今のところではありますが…
本からスタート

【2019.01.07 Monday 10:24

 

さて、今年に入って読んだ本。⇩

いやあ、2冊ともよかったわあ。

 

 

学校の「当たり前」をやめた。

これは、現職の公立中学校の校長先生が、

今まで当たり前とされてきた

「服装頭髪検査を行わない」

「宿題を出さない」

「中間・期末テストの全廃」

「固定担任制の廃止」

などの取り組みを行った

その背景や経過についてと、

未来の学校についての本。

 

その基本を流れているのが、

学校の目的。

工藤氏はそれを

「社会の中でよりよく生きていけるようにする」

ことだと言っている。

そのために

「自ら考え、自から判断し、

 自らから行動する」力を

つけさせてあげたいと考えて、

学校で当たり前に行ってきたこと、

ひとつひとつ、

それがこの目的に向かっているかを考え、

取りやめたり工夫したりした。

 

そうだよなあ。

「自ら考え、自から判断し、

 自らから行動する」力を育成したいのに、

・宿題を出す

・出してないと催促する

のは、

「勉強する項目は与えるよ。

 できなかったら、叱ってあげるよ。

 自分で考えなくていいよ!」

って言ってるようなものだものな。

 

 

以前、学校のことを話題にしたブログ記事、

要約すると

「今の学校のシステムに、

 子供があってないのではないか?」

には、

たくさんの先生方から

個別にコメントをいただいき、

先生方も悩んでいることが

一層はっきりわかった。
何が悪いのか?
どこが間違っているのか?
何をどうしていけばいいのか?
コメントの中で先生方は

葛藤されていた。
 

この本は

それにある程度

応えてくれている本だと思う。

考え方を示してくれている。

 

でもだからってこれそのまま真似したら、

(ってそれは難しいけど)

それは次の「当たり前」を

生むだけなんだよな。

 

工藤氏は書いている。

「目的と手段が一致しないものや、

 手段が目的化しているものは廃止・

 見直しをする。

 その上で本来の『目的』を再確認して、

 最適な『手段』を再構築する。

 そうしたプロセスで改善を図っていくことが

 大切です」

 

本当、そうだ。

そういうプロセスを踏んで、

悩み、葛藤し、行動する大人の姿こそが、

子どもたちに特別の影響を与えると思う。

 


 

 

前回、
私が

今の学校というシステムが
今の子どもたちにあっていないと書いた
理由のひとつに、
「一律の目標」ってのがある。

通常学級で勉強するすべての子どもたちが
「その学年一律の目標をクリアすること」
を求められているように思えることが

いろいろあるんだ。無理なのに。

学習の到達でも、

人間関係の作り方でも、

行事への取り組み、

挨拶の仕方、

他者への思いやりの示し方、

問題解決の方法・・・

などなど、

「この学年なんだから、

 これくらいできないと」

という考え方。

 

 

例えば
「漢字」。
A 美しく整った字を書ける
B 正確に書ける(トメハネハラエも含め)
C ほぼ合っている字を書ける
D その字と分かる字を書ける
E 書こうとしている
のような段階があったとすると、
漢字テストではB以上が○になる。

「一律の目標」でいくと,

それはB。

ただ書くことが苦手な子もいる。
その子にもB以上を求めると、
宿題の漢字をやるのは時間がかかり、
やってもやっても
テストでは点が取れなくて、
漢字嫌い、

書くこと嫌いを
生んでいくのではないか?

 

「天気がいい」

「天」

の上の一をちょっとだけ突き出て

しまってるから、

どの子にも一律✖ってしてしまって、

本当にいいのか?

そこ、悩みたいものだ。

だって、それで「夫気」って読まないもの。

 

私は、この本を読んで、

「自ら考え、自から判断し、

 自らから行動する」力を育成したいと

考えると、

自ら自分の目標を先生に申告する方式。

「先生、自分は今年は

 今のところ、漢字はCに挑戦します」

的なことはどうだろうか?

 

 

学級の中でのトラブルの処置、

行事を通しての指導、

保護者の方とのコミュニケーション、

教科の教え方、

様々な場面で、

「それは、

 その子が良いよく生きることに

 繋がっていくのか?

 って考えてもいい」

という意識を

先生方が持てるような仕組みに

なるといいんだろうな。

 

ただ先生によっては、

これまでと違う方法をとることに

困難を感じるかもしれない。

先生によっては、

「今までの成功の体験」を

繰り返せないことへの怒りもあるかも。

 

そこのサポートは絶対必要。

そして、先生方も多様でokで、

もちろん目的は共有するけど、

ある程度フレキシブルにできる

そういう人数があるといい。

 

 

 

 

先生方には、

指導の根拠「指導要領」は絶対で、

その学年で教えることの保証をするのが

公教育としてのあり方だという認識は

強くあると思う。

 

とはいえ、この本によって

その公教育でこれだけのことが

できてしまう事実を知ってしまった。

 

 

私も公立小中学校に関わる一人として、

帯に書かれてる言葉を意識しなくては

やばい。

 

「何も考えずに『当たり前』ばかりを

やっている学校教育が、

自分の頭で考えずに、

何でも人のせいにする大人を作る」

 

 

私は以前、

あるセミナーで聞いた大切なことを

思い出した。

「学校教育のお客様は誰でしょう?

 もちろん、目の前の子どもたちは大切。

 でも、本当のお客様は、

 手塩にかけて育てた彼らを送り出す、
 『社会』だ。

 『未来の社会』です」

 

相談室で関わる子どもたち、

学校保健委員会などで出会う子どもたち、

未来の社会を構成する一人ひとりに

できることはなんだろう。

考え続けたいし、

先生方と協力してやっていきたいものだ。

 

あ〜すっごく興奮する本だった。

 

 

 

 

 

葛藤し、

苦悩し、

色々悩める先生方への励ましは、

次の本にも。

(もちろん、教員ではない方にも

 悩めるすべての人にオススメ)

君が生きる意味

これは、ロゴセラピーを実践するには

どうしたらいいのか?

を具体的に示してくれている本。

 

そしてロゴセラピーでは

「苦悩は人間の能力の一つ」

「苦悩には意味がある」

という。

 

理論を知る

実践してみる

難しい場面で葛藤し

わかってないことがわかる

学ぶ

実践する

理解が深まる

 

私はそうやって

ロゴセラピーに取り組んできた。

 

いよいよ今年は

これを伝える活動をしたいと

考えている。

 

 

「最善の自己」を実現するための

ヒントがいっぱい詰まっている

ロゴセラピーを

悩みながら伝えていこうと思うんだ。

 

結局は上の本と根っこで同じ。

 

こっちも結構興奮した。

 

 

 

 

というわけで、

この2冊からスタートした2019年。

 

今年もよろしくお願いいたします。

 

 

 

author : tanizawa-k
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水仙の香りとともに。

【2018.12.31 Monday 15:54

2018年。

手帳にメモした心に残った言葉は、

いましめ系が多し。

 

 

「物事を単純化して伝えることの恐怖」

 1月14日放送の「ボクらの時代」の市川沙耶さん

 ニュース番組でキャスターを務めていた時のことを

 聞かれて。

→私も、単純化して何かを言うとき、誰かを

 傷つけているような気がしてならない。

 

 

「これを味わえるのは僕だけですから」

 (有馬記念 キタサンブラックのラストランに

  騎乗する武豊氏)

→緊張に巻き込まれないで、今の自分の状況に

 どういう意味があるのかを考えてる。

 

 

「大家族の中だと21通りのやり方を使うが、

  核家族の中だと6通りのやり方でいい。

  コミュニケーションの訓練の機会が

  核家族の中では少なくなっていく」

 (静岡市のスクールカウンセラー連絡協議会で)

 

 

「お母さんは怒ってたんじゃないの。

  悲しんでたの。

  我慢できないほど悲しいから

  怒ってることで

  悲しみを減らすの」

 (ドラマ「anone」)

