今のところではありますが…
熟考。

【2017.08.21 Monday 13:34

8月19日は

バイクの日で、

俳句の日で、

ソ連8月クーデターの日で、

私の誕生日だ。

57歳になった。

 


 

夏休みに行ったタイ展で

自分の生まれた曜日を調べることができた。

タイでは、

ほとんどの方が何曜日に生まれたか知っていて、

その曜日の守護仏にお参りするらしい。

私は金曜日生まれだった。

そして金曜の守護仏は

「どのように教えを広めるべきか熟考する仏陀」

だそうだ。

占い系にほぼ興味ない私だが、

これは嬉しかったなあ。

「広めることに長けている」ではなく、

「熟考する」ってところが、

めちゃ私らしいように思う。

 

私は

「広め方を熟考する」ことに

思う存分時間を費やせる時、

幸せを感じていると思う。

集中していると思う。

もちろん、

うまくいかないことも多いから

苦しむこともあるけど、

それも含めて大切な時間だ。

守護仏が守ってくれていたのかな?

 

 

今年のこの日は、

「アサーティブトレーニング基礎編」で

講師を務める1日で、

前日までの(私なりの)熟考を

形に表すことのできた

本当にいい誕生日になった。

 

 

 

基礎編は全部で12時間を要する。

今まで土日と連続2日で行ってきたが、

今回は静岡では初めて、

前半6時間と後半6時間の間

2週間の間隔をあけてみた。

 

前半分と後半分を合わせて

参加者の方の感想などを

掲載してみる。

  (公開OKの方のものです)

 

・心に残っていることは、

 ロールプレイの演習。

 辛かったことを話し受け止めて 

 もらえたことも嬉しかった。

 日頃、他者から「感情で話している」

 と言われ、気になっていたが、

 その意味が理解できたのは大きい。

 また仕事場での依頼事は、

 自分の感情で話すのではなく、

 組織として困っている事の

 事実を明確にする事で

 相手の理解が得られやすいと

 わかった。(N)

 

・自分の伝えたいことが

 言えるようになった。

 言葉に詰まったら

 そこで固まってしまう自分から

 少し抜けだせたような気がする。

 今の自分が「いい人でいたい」

 という殻に閉じこもっていたこと

 にも気がつけた。

 また断ることは、相手を傷つける

 と思ってしまっていたけれど、

 言わないことで迷惑をかけてる

 こともあると気がつけた。

      (ネコバス)

 

・ロールプレイを3回やるうちに、

 何を伝えたいか的が絞れてきて、

 それを伝えることが

 相手にも自分にも大切なことだと

 確信できたので、

 堂々ということができた。

       (きんぎょ)

 

・コミュニケーションパターンは、

 あの人は攻撃的だからとか、

 この人は受身的だからとか、

 決め付けてしまうのではなく、

 その時々によって、

 私も、他の人も使い分けている

 ことがよくわかった。

 だとしたら

 自分はアサーティブになれるよう

 心がけたいと思う。

 そして「自己主張」は、

 相手を大切にしながらできる

 ってことを学べたことが大きい。

 私は自分の意見を通したくて

 強く出てしまうことが多いことに

 気がつけた。(Y)

 

・「ノー」は、相手も自分も

 大切にしたいから言う言葉

 という考え方は、

 「ノー」の本質をついている。

 そして、何よりも、自分の人生で

 ずっと付き合い続けていくのは

 自分だとわかった。

 その自分をないがしろに

 したくない。

 その意味でも「自己信頼」を

 もっと学びたい。

 自分とまっすぐ向き合えることが

 アサーティブの土台だと感じたので。

        (I)

 

・知識だけではなく、実践的なことが

 学びの助けになった。

 伝える時の整理の仕方

 (事実・感情・要求)の概念も

 とてもわかりやすかった。

 参加者の方との意見交換も

 心に残っている。

 また普段「ノー」ということに

 強い抵抗感があった。

 講座の中で、「ノー」は決して

 ネガティブなものではないことに

 気づかされた。

 「ノー」の中から見つけられる

 プラスのこと(相手との良い関係

 を築きたい、自分を大切にしたい)

 が発見できて、とても勉強に

 なった。(ゆうこりん)

 

・大勢のスタッフの丁寧な対応に

 満足している。

 講座の中で心に残っているのは 

 コミュニケーションの権利。

 また「ノーとは何ができて

 何ができないのかを相手に

 わかってもらうことば」という

 説明に、自分理解、相手理解の

 大切さを感じた。

 自分に自信が持てない私に、

 スタッフから認める声かけ

 をしてもらい嬉しかった。

      (N)

 

・4つの柱(相手と向き合う時の

 心がまえ)が大切だということ、

 日常的に整理方法(事実・感情・要求)

 を使うことが、的を絞る練習になり、

 それによって相手も大切にした伝え方

 になることがわかって、とても勉強に

 なった。(マリリン)

 

 

・今までの経験と照らし合わせながら

 今回の講座を受けた。

 ちょっと生きる気力が出た。

 こういう場面でこうしようと思えたり、

 考えたりできる〜これが今の私には

 皆無だったので、そんな、

 ちょっと先のことが

 考えられてよかった。(めい)

 

 

こうやって感想を読んでみると、

つくづくと

アサーティブは、単なるコミュニケーションの

方法ではないんだと思う。

もちろん方法は大切で、

方法論も明確にあるところが

アサーティブトレーニングの良さではある。

ただ、それ以上のものだと思う。

 

生き方を広げるものなんだと思う。

 

 

「言えない人」には

「伝える」選択肢を、

 

「怒鳴ってしまって

 後悔が多い人」には、

「聴く」選択肢を、

 

「一人で頑張ることのみしてきた」人には、

「助けて!と頼る」選択肢を、

 

「相手が悪いと思うことで

 生き延びてきた」人には、

「自分のできることを考える」選択肢を、

 

「不安で動けなくなる」人には、

「感情に込められた意味を

 受け取る」選択肢を、

 

もたらせてくれる。

 

アサーティブトレーニングとは、

自己理解を重ねてもらいながら、

自己表現の背中を押し、

そのことで自己信頼を育む場。

 

これを広めていくことも、

私の大切な志事の一つ。

57歳も

葛藤しながら、

簡単に決断しないで、

解決を急がないで、

苦しさを心の中に持ちながら、

ダメな自分も共存させながら、

それでもなお

熟考していきたいと思う。

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<お知らせ>

9月のアサーティブカフェは、

自己信頼について深める時間も

持ちます。

もちろん、

ロールプレイをやりたい方にはその時間を、

おしゃべりしたい方にはその時間を、

作ります。

できたらデモで学びたい方のための

デモの時間も!と欲張りに考えてます。

 

日時:9月16日(土)13:30〜16:45

会場:静岡県教育会館

参加費:3000円

お申し込み:kumikotanizawa@gmail.com

 

 

・・・・・・・・・

さてさて、

還暦まであと3年。ひやっほ〜!

自分がそういう年齢になるなんて、

なんか、すごい。

ここのところ朝起きた瞬間、

いろんなところの関節が硬い感じがある。

お腹周りはランにも負けずど〜んとしてる。

ほうれい線はくっきりで、

夕方になると文字が見えにくい。

恥ずかしいけど、

おならも思わぬ時に出ちゃう。

(57歳の女性が全員、

 ゆるいんじゃない!

 と断っておこう。

 これは私の問題)

「あれあれコミュニケーション」で

固有名詞は出てこない。

 

なんだけど、

周りに助けてもらいながら、

いっぱい許してもらいながら、

なんとかやっていこうと思う。

 

私にとっては初めての57歳!!!

