプレッソはやさしく苦い」」

 

 

√今日書いたことは、

NHK-BS「世界ふれあい街歩き」

ワシントンDC編での

ひとコマ。

番組はホワイトハウスを見学していた

ある家族(ミズーリ州から観光で)

に声をかける。

その中の10歳くらいの少女の答えが素敵。

番組「ホワイトハウスの中で働きたい?」

少女「ううん。

   この中の人たちが私のために働くの」

「私のため」ってのは、

「私たちのため」って意味だろう。

公の仕事の意味を知ってるのは、

教育の力なんだろうか・・・。

 

 

・・・な感じでちょっとずつ。

忘れっぽくなってきた私を、

手帳よ、補ってくれたまえ。

 

さて2月へと。

 

 

 

 

 

1月30日は富士市で仕事。

前から行きたかった佐野菓子店さんへ。

ここのモンブランは私史上ベスト。

 

 

 

 

 

 

 

 

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前向きに生き、後ろ向きに理解する。

【2019.01.15 Tuesday 10:05

12日〜13日は盛岡で行われた

ロゴセラピーの勉強会に参加した。

 

この勉強会はロゴセラピストの方々の

発表の場。

皆さんの素晴らしい発表の中、

私は、なんだか、全然ダメだった。

 

何がダメって、

発表後の検討の時間

(フィードバックをいただける時間)の

自分の態度が頑固だった。

そして

皆さんからのネガティブな指摘の鋭さに、

めっちゃ凹んだ。

最近にはあまりない凹みっぷりだった。

 

私の後で発表された方々も

またまた素晴らしく、

激しく心揺さぶられ、

圧倒され、

これも

最近にはあまりないほど

泣いた。感動でいっぱいだった。

感想をコメントする時、

めちゃくちゃ泣きながらに

なってしまうほどだった。

 

泣きすぎて、

帰りの盛岡駅でトイレに入った時は、

頭がボ〜っとして

しばらく立てなかった。

 

 

で、

冷麺屋さんに入り、

コートを脱ぐと

ゲゲっ!

えっ?

パンツの前全開!

ベルトも閉めてなく

バックルが垂れ下がってる。

トップスが少し長めで、

しかもぴったりしたタイプのパンツだったから

足元に溜まってる・・・

なんてことはなかったけれど、

もうほんと、

ここまでぼ〜っとしていたか!と。

情けないやらおかしいやらだ。

 

 

だがそれで一気に冷静になり、

冷麺をいただきながら、

また東北→東海道新幹線での長い帰路、

自分の課題に向き合ってみた。

 

 

 

それでつくづくと

私に足りないものは、

「じっくりと時間をかけること」

と確認した。

 

元来せっかちではある。

性分のせいにするのはいかんが、

とにかく

学んだものは

早く身に付けたいし、

早くものにしたくなってしまう傾向は

確かに私にある。

 

早くものにしたくなりながらも、

私が学んでいる

ロゴゼミナールでは、

ドイツに住む勝田先生が年に3回帰国され、

その際に2日かけて学ぶテーマを

10テーマ学んで試験・・・というシスムテムだから、

それだけで3年以上かかり、

私にしてはじっくりと取り組んできたつもりだ。

 

勝田先生のゼミとゼミの間には、

読書会に参加したり、

フランクルの本を読んだりしてきた。

また

様々な出来事があるたびに、

学んだことを実践してきてもいた。

 

そして、

10テーマを学び終え、試験を経て

C級ロゴセラピストになることができ、

次の段階の「発表」の、

今回は2回目ってわけだった。

 

私にしてはじっくりと

取り組んできたつもりだったが、

足りなかったと思う。

 

 

新幹線の中で読んだ本は

「日本ロゴセラピスト協会論集第10号」

その中に2017年9月に行った

ロゴセラピスト講演会における

オットー・チョック氏の講演録があった。

(南ドイツ・ロゴセラピー/実存分析研究所所長)

 

「ここでデンマークの哲学者、

 セーレン・キルケゴールの文章を

 味わってみましょう。

 『人生というのは前向きに生き、

  そして後ろ向きに理解することだ』。

 この意味は、人生を前向きに生きるためには、

 過去に起こった事柄を理解し、受容し、消化し、

 そして自分のものにしていかなくてはならない、

 ということです。別の言葉で言えば、

 意味を軸にして未来へ前向きに生きていくことが

 できるように、私たちは過去を振り返ってみるよう

 (つまり、かつて体験した苦しみや罪を見直すように)

 人生からいざわなれてる、というふうに考える

 こともできます」

 

ここを読んだ時に、

まだ十分に

振り返っていないことがあることがわかった。

私は「かつて体験した苦しみ」については

振り返ってきたが、

「罪」に関しては、

見ないようにしてきたことに

気がついてしまった。

 

そしてこの一週間、

折に触れて、

私の犯した罪について考えてきた。

考えれば考えるほど、

罪悪感でたまらなくなるが、

きっと、

この抱えきれないほどの罪悪感に

どういう態度で立ち向かうかが

できるようになった今だからこそ、

「罪」について考えるのに

ちょうど良い時だったのかもしれない

と思っている。

 

 

そうやって

後ろ向きに理解を深めながら、

やっぱり、

前向きにも行こう!と決めた。

 