→これ、無意識の中でやっている方は

 多いと思う。

 あんまり悲しかったり、不安だったり

 困ったり、寂しかったりすると、

 それをまともに感じちゃうとダメージ大きいと

 防衛本能が働いて、

 怒ってることにして攻撃することで

 自分を守る心の仕組み。

 それをドラマの中で、こうやって

 言葉にしてくれて、

 あ〜こう説明すればいいのかと

 すごく納得した。

 

 

 

「自己注目がうつの要因の一つって

 いうけど、大学教育で、大分学生に

 そう仕向けている気がするのだが。

 内省とか自己調整学習とか」

 (下坂剛氏 twitter より)

→ロゴセラピーの過剰自己観察のことだなあ。

 内省も自己調整学習も大切なんだけど、

 それだけのみでは困るんだな。

 バランスだな。

 

 

・「悲しい自分が見る景色は悲しい

 (朝日新聞折々の言葉・関川夏央氏)

→同じようなことを田口ランディ氏も

 「逆さに吊るされた男」の中で

 「あなたに闇があるんじゃない。

  私があなたの闇に意識を向けて

  いたということなの。私がそれを

  見ようとしていた」と。

 

 

「大筋で合意し何も決まらない」

 (毎日新聞万能川柳より)

 

 

・「フィルターバブル」

 (見たくない情報を遮断する機能のせいで、

  まるで泡の中に包まれるように、

  自分が見たい情報しか得ることが

  できなくなること)

→私のSNSは思い切り偏っていることを

 意識してないとなあ。

 

 

・「すぐ怒鳴る人はおちょこのキャパシティ」

 (毎日新聞万能川柳より)

 

 

「成功パターンは十人十色だが、

  失敗パターンは共通要素がある。

  『カミングアウトせずに、一人で

  抱えこむ』

  介護はネガティブな内容なので、

  どうしても口が重くなる。

  ストレスが雪だるま式に膨らんで

  つぶれやすい」

 (渥美由喜氏 毎日新聞)

→介護サービスを受けるためにしっかり相談する

 ことも大事。周りの誰かに助けを求めることも

 大事。ちょこっと愚痴るのも、すごく大事。

 時々、ゆっくりだれかに話しを聴いてもらって

 欲しい。

 

 

・「今のところ、すべて完璧!」

 (サッカーW杯でハーフタイムに昌子選手に

  声をかけた牧野選手の言葉)

→私も、ビビる後輩に、

 実施最中はそういう声をかける人で

 ありたいさ。

 

 

「私ってほんと、勝手。

  子供が遊んでばかりいると、

  なんで遊んでばっかり!とキレるし、

  家にいると、なんで友達と遊ばないの!

  とキレちゃう」

 (フードコートで隣に座ってた女性の会話)

→なんか、私はすっごくわかって。

「そんなに自分を責めなくていいよ」と

 声かけそうになった。

 もちろん抑えた。

 でも、その方が、そうして

 日頃を振り返ってる彼女が

 愛しくって、愛しくって。

 「甘いものでも食べな」

 って言いたかったけど、

 我慢した。

 

 

・「会議中言えばいいのに飲んで言う」

 (毎日新聞万能川柳)

 

 

「なんか、違和感がある」

 (私の夫の言葉。

  TVのCMで夫が家事を手伝ったことを

  妻が「ありがとう」と言うシーンを見て)

→彼の中では家事はもう当たり前で、手伝うもの

 でもないってのが、我が夫ながらあっぱれ。

 (と、こういう考えも彼にとっては

  違和感なのかも)

 

 

「せっかくできたシワだからさ、

  もったいないじゃない」

  (樹木希林氏)

→ほうれい線が気になってたけど、

 そうだよなあ、58年かけて作って

 きたんだもんなあ。育ててやるか、シワ。

 

 

・「優しさでやっつけろ」

 「優しくない人にも優しくしろ」

 (小学生の時、いじめられて帰ってきた

  レディガガに母親が言った言葉)

→そうだよなあ。そうありたいよなあ。

 真っ当な言葉に背筋が伸びる。

 

 

 

「グレートの最大の敵はグッド」

 (ミッシェル・スミス氏

 「奇跡のレッスン」ソフトボール編)
→これイタかった。なんで私のそのこと、

 知ってるの?と考えたのと同時に、

 それ私だけではなかったんだ!とも思う。

 失敗したり、ダメだしもらったり、

 めちゃクチャ凹むと、必死にそこから

 何かを学ぼうとして、

 つまり悔しさは原動力になるけれど、

 まあまあの出来だと、それでよしとしてしまう。

 危機感は準備につながるけど、

 ちょっとした成功体験は、単純な繰り返しを呼び、

 「こんな感じでいけるか!」的な考えが

 どうしてもちらつく。

 あ〜2018年最後に出会った言葉が、

 これ。

 

 

これらが、

引っかかったということは、

2018年の私には

必要だった言葉だったんだと思う。

 

噛み締めます。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

さて、

今年は

義母をなくしました。

喪中でもあり、

お正月の花は静かな水仙にしてみました。

そしたら

なんと清々しい香りだこと。

 

 

清々しい香りの中、

2018年も

無事に締めくくることができたことが

本当に本当にありがたいです。

 

みなさま、

いろいろお世話になりました。

 

お世話になっただけではなく、

この一年の間に、

私の何かで、

傷つけてしまった方がいるかもしれません。

私、全く悪気はないんだけど、

それでも私の何かで、

いやな思いをされた方もいると思うんです。

あ〜申し訳ないです。

 

年が変わるのを機に

許してくださいとは

あまりにムシがよくて言えないけど、

また関わってもらえたら、

とお願いするのみです。

懲りずによろしくお願いします。

 

 

今年もお世話になりました。

 

2019年、

良い年にしましょう。

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| 日常 | - |

居心地の悪い場所から成長は始まる

【2018.12.25 Tuesday 11:16

「奇跡のレッスン」ソフトボール編。

アメリカからやってきた「最強コーチ」は

ミッシェル・スミスさんという方で、

元アメリカ代表のエースとして

2度の金メダルを獲得したとのこと。

彼女が

今回コーチしたのは

公立高校のソフト部11人。

 

すごかった。

これまでその高校生たちが

信じてやってきたことを、

どんどん覆していく。

バッティングフォームを直し、

失敗を恐れた守備の方法や考え方も訂正し、

ピッチングのフォームまでも変える。

 

「ためない」

「腰を入れない」・・・など、

結構びっくりするアドバイスだったから、

番組を見ていた

日本のソフトのコーチたちは

目からウロコの方も多かったのでは?

と思う。

 

とにかく、11人はそれについていく。

 

今までと違うことを求め、

違うことを教えているのだが、

彼女の言葉と彼女の態度は、

子どもたちを奮いたたせ、

改善点を伝えるときも自信を与えてた。

 

というか、

奮い立ったのは彼女たちだけではない。

私もだ。

 

 

中でも、

彼女の

「居心地の悪い場所から

 成長は始まる」

という言葉は、

私のアサーティブの歴史と重なった。

 

20年くらい前、

アサーティブ・トレー二ング基礎編を

受けた時、

私は居心地悪かった。

1日目はとにかく、よく涙が出てしまった。

 

 

「アサーティブで

 コミュニケーションしようと思ったら、

 スタート地点は自分。

 自分がどう考え、どう感じているか、

 まずは自分の中で明確にする」

という考え方は、

それまでの私のやってきたことと真逆。

「この場を丸く収めるには」とか

「どう返事したら相手は満足か」

などという、

周りや相手からスタートする

コミュニケーションをやってきたから、

違う国の言葉を聞いているようだった。

 

 

長い時間かけてやってきた

当たり前のことを

変えるのは、

落ち着かない時もあるものだ。

 

 

 

 