スタートしました。

いくぞ〜、お〜!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| アサーティブトレーニング | - |

タイ展と、ボクサー村田。

【2017.08.17 Thursday 09:26

夏休みのめちゃめちゃ良かったもの、

2つをメモメモ。

 

東京国立博物館の「タイ展」

これ、仏像がちょっとでも好きって人には

大満足の展覧会だと思う。

 

山手線の電車の中で流してるCMで、

みうらじゅん氏といとうせいこう氏が

「微笑み返し」って言ってるけど、

すごくよくわかった。

タイの仏像は口角が上がっていて、

ちょっと微笑んでる。

挨拶したくなる。

 

タイの仏教は、

上座仏教とのこと。

厳しい修行に耐えたもの、

敬虔な信徒が救われるという教え。

(日本に入ってきた仏教はだいたいが

 大乗仏教というもので、

 お釈迦様がみんなを救ってくれるというものとのこと)

自分で自分を救うべく修行する中での、

あの微笑みかあ・・・。

 

しかも、

説法に歩くために、

一歩足を前に出す遊行像があったり、

横になって寝ている涅槃像があったり、

バラエティ豊かで、楽しい。

 

意識しなくても、

微笑み返ししちゃってるのは、

周りを見ると

私だけじゃなかった。

 

ラーマ2世王作の大扉は5メートル以上ある

大きな扉。

これどうやって持ってきたんだろう?

透し彫りっていうのかな、

たくさんの細かい彫刻が施されていて

圧倒される。

ここだけ撮影OKだったのに、

スマホを持ってなくって、

撮影できず。残念。

 

8月27日(日)まで開催してるとのこと。

 

 

 

録画してあった

「情熱の炎は消えず 村田諒太・激闘の果てに」

をじっくり見る。

 

ボクシングという

殴り合いをする

すごくタフなスポーツの

プロ選手が、

現役真っ最中に

自分の弱みを含む本音や、

それにどう打ち勝っているのかを

語ってくれるのは、

とても貴重だと思う。

 

しかも、彼を支えているものが、

「本(の中の言葉)」。

その中に

ロゴセラピーの創始者フランクルが書いた

「夜と霧」も含まれてた。

 

 

 

このインタビューは

判定負けした

世界王者決定戦の10日後に

行われたとのこと。

 

私が注目したのは、3点。

 

1点目。

アマチュアからプロに転向した当初、

彼が自信を失っていたことだ。

デビュー戦はでノックアウト勝ちしたのに、

その裏でプロならではの恐怖と戦っていたんだそうだ。

「プロになって

 1つの試合に向けての怖さは

 アマチュアの時と段違いになった」

怖さの理由として、

肉体的な面では

グローブが格段に薄くなってパンチの破壊力が増したこと。

ヘッドギアがなくなったこと。

ウンド数は最長で12ラウンドで、

一撃でマットに沈められる恐怖と長時間戦わなければならないこと。

心理面では

金メダリストとしての重圧。

「世間で思われてるだろう

 金メダリストとしての偶像を失う恐怖」

 

彼は

デビュー戦の前に父に電話をして

泣いてしまったんだそうだ。

そして父親は言葉をかける代わり

息子に送った本が、アドラーや

フランクルの

「夜と霧」「それでも人生にイエスと言う」

など。

 

 

今現在、悩み、苦しみ、恐怖がつのっているのなら、

それは今のマインドセットの中のこと。

今のままでは到達できる範囲には限りがある。

別の考え方を手にいれないとダメだってちゃんとわかっていて、

父親からの助言を素直に聞き、

新しいマインドセットを本の中の言葉から得た。

 

 

2点目。

それでもいつもいつも感情に

巻き込まれないわけではない。

でも、その時は、自分の感情を

受容する音を実施してたこと。

 

例えば、やはり眠れない夜はある。

その時は、眠れない自分がダメ、まずいと

否定するのではなく、

「眠れないのは当たり前。

 眠れない今の自分を受容してあげる」

これも、ロゴセラピーでいうところの「自己距離化」

をしていることになる。

自分自身の状態を客観的に捉えること。

 

批判も否定もダメだしもしないで、

 

ほら!プロボクサーもやってる。

疑惑の判定に、文句も言わず、

淡々と受け入れ、

さらに、

この試合を、

「やってみたら

 (自分のボクシングが)結構通用するとわかった。

 そして改善点も見つかった。

 自分の伸びしろ、自分の可能性を発見できた」

試合とまとめてる、

そんな強い精神を持った彼が、

自分を受容する大切さを語っているのが、

心強い。

 

これは、

夏休み中の子どもへの声かけに、

すごくすごく役立つと思う。

宿題をやっていない子に、

「(怒!)さっさとやりなさ〜い」より、

「面倒なのはわかるよ。

 で、

 何時になったらやるの?」

の方が、

多分、子どもの自己受容の力を伸ばしてあげられる。

 

 

 

3点目。

一見、マイナスに見えることを、

プラスに変える力。

だけど、マイナスのことも

大事な経験だと意識できる力。

 

彼はデビューから何試合か、

プロへの恐怖から、

自分のスタイルとは違う

「左ジャブを使って距離を取る」

という方法で戦い、うまくいかなくなった。

その経験のことを、

「世界戦の前で経験しておいてよかった。

 あの経験があったからこそ

 自分のボクシングを取り戻すことができ、

 世界戦では自分のスタイルで戦うこと

 ができた」

と言ってるのだ。

しかも、

デビュー戦直後は、

「あれが精一杯だった」とも。

 

また、今回の試合からの教訓も

ちゃんと口にしてる。

「今までの対戦相手とは違い

 後半から距離をつぶしきた。

 そこに対する自分の対応力のなさ、

 長い距離で強いパンチを出せるけど、

 近い距離での対応力がないといけない。

 それはレベル高い選手と戦って

 初めて気づいた。

 自分自身の成長のために

 非常に良い経験だった。

 

 

なんであの判定なんだ?と恨むのではなく、

この試合、この判定という、

自身のボクシング人生からの問いかけに、

彼は意味を見出していた。

 

あ〜素晴らしいなあ。

かっこいいなあ。

 

 

再び同じ相手と試合をすることになったと

報道があった。

 

会見で彼は相手選手への感謝を話した。
「きれいごとではなく、彼には感謝している。

 デビュー戦は僕にとって

 冒険マッチだったかもしれないけど、

 それ以外は実力さえ出せれば

 勝てる相手との試合だったと思います。

 この前の試合で、初めて強い相手と、

 エンダムと試合しました。

 その試合が今の僕を作ってくれていると思いますし、

 今の僕の位置まで彼が引き上げてくれたと思う。

 次の試合では、

 もっといい試合をして、

 もっと強い僕を見せて、

 彼を超えてもっとその先を見据えたい」

 

なんて、ロゴ的な人なんだ!

 

これからも注目したいなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| ロゴセラピー | comments(0) |

1 ON 1 その2

【2017.08.07 Monday 13:03

 

先週買った「AERA」の

「空気はもう読まない」という特集に、

6月の都議選時の

今井絵理子参議院議員のツイート

「今日から都議会議員選挙が始まります!