過去の罪とじっくりと付き合いながら、

ロゴセラピーを伝えて行こうと

思うんだ。

 

 

 

ロゴセラピーを実践するための

ワークシートを作った。

これを使って

2019年度に勉強会(谷澤相談室主催)を

4回開催しようと計画をしている。

 

 

理不尽な出来事があっても、

思い通りにいかない事があっても、

絶望しても、

真っ暗やみでも、

「それでも人生にイエス!」

というために、

一緒に学べたら嬉しいです。

詳細決まり次第、

お知らせします。

 

 

一足早く学び始めたい方は、

 静岡で読書会が開かれています。

 2月16日(土)開催。おすすめです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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| ロゴセラピー | - |

本からスタート

【2019.01.07 Monday 10:24

 

さて、今年に入って読んだ本。⇩

いやあ、2冊ともよかったわあ。

 

 

学校の「当たり前」をやめた。

これは、現職の公立中学校の校長先生が、

今まで当たり前とされてきた

「服装頭髪検査を行わない」

「宿題を出さない」

「中間・期末テストの全廃」

「固定担任制の廃止」

などの取り組みを行った

その背景や経過についてと、

未来の学校についての本。

 

その基本を流れているのが、

学校の目的。

工藤氏はそれを

「社会の中でよりよく生きていけるようにする」

ことだと言っている。

そのために

「自ら考え、自から判断し、

 自らから行動する」力を

つけさせてあげたいと考えて、

学校で当たり前に行ってきたこと、

ひとつひとつ、

それがこの目的に向かっているかを考え、

取りやめたり工夫したりした。

 

そうだよなあ。

「自ら考え、自から判断し、

 自らから行動する」力を育成したいのに、

・宿題を出す

・出してないと催促する

のは、

「勉強する項目は与えるよ。

 できなかったら、叱ってあげるよ。

 自分で考えなくていいよ!」

って言ってるようなものだものな。

 

 

以前、学校のことを話題にしたブログ記事、

要約すると

「今の学校のシステムに、

 子供があってないのではないか?」

には、

たくさんの先生方から

個別にコメントをいただいき、

先生方も悩んでいることが

一層はっきりわかった。
何が悪いのか?
どこが間違っているのか?
何をどうしていけばいいのか?
コメントの中で先生方は

葛藤されていた。
 

この本は

それにある程度

応えてくれている本だと思う。

考え方を示してくれている。

 

でもだからってこれそのまま真似したら、

(ってそれは難しいけど)

それは次の「当たり前」を

生むだけなんだよな。

 

工藤氏は書いている。

「目的と手段が一致しないものや、

 手段が目的化しているものは廃止・

 見直しをする。

 その上で本来の『目的』を再確認して、

 最適な『手段』を再構築する。

 そうしたプロセスで改善を図っていくことが

 大切です」

 

本当、そうだ。

そういうプロセスを踏んで、

悩み、葛藤し、行動する大人の姿こそが、

子どもたちに特別の影響を与えると思う。

 


 

 

前回、
私が

今の学校というシステムが
今の子どもたちにあっていないと書いた
理由のひとつに、
「一律の目標」ってのがある。

通常学級で勉強するすべての子どもたちが
「その学年一律の目標をクリアすること」
を求められているように思えることが

いろいろあるんだ。無理なのに。

学習の到達でも、

人間関係の作り方でも、

行事への取り組み、

挨拶の仕方、

他者への思いやりの示し方、

問題解決の方法・・・

などなど、

「この学年なんだから、

 これくらいできないと」

という考え方。

 

 

例えば
「漢字」。
A 美しく整った字を書ける
B 正確に書ける(トメハネハラエも含め)
C ほぼ合っている字を書ける
D その字と分かる字を書ける
E 書こうとしている
のような段階があったとすると、
漢字テストではB以上が○になる。

「一律の目標」でいくと,

それはB。

ただ書くことが苦手な子もいる。
その子にもB以上を求めると、
宿題の漢字をやるのは時間がかかり、
やってもやっても
テストでは点が取れなくて、
漢字嫌い、

書くこと嫌いを
生んでいくのではないか?

 

「天気がいい」

「天」

の上の一をちょっとだけ突き出て

しまってるから、

どの子にも一律✖ってしてしまって、

本当にいいのか?

そこ、悩みたいものだ。

だって、それで「夫気」って読まないもの。

 

私は、この本を読んで、

「自ら考え、自から判断し、

 自らから行動する」力を育成したいと

考えると、

自ら自分の目標を先生に申告する方式。

「先生、自分は今年は

 今のところ、漢字はCに挑戦します」

的なことはどうだろうか?

 

 

学級の中でのトラブルの処置、

行事を通しての指導、

保護者の方とのコミュニケーション、

教科の教え方、

様々な場面で、

「それは、

 その子が良いよく生きることに

 繋がっていくのか?