11人の生徒たちの中の一人、

父親が野球をやっていて、

その影響で、

近いスポーツ、ソフトを選んだ

高校一年生は

しんどい思いをしていた。

彼女はバッティングがよく、

スタメンだったが、

フォームを根本から変えたことで

調子を崩す。

修正についていくことができている

メンバーもたくさんいる中、

彼女は

なかなか打てない。

スタメンから外れ、

練習でも声が出ず・・・。

その苦しみをわかっていたコーチは、

ミーティングで

「苦しんでいた人もいると思う」

という言葉に続けて、

「居心地の悪い場所から

 成長は始まる」

と話していたのだ。

 

 

 

 

12月22日と23日は

アサーティブトレーニング基礎編を

開催した。

参加者の方々の中の4名は、

以前に研修や、自治体開催の講座で

アサーティブを学んでくれて、

もっと身につけたくて、参加された方々だった。

アサーティブを知った時に、

もしかすると

これまでと違うことをする落ち着かなさ、

慣れないことへの疲れ、

またいつもの自分のやり方が出てしまうことの

情けなさなど、

居心地の悪い思いを

されたことがあったかもしれない。

しかし、

自分のコミュニケーションを変えようと

歩を進めた方々だ。

 

 

 

脳の仕組みからいうと、

脳は

変化を嫌うものらしい。

昨日までと同じでいいじゃんと

戻そうとする本能と

いやいや変えるんだという意思。

変化成長をしていくときには

つきものの葛藤。

 

そういう、

居心地悪い思いをしたとしても、

少しずつのチャレンジは、

未来を変えていく。

 

 

 

 

 

フィードバックシートの

シェアを了解くださった方の

感想は以下。

 

「12の権利が心に残った。

 もっと自分に誠実に、

 『ねばならない』にとらわれずに

 自分自身に問いかけてみようと思います。

 易しいことで練習したが、

 本当にどうにかしたいと思っていることも

 少し練習したかった。

 応用もカフェも受けてみたい」(ゆーり)

 

「自分を許すとか、認めることとか、

 今までしてこなかったなという思いから

 涙してしまいました。

 心に残ったのは12の権利。

 今まで『ネガティブな面』と思ってた部分を

 肯定できました。

 的をしぼること、相手理解、

 など、もっと学びを深めたいです」(H)

 

「的を絞って話をすること。

 それが最も心に残りました。

 それと自分を褒めてあげたい。

 また自分にも権利があると知ったことも

 大きい。

 もっとロールプレイがしたかった」(みいー)

 

「断ることはネガティブイメージではないと

 知ったことが大きかった。

 最後に皆さんに真面目だとか誠実とか

 褒めていただいたことも嬉しかった。

 自分に誠実になり、率直になるまでの

 判断が早くできるようになりたい。

 参加メンバーの皆さんも素敵な人ばかりで、

 充実した2日間でした。

 ありがとうございました」(k)

 

 

今回の参加者の方々が、

私が20年前に感じた

居心地の悪さを感じることがあったとしたら、

「ここから成長が始まる」って

思ってくれるといいなあ。

 

 

 

さて、

11名の高校生たちは、

コーチの最終日、

自分たちより格上のチームと戦い勝利した。

 

勝利したこともすごかったけど、

一人一人がしんどい思いをしながらも、

より良くないたい、

上手くなりたい、

強くなりたいと

いう思いに向かって止まらなかったことだ。

 

すごいと思う。

 

 

 

あ〜憧れるわ、

そういう指導ができる

ミッシェルさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

クリスマスは

アイスバイン。

めっちゃいい香り。

骨は、カルクラへ。

 

 

author : tanizawa-k
| アサーティブトレーニング | - |

「まずはよく聞け相手の言い分」

【2018.12.21 Friday 08:23

先週の土曜日、

アサーティブ・トレーニング基礎編を

終了した仲間で

学び合うアサーティブ・カフェを開催。

(今週土日は基礎編開催!)

 

今回のテーマは

「違う考えを持つ相手の背景を考える」。

 

私には私の考えがある。

それとは違う考えの相手がいる。

それでもなお、

相手と一緒に仕事をしていきたい、

あるいはしていく必要がある、

とした時に、

対話で乗り越えていくには、

どうしたらいいか?

 

自分と相手の考えの、

どの部分は共通で、

どの部分は違い、

それをどうしていくかを

話しあうわけだから、

相手の考えをよく聞くことが必要だ。

(自分の考えは自分でわかっているし)

 

 

 

参加者「きんぎょ」のフィードバックシートには

相手の考えの背景を考えることこそ重要だと

いうことがわかりやすく書かれている。

(シェアOKしていただいてます。

 職種がわからないよう、

 若干筆者が修正しました)

 

 

「先日、上司に言いたいことを言ってしまいました。

 言いながら、

 私、辞めさせられるのか、

 それならそれでいいや、

 この状態には耐えられないと

 思っていました。

 結果、その後、会議が開かれ、

 その問題が話し合われ、

 新しいルールが決められ、

 スタッフも

 自信を持ってお客様に

 対応できるようになりました。」

 

「きんぎょ」はその瞬間、

思ったことをそのまま言葉にして、

上司にぶつけてしまった。

上司はぶつけられたことで

「きんぎょ」そのものを批判し

対立をするのではなく、

ぶつけられた中から問題を見つけ、

話し合いを持ってくれたということだ。

なんて素敵な上司の方なんだろう。

 

この問題が解決したのは、

もちろん、その上司の問題解決能力がある。

しかし、それも、

「きんぎょ」がコミュニケーションのボールを

投げなければわからないままだった。

 

(どうせ、何言っても駄目だし)と

諦めずに、

「きんぎょ」が

言ってみたから解決の道は開けた。

やるなあ、「きんぎょ」。

 

 

「困ったのは、私が辞めさせられず、

 なんとなく上司への気まずい思いを

 抱えているということです。」

 

そうかあ、

そこに困っていたんだ。

それは気まづいもんね。

 

「今日、ロールプレイでその時のことを

 振り返って、

 自分がとても感情的になっていて、

 上司の立場や思いに考えをめぐらせて

 いなかったことに気づきました。

 喧嘩腰では相手も喧嘩腰になって

 しまいますよね。

 上司だってお客様のことを大切に思っている。

 むしろその思いだけで、その組織を

 立ち上げた方なのだから、

 最終的にはそこに向かって

 一致できるはずですね。」

 

「きんぎょ」が素晴らしいのは、

この日、

「相手の思い」を丁寧に考えていたことだ。

「上司からの理不尽な指示」の背景を、

自分の思いは一旦置いて、

細やかに考えて書き出していた。

しかも、

これからに備えて、

違う投げ方

(相手も尊重しながら、自分の考えと感情を

 表現するアサーティブの方法)を

ロールプレイという手法で

練習してみていた。

 

「きんぎょ」の練習を、

相手役を務める参加者は

上司になりきって勤め、

もう一人は客観的に冷静に

フィードバックを出していた。


あ〜いい時間だった。

 

 

 

もう一つの視点からフィードバックを

書いてくれたのは「ココロ」だ。

 

「つくづく思うのは、

 私にとっては相手を思いやるにあたり、

 自分を大切にしておくことが

 どんなに大事かということ、

 そして自分を大切にすることと

 わがままは違うということです」

 

ふむふむ、ほんとそうだ。

 

「訳がわからなくなってる時ほど、

 自分の感情をつかむことが大切で、

 それは自分勝手にするということとは違い、

 相手の背景を考えることにつながると思います。

 自分の感情をつかんでいるからこそ、

 相手の違う考えに出くわした時、

 (相手にも相手の感情や考えがあることに

 思いが至り)

 その背景にも目が向けられるように思います。

 自分の感情をつかめずに相手の背景を考えるのでは、

 『4つの柱』(⇦アサーティブの心構え)

 がどこか行っちゃいそうです」

 

あ〜ほんと、そうだ。いいこと言ってくれてる。

 

「私を支える4つの柱、

 ちょくちょく1本折れかけて

 『あれ、やばい』ってなるけど、

 ツギハギしなからやってくぞー」

 

うんうん、私もそうするぞ〜っと。

 

 

朝ドラ「まんぷく」で

主人公福子が

独身時代に勤めていたホテルの

従業員の休憩室の壁に

張り紙があった、

「まずはよく聞け 

 相手の言い分」

それは大事。

すっごく大事。

そして、

「その前確認

 (自分の)

 気持ちと考え」

だなあ。

 

 

 

まとめると、

対立する考えがあった時、

まずは自分の中で、

自分の感情と考えを言語化する。

それをそのまま相手にぶつけるのではなく、

相手の考えを聞き、

感情を汲み取る。

その上での自分の考えや感情を伝える。

そうやって、

対話で問題解決をしていく。

 

 

対話が違いを超え、

対話が現実を変えていく。

 

 

 

明日12月22日と23日は

アサーティブトレーニグ基礎編。

まずは基礎で、

自他尊重のコミュを選択するときに

どう努力したらいいかを

学んでいただく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年は2種類のシュトーレン!