 『批判なき選挙、批判なき政治』を目指して、

 子どもたちに

 堂々と胸を張って見せられるような

 選挙応援をします」

に関して触れていた。

 

このツイートの話題は、

知ってしまった瞬間から、

気になって仕方なかった。

「批判なき政治」という言葉に対して、

いろいろな考えや感情が浮かんできた。

ほんとにいいの!という焦りみたいものや、

大丈夫?という戸惑いや不安や、

とにかく収まりがつかなかった。

 

ただ、考えても考えても、

彼女が深い意味を持って

ツイートしたとはどうしても思えず、

彼女はきっと「批判する」を

「disる」と同じような意味で

使ったんだと思うようになった。

侮辱したり、あげ足とったり、

噂話をながしたり、

そういう応援はしないつもりです・・・

くらいの感じで、

「批判という言葉の意味を知らない」とか、

「政治に批判がないと進化しない」とか、

そういう問題じゃないんだと考えた。

彼女の世代より年齢が若い方々は、

「批判」とか

「忠告」など、

相手の「耳の痛いこと」系は、

できればしない方がいいことなんだろうな

と解釈して落ち着いた。

 

「AERA」の中で

女子高生のマーケティングを行っている

清水絵梨氏は、このツイートの背景として

〜他人に深く踏みこまないのがルール。

 だから批判をするなんてもってのほかだ。

 気にくわないことがあれば

 フォローを外したりブロック・ミュート

 したりして、心地よい人間関係を

 オーガナイズできるSNSに慣れているため、

 わざわざその壁をやぶって反対意見を

 述べるのは失礼にあたるという感覚

 なのである〜

と分析してる。

 

だから清水氏は今井氏のツイートを

「若者たちは『ハッピーにやるよ』

 というポジティブな意味で

 受け取ると思います」

と書いてる。

 

やっぱりそういうことだったんだと

ちょっと落ち着き、

じゃあ、反対意見や

批判の必要がある時はどうするんだ!と

別のザワザワが出てくる。

 

 

 

 

8月4日毎日新聞の夕刊特集ワイドは

インターネットと

軽んじられていくプライバシーの件に

ついて書かれていて、

その最後に気になる文章があった。

〜岡崎さん(中央大准教授)によると、

 若い世代の場合、

 誰も批判しない、

 似たような価値観の者同士だけで

 交流できる

 狭い『ネットワーク』で、

 いくつものキャラクターを演じるのが

 今は普通のため、

 そこでひどく傷つくことは

 少ないという〜

 

高校生の中には

表のアカウントでは卒なく、

好きなアニメつながりのアカウントでは

その話題で盛り上がり、

裏アカでブラックな自分を出して・・・

といくつものキャラで

生活してる子たちもいるもんなあ。

 

アニメのアカウントで失敗してしまったら、

裏アカで思いっきり本音を話し、

だから表のアカウントでは、

いい人というか、面倒くさくない人を

やれるんだよなあ。

がんばってるよなあ。

 

 

 

意見が違ったら、

とことん話し合うとか、

正面から向き合うとか、

そういうことしなくても、

生きていけるなら、

そんな面倒なこと、

しなくなるのが普通だと思う。

 

 

自分の考えと合わないなら、

話し合って

合意を形成する努力をするのではなく、

そこから注意深くフェードアウトすればいい。

注意をしないとならないことをする人には

しっかりと改善点を伝えるのではなく、

そういう人とは距離を置けばいい。

ただ、こういうことをしていると、

対話する能力は

残念だけど育まれない。

 

 

 

 

そうなると困ったことが起きる。

学生や

プライベートなSNSの付き合いの中

ではいいけど、

組織の中に入り、

自分の意見を表現することを

求められた時や、

注意をしないとならない時だ。

すっごく困ると思う。


上のような

自分がしなくてはならない時困るけど、

もっと困るのは、

反対意見を言われた時や、

注意された時など、

きっとめっちゃショックだと思う。

ものすごく戸惑うと思う。

 

清水さんによると

「反対意見を述べることは

 失礼なことにあたる」訳だから、

その考えを持っていると、

反対されたら「失礼なことをされた」

に捉えやすいと思うんだ。

 

 

私はもう直ぐ57歳で、

少なくともその年代の人たちは、

いろいろアドバイス受けて

ここまでなんとかやってきた。

時には罵倒されたり、

罰を与えられたり、

大勢の前で叱られたり、

一つのミスで人格否定されたことが

ある方もいるだろう。

(それをした先輩も、

 それが人を育てることだと思って

 やっていたと思う)

 

だから、

「その考えは間違ってると思うよ」

「書類に間違い多かったぞ」

「いつまでそうやって、

 人にきいてから動くの!」

などと言いたくなると思う。

 

でも、

「批判はダメ」

「反対意見は失礼」

という価値観の中で、

我慢しながら、キャラを使い分けながら

すごく必死で生きてきた若い人の中には、

そういう先輩や上司の言葉を、

自分への攻撃として捉えてしまったり、

自分が丸ごと否定されたような気分になり

落ち込んでしまったり。

すっかり萎縮してしまい、

そこから抜け出せなくなってしまったり・・・

ってあるのではないか?

 

 

世代間の差ってものは、

厳然としてある。

 

年齢が違い、

育ってきた背景が違い、

価値観が違い、

コミュニケーションの取り方が違う、

様々な人が、

一つの目標に向かって一緒に仕事をする

組織の中で、

問題解決のために、

どう対話していくのか?

 

 

若い世代だけを責めても、

上の世代を責めても始まらない。

 

若い世代が反対意見や注意を与えると

傷つくんじゃないかと

遠慮しすぎても問題解決しないし、

上の世代に、

我慢や諦めだけを求めるのの

行き過ぎてる。

 

 

 

そういう中での解決方法の一つが

1 0N 1なんだと思う。

 

 

1ON 1は、

定期的に上司と部下の間で行う

一対一の対話。

 

ヤフーでは

部下の進捗を確認し、

問題解決をサポートし、

部下の目標達成と成長の支援を行うもの

としてるらしい。

 

上司としては

アクティブリス二ングや

コーチングや

フィードバックの技術などが必要になる。

 

大変だとは思うけど、

何も言わないで、

若い方々が自分で気付くのを

待っているだけの時間が長引くより、

やれることが明確になるのは、

ストレスが減るのではないか。

 

若い方々も、

フィードバックされるわけだから、

建設的にではあっても批判を受けなくては

ならない。

今の若い方に大丈夫?と思うが、

そこに至るまでに、

しっかりと傾聴し信頼関係を作る。

また、「定期的」に行うから、

コミュニケーションの量は増える。

量が増えるってことは、

質問のチャンスや意見表明の機会が増えるってこと。

否定されない、評価もされない、

そこは心理的安全を担保した場と

確認できる機会が増えるってことだ。

 

そういうなかで、

それでも、

「ここは直してほしい」

と冷静に、問題を明確にして伝える

フィードバックの具体的な言い方についても、

先輩がそうやること自体が、

後輩のお手本になると思う。

 

これについては

「フィードバック入門」に詳しいし、

実践的に学びたいなら、

アサーティブ・トレーニング」は、

大いに役立つと思う。

 

 

 

これを言ったら傷つけちゃうのでは?

そう思いやるばかりに、

あるいは

自分が厳しい人と思われたくないばかりに、

あるいは

浮きたくないばかりに、

もの言わない、

萎縮した世の中へと、

これ以上、社会を進めたくないと思う。

 

そのためには、

みんなが

ちょっとずつ

本当ちょっとずつ、

学んだ方がいいんだろうな。

 

 

 

author : tanizawa-k
| | comments(0) |

暴力でも、忖度でもなく。

【2017.07.23 Sunday 17:04

アサーティブとは、

自他尊重の自己表現。

 

相手の意見や気持ちに耳を傾けながら、

自分の意見や気持ちを表現し、

問題解決に挑戦していくこと。

 

私の属する

アサーティブジャパンのトレーナーたちは、

 

問題を、

暴力や武器や威嚇などの攻撃でもなく、

忖度を期待するのでもなく、

対話で解決していく社会を作りたい!