 って考えてもいい」

という意識を

先生方が持てるような仕組みに

なるといいんだろうな。

 

ただ先生によっては、

これまでと違う方法をとることに

困難を感じるかもしれない。

先生によっては、

「今までの成功の体験」を

繰り返せないことへの怒りもあるかも。

 

そこのサポートは絶対必要。

そして、先生方も多様でokで、

もちろん目的は共有するけど、

ある程度フレキシブルにできる

そういう人数があるといい。

 

 

 

 

先生方には、

指導の根拠「指導要領」は絶対で、

その学年で教えることの保証をするのが

公教育としてのあり方だという認識は

強くあると思う。

 

とはいえ、この本によって

その公教育でこれだけのことが

できてしまう事実を知ってしまった。

 

 

私も公立小中学校に関わる一人として、

帯に書かれてる言葉を意識しなくては

やばい。

 

「何も考えずに『当たり前』ばかりを

やっている学校教育が、

自分の頭で考えずに、

何でも人のせいにする大人を作る」

 

 

私は以前、

あるセミナーで聞いた大切なことを

思い出した。

「学校教育のお客様は誰でしょう?

 もちろん、目の前の子どもたちは大切。

 でも、本当のお客様は、

 手塩にかけて育てた彼らを送り出す、
 『社会』だ。

 『未来の社会』です」

 

相談室で関わる子どもたち、

学校保健委員会などで出会う子どもたち、

未来の社会を構成する一人ひとりに

できることはなんだろう。

考え続けたいし、

先生方と協力してやっていきたいものだ。

 

あ〜すっごく興奮する本だった。

 

 

 

 

 

葛藤し、

苦悩し、

色々悩める先生方への励ましは、

次の本にも。

(もちろん、教員ではない方にも

 悩めるすべての人にオススメ)

君が生きる意味

これは、ロゴセラピーを実践するには

どうしたらいいのか?

を具体的に示してくれている本。

 

そしてロゴセラピーでは

「苦悩は人間の能力の一つ」

「苦悩には意味がある」

という。

 

理論を知る

実践してみる

難しい場面で葛藤し

わかってないことがわかる

学ぶ

実践する

理解が深まる

 

私はそうやって

ロゴセラピーに取り組んできた。

 

いよいよ今年は

これを伝える活動をしたいと

考えている。

 

 

「最善の自己」を実現するための

ヒントがいっぱい詰まっている

ロゴセラピーを

悩みながら伝えていこうと思うんだ。

 

結局は上の本と根っこで同じ。

 

こっちも結構興奮した。

 

 

 

 

というわけで、

この2冊からスタートした2019年。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

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水仙の香りとともに。

【2018.12.31 Monday 15:54

2018年。

手帳にメモした心に残った言葉は、

いましめ系が多し。

 

 

「物事を単純化して伝えることの恐怖」

 1月14日放送の「ボクらの時代」の市川沙耶さん

 ニュース番組でキャスターを務めていた時のことを

 聞かれて。

→私も、単純化して何かを言うとき、誰かを

 傷つけているような気がしてならない。

 

 

「これを味わえるのは僕だけですから」

 (有馬記念 キタサンブラックのラストランに

  騎乗する武豊氏)

→緊張に巻き込まれないで、今の自分の状況に

 どういう意味があるのかを考えてる。

 

 

「大家族の中だと21通りのやり方を使うが、

  核家族の中だと6通りのやり方でいい。

  コミュニケーションの訓練の機会が

  核家族の中では少なくなっていく」

 (静岡市のスクールカウンセラー連絡協議会で)

 

 

「お母さんは怒ってたんじゃないの。

  悲しんでたの。

  我慢できないほど悲しいから

  怒ってることで

  悲しみを減らすの」

 (ドラマ「anone」)

→これ、無意識の中でやっている方は

 多いと思う。

 あんまり悲しかったり、不安だったり

 困ったり、寂しかったりすると、

 それをまともに感じちゃうとダメージ大きいと

 防衛本能が働いて、

 怒ってることにして攻撃することで

 自分を守る心の仕組み。

 それをドラマの中で、こうやって

 言葉にしてくれて、

 あ〜こう説明すればいいのかと

 すごく納得した。

 

 

 

「自己注目がうつの要因の一つって

 いうけど、大学教育で、大分学生に

 そう仕向けている気がするのだが。

 内省とか自己調整学習とか」

 (下坂剛氏 twitter より)

→ロゴセラピーの過剰自己観察のことだなあ。

 内省も自己調整学習も大切なんだけど、

 それだけのみでは困るんだな。

 バランスだな。

 

 

・「悲しい自分が見る景色は悲しい

 (朝日新聞折々の言葉・関川夏央氏)

→同じようなことを田口ランディ氏も

 「逆さに吊るされた男」の中で

 「あなたに闇があるんじゃない。

  私があなたの闇に意識を向けて

  いたということなの。私がそれを

  見ようとしていた」と。

 

 

「大筋で合意し何も決まらない」

 (毎日新聞万能川柳より)

 

 

・「フィルターバブル」

 (見たくない情報を遮断する機能のせいで、

  まるで泡の中に包まれるように、

  自分が見たい情報しか得ることが

  できなくなること)

→私のSNSは思い切り偏っていることを

 意識してないとなあ。

 

 

・「すぐ怒鳴る人はおちょこのキャパシティ」

 (毎日新聞万能川柳より)

 

 

「成功パターンは十人十色だが、

  失敗パターンは共通要素がある。

  『カミングアウトせずに、一人で

  抱えこむ』

  介護はネガティブな内容なので、

  どうしても口が重くなる。

  ストレスが雪だるま式に膨らんで

  つぶれやすい」

 (渥美由喜氏 毎日新聞)

→介護サービスを受けるためにしっかり相談する

 ことも大事。周りの誰かに助けを求めることも

 大事。ちょこっと愚痴るのも、すごく大事。

 時々、ゆっくりだれかに話しを聴いてもらって

 欲しい。

 

 

・「今のところ、すべて完璧!」

 (サッカーW杯でハーフタイムに昌子選手に

  声をかけた牧野選手の言葉)

→私も、ビビる後輩に、

 実施最中はそういう声をかける人で

 ありたいさ。

 

 

「私ってほんと、勝手。

  子供が遊んでばかりいると、

  なんで遊んでばっかり!とキレるし、

  家にいると、なんで友達と遊ばないの!