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| アサーティブトレーニング | - |

大多数→過半数

【2018.12.08 Saturday 09:15

テレビドラマ、

もうほとんどの家庭が

録画を再生して見ているのではないか?

 

私の子どもの頃は

「昨日の『サインはV』見た?」

って会話があったけど、

今の子どもたちは

「『今日から俺は』の最終回、もう見た?」

って会話なんじゃないか?

 

アニメも音楽番組も

「忙しい思いして

 無理して早くお風呂はいって・・・」

とか、

「今日は父親に野球中継を

 諦めてもらわないとならないから

 いい子ちゃんにしとかないと・・・」

ではなく、

余裕のあるときや、

塾に行くまでの隙間時間とか、

他者に遠慮することもなく、

見ることができるんだと思う。

 

テレビの番組表に合わせてや、

他者の要求を感じ取りながら

自分の行動を決めるのではなく、

自分のペースをある程度守れる

生活だ。

 

ってことは、いいことだ。

それが便利で快適ってことだ。

 

 

 

ただ、その中で、

難しい問題がある。

 

使わなくなった力は、

どんどん衰えるということだ。

 

 

便利快適な暮らしの中で

使わなくなる力とは・・・

 

「『いやだな』と思うけど、

 しなくてはならないことをする力」や

「『面倒くさい」けど、

 他者とちょっとは合わせるという力」を、

鍛える機会は、減る。

 

 

ちょっとぐらい減っても、

問題なくやっていける程度の

「折り合いつける」筋力が

もともとあった子はいい。

 

 

でも

発達のアンバランスや、

愛着の問題や、

環境の複雑さや

成長のスピードなどで、

「折り合いをつける」筋力が

もともと少ない子たちにとって、

生活の中で鍛える機会が減ることは、

 

小学校・中学校の生活を乗り切ることは

本当にしんどいと思う。

 

 

うちの夫は教育者でもなんでもないが、

時々鋭いことを言う。

私が、

「どう考えても、

 今の学校のシステムと

 子どもたちがあってないと思う」

とポツリと言った時、

「そうだね。

 昔は大多数の子に合っていたと思うけど、

 今は過半数の子に合ってる感じだよね」。

 

本当そうだ。

 

今の学校の

「集団」を大切に育てるやり方は、

今もまだ「過半数の子」は合わせられるやり方で、

だからこそ、成功例もいっぱいあるから、

切り換えるのが難しいのだと思う。

でも、もうぎりぎりなんだと

私の直感は私を突く。

 

 

 

 

不登校の子の昨年度の数が発表された。

子どもの数は減っているのに

5年連続増加している。

専門家の方々が、

背景は

「複雑な要因が絡み合っていて

 絞れない」系のことを言われてる。

そうなんだろうと思う。

 

 

でも、

学校に行くのが難しい子や、

クラスに行くことが厳しい子と接していると、

「もう、これまでと同じ学校じゃ、無理」

とマジ思う。

 

 

小さい頃から、

食事は、

みんなが一緒のものを食べるというよりは、

その人が食べれるもの、食べたいものを

自分で選んだり、与えられたりすることが

増えている。

 

「パンが嫌なら

 これにする?」

的なことって、

結構あると思う。

 

「あなたはあなたのペースでいいよ」

というメッセージの中で暮らしてきていて、

小学校に入ると急に

「友達関係や勉強の面で、

 集団に合わせられないこと」を

マイナスとされ、

そういうメッセージを浴び続ける。

 

 

その筋力の鍛え方も知らないうちに、

バーベルのキロ数をどんどん上げられて、

(もちろん、親も教師も全くの善意で

 それが子どものためだと思いながら)

「頑張れ」

「やればできる!」

とハッパかけられ、

なんとかやってきたとしても、

小学校5年生くらいで

「もう無理」、

中学生になってもまだ続くのかと実感する

中1の夏頃には、

心のエネルギーは冷えきってしまう・・・

のではないだろうか?

 

 

どうしたらいいのだろうか?

 

 

今の学校のシステムの中で

すぐにできることとしては、

学校の中に、

「『いやだな』と思うけど、

 しなくてはならないことをする力」や

「『面倒くさい」けど、

 他者とちょっとは合わせるという力」を、

 つけていく場を設けることを提案したい。

 

「もう無理」となる前や

心のエネルギーが冷え切る前、

 

つまり、

遅刻が増えてきた・・・とか、

日記での不満の表出とか、

テストの点や、

授業中の態度とか、

ペアやグループでのワークの中での

 辛そうな様子とか・・・、

喧嘩が多いとか、

提出物が出なくなったとか・・・

そういう子たちが、

希望してくれたら

安心して自分なりのペースで

自分の筋力をつけていくことができる場。

 

今静岡市の中学校には

ほとんどの学校にある

「相談室」「学習支援室」などという呼ばれ方を

している場を、

多様な子どもが

もっと安心して自分を成長させていく場にする。

 

今はまだ、

不登校だった子がクラスに復帰する前の

過程の場という位置付けの学校が

多いと思うけど、

これを

「個別に

 安心して、

 筋力つける場」

という位置付けにする。

 

だから、

いっぱいいっぱいでクラスに通っている子も、

「もうマジ無理」となる前に、

行っていい場所。

 

安心してというのは、

ここにいていいんだ、

ここで生活していいんだ、

ここで自分をちょっとずつ成長させて

行けばいいんだ

と思える場。

 

それが小学校にもできるといい。

 

 

以前読んだ

杉山登志郎先生著書

「子育てで一番大切なこと」の中に

「個別対応が必要な子ども達は

 これから増えることはあっても、

 減ることはない」

という言葉がある。

そしてその対策として

幼稚園6年生ということを

提案してる。

 3歳から3年間をジュニア幼稚園。

 6歳からの3年間をシニア幼稚園。

 9歳までは全部の子どもを

  できるだけ個別に対応。

 9歳で子どもの凹凸の特色が

  ある程度わかる。

  個別の対応が引き続き必要な子と、

  集団教育体制で学んでいく子が

  はっきりする。

  その上で飛び級も落第も認める。

 

これは、読みながらびっくりしたけれど、

後からじわっとしみてきた。

 

 

 

今の暮らし方の中で育ってきている子どもたちが、

6歳になると全員いきなり集団の中に入り、

一様の教育を受けていくことの弊害は、

大きい。

 

集団の中で一様の教育を受ける

ということは、

自分の思い通りにならないことを

受け入れるということ。

 

つまり

「嫌だけどやる」(自立)

「面倒だけど、他者とともにいる」(共生)

 

この力を、

段階を踏んでつけさせてあげられる学校。

 

一足跳びに

幼稚園6年生は難しいかもしれないが、

まずは今あるシステムの中で、

できることをしていけたらいいよなあ。

 

 

 

 