という思いで

各地で活動をしています。

 

ここ静岡でも、

アサーティブを広める活動を

協力しながら進めています。

 

7月22日(土)には

静岡県教育会館にて、

「アサーティブトレーニング紹介講座」を

開催し、

30名(満席!)の参加者の方々が

楽しみながら

アサーティブコミュニケーションを

体験してくださいました。

 

静岡県在住のトレーナー4人が、

アサーティブとの出会いや、

日常でどんな風に使っているか、

また、出会ってからの変化などを語りながら、

アサーティブの考え方とスキルを

参加者の方々に体験していただきました。

 

 

 

フィードバックシートから、

参加者の方々の感想をお届けします。

(公開に了解頂いた感想です)

 

 

*心が伝わるとうれしいものだと

 改めて思いました。そしてそれが、

 相手にもわかりやすく、

 自分にも相手のことがわかると、

 さらにうれしいと思いました。

          (もっち)

 

*お願いするのも、断るのも苦手で、

 一人で抱え込んでしまっていたことに

 気づきました。

 アサーティブのスキルを学ぶことが、

 自分を信頼することつながるのを

 体感できた

 とても貴重な時間でした。(tsukky)

 

*コミュニケーションのパターンは

 性格ではなく、伝え方のくせであり、

 振り返り、自分を変えていくことで、

 相手との関係が変わっていく可能性が

 ある。       (ネオくん)

 

*今回は同僚に誘ってもらったのですが、

 充実した時間でした。

 コミュニケーションをトレーニングするって

 何か不思議な気がしますが、

 自分のパターンがあってクセが出て、

 悪い循環になることが多いのかと

 思いました。

 自分も相手もお互いに尊重した関係で

 コミュニケーションすることが可能なこと、

 それには「心の姿勢」が大切だと

   わかりました。(S)

 

*アサーティブについての初めての

 研修会でした。

 (アサーティブ以外に)3つのパターンが

 あること、4つの柱を持って接することで、

 相手とのコミュニケーションが変わって

 くることがわかり、

 今までの気持ちのモヤモヤが晴れた気が

 しました。

 また自己理解できたこともとても良かったです。

              (M)

 

*相手に自分のことを伝える難しさ、

 コミュニケーションの取り方など、

 日常の中での使えることがたくさんあり、

 大変参考になりました。

 短い時間でしたが、楽しかったです。

 また参加したいです。  (マリリン)

 

*今回教えていただいた

 「頼み方」「断り方」を

 職場で活用するのが楽しみです。

 (相手とのコミュニケーションに

 今一歩自信が持てない面もあったので)

            (k)

*コミュニケーションは性格ではなく

 くせであると最初に話してくれたことで

 ほっとしました。

 (4人の講師の)話し方が穏やかでよかった。

 年齢も性別もそれぞれで、しかしみなさん、

 淡々と、しかし温かな話しぶりは

 すごいと思った。    

 チャンスがあればステップアップしていきたい

 アサーティブの学びです。(じん)

 

*自分のコミュニケーションパターンを

 振り返ったり、相手によってパターンが

 変わることを自覚しました。

 私一人の中でもいろんなパターンを使ったり、

 使われたりなので、

 (相手を)そういう人だと決めつけずに

 接してみようと思いました。 (ゆきちゃん)

 

*講師の方たちの分かりやすい説明、

 講座としての内容もよく、

 時間的にもちょうど良かったです。

 初対面の方とも、楽しく話ができました。

 アサーティブの4つの柱、特に、

 自分にも相手にも誠実であるという

 心の姿勢が心に残りました。

 生きていく上での拠り所になると

 思いました。  

 この講座を受けてさわやかな気持ちです。

 周りの人にも伝えられると、

 より生きやすい社会になりますね。

 (ふくちゃん)

 

*「相手の立場を理解する」ことが

 心に残ってます。

 自分は相手に対して(人にもよるが)

 ドッカン(攻撃的)の時があることが

 よくわかりました。その人にも

 いろいろな都合、思いがあることに、

 至らなかったことは、(もしかすると)

 自分に自信がなかったことからの態度

 だったのかな?とも思いました。

 ですが、それはいけないことではなく、

 くせとして受け止めていけばいいと

 分かり、楽になりました。

 参加してよかったです。

 考え方を変え、堂々と相手と

 コミュニケーションをとればいいと

 分かり、楽になりました。

          (T)

 

*「立場や役割に上下関係があったとしても、

 人間としては対等」という説明が

 心に残っています。

 自分は〜〜してほしいと言える価値がないと、

 だから仕方ないと言い聞かせてきました。

 救われる思いでした。

 今日のこの出会いに感謝します。(エリー)

 

 

ご参加くださった皆様、

ありがとうございました。

 

今回は「よくある事例」を通して

体験をしていただきましたが、

基礎講座では、

ご自分の事例で

アサーティブの考え方やスキルを、

ご自分に染み込ませていただけますよ。

 

また、

講座などで

お目にかかれたら嬉しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| アサーティブトレーニング | comments(0) |

ヒューマノイドの保育士さん

【2017.07.18 Tuesday 09:23

 

先日、

夫と

「将来、ヒューマノイドに 

 保育士さんとか、

 幼児教育者は務まるか」

という話を

ちょっとだけした。

 

私は

「幼児期はやらせたくない派」。

 

でもその理由は、

自分でもモヤモヤしていて、

その時は上手く

言葉にまとめることは

できなかった。

 

で、

「寝る」とか

「漬け込む」ってすごいな!

って思うんだけど、

今になって、

「ヒューマノイドは

 効率的だからだ」

とまとまった。

 

 

幼児期に

「先生」は

身近な大人として、

人間ってものを感じさせてくれる存在だ。

 

その存在は

人間らしく、

不完全であってほしいと思う。

非合理で、

非効率で、

時々愚かな、

つまり人間であってほしいと思う。

 

 

人間は

感情を持ち、

時々はそれに巻き込まれ、

いやいやそれではダメだと自分を律したりする。

 

先生であっても

月曜はなんとなく気だるく、

でもそれに自分で気づいて背筋を伸ばしたりする、

そういう存在。

 

こちらが正解とわかっていても、

不正解の方の背景を思いやって

葛藤したりする。

 

言い間違いがあって謝ったり、

時間ギリギリで飛び込んできた髪の毛がはねてたり、

プライベートでのイライラを持ち込みそうになって

深く反省し、すご〜く頑張ったり、

 

自分を棚に上げて注意して、

子どもから「先生もやってるじゃ〜ん」なんて

指摘され苦笑いしたりする。

 

しかった後凹んでる子に、

活躍する場面を作ってあげたりすることもあるけど、

時々は落ち込むことに浸る時間も必要だとも

知っている。

 

今日のやるべきことはあったとしても、

ムダ話してるうちにそれが楽しくなってしまったり、

ゴールに向かって計画的に進めていくんだけど、

結局最後になって準備が追いついてなくって、

「さ、みんなでめちゃ協力するよ〜」

なんてことになったもある。

 

 

不完全であるってことも含めて

それが

人間として完全なんだと思う。

 

 

 

保育士さんや幼稚園教諭として、

見守らなくてはならないことや、

教えなければならないことを、

効率よくサービスするという、

以外のところで、

人の子どもは「人間」ってものを

自分自身に

染み込ませていくのではないだろうか?