  とキレちゃう」

 (フードコートで隣に座ってた女性の会話)

→なんか、私はすっごくわかって。

「そんなに自分を責めなくていいよ」と

 声かけそうになった。

 もちろん抑えた。

 でも、その方が、そうして

 日頃を振り返ってる彼女が

 愛しくって、愛しくって。

 「甘いものでも食べな」

 って言いたかったけど、

 我慢した。

 

 

・「会議中言えばいいのに飲んで言う」

 (毎日新聞万能川柳)

 

 

「なんか、違和感がある」

 (私の夫の言葉。

  TVのCMで夫が家事を手伝ったことを

  妻が「ありがとう」と言うシーンを見て)

→彼の中では家事はもう当たり前で、手伝うもの

 でもないってのが、我が夫ながらあっぱれ。

 (と、こういう考えも彼にとっては

  違和感なのかも)

 

 

「せっかくできたシワだからさ、

  もったいないじゃない」

  (樹木希林氏)

→ほうれい線が気になってたけど、

 そうだよなあ、58年かけて作って

 きたんだもんなあ。育ててやるか、シワ。

 

 

・「優しさでやっつけろ」

 「優しくない人にも優しくしろ」

 (小学生の時、いじめられて帰ってきた

  レディガガに母親が言った言葉)

→そうだよなあ。そうありたいよなあ。

 真っ当な言葉に背筋が伸びる。

 

 

 

「グレートの最大の敵はグッド」

 (ミッシェル・スミス氏

 「奇跡のレッスン」ソフトボール編)
→これイタかった。なんで私のそのこと、

 知ってるの?と考えたのと同時に、

 それ私だけではなかったんだ!とも思う。

 失敗したり、ダメだしもらったり、

 めちゃクチャ凹むと、必死にそこから

 何かを学ぼうとして、

 つまり悔しさは原動力になるけれど、

 まあまあの出来だと、それでよしとしてしまう。

 危機感は準備につながるけど、

 ちょっとした成功体験は、単純な繰り返しを呼び、

 「こんな感じでいけるか!」的な考えが

 どうしてもちらつく。

 あ〜2018年最後に出会った言葉が、

 これ。

 

 

これらが、

引っかかったということは、

2018年の私には

必要だった言葉だったんだと思う。

 

噛み締めます。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、

今年は

義母をなくしました。

喪中でもあり、

お正月の花は静かな水仙にしてみました。

そしたら

なんと清々しい香りだこと。

 

 

清々しい香りの中、

2018年も

無事に締めくくることができたことが

本当に本当にありがたいです。

 

みなさま、

いろいろお世話になりました。

 

お世話になっただけではなく、

この一年の間に、

私の何かで、

傷つけてしまった方がいるかもしれません。

私、全く悪気はないんだけど、

それでも私の何かで、

いやな思いをされた方もいると思うんです。

あ〜申し訳ないです。

 

年が変わるのを機に

許してくださいとは

あまりにムシがよくて言えないけど、

また関わってもらえたら、

とお願いするのみです。

懲りずによろしくお願いします。

 

 

今年もお世話になりました。

 

2019年、

良い年にしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

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居心地の悪い場所から成長は始まる

【2018.12.25 Tuesday 11:16

「奇跡のレッスン」ソフトボール編。

アメリカからやってきた「最強コーチ」は

ミッシェル・スミスさんという方で、

元アメリカ代表のエースとして

2度の金メダルを獲得したとのこと。

彼女が

今回コーチしたのは

公立高校のソフト部11人。

 

すごかった。

これまでその高校生たちが

信じてやってきたことを、

どんどん覆していく。

バッティングフォームを直し、

失敗を恐れた守備の方法や考え方も訂正し、

ピッチングのフォームまでも変える。

 

「ためない」

「腰を入れない」・・・など、

結構びっくりするアドバイスだったから、

番組を見ていた

日本のソフトのコーチたちは

目からウロコの方も多かったのでは?

と思う。

 

とにかく、11人はそれについていく。

 

今までと違うことを求め、

違うことを教えているのだが、

彼女の言葉と彼女の態度は、

子どもたちを奮いたたせ、

改善点を伝えるときも自信を与えてた。

 

というか、

奮い立ったのは彼女たちだけではない。

私もだ。

 

 

中でも、

彼女の

「居心地の悪い場所から

 成長は始まる」

という言葉は、

私のアサーティブの歴史と重なった。

 

20年くらい前、

アサーティブ・トレー二ング基礎編を

受けた時、

私は居心地悪かった。

1日目はとにかく、よく涙が出てしまった。

 

 