今のままでは、

子どもは大変だし、

大変そうな子どもを見ている親は辛いし

自分の子育てを責めたりしちゃうし、

先生は先生で

自分の指導方法に自信が持てなくなっちゃう方もいるし、

このスパイラルは続いてしまう。

 

 

 

なんて、熱くなってまとめてみました。

 

 

 

あ〜みんなが

笑える場が

学校だったらいいのになあ。

 

 


 

 

 

 

 

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| SC | - |

ずっと被害者でいなくていい

【2018.12.04 Tuesday 08:51

ちょっと間違えたら

「先輩、早とちり、多くないですか?」

自分の意見を言うと

「言い訳はいいですから〜」

一ヶ月前にスケジュールの変更を申告してあったのに

「エッ?困るなあ、急に変えられると」

疲れて帰宅し、なんとか夕飯を整えると

「今日、これだけ?」

 

キツいアドバイスや、

イタい指摘、

厳しい注意、

そういう批判の言葉が飛んできた時に

どう対処するか。

 

これ難しい。

 

対処した方法によって、

後に残るものが違ってくる。

 

アサーティブトレーニング応用編のテーマの一つ

「批判の対処」は、

受講生から「目からウロコが落ちた」系の感想を

いただくことが多い

人気のテーマだ。

 

 

 

例えば、

いっぱいいっぱいの時に

「もっと余裕もってやった方がいいんじゃない」

というアドバイスをされたとしよう。

 

そして

それに対してカッキーンと

打ち返してしまったとしよう。

 

「だって

 しょうがないじゃないですか!(怒)

 この状況でどうしろって言うんですか!(怒)」

 

きっと

その背景には、

(できてたらやってるよ。

 そんな場合じゃないからパニクってるんでしょう!)

という思いがあってのこと。

 

カッキーンと打ち返してすっきりして、

「以上終わり!」と

割りきれる人もいるだろうけど、

「言いすぎちゃったかも・・・」と

爆発してしまった自分に対する自己嫌悪が

ちくりとする方もいるだろう。

どちらにしても

そのお相手との間の微妙な関係も残るかも。

 

 

 

そうではなく直に受け入れてしまう、

例えば

 

「本当、そうなんですよ。

 アドバイス

 ありがとうございます」

 

なんて頭を下げ、

(あ〜余裕を持ててないこと、

 バレてしまってるんだなあ)

と落ち込んで、

 

それでもそのあと、

なんか変だな、

なんかモヤモヤするな・・・なんて時は、

 

相手との関係に角は立たないが、

そのかわり、

自分の心の中に悔しさが

残ってしまってることが多い。

(なんであんなんこと、

 言われなきゃならないの?

 あの状況で余裕なんか無理だし。

 しかも、反論の余地も与えてもらえずに・・・)

 

 

 

批判の対処法を知らずに、

批判の言葉を受けるたびに、

悔しさや驚きやショックや悲しさとともに

「自分が悪い」という考えを

心の中に押し込めてしまうと、

溜まった思いは発酵して

いつの間にか「そう思わせた相手が悪い」

と変換してしまうこともある。

 

「あんな言われ方ひどい!」

「傷つけられた!」・・・

つまり、

「自分は被害者だ」

と認識してしまうことがあるのだ。

 

これが続くと、

結構きつい。

 

 

どうきついかって、

まずは

無力感でいっぱいになってしまう。

 

そして

自分自身を信頼する気持ちの構築に、

大きな影響を与えていくと思う。

 

「またダメだった」

「言われっぱなしだ」

「ちっともわかってもらえない」

「なんでこうなんだろう」

「私ってほんと、かわいそうだ」

という考えを

繰り返し繰り返し心の中でつぶやくと、

いつの間にか

被害者でいることが

当たり前のようになってきてしまう。

 

 

 

アサーティブトレーニング応用編で取り扱う

「批判の対処」は、

批判を受けた瞬間にどうしたらいいかのスキルがある。

これを使いこなすようになるには

時間をかけて練習することが必要だが、

すぐに手に入るものもある。

それは「批判」というものの捉え方だ。

「批判」を理解することで

「自分=被害者」としなくていい背景が

理解いただけると思う。

 

そしてそれは

「相手≠加害者」ともしないってこと。

 

 

私たちは

誰かから批判を受けた時にどうしたらいいか

という方法を

十分に身につけて大人になるわけじゃない。

見よう見まねで

なんとか体験の中などから

ひねり出した方法で対処してきた。

それはそれでいい。

 

ただ対処の考え方を知り

方法を知り、練習することもできる。

 

静岡での応用編(2019年3月23日(土)24日(日))

については

 

(アサーティブトレーニング応用編を受講いただくには、

 その前に基礎編の受講が必要です)

 

 

*このウェブサイトは、
NPO法人アサーティブジャ パン認定講師である

谷澤久美子が個人で開いているホームページです。

このウェブサイトに関する全ての責任は谷澤久美子にあります。

NPO法人アサーティブジャパンが

運営・管理しているウェブサイトではありませんので

予めご了承ください。

 

 

今朝のカルクラ

 

 

 

 

 

 

 

 

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| アサーティブトレーニング | - |

「先生はみんなの歌声、好きだな」

【2018.11.22 Thursday 09:46

今月は、いろいろな小中学校で

音楽の発表会があった。

本番は見学できなかったが、

練習は見ることができた学年もあった。

 

その中の一つ、ある小学校の6年生の合奏に

惹かれて、

保健室の先生のところに用事があったのに、

つい、音が聞こえる体育館に向かってしまった。

主旋律を奏でるリコーダーや鍵盤ハーモニカや

アコディオンの音がきちんとしていて、

リズムを刻むパーカッションは安定していて、

特別楽器のそれぞれも思いっきりこの曲の

中に入っているのがわかる、

素晴らしい演奏だった。

聞き惚れてしまって、次の合唱まで聞くと、

声変わりし始めている男子の声が

深みを加える合唱。

は〜いいなあ、音楽っていいなあ〜

なんて思いながら、その気持ちに浸っていると、

音楽を指導している先生が

「あ〜好きだなあ、

 先生はみんなの今の歌声、

 なんか、

 すごく好きだなあ」

って言ったんだ。

 

私は、この先生の一言に感動。

なんか涙が出てきた。

 

なんで涙が出たんだろうと振り返ると、

「良い悪い」という評価の言葉ではなくって、

「好き」という言葉に胸が掴まれてしまった

んだと思う。

 

 

評価。

 

秋は小中学校に講師として伺い、

コミュニケーションやストレスのことなどに

ついて話し、その感想をいただくことが多い。

感想の大半は授業の内容についてだけど、

ここ何年か、

私の授業の仕方に対する評価が増えてきている感覚がある。

数字化できなくって感覚なので、

そう言ってしまっていいのかどうかわからないが、

とにかく、そうで、

しかも低年齢化している傾向も感じる。

 

例えば、

(以下は小4〜6の感想の一部。

  そのままではない)

「ゲームをやったり、

 しずかにするときのあいずがあったり、

 先生はじゅ業を工夫してやっていたので

 すごいと思いました」

「ゲームもたのしくて、説明もわかりやすく

 いいじゅぎょうを受けさせてもらいました」

「せんりゅうを使ってじゅ業をするという

 はっそうがすばらしいです」

「私がすごいなと思ったのは、

 学校保健委員会を最後までみんなに

 あきないで聞いてもらえるような

 工夫がいろいろあったことです」

などなど。

 

もっといっぱいあるのだが、

これらを読んだ時、

私はクスッとしながらも、

複雑な思いがしたんだ。

 

こうやって授業者の立場になって考えてくれて

ありがたいなあという考え。

 

担任の先生が感想を書く前に、

授業者である私を気遣ってくださって

「工夫ある授業をやってくれたね」なんて

話してくれたのかもしてないななんて考え。

 

もしかすると今何かのプレゼンの準備していて、

だから、伝え方、表現方法に注目したのか

という考え。

 

そして、

もう一つは、

子どもたちは「評価の嵐」の中にいるのかもな、、、

という考え。

 

評価の嵐の中にいるというのは、

どういう嵐かというと、

もちろん、自分に対する評価を

しょっちゅう受けているってこと。

「〜〜できて偉かったね」

「いつまでもそんなじゃ、

 6年生とはいえないよ」的な。

 

それ以外にも、

誰かが誰かを評価する言葉を

たくさん浴びているのかも

ということ。

「今度の校長先生の話は面白いね」

「〜先生は教え方が下手だね」的な。

 

あとは、

社会の中の

テレビや

ユーチューブの中の、

良い悪い、

点数や順位付け。

 

 

もちろん、

こういうことは以前からあったわけだけど、

子どもたちの感想へにじみ出ちゃうくらいの

感じになってきているんじゃないのか?