こういうものなんだって。

それでいいって。

 

言葉での理解ではなく、

一緒にいることで、

こういうのが人間って

ものなんだって

わかっていく。

 

 

 

 

もちろん、

ヒューマノイドだったら

罵倒も暴力も

上から圧力かけて子どもをコントロールする

ってことも

(組み込まなければ)ありえない。

保育園や幼稚園、

小学校1〜2年の頃、

先生から受けた攻撃的な言葉や態度や

不当な批判が心の傷になってしまう場合もあるから、

「安全である」ってのはすごいこと。

 

だからこそ、

対子ども支援や教育をされてる方は、

努力やトレーニングをする必要が

あることは確かだ。

 

 

ただ、

そういう、

自分の不完全さや危うさを知っていて、

それでも改善に向かって努力を続ける人が

(でも時々怠けたりもする人が)

幼児期の子どものそばにいてほしいって

考える。

 

 

 

 

 

やらなくてはならないことが山積みな時、

ヒューマノイドは、

優先順位を判断し、

それに基づいて的確に仕事を仕上げていくと思う。

 

あ〜、

そして人間らしい私。

いろいろ後回しにしてる私。

ものすごく

言い訳じみたことを書いてる私。

でも、さすがに取り組むぞ〜〜〜〜〜!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| 日常 | comments(2) |

気分に引っ張られない

【2017.07.10 Monday 08:14

あ〜

なんか

うまくいかないなあ・・・

 

なんてこと、ある。

 

うまくいかないことが重なって、

気分もせいせいしない

なんてこと。

 

なんだけど、

とりあえず、

コーヒーいれて、

レポートの続きを書こう!っと。

 

 

 

・・・というように、

今日の、

今の気分がどうであっても、

気分のまま行動するのではなく、

今、やる必要があることをやれる

といい。

 

 

これは

CL「建設的な生き方」という考え方に

出会った時から私自身が意識していることだ。

意識はしているけど、

するべきことやした方がいいことを

選択しないことも、

もちろんある。

 

ただ選択することの方が

圧倒的に多くなって、

そうなって

本当に良かったと思うのは、

自分へのダメ出しが減ったことだと思う。

 

 

気分に引きずられて何もしないでいると、

気分が良くないだけでなく、

その上に「何もしてない自分」に

一層辛くなる。

 

 

だから、

4の5の言わずに、行動すればいいじゃん!

と思うが、

腰をあげるのが大変な時もあるのが

人間だ。

 

 

そういう時のために、

いろいろな人がいろいろな方法を編み出してる。

 

大きく分けると二つになると思う。

ゝな転換

⊇侏荵に対する

 視点を変えてみる

 

 

 ΑΑ

私の場合は、カル関係で

気分転換できることが多い。

カルはしつこいことを嫌うが、

なぜか私が凹んでいることは

わかるのか、

そんな時は抱っこされてくれたりもする。

 

無脂肪牛乳をいっぱい入れた

カフェオレを飲むこともする、

 

 

平井堅の♩ノンフィクション♩

玉置浩二♩Mr.lonely♩

ユニコーン♩エコー♩

で落ち着く。

 

顔を洗う。

 

大きく深呼吸。

 

着替える。

 

などが、最近の

私の「気分手当て法」だ。

 

 

 

 

今日主に書きたいのは

◆ΑΑ

視点を変える方法だ。

 

これもいろいろな方法があると思うが、

最近読んだ本では以下の方法が書かれていた。

 

 

「『かわいそうな私』エンジンに火がついて

 妄想が止まらなくなっている状態」

になったら

「一時停止ボタンを押そう。

 何の反応もせず、

 3日間ほおっておく。

 または3時間でもいい。

 3日間過ぎたら、好きなだけ

 『かわいそうな私』に

 なってかまわない。

 泣き叫んでもいいし、

 最悪の事態を妄想するのも

 いいだろう。

 それまでは、

 与えられた72時間を使って、

 その事態のいい面を5つ考える」

(「『感謝』で思考は現実になる」より)

 

 

「かわいそうな私」になってはいけない

のではなく、なってもいいけど、

直後はそうしないってのが、

なんか、いい。

 

直後は危険だもの。

 

「かわいそうな私」色のサングラスかけたら、

すべてがそう見えちゃうもの。

 

一旦、

(とにかく3時間は、

 それでもおさまらないなら3日間)

はそのサングラスは外して、

 

その出来事を

「ラッキーな私」色のサングラスを

かけて見るってことだ。

 

最悪の出来事でも

考えようによっては

良いことと考える事もできるのが人間だ。

 

このことをやっている人は

多いと思う。

 

例えば、

◆就職試験でA社から断られた・・・

ショック

「かわいそうな私」サングラスでは、

(もう、絶対に仕事なんか見つからないかも)

「ラッキーな私」サングラスでは、

(もっと他にきっと私の良さを

 認めてくれる仕事があるから

 こその今回だ!)

 

◆上司にみんなの前で批判をされた・・・

悔しい

「かわいそうな私」サングラスでは、

(これだけ恥をかかされた。

 皆はこれから私をできない人と

 扱うに決まってる)

「ラッキーな私」サングラスでは、

(これでもう、しっかり者の私イメージ

 から抜けだせた。のびのびやるぞ)

 

◆子どもがまったく言うこときかない・・・

がっかり

「かわいそうな私」サングラスでは、

(この子に一生振り回されて

 そんな私の苦労は誰も気がついて

 くれない)

「ラッキーな私」サングラスでは、

(この子が本音を出せたり、

 ありのままでいたりできる

 環境を作れてるなんて、

 ありがたい)

 

的な感じだろうか。

 

 

他にも、

最近藤井四段関係で知った

「ひふみんアイ」ってのは

応用できそうだ。

 

これは最近引退された棋士

加藤一二三九段の使う方法。

難しい局面で、行き詰まった時に、

席を立ち、相手側に回って

相手側の目線で将棋盤を見るのだそうだ。

 

「不思議なことに、同じ局面のはずなのに

 先手側から見た時と

 後手側から見た時では、

 局面の雰囲気や形勢が違って見えます。

 これで、より正確に局面の良し悪しや

 攻めるべきか守るべきかなどを

 判断することができ、

 読みも正確になるという効果

「将棋ワンストップニュース」より)

 

 

 

◆約束を破られた・・・悲しい

「ひふみんアイ」で視線を変えると、

 最近、その方は家族のことで

 めちゃくちゃ忙しそうだったから、

 やむにやまれぬ事情が

 あったのかもしれない。

 

 

◆後輩がちょっとしたミスを繰り返す

・・・カチンとくる

「ひふみんアイ」で視線を変えると、

 まだまだ不慣れな中で、

 自分なりに頑張ろうとしているけど、

 細部まで注意深くする余裕は

 ないんだろう。

 

 

 

的な感じ。

 

 

 

以上の方法は

ネガティブな気分の元の出来事そのもの

に対する視点を変える方法だ。

 

 

それ以外にも、

「あるもの探し」(谷澤命名)という方法がある。

出来事そのものから視点をはずし、

気分が凹むその出来事以外では

できていること、

支えてもらっていること、

持ってるもの、

やてきたことなどを数える方法だ。

 

・仕事がある

・待っててくれてる方がいる

・おふろ掃除をしてくれる家人

・スマホで、必要な情報を

 得ることができた

・散歩の最中

 いい具合に枯れ始めた

 紫陽花を見つけた

・新しい仕事に不安な時に

 相談に乗ってくれる先輩

・ツバメが旅立った後、

 今シーズン2代目のツバメが

 現在抱卵中

・一緒に話し合える仲間の存在

・セールで何買おうと、

 ネットでいろいろ見る時間

・・・などなど。

 

 

ただ、

「『感謝』で思考は現実になる」には、

もっと強力な方法が書かれていた。

 

「やらずにすんで感謝してること」

まで含めることを薦めているのだ。

 

やらずにすんでいることって考えると、

 

・今日も通勤の行き帰りに事故に 

 巻き込まれず、事故処理の時間を

 使わなくてすんだ

・車を使うので、

 目的地までの路線を調べたり、

 時刻表に合わせた行動をしない

 ですんだ

・カルがまったくトイレの失敗を

 しなくなってくれたおかげで

 始末をしなくてすんでいる

・家族のみんながとりあえず元気で

 いてくれているので、

 その面の心配はしないですんでる

・今日は家人が飲み会なので、

 残り物ですます。ご飯を作ったり 

 後かたづけをやらずにすんだ

 