「アサーティブで

 コミュニケーションしようと思ったら、

 スタート地点は自分。

 自分がどう考え、どう感じているか、

 まずは自分の中で明確にする」

という考え方は、

それまでの私のやってきたことと真逆。

「この場を丸く収めるには」とか

「どう返事したら相手は満足か」

などという、

周りや相手からスタートする

コミュニケーションをやってきたから、

違う国の言葉を聞いているようだった。

 

 

長い時間かけてやってきた

当たり前のことを

変えるのは、

落ち着かない時もあるものだ。

 

 

 

 

11人の生徒たちの中の一人、

父親が野球をやっていて、

その影響で、

近いスポーツ、ソフトを選んだ

高校一年生は

しんどい思いをしていた。

彼女はバッティングがよく、

スタメンだったが、

フォームを根本から変えたことで

調子を崩す。

修正についていくことができている

メンバーもたくさんいる中、

彼女は

なかなか打てない。

スタメンから外れ、

練習でも声が出ず・・・。

その苦しみをわかっていたコーチは、

ミーティングで

「苦しんでいた人もいると思う」

という言葉に続けて、

「居心地の悪い場所から

 成長は始まる」

と話していたのだ。

 

 

 

 

12月22日と23日は

アサーティブトレーニング基礎編を

開催した。

参加者の方々の中の4名は、

以前に研修や、自治体開催の講座で

アサーティブを学んでくれて、

もっと身につけたくて、参加された方々だった。

アサーティブを知った時に、

もしかすると

これまでと違うことをする落ち着かなさ、

慣れないことへの疲れ、

またいつもの自分のやり方が出てしまうことの

情けなさなど、

居心地の悪い思いを

されたことがあったかもしれない。

しかし、

自分のコミュニケーションを変えようと

歩を進めた方々だ。

 

 

 

脳の仕組みからいうと、

脳は

変化を嫌うものらしい。

昨日までと同じでいいじゃんと

戻そうとする本能と

いやいや変えるんだという意思。

変化成長をしていくときには

つきものの葛藤。

 

そういう、

居心地悪い思いをしたとしても、

少しずつのチャレンジは、

未来を変えていく。

 

 

 

 

 

フィードバックシートの

シェアを了解くださった方の

感想は以下。

 

「12の権利が心に残った。

 もっと自分に誠実に、

 『ねばならない』にとらわれずに

 自分自身に問いかけてみようと思います。

 易しいことで練習したが、

 本当にどうにかしたいと思っていることも

 少し練習したかった。

 応用もカフェも受けてみたい」(ゆーり)

 

「自分を許すとか、認めることとか、

 今までしてこなかったなという思いから

 涙してしまいました。

 心に残ったのは12の権利。

 今まで『ネガティブな面』と思ってた部分を

 肯定できました。

 的をしぼること、相手理解、

 など、もっと学びを深めたいです」(H)

 

「的を絞って話をすること。

 それが最も心に残りました。

 それと自分を褒めてあげたい。

 また自分にも権利があると知ったことも

 大きい。

 もっとロールプレイがしたかった」(みいー)

 

「断ることはネガティブイメージではないと

 知ったことが大きかった。

 最後に皆さんに真面目だとか誠実とか

 褒めていただいたことも嬉しかった。

 自分に誠実になり、率直になるまでの

 判断が早くできるようになりたい。

 参加メンバーの皆さんも素敵な人ばかりで、

 充実した2日間でした。

 ありがとうございました」(k)

 

 

今回の参加者の方々が、

私が20年前に感じた

居心地の悪さを感じることがあったとしたら、

「ここから成長が始まる」って

思ってくれるといいなあ。

 

 

 

さて、

11名の高校生たちは、

コーチの最終日、

自分たちより格上のチームと戦い勝利した。

 

勝利したこともすごかったけど、

一人一人がしんどい思いをしながらも、

より良くないたい、

上手くなりたい、

強くなりたいと

いう思いに向かって止まらなかったことだ。

 

すごいと思う。

 

 

 

あ〜憧れるわ、

そういう指導ができる

ミッシェルさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスは

アイスバイン。

めっちゃいい香り。

骨は、カルクラへ。

 

 

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| アサーティブトレーニング | - |

「まずはよく聞け相手の言い分」

【2018.12.21 Friday 08:23

先週の土曜日、

アサーティブ・トレーニング基礎編を

終了した仲間で

学び合うアサーティブ・カフェを開催。

(今週土日は基礎編開催!)

 

今回のテーマは

「違う考えを持つ相手の背景を考える」。

 

私には私の考えがある。

それとは違う考えの相手がいる。

それでもなお、

相手と一緒に仕事をしていきたい、

あるいはしていく必要がある、

とした時に、

対話で乗り越えていくには、

どうしたらいいか?