なんて考えてしまった。

 

 

決して評価が悪いわけではなくて、

適切な評価は成長につながるから大切なものだし、

大人になると給料や来年度の契約など、

 評価の中で生きていくわけなんだけど、

評価以外の何か、

例えば「共感のつながり」も

いっぱい感じさせてあげたいなあ。

私はそう思うなあ。

 

 

 

そんな中、

「何かさ、

 先生、みんなの歌声、好きだなあ」

にグッときたんだと考える。

 

 

 

ここのところ、読んだ本

(「うつ病九段」が今の私にキた!

 うつ病発症から回復までの当事者の苦しさが言葉に

 なってる!)

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| SC | - |

飛んでった10月。

【2018.10.29 Monday 08:04

10月も終わる。

ほんと、いろいろあって、

10月は

飛んでった感じだ。

 

 

<エピソード1>

12日の金曜日夕方、

磐田市の小学校での講演を終え帰宅すると、

いつものようにカルとクラが

私の帰宅を喜んでか、ほっといた不満爆発か、

とにかく飛びついてきて、

とくにクラは私の顔の辺りを舐めまくった。

その瞬間、

ヤバっと思う。

 

耳を触るとピアスがない。

 

後ろのキャッチは残っているが、

大切なゴールデンパール、

結納の少し前に母が買ってくれた

リングとネックレスとピアスがセットになったもの、

いわば形見と言っていい

ピアスのゴールデンパールの部分がない。

 

え〜〜〜〜!まじですか!

と叫びながら、

その辺りをめちゃ探す。

 

一応、

車に戻って、車からの経路をたどりながら探す。

 

が、ない。

 

小学校の体育館で

ジャケットをぬいだ時かもとか、

いろいろ考えながらも、

クラが飛びついてきた時の

ヤバっと思った、

あの感触で、

心のどこかでクラの仕業を考えてた。

 

夫帰宅後一緒に探してもらうが、

ない。

 

夫はネットで調べて

犬が飲みこんでしまった場合を調べる。

 

ピアスの針の部分で

大きなことになるかも・・・情報に、

とにかく朝一で病院へ!ということに。

 

 

はい、ありました。クラの体の中に。

 

 

胃のあたりは過ぎているので、

大丈夫という見立てに

ひとまず安心。

あとは翌日の排泄物に注意せよとのこと。

 

 

で、出てきました。↓下

 

がーん、一回り小さくなっている。

 

パールはカルシウムで、

クラの胃酸?によって

消化されてしまったらしい。

 

しかし、このピアスは不死身だ。

どんなになくしても

必ず戻ってくる。

 

 

 

<エピソード2>

京都に出張した時に

仕事の前にパンを買ってしまった。

しかも気になっていたパン屋さん2件まわり、

しかも、バケットやらカンパニューやら

がさばる物を結構な量買ってしまい、

さすがに講師がこれ持って会場に行くのはどうかと考え、

風呂敷屋さんに入った。

 

風呂敷を袋みたいにする使い方を習っていると、

4人の欧米系の私くらいの年齢の女性たちが

「自分にもやれせてくれ」

「自分の選んだ物でやってみてくれ」

など大賑わい。

6枚売れていた。

 

貢献してしまった。

 

 

 

<エピソード3>

静岡県東部の小学校で講演をした後、

急いで戻り、

カルクラの散歩をし、

翌日朝早くからの仕事で前泊するため移動をしようと

新幹線のホームについた途端に、

山陽新幹線の駅で事故があり、

その影響で東海道新幹線も当分動かないという情報が。

 

えええ〜!!!どうするんだ、私。

 

ホームにのぞみが滑り込んできて、

そのまま動かず。

 

スマホの充電は切れそうで、

情報も得られない。

 

「感情だだ漏れ注意報」を

発令しそうだったが、

そこは

冷静に考えて、

「明日朝一番の新幹線で行くと

 会場準備に10分ほど遅れそうだが、

 講座の開始時間には必ず間に合う」と確信。

仕事の関係者に連絡をし、

一旦家に帰ることにした。

 

その間、

静岡駅には、

切符払い戻しの長い列ができていて、

私も判断するまでに時間がかかったので

20分ほど並んだ。

その間、私は心から感動していて、

誰一人、見苦しい行動を

している人がいなかったからだ。

駅員さんに詰め寄る人もいないし、

やけになってるそぶりの人もいない、

何人かのグループの方々も

大きな声で文句を言っているわけでもないし、

待合室の充電のところは、譲り合って使ってる。

 

なんか、すごい。

すごい、みんな。

 

 

 

<エピソード4>

10月は小学生や中学生、

また大人向けにも、

講演講座の講師を務める機会が多かった。

 

ある時、

小学校5年生に授業をしたあと、

その場で、子ども達が授業の感想を書いてくれた。

「心の健康」がテーマの授業。

 

 ネガティブな方の感情もダメな感情じゃないよ。

 どんな感情もあなたの大切な感情だよ。

 ただ、行動は選ぼう。

 自分を生かす方向の選択ができるといいね。

 とはいえ、ネガティブな感情を

 心の中に溜め込んでしまうと、

 時々苦しくなってしまうから、

 マネージメメントも大事だよ。

 そのひとつが相談。

 友だちに相談しても、もやもやしてたら

 大人に相談するのもいいよ。

 (もちろん子どもにわかる言葉で)

 

子ども達が床に置いた感想用紙に向かって

真剣に鉛筆を動かす様子に、

なんだか涙。

私の話を聞いて、

こんなに真剣に何かを書いてくれてる!!!

 

この小学校の5年生には毎年この時期、

もう7年も

ほぼ同じ話をしている。

そのあと、保護者の方にも授業の意味や、

家庭での子どもとの接し方について話す。

 

すると、

一人の保護者の方から、

「今5年生の子の姉が二人いて、

 二人ともこの授業を受けている。

 長女の方が高2で、

 この授業を受けて心理に興味を持ち、

 今大学の心理の学部を目指して勉強している」

と教えてもらった。

 

わたしゃ、

ありがたくって。

ありがたくって。

 

 

 

<エピソード5>

義母の納骨も行った。

 

この間毎日、

祭壇へお膳をお供えした。

「お精進で」と葬儀会社の方には

言われていたが、

そこは、すみません、

私たちと同じもの。

バケットとチーズと生ハムの日もあれば、

おでんの日も、

焼きそばの日もあった。

夫は木曜ごとに塔婆を表にする。

 

お膳をお供えするたびに

義母とはいっぱい語り合った。

 

今まで思い出さなかったことも

思いだした。

 

例えば食べ残しのこと。

義父母と夫と私で食事をしている時、

その時は私の作った

コロッケかなんかだったと思うが、

それが大きかったんだと思う。

義母は1個食べ、

2個目を半分食べて、

「食べられなくなっちゃった」と

大皿に戻した。

正直、私は、心の中で、

「大皿に戻さないで〜」と思った。

それを夫がすっと手を伸ばして取り、

普通に食べたのだ。

 