やらずにすんでることは

見逃しがちだけど、

でも、

考えてみると当たり前じゃないよな。

 

この本の中には

「『何かが足りない』と思い込むと、

 すでに持っているものへの感謝の心が

 なくなってしまう」

とあるし、

「何もかもがうまくいかないときは、

 うまくいかないことを嘆くのではなく

 うまくいってることを見つけて、

 そこから前に進んでいく」

とある。

 

同感だ。

 

視点の変え方は、

まだまだ工夫ができそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

上記の対症療法も続けることで

気分に左右されなくなる可能性は

大いにあるが、

 

時々、

自分がいやな気分に落ち入りがち出来事を

カテゴライズしておくといいんだろうな。

 

そして、

解決に向かって動き出せると

とってもいいな。

 

カテゴラズのひとつに、

「断れない」「頼めない」「訊けない」

「相手に対して言いたいことをためた上、

 爆発してしまう」

「批判に弱い」

など、

コミュニケーション上のことがあったら、

ストレス要因を減らすためにも

コミュニケーションの技術を

身につけておくと良いと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| 日常 | comments(0) |

STOP! かけられるかどうか?

【2017.07.06 Thursday 11:08

感情を自己管理できるかどうかにかかっているのは、

最初の何秒かだと思う。

 

何か起こった時に、

衝動的に暴言が出てしまうか、

止めることができるか、

一瞬のことなんだよなあ。

 

その一瞬を捕まえることができずに、

思わぬ事態を招いてしまうのは、

子どもも大人も同じで、

大人の事例としては、

自分への批判に対して

「こんな人たち」呼ばわりしてしまうとか、

秘書さんに暴言暴力とか、

近々の事例を考えても

インパクトありすぎで

悲しくなる。

 

 

 

糸井重里著「抱きしめられたい。」の中に

 

「感情を起点にして

 なにか言ったりやったりしたところで、

 せいぜいが『溜飲が下がった』『すっきりしたぜ』

 『吠え面かかせてやった』『ああいい気持ちだ』といった

 かなりむなしい結果にしかなりません。

 『感情的になったら、まず止まれ』

 ではないでしょうか」

 

とあった。

 

その通りだと思う。

そして、その通りだと、

きっと誰もが思っているけど、

どう止めらたいいのか

知らない人も多いと思う。

 

 

事態を良くするも悪くするも、

ほんの何秒か。

 

ほんの何秒ってことは、

「反射的」ってことだ。

 

この反射的な振る舞いを

悪いものにしないために

日常で学んだりトレーニングしとくことは

めちゃ大切だ。

 

 

 

 

私がお勧めしたい

日常の中でのトレーニング法は、

「気づく」練習。

 

何に「気づく」練習をするのかというと、

「感情」に「気づく」練習だ。

 

 

私の場合だったら、

 

カルが食欲ない・・・心配

 

やらないとならないことを

  やってない・・・焦り

 

講演の最中、つまらなそうな

表情の方を見つけた

    ・・・悔しい

 

買ったばかりのTシャツに

コーヒーのシミついた

    ・・・悲しい

 

朝、足の調子が悪いような

 気がして走らなかった

    ・・・情けない

 

みたいなこと。

 

 

 

こういう、

自分が感じたものを

ちゃんと受け止める練習。

 

受け止めるとは、

自分の中に湧いている

モヤモヤしたものの正体に

頭の中で感情名をつけること。

 

 

 

これをする意味は

少なくとも

二つあると思う。

 

 

一つは、

「感情的になったら、まず止まれ」

の「まず止まれ」の前に

やっとかないとならないことは、

「感情的になっ」てる自分に

気づけること。

その練習になるという意味。

 

 

忙しい毎日の中で、

自分の悔しさや寂しさや不安などを

ちゃんと言葉で掴んでおくことなど、

後回しにしている人って多いと思う。

 

そうして溜まっていく思い。

 

溜まっていくだけではなく、

気づけなくなっていく可能性がある。

 

気づけないと、

「まず止まれ」ができない。

 

つまり、

ささやかな出来後からの

小さな感情だったとしても、

ちゃんと気づく練習しとこ!ってこと。

 

 

 

もう一つは、

怒りは二次感情。

最初に湧いた別の感情を押し込め続けることで、

怒りの感情が湧きやすくなってしまうので、

それを阻止しようという意味。

 

 

大人って、

不安とか、情けないとか、悲しいとか、

そういう感情を持つことを、

「弱い」とか「ダメ」って思ってる場合が多い。

 

 そうして頑張って生きてること、

 ほんと多いと思う。

 

そう思い込んでいると、

そういう感情が湧いた時に、

無意識に心の中に押し込めて、

本当は感じているのに

なかったことにすることもある。

 

でも溜まっていく。

 

どうにもならなくなると、

心の中がパンパンだから、

「強い」感情「怒り」に

すり替えて表したりするものなんだ。

 

 

 

 

 

 

「感情を起点」に行動すると、

まずいことになることが多い。

感情をないがしろにしたら、

もっとまずいことになることもある。

 

感情を適切に取り扱うこと。

そのスタートは、

気づくこと。

 

 

*アサーティブ・トレーニングでは、

 応用編で怒りの取り扱いを学べます。

 

 

 

 

 

・・・と隣を見ると、

カルがスヤスヤ寝ている。

なんか、やすらぐなあ。

 

そうだよ、バランスが大切だよ。

 

心地よい方の感情も、

ちゃんと言語化しておきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| 日常 | comments(0) |

ふんぎり

【2017.06.24 Saturday 21:14

 

昨日公園で、

犬好きの小5の女子2人に再会した。

2人はいつも一緒にいるけど、

会話を聞いている限り、

めちゃ仲良しってわけではなさそうだ。

 

「○ちゃんは走るの、遅いよね」

「でも◇ちゃんは泳げないじゃん」

 

名前の漢字を質問すると、

わざとブラックな例で

私に教えてくれる。

一緒にいるその子を

ちょっとだけおとしめる的な

かわいらしいディスり。
 

よく小学生にあることで、

「家では一緒に遊ぶけど、

 学校に行くと距離をとっている問題」

やその反対がある。

 

彼女たちも、

もしかすると、それかも。

 

もしかすると、

お互いすごく好きなわけではないけど、

家の周りではお互いしか

同じくらいの年齢の女子が

いないので

一緒にいるのかもしれないな。

 

 

こりゃ、遊んでても

すっきりしないだろうな・・・

と考えながらも

ま、

こりゃこれで、

人生のトレーニングだよな

と思う。

 

 

私の幼い頃、

近所のお姉さんを取り合って、

周りの女子と競ったことは、

あれがあったからこそ、

そういうことのバカバカしさへの理解と、

ギスギスした関係の中に自分を置くことの

しんどさの経験ができ、

その後に足跡残してたと思う。

そして、そういう居心地の悪さの中にも

楽しいことや、

素敵なことや、

興味深いこともあることを、

身をもって体験したんだと思う。

 

だからあの2人は

あの2人にしかわからない

微妙なつながりの中で

大切なことをいろいろ学んでいるんだな。

 

 

 

 

先日は当番で、

朝6時から8時まで、

自治会の資源ごみ回収の見守りをした。

 

ビンは色別、

かんはアルミ缶とスチール缶とスプレー缶を分別し、

ペットボトルは洗って裸にして潰したものを

出してもらう。

ルールが守られ、スムースに回収できるよう、

当番は見守る。

 

当番で立っていると、

時々子どもが一人で出しに来たり、

親と一緒に出しにきたりした。

 

私は、

「おはよう。

 朝からお手伝い、すごいね」

などと挨拶するのだが、

その中で、

一人で出しにきた、

たぶん小学校5年か6年の男子の行為に

頭が下がった。

 

ビンや缶を、

そ〜っと、

回収の網や箱に入れるのだ。

なるべく音を立てないように、

そ〜っと丁寧に置く、

 

うちの自治会の回収場所は

集合住宅の広い駐車場の一角をお借りしてる。

 

朝6時から

缶を袋から思いっきり回収網に入れたりすると

結構な音がする。

がしゃん、カンカン・・・

と響く。

その集合住宅の方々にとっては、

うるさいんじゃないかな?