 

自分と相手の考えの、

どの部分は共通で、

どの部分は違い、

それをどうしていくかを

話しあうわけだから、

相手の考えをよく聞くことが必要だ。

(自分の考えは自分でわかっているし)

 

 

 

参加者「きんぎょ」のフィードバックシートには

相手の考えの背景を考えることこそ重要だと

いうことがわかりやすく書かれている。

(シェアOKしていただいてます。

 職種がわからないよう、

 若干筆者が修正しました)

 

 

「先日、上司に言いたいことを言ってしまいました。

 言いながら、

 私、辞めさせられるのか、

 それならそれでいいや、

 この状態には耐えられないと

 思っていました。

 結果、その後、会議が開かれ、

 その問題が話し合われ、

 新しいルールが決められ、

 スタッフも

 自信を持ってお客様に

 対応できるようになりました。」

 

「きんぎょ」はその瞬間、

思ったことをそのまま言葉にして、

上司にぶつけてしまった。

上司はぶつけられたことで

「きんぎょ」そのものを批判し

対立をするのではなく、

ぶつけられた中から問題を見つけ、

話し合いを持ってくれたということだ。

なんて素敵な上司の方なんだろう。

 

この問題が解決したのは、

もちろん、その上司の問題解決能力がある。

しかし、それも、

「きんぎょ」がコミュニケーションのボールを

投げなければわからないままだった。

 

(どうせ、何言っても駄目だし)と

諦めずに、

「きんぎょ」が

言ってみたから解決の道は開けた。

やるなあ、「きんぎょ」。

 

 

「困ったのは、私が辞めさせられず、

 なんとなく上司への気まずい思いを

 抱えているということです。」

 

そうかあ、

そこに困っていたんだ。

それは気まづいもんね。

 

「今日、ロールプレイでその時のことを

 振り返って、

 自分がとても感情的になっていて、

 上司の立場や思いに考えをめぐらせて

 いなかったことに気づきました。

 喧嘩腰では相手も喧嘩腰になって

 しまいますよね。

 上司だってお客様のことを大切に思っている。

 むしろその思いだけで、その組織を

 立ち上げた方なのだから、

 最終的にはそこに向かって

 一致できるはずですね。」

 

「きんぎょ」が素晴らしいのは、

この日、

「相手の思い」を丁寧に考えていたことだ。

「上司からの理不尽な指示」の背景を、

自分の思いは一旦置いて、

細やかに考えて書き出していた。

しかも、

これからに備えて、

違う投げ方

(相手も尊重しながら、自分の考えと感情を

 表現するアサーティブの方法)を

ロールプレイという手法で

練習してみていた。

 

「きんぎょ」の練習を、

相手役を務める参加者は

上司になりきって勤め、

もう一人は客観的に冷静に

フィードバックを出していた。


あ〜いい時間だった。

 

 

 

もう一つの視点からフィードバックを

書いてくれたのは「ココロ」だ。

 

「つくづく思うのは、

 私にとっては相手を思いやるにあたり、

 自分を大切にしておくことが

 どんなに大事かということ、

 そして自分を大切にすることと

 わがままは違うということです」

 

ふむふむ、ほんとそうだ。

 

「訳がわからなくなってる時ほど、

 自分の感情をつかむことが大切で、

 それは自分勝手にするということとは違い、

 相手の背景を考えることにつながると思います。

 自分の感情をつかんでいるからこそ、

 相手の違う考えに出くわした時、

 (相手にも相手の感情や考えがあることに

 思いが至り)

 その背景にも目が向けられるように思います。

 自分の感情をつかめずに相手の背景を考えるのでは、

 『4つの柱』(⇦アサーティブの心構え)

 がどこか行っちゃいそうです」

 

あ〜ほんと、そうだ。いいこと言ってくれてる。

 

「私を支える4つの柱、

 ちょくちょく1本折れかけて

 『あれ、やばい』ってなるけど、

 ツギハギしなからやってくぞー」

 

うんうん、私もそうするぞ〜っと。

 

 

朝ドラ「まんぷく」で

主人公福子が

独身時代に勤めていたホテルの

従業員の休憩室の壁に

張り紙があった、

「まずはよく聞け 

 相手の言い分」

それは大事。

すっごく大事。

そして、

「その前確認

 (自分の)

 気持ちと考え」

だなあ。

 

 

 

まとめると、

対立する考えがあった時、

まずは自分の中で、

自分の感情と考えを言語化する。

それをそのまま相手にぶつけるのではなく、

相手の考えを聞き、

感情を汲み取る。

その上での自分の考えや感情を伝える。

そうやって、

対話で問題解決をしていく。

 

 

対話が違いを超え、

対話が現実を変えていく。

 

 

 

明日12月22日と23日は

アサーティブトレーニグ基礎編。

まずは基礎で、

自他尊重のコミュを選択するときに

どう努力したらいいかを

学んでいただく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年は2種類のシュトーレン!

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| アサーティブトレーニング | - |

大多数→過半数

【2018.12.08 Saturday 09:15

テレビドラマ、

もうほとんどの家庭が

録画を再生して見ているのではないか?

 

私の子どもの頃は

「昨日の『サインはV』見た?」

って会話があったけど、

今の子どもたちは

「『今日から俺は』の最終回、もう見た?」

って会話なんじゃないか?