お膳を供え、お線香をあげながら、

「食べ残しを食べるまでには、

 親子にならなかったね」

まだそこにあった

骨壷に話しかける。

 

納骨が終わり、

位牌が仏壇の中に入った。

 

こうやって一つ一つ喪の作業を

積んでいく。

 

 

 

<エピソード6>

妹と妹の子が

年末年始に帰ってくることになった。

 

ここからは

そのことで忙しくなるんだと思う。

 

嬉しくって

幸せな

忙しさだ。

 

 

 

 

平成最後の秋は、

そんなこんなで

深まっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| 日常 | - |

秋〜冬 静岡でのアサーティブ講座。

【2018.10.07 Sunday 15:22

秋〜冬、

静岡で

アサーティブを体験してみたい方への

お知らせ。

 

お申し込みは

主催者へお願いします。

 

 

■「保育園・幼稚園就職のための研修」(7回の中の1回)
10月23日(水) 9:30〜11:40
会場:富士市フィランセ
受講料:500円
定員:20名
託児:あり(1回500円)
 

焼津市家庭教育学級 カスタネット学級主催
「爆発せず、ため込まない、気持ちを上手に伝える方法
〜アサーティブなコミュニケーションにトライしよう!〜」

日 時:第1回11月12日(月)第2回11月19日(月)
いずれも9:30〜11:30(連続学習会)
※都合が良い日時のみの参加も可能ですが、連続して参加していただくと、

より分かりやすい内容になっています。
※11/12は、総合福祉会館の防災訓練があります。ご協力をお願いします。
場 所:総合福祉会館・大会議室
講 師:谷澤 久美子(NPO法人アサーティブジャパン認定講師)

 

 

働く女性向けセミナー
『組織の中でしなやかに働く〜自分軸の作り方&交渉術を身につける〜』

【第1回】11月9日(金) 『自分の人生や仕事に目的を持つ〜しなやかな自分軸の作り方』
  [講 師]株式会社るるキャリア 代表取締役 内田 美紀子

【第2回】11月28日(水)『アサーティブな伝える力・交渉術を身につける』
  [講 師]NPO法人アサーティブジャパン認定講師 谷澤 久美子

 ・時 間:いずれも13:30〜16:30
 ・会 場:静岡市産学交流センターB-nest 7F 大会議室(静岡市葵区御幸町3-21ペガサート)
 ・対象者:静岡市または近隣市町に拠点のある事業所にお勤めの女性の方
 ・定 員:30名(全2回ご参加いただける方) ※先着順
 ・申込締切:11月2日(金)17:00必着

 

 

■アサーティブトレーニング基礎編

 本格的にアサーティブをスタートしたい方に。

 自分の伝えたいことをシンプルに言葉にするための

 考え方とスキルを身につけていただけます。

・12月22日(土)9時半〜16時半
    23日(日)9時半〜16時半
・ 静岡県教育会館 
・21800円(テキスト代込み)
 *なお、リピーターの方は10900円で受講いただけます。
 テキストはご持参ください。
 *紹介講座に参加された方は20800円で受講いただけます。
・ 講師:アサーティブジャパン認定講師

・主催:谷澤相談室

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

以下は、

昨日静岡市で開催された

アサーティブジャパン主催

「発達障害を持つ人とともに暮らす、

 ともに働くコミュニケーション」について、

この開催が嬉しくって、

まとめてみた。

 

 

 

 

 

私は

平成10年の9月から、

学校で相談の仕事をしている。

その仕事を始めてすぐに、

子どもたちに

新しいコミュニケーションの方法を

教えないとまずい!

と思った。

 

いやなあだ名で呼ばれて我慢し続けてるより、

「〜〜と呼んでほしい」と言えたり、

一緒に登校する友だちが決めた時間より遅れてくるのを、

笑顔で待っているばかりではなく

「時間通りに来て!」と言える選択もあるといいな・・・

 

そんな風に思って

検索して

アサーティブに出会った。

 

アサーティブトレーニングを受けた瞬間に

「子どもに教えるなんてとんでもない。

 まずは自分じゃん」

と思い学び続け、

講師となり

今に至っている。

 

 

その過程の中で、

アサーティブは、

発達障がいを持っている方々への対応にも

効果的だと実感する機会が多くあった。

 

学校の活動の中で

子どもたちと接する時に、

本当に役に立ち、

それは先生方や

保護者の方にも喜ばれた。

 

また、組織内研修でも、

発達障がいを持ってらしたり、

自覚はされてないけど傾向がありそうな方に対して、

どう指示を出したらいいかわかったと、

感謝いただいくこともある。

 

その中には、

私自身も入っている。

私は不注意の傾向が多分にある。

夫に

「出張の予定はなるべく早く教えて」

と言われるより、

「金曜日に翌週の計画を立てるから、

 前の週の木曜までに予定を教えて欲しい。

 そうしないと

 あなたが出張があって帰りが遅くなったと

 しても、

 夕方のカルクラの散歩、僕はやれないよ」

と言われた方が、

ピンときて行動につながる。

 

 

 

 

スクールカウンセラーとして活動する中で、

発達障がいを診断する時によく使われる心理検査

(5歳〜16歳WISC-検。隠矯弌腺牽矯个WAIS-)

の結果から

どういう支援方法があるか考えることは必要だ。

 

その検査には

言語理解 

知覚推理(知覚統合) 

ワーキングメモリー(作動記憶)

処理速度

を計測するための幾つかの検査があり、

その結果の数値やバランスから、

その方の傾向、

 

たとえば

 

「聴覚からの情報で行動に移すより

 視覚からの情報の方が行動しやすい」や、

 

「聴覚からの情報を記憶する時間が短い」や、

 

「文脈を読むことは苦手で

 言葉を、その言葉通りに受け止めやすい」や、

 

「一度決めたこと(決まっていること)が

 変更した時にその対応が難しい」や、

 

「自分の感情をつかむことも、

 表情や出来事から相手の感情を

 つかむことも難しい」、

 

なんてことがわかる。

 

となると、

曖昧語は使わず、できるだけ具体的にとか、

メモにして指示を渡そうとか、

依頼ごとは一回に一つとか、

感情を言葉にして伝えようとか、

そういう対応方法を考えることができる。

 

 

で、

これらの対応方法は、

ほぼほぼ

アサーティブな方法であるとも言えるんだ。

 

 

 

アサーティブは、

私の活動している

小学校・中学校・高校でも有効なことがある。

そして年に1〜2回授業に行く大学でも

学んでくれている。

 

組織内の研修でも、

企業、病院、行政、学校、福祉施設などに伺うし、

労働組合でも取り上げてくれている。

生涯学習センターなどの主催の講座では、

子育て中の方や、高齢者の方にも伝えている。

 

 

つまり、
アサーティブのスキルは
一般的に伝わりやすいという方法であるが、
発達のアンバランスがある方々にも
伝わりやすい、

ユニバーサルな道具なんだと思う。

 

そして、

伝わりやすくなると、

人間関係上のストレスは

ちょっとだけ減ると思う。

 

 

人と人の間の違い、

立場の違い、

役割の違い、

性の違い、性的志向の違い、

働き方の違い、

仕事への考え方の違い、

家族観の違い、

得意や苦手の違い、

笑いどころの違い、

病気のあるなし、

パートナーや子どものあるなし、

障がいのあるなし、

などなど

いろいろな違いがある。

でも違いがあったとしても、

理解するために、

わかりあうために、

仕事を円滑に進めるために、

どう努力したらいいか、

その方向性がわかっていることは、

すごく安心することだと思う。

 

 

 

昨日、静岡市で

「発達障害を持つ人とともに暮らす、
ともに働くコミュニケーション」
というタイトルで講座が開催された。

講師は

静岡で共にアサーティブを学び合い、

伝える活動をしている

NPO法人アサーティブジャパン認定講師の

名古澄代。

自身の体験を交えながら

わかりやすく教えてくれた。

(*次回は大阪。関西方面の方、ご期待ください)

 

 

 

アサーティブは魔法の杖でも、

もちろん万能の道具でもない。

でも、

知らないで生活していくのは

もったいなあと思う。

 

 

この秋冬、

多くの方が参加してくれるといいな。

 

 

*このウェブサイトは、
NPO法人アサーティブジャ パン認定講師である谷澤久美子が個人で開いているホームページです。このウェブサイトに関する全ての責任は谷澤久美子にあります。NPO法人アサーティブジャパンが運営・管理しているウェブサイトではありませんので 予めご了承ください

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
| アサーティブトレーニング | - |

蚊と。

【2018.09.16 Sunday 22:32

14日の朝5時、広島のホテルで目が覚めた。

朝早くからの研修講師の仕事のため、

前泊していた。

 

夫から

夜中にラインが入っていて

「母が亡くなりました」

とあった。

 

びっくりして、

心臓はばくばくして、

頭は固まり、

すぐに夫と連絡を取った。

 

 

夕方16時半までの

1日研修の講師の仕事はやり遂げた。

義母は(一昨年亡くなった義父も)、

私の仕事を応援してくれていて、

特に彼女は

私の仕事の話を聞きたがってくれたものだ。

私は、この日の報告も、

帰宅したらめいっぱいできるように、

すべての瞬間を心に焼き付けるよう

集中することができた。

 

 

義母は5年前から

グループホームで暮らしていた。

私と夫は月に一度会いに行っていたが、

ここ2年ほどは、私のことはわからなかった。

ここのところは夫のことも

わかったり、わからなかったり。

食事もあまり取れなくなっていて、

うつらうつらしていることが多かったから、

覚悟はしていた。

 

14日金曜の夜10時、

帰宅すると、

穏やかな顔で彼女は横たわっていた。

 

91歳。

 

すべてのエレルギーを

使いきるようにして

義母は逝ってしまった。

 

 

義母と初めて会ったのは、

夫と結婚する前、

夫の祖母のお通夜だった。

笑顔が柔らかい、

優しい印象。

 

夫と結納をすませ、

その2週間後に私の母親が脳梗塞で倒れ入院。

夜、仕事を終えて見舞いに来てくれた夫は、

「うちの母親から預かってきた」

と私に靴下をくれた。

ピンクの靴下だった。

病院で泊まり込んでいる私の足が

冷えないようにと考えてくれたんだと思う。

 

 

母が亡くなった後、

義母の前で

病院への恨みや、

自分のいたらなさを、

わあわあ声をあげて

泣きながら話して、

目は腫れたが、

全部吐き出せスッキリしたことも

しっかり覚えている。

 

 

そうして

夫と結婚し、

彼女と家族になって、

会えば会うほど、

彼女はいろいろな面を見せてくれた。

 

 

びっくりしたのは、

義父母、夫の姉夫婦と私たちで

家でお寿司の出前をとっていただいた時だった。

彼女は真っ先に

「いくらいただきます」

とお皿にとった。

 

私は

「男が先。特に嫁、母親は最後」

的な家で育っていたから、

びっくりして、

そしてすごくすごく嬉しかった。

 

ケーキも和菓子も、

真っ先に彼女が選び、

最後の一つも

「いい?」ってみんなに聞いて

みんなは

「どうぞ」と言い

にっこりして食べた。

 

私は、このことが、

なんか自慢で、

「うちのお義母さんね」

と友達に話していたと思う。

 

 

 

ず〜っと前のある時、

二人でバス旅行に参加した。

何か勉強もかねているような、

そんな感じのバス旅行。

浜松方面に向かって走りながら

その勉強会の先生が

「セイタカアワダチ草は、

 いつの間にか日本に入ってきて、

 今ではそこら中に根を生やしてしまった」

のような説明をしてくれた。

それからも しばらくバスに乗り、

目的地に着いた時、

先生が、

「何か気がつくことありますか?」

と参加者に問いかけた。

すると

彼女は手を上げ

「ここにはセイタカアワダチ草が

 生えてません」

と言ったのだ。

私はその時のことを

今でも時々思い出す。

目の前にあるもののことを見ることは簡単でも、

ないもののことを思うのは、

それほど易しいことじゃない。

先生も

「よく気がつかれました」

と褒めてくれていた。

そういう義母だった。

 

 

年をとって、

デイサービスにお世話になるようになってから、

よくデイサービスに行く行かないでもめた。

行かせたい私と、

行きたくない彼女。

その時すでに

コミュニケーションの講師をしていた私は、

彼女とのやりとりは、

本当に本当に訓練になった。

もちろん、それはコミュニケーションの

問題だけではない。

彼女は元々年寄りっぽいことが嫌いで、

杖も絶対につかなかったから、

デイサービスでお年寄りの中にいることが

きっと嫌だったんだと思う。

 

おしゃれが好きで、

アクセサリーは絶対につけていた。

月に一度医者への通院の時、

出かける時になって

「くみちゃん、大変」

と。

何事かと思ったら

「ネックレスしてない」

と言った時は

本当可愛くてたまらなかった。

 

 

グループホームに入所して、

最初の2か月は

会いに行くことを禁止された。

久しぶりに会いに行った時、

「お義母さん。

 週刊文春と新潮、

 定期購読する?」

と聞くと、(それまでよく読んでいた)

「いいわ、いらない。

 そういうの読んで、

 楽しいとか、面白いとか

 そういうこと感じてしまうと、

 寂しいも感じてしまうから」

と言った。

2か月の間、

いろいろ考え、

どう自分を納得させようか、

あれやこれや思い悩んで、

その間、

なんとか楽にいるために、

いろいろ工夫したんだと思う。

ネガティブな方の感情を麻痺させるには

ポジティブな方の感情も

持たせない方がいいと、

自分を抑えこんだんだなあ。

その時のことを考えると

とってもとっても切なくなる。

 

 

 

 

昨日の夜、

お通夜やお葬式に流す動画のための

写真を選び、

棺に入れるものを探している時に、

また新しい彼女の姿を知った。

 

彼女がこれほど俳句をやっていたとは

知らなかったのだ。

 

「亡き母に 似て来し嫁と 栗を剥く」

 

「『お母さん』と 悩み抱えて 嫁(こ)の来る」

 

私のことを詠んでくれているものがあって、

涙が止まらなくなった。

 

 

そして、詠んでくれていて

本当によかった!と思ったのが、

「孫自慢 輪の外ひとり 残り蚊と」

 

紙切れに書かれてた。

 

いつか推敲しようと思ってたのかな?と

想像できる

紙切れにメモった感じのものが

いっぱい入った箱の中に、

ひっそりとあった。

 

義母は、

たったの一度も

「孫の顔が見たい」と言わなかった。

「子ども、まだ」とも、

「不妊治療進んでる?」とも、

とにかく

子どもに関すること、

ほんのちょっとも、

全く、

全然、

私に言わなかった。

 

そのことで

私がちょっとでも引け目を感じないよう

細心の注意を払ってくれていたと思う。

 

でも、孫がいないことで

さみしさを感じたことは

絶対にあったと思う。

だからこの句を詠んで

ほんのすこ〜し表現して、

ほんのすこ〜し

胸の中を、

もしも落ち着かせることが

できたとしたなら、

よかったなあと思うんだ。

 

そして、なんだか、その「蚊」に

そんな時のお義母さんと一緒にいてくれて

ありがとう!と言いたい気持ちだ。

 

 

 

お義母さんという人は、

本当に面白い人だった。

 

魅力的だった。

 

インスパイアされた。

 

お義母さんを通して、

私はいっぱい考えた。

 

いっぱい想像した。

そうさせてくれる人だった。

 

 

夫と結婚したら、

彼女がもれなくついてきた。

夫の母親が彼女で

本当によかった。

出会えてよかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

author : tanizawa-k
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谷澤 久美子
counselor