 

それを、その男の子は、

もってきた袋の中のアルミ缶を

一気にはあけず、

なるべく音がしないようにという

気遣い。

 

「優しいね」

と声をかけると

はにかむように笑い、

ビン類も、本当に丁寧に扱っていた。

 

 

 

 

先に書いた

面倒そうな人間関係の中で、

遊ぶ時でさえ

単純に楽しさだけではないところで、

心を成長させていく子ども。

 

後に書いた、

他者のことを思いやる行動を、

教わったのか、

自分で考えたのか、

とにかくできちゃう、

心を豊かにさせてる子ども。

 

 

そしてこの週末は、

中学生は中体連で

いろいろな体験をしてるんだろうな。

報われたり、

悔しかっり、

してるんだろうな。

 

 

 

 

私は時々、

講師として学校で子どもたちに何かを話す。

そして悩みを抱えている子どもの話も聞く。

それは一生懸命にやっているんだけど、

でも、何だか、今日は、

こんな感じで育っていく子どもに対して、

何かできるなんて思ってしまったら

思い上がりのような気がしてしょうがない。

 

ただただ、

頑張ってることに対して、

パチパチって拍手して、

失敗してそうな時は、

残念だったね、応援してるよ・・

そういうふうで

いいんじゃないかと思う。

 

育もうとか、

成長を促そうとかじゃなくって

自然に育っていく子どもの心を

心配しながら、ニコニコしながら

見てる感じがいいように思う。

 

 

 

 

同じく昨日の

カルの散歩の帰り、

前述とは違う公園で、

おばあさんが孫を見守っていた。

遊具の階段を登ると、

ブルーの滑り台と赤の滑り台を選べる。

ブルーの滑り台ばかり選ぶ孫に、

「赤の方もおりてみれば!」

とおばあさんが言った。

「いや」と彼はこたえる。

指図されたくないんだな。

今日はブルーがいいんだな。

私はくすって笑えてくる。

 

カルを見ておばあさんが

「ワンちゃんが見てるよ。

 挨拶して」

という。

彼は

「いや」

という。

そのうちおばあさんはスマホで

電話をし始めた。

私とカルは公園の水道でお水をもらったあと、

帰ろうとすると、

彼が

カルに向かって手を振っていた。

おばあさんは電話で話してる。

 

おばあさんが

あれこれ言いたくなる気持ちがわかる。

大人って、

いじらしいと思う。

 

でも、

ただただ

見守っていれば

大丈夫なんだよなあ。

 

 

 

子どもに何かを伝える講師の仕事に対して、

時々どうふんぎりつけたらいいのか

迷う。

ぶれちゃう。

 

ただ、絶対にこれが正解

っていうのは傲慢だと思うから、

迷いながら

ぶれながらいく。

 

 

 

 

 

くちなしが香った。

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| 日常 | comments(0) |

断り下手・頼み下手あるある

【2017.06.16 Friday 10:54

なぜ頼むことが苦手なんだろう?

 

私たちは幼い頃から、

「一人でできるようになれ」

「一人でやり遂げた喜びは格別」

「頼ってばかりいると、

 一人前になれない」

のように教わってきている。

 

そう教えてくれた大人たちは

その言葉を通して「自立」を応援してくれようと

したんだと思うけど、

何度も何度も(善かれと思って)、

「一人で頑張れ」と言われ続けると、

意図よりも、

言葉そのものが染み付いてしまったりして、

だんだんと、

「一人でできない自分はダメ」

「一人でできないと評価が下がる」

「頼るのは弱いこと」

と思い込んでしまったりする。

それも理由の一つだろうなあ。

 

私もそう思い込んでいた一人で、

だから、

アサーティブトレーニングの中で、

 

「一人で頑張ることだけが大人ではなくって、

 助けてと上手に言えることも大人・・・」

 

と聞いた時は、

本当にびっくりしたものだ。

 

考えてみると、

 

「一人でやらないとダメ!」と思い込む

 ↓

人に頼むことをしない。

 ↓

頼むことの経験値が絶対的に足りてない。

 ↓

「頼み下手」

 

って循環の中で、

一人で頑張ることを自分に課して

生きていたんだなあ。

 

 

でも、

そうはいっても、

どうしようもなく、

頼まなくてはならない時もある。

 

ただ、なにしろ頼み下手だから、

心の中でめちゃ考えていたとしても、

思い切るあまりに

「これ、やって!」

とぶっきらぼうになってしまって、

「なんで?」

なんて返されると

「じゃ、いいです」

なんて意固地になってしまうか、

 

あるいは

「困ってるんだけど〜」

などはっきりしない頼み方で、

相手から

「えっ?」なんて聞き返されると、

もうパニック、

いやな気持ちにさせた!とか、

断られたかも・・・とか、

得意の思い込みを発揮して

「なんでもない、大丈夫だから」

結局頼めてないことになったり。

 

つまり

「頼み下手」

からの矢印は

「頼むことへの恐怖」

なんてことになり、

 

一層、練習は積めなくなったりする。

 

 

この「谷澤あるある」は、

多分、多くの方に共感いただけると思う。

 

 

で、

頼むことへの怖さや不安・・・

以上に、

断ることはもっともっと怖かった。

 

 

 

なぜ断れないんだろう?

 

断ったら、

嫌われる。

もう誘ってもらえない。

能力がないと思われる。

仕事もお願いされなくなる。

良い人でいられない。

関係を絶たれる。

 

・・・そんな風に

おっしゃる方が多いのではないか。

 

私も、またまたそうだった。

「断ったら、絶対に状況が悪くなる」

以外の答えを、持ってなかった。

 

 

私がとっていた行動は、

何かお願いされたり誘われた時に、

反射的に

「いいよ」とか「はい、わかりました」

と言っておいて、

心の中で愚痴ることや、

いやいやな態度で頼まれたことをやり、

相手に「悪かったな」と思わせようと

罪悪感を刺激したり、

あるいは、

もったいつけて受けておいて、

ドタキャン的な方法だったと思う。

 

頑張って断る時も、

とても面と向かっては無理で、

あの頃出始めのメールで、

断りにくいばかりに、

言い訳ダラダラ書いて、

めちゃ長くなったなんてこともあった。

 

それしかできなかった。

それが精一杯だったんだと思う。

 

 

アサーティブトレーニングで、

 

断るとは、

 

「相手との関係をより長く作る

 架け橋の言葉だし、

 自分がどこまでできるかを伝える、

 理解してもらうための言葉」

 

と学んで、

これまでの人生、一体何だったのか?と、

めっちゃびっくりした。

 

すごく安心したのは、

「頑張って断ろう!」って精神論ではなく、

スキルがあったことだ。

 

へえ、そう考えて、

こうやればいいのか〜

方法をはっきりと明示してあったから、

何をどう言えばいいのか、

どう努力したらいいのかがわかったことは

めちゃ大きい。

 

 

断ることも

頼むことも、

どっちかが少しできるようになると、

他の一方にも良い影響を与える。

 

少しずつ頼めるようになると

断られたとしても、

免疫もついてきたり、

「相手にも事情があるし」

体験的にわかってくる。

 

断られる怖さも減るので

頼むことを、

もっともっとしやすくなる。

 

矢印が違う方向に進んで、

「頼んでも断っても大丈夫」につながり、

つまり、最後は

「自己信頼」(自分のことを信じる気持ち)

になるんだと思う。

 

 

 

 

 

 

人の悩みの8割以上は

人間関係と言われている。

「嫌われる勇気」があれほどヒットしたのも、

人間関係で行き詰っている人が多い現れだ。

 

人間関係が悩みとなる要因の一つは、

コミュニケーションが

うまくいかないことだろう。

 

「頼めない」

「助けてって言えない」

「断れない」

「相談できない」

「注意できない」

「途中で何言ってるか

  わかんなくなる」

「言いだすと止まらない」

 

なんかうまくいかない・・・

って思ってる方に、

少しでも早く届けたい

アサーティブ・トレーニング。

 

静岡での

夏の

アサーティブ・トレー二ングの

情報をお知らせします!!!