 

アニメも音楽番組も

「忙しい思いして

 無理して早くお風呂はいって・・・」

とか、

「今日は父親に野球中継を

 諦めてもらわないとならないから

 いい子ちゃんにしとかないと・・・」

ではなく、

余裕のあるときや、

塾に行くまでの隙間時間とか、

他者に遠慮することもなく、

見ることができるんだと思う。

 

テレビの番組表に合わせてや、

他者の要求を感じ取りながら

自分の行動を決めるのではなく、

自分のペースをある程度守れる

生活だ。

 

ってことは、いいことだ。

それが便利で快適ってことだ。

 

 

 

ただ、その中で、

難しい問題がある。

 

使わなくなった力は、

どんどん衰えるということだ。

 

 

便利快適な暮らしの中で

使わなくなる力とは・・・

 

「『いやだな』と思うけど、

 しなくてはならないことをする力」や

「『面倒くさい」けど、

 他者とちょっとは合わせるという力」を、

鍛える機会は、減る。

 

 

ちょっとぐらい減っても、

問題なくやっていける程度の

「折り合いつける」筋力が

もともとあった子はいい。

 

 

でも

発達のアンバランスや、

愛着の問題や、

環境の複雑さや

成長のスピードなどで、

「折り合いをつける」筋力が

もともと少ない子たちにとって、

生活の中で鍛える機会が減ることは、

 

小学校・中学校の生活を乗り切ることは

本当にしんどいと思う。

 

 

うちの夫は教育者でもなんでもないが、

時々鋭いことを言う。

私が、

「どう考えても、

 今の学校のシステムと

 子どもたちがあってないと思う」

とポツリと言った時、

「そうだね。

 昔は大多数の子に合っていたと思うけど、

 今は過半数の子に合ってる感じだよね」。

 

本当そうだ。

 

今の学校の

「集団」を大切に育てるやり方は、

今もまだ「過半数の子」は合わせられるやり方で、

だからこそ、成功例もいっぱいあるから、

切り換えるのが難しいのだと思う。

でも、もうぎりぎりなんだと

私の直感は私を突く。

 

 

 

 

不登校の子の昨年度の数が発表された。

子どもの数は減っているのに

5年連続増加している。

専門家の方々が、

背景は

「複雑な要因が絡み合っていて

 絞れない」系のことを言われてる。

そうなんだろうと思う。

 

 

でも、

学校に行くのが難しい子や、

クラスに行くことが厳しい子と接していると、

「もう、これまでと同じ学校じゃ、無理」

とマジ思う。

 

 

小さい頃から、

食事は、

みんなが一緒のものを食べるというよりは、

その人が食べれるもの、食べたいものを

自分で選んだり、与えられたりすることが

増えている。

 

「パンが嫌なら

 これにする?」

的なことって、

結構あると思う。

 

「あなたはあなたのペースでいいよ」

というメッセージの中で暮らしてきていて、

小学校に入ると急に

「友達関係や勉強の面で、

 集団に合わせられないこと」を

マイナスとされ、

そういうメッセージを浴び続ける。

 

 

その筋力の鍛え方も知らないうちに、

バーベルのキロ数をどんどん上げられて、

(もちろん、親も教師も全くの善意で

 それが子どものためだと思いながら)

「頑張れ」

「やればできる!」

とハッパかけられ、

なんとかやってきたとしても、

小学校5年生くらいで

「もう無理」、

中学生になってもまだ続くのかと実感する

中1の夏頃には、

心のエネルギーは冷えきってしまう・・・

のではないだろうか?

 

 

どうしたらいいのだろうか?

 

 

今の学校のシステムの中で

すぐにできることとしては、

学校の中に、

「『いやだな』と思うけど、

 しなくてはならないことをする力」や

「『面倒くさい」けど、

 他者とちょっとは合わせるという力」を、

 つけていく場を設けることを提案したい。

 

「もう無理」となる前や

心のエネルギーが冷え切る前、

 

つまり、

遅刻が増えてきた・・・とか、

日記での不満の表出とか、

テストの点や、

授業中の態度とか、

ペアやグループでのワークの中での

 辛そうな様子とか・・・、

喧嘩が多いとか、

提出物が出なくなったとか・・・

そういう子たちが、

希望してくれたら

安心して自分なりのペースで

自分の筋力をつけていくことができる場。

 

今静岡市の中学校には

ほとんどの学校にある

「相談室」「学習支援室」などという呼ばれ方を

している場を、

多様な子どもが

もっと安心して自分を成長させていく場にする。

 

今はまだ、

不登校だった子がクラスに復帰する前の

過程の場という位置付けの学校が

多いと思うけど、

これを

「個別に

 安心して、

 筋力つける場」

という位置付けにする。

 

だから、

いっぱいいっぱいでクラスに通っている子も、

「もうマジ無理」となる前に、

行っていい場所。

 

安心してというのは、

ここにいていいんだ、

ここで生活していいんだ、

ここで自分をちょっとずつ成長させて

行けばいいんだ

と思える場。

 

それが小学校にもできるといい。

 

 

以前読んだ

杉山登志郎先生著書

「子育てで一番大切なこと」の中に

「個別対応が必要な子ども達は

 これから増えることはあっても、

 減ることはない」

という言葉がある。

そしてその対策として

幼稚園6年生ということを

提案してる。

 3歳から3年間をジュニア幼稚園。

 6歳からの3年間をシニア幼稚園。

 9歳までは全部の子どもを

  できるだけ個別に対応。

 9歳で子どもの凹凸の特色が

  ある程度わかる。

  個別の対応が引き続き必要な子と、

  集団教育体制で学んでいく子が

  はっきりする。

  その上で飛び級も落第も認める。

 

これは、読みながらびっくりしたけれど、

後からじわっとしみてきた。

 

 

 

今の暮らし方の中で育ってきている子どもたちが、

6歳になると全員いきなり集団の中に入り、

一様の教育を受けていくことの弊害は、

大きい。

 