 

*全てのお申し込みは、

  以下をご記入の上、メールかFAXでお願いします。

  〇疚勝´⊇蚕蝓´E渡暖峭罅

  ぞ楮戮鬚送りする時のご希望の連絡方法

  イ茲韻譴仄講の動機を教えてください

 メールアドレス kumikotanizawa@gmail.com

  FAX              054-348-0435

 

 

2時間で概要を知り体験ができる!

アサーティブ・トレーニング紹介講座

 7月22日(土)10時〜12時

 静岡県教育会館

 定員:30名  受講料:1000円

 講師:小林久美(アサーティブジャパン認定講師)

    田中雅子(アサーティブジャパン認定講師)

    名古澄代(アサーティブジャパン認定講師)

    望月良則(アサーティブジャパントレーナー会員)

 主催:谷澤相談室

 

  

 

本格的に学びをスタートしたい方に!

アサーティブトレーニング基礎編

 前半 8月5日(土)9:30〜16:30

 後半 8月19日(土)9:30〜16:30

 静岡県教育会館

 定員:20名  

 受講料:21800円(リピーターは10900円)

 講師:谷澤久美子(アサーティブジャパン認定講師)他

 主催:谷澤相談室

 

 

学びを継続したい方に!

⭐アサーティブカフェIN静岡

 7月22日(土)13時30分〜16時45分

 静岡県教育会館

 定員:20名(アサーティブトレーニング基礎編終了した方)

 受講料:3000円

 講師:谷澤久美子(アサーティブジャパン認定講師)他

 主催:谷澤相談室

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| アサーティブトレーニング | comments(0) |

1on1

【2017.06.16 Friday 08:31

以前、グーグルが大規模な調査をして、
結果を出しているチームに共通のものを導き出した。

それは「心理的安全」だった。

 

「心理的安全」ってどういうものかというと、
ある程度自分の弱みも出せること、

もちろん強みは出せること。

「助けて」「わからない」「相談したい」

が言いやすいこと、そんな状態だと想う。

 

じゃ、そういう組織にするために、

リーダーにできることは何だろう?

グーグルは1on1を導入していた。

 

グーグルのこの記事、おもしろかった


1on1とは1対1の面談。グーグルでは「上司が
部下の信念や価値観を引き出し、心理的安全を築いた
上で、本人を大きく飛躍させるための質問をする」
という。

 

個のパフォーマンスをあげることが

チームのパフォーマンスをあげることにつながる。

そのために、1on1が必要と考えたんだな。

 

グーグルの記事の中の
「日本人が、部下のための場づくりや

 心理的安全を築くのが下手だとは思いません。

『日本企業』が下手なのです」という文を読みながら、

私は
「日本企業だけではなく、

 学校もそういう部分もあるかも」と考えた。

これは私が

「相談の業務」についているからこその

考え方なのかもしれないけど。


ただ、何しろ日本の社会は

「集団」「家制度」がベースにあり、

「空気を読む」「同調」が求められる。

「集団の中でうまくやる」という価値観が

どうにもこうにも強固だ。

当然学校も

「集団を育てる」

「集団行動を通して学ぶ」など、

集団をキーワードにすることが多く、
「個人が弱音もはけたり、

 やる気も出せたりするクラス」よりは、

「団結」や「協力」を

目標に掲げたほうがいいことを、

生徒たちも知っている。

 

先生方が

「がんばって、

 みんなで一致団結して

 子どもの個性をのばそう(まじめ)」

と言えちゃうような雰囲気は、

ほんと困るけど、

まだまだあると想う。

 

で、何年か前、

「教頭報」的なものから原稿依頼をいただいたとき、

忙しい先生方に反感買っちゃうかな?と

恐々だったけど、

私は「個人面談を増やそう!」的な

提案を書いたりしたのだ。

しかも「学年初めにまずはすぐやろう!」

「その後も1学期に一回以上はやろう」と。

 

今、

発達のアンバランスをもつお子さん、

性別違和を持つお子さん、

あるいは貧困や相対的貧困の家庭の中で生きているお子さん、

不登校、別室登校のお子さんに対して、

先生方はすでに配慮をされ、

個別の成長支援をされている(されようとしている)。

 

ただ、普通にやっている子、

でももしかすると複雑な想いを抱えながら

登校し勉強している子、

つまりたくさんの子どもに対しては

案外、そのままなのはいかがなものかと考えたのだ。

 

大きな個性を持つ子だけではなく、

誰でもサポートされていい。

 

誰にとっても

「助けて」と言える力は必要で、

「他者の目が気になる」

「周りからの評価が大事」という

今の子どもたちが特に強く持つ感覚の中では、

集団の中で「助けてを求めていいんだよ」と

いくら優しく声をかけても、

無理な相談だと思う。

 

 

希望性じゃなく「全員必ず」にして、

学校の中でも

もっともっと個人面談が増えるといいと思う。

 

面談の中で、「大変なことを笑顔で語る子」

ってわかることができれば、

何かあったときに

「学校では楽しそうですよ」ではなく

「がんばって適応している子」

って見方ができるかもしれない。

どう勉強?なんて話をしたときの

表情や手のうごき、話し方のスピードで、

苦手の手がかりがあるかも。

 

グーグルに入社した優秀な方々だって、
自己内省はむずかしく、
1On1で、

「質の高い雑談」をしながら、

上司は部下の信念や価値観を知り、

目標設定とそれへのプロセスを伴走するのだ。

 

グーグルの理想的なリーダーは部下たちに
「Mymanager treats me as a person.」

(私の上司は私を一人の人間としてみてくれる)

と云われるそうだ。

 

 

学校でも導入したらどうかと思うが、

それには、

必ず、

今まで普通にやっていたけど、

現状や未来を見据えた時に必要ないものは

「やるべきこと」から削除した方がいいよな。

 

 

このインターネット上のグーグルの記事を読む前に、

私は「チーム」ということをよく考えていて、

その頃、それつながりで「ヤフーの1on1 」という本を購入。

ヤフーだけではなく複数の組織が1on1を導入している事例を

知り、

「ふっふっふ、時代が私においつてきたな」なんて

ほくそ笑んでいた私。ま、見当違いも甚だしい上に

「思いつく」と「実践する」「制度にする」の間には、

ものすごく大きな違いがあるのだよ。

 

そして、1on1で大切なのは、

上司、リーダー、先生、

つまり対応する側のコミュニケーション力。

 

これについて

「ヤフー」の本が詳しかった。面白かった。

 

次回、まとめてみたい。

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| 日常 | comments(0) |


谷澤 久美子
counselor