集団の中で一様の教育を受ける

ということは、

自分の思い通りにならないことを

受け入れるということ。

 

つまり

「嫌だけどやる」(自立)

「面倒だけど、他者とともにいる」(共生)

 

この力を、

段階を踏んでつけさせてあげられる学校。

 

一足跳びに

幼稚園6年生は難しいかもしれないが、

まずは今あるシステムの中で、

できることをしていけたらいいよなあ。

 

 

 

 

今のままでは、

子どもは大変だし、

大変そうな子どもを見ている親は辛いし

自分の子育てを責めたりしちゃうし、

先生は先生で

自分の指導方法に自信が持てなくなっちゃう方もいるし、

このスパイラルは続いてしまう。

 

 

 

なんて、熱くなってまとめてみました。

 

 

 

あ〜みんなが

笑える場が

学校だったらいいのになあ。

 

 


 

 

 

 

 

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| SC | - |

ずっと被害者でいなくていい

【2018.12.04 Tuesday 08:51

ちょっと間違えたら

「先輩、早とちり、多くないですか?」

自分の意見を言うと

「言い訳はいいですから〜」

一ヶ月前にスケジュールの変更を申告してあったのに

「エッ?困るなあ、急に変えられると」

疲れて帰宅し、なんとか夕飯を整えると

「今日、これだけ?」

 

キツいアドバイスや、

イタい指摘、

厳しい注意、

そういう批判の言葉が飛んできた時に

どう対処するか。

 

これ難しい。

 

対処した方法によって、

後に残るものが違ってくる。

 

アサーティブトレーニング応用編のテーマの一つ

「批判の対処」は、

受講生から「目からウロコが落ちた」系の感想を

いただくことが多い

人気のテーマだ。

 

 

 

例えば、

いっぱいいっぱいの時に

「もっと余裕もってやった方がいいんじゃない」

というアドバイスをされたとしよう。

 

そして

それに対してカッキーンと

打ち返してしまったとしよう。

 

「だって

 しょうがないじゃないですか!(怒)

 この状況でどうしろって言うんですか!(怒)」

 

きっと

その背景には、

(できてたらやってるよ。

 そんな場合じゃないからパニクってるんでしょう!)

という思いがあってのこと。

 

カッキーンと打ち返してすっきりして、

「以上終わり!」と

割りきれる人もいるだろうけど、

「言いすぎちゃったかも・・・」と

爆発してしまった自分に対する自己嫌悪が

ちくりとする方もいるだろう。

どちらにしても

そのお相手との間の微妙な関係も残るかも。

 

 

 

そうではなく直に受け入れてしまう、

例えば

 

「本当、そうなんですよ。

 アドバイス

 ありがとうございます」

 

なんて頭を下げ、

(あ〜余裕を持ててないこと、

 バレてしまってるんだなあ)

と落ち込んで、

 

それでもそのあと、

なんか変だな、

なんかモヤモヤするな・・・なんて時は、

 

相手との関係に角は立たないが、

そのかわり、

自分の心の中に悔しさが

残ってしまってることが多い。

(なんであんなんこと、

 言われなきゃならないの?

 あの状況で余裕なんか無理だし。

 しかも、反論の余地も与えてもらえずに・・・)

 

 

 

批判の対処法を知らずに、

批判の言葉を受けるたびに、

悔しさや驚きやショックや悲しさとともに

「自分が悪い」という考えを

心の中に押し込めてしまうと、

溜まった思いは発酵して

いつの間にか「そう思わせた相手が悪い」

と変換してしまうこともある。

 

「あんな言われ方ひどい!」

「傷つけられた!」・・・

つまり、

「自分は被害者だ」

と認識してしまうことがあるのだ。

 

これが続くと、

結構きつい。

 

 

どうきついかって、

まずは

無力感でいっぱいになってしまう。

 

そして

自分自身を信頼する気持ちの構築に、

大きな影響を与えていくと思う。

 

「またダメだった」

「言われっぱなしだ」

「ちっともわかってもらえない」

「なんでこうなんだろう」

「私ってほんと、かわいそうだ」

という考えを

繰り返し繰り返し心の中でつぶやくと、

いつの間にか

被害者でいることが

当たり前のようになってきてしまう。

 

 

 

アサーティブトレーニング応用編で取り扱う

「批判の対処」は、

批判を受けた瞬間にどうしたらいいかのスキルがある。

これを使いこなすようになるには

時間をかけて練習することが必要だが、

すぐに手に入るものもある。

それは「批判」というものの捉え方だ。

「批判」を理解することで

「自分=被害者」としなくていい背景が

理解いただけると思う。

 

そしてそれは

「相手≠加害者」ともしないってこと。

 

 

私たちは

誰かから批判を受けた時にどうしたらいいか

という方法を

十分に身につけて大人になるわけじゃない。

見よう見まねで

なんとか体験の中などから

ひねり出した方法で対処してきた。

それはそれでいい。

 

ただ対処の考え方を知り

方法を知り、練習することもできる。

 

静岡での応用編(2019年3月23日(土)24日(日))

については

 

(アサーティブトレーニング応用編を受講いただくには、

 その前に基礎編の受講が必要です)

 

 

*このウェブサイトは、
NPO法人アサーティブジャ パン認定講師である

谷澤久美子が個人で開いているホームページです。

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今朝のカルクラ

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor